2022年9月5日月曜日

ネコノミー症候群

 明日台風が沖縄に接近というニュースが流れた日、こちらも雨が強くなり始めていた。

うちの野良はカップルでいつも現れる。オスの方は半分飼い猫らしく、天候が荒れるとどこかへさっさと避難してしまうけれど、メス野良はたいていうちの駐車場にいる。夜になって雨が強まってきたので様子を見に駐車場に行くと、心細げに一人で佇んでいる。思わず抱き上げて「大丈夫だからここでじっとしていなさい」と言い聞かせてしばらく抱っこしていた。

次の日、腕のそこここに赤い斑点ができているのに気がついた。触ると急に痒くなった。そこからが悪夢の始まり、赤みは範囲痒みともにどんどん広がってきた。ついには皮膚が盛り上がって一つの島状態にまで。ここでこれはおお事だと気がついた。その日は木曜日、大抵の病院は休日。金曜日になると私は北軽井沢に出かけないといけない、病院へ行く暇はない。

土曜日からは生徒たちが集まって、毎年恒例になった合宿が始まる。これは夏の楽しみの一つで、北軽井沢の狭い我が家に集まって彈いたり飲んだり。でもここ数年のコロナのせいで結局都内の会場で練習するだけに終わったりしていた。今年は幸い北軽井沢ミュージックホールが借りられてやっと広いところで練習ができることになった。それでみんな張り切っていたのだけれど、家族の介護など諸般の事情もあり参加者は私をいれても8人となった。

一日前に北軽井沢入りをした私は準備に忙しく、痒さも然程でなかったのでまだ病院へ行くという気持ちはなかった。ときが経てば自然に治癒するものだと思っていたので。ところが最初のうちは手首のあたりに数か所、赤みのある斑点があっただけなのに斑点同士がくっついて大きな島になり始め、すこしでも掻いてしまうとその後猛烈に痒くなって、どんどん範囲も広がってきた。これはいかん。

しかし楽しみにしている合宿はやめるわけにはいかない。それに私はほぼ原始人だからこの程度の虫害にめげていては現代まで生き残れるはずはないと信じてじっと我慢。その結果両腕の斑点はそれ同士が合流して大きな島となり、赤みもますます増えて痒みも甚だしい。仕方がないから北軽井沢の旧駅舎のあるあたりのストアで薬を購入した。それでなんとか痒みを抑えていた。

合宿の曲はドボルザーク「セレナーデ」の2、3楽章。ゆったりとしたメヌエットと早い「スケルツオ」非常に魅力的な組み合わせで、最近メキメキと腕をあげ始めた彼らだったらなんということないと思っていたけれど、やはり難物だったようでバラケ放題。うーん、喚き散らすのはいただけないから優雅にいきたいところ。それでも2,3回繰り返していくうちにだんだん様になっていった。このアンサンブルもずいぶん年月を重ねた。始めのうちは音を重ねる意味すらわからなかったようでひどい音がした。私に「この世のものとは思えない」と悪態をつかれながらじっと我慢して継続した結果、いまやいっぱしのアンサンブルに成長したようだ。何よりも他の人の音が聞けるのが良い。それとメンバーが定着しているのが一番の上達ポイント。

メンバーが定着していると言うことはお互いを尊重しているということ。アマチュアだからそれぞれの楽器の演奏のレベルはまちまち。経験も知識もバラバラながらそれぞれの知恵と力量を寄せ合って助け合い、一つの世界を作り上げていく。これがアンサンブルの極意なのだ。自分が少しでも相手より弾けるからと言って思い上がるような輩は一人もいない。

ドボルザークの「セレナーデ」を弾きたいと言われたときは無理だと思った。他の指導の先生たちからも無理だと言われたと聞く。月1回の練習、メンバーそれぞれ働き盛りの年齢、育児真っ盛り、優秀な人材が揃っているので職場では要職に就いているに違いない。とすると自分の練習に割ける時間はわずか。それでも殆どの人達がやめずに長年楽しそうに参加している。これが一番肝心なところで、いくら楽器をひくのがうまくてもコミュニケーション能力に欠けていては継続は難しい。結局音楽も人なり、となる。これからもう一回の練習で次は発表会本番!幸運を祈る。

