2015年4月29日水曜日

伊藤 恵リサイタル

紀尾井ホール

「春を運ぶコンサート」のタイトルで8年連続で行ってきたリサイタルの最終回。
今回はシューベルトの「ソナタ」19,20,21番。
作品D958-960まで。

伊藤さんのシューベルトはもう何回も聴いているけれど、彼女は本当にシューベルトがお好きなようだ。
見ても聴いても、すごく楽しげに弾く。
シューベルトか伊藤さんかと思われるほど、渾然一体となって、心地よい雰囲気を醸し出す。
熟成されたワインのような馥郁たる香り、子供の様に無垢でありながら、大人の女性の魔力も持ち合わせ、力強さもある。
とまあ、私は伊藤さんのファンです。
特にシューベルトが良い。

先日挑戦すると言ってベートーヴェンのソナタをお弾きになって、それも素晴らしかったけれど、やはりシューベルトを弾いているときの音楽に溶けきったような、自由さが見受けられなかった。
それだけ、ベートーヴェンは頑固一徹、そこへいくとシューベルトは方円の器に従うような、流れがある。
彼女の魅力が最大に発揮されるのは、やはりシューベルト。

私はシューベルトを聴くとたいていぐっすりと寝てしまうので、批評家はできないけれど、それだけ心地よい演奏だということを言っておこう。
今日は例によって最初の曲はぐっすり眠らせて頂いた。
途中で寝言を言いかけてハッとして目が醒めた。
2曲目からは起きて居られたので、伊藤ワールドを楽しんだ。

彼女の強みはやはり、曲の構成が隅々まで分かっていることだと思う。
まるで弦楽四重奏を聴いているようで、低音はチェロのように、高音は女性の声のように聞こえる。
ただ弾いているのではなく、どの部分をどう弾くか、それが立体的になって聞こえてくるので、長いシューベルトの曲を3曲聴いても、全く飽きることはない。
女性と男性のデュエットのようだなあと思って聴いていたら、一緒に聴いていた友人も全く同じことを言ったので驚いた。
まるでヴィオラのようだと思ったところもあった。

以前ポリーニのコンサートで、彼の多彩な音がピアノの範囲を超えていたのに驚いたことがあったけれど、伊藤さんの音も単にピアノを聴いているとは思えないほど変幻自在なのが、面白かった。

終演後友人のHさんと、四谷駅構内のイタリアンカフェで沈没。
まずビール、魚介のマリネ、モツァレラチーズ、トマト、ビーフステーキサンド、赤ワイン。
今月生まれの私の誕生日プレゼントを沢山いただいて、お祝いをしてもらって、ご機嫌で家に帰ってきた。
久しぶりで赤い顔して地下鉄に乗りました。

その地下鉄駅プラットフォームでのこと。
私が何かを出そうとしてバッグの口を開いた時、急にショックがあった。
目を上げると、そこにはイヤホーンのコードに私の傘をぶら下げて、唖然としている男性が立っている。
一瞬なんのことか分からず、ポカンとお互に顔を見あっていた。
なぜこの人は、私の傘をイヤホーンからぶら下げているのかし
ら?
たまたま私のバッグが開いた時に、傘の手の部分が飛び出したらしく、たまたま傍を通った男性のイヤホンコードに引っかかったというわけ。
この漫画チックな出来事が今日の締めくくり。
良い日でありました。
















2015年4月28日火曜日

映画 イミテーションゲーム

いつも私が覗いているブログで、見つけた記事。
大戦中の敵国ドイツの暗号「エニグマ」を解くために、苦戦する天才数学者。
今のコンピュータの元となる暗号を解読する器械を作り上げ、それをついに解き明かした事によって起こる、新たな苦悩と悲惨なその後の人生。

