2025年6月15日日曜日

ヴァイオリン健康法

引退宣言からやく8ヶ月、ヴァイオリンはケースの中でスヤスヤと眠っていた。時々生徒のレッスンのときに取り出して弾く以外は気力も体力もなかったので、もうこれで私の人生は終わったと思っていた。

なにも欲しくないし、したくない。まさに鬱だったのだと思うけれど、力が抜けて眠りに眠ったおかげで漸く人間らしくなってきた。体力はもう落ちているのは仕方がないけれど、膝痛まで治ってきたのが驚きだった。

時々友人たちから電話をもらっても「いきてるかーい」という安否確認だったりする。以前なら「ねえ、コンサートどうする?」だった会話もめっきり減ってしまった。それはそれでもう火を落としてしまったのだから仕方がないと思っていたけれど、レッスン室の模様替えと楽譜の整理が進むにつれて楽器が気になってきた。

クローゼット一杯の楽譜、片付けても片付けても湧いて出てくる。同じ譜面がいくつも。パラパラとめくると書き込みの数々が思い出を誘う。へえー、こんなボウイングとフィンガリング?なに考えていたのかしら、とか。だから当分楽譜整理は終わりそうもない。困ったことに古い楽譜はホコリやダニや色々含んでいるらしく、喉の調子が悪い。毎日喉のケアをしていたけれど、このところ風邪をひいた状態で鼻水や咳がでる。楽譜整理症候群とでも名付けようかしら。

楽器は、はじめは30分も弾くと立っているだけでくたびれた。体力も筋力も低下して息が続かない。けれど昔取った杵柄とやら、だんだん長時間立っていられるように、一日練習すると次の日はくたびれて弾けない状態だったのがいつの間にか毎日練習する習慣が戻ってきた。ここ数日は実に4時間の練習が続けられるようになった。体が軽くなってくる。動きが早くなる。

けれど私の性格からしてなんでもやりすぎる。このまま続けるとまたやりすぎてダウンするというお決まりのコースになりかねない。だから今日は休暇とうだうだしている。実はサボる口実だけど。練習再開した頃は少しだけ肩が凝った。やはりうまく力が抜けない。けれど、今はもう肩こりが治ってきた。よしよし、リタイアに向けての第一歩の再構築は着々と進んでいるらしい。

それというのも友人たちのお陰で、先日、デュオに誘ってくれた人、今年の末のコンサートに誘ってくれた人、8月の発表会に「弾かない?」と言ってくれた人など、私の回復を見守っていてくれた人たちからの温かいお誘いが嬉しくてようやくヴァイオリン復活が実現することになった。引退宣言をしたときにはもう二度と表に立つことなど考えられなかったくらい消耗していた。心も体も不調続き、楽器を持ち上げるのもしんどかったのに、皆さんありがとう。

それでもこれからは規模を縮小して小さなサロンで、長時間のコンサートはやめて、聽いている人たちが気絶する前に終わるよう頑張ります。

と、言うのは、私は長い曲をひくのが好き。自身の室内楽コンサートで1時間近い曲を2曲並べて、聞き手の皆さんをうんざりさせたこともあった。よくぞ、殺されなかったと思いますよ。また生き延びて活動を始めたと聞いて殺意を抱く人がいないといいけれど。

ヴァイオリンは・・・というより、何をやっても力を抜くことが最大の課題となってくる。そしてそれが心身ともに健康につながると、この期に及んで実感しています。例えば一時間の曲を弾き続けるのも、大変だと思うでしょう。でも必要以外の力を抜いてしまえば実現可能、楽器をやっている人々はそれが生涯の課題、楽器をやっていない人も同じく、心のケアでも何にも共通した生きるテクニックです。

猫を見てご覧なさい。彼らは喧嘩するとき以外は脱力の名人。どんなところにも潜り込める達人なのだ。それで彼らは液体ではないかという説も浮かんでいる。




















2025年6月12日木曜日

コッコッコッコケッコー

小泉さんはついに古古古古米まで放出すると決めたらしい。でもね、出すなら普通古い方から出しませんか。さんざん大騒ぎしてそろそろ市場に米が出回ってくる頃に、鶏さんたちが待ちかねている古古古古米を今頃出すとは。