彼らが都内へと帰ったあと私はひとり残って練習に没頭するはずだった。そのために週末までスケジュールを空けておいた。練習用の楽譜を数冊とハリー・ポッターの原書を持参。けれど腕と足の痒みが消えず、次の日に帰宅することにした。そのまま軽井沢の病院へ行くことも考えたけれど、継続的な治療になるなら自宅付近の病院のほうがいいと思ったので。

帰宅したその日の午後、家近くの病院へ。非常に評判がよく女医さんだというのも選択の理由。ネット予約の際に自分の症状を詳しく書いておいたのですぐに塗り薬と飲み薬を処方してもらえた。その飲み薬と言ったら・・・夕食後飲んでそのまま眠りに眠った。次の日の午前11時目が覚めたときには異次元の世界にいるかと思った。起き上がれない。立つこともできない。しばらくしてようやくベッドを離れても足がふらつく。数時間後やっと薬効が切れたらしく正常に戻ったけれど、こんな薬を飲んだら絶対に車の運転は無理だと思った。








2022年8月22日月曜日

北軽井沢は大ブーム

 今年はとりわけ暑い夏なのに、なかなか山の家に行けない。目をつむるとボサボサと茂った森の景色が目に浮かぶ。最近野暮用が多くほんの2、3日の空きもとれない。先日やっと4日間開けることができたので邪魔が入らないうちにさっさと森に逃げ込んだ。

お盆休みは終わったはずなのに、高速道路は休日ドライバーらしい訳の分からない運転をする車が多くて走りにくい。とにかく意味不明の進路変更、追越車線のノロノロ運転、ムラのある走行速度、結局何をしたかったのかわからない追い越し等々。私はこと運転になると気持ちが落ち着いてめったにカッとならないけれど、こういう時には一人で怒りながら運転している。他人様にはお聞かせできない罵詈雑言で「*****」なんてね。伏せ字はご想像におまかせします。

初日は小雨午後から本降り。町役場に出かけて住民税やホールの使用料金など払い込む。それに頼んでおいた合鍵ができたので工務店まで取りに行く。この鍵が厄介もの、ドイツ製なので合鍵を作るにもドイツに注文しなければいけない。面倒だからドアごと取り替えてしまおうと思ったけれど、すごく頑丈な特注のドアなのでおいそれと替えることができない。それで日本製の簡単な鍵にしようとしても、ドアの脇の金属製の頑丈な枠を取り除かないといけない。どちらにしてもすごくお金がかかる。

夕方やっと落ち着いてヴァイオリンを弾いていると、窓の外にたくさんの明かりが見えるのに気がついた。今までこんなに近所中が来ていることはなかった。夏のシーズンでさえお隣さんとお向かいさんくらいで、あとの家は真っ暗だった寂しい別荘地は、今は家の前の小道を車が頻繁に通る。びっくりだなあ。今回は周りの殆どの家に人が来ていた。寂しくて人気がないのだけが取り柄だった森に人が溢れては、ここに住む意味がなくなる。もう少し辺鄙な場所を探そうにも体力は枯渇している。それでも私の相棒の老猫はここへ来ると夜泣きもなくなる。空気が良い、それは捨てがたい。

玄関ドアの真ん前に巨木が立ちはだかっている。この家の前の持ち主のノンちゃんがこよなく愛したこの木に長年に亘り巻き付いた蔦を取り払う。まず蔦の根もとを切断。そこまでは前回来たときにやっておいた。それだけで大仕事。蔦と言ったって直径5センチはあろうかという太さ。すでに100年以上前から巨木に絡みついて養分を吸い上げていたに違いない。切断されたつるは上のほうがまだ木に巻き付いているのでぶらんと垂れ下がって蛇のようで気持ちが悪い。けれどこれでようやくこの木は蔦から逃れられると思っていた。しかし今回1ヶ月ほど経って行ってみたら切断された根っこの方から緑色の瑞々しい新芽が生えていた。それも素晴らしく勢いがよくこのまま放置したら今年の秋にはもう私の背丈を超えるくらい伸びるだろう。

上を切るだけではだめなのだ。根本から掘り起こしてみると、土の中の根は大きな塊となって養分を蓄えていた。太いのとしっかり土に埋もれているので、それは大変な作業になった。前日カインズホームに行って電動のこぎりを買おうかと思ったけれど、私に扱えるかどうか心配だったので買わなかったことを悔やんだ。汗が吹き出し腰が痛くなり足はふらつく。土の中の最後のひとかたまりを残して作業を終えた。これは明日の仕事に残しておこう。土中の根の長さは細いものでも数メートルにも伸びているので太い根っこはどれほどの長さか見当もつかない。伸びられなくて固まってしまうと始末が悪い。とにかく始めたからには根こそぎにしないとこの先も大木の癌になりそう。