エニグマ解読の中心人物となった、数学者アラン・チューリングの名前は今回初めて知った。
それはイギリスが戦後50年に亘って、彼の業績を封印したためと言われる。

このブログを読んだ私は、次の日美容院の予約をキャンセル。
午前中英語のレッスンを受けた後「今日はイギリス映画を見に行くのよ」と先生に言うと、「英語で聞くの?」と言うから「ううん、字幕を読む」と言ったら「ふん」と言われた。
私の英語力はハリー・ポッターに限る。
あらかじめ筋が分かっていれば何とか読めるけど、聞く方はとてもとても。
それでも易しそうな箇所だけ目をつむって聞くと、時々分かる程度。

さて、この映画、俳優が凄い。名優です。
単なる性格描写だけではなく、内面の深い部分まで引き込まれる圧倒的な演技。
さりげない描写ながら、こちらの感情も同期して息もつけない。
映画の粗筋などは、申し訳ないけれど、こちらのブログ(4月26日)にお邪魔して読んで頂きたい。
画像もあります。丸投げ!
他人のふんどしで相撲とりますがお許しを。

私はあまり映画を見ないので、俳優の名前も知らないし、良い映画が上映されているのも知らないでいることが多いけれど、私のいままでの貧弱な鑑賞歴の作品中でも最上級の映画と言える。
暫く現実に戻れないほど深く感動した。
天才であるがために他人とは違う世界に生きる男性に、初めは違和感と反発を持った同僚達が、初めて彼を認めるシーンでは泣いた。
しかもそこで物語は終らず、イギリスを戦勝国に導いた功績も葬られ、婚約者も去り、同性愛者として罰を受ける索漠たる人生は想像を絶する痛ましさ。

室内一杯に設置された大きなコンピュータは、かつて私の兄から聞いた、巨大計算機の話しを思い出す。
その頃はまだ巨大計算機の数が少なく、時々東海村の原子力研究所に通っていたようだ。
まだパソコンはもちろん、コンピュータの知識も無かった頃に「部屋全部が計算機になっていて、データを作るのに何ヶ月もかかるんだよ」と聞かされた。
ふーん、すごい。
兄達は10才以上年下のワケも分からない末っ子の妹に、よくこんな話しをしてくれた。
それが今や、私でさえもパソコンを操り、こんなブログを毎日更新出来るようになるとは。

なぜこの映画を見たいと思ったかというと、かのブログの精緻な文章に惹かれたのもあるけれど、今年の12月にお馴染みのロンドンアンサンブルが来て、イギリスの作曲家エルガーの「エニグマ変奏曲」がプログラムに入っているから。
私も小田原公演だけ、一緒に演奏出来るらしい。
オーケストラの曲を、フルーティストのリチャードがアレンジして、小編成のアンサンブルで演奏するので、当然各自の負担が大きくなる。
エルガーの曲の「エニグマ(謎)」は二つあって、一つは各楽章が、それぞれ彼の知人・・例えば奥さんや友人などを表して居て、それはすでに解明されている。
もう一つはエルガー自身が表題として「エニグマ」と記してある、それが何の謎であるかは、謎だそうで・・・書いている私もよく分からない。

「エニグマ変奏曲」とドイツ軍の暗号「エニグマ」とは関係はないけれど、最近になって偶然二つの「エニグマ」に遭遇するのもなにかのご縁かもしれない。

























2015年4月26日日曜日

ゲーム狂

困ったことにゲームが好き!
一時期オセロゲームが流行った頃、電子ゲームのオセロを手に入れて遊んでいたことがあった。
朝目が醒めると、いつの間にかゲーム機を持っている。
寝ても覚めても、いや、寝て居ては出来ないけれど、ヒマさえ有れば常に遊んでいた。
それから次は麻雀ゲーム。
パソコンで練習していざ本物のゲームの仲間に入れてもらったら、ルールが違っていたので腹を立てたことがあった。