自宅の備蓄品のことを考えてみよう。賞味期限を見ながら、普通、切れる時期の迫っているものから食べていきませんか。それらを安く放出すれば、コメ不足に付け入って儲けようという輩はぎゃふんと言うでしょう。大体最初に古米を出すときには大手の企業等しか手に入らない。それを普通時より高く売れば大企業はいつもより儲かる。売れそうもない古古古古米の処分は貧乏な私達がありがたくいただく?横取りされた鶏さんはお腹が空く。

どちらにしても庶民はいつも後回し。衆議院の解散がチラチラしている中で、自民公明はまた現金のバラマキをしようとしている。このための事務経費はいくらくらい掛かるかというと莫大としか思い浮かばない。こういうのって選挙対策なのだから選挙違反とはならないのかな?現金差し上げますから票を入れてねということでしょう?

こんな無駄なことばかりするなら最初から税金安くしてよねと言いたい。庶民派といえば最近引退宣言をだしたけど、またぞろヴァイオリンが弾きたくて我慢ならなくて色々画策している。それで数ヶ月眠っていたヴァイオリンの手入れをしないといけなくなった。それはそれはお金がかかる。

弦楽器は弦が命。古くなった弦は音が通らない。ヴァイオリン簇の楽器はほとんど4本、たまに5本、それを全部張り替えると我が家のレベルでは大変な出費となる。銀の価格高騰が弦の価格に直接響く。今はあまりコンサートもないけれど、一時期絶え間なく演奏していた頃はひっきりなしに弦を変えていた。消耗品だから弓に張ってある馬の尻尾の毛も、年間数回の張替え、一本張り替えると弦の張替えといっしょに家計を逼迫するほどの価格になる。

それを必要経費と認めてもらおうと確定申告しても、無視されたのが去年のこと。にべもなく削除された。こちらも面倒だから説明もしないから悪いのだが。本当に国税局の税理士はこの世界の情報を知らない。知らないことは無視していいらしい。結構な御身分ですねえ。大体国勢調査などでも、私達フリーランスの音楽家なんて職業はどこにも当てはまらないのだ。

コロナ禍のときに私は年間八回のコンサートのキャンセルの憂き目にあったのに、そこの欄に斜線を引かれたのですぞ。女性で年を取っているともう社会人扱いされないのが日本の社会。来年は税務署で大暴れしようかと思っている。今年も少し騒いだけど。笑笑・・・それやるとお代官様が理不尽にお縄を持ってくるかと、我慢しているけど。今度大臣クラスに提訴してみようかと。小泉さんいかがでしょうか?なにかしていただけませんか?

ちょっと説明しておきますが、銀の相場が弦の価格に関係するというのは、私の一番好きな弦であるオリーブという商品はガットの外側に銀線が巻かれているのです。一時期そのガット弦の品質が悪くて巻きかえるとすぐに切れるということがあったので、張り替えてすぐに何万円も損失が出て大変だったこともあったのです。一本いくらかご存じないでしょう?私も知らない。考えると恐ろしくて弦を張り替えられなくなる。

こんなことも税務署員に説明してもどこ吹く風。とっくに諦めているけど、なんだかなあ。私達は古古古古弦を使うと音が悪くなるし切れる可能性大だから使えない。鶏さんもこれは食べられないから捨てるっきゃない。







2025年6月8日日曜日

AIで遊ぶ

 毎朝パソコンを開いて最初にするのはAIとの会話。おはようございます。今日はどんなことがしりたいですか?と親切に挨拶してくれる。昨日は数学の初歩を教えてもらった。

ネットでニュースなどを見ているとその中に漫画が出てくるので時々覗いているうちに漫画にハマるようになった。それぞれ嫁姑問題や夫婦の危機や友人関係の問題など、大人のための漫画。はじめのうちは面白がって見ていたけれど、そのうち飽きてきた頃クイズが目についてはまり始めた。難しい漢字の読み方や算数の問題など。

計算問題をやっているうちにそういえば、数学を初歩から勉強し直せないかなとAIに相談してみた。数学の初歩、中学生くらいのレベルから教えてくれませんか?まさかと思っていたら快諾してくれたのでびっくり、でも嬉しかった。

中学校は女子校で大変つまらない学校だった。主に良妻賢母育成みたいな中途半端なお嬢さん学校。でも、その中で際立って良い先生が二人いた。数学と国語の教師でともに若い女性だった。ふたりともスリムで性格がキリッとしている。私はこの二人の先生がすごく気に入っていたので数学と国語はちゃんと授業を聞いていた。他の授業はあんにゃもんにゃ、おもしろくもなんともない。

