2020年10月10日土曜日

鬼が笑う

 来年のことを言うと・・・さあ、皆さん笑って笑って!

来年のことでまだ先の話だけれどあるコンサートの企画を任されて、楽しいったらありゃしない。私は弾くのもすきだけど、こういうことが大好きなのだ。特にコロナでコンサートが中止になって皆さん暇を持て余している。業界の売れっ子たちはいつもならスケジュールが一杯で中々つかまらないのに、ほいほいと引き受けてくれる。いいメンバーが揃いました。

私は卒業してオーケストラに入ってすぐに、当時のコンマスの鳩山寛さんにスカウト?された。私が入団テストに彈いたベートーヴェンの協奏曲がお気に召したらしい。当時彼はハイドンのカルテットの全曲演奏を目指して、コンサートを重ねていた。そのセカンドヴァイオリンを彈かせてもらい、そこから次々と別の企画にも参加させてもらった。とんでもなく幸運だったとしか言いようがない。

彼はアメリカのタングルウッドの音楽祭に参加して、当時はミルシュテインなどとも共演したらしい。ただあちらでの生活が長かったから、あまりにもアメリカナイズされて自己主張が強く、帰国してからは昭和初期の日本人には評判が悪かった。徹底した個人主義で権利の主張もはっきりしていたので、浪花節的心情に合わず、随分悪口を言う人が多かった。それでまるでヴァイオリンまでいけないように言いふらされて、孤立無援だったようだ。

そこにふらりと私が現れて、弾けるものなら何でも彈きたいというスタンスだったから随分重宝された。おかげで下手くそな新人がめったに経験できないほど沢山の演奏をさせてもらった。それが今の私を作ってくれたのだった。

ハトカンさんのすごいところは、アンサンブルの力。私は時々彼のセカンドヴァイオリンでファーストヴァイオリンを弾かせてもらった。内声はメロディーを彈かないから大抵はファーストヴァイオリンより地味な人が受け持つけれど、彼が内声を弾くと私は思うままになんの心配もなく歌うことができる、というより、歌わされてしまう。これはすごい。セカンドヴァイオリンというものはこうやって弾くものだと教えられた。歌のオブリガートなどは絶品だった。ある時スペイン人だったと思うけれど、女性歌手が来て歌ったことがあった。その時のハトカンさんのオブリガートは皆を唸らせた。その歌手も大喜びだった。

うまいヴァイオリン弾きはその後続々と現れて、日本人も海外のコンクールで上位入賞することが多くなった。けれど、あれ程のオブリガートを弾ける人はめったにいない。彼のことを悪く言う人が多いけれど、私は自分の恩人だと思っている。出発点が良かったから、その後私は次々と素晴らしい共演者と弾くチャンスが舞い込んだ。経験を沢山したので知識も豊富になったのが、今回の企画を任されたことにつながっている。

コンサートの初っ端はたいていモーツァルト。ひたすら好きなので途中もモーツァルト。ややモーツァルト過剰のきらいはあっても、全体のバランスの中に上手くちらせば、上品な味わいになる。一家に一台モーツァルト、ご家庭の味にはアマデウス印のだしの素をどうぞと言うわけ。アマデウスくん、君に逢いたかった。

ずっと演奏会がなくて、もう年も年だから「引退」の文字が脳裏に浮かんだ。でもこんな楽しいことを手放してなるものかと、心境が変わった。サボりまくっていた練習を始めると、やや衰えてはいたけれど、今後の鍛え方で変わってくれる・・と信じている。いや、信じないとやっていけない。久しぶりのステージ、怖いだろうなあ、ブルブル。

でも来年の話なので、いまから心配してもどうしようもない。この楽天的なところが私の取り柄でもあるけれど、一番あぶない落とし穴になるときも。演奏が終わったら拍手じゃなくて客席が大笑いだったらどうしよう。そうなったら落語家に転身かな。









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