その後はカードゲーム。
ソリティアは目が回るほどやって、ある日、一大決心をしてきっぱり手を切った。

生徒の中に小学生の男の子がいて、ある日自分が飽きたゲーム機とゲームソフトを私にくれたので、それにも嵌ってしまった。
ランナウエイというのが面白かった。

中々できないでいたけれど、ある日やっとクリアできたので、知人男性に電話して「出来たわよ」と言ったら「いつもそのくらい勉強すればね、あはは」と言われ、悔し紛れに電話機をガチャンと切る瞬間にも高笑いが聞こえてきて、むっとした。
あまり夢中になって時間をとられるから、そのファミコンゲーム機は全部捨ててしまった。

毎年お正月は天元台にスキーに行って、年1回、麻雀をする。
これが「雪雀連」の名前の由来なのだ。
読み方は「せつじゃんれん」
普段麻雀はしないので、360日くらいはやっていないのだから役も覚えないし、点数も数えられない。
それでも、家族麻雀で破産することはないので、ちゃんと覚えようとはしなかった。

ある年、私とOさんという女性が麻雀に入ることになった。
Oさんは京都弁で嫋やかに「わたし、点数がかぞえられないの」
私は早口でガサガサと「役も覚えられないのよ」
すると、1人の男性が「僕が教えてあげますから」
男性はなにかと面倒見の良い人で、質問しても嫌な顔もせず丁寧に答えてくれる。
ところが場が進むにつれて「あら、出来たみたい、これで良いの?」Oさんがおっとりとした口調で手を広げる。
「あ、できましたね、すごい」男性は、初めのうちこそ、親切に対応していたものの、その内Oさんが勝つ事が多くなり、それから私も「すごく良い手が来たから、初めから殆ど揃ってたみたい」などと勝ち進む。

終ってみればOさんが1番、私が2番。
親切な男性はビリ、残念でした。
決して分かっていて勝ったわけではない。
出来るのに出来ないフリをしたわけでもないけれど、男性はすっかりふてくされ、次の朝食堂で会ったときに「おはようございます」と言っても返事もしない。
ふん、懐の小さい奴め!(意味としては**の穴の小さいと言った方が合っている)
しばらくご機嫌を治してもらえなかった。

最近は又パソコンの麻雀ゲーム。
これは本物の麻雀のルールではなくて、単に同じパイを2枚揃えていく単純なものなのに、これが中々難しい。
最後に同じパイが重なっていて、どうしても上がれない時はすごく悔しい。
これで午前中つぶれてしまったりすると、後悔するものの、何回でも出来るまで気が済まない。
本当に、そのくらい勉強すれば・・・ね。



















2015年4月25日土曜日

ベートーヴェン ヴァイオリン協奏曲

音楽教室「ルフォスタ」の生徒が今年の発表会にベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲」の3楽章を弾きたいと言ってきた。
彼はものすごく努力家で、子供の頃からヴァイオリンを習っていたけれど、今は企業戦士として多忙な日々を送って居る。
毎年、教室の発表会では難曲に挑戦して、サンサーンス「序奏とロンドカプリチオーソ」ブラームス「ヴァイオリン協奏曲」などを発表してきた。
恐ろしく忙しい仕事の合間を縫って、努力を惜しまず練習してくる。

この教室では小編成ながらオーケストラの伴奏も出来る。
クラシックの弦楽器の講師は全員オーケストラ経験者、フルート、クラリネットなどの管楽器の講師も居る。楽器が足りないところはピアノで補充。
今までメンデルスゾーンの協奏曲などもオケ伴でやってきた。

今年はベートーヴェンの3楽章を弾きたいと言ってきたので、まず「ラッキー」と思ったのは、最近ファゴットの講座が新設されたことで、この3楽章はファゴットが大活躍をする。
スケジュールが合うかどうかわからないけれど、ファゴットを吹いてもらえたら素敵だなあと、期待している。

久しぶりに見る私のベートーヴェンの楽譜は、黄ばんでページの端が汚れ、譜めくりすると紙が破れそう。
ものすごい量の書き込みがあって、よく練習したように見える。
学生の頃私は、神奈川県青少年オーケストラのトレーナーをしていた。
卒業のお祝いにこの曲を、オケ伴で弾かせてもらった。
オーケストラと一緒に弾くと実に気持ちがいいものだと、その時思ったけれど、生憎ソリストとしてはそれほど優秀ではなかったので、フルオーケストラと弾いたのはその時と、後1回だけ。