二人の共通点は教え方に無駄がなく、ハキハキとした態度。この二人は相当に頭がよろしいなと先生を評価する生意気な生徒。それでちゃんと授業を受けてそれなりの成績だったのでその二教科は得意な科目となった。ところがあれから70年、今や簡単な算数もできない。ずっと数学には興味があって、音大附属高校に入ってしまったので微分も積分もやっていない。私はその先が勉強したいとおもったけれど、今更やってどうする。

AIに相談すると素晴らしい先生であることがわかった。それで因数分解の初歩から学び始めたというわけ。そのためには算数ができないとはなしにならない。錆びついた頭で加減乗除、分数計算で汗まみれ。情けない。こんなところに名教師がいたなんて、AI先生に感謝。面白いもので、最初はちんぷんかんぷん、私この年まで何やっていたのだろうと、涙がでそうになる。しかしじわじわと這いつくばって進んでいるうちに難なく先に進めるようになる。

ヴァイオリンの練習も、こんな曲無理!と思ってもずっと練習しているとある時突破口が開かれる。今は初歩の因数分解も苦労だけれどそのうちきっとね。ハリー・ポッターを原書で読み始めたとき、第一巻はすごく簡単な英語だったのに全然読めなかった。けれど、最後の7巻を読み終わったら随分わかるようになっていた。我ながらびっくりした。継続は力なり!

中学生の時大好きだった数学と国語の先生は、噂に聞くと一人の男性を巡ってバトルしていたそうで、それもなるほど、ふたりとも女性としても同じタイプだから同じ男性を好きになったのかなあと、乙女心に納得していた。

今日から北軽井沢に行くつもりだったけれど、晴れ間は明日のみ、すぐに梅雨に入るらしいから今週はやめてお天気が良くなってから行くことにした。その間レッスン室の整理、これが気の遠くなる作業。賽の河原に石を積んでいる気持ち。ひとかたまり整理された楽譜をしまうとその数倍もの楽譜が出てくる。やってもやっても減らない。

アンサンブルの楽譜はパート譜が揃っていなかったり。整理は楽器の練習よりも何倍もの労力がいる。この数日鼻水が出て調子が悪いと思っていたらどうやらホコリのアレルギーではないかと思う。毎日鼻洗いとうがいしないと風邪を引いたみたいな症状が現れる。何気なく楽譜収納のクローゼットを開けたらもう一山の大量の楽譜が見つかった。

その時点で腰が抜けたようになって作業が遅々として進まなくなった。とりあえず8月に弾く予定の自分のパート譜だけ確保ができた。しばらく算数遊びに精を出すことにして昼寝。あんなにショートスリーパーだった私が毎日底しれないほどの眠気に襲われている。子供の頃に戻ってきたようだ。

引退声明を出したけど、あれは取り消し、個人的なコンサートだけはほそぼそと続けていくことにしましたのでどうぞよろしく。雀百まで踊り続けます。穏やかな老後は夢でした。























2025年6月5日木曜日

工事が終わって

レッスン室のドアはより防音効果が 大きくなって、隣家と隣接している窓も塞いで二重窓のガラスの真ん中に防音材を詰め込んだ。それだけでも今までとは本当に音のレベルが違ってきた。

長年壊れっぱなしでおいてあったオーディオ装置も外に出された。なんの役にも約立っていなかったチェストは玄関に追い出されてほんの少し家具が少なくなっただけでも響きが良くなった。あとは楽譜の整理、最も煩雑な仕事が残った。

楽譜はヴァイオリンを始めた当初からのものもあり、品質が悪く黄色く変色していて当時の日本の貧しい生活が忍ばれるというもの。それでも当時としては大変貴重で、戦後のいちばん大変な頃によくぞ買ってもらえたものと両親に感謝し続けている。私が21歳で入団した頃は、オーケストラの楽譜も手書きの楽譜が多かった。丹下吉三さんという写譜の名人がいて、オペラなどの膨大なスコアもことごとく写譜をした。

