2023年10月28日土曜日

完了

 古典音楽協会の新たな体制が整いました。

コンサートマスターの角道徹氏の長きにわたる活動は前回の定期演奏会をもって終焉を迎えました。新たなコンサートマスターは山中光氏。

角道さんの最後のコンサートは大勢のお客様をお迎えして感動のうちに終わりました。角道さんは人間コンピュータと言われるほどの頭脳の持ち主で、古典のすべてを自分一人で決定し、毎回のコンサートを成功裏におわらせていた。他のメンバーはその頭脳の上に安定して自分たちで物事を考えることをしなかったため準備は遅々として進まず、自分たちのなすべきことを理解できなかった。その上、経済事情にも大きな問題が発生してそれだけの解決にほぼ2年間を費やすことになった。

そこで立ち上がったのが女性メンバーたち。それぞれの得意の分野で精一杯の努力を重ねて頑張った結果、ほとんどの問題が解決して今日の会議では新しいメンバーも加わって和気あいあいと顔合わせができたのが新体制の歩みの第一歩となった。

問題となったのは金銭問題に様々な問題が起きてしまった。その謎の経理の道筋をたどるのに約2年もかかってしまった。今日ようやくすべてが日の目を見ることになって解決の糸口が見出された。長かった!

私はそのために胃腸に問題を抱えることとなった。自分がこんなにストレスに弱いことも初めて知った。面白いことに解決が近づくとすべてのピースがピタリとあるべきところにハマっていく。そして今日最後の大きなピースにたどり着いた。大成功。

新しいメンバーはヴァイオリンに3人ヴィオラが一人、いずれも歴戦の強者、一人だけ若い女性。私はこれで安心して引退できる。今年の猛暑の中でも会議があれば涼しい北軽井沢から下界へ降りてきて、その度に泣きわめく猫に謝って・・・いつまで経っても庭の花壇は花が増えない。早期引退計画は中々実現できなかった。庭の日照のために木をたくさん切り倒したけれど、しばらく行かないでいるとすぐにボサボサになってしまう。

今日は新体制の最初の一歩である全体会議が終わり、やっと来年春3月12日の定期演奏会を迎える下準備ができた。新しいメンバーでどんな音が出るか今からワクワクしている。会議が終わって夕方、自宅近くのイタリアンで友人2人と待ち合わせてワインを飲んだ。最近珍しく機嫌の良い私を見て友人たちも嬉しそうにして話がはずんだ。こんなに楽しく食事をしたのは何ヶ月ぶりだろうか。いつも心の何処かに凝りがあるような、頭の片隅に怒りが渦巻くような感じが潜んでいた。それが今日でスッキリとおさらばできそうな感じ。

友人はありがたい。わずかだけれど事情に気がついていてさり気なくフォローしてくれる彼らは音楽家としても心理学者としても優れている。苦しいときに助けてくれる人もいれば弱り目につけ込む輩もいる。つけ込まれて走り回らされた我々はそれでも新しい生き方のスキルを身に着けた。解決に関わった数人の女性たちは一様に明るく電話で話し合った。受話器の向こうから聞こえるはずんだ声、友人は宝物。












2023年9月9日土曜日

どうしてこうなるの?

 先日飲んだコーヒーの味が忘れられなくて、ここ3日間ほど飲んでいないのでますます飲みたくなり最後には渇望感に襲われた。ちょうどコーヒー豆を切らしていたのでどこぞに紛れ込んでいないかと探したら、あった!少し古くなっているけれどまだ封を切っていないから大丈夫、ミルも使われなくなってから所在なさげにぽつんと台所の片隅に立っていた。カリタの濾紙もまだ存在している、これでコーヒーを淹れられる。コーヒーミルは古いコーヒーのカスがついていたのできれいにしてお湯を沸かし始めた。

すっかり準備ができた・・・。しかし、さっきまでちゃんと存在したコーヒーの袋が消えていた。なんで?今までその辺にあったのに。雑然としたテーブルの上を探す。テレビのリモコンや眼鏡のケース、エアコンのリモコン、手紙の山、領収書の類、文房具などが山になっているけれどその中にはない。

まさかと思うけれど寝室、トイレ、風呂場、パソコン周辺・・・ない。レッスン室にヴァイオリンと一緒に持っていくことは考えられないけれど、でも私のことだからもしやと行ってみる。しかし消えてしまった。