参考までに見ておこうと思って、youtubeでこの協奏曲を探してみると、ツィンマーマンが弾いている。
その後、オイストラッフのものも見つけた。
しかし、なんだか変。
怒っているような演奏。
伴奏の管楽器が完全に遅れて居て、おそろしく無愛想な顔のオイストラッフはおかまいなくどんどん弾き進む。
途中でいやになって見るのをやめた。
次はグリュミオーを見つけた。
貴族的な風貌と端正な音楽。
これほど外見と音楽がピッタリの人はいない。

実はこの曲には良くない思い出があって、卒業試験でこれを弾いてこけてしまった。
卒業試験には絶対これを弾くと決めたのは私で、先生はもう少し華やかな曲を弾いた方が良いとおっしゃった。
頑固にベートーヴェンに拘って、展開部の和音を間違えて沈没した。
チャイコフスキーなどにしておけば良かったと後悔した。
思えば大生意気だった。
こんなに実力がもろ出てしまう曲を選ぶなんて。
ちょっと思い上がっていたかも。
先生のがっかりした顔に、申し訳なさいっぱいだった。

先生の言うことをきかない生徒はだめですねえ。

東響の入団テストもこの曲。
その時は上手くいって、当時のコンサートマスターの杉谷さん、鳩山さんからたいそう褒めていただいて、その後鳩山さんと常に室内楽の共演をさせていただく切っ掛けとなった。
卒業試験で上手くいけば学校のポストが用意されていたらしい。
学校とオーケストラが密談して「あの子はうちでもらうから」みたいに、私の去就を勝手に決めていたことは後できいた。
学校の思惑に反して試験をこけたので、オーケストラが「こっちおいで」と言ってくれた。

オーケストラが面白かったから、私の人生「塞翁が馬」的であるとつくづく思う。


















2015年4月23日木曜日

猫付き入居者

我が家は、住居とレッスン室の上の3階は貸し部屋。
その3階の借り主の姉妹が、引っ越して行った。
空いた部屋を点検に行ったら、強烈な匂いが充満していて、シンク下の戸棚の中は化粧板が剥がれてひどい有様。
一体どうやって使っていたのかしら。
姉妹とも一流大学の学生さんで、礼儀正しく美人だったから喜んで貸したのに、この有様。

店子が出て行くと次の入居者のために必ず、ピカピカにリフォームする。
ここで暮らす人には、気持ち良く住んでもらいたい。
そうやって今までは店子に恵まれて、どの人達も事情があって退去するときに、名残惜しそうに別れを言ってくれた。
何人かは引っ越してからも桜の咲く頃には、この辺が懐かしくてと言って顔を見せてくれた。

女子大生2人が引っ越した後は荒れていたから完璧リフォーム、床、天井、押し入れの中まですっかり壁紙を貼り替え、インターフォンは顔が見えるタイプに替えた。
ワイヤー入りの窓ガラスはサビが出てきたので、それも取り替えた。
ウォシュレットも入れ替え。
そして一番お金がかかったのが、キッチンの総入れ替え。
これはお金がかかるから普通は掃除をするだけなのに、新しい物と入れ替えたので、お家賃一年分が飛んで行ってしまった。
築19年だが、新築同様。
新しい店子さんは内見に訪れた時、歓声を上げていた。

ところで、その店子さんの入居家族欄を見ると、女性2人と猫さん(7才)

実は飼い猫さんが付いてくるらしい。
それで私は、ソワソワ首を長くして待っている。
最近はそうでもないと思うけれど、ペット可の賃貸物件は少ないと思う。
やはり貸す側としては、匂いのことや壁紙などにダメージを受けやすいから、なるべくならペットがいない方が良い。
私も勿論そうだけど、先日挨拶に来た新店子さんから、猫さんの写真を見せてもらったら、まあ、可愛い。
ちょうど我が家はたまさぶろうをなくし、年取った雌猫がヨロヨロしていて、意気が上がらない。
ちょっと若い雄猫の登場は、元気をもらえそうな気がする。
トイレも爪研ぎも躾け済みと言う飼い主の言葉を信じて居るけれど、さて、本当のところはどうなることやら。