丹下さんのすごいところは書き直しがない。しかも譜めくりの箇所も独自の工夫でどのパートもうまく休符のところでできるようになっている。独特の筆致でひと目で丹下さんのものとわかる。まさに名手であった。今のように便利なインク消しとかコピーとかもない時代、気の遠くなるような仕事だった。丹下さんはちょっとお茶目で、弦楽器と違い管楽器などは一人で一枚の楽譜が独占できるから吹く人は決まっていて、その人だけが使うとわかると何かしらのメッセージが添えられていたりする。

その楽譜を使う人は、自分だけの貴重な楽譜と一層気合が入ると思う。丹下さんの楽譜はその後の急速な日本経済の発展とともに使われなくなったけれど、今でも私の蔵書に混じっていたりする。戦前からの日本のオーケストラの発展にはこういう人たちのご苦労が込められているのだ。捨てるに忍びないけれど、これも

楽譜の選別はなかなか難しい。カルテットの楽譜はたいていチェロのパート譜がかけている。整理を始めたはいいけれど、時には思い出にふけってしまったり、珍しい楽譜が出てくると試奏を始めたりで遅々として作業が進まない。床中に楽譜が敷き詰められて、いつ自宅に返してもらえるかわからない楽譜共はあくびをしている。

これらはあるべき場所に収まって、探せばすぐに取り出せるようにしたい。いつもレッスンの前に大騒ぎをして楽譜を探していると生徒たちは笑っている。先生の楽譜はしょっちゅう歩き回ってるんですよね、と。

全部引っ張り出してみたら同じ楽譜が何冊も出てきた。バッハのヴァイオリンコンチェルトなどは、数冊分、様々な解釈の違うものがあって、困り果てる。大合奏団が使うかと思われるほどの大量の弦楽アンサンブルの楽譜や、あらら、シェーンベルクの「浄夜」まである。これから先、いつ又この曲が弾けるのか、弾けたらいいなあなどなど・・・

人生の最終段階での貴重な数年間、つまらないトラブルに巻き込まれたことが返す返すも悔やまれる。しかし只今天中殺の真っ只中で来年からはもう明るい日々が待っている・・と思いたい。

多量の楽譜の整理は賽の河原で石を積む作業と同じで、整理すればするほど散らかっていくのが不思議。今や床に広がった楽譜の波に飲み込まれそうになっている。これが済んだらさぞ気持ちがいいだろうと、駄文を書いている暇にさっさとやれよと天の声が聞こえる。もう力がないのにこんなたくさんの曲が弾くけるわけないでしょう。それより私と遊んでよと猫の声。そうだにゃあ、でももう少し待ってと私の内なる声が。








2025年6月3日火曜日

気分は上々だけど

北軽井沢の庭にクリスマスローズがしっかりと根付いた。

久しぶりに北軽井沢に行って佐久平で美味しい蕎麦を食べ、浅間クリスマスローズガーデンを訪れた。佐久平は盆地なので夏は暑いらしいけれど、先日は少し霞がかった山々がぐるりと見渡せる高台にあるガーデンで心地よい風を受けて心あらわれる思いだった。

そこで癒やされた。初めてお目にかかったオーナーの穏やかな風貌と可憐な草花とは私にもう平常な世界に戻っておいでと語りかける。

去年私の森の家に植えたクリスマスローズは府中市にある農園のものだった。実に立派な株だった。見た目にもしっかりしていたので厳しい北軽井沢の冬を乗り越えることを疑いはしなかったけれど、木々の若葉が美しい今頃、こんなにもしっかりと育ってくれているとは期待していなかった。

今年はいつになく忙しく、北軽井沢に行くのがいつもの年よりも遅かった。見た目、庭は相変わらずボサボサで腐葉土が厚く堆積した土はなんの変化もないと思ったけれど、よく見ると植えて帰ったクリスマスローズの株の大半に花が咲いていた。この花は非常に地味で葉っぱと区別がつきにくい品種が多く、他の植物の影に埋もれてしまっていたのだ。しかし自分が植えた株がこんなに生き生きと根付いているのを見たときには本当に嬉しかった。

ここがまたこの花の特徴だけど、花が咲くか咲かないうちに摘んでしまわないと、株が丈夫に育たないのだという。それでは植える意味が全くわからないではないか。花だって咲いている意味がないではないか。種が落ちて繁殖することもできない。しかも株同士が密着しないほうがいいらしい。人間嫌いみたいな花なのだ。孤独を愛する人は多いけれど、花にもそんな性格があるとは思わなかった。

