1日一万歩のウオーキングを盛んに薦めるけれど、私はホンの一時それをやってみて、すぐにやめた。
これは身体に良くないと、すぐに感じたから。
私たちの仕事は忙しいときとヒマなときがあって、忙しい時には1日何本か重なるけれど、ヒマなときは閑古鳥が鳴く。
たまたま閑古鳥さんの時に、世間で言う一万歩のウオーキングをやってみようと思い立った。
そして1週間を過ぎた頃には、身体に異変が起きた。
疲れ果て、顔はカサカサになり、膝を痛めた。
ウオーキングから帰ると、疲れて何もできない。
かといって、昼寝の習慣がないから、眠れない。
そのうち、夜も熟睡出来なくなった。
それで、これはとんでもないと思い、すぐにやめたけれど、自分はなんて根性が無いのかと、自責の念にかられた。
ところが最近では、一万歩のウオーキングは身体に悪いという説が、しきりと流れている。
今朝ネットで見つけた記事。
これまで健康に良いと信じてきた歩きかたが、実は健康に悪いものだったという。
運動のしすぎは健康効果がないどころか健康を害するもので、免疫力の低下を招くらしい。
例としてある男性の話
メタボ対策として40才からウオーキングを始め、ランニングに移行、ついにはトライアスロンを始めた。
身体は引き締まり、見た目いかにも健康そうになった。
ところがしばらくして、身体に異変が生じた。
手足がしびれ、太ももの裏側やふくらはぎに痛みがでるようになった。
診断は動脈硬化。
その男性にとって、トライアスロンは激しすぎる運動だった。
激しい運動をしている間、人は心臓から大量の血液を送り出す。
年をとって流れにくくなった血管を通ろうとすればするほど、血管は詰っていく。
ほどほどの運動こそが健康に良い。
ほどほどと言うのは1日24時間の歩行数が8000歩。
そのうち中程度の運動を行う時間が20分。
中程度とは、歩きながらなんとか会話ができる程の運動量、これがほどほどの運動強度だそうだ。
そしてもっとも適した時間帯は夕方。
早朝の歩行は身体の準備ができていなくて、かえって危険らしい。
その最も適した時間の夕方、散歩に出かけた。
会話がやっと出来る早さって?
私は元々ものすごく足が速い。
だから会話がやっとの早さというと、走らなければならなくなる。
途中、近所の家の前に、そのうちの奥さんが立っていた。
「空みてごらんなさい」と言う。
「ほら、月がきれい」
なるほど、夕焼けの残照の中に鋭くかかる上弦の月。
ゆったりとした彼女の声で、我に返った。
ああ、又乗せられた。
健康記事は次々と新説、珍説が現れる。
1日何歩歩いて、何時間眠って、何を食べて・・・
あれやこれや、やっていたら切りが無い。
以前NHKテレビで、高齢の男性に健康法を尋ねていた。
リポーターは、なんとかして男性に健康の秘訣を聞き出そうとしていたけれど男性は「なんにもやりません。秘訣はなんにもやらないことです」とノンビリ答えていたので、噴き出した。
「例えば歩いたり?」「いや、あまり歩きません」
「食事は?」「特にないです」
面白かった。
これが長寿の秘訣。
人に惑わされず、マイペースで気にしないこと。
2016年1月13日水曜日
眠り姫
眠った眠った!
一体何時間眠ったのかしら。
一昨日の午後8時半就寝、それから次の日の午前7時半目醒、病院に行って午前11時頃帰宅、昼食に1時間、それから又ぐっすり、夕方6時半目覚めて夕食、又すぐ就寝、今朝までトータル30時間越え。
うん十年の疲れがいっぺんに出たらしい。
白馬に乗った王子様が起しに来てくれないから、しかたなく自分で起きることにした。
それでもまだ眠れそう。
寝過ぎて骨が溶けてしまったと言ったら、昨日合わせる予定だったピアニストのSさんが「骨が溶けたご老人が気の毒だから」と言って、今日我が家に来てくれるそうで、午後から合わせることにした。
同い年なのに、なにを言うか。
遅々としてすすまないフォーレ「ソナタ」と、今週土曜日、ミニコンサートで弾く曲の合わせ。
まだ何を弾くか決めていないので、楽譜を色々取り出している。
全身の筋肉が弛緩してしまっているので、蛸のようにグニャグニャしている。
せっかく髪の毛を三毛に染めて、頭の天辺をツンツンさせるように短くしてもらったのに、ボサボサになって見苦しい。
まるでホームレス・・・と言ったらホームレスさんに悪い。
昨日免疫力がついてきたようなと書いたけれど、本当にそうらしく、今朝は寝過ぎてボンヤリしているけれど、風邪はほとんど快癒したらしい。
耳鼻科の病院を変え、薬が変わったせいかもしれない。
それと睡眠の力が大きいかも。
やはり、眠ることが最大の薬。
いつも眠りたくなくて、夜中まではしゃいでいるのはそろそろ身体に堪えるようで、やめた方がいいかもしれない。
と言っても、今更習慣を変えるのは大変。
そのうち永遠の眠りにつけるのだから、今はあまり寝なくてもいいさと開き治っている。
一体何時間眠ったのかしら。
一昨日の午後8時半就寝、それから次の日の午前7時半目醒、病院に行って午前11時頃帰宅、昼食に1時間、それから又ぐっすり、夕方6時半目覚めて夕食、又すぐ就寝、今朝までトータル30時間越え。