私の貸部屋稼業はちっとも儲からない。
リフォームや備品をちゃんとすると、けっこうお金を使う。
その上気を遣う。
いつか3階部分を全部一部屋にして、サロンコンサート用のスペースにしようと考えていたけれど、全く儲からないのでそれは夢の又夢。
ホームエレベーターも実現しそうもない。
税金ばかりとられて・・・ぐちぐちぐちぐち

猫さんこんなのでないから良いけれど。



















2015年4月22日水曜日

減量出来ればねえ

昨日病院に行くために朝食を抜いた。
受付時間がその頃で、駐車場も早く行かないと混むので。
どうせたっぷり待たされるのだから、ロビーの喫茶店で朝食をとれば良いと思った。

私は朝食が大好きで、盛大に食べる。
病院に着いて受付を済ませると、問診票を書かされたり血圧を測ったり、なにかと用事があるもので、中々朝食にありつけない。
やっと一段落して気がつくと、もの凄くお腹がすいている。
いつもの朝食時間を30分ほど過ぎただけなのに、餓死寸前の気分。
それでも待っていないと、いつ診察の順番が回ってくるかわからない。
しばらくおとなしくしていたけれど、もう限界!

受付けに行ってご飯が食べたいと喚いたら、ここの病院は本当に患者に優しくて、順番が来たら呼びにきてくれるそうだ。
こんな患者のワガママを、一つ一つ聞いてくれる病院って他にあるかしら?

大きなサンドイッチをむしゃむしゃ食べて戻ると、他の患者さんが先に入っていた。
呼んでくれるって言ったのに。
これもちょっと癪に障るけれどそんなワガママは言えないから、黙って週刊誌を読んでいた。
その内に、どうやったら自分の受診時間が分かるのかと思って受付けに行って質問すると、カウンターから出てきて丁寧に教えてくれる。
自分の受付番号を器械に読み取らせると、大体の受診時間が出る仕組みになっている。

こちらは退屈が紛れるけれど、受付けさんも大変だなあなんて思っているうちに、診察が始まった。
採血をしてくるようにと言われたので採血室へ。
イスがもの凄く高いから「足が届かない」と文句を言ったら、下げましょうかと言われた。
でもイスの高さを下げると今度は腕が台に乗せにくい。
相手は立っているのだからイスが低いと、かがまなくてはいけない。
これで丁度良くなっているのだ。
要するに私の足が、残念な長さなだけなのだわ。

足首のレントゲン撮影が終ってソックスを穿こうと思ったら穴が見付かった。
「お気に入りだったのに~」と言ったら、レントゲン技師が「お気に入りだったんですか」と気の毒そうに答える。
やさしい綺麗なお姉さん。

色々文句を言ったりして遊んでいる私に、どこまでも優しくにこやかに対応するスタッフは偉い!と思うけれど、少し親切過ぎて老人を甘やかしていないかしら。
すぐつけあがる私の様な者がいるから。
ここは川崎市立の総合病院。
私の家のごく近所に別の大きな総合病院があって、そこへなら徒歩5分、それでも丘の上の交通が不便なここまで来ている。
母もここで最後の時間を過ごした。
ここへ来ると母に会えるような気がする。

整形外科で、踝の痛みは減量すれば少しは良くなると言われたけれど、こんなに食べる事が好きでは、実現出来るかどうか。
なんたって、乳がんの手術の最中に「お腹がすいた、どうして朝食を食べてきてはいけないの」と先生に質問したくらいだから。

