2023年3月23日木曜日

当たり!

最近のnekotamaはグチグチと ぐちばかり。これは読んでくださる人たちにもあまり良い気分ではないと思うので今日は少し明るい話題を。

毎日サムライジャパンの優勝の報道ばかり。彼らはすごいけれど、もう食傷気味。毎日かわいい翔平くんの顔を見ても見飽きはしないけれど、野球に興味のない私にはたんにすごい奴らという印象しかない。しかし良くもここまで百点満点の天才が日本人の中で生まれたものだと感心する。食傷気味とか言いながら私が現場にいたら大泣きに泣いたかも。テレビに釘付けになったのも白状しておくけれど。

私は昔よく姉たちから言われたものだった。戦後の日本の1番悲惨な時期に生まれて親も私も栄養失調で育たなかった。この時期に生まれた私の同級生たちは多分今の日本人の平均身長の最低線にあると思う。私の次の年に生まれた人はすでに身長が上昇し始めている。それで情け容赦もない姉たちはわたしのことをこういう。「nekotamaちゃんはね余り物でできているのよ」ひどいでしょう?だから私は大手を振って小さいことも脳がちょっと少なめなことも気にしないでいられるのです。

翔平くんは日本人だけでなくアメリカ人の中でもすごく体格がよく存在感があってだれもがお手上げ、天才と認められる存在なのだ。しかし、もう連日の同じ報道はかんべんしてほしい。この間政治家が何をしているかというと、たぶん陰で都合の悪いことをやり過ごしているのかもしれないと思っている。首相がせっかくウクライナに行っても誰も興味がなさそうで、この人もなかなか不運な人だと思う。1番不運なのはウクライナの人だから早くプーチンが心入れ替えて世界に平和がもどってくるようにと祈らずにはいられない。

さてなんか冴えない私だけれど、今日はそれを吹き飛ばそうと言うより、連日の野球の報道にうんざりして小雨降る街に繰り出した。桜もそろそろ満開、今年の我が家の花見は来週。なんとか今年も花のある花見ができそうでホッと安心。最近視力が弱り、眼鏡の度が合わない。いよいよレンズを新しくしないと使いものにならないと思ってメガネ店へ出かけた。

店は空いている。小雨の肌寒い日だったから街自体がガランとしている。店に入ると客は私だけ。待ってましたとばかりに色々勧められて、有料でいつもより詳しい検査を受けることとなった。次々に赤や緑の画面、縦が見えるか横がはっきりしているか、どちらが切れているか上か下かなど訳のわからん検査が続くので私はすっかり飽きてしまってもういい加減な返事ばかり。それでも何らかの結論が出たらしく無事に検査は終わったようだった。

そして支払いのとき、タブレットを取り出したスタッフがくじを引きませんかと言ってきた。およそこの世で1番くじ運のない人は私なので断った。当たらないからいいと。

子供の時から絶対にくじは当たらない。ガラガラと箱を回すとポンと飛び出してくる丸い玉はいつも赤。ティッシュペーパーか、そういえば私が子供の頃はマッチだったかしら。絶対に当たらないと信じているからいけないのかもしれない。せめてもう少し欲を出さないと出てくる玉も張り合いがないのかもしれない。

以前白銀台の商店街で買い物をしたらちょうどくじが引けるだけのくじ引き券があったので試しに引いたら洗剤があたった。大きめでえらく重いからくじ引き所のおじさんにあなたに上げると言ったら断られた。せっかくだから持っていってくださいと無理やり持たされて重くて泣きたくなった。思えばその時が私の最高のくじ引き運だったらしい。後にも先にもそれっきり。その後はくじを引く気持もすっかりなくて券はいつも無駄になった。そんな事言わないでと言われて画面をポン!いきなりタブレットがわめき出す。「おめでとうございます!大当たりです」はい?