お湯が先に沸き始めてしまった。猫の餌をやりに出たときに一緒に持っていったかとおもい駐車場まで探しに行く。まさかねえ。

喉をかきむしりたくなるほどコーヒーが飲みたくなったので台風の影響で雨脚が強くなっていたけれど、傘をさしてドトールまで買いに行った。豆を買ったついでに店内でコーヒーを飲んだけれど、ドトールさんには申し訳ないけれど、あのコーヒーとは勝負できない。と言っても私が淹れたコーヒーがドトールより美味しいとは思えないけれど、少なくとももう少し濃い目にはできる。昨日飲んだコーヒーはすごく濃いのに苦味が少なくなんとも言えない風味があった。よほど良い豆かブレンドの妙かも。私が淹れたら単に苦いだけの代物になるに決まっているけれどでも試みてみたかった。

普段はドトールのコーヒーが好きで、あの濃くも薄くもなくスッキリした呑み口が無難に美味しく感じていたのだが、あまりにも美味しいものを飲んでしまったので当分は自分でしっかりと淹れてみようと思った。色々試してみようと。家に帰ってからも、どうしても納得行かない。さっきのコーヒー豆は本当にどこに消えてしまったのか。新しいコーヒー豆を眺めても封を切る気になれない。

洗濯機の中にもないから絶望的なことはわかっている。それでもしつこく探す。なんてこったパンナコッタ。信じられない。翌日早朝に目覚めたけれど買ってきた豆をミルでひくのは大きな音がするので集合住宅では差し控えておこう。じっと夜明けを待つ。

最近は北軽井沢に行くと逗留する日にちが長くなってきた。うちの野良たちはその間他に保険をかけている家に行って餌をもらって生き延びている。かなりのお宅にお世話になっているらしくうちの餌場に来る頃にはもうお腹いっぱい。ゲップでもしそうなほどなのに、それでも出されたものは残さず食べる。先日も少し長めの留守のあと帰宅したら、いつも白黒模様のメス猫とカップルで現れるオス猫が何日も来ないので心配になった。縞トラの立派なオス猫と白黒のメス猫は兄弟だと先日近所の人から聞いたばかり。なにかアクシデントがあったのではと心配して近所を探し歩いた。

名前はグレ、多分グレーだから?「グレ、グレ、グレちゃーん」猫なで声でそこかしこ探し回っても反応なし。でも私の声はちゃんと聞こえていたらしい。しばらくするとひょいと家の玄関に現れた。「さあ、撫でたまえ」と言わんばかりにごろりと地面にひっくり返ってニコニコしてこちらを見ている。

コーヒー豆も呼んで出てくるようなら世話はない。家の鍵もパスモカードも診察券もあれもこれも・・・






2023年9月6日水曜日

忘れていた珈琲の味

 今年は暑さが厳しい上に雨が多かった。楽器にも人にも厳しい日々、雨がふるところは土砂降り、雨がほしい新潟などの米どころには降らない。天空の神様、雷様のなんと意地の悪い年だったことか。夏の厳しさは人だけでなく猫にも楽器にも悪影響があった。

私のヴァイオリンは楽器の胴体をぐるりと巡っているパフリングというところが湿気で剥がれて、鼻詰まりの音。独特の音色が多くのファンを引き付けるミラノの制作者によって今から300年以上前に作られたものだが、今年はそれが嘘のように響かない。はみ出したパフリングは行きつけのヴァイオリン工房で元の溝に押し込んでもらったものの、少し時間が経てば本来の音が出るはずが絶望的に鳴り始めない。今月28日は古典音楽協会の定期演奏会。ほんの少しだがヴィヴァルディの「4つのヴァイオリンの協奏曲」のセカンドのソロがある。

一人だけ変な音で弾くわけにいかないから楽器の調整に行った。世田谷のTさんの工房は世田谷駅すぐそば、電車で行くと面倒なので必ず車で行く。駅近くの駐車場に空きがあったので停めて、少し時間が早いからどこかでお茶でも・・・と見回すと道の反対側にカフェらしき店。しかし外観はごちゃごちゃ、看板にやっと読めるのはカフェの文字。どこが入り口かも判然としない。何年も通っているのにそんなところにカフェがあるとは知らなかった。道路を横切ってしばらく店を眺めて入るかどうか逡巡っていた。中を覗けば客はおろか店員すらいない。しかしこうなると面白がってしまい、たいてい酷い目に合う私の性癖が頭をもたげてくる。