うん十年の疲れがいっぺんに出たらしい。
白馬に乗った王子様が起しに来てくれないから、しかたなく自分で起きることにした。
それでもまだ眠れそう。
寝過ぎて骨が溶けてしまったと言ったら、昨日合わせる予定だったピアニストのSさんが「骨が溶けたご老人が気の毒だから」と言って、今日我が家に来てくれるそうで、午後から合わせることにした。
同い年なのに、なにを言うか。
遅々としてすすまないフォーレ「ソナタ」と、今週土曜日、ミニコンサートで弾く曲の合わせ。
まだ何を弾くか決めていないので、楽譜を色々取り出している。
全身の筋肉が弛緩してしまっているので、蛸のようにグニャグニャしている。
せっかく髪の毛を三毛に染めて、頭の天辺をツンツンさせるように短くしてもらったのに、ボサボサになって見苦しい。
まるでホームレス・・・と言ったらホームレスさんに悪い。
昨日免疫力がついてきたようなと書いたけれど、本当にそうらしく、今朝は寝過ぎてボンヤリしているけれど、風邪はほとんど快癒したらしい。
耳鼻科の病院を変え、薬が変わったせいかもしれない。
それと睡眠の力が大きいかも。
やはり、眠ることが最大の薬。
いつも眠りたくなくて、夜中まではしゃいでいるのはそろそろ身体に堪えるようで、やめた方がいいかもしれない。
と言っても、今更習慣を変えるのは大変。
そのうち永遠の眠りにつけるのだから、今はあまり寝なくてもいいさと開き治っている。
2016年1月12日火曜日
免疫力
風邪をひいた。
昨日夜から咳がひどくなって、市販の咳止めを飲んで寝た。
原因はこのところの夜更かしと湯冷めと、新年会で澁谷へ行って人混みに混じったこと等々。
夜更かしは日常茶飯事だけれど、お風呂から上がってから遊び出すと、寒くてガタガタしながらもやめられない。
まるで子供で、欲望の赴くままに生きる原始的性格は、終生変わらないと思う。
お風呂から上がって1時間くらいで眠るのが、良い睡眠のコツ。
いつもは遅めのお風呂で、快眠。
しかし先日音楽教室の新年会があって、もう講師でもないのに参加。
花束をもらって帰って来た。
それでちょっと嬉しく、軽くお酒も入っていたので夜更けまで自室ではしゃいでいたら、次の日は鼻水が出てきた。
そして昨日はもっと症状は悪化。
咳がひどい。
今日はピアニストと合わせの約束をしていたけれど、夜中に目が醒めるとひどく咳き込んだ。
これはいかん・・・それでメールを打って約束のキャンセルをした。
こういうことはめったにない。
よほどのことがなければ、約束を反故にすることはまずないけれど、一度喉に炎症が起きると一気に気管支炎に突入するので、大事をとって明日に延期してもらった。
それでも朝目が醒めると、喉の痛みは軽減していた。
それで約束通り合わせに行こうかと思ったけれど、一度病院で薬をもらっておいた方が良いから、やはり明日に延期してもらった。
東京でも初雪の知らせがあって急に寒くなったから、病院は赤ちゃんを抱っこした女性で満杯。
赤ちゃんは泣きわめく、幼児は暴れる。
阿鼻叫喚の地獄図。
その中でジッと待つこと1時間、これなら咳止め呑んであったかくして寝ていた方が良かった。
最近気分がゆったりしたせいか、風邪をひいても大事に至らず、腸の不調も起こらない。
ひどいストレスに晒されていた現役時代には、突発性大腸症候群や、激しい気管支炎、あげく狭心症、ちょっと下の方の炎症とか、色々ありまして、弾くことだけでなく、それらの症状との戦いだった。
やはりストレスは免疫力を低下させるようだ。
私はストレスのある状態は決して嫌いではない。
むしろストレスがなくなると、それがストレスになる。
それも年齢が高くなると、やはりストレスは堪えるようになった。
時間に余裕が出来たのでお風呂にゆっくりと浸かって、身体を充分温めることが出来る。
今回は今までの風邪よりも、早く治りそうな気がする。
とにかく身体を温めて眠るのが、最高の治療法だから、今日は1日ぬくぬく猫を抱いて眠りたい。
ところが今、一匹だけ残った猫ときたら、一緒に寝てくれない。
猫は湯たんぽの代りの他に、なんの役にもたたないのに。
無為無策に過ごしているのだから、たまには私の役に立って欲しいにゃあ。
昨日夜から咳がひどくなって、市販の咳止めを飲んで寝た。
原因はこのところの夜更かしと湯冷めと、新年会で澁谷へ行って人混みに混じったこと等々。
夜更かしは日常茶飯事だけれど、お風呂から上がってから遊び出すと、寒くてガタガタしながらもやめられない。
まるで子供で、欲望の赴くままに生きる原始的性格は、終生変わらないと思う。
お風呂から上がって1時間くらいで眠るのが、良い睡眠のコツ。
いつもは遅めのお風呂で、快眠。
しかし先日音楽教室の新年会があって、もう講師でもないのに参加。
花束をもらって帰って来た。
それでちょっと嬉しく、軽くお酒も入っていたので夜更けまで自室ではしゃいでいたら、次の日は鼻水が出てきた。
そして昨日はもっと症状は悪化。
咳がひどい。