絶対当たらないと思っていたからまさかと思った。「私クジは全く当たらないことになっているのよ。みんなに当たるんでしょ?」「いえいえ、とんでもない。このところずっと当たりが出ていないからそろそろ出るとは思っていたけど」店員さんたちが大喜びしてはしゃいでいるからこれは本当なんだ。面白いなあ。だって今日は私はメガネを2つ、それぞれ良いレンズに替えて、それにいつもは受けない有料の検査まで受けて、だから金額はかなりのものとなるのにこの喜びようはなんだ。自分の店が損するというのに。

このまま帰るのは悪いからいつもは入らない保険に入ってきた。出来上がって受け取りに行くときに菓子折りでも持っていこうかしら。





























2023年3月19日日曜日

憂鬱な春

 この頃私が鬱々としていることをわかっているようにメールが来た。どこかで状況を噂にでも聞いたのか、久しぶりでお食事一緒にどう?なんて。

もちろん二つ返事。ロンドンにご主人と暮らしているもう一人の友人が今日本に帰ってきているから会いたいとも。彼女たちAさんとKさんが揃ってやってきたのが寒い雨模様の夜。約束の時間に予約していたレストランに行くと満面の笑顔の彼女たちが陽気に手を振ってきた。

嬉しくて3人共笑いが止まらない。何を聞いても何を言っても女子高生みたいにはしゃぐ3人は女子高生とは程遠い年齢だけれど、でも、この人達っていつおばあさんになるのかしら?と思えるほど若々しく話題も豊富。彼女たちと一時期、仕事を一緒にした。その仕事が今思えば人生で1番楽しい仕事だった。アンサンブルの名手が集まった。ステー上は活気に満ちていた。

コンサートミストレスのKさんを中心とした仲の良い仕事仲間たちだった。Kさんは残念なことに数年前に亡くなってしまった。ちょうど花の時期、春の吉野に私と二人で桜を見に行ってそのあと彼女はさっさと逝ってしまった。いつもサバサバとして辛いときも絶対に顔に出さない我慢強い彼女はなくなる前日までメールをやり取りして、必ず来るはずの返信がふっつりと途絶えたきりになって。だから春は悲しみのとき。

そんな気分を察したかのように優しい友人達が集まってくる。今年のバレンタインには女子からのチョコレート。去年ご主人を亡くして悲しみにくれているはずの人から私に励ましのプレゼントが届いた。逆じゃない?本当に私は友人に恵まれているとしみじみ思う。思えばこの人達は東北大震災のときも身を寄せ合うように集まった。大げさな慰めや言葉はなくてもお互いの状況を確かめあうために集まった。会って顔を見て安心して別れただけ。

歳を重ねるとどちらかというと悲しい出来事が多くなる。家族や友人との別れ、猫も年老いて足腰が立たなくなってよろよろ、自分も片足が痛くてスキーができないもどかしさ。でも長年の友人達と会うとその喜びは若い頃のそれよりも深く心に届く。なんて幸せな時間をすごしてきたのかと感謝が湧いてくる。

その一方で、私は今対面している問題があって、それも以前は良い友人だと思っていた人との確執。その人の仮面が剥がれたときの裏の顔の凄さに驚いた。周囲が皆呆れているのに本人は平然としている。本当にこの人は不幸な人だと思う。これから先彼女の事実を知っている人は彼女を相手にしなくなる。この歳になって人生の最後を穢してどうするのかと思う。つい最近まで彼女の味方をしていた人たちも状況がわかるにつれてどんどん離れていく。彼女もこんな惨めなフィナーレを迎えるつもりはなかったはずだと思うけれど、大人なのだから責任はとってもらわないといけない。せめて最後に身を清めてほしい。それが私の今の悲しみなのだ。










2023年3月16日木曜日

ほんとに大変

古典音楽協会の定期演奏会は、角道さんのコンサートマスターの分は今年の秋の回でピリオドが打たれる予定。しかし残った団員で継続の道がひらけてきた。 今その準備で年中会議が開かれ、今までになく活発な意見が交換されている。それはそれで今まで練習と本番だけしか会えなかったようなメンバーがお互いを知るよい機会となった。

私はこの秋で一応引退するということになっているけれど、来年の春の定期演奏会のプログラムの最後の曲がメンバーだけでは人手が足りないから臨時雇いで手伝うことになった。皆さんにやめると言ったから今回にはたくさんの方が訊いてくださった。やめやめ詐欺になるといけないので本当はきっぱりと辞退すればいいものなのにやはりどこかに未練がある。これでもう一回もう一回といっているうちに足腰が立たなくなってもまだ執念で這い出して来るなんていうとホラーだから本当にあと一回の延長。

