2015年9月8日火曜日

泣き虫ゆうこちゃん

ゆうこちゃんが私の所にヴァイオリンを習いに来たのは5才のとき。
きちんと躾けられた良いお嬢さんだった。

お母さんはレッスン室の絨毯の上で1時間正座して、きっちりと身じろぎもせず聞いていた。
終ると袱紗から謝礼をうやうやしく取り出して、正座のまま差し出すので、こちらは中腰で中途半端にそれを頂く。
時には同じように正座して頂くという事もあったけれど。
訊いたことはないけれど、彼女はたぶん、華道、茶道などを嗜むのではないかと思われる。

ゆうこちゃんはしっかりしたお嬢さんだったけれど、レッスンの途中で私に言われたことがその場で出来ないと、悔しがって涙をこぼした。
こういう子は後にも先にもこの子だけ。
叱られて泣く子はいたけれど、自分が出来ないからと泣く子はいなかった。
泣くと私から叱られる。
「泣いたら弾けるようになるの?ならないでしょう。それなら泣くのはやめなさい。泣くだけムダよ」と。
叱られる時には泣かない、自分の不甲斐なさを感じた時だけ泣く。
言われたことは次の週には、ほぼ完全にクリアしてくる。
相手が学齢前なのに、私はなぜこういうことをしなければならないかを、こんこんと説明した。
今は分からなくてもいつか分かって「ああ、あの時先生が言ったのはこのことだったのか」と思い出してくれれば良い。
そういうことが通じる子だった。

めきめき上手くなっていったので私も随分楽しみにしていたけれど、しばらくするとお父さんの仕事の都合で、関西に引っ越してしまった。
そちらで師事する先生を探してもらいたいと、私は大阪フィルの友人にお願いした。
運良くとても良い先生に巡り会って、どんどん上手くなっていくのが、毎年送ってくれるテープやヴィデオで知ることが出来た。
当然どこかの音大に入るものと思っていたら、高校生の時に数学に興味を持って、理系の大学に進学。
私も随分がっかりしたけれど、でも理系なら就職も有利だし、かえって根無し草にならずに済むかと思った。

私が大阪の厚生年金ホールで仕事があって、ここまで来たから彼女に会っていきたいと思って電話した。
ところがその時は試験の真っ最中で、ちょっと夕飯でもと思ったけれどそれは叶わなかった。

それからしばらくして、彼女がやはり音楽の夢捨てきれず、音大に入ることにしたと連絡があった。
今は神戸や大阪で、演奏や教師として活躍している。

そんな彼女から結婚の知らせがきて、この夏、ご主人と挨拶に来たいと言ってきたけれど、今度は私がルオムの森で浮かれ騒いでいたために実現できなかった。
それでも私に会いたいと言って、彼女は神戸からやってきた。
今回は平日なのでご主人は来られず、彼女1人。
なんとか時間をやりくりして来てくれたらしい。

私の家の最寄り駅に着く頃、車で迎えに行ってあげる約束をした。
バスやタクシー乗り場のあるロータリー付近で待っていると、背のすらりと高い、ヴァイオリンを持った女性が見えた。
ゆうこちゃん、何十年ぶりかしら。
私はもうおばあさんだけど、貴女は結婚したばかり。
花のような若奥様になって。
あの頑張り屋のゆうこちゃん。
弾けないと言って泣いたゆうこちゃん。
最初の発表会のキラキラ星、リハーサルは見事だったのに、その後同じくらいの年の少年とふざけ回って疲れてよれよれになって、眠くて瞼がふさがりそう。

私がこれらの事を思い出していたら、彼女もそっくり同じ事を覚えていたのには驚いた。
5才の子の記憶にそんなに残っているとは。
彼女が言うには、私が彼女を子供扱いしないで、対等に接したことが印象に残っていると。
そうだったかしら。
彼女にそうさせる何かがあったのだと思う。
そしてレッスンがとても楽しかったとも。

今日は楽器を持ってきてくれたので彼女の演奏と、私とのデュオを楽しんだ。
数十年もの時間を越えて、あっという間にかつての関係に戻る。
もう師弟では無くて、対等な演奏家として一緒に弾けることは、この上ない喜びだった。

上手くなったね、ゆうこちゃん。
聞けば彼女が教えた子が、毎コンの関西部門で優勝したとか。
頑張り屋さんで泣き虫で、でも今回は私が泣き虫になりそうだった。































2 件のコメント:

  1. うーん、ええはなしや! ゆうこちゃん、頑張ったねえ。゜゜・(≧◯≦)・゜゜

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  2. 再会の第一声が「先生声が変ってない」音楽家ですねえ。
    顔は?と突っ込みたくなりましたが、返答に困ると思ってやめました。

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