今日はピアニストと合わせの約束をしていたけれど、夜中に目が醒めるとひどく咳き込んだ。
これはいかん・・・それでメールを打って約束のキャンセルをした。
こういうことはめったにない。
よほどのことがなければ、約束を反故にすることはまずないけれど、一度喉に炎症が起きると一気に気管支炎に突入するので、大事をとって明日に延期してもらった。
それでも朝目が醒めると、喉の痛みは軽減していた。
それで約束通り合わせに行こうかと思ったけれど、一度病院で薬をもらっておいた方が良いから、やはり明日に延期してもらった。
東京でも初雪の知らせがあって急に寒くなったから、病院は赤ちゃんを抱っこした女性で満杯。
赤ちゃんは泣きわめく、幼児は暴れる。
阿鼻叫喚の地獄図。
その中でジッと待つこと1時間、これなら咳止め呑んであったかくして寝ていた方が良かった。
最近気分がゆったりしたせいか、風邪をひいても大事に至らず、腸の不調も起こらない。
ひどいストレスに晒されていた現役時代には、突発性大腸症候群や、激しい気管支炎、あげく狭心症、ちょっと下の方の炎症とか、色々ありまして、弾くことだけでなく、それらの症状との戦いだった。
やはりストレスは免疫力を低下させるようだ。
私はストレスのある状態は決して嫌いではない。
むしろストレスがなくなると、それがストレスになる。
それも年齢が高くなると、やはりストレスは堪えるようになった。
時間に余裕が出来たのでお風呂にゆっくりと浸かって、身体を充分温めることが出来る。
今回は今までの風邪よりも、早く治りそうな気がする。
とにかく身体を温めて眠るのが、最高の治療法だから、今日は1日ぬくぬく猫を抱いて眠りたい。
ところが今、一匹だけ残った猫ときたら、一緒に寝てくれない。
猫は湯たんぽの代りの他に、なんの役にもたたないのに。
無為無策に過ごしているのだから、たまには私の役に立って欲しいにゃあ。
2016年1月11日月曜日
ソワソワするおじさん
商店街を歩いていたら、足元に白黒ツートンカラーの子猫が蹲っていた。
こちらを見ているし、逃げないからそっと頭を撫でると、ニャーといってすり寄ってくる。
最近こういう猫を見かけると、今我が家にたった一匹しか猫がいないので、ノラなら連れて帰ろうかと考える。
うちのコチャビは愛想が悪く、抱っこしてもすぐに逃げる。
もう少し猫らしく、スリスリして欲しい。
もう一匹飼えば、そうしてくれるかもしれない。
見かけた子猫を抱き上げると、大人しく抱っこされたまま。
このまま連れ帰れるかどうか考えていたら、目の前の店の戸が開いておじさんが1人、ぬっと現れた。
こちらを嫌な目つきで見ているから、ノラに構うなとでも言われるかと身構えた。
しかし、なにも言わないからそのまま暫く抱っこしていた。
ノミやダニがいるといけないから、家に連れ帰ったら病院でケアしてもらおう。
今日は休日だから明日になるかな・・・と考えていた。
一度地面に猫を降ろして、頭を撫でながら「お名前はなんていうの?」と訊いたけど、猫はにゃあと言うだけ。
「お名前は?お名前は?」と繰り返していたら、又店の中からおじさんが出てきた。
「クロっていうんだよ」
あら、失礼、おじさんの猫でしたか。
あやうく誘拐するところだった。
さっきこちらを嫌そうに見たのは、自分の猫がやたらと愛想良く、他の人に抱っこされていたのが気に喰わなかったのか。
又は、誘拐されないか警戒していたのか。
気が気じゃなかったのだ。
私は黒猫が好きで、一度飼ってみたいと思っていた。
あるとき、全身真っ黒な子猫を拾って、当時4匹の猫がいたけれど、家に連れ帰って飼うことにした。
その子は雌猫だったけれど気が荒く、私は引っ掻かれ、他の猫にも果敢に立ち向かう。
他の猫は大人だったから、相手にもされなかったけれど。
1週間ほど経って、駐車場の隅で遊んでいるのを見たのが、最後だった。
忽然と姿を消してしまった。
心配でたまらず、家の近所中に尋ね猫の張り紙をした。
黒猫のイラストも添えた。
そして数日、おじいさんが訪ねてきた。
「もしかすると今うちに居るのがお宅の猫かも知れません。孫が拾ってきたので」
すぐ近所のその家に行くと、あの黒猫が赤いリボンを首に巻いて、我が家にいた時とは大違い。
ゆったりと幸せそうにくつろいでいた。
小雪ちゃんと呼ばれていた。
おじいさんは心配そうに「孫が可愛がっているので、この子をいただけないでしょうか」と言う。
様子を見ると孫は口実で、本当はおじいさん自身が最大級の猫なで声を出している。
猫の幸せそうな様子と、我が家にひしめいている猫4匹を考えて、手放すことにした。
その後も黒猫には縁がなく、今日見かけた猫も飼い主持ち。
黒猫は幸運を呼ぶと言うから、宝くじに当たらないのも、黒猫に見放されている私の運そのものかも。
もっとも、宝くじはたった一回しか買ったことがないから、今後せっせと買えば黒猫が舞い込んでこないとも限らない。
こちらを見ているし、逃げないからそっと頭を撫でると、ニャーといってすり寄ってくる。