今日はベートーヴェンのヴァイオリンソナタの6.7.8番の音合わせをしてきた。どこで演奏するのかというと実は会場練習のエキストラ。ソリストのために本番前日の会場を押さえておいたらその日彼は他の本番が入ってしまってできなくなった。それでピアニストが私にソリストのエキストラで来てもらいたいと依頼してきたのだった。ラッキー!こんな本格的な会場でちゃんと合わせられるなんて願ったりかなったり。二つ返事で引き受けた。まずはピアニストの自宅の音楽室で数回合わせる。もちろんその間ピアニストはソリストとも合わせて2倍練習ができるというわけだし、私はまだ弾いていなかったベートーヴェンの6番のソナタが弾ける。

ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタはもう全部弾いたような気がしていた。今回初めてまだ弾いていないことに気がついた。もしかしたら譜読みくらいはしたかもしれないけれど、とにかく記憶がない。今回弾かせてもらえるのはラッキーだった。

私はこのように今まで勉強してきた。大抵の人は他人の代りに弾くなんてプライドが許さないとか自分のコンサートの曲目でもないのに弾く必要はない、あるいはそんな暇はないとか言って断ると思う。けれど、それはチャンスなのだ。たとえ一回でも譜読みをしておけばかならず後で役に立つ。合奏団の定期演奏会が終わったばかりだったから他の曲を弾く余力はなかった。それでざっと楽譜に目をとおしただけ、美しいけれど他のベートーヴェンの曲とはなにか雰囲気が違う。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタといえば最初の3曲はともかくとして4番、5番のスプリング・ソナタ以後名だたる名曲が並んでいる。その中でやや印象が薄いという感じは否めない6番、しかし弾き込んでいくうちになんとも魅力的な曲に変化していく。

私が最も数多く弾いたのはクロイツェルソナタ。ピアニストがお好みの曲のようで注文が多い。ずいぶんたくさんのピアニストと弾かせていただいた。その次はスプリング・ソナタ、4番、7番、8番などがそれに続く。そして6番を弾くというのは今回が初めて。御本人たちはベートーヴェンのヴァイオリンとピアノのソナタの全曲演奏をやっていて今回が最終回。そのおこぼれで私が6番のソナタを弾かせてもらえたというわけで。

私が断らない人だと皆さん知っているからこういうチャンスが訪れる。こういうのを「ひとのふん**で相撲をとる」というのかしら?相撲取りにしては超小型ですが。


















2023年3月10日金曜日

古典音楽協会70周年

 先日古典音楽協会の70周年記念定期の第一回目の演奏会が行われた。たくさんの方たちが聞いてくださって、会場は温かい拍手に包まれた。

今年の秋の定期演奏会が第二回目、これでコンサートマスターの角道さんが引退される。そして私もこれで古典音楽協会での演奏に対しては最後になる。視力が弱って楽譜がよく見えないのが非常に辛くなってミスも増えてきたのがその理由。

合奏では弦楽器の同じパートは二人で一つの楽譜を見る。正面から見れば楽譜は自分の見やすい位置におけるけれど、二人で見ると相手の都合も考えてちょうど中央に来るように調整する。すると相手側にある楽譜は斜めから見ることになるので、大変見にくい。それでつまらないミスが出ることもある。長年お隣で弾かせていただいたコンサートマスターの角道さんは私に対して好きな位置に楽譜を持っていきなさいとおっしゃる。ご自身は暗譜しているからと。お見事!85歳にしてこの自信。

優しいメンバーに支えられ私もこれまでやってこられたけれど、次世代の若者が演奏する場所が少ないことを考えて引退するのが一番良いのではと思った。「古典」での演奏自体はやめるけれど他の形での協力は惜しまないし、新体制のファン第一号になりたいと思っている。

私がこの合奏団に参加したのはヴィオラのメンバーがひとり足りないというので当時のヴィオラのトップの伊藤正さんから誘われたのが始め。伊藤さんは大変真面目な方で本番はとても緊張するけれど隣が私なら緊張しないという?変な理由からだった。