泥だらけの手を洗い温泉に向かう。前日はガラガラだった旅館の庭に車がぎっしりと停車している。おや珍しい。玄関に入ると靴が大きいのや小さいのやずらりと並んでいる。女将さんが出てきたので「今日はいっぱい?」と訊くと「そうなの珍しく混んでるの」「それじゃうちのおふろで我慢するわ」「悪いわねえ、ごめんね」というわけで自宅に戻った。珍しく混んでるじゃないでしょう。笑った。この宿は大正ロマンの風情のある静かなお宿。ここが好きな知人は定宿にしていた。

自宅の周りにある家にこんなに明かりが灯っているのは、私がここに住むようになってから初めてのこと。明るくて安心感はあるけれど、せっかくこの森に住む物の怪たちと仲良くなりたいと思っていたのに、彼らはもっと森の奥深くに逃げ込んでしまう。コロナのせいでこんな辺鄙なところまで人々が来るようになった。私がここを買ったときには周りの人たちはきっと思ったに違いない。「あんな不便で寂しいところ買ってどうするの」でも今は建築ラッシュで毎日のように新しい住人に出会うのだ。

昨今の北軽井沢は急激に変化している。私がここを好きなのはなんにもないところと人々の優しさ。なるべくひと目から隠しておきたかった。浅間山も足元に人があふれるとくすぐったいに違いない。思わずくしゃみをした途端に噴火したりするかもしれない。

最後の日は「美味しいもの案内人」のY子さんと、小諸の懐古園そばの蕎麦屋へ。「そばの」と書いたら変換が「蕎麦の」と出た。懐古園蕎麦の蕎麦屋、ナンノコッチャ。午前中木の根っこと戦ったからうまくお腹も空いた。お盆過ぎの木曜日の昼過ぎ、閑古鳥状態かと思ったらここにも行列が。バイクが次々と乗り込んでくる。人で溢れかえっていて怖いから店内に入らず表のテラス席に座った。初めてきたので、そこの名物を頼んだ。冷たいそばの上に大葉、とろろ、わかめ、山菜、野菜かき揚げ、りんごの天ぷらなど十種類くらいの具が載っている。観光用と馬鹿にする人もいるらしいが、それぞれの具もそばも美味しい。

帰り道に立ち寄ったカフェのコーヒーもしっかりと苦くおいしい。それを鳥の声を聞きながら飲むのは至福のとき。午前中木の根っこと戦った疲れが癒やされた。森に帰ると昨日までいなかった家にまた一人、私を見ると軽く会釈をしてくれた。これであと一軒住民が来ればうちの周辺は全員揃う。こんなことは初めてだった。

そろそろ用事が溜まっているであろう自宅に戻らねば。早朝4時過ぎに出る予定が寝坊して6時になってしまった。木の根っこを掘り返した重労働が堪えているらしい。高速道路は空いていたけれど、都内は渋滞。なぜかというと陸橋の下で警察官が違反の取締をしているから。郷里で楽しく過ごして気が緩んでいる人達を取り締まってお小遣いを稼ぐ魂胆と見た。ここで捕まったらふるさとの思い出が台無しになる。気の毒に。私も捕まったばかりだからイヤーな気分はよく分かる。違反をするのが悪いのだけれど、でも同情する。

帰宅は午前10時ころ、ねっとりとまとわりつくような暑さには参った。野良が飛び出して迎えに来てくれる。家に入れば大量の留守電!あ~あ!




2022年8月14日日曜日

野良はつらい

 猫が泣きわめくので目が覚めた。ひどく汗をかいている。気分が悪い。しまった!前の晩寝る前に冷房を切っていた。部屋が暑い!

