2015年6月9日火曜日

ロジャーさんの堂々たる画像

この筋骨隆々とした雄カンガルーの名前はロジャーさん。
大好きなウサギのぬいぐるみを抱きしめている。
これを取り上げようとすると、強烈なカンガルーキックをお見舞いされるそうだ。
ロジャーさんは心優しく、群れの雌達をいつも守っているという。
これぞ男の中の男!
ロジャーさん、す・て・きー!




伸びる木

私の家に庭は無いのに、木だけ生えているという怪奇現象。
いや、別に怪奇では無くて、飛んできた種が塀と家の間のほんの10㎝くらいの隙間に根付いてしまって、そこですくすくと育ってしまった。
私は木を植えたつもりは無いから、大きくなってからも自分の家の木だとは思っても居なかった。
あるとき「お宅の木が・・・」とお隣から言われて、初めて私の敷地内に根があることを発見した。
それほど迂闊だったので気が付いたときにはもう手遅れで、今や2階のベランダに達するほどの大木となって、夏の日差しを遮り、今頃は花の蜜を、花の後には実を、小鳥たちに提供している。

私はそれを喜んでいたけれど、近所の人達はきれい好きで、秋になると葉がおちるので苦情が来る。
今頃の緑したたる季節にも、電線に・・・とか外灯に・・・とか、挙って切りたがる。
秋の落ち葉の季節はもっと大変。
毎朝一帯の掃き掃除をすることを日課にしている人がいて、我が家の木が落とす大量の落ち葉を掃く音が、早朝から盛大に聞こえる。
その音が聞こえる間は私は外へ出られない。

今日も夕方涼しくなったので散歩へと外に足を踏み出した途端「***さん」名前を呼ばれた。
3軒先の世話好きのTさん。
以前からこの木が気になって仕方がなく、会う度に切ってしまいなさいと言われ続けてきた。
今日はついにノコギリを持ってこられて、手伝うから切りなさいと言う。
明日やるからと言うと、今日の涼しい内に、ほら、とノコギリを手渡された。
仕方なしにコリコリと見せかけのノコ使い。
そこへお隣のご主人が帰って来た。

お隣は一番の被害者。
枝が伸びると自転車置き場に覆い被さって、自転車を出すのに苦労すると奥さんから言われていたので、お隣との境界の塀からは枝がはみ出さないように切っている。
だからその木は、我が家側はスクスクボサボサ、お隣側はショートカット。
落ち葉の季節は自転車に落ち葉が降り注いで、前籠に落ち葉を載せた風情ある自転車となる。
それなのに奥さんは嬉しくなさそうなので、隣に不法侵入して落ち葉を取り除く。

ノコギリを持った私とTさんを見たご主人は嬉しそうに「その木の枝は私が切るから」と言う。
なんだかそんな事が好きらしい。
「だから良いですよ、こちらでやりますから」と言ってくれた。
以前からそう言ってくれるけれど、やはり黙って見ているワケにはいかないので、時々申し訳程度に枝落としをするけれど、私の長所は忘れっぽい、気がつかないだから、すっかり忘れていることが多い。
それでも、時々見ると割合きれいになっていると思ったら、そのご主人がやっていたらしい。
「いつも切ってますから」と言われてしまった。

いつも思うのは世の中上手くしたもので、無精者と小まめな人と、絶妙な割合で存在している。
気が付かない人の隣に気が付く人がいて、不器用な人には器用な人がサポートする。

Tさんは私がここに引っ越した当時から、トラブルをサポートし続けてくれた。
お隣さんはうちの猫が塗り立てのコンクリートに足跡をつけても笑ってくれたし、いつ蝶になるかと楽しみにして毎日見ていた巨大な青虫を、親切に捨ててきてくれたし・・・おや、なにか恨みっぽい言い方に聞こえた?

夏の暑いさ中、枝おろしに手こずっていたけれど、今年はお隣さんにお任せ。
さっきノコの歯を立てた木に、ごめんね、痛かった?と言ってさすっていたら、Tさんに笑われた。























2015年6月7日日曜日

表裏

音楽教室のイベントの中にクラシックパーティーというのがあって、年1度の発表会の他に、サロンで気軽に勉強の成果を発表しようという試みなのだ。
途中までしか曲ができあがっていなくても、とにかく人前で弾く肝試しのためや、自分の勉強の足りないところを確かめる意味も兼ねている。
教室にはジャズとクラシックの区分けがあって、主にクラシックの生徒はこのパーティーに、ジャズの生徒はジョイフルパーティーに参加する。
両方掛け持ちしたり、何種類の楽器を持ち替える強者もいる。
あまり沢山手を出すのでどの曲も”う~ん”でも、本人は至って幸せなのだから、これも良し。