私が一緒だとホッとするという人がよくいる。ヴァイオリンの古い友人も仕事場に行って私がいると安心するのよと言う。私は精神安定剤か!私は人間だあ、薬じゃないと叫びたなる。けれど友人達の信頼の証としてありがたく言葉をそのまま受け取っておこう。

先日コンサートが終わって楽屋にドサっとお祝いが届いた。これ誰の?と訊いたら私宛のものが多かった。え?私が引退するのは次の回なんです。ご遠慮したいと思ったけれど、お花のきれいなこと、お菓子の美味しそうなことでつい全部頂いてきてしまった。これで私はまた豚になる。

コロナ以来禁止されていたロビーでの面会が解禁となり大勢集まってくれた。音楽教室創立以来から今に至るまでの生徒たちも集まってくれて嬉しいけれど、次の秋の定期にはもうやめたものと思って誰も集まってくれなかったらどうしよう。まだ秋にも弾くのよ私は。やめたものと思うならいいけれど、死んだと思われかねない。まだ弾きますよ。独りでならまだ演奏予定ありですよ。クドクド言うけれど。

古典のメンバーは仲が良かった。物静かで品が良く他人の悪口は言わない。自己主張も控えめ。その中でガンガン主張する私は異端児だった。けれど暖かく仲間として迎えてくれた。活躍するチャンスもたくさん頂いた。そしてまさかこれほど長続きするとは思わなかった。

けれど新体制からはまさかの資金不足で青息吐息、こんな状態でさっさとやめてしまうのは無責任でなんとか資金確保に動きたいと思う。皆様が聞きに来てくださるのが希望の星なのです。どうぞ次世代古典音楽協会もよろしくお願いします。

次回は9月28日(木)午後7時開演 東京文化会館小ホールです。ご来聴お待ちしております。






2023年3月5日日曜日

ジャズ

グレン・ミラーのサウンドというのはいつも思っていたけれど、不思議なコードを使う。どうも我々主にクラシックを弾いている連中にはおっとっと!訊いているのと弾くのは大違い。あのサウンドを考えたグレン・ミラーはえらい!といつも思う。ほんとにこの音でいいの?と思って音をだす。弾くと素敵な音になるのが楽しい。ジャズを広辞苑で調べると「アメリカに発生した民衆音楽。20世紀初め南部のニューオリンズで黒人の民族音楽をもとにしたブルース、ラグタイムなどが白人の音楽と融合してできたもの」とある。

今回ジャズのコーラス・グループの伴奏をした。女性と男性二人ずつのジャズのコーラスさんは長年一緒に歌っているというので息がぴったりで私達もたいそう楽しませてもらった。曲はグレン・ミラーやプレスリーなど。ジャズとクラシックと言っても音楽に変わりなく、音楽は常に楽しいものだけれど、こんなに楽しそうにお客様に聞いてもらえるのは羨ましい。クラシックもひとつ途中で手拍子などしてもらってもいいのではと時々思うけれど、やはり権威的なクラシック音楽にはシーンと静まり返った空間が好きな人が集まる。私も演奏途中でプログラムをガサガサと音を立てめくる人を見るとむっとする。

今回そのジャズコーラスグループの伴奏の仕事を頂いた。私は仕事はジャンルを問わない何でも屋だったからクラシックだけでなくジャズも演歌も大いに弾かせてもらっていたけれど久しぶりでジャズに対面すると、最近少し反射神経が鈍っているので時々乗り遅れて苦笑する。なにも私みたいな後期高齢者にわざわざ依頼しなくても、もっとバリバリの若手が大勢いるだろうにと思うけれど、ヴィオラ奏者のFさんが引っ張り出してくれたので喜んで参加した。彼女のファッションを見るのも一つの楽しみなので。

案の定、彼女は背中も胸も大きく空いた素敵なドレス、たかーいほそーいヒールを履いているので、ちびの私は彼女の肩くらいしか届かない。ウルフカットとでも言うのか、毛先のカットが特徴的なショートカット。ファッションモデルも真っ青な雰囲気。私といえば、メキシコのポンチョを長くしたような袋状のものを身にまとい体型を隠す。足元はすでにハイヒールが履けない状態なのでペッタンコに近い、それでも一応シャンパンゴールドのサンダル。ますます身長の差、ファッションセンスの差が目立つけれど、このアンバランスが面白いかもなんて呑気に考えている。