毎年2,3回は熱中症にかかるのだから気をつけないといけないのに、昨晩はあまり暑くなかったので風邪をひいてはいけないと思って冷房を切った。大抵は途中で暑くて目が覚めるのに熟睡してしまった。慌てて起きて水やらお茶やら飲んで見たけれど頭痛がする。若いときには暑さに強かったのにいつの頃からかめっきりと弱くなってしまった。

数年前、個人のお宅で演奏することになっていた。その日、目がさめると天井が回っていて世の中が黄色かった。ふらふらしながら会場へと向かった。なんの気なしにコンビニに寄ってポカリスエットの大きなボトルを買って持参した。それをひっきりなしに飲んでいたら気分が良くなって無事演奏することができた。自分が熱中症にかかっているとは思わなかったので、それは知識から出た行為というより本能的なものだった。それ以来そのお宅で演奏する日は、気の利いた家政婦さんが私のために色々水分補給のための飲料を用意してくれたものだった。お客さんの中に医療関係の人がいて「あなたは熱中症です」と言われて初めて気がついた次第。

それ以来気をつけていると同じような症状が出るので熱中症とわかる。ほとんどは軽い頭痛やふらつきなどですんでいるけれど、今回は大量の汗をかいた。シーツだけでなく掛け布団までじっとりと冷たくなっていた。台風が近づいているというその日は、久しぶりの仕事。寝てはいられない。

たいてい低気圧が近づくと体調が悪くなる。あるときには新聞を読んでいたら目の端にギラギラと万華鏡のような光が見えてびっくり仰天。慌てて病院へ走った。これは重大な病気のサインに違いないと思っていたら医師は少しも驚かず「これは片頭痛の一種で低気圧が近づくと起こることがあります」

そのことはすっかり忘れていて最近同じことが起きたから病院へ。すると医師は「5年前にも同じ症状で来ていますね。心配ありません、すぐに治りますから」なーあんだ、それなら眼科よりも認知機能障害の病院へ行ったほうが良かったかも。同じ症状があったことを忘れていたなんて。

そんなわけで台風が東海、関東地方に上陸するという日は日テレの24時間テレビの音録り。毎年楽しく仕事をさせてもらっていたけれど、コロナのことや自分の老朽化でなかなか難しくなってきた。それでも年に一回同じメンバーに会えるのは嬉しい。熱中症でふらついてはいたけれど、雷鳴轟く土砂降りの雨の中車を走らせる。都内に入ると雨は少し小降りになった。果たしてスタジオまでの道を覚えているだろうかと心配だった。頭の中で何回か反芻して道を確かめる。ある時心配だからカーナビを使ったらとんでもないことになって、狭い道をぐるぐる回らされた。このカーナビは本当にお馬鹿さんで、いつも踏切のあるコースを走らされた。ある時羽田空港に行くのでたまには違うコースを行ってみようとナビを使った。すると蒲田付近で踏切を2つも横切ることになってうんざり、ナビを使わなければずっと早く行けたのに。自分で考えるなら踏切は極力避けるのに。

仕事が終わる時間はまさしく台風の接近するときだったけれど、雨はそれほどひどくなく無事帰宅。駐車場に車を入れると、かすかな猫の鳴き声が聞こえる。うちの野良が心細げに泣いていた。最近野良は家猫が威嚇するので部屋に入って来られない。寒いときなら部屋を閉めて隔離できるけれど、この暑さでは開け放さないと冷房のない私の部屋は蒸し風呂になる。開け放せば悪魔のような声でうちの猫に脅される。いやはや野良は辛い!

幸い気温が低いので、家猫に見つからないように野良を部屋に入れることができた。嬉しくて嬉しくて有頂天になる野良。おしとやかで行儀の良い野良が喜びのあまり私のスネに噛みつくので参った。餌代だけでも大変なのに本当のスネまでかじられるとは!夜中に外を見ると雲が切れて空が明るくなっていた。どうやら台風は行ってしまったようだ。すると野良は開けた窓からスッと黙って出ていった。ちゃんと自分の進退を心得ている。そんな野良がたまらなく可哀想でならない。よく見るとこの子もだいぶ年取った。なんとなく体調も良くないらしい。家猫との共存の道は険しい。

家の猫にとって、長年の多頭飼いで隅っこに追いやられていた自分がやっと飼い主を独占できた幸せを離してなるものかという気持ちだと思うし・・・ここにて中断。只今午前3時、表で野良が他の猫に威嚇されているらしいので救助に向かいます。駄文拙文お許しを。😺















2022年8月3日水曜日

悪運強し

 先日の交通違反のお陰で運転免許センターまででかけた。この暑いのになんの因果か認知機能検査を受ける羽目になったのだ。もう検査には慣れっこになってはいるけれど、もしやこの検査で認知機能が怪しいと診断されたら大変なので、結構緊張した。