店に入ってすぐのところにケーキのショーケース、なんだ普通のお店じゃん。奥まで入っても人がいない。店内はごちゃごちゃと乱雑に本や酒瓶やキャラクターものの人形などなどが所狭しと置いてある。かかっているBGMは、1900年代初期から半ば頃の懐かしいアメリカの曲。何回か声をかけるが返事がない。まるで漱石の「道草」だね。鶏はいなかったけど。数回目にやっと奥の方から人が出てきた。ぶっきらぼうに「コーヒーをください」というとあちらも簡単に「はい」と言う。

ほんの少し待たされて冷えたグラスになみなみと注がれた水、そしてすぐにコーヒーがきれいな白地に緑のカップで出てきたときには、店の乱雑さとは裏腹の光景に驚きと嬉しさを感じた。そのコーヒーたるや!最近とんとお目にかかれないほど濃厚な香り。香りといっても私は嗅覚障害だから想像するだにといったところ。一口飲んで唸りそうになった。ワーオ!これは本物だ。たっぷりとカップに満たされたものを飲んでも飲んでも飽きない旨さ。最後の一滴まで飲み干してため息が出た。最近私が飲んでいるコーヒーと称するものは何だったの?あの薄い液体は。

ヴァイオリン工房ではサクサクと調整が終わり、元の響きが戻ってきた。これでしばらく弾き込めばおじいさんヴァイオリンも艶のある音に戻る手応え。そしてそのコーヒー の店の話をすると、すでにここのお客さんたちに好評を博しているらしい。Tさんによれば、楽器の調整待ちのお客さんがわざわざその時間にその店にコーヒーを飲みにいくそうなのだ。楽器の調整は私は少ししか時間をかけないけれど、うるさい人は長時間かかけるときもある。なんだ知らぬは私ばかりなりかあ。そう言っている間にもコーヒーの後味は舌の上に 豊かな痕跡を残している。帰りの車の中でも。家について夕飯を食べるのが惜しいほど。

昔は私もちゃんとミルで轢いたばかりのコーヒーを飲んでいた。いつからか自販機やコンビニなどの味に慣れてしまった。気分転換になるからコーヒーは私達の生活に定着、簡単にすぐ飲めるのはありがたいと思うようになっていった。しかし今日からその態度は改めよう。

去年、今年とあまりにも事件が多すぎて自分を失っていた。残り少ない人生を適当に過ごすのは時間の無駄。実は最近美味しいコーヒーに飢えていた。確かにあったと思うコーヒーミルを探したらあることはあったけれど、もう使う気にはなれない。毎日コーヒー店に飲みに行っていた。おそらく気分転換と足の運動にしかならない行為だった。最近日本の茶道にも気持ちを惹かれる。嗅覚障害は茶類には致命的だったけれど、ある時東銀座の紅茶専門店に入ったとき、あまりの香りの違いにびっくりしたのは驚きだった。私に香りの違いがわかる!

それなら何がいけなかったのか。はじめから自分で拒絶していたのかもしれない。カフェを出るときに思わず「コーヒー美味しかったです」言わずにはいられなかった。ちゃんとした音を出すにはそれなりの時間と努力がいる。美味しいコーヒーを淹れるにも同じことが必要だと思う。

人に対するときも同じだけれど、このところそれには失敗している。あるいは大きな転換期に差し掛かっているのかもしれない。非常に寂しいので受け入れる覚悟はまだできない。しかし間もなくそうしなければならないことはわかっている。それでも今まで自分の歩んだ道を否定するようなことは避けたい。晩節を汚して平気でいるような人は、元々りんごの芯が腐っているように人の芯が腐っているのだろう。身近な人がそういう人だったことを発見したときに、私の幸福感は消え去った。見抜けなかった自分が悔しい。






2023年9月5日火曜日

北軽井沢は合宿のメッカ

後期高齢者アンサンブルの合宿のあとの北軽井沢に今度は若手が集まってきた。音楽教室の弦楽アンサンブルの合宿。もうすぐ発表会なので練習にも熱が入る。このアンサンブルも結成されて何年になるのか記憶にないけれど、着々と実力をつけ始めてきた。はじめの頃は最初の音が出るたびに「この世のものとも思えない」という私の酷評を浴びせられていた彼らがハモり始めているではないか! 