高輪のホテルの一室が、歌う人も聴衆も明らかにお金持ちそうな人たちで埋まっていた。乗りに乗った人たちが大いに楽しんでいるので時間はどんどん延びていく。おいてきた猫のお腹が心配。家に帰ると空腹で喚く元気もないのかぐったりとしている猫。慌てて餌を与えてさてと考える。私は先日、空腹のすすめを説かれてダイエットをする決意をしたのだった。ここで夕飯を抜けばもしかしたら今日からダイエットが始められるかもしれない。膝が痛くなって階段が降りにくくなってからリハビリに励んでいたけれど、最近ひどく疲れて膝の痛みもますますひどくなっていた。

ある日考えた。私は何でもやりすぎる、たぶん早く直そうとしてリハビリをやりすぎたのでは?その後2日ばかり筋トレをやめてぐうたらしたら、なーあんだ、痛みがひいて体が楽になった。やはりやり過ぎ、焦りすぎだったようだ。

仕事から帰ったその夜はヨーグルトだけ食べて寝た。寝付きが悪くなるかと心配したけれど、沢山仕事をしたせいか、たちまちぐっすり眠ってしまった。途中で目が覚めたけれどまたすぐに眠れた。翌朝はほんの少々のオートミールとドライフルーツに豆乳をかけてつまみ食い程度に。昼はスーパーで買った小さなお弁当半分に味噌汁だけ、なんだか調子がいい。断食となると大変だけれど、この程度で体調が良くなるなら続けられるさ。

と、思ったけれど、これも毎度のことながらそのうちやりすぎになるのだろうなと。そしてある日突然リバウンドが起きて元の木阿弥。自分の意志の弱さに呆れることになりそうな。何事も程々ができない性格をもとから断たないといけないようだ。

面白いのは、最近私はアマゾンのプライムヴィデオでグレンミラーの映画を見ていた。古い作品でなんとなく時代遅れの感があるけれど時々観たくなる。その直後にコーラスの仕事を頂いたので偶々ではあるけれど面白いなと感じた。そういうのって時々ありませんか?






2023年2月28日火曜日

一生の重み

最近大変忙しくて 去年の春からはや1年、これだけの重みを持った年は今まで味わったことはなかった。

古典音楽協会はコンサートマスターの角道徹氏が今年85歳となる。今年の春と秋に彼の最後のステージとなる楽団創立70周年の定期演奏会を予定している。角道さんの引退後は新しい体制となるので様々な準備に追われて何回も何回も会議を重ねた。

それで思ったのはこれほどアンサンブルの良い合奏団なのに、それぞれの団員の性格を知ったのは初めてということだった。いつも音でのみ会話をしているので一人が音をだすと一斉に皆が合わせる、それは見事なものだった。ちょっと音が揺れてもすぐに察知して皆がさっと集合。

ところが会議ではこれほど様々な性格と意見が分かれるとは思いもよらず、非常に興味深い人間観察の場となった。今までコンサートマスターの元、指示されればさっと合わせられるということは言い換えれば非常に従順、真面目。それが音の綺麗さとなって出てくる。けれど今回のような今までやったことのない事務仕事や決め事、例えば役割分担とかどのように運営するかなど問題が山積みなのに今まで経験したことがないので、皆呆然と立ちすくむだけ。何回も同じことを巡って決まったか思えば決められず、ほとほと疲れ果てた。

ああ、この人こんな性格だったのかと新発見があったり、嬉しかったり腹立たしかったり。しかしようやく大まかな枠組みが出来上がって、裏方の仕事の大変さを改めて思い知らされた。

明るいステージで輝く人々。しかしこの2時間ほどのコンサートのためにどれだけの裏の仕事がなされるか。考えるといつも私は感謝の気持でいっぱいになる。私達「古典」のメンバーは幸いにして毎回上野の東京文化会館を使わせてもらえるけれど、この会場獲得の難しさは演奏家とマネージャー泣かせ。客足の良い土日祝日を皆欲しがって殺到するから倍率高い。やっと会場が取れてもこれはほんの入り口。そこから曲目の決定、共演者を選び出演依頼をして練習開始。