人には広く浅く手を広げる人もいれば、一つのことに命がけの人もいる。
どちらもそれぞれ存在する意義があるので、良し悪しは言えないけれど、一つの事にのめり込む人は大体偏屈。

ヴァイオリンの職人さんはたいていこの偏屈の最たる者で、私は度々喧嘩をしては工房を替えた。
一番腹が立ったのは、楽器の調子が急に落ちたので診てもらったら、腕が落ちたんだろうと言われたこと。
その頃の私は若くて体力があったから、自分でも調子が上向きになったと感じていた。
そういう時にそんなことをいわれてむっとした。
長年の付き合いだったから、彼も言いたい放題冗談任せにいったのだが、私はプライドが傷ついてそこを放り出した。
それでわざわざ当時評判の良かった大阪の職人さんの所へ行って診てもらったら、楽器の内部が腐って真っ黒になっていたという。
楽器職人は皆、自分の腕に対するプライドは並大抵ではない。
時々弾き手と衝突するのはこのため。

身近で偏屈と言えば、私の兄は子供の頃からひどく変わっていた。
兄弟で一緒に遊んでいると、急に庭の敷石の上にチョークで計算式を書き始める。
それも唐突に。
石蹴りなんかしているのに、なんの前触れもなくしゃがみ込むので、遊びの間中考え事をしていたのが分かる。
やることなすこと変で、おそろしく無口で、こんな変人に嫁さんがくることはないと思ったら、さっさと学生結婚をしてしまった。
しかも嫁さんは可愛くて頭が良くて明るくて、世の中とんでもないことがまかり通るものだと思う。
兄は未だに偏屈そのもの、でも夫婦仲は至って良い。
そして家族は皆、この兄が大好き。

女性は偏屈でも一つ事に夢中になる人を、好むのかも知れない。
私も兄がそんな風だったから、奇人変人を好む。
普通の人はつまらない。
男性に限らず女友達も皆一癖も二癖もあって、勿論そういう人でないと音楽なんてやっていない。

女性が結婚したいという男性のタイプは?という記事があった。
大半の回答が穏やかな包容力のある人だったそうで、毎日一緒にいて平穏に暮らすには良いと思うけれど、なんだか退屈そうだなあと思ってしまう私も相当変なのかもしれない。
私が猫を好きなのも、飼い慣らされていても猛獣の部分を残していて、人の言いなりにはならないところが潔いと思う。
そうかと思うと上手くゴロニャン立ち回ってエサをゲット、そういうチャッカリしたところも面白い。

人でもあまりに模範的な人は、なんだか無理していません?と訊きたくなってしまう。
熱心な教育者が、実は海外で少女買春していたというニュースがあったように、人間なんて一皮剥くと、平均しているものだなあとつくづく思う。
穏やかで包容力のある人というのが、無気力と隣り合わせでないように、世の女性達のために祈りたい。

ところで先日、性格テストで私の頭は淫らな考えで一杯と出たと喜んで報告したけれど、あれから同じテストをもう一回やったら、今度は0%と出た。
私も天使と悪魔のふたつの顔があるのかも知れない。
というか、なんていい加減なテストなのかしら。














2015年6月6日土曜日

新種の鳥?

木の上で寝るのは私だけじゃなかった。


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過眠

長年ショートスリーパーで毎日4時間から5時間の睡眠時間。
3時間でも元気で1日いられる。
健康に関する記事を見ると、7時間睡眠こそ正しい健康睡眠だと書いてある。
それより短い睡眠は徹夜したのと同じという記事を、つい先日見つけた。
そんなこと言ったって、私は自然に4,5時間睡眠になってしまうのだし、それ以上寝ると頭がボーッとして、ただでさえオッチョコチィなのがますますダメになってしまう。
それで毎日5時間も寝ればご機嫌良く生活出来る。
だから、余計な事は書かないで欲しいと思うのだが・・・

それがここ数日なぜか睡眠時間が長くなってきた。
これはいよいよ大いなる眠りに向かう前兆かしら。
それにつれて、頭がぼんやり、一日中眠い。
春先にだってこんな眠い事はなかった。
その上、以前だったら絶対しなかった昼寝までするようになった。
数日前には3時間も昼寝して、その後11時頃就寝、又ぐっすり8時間も寝てしまった。
自然の摂理でこの様に身体が反応しているのだと思うと、なにか身体に変化が起きているのかも知れない。
昼寝をした日は夜眠れなくなるかというと、そうはならない。
夜もいつも以上に眠れる。