最近こういう猫を見かけると、今我が家にたった一匹しか猫がいないので、ノラなら連れて帰ろうかと考える。
うちのコチャビは愛想が悪く、抱っこしてもすぐに逃げる。
もう少し猫らしく、スリスリして欲しい。
もう一匹飼えば、そうしてくれるかもしれない。
見かけた子猫を抱き上げると、大人しく抱っこされたまま。
このまま連れ帰れるかどうか考えていたら、目の前の店の戸が開いておじさんが1人、ぬっと現れた。
こちらを嫌な目つきで見ているから、ノラに構うなとでも言われるかと身構えた。
しかし、なにも言わないからそのまま暫く抱っこしていた。
ノミやダニがいるといけないから、家に連れ帰ったら病院でケアしてもらおう。
今日は休日だから明日になるかな・・・と考えていた。
一度地面に猫を降ろして、頭を撫でながら「お名前はなんていうの?」と訊いたけど、猫はにゃあと言うだけ。
「お名前は?お名前は?」と繰り返していたら、又店の中からおじさんが出てきた。
「クロっていうんだよ」
あら、失礼、おじさんの猫でしたか。
あやうく誘拐するところだった。
さっきこちらを嫌そうに見たのは、自分の猫がやたらと愛想良く、他の人に抱っこされていたのが気に喰わなかったのか。
又は、誘拐されないか警戒していたのか。
気が気じゃなかったのだ。
私は黒猫が好きで、一度飼ってみたいと思っていた。
あるとき、全身真っ黒な子猫を拾って、当時4匹の猫がいたけれど、家に連れ帰って飼うことにした。
その子は雌猫だったけれど気が荒く、私は引っ掻かれ、他の猫にも果敢に立ち向かう。
他の猫は大人だったから、相手にもされなかったけれど。
1週間ほど経って、駐車場の隅で遊んでいるのを見たのが、最後だった。
忽然と姿を消してしまった。
心配でたまらず、家の近所中に尋ね猫の張り紙をした。
黒猫のイラストも添えた。
そして数日、おじいさんが訪ねてきた。
「もしかすると今うちに居るのがお宅の猫かも知れません。孫が拾ってきたので」
すぐ近所のその家に行くと、あの黒猫が赤いリボンを首に巻いて、我が家にいた時とは大違い。
ゆったりと幸せそうにくつろいでいた。
小雪ちゃんと呼ばれていた。
おじいさんは心配そうに「孫が可愛がっているので、この子をいただけないでしょうか」と言う。
様子を見ると孫は口実で、本当はおじいさん自身が最大級の猫なで声を出している。
猫の幸せそうな様子と、我が家にひしめいている猫4匹を考えて、手放すことにした。
その後も黒猫には縁がなく、今日見かけた猫も飼い主持ち。
黒猫は幸運を呼ぶと言うから、宝くじに当たらないのも、黒猫に見放されている私の運そのものかも。
もっとも、宝くじはたった一回しか買ったことがないから、今後せっせと買えば黒猫が舞い込んでこないとも限らない。
2016年1月9日土曜日
英国王のスピーチ
今年は大方の仕事もやめて、ゆっくりと自分に向き合うことにした。
忘れかけていた瞑想も始め、リラックスした日々が過ぎていく。
ところが静かすぎて物足りない。
夜中、youtubeで映画を見た。
リモコンで色々選択できるけれど、面白そうな物が見付からない。
諦めかけた頃見つけた。
以前見たかったけれど、見逃してしまった「英国王のスピーチ」
イギリスの後のジョージ6世、アルバート王子は、兄がいるために王になるはずではなかった。
その兄がシンプトン夫人という離婚歴のある女性と結婚するために、即位1年で王位を捨ててしまった。
それで思いがけず王位を継承することとなった。
しかし彼は幼少の頃、家庭内の不遇から吃音になってしまった。
王位に就けば必ず国民の前で演説をしなければならない。
大英博覧会の閉会式のスピーチで失敗して、国民を失望させてしまう。
あらゆる治療を受けても芳しくない。
そして見つけたのはオーストラリア人の言語療法士のローグ。
ローグは治療に当たり、国王としてではなく友人として対等の立場をとることをアルバートに要求する。
ローグの不作法に反発しながらも、必死の訓練を続け、自らの戴冠式の宣誓を成功させる。
イギリスは、当時台頭してきたナチスに宣戦布告をし、第二次世界大戦が始まった。
ローグの助けを受けて国王は、戦場に臨む兵士達や国民を鼓舞するためのラジオでの演説を、立派に成し遂げる。
重厚な俳優達の演技に引き込まれ、胸の奥にズシリと応えた。
それを見た後に順送りにサンプルを見ていると、あった。
「イミテーション・ゲーム」リンク先のブログに詳しく載っていますので、ご覧ください。
この映画は劇場で見て、感動で席を立ち上がれないほどだったけれど、もう一度見ることにした。
原作の本も買ってあるけれど、遅々として読み進まない。
色々な本をネズミのように、あちらを囓りこちらを囓り。
しばらく静かな日々を満喫して、気が向いたら新たな活動を始めたい。
でも、今の状態があまりにも気分が良いので、このまま沈没ということになりかねない。
それも良いけれど、この沈静の時期にじっくりと力を溜めていくのが、いつものパターン。
浮かび上がった時に頭を押さえつけられて沈められないように、又スキューバダイビングを始めようか。(なんか関係ある?)