その後のマネジメントはチラシ、ポスターの作成、印刷、出来上がった印刷物の郵送やチケット窓口へ販売依頼、知人友人たちへコンサートを知らせて来場の依頼。招待状の郵送などなど。

当日会場はたくさんのスタッフが必要となる。チケットを受け取る、招待状を預かって招待客に渡す、名前の確認、チケット代金を預かる、当日券を売るなどなど。そしてこの数年はそれに加えて新型コロナの感染対策まで。会場の大きさによるけれど、1000から2000の人たちへの心配り、マスクや消毒は大丈夫かなども、これでもかという仕事の多さ。ステージで拍手を受けるとき、私たちは達成感で幸せになれる。

しかし裏方さんたちはコンサートの進行状況を見て終了時間内に終了するか、ハラハラ・ドキドキしている。無事終了してから出演者たちは着替えて満足して演奏で消耗した体力を取り返しに夜の街でビールを飲む。しかしあとに残った裏方さんたちは、演奏者へのプレゼントや花束をより分け、当人へ渡す。受け取らないで帰った人には誰かに託したり、郵送したりして当人へ届くようにする。お金の問題は一番たいへんだと思う。前売りや当日券をまとめて間違いのないように。そしてあとを片付けてようやく仕事終了。

そんなにもたくさんの仕事があるのに私たちはそれを当然のことのように思っているけれど,無事に終わるには大変な手間がかくされているのだ。それを今回、いやというほど思い知らされた。会議が進んで、マネージメントの議題になったとき、それぞれの分担をどうするかで長い議論が度々繰り返された。費用をなんとか少なく抑えようとするとその負担は自分たちの仕事の増大につながってくる。例えば印刷代を抑えようとすると自分でやらねばならない仕事が増える。楽器を弾きながら他のことに気を取られては良い演奏はできない。だから演奏家は初めからマネージャーを頼む。「古典」は幸い長年同じ事務所にお世話になったので、なんの心配もなく演奏に専念できたのだった。

メンバーもずっとほとんど変わらずともに年を重ねてきた。今回コンサートマスターと数人のメンバーが入れ替わって新生「古典」として再出発する。気がつくと最初の頃は意見も言えなかったようなおとなしいメンバーも今ははつらつと自分の役割をこなしている。なんだか声まで大きくなってきて、役割が人を育てるものだとつくづく思った。

nekotamaは、私はこれにて退場と思ったけれど、楽器は弾かなくても役割はあった。プログラムの構成や解説などで影で暗躍をさせていただこうかと思います。楽器弾くのは好きだけれど、子供の頃からものを書くことも好きだった。小説家になりたいと思ったけれど、各々のひらめきはあってもそれを構成して大きな物語にする力量はない。だから身内でコソコソものを書いて行くくらいが関の山。一生の仕事を手に入れたようだ。

それにしても、去年から今年の今まで、なんという大変な時間を過ごしたことか。重さで押しつぶされそうになってもなんとかすぎるものだと思う。新しいシリーズが始まって数年も経てば鼻歌交じりにできるようになるのだろうかと期待しているけれど。

それにしてもコロナでの打撃もあり資金はかつかつなので、皆様のご来聴を心よりお待ちしております。今までに変わらずよろしくお願い申し上げます。











2023年2月3日金曜日

認知症予防

私達年代の最大の関心事は脳みその劣化。そう認知症の話題がつきない。テレビのモーニングショーでも盛んに取り上げられている。認知機能と嗅覚の関係が非常に深いそうで、そうなるとこの私、自慢じゃないが立派な予備軍、いやすでに認知機能低下真っ只中 、いや先天性認知機能欠落最前線症とでも。

いつも言うけれど、何か探しに行ってその場にたどり着くと何のために来たのかわからないというのはおなじみのパターンだった。私の場合は天才だったから、小学生の頃からその才能は開花していた。まず下のこれらの症状が2つ以上あると危ないという。

