配送業者から電話で、明日、申し訳ないけれど朝9時ころ伺いますと。申し訳ないどころかおおいに歓迎。私はだいたい5時起きの毎日だから。待機していたら8時30分頃、すでに到着したと電話があって、複雑な森の中の道は説明の仕様がないから、真っ黄色のパパゲーノでお迎えに行くことにした。コンビニの駐車場にいますというからすぐに駆けつけて誘導。家の中はソファーや小さなテーブルやらで混み合っている。このテーブルとソファーの貰い手を探している。前の住人のノンちゃんのことだから、すごく上等なものなので捨てるのには惜しい。けれど、私は自分が使わないものは置きたくない。部屋の広さに余裕があるなら話は別だけど。
運び込まれた電子ピアノは、普段ピアニストの友人宅で見るような立派なものではない。可愛らしく安っぽく見える。それはスタインウエイなんかと比べたら月とスッポン。楽器とも思えない程だけれど、ここでピアノの練習ができるのはありがたい。近所が留守なら夜中でも気兼ねなしで音が出せる。消音もできるかもしれないけれど、なるべくヘッドホンは使いたくない。フィリピン沖で台風に遭遇して苦労した可愛そうなピアノちゃん。船酔いしたのか、音はいまいち。でもソファーが置いてあるよりずっと幸せ感がある。
ノンちゃんのスタイルに反して物がだんだん安っぽくなっていく。まず、立派すぎる食器棚を取り除いてニトリのペカペカ光る安物の食器棚に変わった。これだけでも家具に威圧されている感が消えた。ピアノも本物ではない。食器も軽井沢のアウトレットなどで安上がりに。でも空気の通りは格段に良くなった。物に押しつぶされそうだった部屋が明るくなった。動かない家具が可動になった。
この湿度の多い森の中では本物のピアノは置けない。ヴァイオリンを持っていくときにはエアコンをフル稼働するけれど、私がいない間は切ってしまうから。と、それは口実で本当はピアノが買えるほどお金持ちではないし部屋も狭すぎる。これで我慢するしかない。
ピアノは居心地良さそうに部屋の片隅に納まった。これでベランダの工事がすめばすべての改装はおしまい。軽井沢と追分に心強い手助け人がいて、なにかと助けてもらった。初めての土地で家具店やホームセンターがどこにあるかもわからない。車で連れて行ったもらったり工務店を紹介してもらったり実際に家の片付けをしてもらったり。私は非力で手にほとんど力が入らない。小柄だから高いところに手が届かない。それに生まれついての怠け者。自分の好きなことはせっせとするけれど、そうでないことは気が付きもしない。2年経ってようやく家に馴染んできた。なるべく明るく風が通る家であってほしい。
今朝は早くから目が覚めた。夜明けが待ち遠しい。シャッターを開けるとまだ真っ暗。ようやく薄明かりがさしてきたら、上の方は雲があるのにその下から朝日が登ってきて、息を呑むほど美しい。しばらく経ってから外に出ると、少し高く登ったお日様が木々のてっぺんを明るく光らせている。下の幹はシルエットになって、とても変わったクリスマスの飾りのように。毎日夜明けの光を見ていると、一日として同じ景色はない。毎日が感激の連続なのだ。
すべての照明をLEDに替えたので、私がいる間に故障することはないと思う。こんなに手を入れたのにあと数年通えるかどうか。最後の贅沢をした気がする。ピアノが収まったのですぐに帰宅することにした。日曜日だから午後になると交通渋滞が始まる。それを避けるにはグズグズしてはいられない。嫌がってグズる猫をキャリーバッグに放り込んで、出発。間もなく峠を降りる急カーブが始まった。するとすぐに凍結箇所が数箇所、昨日はここで大渋滞だったのかと納得した。右手に見える浅間山はもう真っ白に雪に覆われていた。管理業者が早く水抜きをと急かすのも無理はない。
予定では明日帰るはずだったけれど、色々考えるとやはり今日のうちに帰ったほうがよいかと。やはりそれは正解だったようで、安定した天気とガラガラに空いた高速道路、その先の環状八号線もほとんど混雑はなくらくらくの運転、いつもこうならいいのに。
これから4ヶ月、4月になったらまた森の中の生活ができる。それまでコロナを避けてじっと家で過ごす日々。雪道の運転さえできれば住み着けるのにと残念に思う。やってみれば案外できるかもしれないけれど、もう自信はない。特に峠越えの急カーブは恐怖でしかない。