ドライスーツまで作っているのだから。
世間では年をとっても元気で前向きな人が、賞賛される。
私は子供の頃から前向きでも努力家でもなかった。
水の流れに逆らわず、細かい事にとらわれず、生きてきた。
努力らしい努力もしなかったけれど、周りにいつでも支えられて、傍から見ると上手くやっているように見えたらしい。
多分吃音者だったら、そのままどもりながらしゃべるタイプ。
別にいいじゃないと思いながら。
立場が国王だったらそうもいかないけれど、幸いにして平民中の平民。
これが幸運の元。
お金持ちでも天才でも無い。
まして国を傾けるほどの美女でもない。
他人の卓越した才能や技術を賞賛しながら、自分では何一つ成し遂げられない。
平凡に生まれて良かったと最近心底思う。
忘れかけていた瞑想も始め、リラックスした日々が過ぎていく。
ところが静かすぎて物足りない。
夜中、youtubeで映画を見た。
リモコンで色々選択できるけれど、面白そうな物が見付からない。
諦めかけた頃見つけた。
以前見たかったけれど、見逃してしまった「英国王のスピーチ」
イギリスの後のジョージ6世、アルバート王子は、兄がいるために王になるはずではなかった。
その兄がシンプトン夫人という離婚歴のある女性と結婚するために、即位1年で王位を捨ててしまった。
それで思いがけず王位を継承することとなった。
しかし彼は幼少の頃、家庭内の不遇から吃音になってしまった。
王位に就けば必ず国民の前で演説をしなければならない。
大英博覧会の閉会式のスピーチで失敗して、国民を失望させてしまう。
あらゆる治療を受けても芳しくない。
そして見つけたのはオーストラリア人の言語療法士のローグ。
ローグは治療に当たり、国王としてではなく友人として対等の立場をとることをアルバートに要求する。
ローグの不作法に反発しながらも、必死の訓練を続け、自らの戴冠式の宣誓を成功させる。
イギリスは、当時台頭してきたナチスに宣戦布告をし、第二次世界大戦が始まった。
ローグの助けを受けて国王は、戦場に臨む兵士達や国民を鼓舞するためのラジオでの演説を、立派に成し遂げる。
重厚な俳優達の演技に引き込まれ、胸の奥にズシリと応えた。
それを見た後に順送りにサンプルを見ていると、あった。
「イミテーション・ゲーム」リンク先のブログに詳しく載っていますので、ご覧ください。
この映画は劇場で見て、感動で席を立ち上がれないほどだったけれど、もう一度見ることにした。
原作の本も買ってあるけれど、遅々として読み進まない。
色々な本をネズミのように、あちらを囓りこちらを囓り。
しばらく静かな日々を満喫して、気が向いたら新たな活動を始めたい。
でも、今の状態があまりにも気分が良いので、このまま沈没ということになりかねない。
それも良いけれど、この沈静の時期にじっくりと力を溜めていくのが、いつものパターン。
浮かび上がった時に頭を押さえつけられて沈められないように、又スキューバダイビングを始めようか。(なんか関係ある?)
ドライスーツまで作っているのだから。
世間では年をとっても元気で前向きな人が、賞賛される。
私は子供の頃から前向きでも努力家でもなかった。
水の流れに逆らわず、細かい事にとらわれず、生きてきた。
努力らしい努力もしなかったけれど、周りにいつでも支えられて、傍から見ると上手くやっているように見えたらしい。
多分吃音者だったら、そのままどもりながらしゃべるタイプ。
別にいいじゃないと思いながら。
立場が国王だったらそうもいかないけれど、幸いにして平民中の平民。
これが幸運の元。
お金持ちでも天才でも無い。
まして国を傾けるほどの美女でもない。
他人の卓越した才能や技術を賞賛しながら、自分では何一つ成し遂げられない。
平凡に生まれて良かったと最近心底思う。
2016年1月5日火曜日
志賀高原は晴天
毎年お正月は志賀高原で過ごしている。
「雪雀連」のお正月スキーは、全盛期には40名以上の出席数を誇ったけれど、最近は10人以内となり、今年はたったの5人になってしまった。
会員が年をとったのと、今年は特に暖冬で雪が無いことで、二の足を踏んだ人達が多かったからと思える。
実際定宿の石ノ湯ホテルには、お正月なのに宿泊客は少ない。
スキー場全体が閑散としていた。
ところが私たち5人は悪運強いとみえて、素晴らしい晴天とまあまあの雪に恵まれた。
長野市発の急行バスで志賀高原に向かうと、毎年見る風景とはあまりにも違う景色にびっくり。
白樺林のクマザサが完全に露出している。
いつもの年なら雪に埋もれ葉がほんの少し顔を出しているのが、今回は根の部分から見えて居る。
まるで春スキーに来たかのように、暖かい。
上天気で今にも蕗の薹が顔を出しそうな雰囲気。
初日は正月2日の昼頃ホテル着、軽く腹ごしらえして午後ゲレンデへ。
向かったのは横手ゲレンデ。
中間部にたいそうなだらかな部分があって、毎年そこでスキーの講習を受けている。
お正月には鬼教官はいないから、そこをのんびり滑る。
足慣らしにはもってこいの緩斜面なのだ。
それにしても暖かい。
暖かい割に横手のゲレンデの雪は、まあまあ。
