2026年5月26日火曜日

コバケンさん

コバケンこと小林研一郎さん 。先日、テレビで久しぶりにブラームスの交響曲1番を指揮しておられる姿を拝見した。彼は私とはオーケストラでほぼ同期、若手指揮者としてさっそうと登場した。

海外でも華々しくデビューして、当時の日本人若手指揮者として人気を博し、ハンガリーのオーケストラの音楽監督に。そのうちオーケストラの平楽団員などの手の届かない世界へ羽ばたいていってしまった。彼はちょっと北関東付近の訛りがあって、それが朴訥なへりくだった印象を与えるけれど、どうしてどうして、鼻っ柱が強い。

ある時、長野県へ演奏旅に行に行った。最後の演奏会場はたしか上田だったと思う。仕事が終わると次の日から少し暇ができるので、せっかくだから菅平でスキーをしてから帰ろうという相談がまとまった。いつも演奏旅行は数台の車でまとまって行動するから、スキーの道具と楽器を積んででかけた。

車好きの団体はスキーの仲間でもあって、こんな良いチャンスを逃すのは惜しい。楽団から交通費をもらってスキーができるのだからラッキー!なんて。上田のホテルに泊まって次の朝さっそうとスキー場へ行くと、そこには前日まで私たちを指揮していたコバケンのすがたが”。

「えっ!なんで?スキーするの?」「僕始めたばかりで初心者だからよろしく」聞けば始めてまだひと月くらいというではないか。それでもずっとスキー場にいてコーチについて習っているというから、熱心なんだなあ。仕事そっちのけでスキー場にこもれるなんてお金持ちなんだなあ。わたしたちなんか、やっともらえた休日に半日かけて行って、泊まりもせずに帰ってくるなど貧乏な生活だったから。

仲間たちはもう長年のスキー歴をもち、まあ、どんな斜面にも挑戦できるくらいのベテラン。私は雪の質が良ければまあまあだけど、少し斜面が凍ったり、荒れてくると途端に下手になってしまう。要するにちゃんとした技術の持ち合わせがない、万年初心者。それでも始めて一ヶ月の初心者のコバケンよりはベテランだと思っていた。

最初から一番てっぺんに行くことにしてリフトで登る。山頂はよく晴れて風もなく絶好の日和。コバケンは「わあ、怖いなあ僕。こんな高いところからいきなり」なんていかにも心細い様子。私は先輩ぶって「大丈夫よ、みんなで行こうよ」なんて言ってたら「じゃ、僕怖いからお先にー」

あっという間にコバケンが出発。「こわいからって」あっけにとられてみていると、なんと彼はウエーデルンでまっしぐらに先に行ってしまった。私などはまだハの字の初心者、板をやっと揃えられるようになった頃。ウエーデルンなんて!やられた!あの北関東訛りでさも心細げに振る舞う憎らしさ。私たちがよろよろと下まで行くと「やあ、みなさん、じょうずだなあ」などと余裕のコバケン。

この事があってから私は指揮者は敵だと思うようになった。それから幾年月、テレビに映るコバケンは表情も少なくなりゆったりと手を動かしているけれど、でもずいぶん良い音楽だなあ。つい興奮してコバケンなんて呼び捨てしてしまった。本当は小林先生とお呼びしないといけないのだ。立場をわきまえずすみません。

私がオーケストラをやめてフリーになってからも、時々現場でお目にかかるときもあったけれど、そういうときでも「しばらくでした。お目にかかれて嬉しいなあ」なんて慇懃におっしゃるけれど、私は決して忘れない。あのウエーデルンを。







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