最初の頃はハモるということが音程だけでなく音色やバランスも必要ということを理解していなかったらしい。ギャアギャア、またはキャアキャアなどと大きな音さえ出て最初と最後が一緒であれば出来上がりだと思っていたらしい彼らが、最近はドキッとするほどハモることがある。偶然か必然かは定かでないけれど。

今回の曲は弦楽合奏のための曲ではなくモーツァルトのシンフォニー29番、音楽教室の管楽器の講師が充実してきたからかもしれない。このアンサンブルはメンバーの独立王国だから、講師も教室スタッフもメンバーの決めたことに口は出さない。最近は弦楽器だけでもチャイコフスキーやドヴォルザークの弦楽セレナードも弾いてのけるようになったのは目覚ましい進歩と言える。しかも「この世のものとも思われない」音もめっきり減ってきて時々私が目をうるませるほどの音が出るようになって、それは彼らが意識したからか無意識でたまたまそうなったのかはわからないけれど、とにかく偶にでも嬉しい。

珍しく褒めたら「先生優しくなった」と言われた。歳をとって優しくなったと言いたいのだろうけれど、時には彼らの努力も認めておかないと暗殺されかねない。私はそんなに怖い教師ではないとは思うけれどしつこいことは確か。ある人に他の先生は注意はなさるけどそこまでしつこくはない。けれど先生(私)はできるまでやらせると言われたことがある。楽器の演奏は一朝一夕にできることは考えられないから毎回のレッスンで口を酸っぱくして教えているうちに2、30年くらいは通ってきてくれる。それでもまだしつこく同じことを言われてよく倦きもしないで来てくれるものだと感心している。

先週土曜日、北軽井沢ミュージック・ホールに集まったメンバー。それぞれ働き盛りの社会人たちだから忙しいと思うのにこんな僻地までようこそ!車やバス、新幹線などそれぞれの手段で集まってくる。ここ数年コロナ感染のおかげで散々な目にあった。町役場の公共の施設を借りようとすると地元民でないと貸せないとか言われて私が激怒したり、せっかく結婚したカップルが参加するのでケーキや軽いイヴェントを用意したのがおじゃんになったり、不快なことが続いたのに、今年もニコニコと参加してくれるのが嬉しい。しかも数年前に転勤で名古屋に行ってしまった人もメンバーに戻ってきた。合宿には参加しなかったけれど、来年はしっかり発表会のステージに立つと思う。

練習後メンバーたちは一旦ホテルに帰ってから近所の食堂で夕食を一緒にとった。食後は我が家の狭いリビングでひしめき合って軽く飲んだり楽器を弾いたり・・・森の中の家は夜中まで弾いても聞こえない。最近私は夜中にヴァイオリンの練習をする習慣になってしまった。夜の静寂に響く奇っ怪な音、そのうち探検隊が来るかも。女性のメンバーたちは早めに宿へ引き上げ、残ったのは長年私が個人レッスンをしていた人たち。優秀な彼らの一人はこの音楽教室で目覚ましい進歩を遂げて、私がやめたあともどんどん難しい曲に挑戦、いまやシベリウスのヴァイオリン協奏曲を発表会で弾くというから驚いた。しかも発表会の直前に中国や韓国に出張が続いているというから仕事の面でも大活躍なのだ。すごいなあ。飲み終えると楽しげに真っ暗な森の中をホテルまで歩いて帰っていった。

二日目はメンバーが多少入れ替わったのでヴィオラがいなくなってしまった。それで私がコンサートマスターが持ってきたヴィオラを弾く羽目になった。コンマスは身長はたぶん180センチを超えるかと思える。私はたったの140センチ。彼の巨大なヴィオラを借りたら指が届かないところが続出。それより顎にも挟めない。呼吸困難になりながら数回やっと弾いたけれどすぐにギブアップした。しかし楽譜はまだ読めるんだ。そのことで少し安心した。

二日目の練習所は長野原町役場の多目的室。北軽井沢から車で30分ほどの距離があるので設備は良いけれどあつまるのは大変のはずだったけれど、気持ちの良い空気、明るい日差しで皆嬉しそうだった。2日の合宿が終わって、来年はこの合宿ができるか私は自信がないけれど、メンバーがすっかり定着して和気あいあいとしている様子が彼らの音に対する進歩と相まって、今後もずっと進化していけると信じている。