元々寝付きが極端に早い。
これも睡眠障害の一種だと聞いたことがあるけれど、ホテルで目が醒めると昨夜読んでいた本が見当たらない。
たしかベッドで寝つくまで読んでいたような気がする。
探していたら同室者が「たぶんベッドの隙間に落ちていると思うわよ」と言い出した。
探したら・・・あった!
ベッドのわずかな隙間に落ちていた。
同室者が笑いながら言うには、私が両手で本を持ち上げて読んでいて、パタリと音がしたので見たら、本が手から落ちていた。
仰向けで万歳をした形で両手を挙げたまま眠りにおちたらしい。
毎度の事で、皆でホテルでしゃべっていると突然私の返事がなくなるから「あ、寝たな」と思うらしい。

そんなパターンでずっとやってきたのに、このところ睡眠が長くなって、起きて居る時間が少なくなるのは大変不本意なのだ。
起きて居る間、何か有意義に過ごしているかといえば、そんなこともない。
ダラダラと遊んだり時々ヴァイオリンを弾いたり、食べたり笑ったり。
とにかく起きて居ることが好きなのだ。
生きていることが好きなのと一緒かも知れない。
なにを好き好んで眠ってなんかいられるのか不思議で、夜中に1人で動物動画を見たりすることでも、幸せな気分になる。
ちゃんと呼吸が出来て、健康にいられるのが最高。
貧乏も才能の無さもちっとも苦にはならない
これも一種の性格障害?

最近の過眠症の原因として考えられるのは、ひどい咳が続いて身体が疲れているからかもしれない。
風邪のせいで1キロ体重が減った。
これは嬉しい効果。
その後、ずっとボンヤリしていて、なにか始める意欲が起きない。
筋トレも英語のレッスンもほったらかし。
整体にも行かない。

すごく活動的な性格とは言いがたいので、こちらの方が私にとってはノーマルな状態なのだけれど。
世間的には私はいつも元気で活動的な人とみられているらしいけれど、本当はそんなことは全くない。
ボンヤリ空想の世界に遊ぶのが一番幸せという子供だった。
一日中雲を眺めていられるし、子供の頃は枇杷の木の枝に座蒲団を載せてその上で昼寝をし、目覚めると枇杷の実をもいで食べるサルみたいな少女だった。
だんだん原点にもどりつつあるのかもしれない。

そのうち樹上生活をしている女性のニュースが流れたら、たぶんそれは私です。
残念なことに枇杷の木はもう無くなってしまったけれど。








































2015年6月2日火曜日

先生の秘蔵っ子

クラス会の幹事をしぶしぶ引き受けて、嫌々業務をこなしているけれど、悪いことばかりではなくて時々良いこともある。
私がいることを思いだした人達から連絡が入る。

返信用ハガキでは欠席になっていた人から、電話があった。
なぜ出られないかというと、ご両親の介護があって、今大変なのと言う。
ヘルパーさんをたのんだらと言ったら、ご両親が他人を家に入れたがらないのだそうで、その気持ちは分かるけど娘の負担が大変だとは思わないのかしら。
とは言え、彼女はお母様からびしびし英才教育を受けて、在校中はずっと特待生。
いつも最高点をとっていた優等生だった。
お母様の厳しいことは有名で、彼女は絶対に皆と一緒に遊んだりせず、遠足も勿論修学旅行にも参加しなかった。
そして今、彼女は母親から言われたことを、そのまま返しているのと笑っていた。
「ほら、早くしなさい。こちらをきちんと片づけてからにしなさい」なんてね。
卒業後は一流オーケストラに入団したけれど、純粋培養の彼女はあまりオーケストラは好きではなかったようだ。
オケはどちらかと言えばやくざな世界だから、お嬢様にはきつかったみたいで、間もなくやめてしまった。
私みたいにオケが好きでたまらない者にとっては、歯ぎしりしたいくらい勿体ない。
私にあれだけの腕があればなあと思うけれど、遊び半分の学生時代だったから、そんなことは勿論高望みに過ぎない。

ご両親の介護は大変なのは分かるけれど、私が彼女に言ったのは、親はどんな状態であっても、生きていてくれるだけで良いということ。
介護が辛いのは良くわかるけど、介護が出来ると言うことが幸せなのだと。

私が母を亡くした時には10年近く悲しかったと言ったら、彼女が「あなたは可愛がられていたからね」と言う。
彼女と私の母は接点があったかしら。
他の人からでも聞いたのかも知れない。