もっとすごいことに彼らは十分な太陽と水よりも日陰が好きで、乾燥にも十分耐えられるらしい。豊富な栄養も必要ないらしい。その彼らが生き生きと育ったのは、この森が長年手入れもされず放置されたことが良かったというしかない。

ノンちゃんが自然のままに放置したことが、この花々にとって最高の環境を作り出したのだ。彼女が生きていたらさぞ喜んだことと思う。返す返すも彼女がなくなったことが残念だった。

家の東側は庭の境界線の小川に向かって傾斜している。朝日はさすけれど、木々が茂っていて木漏れ日しか届かない。府中の農園主の女性がいったようにこの花は、日差しは木漏れ日程度、乾燥地帯でも厳しい気温の差にも耐えられる、雪も大丈夫、雪の下でたくましく生き延びるとか。

佐久平のガーデン主氏の言うことには、花は咲いたら切ってしまってドライフラワーにでもしたらいい。なんだか一生日陰で、こんな人生あり?それなのに欲しがらない、盗まない。清らかというか図太いというか、人の姿に変えて想像するに、筋肉質の自立した女性。声は柔らかなアルトでどんな境遇にいてもしっかり自分の足で立っていられるひと。素敵だなあ。

花々に心が癒やされて、そろそろ全快の兆しあり。もう過去は捨てようと思う。以前松本で街の真ん中にいても周囲に山が見えることに感激してこんなところに住みたいと思ったことが、今、半分実現できている。あとの半生を便利な都市部で暮らすか、毎日木々をわたる風音を聞き山を眺めて暮らすかそろそろ決断の時。

引退宣言以後、休んでいた演奏の再開を目指してリハビリ中ではあるけれど、最盛期のようには音がでない。それでも楽譜を読むに不自由はない。長年培った技術はそう簡単には忘れないらしい。

コンサート仲間からのお誘いもあって、私は不死鳥のように蘇るかもしれないのでその節はどうぞよろしくお願いします。












会長は亀?

 体内年齢が若い人がいる。老化は細胞の衰えに始まるらしい。ある種の人では細胞の老化が遅い。私達のスキークラブの会長の山田さんはその老化が特に遅いらしい。

ただいま90歳は超えて悠々自適、ピアノ調律師で日生劇場のバックステージ賞をとるなど、調律会の重鎮としての活動は知る人ぞ知る。90歳になる直前まで一緒にスキーをしていた。ある年、志賀高原で滑っていたとき、リフトから下りる通路でころんだ。これは本当に珍しく私は会長が転ぶのを見たのは長い年月でも初めてだった。

その後、会長がゲレンデの傍らで腕を組んで考えごとをしているのを目にして、ドキッとした。会長は自分を律するに大変厳しい人だった。ハチャメチャな連中と一緒に麻雀を楽しんでいてもよる9時には就寝、どんなに面白くてもきっちりと寝てしまう。他の人達は夜を徹してと言いたいところだが、よる年波で皆早寝になっていても会長ほどきちんとしてはいない。面白ければ夜中まで起きている。

会長は食べる量も決まっているようで、美味しそうに楽しそうに食事をしても過食で気分が悪いなどということは聞いたことがない。類まれな記憶力はだれもかなわない。細部にわたるまで覚えているので私達は彼の頭脳がどうなっているのか知りたい。転んでしまった直後会長はスキーをやめた。

そんな会長も最近は調律用の重たい道具を下げて電車に乗るのはできなくなったらしい。御本人がというよりご家族の心配が大きいらしい。私のピアノは何十年も彼の手で調律されてきた。なんとも言えない風合いで、鍵盤に触れると優しい和音が響く。弦楽器にとってピアノとのアンサンブルは戦いに近い。ピアニストは楽器の規模がまるで違うヴァイオリンに斟酌しない。ヴァイオリンは響きで音を飛ばさないとしっかり会場の片隅まで音がとどかない。

ピアノは鍵盤上を猫が歩いても音は会場中に届く。この違いが理解していただけないと良いアンサンブルは不可能なのだ。そのアンサンブルのために山田さんはあえて融通無碍に調律する。というより、ピアノの音階はヴァイオリン弾きにとっては理解できない。あ、その音もう少し高めにとか言いそうになる。オクターブを無理に12音に分けるので仕方がない。おや?と思っても、山田さんの調律は和音で弾けば深々と鳴り響く。まさに名人芸!そんな調律が好きで長年お願いしていたけれど、最近は重たい調律の道具を持って1時間以上電車に乗ってくるのはできないとおっしゃるので、ついに調律師を新たに探すことになった。