モーツァルトは他のどの作曲家よりも難しい。なぜなら音は単純でハッタリやごまかしが効かないから。純粋に必要な音しか使っていないから、どの音が外れてもバランスが崩れてもすぐに和声に影響してしまう。今までの練習の成果が問われる節目の時期かもしれない。モーツァルトで成功したら彼らの水準がぐんと上がるきっかけになるから、今回は特に真剣なステージとなるかもしれない。私を嬉し泣きさせるか憤死させるかは彼らの覚悟にかかっている。































2023年8月29日火曜日

運不運

台風が過ぎて明るい日が続いた北軽井沢に行った。森の家に到着してIH調理器の電源を入れた。点かない、電源が入らない。苦手な取説を引き出して説明を読むが原因がわからない。この調理器はつい最近新品に取り替えたばかり。前回この家に来たときに使っただけで故障するには早すぎる。まさか故障なんてありえない。キッチンの戸棚を探すと予備のヒーターが出てきたのでとりあえずそれで調理をした。

電気屋さんに電話をするとすぐに来てくれるという。現れた電気屋さんは暗い顔をして言った。もしかしたら雷にやられたかもしれないと。ここ数日激しい雷が続いて軒並みテレビなどの電化製品が故障しているという。だって、このヒーターはまだ数回しか使っていないのよ・・・私は涙声になる。電気屋さんがあまりにも気の毒そうな声を出すのでそれ以上のぐちは言えなくなった。とにかくこの数日この辺りの雷と言ったら今まで経験したことのないような激しさだったという。このコンセントを抜いておけば大丈夫だったんですがねと。そんなこと知らなかった。

明日から私達の合宿なのに、くいしんぼがこの家にやってくるのにどうしよう。でも予備のヒーターがあって本当に良かった。前のこの家の持ち主のノンちゃんが置いていってくれたものだった。ノンちゃん、本当にありがとう。

 姥桜五人組、北軽井沢集合。姥桜とは年増になってもなお色香を失わない女性を指す言葉。だがこの五人は果たして年増の範囲に入るのかどうか。年増とは広辞苑によれば娘盛りを過ぎてやや年をとった女性とある。この「やや」が曲者。私達は「ややややややや」くらいの年齢ではあるけれど元気で華やかではある・・・と、思い込んでいる。

コントラバスのHさんはピアノのMさんと仲良し。この二人がアンサンブルをするとなると、ピアノとコンバスが編成にはいっていないといけない。それでよく弾くのはシューベルトのピアノ五重奏曲「ます」でその曲と同じ編成ならオーケーなわけで、Hさんはその編成の曲を色々探し出してくる。今までゲッツという人が作曲した五重奏も曲りなりに本番にかけたし今回はボーン・ウイリアムズの五重奏曲をなんとか本番にかけようということになった。

毎年北軽井沢ミュージックホールで開かれる夏のフェスティヴァルは中止だというので、自主的にコンサート、それもミニコンサートをnekotamaの自宅で開こうという目論見となった。nekotama家のレッスン室は5人の演奏者が入っただけで満杯となるほどの狭小住宅なので果たしてお客さんに来ていただくことができるかどうか。狭いからグランドピアノを外に出すというわけにもいかない。なんたってピアノは主役なんだから。

それで夏の北軽井沢の集まりは練習に使い、11月頃を目処に本番に持ち込むという作戦、夏は避暑かたがた合宿という名のお遊びとなった。最も忙しいコンバスのHさんは昼の本番を終えて合宿初日に間に合うように車を飛ばして前夜到着、ヴィオラのKさんの追分の家に宿泊、翌日新幹線で来るチェロのKさんを駅で拾って練習所の北軽井沢ミュージックホール集合ということになった。

途中電話をしてきたHさんの声は疲労が滲んでいた。少し心配ではあったけれど、体力・気力とも並ではないHさんのことだから翌朝はスッキリと明るい声と顔が戻っていた。これで世の中ではとっくに後期高齢者と呼ばれる歳なのだから恐れ入る。

ボーン・ウイリアムズの曲はちょっと目にはそれほど難しいと思えなかったのに、深入りするにつれ問題続出。一人ひとりのリズム感が少しでもずれるとお手上げとなる。キッチリ合わせておかないと本番で行方不明者続出となりかねない。私はこの曲を少し甘く見ていたことでしっかりとしっぺ返しをされた。そうなると燃えてくるのが私のへそ曲がりな性格で、やっとやる気が出てきた。今年の異常な暑さで怠け癖が身についていたので、これは良い薬となった。

