2020年6月8日月曜日

お金の使い方

私は何度も言うけれど、お金持ちではない。
日本の国民の金持ち度を3等分するとしたら、下の3分の1に入るランク。
しかもその中の真中辺・・・だと思う。
それでもまだ自分に甘いかな?

お金は無くても、実に楽しく暮らせるすべを身に着けている。
それは幸福の基準がお金ではないから。
お金はすごく大切、それは身にしみてわかっている。
私が入団した頃のオーケストラは、スポンサーの放送局からの援助が切られてどん底の経済状態だった。
解散するか自主運営で立て直すか、選択を迫られて楽団員は団結した。
楽団員は一日中働いて、年間300回以上の演奏会をこなし、疲労困憊、それでも給料は遅配に次ぐ遅配。
本当にお金が無くて新聞代が払えないなんてこともしばしばだった。

それで事務所に遅配の給料の前借り?に行くと、事務員が泣く。
でも、人生はいつも輝いていた。
毎日笑って過ごしていた。
その頃はお金が無いことすら面白くて、貧乏自慢。
だんだんオーケストラの経営が軌道に乗ってきた頃、私はもっと羽ばたきたくてフリーになった。
だからお金が無ければ無いなりに生活ができる。

不思議なことに私の運勢は、お金を使わないと入ってこないという様になっているらしい。
必要なときにはお金が必要な分だけ入ってくる。
ただしきっかりとその分だけなので、余らない。
貯金はいつも同じレベルだけはあるけれど、口座額はいくら貯金しても増えない。
というより貯金をし始めると、収入がぱったり途絶える。
それに気がついてからは、貯めるより、必要な物はケチらず買うことにした。
例えば楽器を買うときも、ほしいと思った額の保険金が満期になって手に入るとか。
それも保険のことは忘れていて、楽器欲しさに自分の預金通帳や保険の証書を必死に探していて気がつくとかで。

ノンちゃんの家を譲り受けた時のわたしは、おおよそ、その額の預金しかなかった。
ノンちゃんの家を買ったら私はほとんどすっからかん。
でもノンちゃんのたっての望みで、私がその家の後継者になることは彼女の生前からの約束だった。
まあ、なんとかなるさ。
彼女が亡くなって私は家の所有者となった。

時々、こんな晩年とも言える時期に貯金をなくして、今後なにかあったらどうするのかと後悔することもあった。
あのお金があればエステや美容院に行って、もう少し身ぎれいにできるのに。
新しいドレスがほしい。
靴もムカデさんほど持っているのに、まだ欲しい。
旅行に行っていいホテル泊まって美味しいものが食べたい。
友人たちの殆どが、たぶん心配したと思う。

森の中の一軒家。
季節によっては人っ子一人いないこともある寂しい別荘地。
売りに出しても、おいそれと買い手はつかないだろう。
近くにおしゃれなお店もない。
軽井沢ならいざ知らず、「北」軽井沢なんて。
でもね、大きなサニーレタスが2個で100円!!!

今一番思うのは、私はこの家を買うべくして買ったのだと。
先日追分に住む友人が、庭木の剪定に来てくれた。
体のがっしりした友人は女性とは思えないほど力持ち。
浅間の噴火で飛んできた溶岩が、アプローチの横に邪魔くさくゴロついているのを易々と持ち上げて退かせてくれた。
今まで車をバックで入れる時、あちこちぶつかる危険があった。
それが邪魔な枝を切り、岩を退けたおかげでなんの心配もなくなった。
こざっぱりした庭を満足気に見渡しながら「nekotamaさん、この家買ってよかったねえ」しみじみと言ってくれた。

本当にそう思う。
文無しもなんのその。
ミノムシみたいな可愛い家をしみじみ眺める。
老後の資金が消えても、天下の回りものがそのうち回ってくるさ。
全部なくなったら3畳ひとまのアパートで暮せばいい。
年金で暮らせるものなのかは、わからない。
でも、ノンちゃんはこの家で楽しく暮らす私を見守ってくれているはず。
ノンちゃんが大好きだった庭の大木の下に、花の咲く木を植えた。
本当はおカネのなる木を植えたいけれど。

軽井沢から来た人とベランダで昼ごはん。
焼きそばとふかひれスープ。
セブンイレブンのデザート。
雑木林を渡る心地よい風とチラチラ輝く木漏れ日。
なんて素敵なんでしょうと客人が喜ぶ。
森の奥でカッコウが鳴いて、食後のコーヒーが香り立つ。























0 件のコメント:

コメントを投稿