すでに何回か受けているけれど、16通りの絵が一組になっている。それがA.B.C.Dと4パターンあって、その中の1組が出題される。それを見せられて記憶するテストで今までは毎回同じAパターンが出題された。他の絵は出たことが無いから、今回も同じとたかをくくっていた。それにしても暑すぎる。試験場は高台にあって歩くのは大変だからバスに乗る。

昔このあたりに私の長姉が住んでいた。私より13歳年上だったので姉というより母親代理みたいな存在だった。母は6人もの子育てで忙しく、末っ子の私の学校行事等はこの姉に任せていた。遠足に付き添ってくれた姉がプンプン怒っていたことがあった。周りの人に「お母さん」と呼ばれたのだと。私のお母さんにしてはずいぶん年若いけれど、付き添ってきたから多分お母さんだと周りでは考えたのだと思う。大変美人だったから若くてきれいなお母さんと思われたのだと私は嬉しかったけれど。

私はこの姉には中学校に入るまで毎日抱っこされて同じ布団で寝ていた。私の方は構わなかったけれど、姉は中学になった私を持て余したらしく、入学と同時に私は一人で寝かされることになった。それは私も異存はなく、なぜなら異常に地震に敏感な姉は、ほんの少しの揺れにも飛び起きて私を外に連れ出そうとする。私はあまり物事に驚かないのでかなり強い地震でも布団から出たくはないのだ。お互い、その時から擬似母子を脱却、初めて独立した気分だった。

姉の家は試験場に近く高台にあって風の吹き抜ける気持ちの良い家だったけれど、名のある建築士によって建て直されてからおかしくなった。姉は少し猜疑心が強くなり近所付き合いもやめてしまった。思えば更年期障害だったのかもと今なら対処できるけれど、私はかなり歳が離れていたので途方にくれた。それでも人前に出ると姉はすごくちゃんとしているので、あれはなんだったのだろうか。新築の家は風の通らない気密性の高い家で、家の中に池があったり実験的な感じで作られたのかもしれない。シンとして物音がしないから外部とは遮断されたような感じが姉の心を狭くしたのかもしれない。

バスがカーブを曲がるとき、ああ、ここで姉の家には反対側に登っていったのだと懐かしく思い出した。曲がったところに豆腐やさんがあったっけ。

センター到着、相変わらず年寄りばかり!中には手が震えて字がかけないという人や、トイレに行ったら自分がいた部屋がわからなくなったと職員に訴えている人やら。明日は我が身、でも免許ないと私生きていけないから頑張る!

試験が始まると他の出題はほとんど同じ、でも絵が違った。今日もAパターンと自分で決めていたけれど、出たのはBパターンだった。オットット。ここで慌てたかというと私は慌てなかった。出かける直前、Bパターンを眺めて頭に叩き込んできたのだ。本当になに気無しに・・・

何気なくやったことで助かった。最近とてもストレスが多くて気分は低迷、なのにこういうときに誰かが助けてくれるようだ。実は私には3人の貴人がついているのだと占い師から言われたことがあった。私の知人の姪御さんが有名な占い師で、その知人が私の生年月日を教えて彼女に占ってもらったらしい。その結果「あんまり良い運勢なので興奮しましたよ」というから「どうせ変人奇人の奇人でしょう」と言ったらたいそう叱られた。「こういうことは冗談に言うものではありません」と。

悪運強し。最後の一瞥が功を奏して全部書けたから他のことと合わせても認知症ではないとお墨付きをもらったけれど、生まれつきの性格が認知症に近い。要するにそれよりも悪化していない?というだけ。教科書持たずにからのランドセルで小学校に通うことは日常茶飯事、宿題を全くやらずに夏休みが終わってしまったり、今はせっせとメガネを探す毎日。頭の上にかけているのに。冷蔵庫に入っているのは食料だけではない。思いがけないものがでてくることも。洗濯機で鍵をあらうことも。なぜかトイレットペーパーの芯に鍵がはいっていたり。これって自慢しているように聞こえます?そう、最近友人たちとボケ自慢しあっているのですよ。









2022年8月1日月曜日

続ひやみず

冷水は続く。五重奏の合宿のあと、ピアノのMさんからせっかくだから本番をということでお仕事いただいた。10月に三鷹での本番決定! うれしい。

今回驚いたのは若くはない私達が意外と丈夫だということ。早朝都内や都内近県から4時間ほど車を運転して集合。すぐに練習、つぎの日は一日中練習、最終日は午前いっぱい練習。ほとんど休み無しなのにケロッとしている。私はケロッとはいかないけれど、それでも集中して正気を保っていた。帰りの運転も楽しんでいられた。