彼女は一人っ子だから、過剰な親の期待に応えるためにせっせと勉強したと思っていたけれど、案外彼女自身が勉強することが好きでやっていたのではないかと今頃気が付いた。
そうでなければ、あれほど内からわき上がってくるような音楽性を身に付けられるワケがない。
彼女は本当に上手かったのに、私の方が生き延びて、いまだにあくせく弾いている。
弾くのをやめてしまうなら、あの腕を私に貸して欲しいと思う。
ピアノもヴァイオリンもいつも満点。
学科の成績も1番。
すごいなあ。

高校の時は彼女と同じK先生で、そのK先生が事情があって私たちが高校2年生の時、学校をやめられた。
その後の消息は全く知らなかったけれど、回り回って彼女Yさんのところに最近K先生から電話があったという。
なんとまもなく90才だそうな。
やはりYさんは先生の秘蔵っ子だから、覚えていたのだと思うけれど、私の事はどうかな?
落ちこぼれの生徒だったから、思い出してもらえるかしら。
とにかく連絡してみてと言って、Yさんが住所と電話番号を教えてくれた。
もう1人同門だった友人と連名で手紙を出そうか。
懐かしいけれど、ちょっと気が重い。

K先生は、当時お幾つぐらいだったか、烏の濡れ羽色の艶やかな髪の毛、エキゾチックな美貌で見とれてしまうほどだった。
その美貌のためにロマンスが絶えなかったようで、私たちが2年生の頃はその辺の事情で退任なさったようだ。
今は静かにキリスト教徒として、信仰の道におられるとか。

あの落ちこぼれがまだヴァイオリンを弾いて居ると聞いて、喜んでくださるかどうか。
私の母などは生涯「他人様の迷惑になるから早くやめなさい」と言い続けていたけれど。
















2015年6月1日月曜日

回復期

酷い咳の出る風邪で寝たり起きたり、一昨日と昨日外出したらえらく疲れた。
それで今日はおとなしくうちで、朝からずっとゲーム三昧。
あまりと言えばあんまりだから、夕方から少しヴァイオリンを弾いてから散歩に出かけた。
家を出て3歩散歩したら、フラッときた。
大きな地震の後だから地面が揺れたのかと思ったら、どうやら自分が揺れたらしい。
筋トレも休んでいるし、足に力が入らない。
それでもそろそろ社会復帰しないといけないから、無理にでも歩いておかないと寝たきりになるぞと、自分を叱咤激励。
10分ほど歩いたら燃料切れになってしまった。

家に居るときは運動を全くしていないから、太らないように昼食は非常に軽め、間食なし。
それでこの1ヶ月で1キロ痩せた。
今日もご飯を茶碗半分ほどと昆布と小さなイカの煮物、ほんの少々。デザートのヨーグルトは糖分なしで。
それでどうも低血糖になってしまったらしい。

前から気になっていた商店街のカフェに入って、糖分を補給することにした。
デニッシュの上に大きなソフトクリームが乗っているメニューがあって、それが食べたくて仕方なかったのを我慢していたので、今日は大手を振って食べられる・・とまあ、言い訳しながら。
運ばれてきたのは看板に偽り無し、それ以上に大盛りのソフトクリームがドンと載ったデニッシュ。
久しぶりに甘いものを目の前にして、思わずニンマリとした。
夕食前なのにこんなに食べて大丈夫かしらと思ったけれど、別腹、別腹と思いながら一気に頬ばる。
ふうん、美味しい!

家に帰って夕飯を食べようとしたら、もうお腹がいっぱいで入らない。
普段はご飯の後に甘いものはいくらでも入るのに、逆の時には食欲が満たされて食べられなくなることを初めて知った。
これはダイエットの奥義を極めたのかな?
すっかり元気になって又遊んでいたら、ロンドンからの電話。

ロンドンアンサンブルの美智子さんが「楽譜早く欲しい?」と訊いてきた。
今年の暮に、ロンドンアンサンブルの小田原でのコンサートに出演する予定。
勿論一日も早く欲しい。
エルガー作曲「エニグマ変奏曲」
日本ではあまり演奏されない曲なので、これからスコアで下調べをしないといけない。
幸い先日の検査ではなんの異常も認められなかったから、脳はまだ正常に動いているらしい。

ちょっと緊張して、この緊張が病気を治す原動力となる。
仕事モードに切り替わるとカラ元気が出て、必要以上に働きすぎるので、その後寝込むことになると分かっているけれど。
やっと今、回復する頃に刺激が与えられて、これで風邪もすっかり消えていくと思う。
「老人性結核じゃないの」と美智子さんは脅かすけれど、怯むような私ではない。
しかも「老人性」はやたらに付けないでほしい。
これから12月のロンドンアンサンブルのコンサートが終るまでは、病気には少しお休みしてもらう事にする。