練習は朝から5時まで続き、あまり良い成果はでなかったものの、やっと皆の負けん気に火がついたようだ。こうなればしめたもの。合宿をやった甲斐があったというもの。夜は近所の食堂で食事をして解散。翌日はKさんが強力に推奨する蕎麦の店、地粉やさんで昼食をとってお開きとなった。

今年に入ってからどうやら金運が巡って来たと思っていた。メガネのレンズを替えたときにくじを引いたら大当たり、全部ただになった。先日人を紹介したら思いもかけず紹介料を頂いた。クッキングヒーターはすべて値上げされていたけれど、その中で唯一前の料金で買えるものが残っていたのでと、備え付けてくれた電気屋さんも嬉しそうに言っていたし。その電気屋さんが今度は心底気の毒そうな声で言ったのが雷では保証も使えないんですと。保証期間ではあるけれど、これは災害なのでせめて火災保険を家財にかけていれば良かったのにと。

あまりに気の毒そうに言うので恐縮してしまった。元々私に金運はないので結局勝ち負け無しでちょうどいいのだ。少し損のほうが大きいけれど仕方がない。金運はないけれど可もなく不可もなしの人生だし欲張るとろくなことはないからいいのいいの。金運のかわりに健康で人並みの生活ができて猫も今のところ元気。

以前郵便局の年賀状のくじに当たって毛ガニをゲットしたことがあった。今年は縁起が良いと喜んだけれど、その後スキー場で転んだら顔の上を人が滑っていったし、駐車場で車こすったりろくなことがなかった。「うっかりくじなんかに当たるものではない」というのが私の座右の銘。

唯一良かったのは、その雷がうちのヒーターを襲ったときに家にいなかったということ。ものすごい音や光がしたと思うし、たぶんその後停電で真っ暗に。そんな中で私一人で震え上がったに違いない。相棒の猫は泣きわめくだけで役立たず。でも最近真っ暗な森もあまり怖くはなくなってきた。猫を探してさまよったときに、あまり怖さを感じなかったのが役に立っているかも。























2023年8月18日金曜日

荒れ狂う地球

6号台風が日本列島に居座っており次の7号台風が出番待ちというころ、姪Nとその娘Rと一緒に北軽井沢に行く予定だった。しかし台風は日本列島を離れず何回も強い風雨で西日本や沖縄を苦しめた。私達が行く北軽井沢は群馬県なので暴風圏を少しズレていたけれど、それでも台風の東側には強い風が吹くと言われるから覚悟してでかけた。

出発日の早朝、関東地方は雨風もほとんど影響がなく曇り空ながら無事に現地到着、時々雨がぱらつくけれど森の中は穏やかで木々の緑が心を癒やしてくれる。いつものようにここは平穏で空気が美味しい。

3世代の欲求を満たすのはどこを標準にするかというと、やはり若者である姪の娘Rにと思ったけれど、私がそのパワーについて行けるかどうかわからないから独断で物事を進めることにした。姪のNは物静かであまり口をきかないけれど、意志の強さで周りに影響を与える。娘のRは頭の回転が早く知識で周りに影響を与える。私は思いつきで動くから即決即断だけど時々素っ頓狂。面白いトリオになった。

早朝出発したので軽井沢のインターを出たのは9時過ぎ、通り道のカフェ「春木」に寄って朝食を摂ることにした。ここは元群馬交響楽団のコントラバス奏者の経営するお店で、私が北軽井沢に通うようになった10年ほど前から気になっていた。なんだかコンバスのようなものが看板になっているあそこはなんだろう、前を通るたびによってみようとは思っていたけれど、あるときやっと寄る機会があって店主の顔を見ると見覚えがあった。私がオーケストラで弾いていた頃、よくエキストラで来てくれた人だった。音楽の世界は限られた世界だから、いたるところに知り合いがいる。

山小屋到着と同時に私はキャベツを刻み始めた。頭の中ではもう食事計画が出来上がっていて、手はじめがキャベツの千切り。連れの二人は驚いていた。なにをしはじめたのかわからないらしい。もちろんわからないさ、冷蔵庫の中身、持ってきた食材と合わせて一番経済的になる食事を考えているのだから、他人にはわかるわけがない。なにかお手伝いをと言われても指示するより自分でやったほうが早いからベッドの支度をしてもらった。