山田さんによれば調律は数学と深い関係があるそうで「サインコサインの世界ですよ」と聞いたときにはびっくりした。計算ずくでもあるのだ。ピタゴラスがやったらさぞ名人だったに違いない。山田さんが来られなくなったのでしばらく調律はほったらかしに。しかしそろそろ耐えられなくなって会長ご推薦の人をお願いすることになった。約束の日、ニコニコとして玄関に現れた人は明るく気さくなスタインウェイピアノの調律師のIさん。名門のピアノと私の家のピアノは雲泥の差と言われそうでかすかに緊張したけれど、でも友人たちが作ってくれたピアノ。作成に二年かかった。本体と鍵盤はヤマハ、椅子はカワイ、中身はベヒシュタインなど。

調律途中で覗きに行くと、新しい調律師に訝しげに「このピアノはどういうものですか」と尋ねられた。経緯を言うと「ああ、おもしろい、そうですか。いい音がしますね」ホッとした。私は友人が作ってくれたという理由だけでなく、本当に柔らかな音が好きなのだ。

二時間以上かけて調律が終わって、少し休憩をしながらIさんとお話をした。山田さんとくればスキー、彼も山田さんのスキー仲間だったというので私は嬉しかった。つい自慢したくて私が一番最後に買った板を見せた。これは北海道で作った「もく」というスキーです。白木の軽い板で、力がなくてゲレンデを担いで行くときなどは、私の分も先生が担いでくださるから気の毒で、軽い板にしたのだった。ビンディングも一番軽いものに変えても素早く滑る事ができる。そこらでお目にかからないから珍しがってフランスのヴァルトランスに行ったときにはよく質問された。「どこのスキーなの」と。

一気に話が盛り上がって、調律師はかえっていった。小手調べに鍵盤に触ると、抜けるような明るい音がする。これほど調律によって変わるかと思うほどの違い。今までアンサンブルだけで使ってきたけれど、久しぶりにソロが弾きたくなった。大好きなモーツァルトとシューマン。数十年ぶりにピアノを弾くと心が弾む。それから数日間、ピアノを練習したけれど、少しもうまくならない。

素敵だなあ、こんなにも違う二人の名調律師が私のピアノに関わってくださるとは。山田さんの調律は、深い森の中で木の葉のさんざめきや郭公の鳴き声などとともに安らぎを覚えるような、Iさんの調律は明るい5月の草原の輝きのような。

古い話になるけれど山田さんは、あの、ルービンシュタインから「モーツァルトの調律はミスター山田にやってもらいたい」と言われたそうなのだ。山田さんが調律を終えて気持ちよさそうにピアノを弾き始めると、軽やかで楽しげ。ドアの外でしばし聞き惚れたものだった。

人間は徐々に細胞が老化していくけれど、亀やトカゲなどは死ぬまで細胞が老化しないそうで、今その老化しない細胞の研究がされているようだ。するというと山田さんはもしかしたら亀だったのか。











2025年5月31日土曜日

ツンデレ

うちの、のんちゃんはツンデレ。元野良猫

ツンデレとはなにかとずっと思っていた。よくネットでお目にかかるので多分あんまり褒められたものではないと思っていたけれど、なんだ、簡単にツンツンデレデレの略だそうで、いつも私はのんちゃんにツンデレされている。ずっと意味謂がわからずやっとAIに教えてもらった。

のんちゃんは元野良猫。それも筋金入りの。きれいな毛並みのハチワレ乙女だった彼女もすっかり年をとって、家で寝ていることが多い。お兄ちゃんのグレちゃんはご近所の人気者で皆さんに可愛がられているけれど、のんちゃんは好き嫌いが激しくて人馴れできない。
人間もそうだけど、おおらかな性格は本当に幸せなのに、気難しいと苦労が多い。警戒心が強くて出会った頃は決して数メートル圏内に入ってくることはなかった。

それでも毎日餌をやっているうちに、最初は尻尾に触らせ次は鼻先を近づけというようにセンチ刻みで近寄ってきて、このあたりで彼女にさわれるのは私だけとなった。彼女を抱っこしていると通りすがりの人達が「あらまあ、よくだっこできるわねえ、この子は絶対に触らせてくれないのに」これはちょっと嬉しかった。きっと皆さん衛生面のことから触らないようにしているからだと思うけれど、野蛮人の私は動物に平気で触れる。多分免疫力が半端ないと思うので。

