2018年6月29日金曜日

カニングハム女史

追分の友人宅に4日間居候してきた。

宿主は少し前にオーケストラを定年で辞めたヴィオラのKさん。
退職を機に飼い猫たちの健康と自身の英気を養うために、頻繁に別荘住まいをしている。
それに便乗するのがヤドカリのnekotama。
猫と見れば保護してしまうKさんは、今、5匹の猫のお母さんなのだ。
大きな車に猫用ケージを詰め込んで、高速道路を行ったり来たり。

猫たちは追分の家に来ると、東京にいるときよりも元気になるらしい。
Kさんはのらや病気の猫を放って置くことができないから、どの猫も問題持ち。
食べるものがなくてゴミ袋のビニールをなめていた子は、いまでもビニールを見つけると舐める。
飼い主からの虐待で棒で打たれていたという子は、人が急激な動作をすると未だに怯える。
固く縛られて尻尾が壊死寸前だった子は、やっと回復して普通の尻尾になったという。

今は猫たちは愛情いっぱい受けて穏やかに暮らしている。
私は午後1時頃追分に到着すると、美味しいチャーハンを作ってもらった。
夜も飼い猫たち同様私も美味しいものを沢山食べさせてもらって、日に干されてフカフカの布団に寝かされた。
でも布団があまりにもお日様の熱をもらったために、夜中じゅう暑くてバタバタ寝返りを打った。
しかも食べ過ぎで気持ちが悪い。
明け方やっと眠りについた。

私は常に眠りの達人だから、どんなに遅く寝てもちゃんと早朝目がさめる。
2日め、北軽井沢の住人と示し合わせて、お蕎麦を食べに長野原村へ出かけた。
山の中の蕎麦屋は、十割蕎麦がおいしい。
私は天せいろ、他の3人は十割蕎麦やおろし蕎麦。
昨日食べすぎなのにもう天ぷら食べて!

追分に帰ってからも夜遅くまで飲み食い、おしゃべりに、夜中にはヴァイオリンまで弾く騒ぎ。
近所の別荘にはまだ人はいない。
夜中に弾こうと朝弾こうと、誰も文句は言わない。
猫たちが迷惑するだけ。

次の日は5月に泊めていただいた軽井沢のY子さんに連絡すると、日本に、しかも軽井沢に居ると言うではないか。
彼女は最近世界を股にかけて、お正月はウイーンに、その後スペインに、そして今月はクロアチアにと飛び回っている。
以前から軽井沢でコンサートが出来ないかと模索中なので、その会場探しに協力的。
5月には、彼女が見つけたあるカフェのサロンを一緒に見に行って、只今思案中なのだ。
追分のKさんはその時いなかったので彼女にも見てもらうことにして、翌朝の朝食をそのカフェで一緒に摂ることになった。
約束の時間に行くと、愛犬のすみれこちゃんを連れたY子さんはえらく元気そう。
クロアチアは素晴らしかったそうで、その余韻がまだ冷めない様子。
日本の蒸し暑い都会での生活に疲れ切った私など、前夜は有名なビーフのお店で買ったステーキ肉を全部食べきれず、食べ残しを恨めしげに眺めたので、せっかく来たカフェの美味しいフレンチトーストに手が出ない。

このカフェの名は「エロイーズ・カフェ
カフェの隣に1軒の簡素な建物があって、表札にカニングハムとある。
おやこれはあのカニングハムさん?

カニングハム女史は戦後の日本の子どもたちに良い音楽を聞かせようと、青少年音楽協会の組織を運営。
私は中学生の時にそのコンサートを聴いて感激、その時演奏していた東京交響楽団に入団したいと思った。
まだヴァイオリンも本格的に始めていないときなのに、本当にその時の夢が叶うとは!
本人も周りも予想だにしなかった。
カニングハムさんとその後関わりができるともしらずに。
突拍子もない夢が叶って、私はその後青少年コンサートで演奏する立場になった。

チワワのすみれこちゃんを連れてそのへんを散策していたら、そこでピシャリと辻褄が合った。
「エロイーズ・カフェ」の「エロイーズ」はカニングハムさんの名前だということに気がついた。
そうか、ここに来たことがあったのだ。
はるか昔の話、どういうわけか夜にカニングハムさんの軽井沢の別荘に行って、あまりの暗さに驚いたことがあった。
足元すら見えない。
都会の明るさに馴れたものにとって、恐怖を覚えるほどの暗さ。
その時カニングハムさんと、どうして関わりがあったのかは覚えていない。

ある時、この青少年のためのコンサートで東響が演奏した。
ハチャトリアンの「剣の舞」
この曲の最後にピアノが演奏する音型があった。
その時ピアニストをわざわざ頼むほど経済的な余裕のない貧乏オーケストラは、私にピアノを弾けと言う。
たった1,2小節だから私も引き受けた。
私がピアノを弾いていると側に寄ってきたカニングハムさんが私のことをじっと見て「あなた、ピアニスト?」「はい」「本当にピアニスト?」
いつもヴァイオリンを弾いているから、なぜその人がピアノを弾いているのかとしばらく私の側を離れないのでヒヤヒヤした。

そんな懐かしい思い出のあるサロンで演奏できれば素敵だけれど、ピアノがあまり良くない。
管理している人に訊くと「ここにゆかりのある人の記念のピアノなので」
カニングハムさんが弾いていたピアノなのかもしれない。














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