半月くらいこないと寝具はやや湿気を含むからさっそく布団乾燥機の出番となる。私は家を閉めるときに寝具をすっかり変えて布団乾燥機をセットして帰る。だから次の時に家に到着したときには乾燥機のスイッチを入れることが最初の仕事となる。乾燥機は2台、電気敷き毛布が4枚、エアコンのドライを合わせると乾燥機だらけ。普通の環境なら必要ないけれど、森の中は湿気が多いしヴァイオリンがあるから小さな部屋に強力な乾燥機を入れてある。だから乾燥室に前日着たものを洗濯して干しておくと、次の朝にはカランカランに乾いてくれる。

到着した日は皆疲れているし雨模様だから家のお風呂に入ってもらって休んだ。NとRには庭仕事をやってもらおうと手ぐすね引いていたのに雨で目論見が外れ、ダラダラと食べたり飲んだり、Rにヴァイオリンを教えたり、穏やかな一日を過ごした。Rは母親のピアノ伴奏で初心者の曲が弾けて至極満悦の模様。次の日はもし7号台風が直撃なら猛烈な勢力で通過する予定だったけれど、その夜は静かに過ぎていった。・・・と、思ったけれど現実は凄まじかったようだ。

早朝目が覚めていつものように窓やドアを開け放すと、驚いたことに庭の枯れ木が倒れていた。この木は以前枯れ木を切ってもらったとき、お隣との境界線上にあってトラブるといけないからはっきり境界線が決まったら切りますと言われ、立ち枯れになっていたものだった。その木は建物の3階くらいの高さで硬いから切るのは大変だといわれていたもの。その木が5箇所くらい引きちぎれて車の停めてあるところスレスレにバラバラに吹っ飛んでいた。どれほどの風が吹いたのか想像もできないけれど、3人と猫が全く気づかずにいたのは驚きだった。小さくてミノムシのような木肌の小屋は、思ったよりずっと堅牢だったようだ。

朝食はウッドデッキで、ランチは今まで気になっていたけれど入る機会がなかったカフェで。土砂降りの雨の中車からお店に行くまでもずぶ濡れになりそうな。夕方近所の温泉に行ってからお気に入りのハコニワ食堂で晩ごはん。小さいながらご主人の手抜きをしない調理で常に味が変わらない評判の良い食堂は私が最も推薦する店。連れて行った人たちがいつでも喜んでくれる。

Rは仕事の都合で次の日に帰宅することに。Nはもう一晩泊まるという。Rにどこか行きたいところは?と訊いたら群馬県と長野県の県境の渋峠にあるロッジに行きたいという。そこに大きなセントバーナードがいると私が言ったので興味津々らしい。私も大型犬がまだ健在かどうか知りたいと思ったので曇天の山道を走った。草津から山に向かうと酷く霧が発生し始めた。山頂につく頃には数メートル目の前の道路の白線しか見えない。しかし怖いけれど面白がる自分がいる。それが一番怖いところなんだけど。最終的には向かい側から来る車のボデイすら見えなくなって諦めて引き返すことにした。時間にしてあと数分くらいのところだったが、自分だけでなく将来ある身内を巻き込んではいけないと思ったので。

下山すれば霧が晴れて草津温泉スキー場がある。そこで気分良く過ごして帰宅後Rにヴァイオリンのお稽古。ざわざわした日だったので集中力にかけてレッスンはあまりうまくいかなかったけれど軽井沢の駅からRは新幹線に乗って無事に帰っていった。姪と二人、日頃無口なNもその夜はよく話をしてくれた。せっかく北軽井沢に来ても浅間山はまだ姿を表さず、分厚い雲の中。翌朝も見えず。

テレビのない北軽井沢から戻ってテレビを見たらハワイのマウイ島やカナダの山火事のニュースで持ちきりだった。海では様々な海中生物に異変が起こっているという。氷山は溶けて崩れ落ちる。いるはずのない魚がとんでもないところで繁殖していたりするという。マウイ島の火事の原因は外来植物の枯れ葉に強風で切れた送電線が接触したことだとか。地球がいまや早急な温暖化防止を迫られている。トランプさん、これでもまだ温暖化防止に反対ですか?お金持ちは火星にさっさと移住できるけれど、私達庶民はどうすればいいのか、将来の子どもたちが本当に心配でならない。









2023年8月5日土曜日

走れる!

