2019年8月29日木曜日

黒沼ユリ子さん

最近足首の痛みもあることだし、特に急ぎの用事もないので、めったに街をぶらつくこともなくなった。
それに転んだりふらついたりするので、危険でもあるし。

ハリーポッターを相変わらず読み続け、今日は池袋までレッスンを受けに行った。
夜は上野の東京文化会館までコンサートを聴きに行く。
時間が3時間空いた。
なにをする予定もなく、久しぶりに池袋の西武デパート周辺をぶらぶら。
面白そうな本を見つけたり、家具や布団など、北軽井沢の冬に備えての下見をしたり。
足首がすぐに痛くなった。
ここ数日あまり外出をしなかったから小康状態だったのに・・と少し気落ち。
やはりあまり活動をしてはいけないのだ、すでに私は若くないのだ。
最近、いつも疲れていて居眠りが出る。
だから無理は禁物。

それにしても駅の雑踏はいつ来ても歩きにくい。
どうして日本はこんなに歩きにくいのだろうか。
時々海外に行くと、どんなに沢山の人がいても、これほど歩きにくいことはない。
ロンドンでもニューヨークでも、沢山の人がいて、しかも皆足が速い。
ニューヨークでは、のそのそ歩いている人は1人もいなかった。
私は早足で歩くほうだから驚きはしなかったけれど、たとえ早足でも日本のように歩きにくいことはない。

足首をかばって歩いていたけれど、上野駅に到着する頃になって気が付いた。
足首の痛みが消えている。
しかも体がぐらつかない。
なんだか頭が冴え冴えとしている。
しかもあるきかたが早くなっている。
ここ最近ゆっくり歩いていたのに、いつの間にか以前の速度になっていた。

大事にしすぎて眠っていた神経が目を覚ましたらしい。
上野駅でヴァイオリニストの黒沼ユリ子さんの本を見つけた。
私よりも年上だから、まだ日本の音楽界は発展途上。
8才からヴァイオリンを始めたのは私と同じだけれど、私との決定的違いは、家族ぐるみで彼女をヴァイオリニストに育て上げたこと。
良い指導者に恵まれ家族の後押しがあったこと。

私は家族から爪弾き。
母からはいい加減ヴァイオリンをやめなさい。
これは母が亡くなる直前まで言われた。
長兄は良き理解者だったけれど、次兄からは音がうるさくて勉強ができないと嘆かれた。
最初についた先生は近所のお兄さん。
姉の友達で少しヴァイオリンをやっていたと言うだけの人。
このへんで出発点がそもそも大違いだった。
しかもその後先生もいなくなり、2年間は空白だった。
よくぞこんなことでヴァイオリンを生業にできるようになったものだと、自分を憐れんでいる。

私のことはさておき、黒沼さんは家族と指導者に恵まれ、本人の負けん気もあって、その後目覚ましい活躍。
チェコやメキシコで活動していた。
そのメキシコで音楽院「アカデミア・ユリコ・クロヌマ」を起ち上げたのち、協力者と思っていたメキシコの弁護士に裏切られて音楽院は解散の危機にさらされた。
家の代金を払い終わった頃、家主が家を抵当に入れて借金を返さず、その場合家はお金を貸した人のものになってしまうという契約だった。

その後彼女は借金をしてアカデミアの活動を続けた。
アカデミアの活動は軌道にのって、生徒は増え続けた。
彼女のミスは契約書の定款を読まなかったことにあった。
その後彼女は定款を全て読み、その呆れた内容に驚いた。
表では彼女を芸術監督と持ち上げながら、投票権も発言権も認めない、家が抵当に入っていたのも知らせなかったのは前任の弁護士。
この後、定款の書き直しをたのんだ弁護士が彼女の親しい友人になり、彼女がメキシコから勲章を授与されたときには自宅でお祝いのパーティーをしてくれるほどになった。

「悪いことは良いことのためにしかやってこない」というメキシコのことわざがあるという。
これは私も良くわかる。
悪い事というのはあまり遭遇しないけれど、時には胃がキリキリすることも。
そんなときには自分に言い聞かせる。
なんでも始まれば終わる!
元気を出そう。
終わった時の清々しさ。
どれだけ自分が様々な人から助けられているかの感謝の気持ちの再確認。

とにかく外に出るように努力しよう。
今まで何度も乗り切ってきた自分を信じようと思う。
動かなければ棒に当たれない。
私は犬ではなくて猫ですが。






















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