野良猫はバイキンの巣窟。でも彼女は見た目、すごくきれいでよごれていない。もしかしたら飼い主がいるのではと思うほど。長い時間をかけてだんだん警戒心が解けて今は私と同じベッドで寝るようになった。

私が野良猫でも平気なのは子供の頃から動物と慣れ親しんできたせいだと思う。実家にはいつもたくさんの動物、小鳥や鶏、アヒル、猫は入れ替わり立ち替わり、野良犬もくる。金魚や鯉、ネズミからヘビ、ヤモリ、トカゲ、ゲジゲジに至るまで、もう数え切れないほどの野生動物が共存していた。決して山の中の家ではないのに、家族がたくさんいて良く言えばおおらか、よく言わなければズボラでだらしない。こういう家は子供と動物には天国なのだった。兄弟が多いのにそれぞれ自分の動物がいて、これでは増えるのは当たり前。

北軽井沢に初めて行って前の持ち主のノンちゃんの家を見たとき、私の実家の裏庭にそっくりだと思った。前庭は祖父が風流人だったので大きな松、牡丹や躑躅の大株や珍しい植木が植えられ池もあってちゃんとした庭があったけれど、裏庭はあまり手入れがされず私の縄張りになった。

竹藪、群生する枇杷の木、葡萄棚、月下美人が怪しく咲いてボサボサ。面積は前庭より更に広く、子どもの空想力を高めるにはうってつけの環境で、一人遊びの好きな可愛げのない子どもの秘密基地、お稲荷さんには狐様がいて古い井戸があって・・ちょっと身震いが出ますよね。その裏庭には戦後のドサクサで誰かが住んでいた。家人も全く知らない人でテントを張って。親は呑気で追い出そうともしない。しかも家の廊下にも居候のなんとかさんが寝起きしていたし。
子沢山で親の目が届かないところで何があってもおかしくない。よくぞ大人にまで生きながらえたものと思う。

ノンちゃんの家を見てすっかり気に入ってしまったのはこのせいだった。ノンちゃんも自然のママが好きで庭木の枝は伸び放題、葉のしげるまま。「いいわねえ、実家の庭そっくり!」ひと目で気に入った私にのんちゃんはこの庭を託してくれたのだった。

私の裏庭遊びは小学生の間ずっと続いた。蜘蛛の巣が張られるのをじっと見たり、木々の梢が空に広がってコジュケイの鳴き声が聞こえたり、その中で動かず頭の中だけで想像力を膨らませた。そんな私は傍目に気持ち悪く、小学校3年生のときの担当教師は「子供らしさがなく可愛そうです」と通信簿に書いた。それを読んだ私は激怒した。もともと大っ嫌いな教師だったので絶対に懐かなく、父親が心配してその教師に相談したふしがある。子供らしさ?なにさ、それ。

その教師の前では私は大変な問題児となって、でも、今思うに、その教師が問題だったのではと思う。もし皆さんの周りにボーっとして傍目わけがわからない子どもがいても放っておいてください。私はずっと様々な観察と考え事をしていた。それがおとなになってからどれほど役に立ったことか。特に私を音楽に導いてくれたのもその御蔭だったと思う。父は私が考え事をしていると嬉しそうに「今なにを考えてるんだい?」と訊いてくれた。「なんか面白いことだろう」と。父と私はそっくりなのです。

そしてうちののんちゃんに戻る。のんちゃんは賢こすぎる程で、その分神経質で警戒心が強い。私にも本当に気を許してはいない。けれど、情が深く本心は甘ったれ。それが様々な場面でツンデレとして現れる。私がパソコンに向かって作業をしていると甘えたくなって膝に乗ってくる。デレデレとしてから愛情の発露で爪を立ててくる。それが痛い!爪を外すようにすると嫌な目つきで睨んでくる。それが怖い!

挙句の果てはバリバリと爪を立てながら膝から降りて怒りながら向こうへ行ってしまう。ツンツンして。これがツンデレだそうで、今まで意味がわからなかったのはどうしてかしら。もっと難しい表現かと思っていたので。人は単純でないといけない。