私たちがホテルを出発しようとしたときに戻ってきた人に訊いたら、ブッシュが出ていて大変だと言っていたから覚悟してきたけれど、そのゲレンデはそうひどくはない。
すっかりご機嫌で気持ち良く滑った。
それにしてもお正月の志賀高原で、こんな上天気に恵まれたのは初めてだった。
ほとんど毎年、初日はひどく吹雪いたり強風に悩まされたり、初日が良くても次の日は凍える寒さだったり。
そんな事がずっと続いていた。
今年は4日間全く晴天続きだった。
横手を滑った次の日は熊ノ湯ゲレンデへ。
ここも雪は全く問題が無く、夕方クワッドリフトの天辺から滑った時には、気温が下がって雪がしまって最高に気持ちが良かった。
思い切りスピードを上げると、風音が耳をかすめていく。
3日目は私はスキーには行かず、ホテルでぐうたらすることにした。
日頃運動不足なので、いきなり激しい運動をすると、心臓があたふたする。
そのせいで、寝て居るときに咳が激しくなって、体力を消耗する。
毎度のことなので、自分で体調を整えるために、1日必ずお休みを入れることにしている。
他の人達は張り切って西館に向けて出発、しかし帰って来た時にはぐったり消耗していて、行かない方が良かったとの報告だった。
あちらの方は雪が悪く土が露出していて、滑れる範囲がひどく狭かったそうなのだ。
各ゲレンデを繋ぐ廊下の部分に雪が無く、難儀したという。
それでも高天原ゲレンデはとても良かったらしい。
一方、ぐうたらの私はまず持っていった本を読んで午前中過ごし、昼食は石ノ湯ホテルの素晴らしいコックさんが作ってくれたうどんを食べ、お三時はやはりコックさんの作るミルフィーユとコーヒーを頂き、ジグゾーパズルなどをして、楽しく過ごした。
午後散歩に出かけた。
ホテルの出口でまず、すってんころりん、雪に滑って転ぶ。
その後は足元に気をつけて歩き始めた。
青空が広がり風も無く、暖かい日差しの中で思い切り伸びをすると、身体の隅々まできれいな空気に満たされるようで、久し振りの静寂を心ゆくまで味わった。
4日目の今日の明け方に太陽が雲で隠れていたから、もしや雪?と思ったけれど、時間が経つとやはり晴れ間が広がってきた。
前日充分に休んだので身体は軽い。
前日でかけた人達は、だいぶ消耗したらしく、午前中ほんの数回滑っただけで、今回のスキーは終了。
帰りの長野行のバスに乗り込むときに、チラッと雪が舞い始めた。
私たちが帰るのを見送ってくれたのかも。
改装した長野駅は土産店も充実して、見違えるほど明るくなっていた。
「雪雀連」の1月末のサホロスキー場へのツアーは、17名ほどが参加予定らしい。
83才の会長を初めとして、滑っている姿は本当に若々しいのに驚く。
若者もビックリなほどスピードも速い。
「雪雀連」は怪物の巣窟と言える。
自分で驚いたのは、決して良い滑り方をしていないのに、筋肉痛にならないことで、鬼教官のレッスンを毎年受けていることで、力まないで滑る事が出来るようになっているのかもしれない。
「雪雀連」のお正月スキーは、全盛期には40名以上の出席数を誇ったけれど、最近は10人以内となり、今年はたったの5人になってしまった。
会員が年をとったのと、今年は特に暖冬で雪が無いことで、二の足を踏んだ人達が多かったからと思える。
実際定宿の石ノ湯ホテルには、お正月なのに宿泊客は少ない。
スキー場全体が閑散としていた。
ところが私たち5人は悪運強いとみえて、素晴らしい晴天とまあまあの雪に恵まれた。
長野市発の急行バスで志賀高原に向かうと、毎年見る風景とはあまりにも違う景色にびっくり。
白樺林のクマザサが完全に露出している。
いつもの年なら雪に埋もれ葉がほんの少し顔を出しているのが、今回は根の部分から見えて居る。
まるで春スキーに来たかのように、暖かい。
上天気で今にも蕗の薹が顔を出しそうな雰囲気。
初日は正月2日の昼頃ホテル着、軽く腹ごしらえして午後ゲレンデへ。
向かったのは横手ゲレンデ。
中間部にたいそうなだらかな部分があって、毎年そこでスキーの講習を受けている。
お正月には鬼教官はいないから、そこをのんびり滑る。
足慣らしにはもってこいの緩斜面なのだ。
それにしても暖かい。
暖かい割に横手のゲレンデの雪は、まあまあ。
私たちがホテルを出発しようとしたときに戻ってきた人に訊いたら、ブッシュが出ていて大変だと言っていたから覚悟してきたけれど、そのゲレンデはそうひどくはない。
すっかりご機嫌で気持ち良く滑った。
それにしてもお正月の志賀高原で、こんな上天気に恵まれたのは初めてだった。
ほとんど毎年、初日はひどく吹雪いたり強風に悩まされたり、初日が良くても次の日は凍える寒さだったり。
そんな事がずっと続いていた。
今年は4日間全く晴天続きだった。
横手を滑った次の日は熊ノ湯ゲレンデへ。
ここも雪は全く問題が無く、夕方クワッドリフトの天辺から滑った時には、気温が下がって雪がしまって最高に気持ちが良かった。
思い切りスピードを上げると、風音が耳をかすめていく。
3日目は私はスキーには行かず、ホテルでぐうたらすることにした。