 去年、一昨年、足の故障に悩まされもうこの先スキーもランニングもできないかと諦めの境地、とても悲しかった。けれど最近この猛暑で体が温かいせいか足の痛みは殆どなくなった。階段もまっすぐに縦に降りられる。まだ縦の姿勢は最近やっとできるようになったのでおぼつかない足取りながら、ここ2年間の状態から見れば大した進歩なのだ。

できることはなんでもやってみた。整体、高周波治療、筋トレ、ストレッチ、毎日の散歩等々。最後にたどり着いたのは貧乏ゆすり。老化からの体の故障のなんと多いことかと痛感。諦めるのが一番手っ取り早いけれど、それは自分にも周りにも大変な迷惑だからなんとかしようと色々考えた。最初はやりすぎる。早く効果を得ようと頑張りすぎてかえって逆効果だったり。とかく私達は毎日数時間の楽器の練習をずっと続けるのが当たり前だったから、なにか始めたら根性がものを言って頑張ってしまう。これが一番いけないと気がついたのがごく最近だった。

例えば朝の散歩、まだ疲れていないから楽に歩ける。毎日近所の公園をぐるっとひと回りして来るのだけれど、コンディションによってはショートカットしたほうが良い時もある。わかっているのにもう少し頑張ろうと言う気になって歩いてしまう。筋トレもすべて同じ。ほんの数分ずつ軽い運動が一番いいのについ自分を甘やかすなという根性が頭をもたげてくる。それでやっと良くなった膝痛が悪化することがしばしば続いた。それをやっと抑えることができるようになった。それでもまだ時々やりすぎて、しまった!と思う。

今朝の散歩はいつもより少し距離が多かった。外で待ち構えている野良猫が散歩についてきたがるので彼らをまくのが大変なのだ。気が付かないで歩いているとすれ違う人たちが笑う。なんだろうと思って後ろを見ると猫が二匹尻尾を立ててついてくる。猫の足音は聞こえないから。それで私は家に入るふりをして車の陰にまわって他の道から出ることがある。猫のいる場所を大回りしないと道路に出られないこともあって、今日は一区画分遠くなったというわけで。

ゆっくりと歩く。私の性格からするとゆっくり歩くほうが難しい。公園に着いて木陰に入るとひんやりと気持ちが良いので、わずかにランニングをしてみた。最近少し走れるかもと思ったのは、信号の変わり目で急ぎ足ができるようになったことから。ある時無意識に小走りしている自分に気がついた。おや、もしかしたら走れるかも。今朝は軽くランニングの姿勢をとって走ってみたら、本当に走れそう。まだゆっくりだけれどかなりの距離を小走りができた。両足が地面から離れる感覚が新鮮で心がおどる。あまり図に乗るとまた足を痛めるかもしれないので途中でやめたけれど、回復の確かな手応え。さてランニングシューズを買わねばとまた靴フェチが。危ない危ない!

最近見たテレビで90歳を超える男性がトライアスロンに励んでいる映像を見た。それも普通のトライアスロン大会に比べて超ハードなものらしい。その大会で彼は年齢別で連続優勝している。なぜならばそのクラスでの参加者は彼一人だけだったからという。参加することだけでも驚異的な存在らしい。そこまでできる人は体力、気力ともに生まれつきに備わっているのかもしれない。私ごときが彼が頑張っているから自分も頑張ればできると思うのは大間違い、人にはそれぞれ分をわきまえることが必要。

ところで連日の大谷翔平くんの頑張りはもはや人間離れ。肉離れではないけれど足がつるというから彼も人の子だと妙なところで感心しているけれど、少し心配。いつもたくさん寝ると言うけれど、それができないときはどうするのだろうか。私は最近眠る時間が多くなったけれど、やはり5時間以上は眠れない。眠るにはエネルギーが必要なのだ。大谷くんがもし眠れなくなったらと思うとゾッとする。いやいや、不吉なことを考えるのはよそう。でも、あまりにも世界記録を塗り替えすぎてもう彼がホームランを打っても当たり前、奪三振が何人もいても当たり前となったら、なんか一人で大車輪で走り回って気の毒な気がする。

かれは弱体のチームにとっては救世主。彼の美学はそんなチームを見捨てずに自分が頑張って救いたいと思っているのだろう。でもだんだん顔つきがなにかを我慢している感じに変わってきているのが気になっている。