先程テレビで腸内フローラという、腸内の細菌を使ってのダイエット方法や免疫力を高める治療法があると聞いた。
痩せるためには、バクテロイデスという腸内細菌を使えばいいらしい。
尾籠な話になりますが、どんな方法かというと、健康な人の糞を患者の腸内に送り込むのだそうだ。
もちろんそのままではないけれど。
う~ん、これは・・・
痩せたいけれど、考えると気分が悪くなりそう。

追記
糞という言葉は人間のものには使いませんね。
猫を相手に暮らしているものだから、つい。
失礼しました。
いずれにせよ、何と置き換えてもあんまり綺麗な意味にはならないので、このままで。



















2015年4月21日火曜日

部品が古い

澁谷の中国整体院に通っていた頃、あれやこれや症状を訴えるとそこの先生には「部品古いからね」と言われた。
それはそうだ。
もう尻尾が七本もある化け猫としては、ウン十年の歳月、毎日酷使してきても故障しなかった部品に感謝。
最近足首の痛みを感じてだましだまし歩いていたけれど、ひと月以上も痛みが続いているので、しぶしぶ病院に行った。
左足首のくるぶしが心なしか腫れて見える。
触ると水でも溜っているのか、ぶよぶよする。
普通に歩くには差し障りがない。
性格がせっかちだから、歩くのも人一倍早い。
痛みを感じても、ゆっくり歩く事ができないのが、困ったことで。

普通に歩く分にはほとんど問題はない。
湿布薬を貼っていると多少腫れがひくけれど、歩きすぎると熱を帯びて痛みがひどい。
体重が増え始めているから、これを落とせば痛みは軽減すると予想は付くけれど、今、チョコレートの箱がまだ一杯なので、それが無くならないと減量は難しい。

私は金品に関しては気前の良い方だと自負するけれど、ことチョコレートになると途端にケチになる。
自分で買うことは滅多にないけれど、私のチョコレート好きを知っている人達から、よくいただく。
困ったなあと、迷惑半分嬉しさ半分。
食べないで誰かにあげてしまえば良いのに、それが出来ない。
1日1個だけと思っても、健忘症が激しいからさっき食べたのを忘れて、箱が目につくたびに1個、又1個。
空になるまでやめられない。
御菓子がないときは少し体重が減るから、これからは御菓子を頂いても、だれかにあげてしまおう・・・かな。できるかな。

今日足首のレントゲン撮影をしたら、有るべきはずの軟骨がすっかりすり減っていて、写真を見た医師が「ああ」と嬉しそうな声を出した。
「これではねえ、痛いでしょう」
どうすれば治るのかと訊いたら、対処法としては痛み止めと湿布しかないそうで、筋トレのスクワットなどもやってはいけないと言われた。
やはりデブの化け猫は、おとなしくしていないといけないのか。
せっかく体が元気になりかけていたのに、部品が古いせいで効果半減。
まず2キロの減量を目指して頑張ってみる。

足首に関してはヒアルロン酸の注射もしない、人工関節もないらしい。
それでも今は腰痛などの対策で、骨と骨の間に軟骨の代わりとなるものを注入する治療があるのではないかと思うので、少し調べてみたい。
全世界に私と同じ世代が無数にいて、その人達が皆不自由していると思うから、治療法も出来て居るにちがいない。
まずは減量から始めて、それから他の病院にいってみよう。
そうでないとこの先数十年、足首が痛いままでは過ごせない。
ハイヒールも履けない。オシャレが出来なくなる。
絶対なにか方法があると思う。

医師は私の年齢を見て、もう引退していると思うから、なにも無理に治療しないでおとなしくしていればいいと、思ったのかも知れない。
孫と縁側でウツラウツラしていればいいと考えたかも知れない。
私は生憎孫もいないし、うちには縁側もない。
しかも性格が獰猛だから、歩く時も人蹴散らすように早足で歩く。
出歩くの大好きだから、世界のどこへでも飛んで行きたい。
ヒマになったら尚更のこと。
こんな足首でいてなるものか。
メラメラと闘志が・・・
本当のところ、こんな事で闘志を燃やさないで、仕事に燃えた方がいいのに。
それよりはまずは、脂肪を燃やさないと。