日頃運動不足なので、いきなり激しい運動をすると、心臓があたふたする。
そのせいで、寝て居るときに咳が激しくなって、体力を消耗する。
毎度のことなので、自分で体調を整えるために、1日必ずお休みを入れることにしている。
他の人達は張り切って西館に向けて出発、しかし帰って来た時にはぐったり消耗していて、行かない方が良かったとの報告だった。
あちらの方は雪が悪く土が露出していて、滑れる範囲がひどく狭かったそうなのだ。
各ゲレンデを繋ぐ廊下の部分に雪が無く、難儀したという。
それでも高天原ゲレンデはとても良かったらしい。
一方、ぐうたらの私はまず持っていった本を読んで午前中過ごし、昼食は石ノ湯ホテルの素晴らしいコックさんが作ってくれたうどんを食べ、お三時はやはりコックさんの作るミルフィーユとコーヒーを頂き、ジグゾーパズルなどをして、楽しく過ごした。
午後散歩に出かけた。
ホテルの出口でまず、すってんころりん、雪に滑って転ぶ。
その後は足元に気をつけて歩き始めた。
青空が広がり風も無く、暖かい日差しの中で思い切り伸びをすると、身体の隅々まできれいな空気に満たされるようで、久し振りの静寂を心ゆくまで味わった。
4日目の今日の明け方に太陽が雲で隠れていたから、もしや雪?と思ったけれど、時間が経つとやはり晴れ間が広がってきた。
前日充分に休んだので身体は軽い。
前日でかけた人達は、だいぶ消耗したらしく、午前中ほんの数回滑っただけで、今回のスキーは終了。
帰りの長野行のバスに乗り込むときに、チラッと雪が舞い始めた。
私たちが帰るのを見送ってくれたのかも。
改装した長野駅は土産店も充実して、見違えるほど明るくなっていた。
「雪雀連」の1月末のサホロスキー場へのツアーは、17名ほどが参加予定らしい。
83才の会長を初めとして、滑っている姿は本当に若々しいのに驚く。
若者もビックリなほどスピードも速い。
「雪雀連」は怪物の巣窟と言える。
自分で驚いたのは、決して良い滑り方をしていないのに、筋肉痛にならないことで、鬼教官のレッスンを毎年受けていることで、力まないで滑る事が出来るようになっているのかもしれない。
2016年1月1日金曜日
今年もよろしくお願いします。
明けましておめでとうございます。
年によって運の良い年と悪い年とあるけれど、私は概ね運は良い方だと思っている。
なぜかと言えば、周りの人達がとても良い人ばかりで、ほとんど嫌な思いはしたことが無い。
時々腹の立つことがあっても兄弟げんかみたいなもので、大抵のことは次に会ったときにはケロリと忘れている。
人生は所詮トータルで考えるもので、悪いことが続くと落ち込むのは仕方がないけれど、良いこともあるのだから、たいていの人は平均的な所で落ち着く。
とてつもなく美人に生まれたり、天才的頭脳だったりすると、素晴らしい人生かと思うとそうでもなかったり。
このところが面白い。
私はとても容姿端麗とは言いがたく、頭は残念、性格もかなり変な生まれつきなのに、健康と友人に恵まれて幸せに暮している。
しかも犬に好かれる。
今日も散歩の途中でシェルティーの群れに出会った。
4匹のきれいなシェトランドシープドッグたち。
一匹が寄ってきたから頭を撫でると、飼い主が「あれっ、吠えない」と言う。
昨日もビーグルに出会って、顔を見たら寄ってきた。
少しも吠えないので、やはり飼い主がビックリしていた。
飼い主以外の人には、必ず吠える犬らしい。
犬に吠えられることは滅多に無いけれど、人間に怒られることはしょっちゅうで、やはり自分は動物の方に近いのかもしれない。
シェルティーと言えば、私の家の建て替えの間、他のマンションに住んでいた頃の話し。
近くに自動車会社の大きな工場があって、その辺りを散歩していたとき、犬のか細い鳴き声が聞えた。
辺りを見回すと工場の敷地内の池に、犬が入っている。
半分水の中に浸かって、そこから出られなくなっていた。
工場の長い金網のフェンスに沿って全速力で走って、守衛さんのブースに駆け寄った。
息を切らしながら「犬が池に落ちているので助けて」と言うと、守衛さんは訝しげに「犬?」と言いながら、それでも工場の敷地内に入るのを許してくれて、一緒に池までついてきた。
池は浅く、それでも年をとった犬には飛び上がれないようだった。
よく見れば目は白濁して、毛並みはボロボロ。
年老いたシェルティーだった。
首輪はしているけれど、リードはついていない。
守衛さんと一緒にヨイショと引き上げて、その辺にあった綱をもらってリードにして、仮住まいのマンションに連れ帰った。
少しでも私の姿が見えなくなると大鳴きに鳴くので、傍をはなれられない。
その日は近所の公園に連れて行って、犬を連れている人達に飼い主の情報が得られないかどうか、訪ね歩いた。
けれど、誰もその犬を知らない。
地元の動物保護センターに電話をして、保護の依頼が来ていないか確かめたけれど、それも来ていない。
猫たちのかかりつけの動物病院に連れて行くと、かなりの高齢の老犬・・・たぶん15才位と言われ、それなら私が最後まで飼ってあげよう。
犬を飼うのは私の夢だったので、とても嬉しかった。
