2017年11月28日火曜日

ゴロゴロ

あれほど必死に練習していたのに、コンサートが終わったら気が抜けて寝込んだ。
それを理由に只今超絶怠惰。
楽器の顔をここ数日見ていなかった。
夜は同じベッドで寝て、朝目が覚めるとレッスン室に持っていく。
そこで蓋を開けて調子を合わせ、ご機嫌伺いにちょっと手慣らし・・というのが日課。

今日は家でレッスンをするので、やっと蓋を開けた。
ひどい音がするかと思ったら、楽器もゆっくり休めたらしく、さほどコンディションは悪くない。
ちょっと鼻詰まり。
持ち主が風邪をひいているからって、同調しなくてもいいのに。
アナタだけはいつでも最高の体調でいてほしい。

しかし、面倒な楽器を選んでしまったものだ。
湿度、気温、部屋の構造などで毎日調子がくるくる変わる。
ん?今日は鳴りが悪いなと思うと、低気圧が近付いている。
調弦する時の圧力でコマの位置が微妙にずれると、それだけでもう不機嫌な音になる。
体調によっては顎当てが妙にずれているように感じたり。
私は肩当てをつけない。
大抵の人は楽器の裏板に、肩に乗せるためのブリッジをつける。
合奏団のコンマスが付けないので、私も付けない。
ほんの僅かの微妙な差なのだけれど、神経がピリピリしているときなどは、付けたときと付けない時の共鳴の差が気になるので。

付けないで弾けるときは調子が良い。
調子が悪く体が固いときには、時々肩当てを付けて弾くけれど、体が柔らかいときは自由自在になるから肩当てはいらない。
あまりの微妙さに、他の楽器の人にはわからない感覚らしい。
手のひらの湿気までもが音に影響するなんて。

繊細な楽器だから、いつでも本番で最高のコンディションで居てくれるとは限らないので、優れた楽器の調整の出来る人を必要とする。
私は渋谷の佐藤弦楽器の佐藤さんに最後に調整してもらってごきげんだったけれど、彼は間もなく亡くなってしまった。
その時に私の楽器をしみじみと見た佐藤さんが「この楽器は非常に良い楽器です。大切にしてください」と言った。
これは遺言だったようだ。
佐藤さんに置いて行かれた私と楽器は、どうすればいいのかしらと、途方に暮れた。

ヴァイオリンなどという楽器に出会ったのが運の尽き。
だから時々面倒になって放置するけれど、又、引き寄せられるように弾きたくなる。
ヴァイオリンは本当に魅力的。
子供の頃はどちらかと言うとピアノのほうが進んでいて、先生からヴァイオリンをやめてピアノに進路変更したら?と度々勧められた。
先生は自分の息子さんをピアニストにしたかったのに、彼はグループサウンズが流行っていた頃、ポピュラー系に進んでしまった。
有名なグループに入って、ルックスも良かったので人気があった。

その後数十年経って、録音スタジオでばったり彼に会ったことがある。
あちらは私より年下でたぶん全く覚えて居なかったと思うけれど、私は名前と特徴のある美しい顎の線が先生そっくりなところから、すぐにわかった。
その先生がピアノの傍らで教える時に顎が素敵で、私はいつも下からうっとりと見上げていたので。
先生はクラシックの演奏家を育てるのが夢だったため、私がターゲットになったけれど、私はやはりヴァイオリンのほうが魅力的に思えたからお断りをした。

先生には申し訳ないことをしたけれど、私はヴァイオリンの魅力に取りつかれていた。
それは物心付いたときから聴いていた、ヤッシャ・ハイフェッツのレコードの音が耳から離れないからだと思う。
未だに彼を超えるヴァイオリニストはいないと頑なに考えるのは、幼少時代の刷り込みのせいかもしれない。
雛鳥が、生まれて初めての動くものに出会うとそれが親だと刷り込まれてしまうように、私にはハイフェッツが刷り込まれた。
残念なのは、ハイフェッツの技術は私の手に刷り込まれていないから、月とスッポンほどにヴァイオリンの音が違う。

子供の頃住んでいた旧い家の縁側に、蓄音機が置いてあった。
それはハンドルが付いていて手回し。
針は一々替えないといけない。
レコードの表面に付いたホコリは、ホコリ取りで丁寧に拭き取る。
幼稚園に行かなかったから、家族が学校や仕事で出かけてしまうとレコードを聴く。

ある日押し入れの片隅から旧い楽譜が出てきた。
ヴァイオリンピースのドルドラ「想い出」
一体誰のものかと思ったら、それは父のものだった。
エンジニアで無骨な父とヴァイオリンはどうしても結びつかないけれど、私がヴァイオリンを弾きたいと言ったら、即座に買ってくれたのはそういうことだったのかと。
渋谷の店に行く時、代官山の坂を東横線沿いに車で走ったことを鮮明に思い出す。
いつもそのあたりに電車が差し掛かると、初めてのヴァイオリンを買いに行ったことを懐かしむ。

色々思い出すけれど、どれほど両親が私を可愛がってくれたかと思うと、未だに胸が熱くなる。
戦後の貧しい時期、6人もの子供を育てるのに精一杯だったと思うのに、その上ヴァイオリンなんて!!
それを思うと中々やめられない。
本当はゴロゴロしていないで、鬼のように練習しなくてはいけないのですよ。



















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