同じ料理ばかりをつくるようになった

洗濯したものを干すのを忘れる

レジで小銭を出すのが面倒

何を話そうとしているか忘れる

興味のあることや喜びを忘れる

服装への興味や季節感を忘れる

だいたいこんな項目のうち2つ以上当てはまると認知症の危険信号らしい。私は5個の項目が当てはまるのでこれだけでも立派な認知機能低下が疑われる・・らしい。

同じ料理というのは野菜ときのこ類、海藻類、タンパク源として魚か肉か卵、豆腐などと組み合わせれば毎日ほとんど同じ献立となってしまう。最近は和食の回数を多くしているので、和食と洋食の区別のみ、あとは冷蔵庫に眠っている食材によって変わるだけ。これは効率よくまんべんなく栄養素を取り入れようと思うと結果としてそうなってしまうので、認知機能とは別で単にものぐさから来るものかもしれない。と、言い訳。

小銭を出すのが面倒というのは手のひらの水分が失われていて、なかなか財布からだせないということもある。レジのお姉さんがじっと待っているので焦って小銭をその辺にばらまいたりする。最近レジの人によくお世話になる。彼らは計算が早くて、どのようにしたら小銭を少なくできるかという計算が早い。私はどうしたら釣り銭を減らせるか考えて居るうちに面倒になってしまう。後ろで並んでいる人が気になって結局お札を出してしまう。

洗濯し終わったものを干し忘れるというのは一度に複数のことをやろうとするから。忙しいときに多い。話し始めたことを忘れるのはよくある。相手の目を見ていざ話そうというとき、その人の目が「さあ、話して」とかがやくと、そちらに気がそれる。相手が自分の話し出すのをじっと待っているときは更に焦って口から言葉が出ない。だからこれらのことが認知機能低下の兆しとはあながち言えないでしょう。強いて言えば人の期待に添えないかもしれないという不安感とでも。実際慌てて話し出して行く先を失った話題が自分の周りをウロウロしているだけで、相手の顔に少し期待外れの表情が出たりすると自分で自分にがっかりする。いつでも周りの人に喜んでもらいたいという気持ちが先走って余計なことを言ってしまったりする。

否定しても何回も言い訳しても実際年とともに認知機能は空恐ろしい速さで低下している。けれど、それがどうした?

服装を考えるのが面倒というのはよくある。もともとおしゃれは大好きだけれど、ほとんどの服が似合わない。だからつい無難な服装になるけれど、あと足が20センチ長ければおしゃれしまくっていると思う。

ここからが本題で、私は嗅覚障害がある。これは子供のときに副鼻腔炎をやったのではないかと思うけれど、私の親は子どもたちが少しくらいけがをしてもほったらかしだった。それはネグレクトとか言うものではなく、あまりにも忙しかったからだと思う。だから兄弟全員、少しの怪我は自然療法、怪我がひどいときには自分で病院を探して通って治す。実に自立した子どもたちだった。

そのせいかどうかはわからないけれど、私は嗅覚が弱い。時々急に匂いがわかるときがあって、そういうときは自分でもびっくりする。特に人工的な匂いがわからない。香水なんて全く臭わない。これは今の都会に住んでいると非常にありがたい。あるときどうしたわけか急に匂いがわかる日があった。その時私は世の中がこんなに臭いとは思っていなかったのでびっくりした。嗅覚は鈍いほうが良いと思ったくらい。匂いは海馬に直接働きかけるそうなのだ。私の海馬はまだ子馬なのかもしれない。海馬に香りの刺激を与えると認知症発症予防になるらしい。私はその機能がないからこの先こまったことになるかもしれない。

札幌の手稲の公園でも急に臭いがわかった事があった。すごく懐かしい匂い、はてな?地面から立ち上る春先のにおい。そう、若草のかおり。懐かしく芳しい。子供の頃さんざん嗅いだ匂い。しばらくその香りを楽しんだことも。匂いに対する私の思い出は今まででたったそれだけ。感覚の殆どが音の方に向かってしまったようだ。よく引き合いに出されるプルーストの「失われし時を求めて」は香りによって引き起こされた思い出から始まる。私の理解できない感覚に非常に憧れを抱いたものだった。なにか高尚な感覚の持ち合わせがない自分に憐れみを感じた。柑橘類の香りを嗅ぐと予防効果があるとかないとか。様々な説が飛び交うけれど、それはそんなに御大層なことなのかしら?人それぞれ全部違っていいのだから。ボケた人もいれば最後までしっかりした人もいれば、最初からボケている人がいてもちゃんと生きていればいいことなので。