足の痛みはどうして起きるのか考えた。最近1週間おきくらい に北軽井沢まで通っている。このとき休憩を入れずに一人で運転しすぎるのではないかと。車の運転は本当に好きで、長時間していてもほとんど疲れない。ハンドルを握ると心が落ち着く。普段イライラせっかちなのに、運転するときは急に穏やかになる。けれど、これがいけない。カーナビが途中で「そろそろ休憩しませんか?」とうるさく言うので次回からはそれに従うようにしようと思う。
カーナビに支配されるのは癪だけど、いつまでも若くはないという自覚はあるのだから、老いては車に従えを実行。昨日は腰痛用のコルセットを着けて鎮痛剤を飲んで寝たら、今朝はもうほとんど痛みは消えていた。このようにいきなり悪くなったりあっという間に良くなったりを繰り返して、だましだまし体を使っている。コルセットで笑えたのは、10年ほど前に作ったものが、その当時より体重は減っているのにウエストがきつい、重力に意地悪されてすべて下に落ちてきたということ?
腰が痛かったり田舎暮らしのときには車は本当に便利。けれどこれが腰には良くないのだから、このへんはどこまで許容するかのせめぎ合いとなる。特にコロナ感染が起きてからは電車に乗るのも怖いから、今まで電車で移動していたところも車で行くことが多い。
突然友人から電話がかかってきて、私が歩けないという噂が野火のように広がっているらしい。「明日からは休みだから自分が運転手になるから車がほしいときはどうぞ」というありがたい申し出があった。涙が出ますねえ、こういうのって。ちょっと一人に愚痴をこぼしたら、もう人助けの輪が広がっている。みなさん本当に親切。であるけれど、私はほとんど人様に親切にしたことがないから、こんなご厚意を受ける資格は無い。むしろ意地悪することのほうが多いと思っているけれど、その意地悪を意に介さないほどの太っ腹の友人たち。うん、本当に皆さんお腹が太・・・なんて、罰当たりだねえ。
とにかく明後日あたりから病院へ行くことにした。もう痛みはなくてごく普通なんだけれど、この際検査しておくいい機会だと思っている。北軽井沢に行き始めてから、嗅覚障害が治ってきたような気がする。先日の車の中での猫の粗相も以前なら気がつかなかったかもしれない。そして匂いがわかるようになったら、世の中にこんなにも匂いが充満しているとは。敏感な人はたまらないと思う。最近電車の中で、衣類の洗剤や柔軟剤がミックスした匂いで具合が悪くなる人が多いと聞いた。それで電車に乗れなくなったりするらしい。
匂いもそうだし音も避けられない。コロナで今までの場所が使えなくて、今日は英語のレッスンをファミレスで受けていた。最初に自分が行ってテーブルを決めた。明るくて静かな場所を選んだつもりだったけれど、突然子供を3人連れた人たちがドカドカと隣のテーブルに現れて、そこからは修羅場。泣きわめく子供と声を一段と大きくして叱る母親に、私がボソボソと読む声が聞こえず、いつもより大きな声で読むので疲れた。見るのは目をつぶればいい。けれど、匂いや音は避けられない。
車提供の友人の電話で、浅間に雪が降ったとの情報も舞い込んできた。そろそろ雪の季節。いつもならスキーシーズン間近とワクワクするところだが、スキー場のホテルはコロナのクラスター発生の危険地帯とも言われる。そうかと言ってゲレンデにテントを張って寝るわけにもいかない。次のシーズンは、はたしてどうなることか。半世紀以上の私のスキーのキャリアもここでおしまいとなるかどうか。今年はなにもかもなくなって、でも再開の喜びもあって、トータルでそれほど悪いことばかりじゃない。
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