たぶんもう命は長くはないけれど、最後を幸せに穏やかに暮してもらいたい。
その夜は玄関に犬を寝かせ、私はキッチンの床に布団を敷いて、顔をつきあわせて寝た。
顔が近くにないと寂しがって鳴き止まないので。
次の日も飼い主捜し。
手がかりはない。
そしてふと思ったのは、私の家は隣の市との境目に近い。
地元の保護センターには訊ねたけれど、隣の市の方には電話していない。
そして隣の市の保護センターに、捜索願いが出ていた。
全ての特徴がピッタリと合った。
私の犬を飼う夢は実現することなく終った。
急にしぼんだ夢と、家族が大勢乗った車で迎えに来られた犬の安心した様子と、うれしいのとがっかりしたのと複雑な気持ちだった。
途中で話しが逸れて、なにを言いたいのか忘れてしまったけれど、今年も動物たちが幸せでありますように。
うちのノラ猫たちが病気や怪我をしないように。
そして勿論皆様が健康でいられますように。
殺伐としたニュースが続く。
その中でも、子供達が精一杯生きていくことが出来ますように、祈らずにはいられない。
年によって運の良い年と悪い年とあるけれど、私は概ね運は良い方だと思っている。
なぜかと言えば、周りの人達がとても良い人ばかりで、ほとんど嫌な思いはしたことが無い。
時々腹の立つことがあっても兄弟げんかみたいなもので、大抵のことは次に会ったときにはケロリと忘れている。
人生は所詮トータルで考えるもので、悪いことが続くと落ち込むのは仕方がないけれど、良いこともあるのだから、たいていの人は平均的な所で落ち着く。
とてつもなく美人に生まれたり、天才的頭脳だったりすると、素晴らしい人生かと思うとそうでもなかったり。
このところが面白い。
私はとても容姿端麗とは言いがたく、頭は残念、性格もかなり変な生まれつきなのに、健康と友人に恵まれて幸せに暮している。
しかも犬に好かれる。
今日も散歩の途中でシェルティーの群れに出会った。
4匹のきれいなシェトランドシープドッグたち。
一匹が寄ってきたから頭を撫でると、飼い主が「あれっ、吠えない」と言う。
昨日もビーグルに出会って、顔を見たら寄ってきた。
少しも吠えないので、やはり飼い主がビックリしていた。
飼い主以外の人には、必ず吠える犬らしい。
犬に吠えられることは滅多に無いけれど、人間に怒られることはしょっちゅうで、やはり自分は動物の方に近いのかもしれない。
シェルティーと言えば、私の家の建て替えの間、他のマンションに住んでいた頃の話し。
近くに自動車会社の大きな工場があって、その辺りを散歩していたとき、犬のか細い鳴き声が聞えた。
辺りを見回すと工場の敷地内の池に、犬が入っている。
半分水の中に浸かって、そこから出られなくなっていた。
工場の長い金網のフェンスに沿って全速力で走って、守衛さんのブースに駆け寄った。
息を切らしながら「犬が池に落ちているので助けて」と言うと、守衛さんは訝しげに「犬?」と言いながら、それでも工場の敷地内に入るのを許してくれて、一緒に池までついてきた。
池は浅く、それでも年をとった犬には飛び上がれないようだった。
よく見れば目は白濁して、毛並みはボロボロ。
年老いたシェルティーだった。
首輪はしているけれど、リードはついていない。
守衛さんと一緒にヨイショと引き上げて、その辺にあった綱をもらってリードにして、仮住まいのマンションに連れ帰った。
少しでも私の姿が見えなくなると大鳴きに鳴くので、傍をはなれられない。
その日は近所の公園に連れて行って、犬を連れている人達に飼い主の情報が得られないかどうか、訪ね歩いた。
けれど、誰もその犬を知らない。
地元の動物保護センターに電話をして、保護の依頼が来ていないか確かめたけれど、それも来ていない。
猫たちのかかりつけの動物病院に連れて行くと、かなりの高齢の老犬・・・たぶん15才位と言われ、それなら私が最後まで飼ってあげよう。
犬を飼うのは私の夢だったので、とても嬉しかった。
たぶんもう命は長くはないけれど、最後を幸せに穏やかに暮してもらいたい。
その夜は玄関に犬を寝かせ、私はキッチンの床に布団を敷いて、顔をつきあわせて寝た。
顔が近くにないと寂しがって鳴き止まないので。
次の日も飼い主捜し。
手がかりはない。
そしてふと思ったのは、私の家は隣の市との境目に近い。
地元の保護センターには訊ねたけれど、隣の市の方には電話していない。
そして隣の市の保護センターに、捜索願いが出ていた。
全ての特徴がピッタリと合った。
私の犬を飼う夢は実現することなく終った。
急にしぼんだ夢と、家族が大勢乗った車で迎えに来られた犬の安心した様子と、うれしいのとがっかりしたのと複雑な気持ちだった。
途中で話しが逸れて、なにを言いたいのか忘れてしまったけれど、今年も動物たちが幸せでありますように。
うちのノラ猫たちが病気や怪我をしないように。
そして勿論皆様が健康でいられますように。
殺伐としたニュースが続く。
その中でも、子供達が精一杯生きていくことが出来ますように、祈らずにはいられない。
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