帰宅したら姉の娘の一家が北海道でコロナ感染したという。姉が娘に送る食料を買いにいくというのでスーパーまで同行して買い物に付き合った。重い荷物を高齢の姉に持たすわけにはいかない。帰宅した私に今夜食べるお惣菜を買ってくれるというから、食べられないと断った。食欲はない。パウンドケーキを一切れ食べて眠った。

流石に今日は一日中眠った。途中で起きても食欲なし。やっと夕飯時になって少し食事をとった。野良たちは喜んでお出迎え、でも今日は相手をしていられずひたすら休息。ブラッシングがお望みの野良たちだけれど、今日はナデナデで我慢してね。レストランに行って食事をしようと思ったけれど、それすら面倒で、まして自分であれこれ作る気にもなれず、残り物の野菜とカニカマ入のチャーハンを作って今日一日の食事はそれのみ。一人ぐらしのいいところはそこ。だれにも気兼ねなく手が抜ける。家人がいた頃は留守にした穴埋めに、疲れていてもせっせと料理をしたり大変だった。女は大変!今はもう気にする相手はいないから眠りたいだけ眠れる。食べたくなければ食べないですむ。楽だけど、これはこれで寂しいかも。

相変わらずコロナ関係の情報ばかり。同じ芸人が毎日顔をだすテレビは面白くない。youtubeで見つけたのはやすきよの漫才。この二人面白かった。今聞くだけで面白い漫才ができる芸人はいないのではないかと思う。ウクライナの戦争はいまだ終わらなく心が痛む。楽器の演奏で年取っても楽しめる私達のなんと幸せなことか。集まると皆そのことを話す。

流石に疲労はすぐに解消できず背中が痛い。最近通い始めた治療院の予約をとった。高周波の機械で骨の周りの筋膜をほぐすという。膝や腰が痛いというのは骨のせいではないという。骨には神経がないので骨が劣化しようがすり減ろうが痛みは感じないはず。痛みは筋肉の周りを包んでいる筋膜というものが固くなって動きが悪くなり結果痛みが生じるというのでその筋膜に刺激を与えてほぐす。

友人が膝を痛めて杖をついて歩くようになった。しかしその治療院に行ったらその日から杖無しで歩けるようになったというので私も半信半疑行ってみた。足の故障で私もまもなく杖が必要かと思えた頃の話。結果は上々、治療が終わると軽い疲労感のようなものがあって眠くなる。家に帰ってぐっすり眠るとあとは快調、私達のように体を酷使するものは自分に合った治療が必要になる。私は長年中国整体を受けていてそれはとても良かったけれど、最近筋肉が固くなって押されるのが苦痛になってきた。静かな振動で筋膜がほぐされて体への負担の少ない高周波治療はとても心地よい。

整体もまだ捨てがたいので併用することにした。出費は少々かさむけれど、この先も演奏ができるなら仕方がない。金は浮世の紙くずだ~!とある宗教の教祖様が叫んでいた。紙くずが健康のためなら惜しくはない。けれど信者から紙くずを巻き上げて家庭を崩壊させ、その結果元総理大臣が亡くなった。そういう宗教になんでハマるのか私には理解不能。紙くずと叫んだ宗教は統一なんとやらとは別の宗派ですが。




2022年7月30日土曜日

ひやみず加速

 3日間の五重奏合宿、行ってまいりました。

地獄の暑さを逃れて北軽井沢の森にこもって練習に勤しもうという目論見で集まったのは、ヴァイオリンのnekotama、ヴィオラは追分の住人Iさん、チェロは初参加のKさん、コントラバスはHさん、ピアノはHさんの友人Mさん。

コントラバス奏者Hさんが見つけたのはゲッツという作曲家の五重奏曲。普通ピアノ五重奏曲といえばピアノ、ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ各1。ヴァイオリンが一人でコントラバスが入る曲といえば有名なシューベルト「マス」この編成は珍しく、それと同じ編成の曲は私はいままで知らなかった。ゲッツという人の名前すら知らなかった。解説によればシューベルトと同じ頃、ドイツで人気のあった作曲家だという。その人の「マス」と同じ編成の曲を演奏してみようという目論見で譜読みを始めた。

コントラバスは今でこそソロや様々な演奏形態で出番が多いけれど、私が若い頃はまだそれほど目立つ楽器ではなく裏方に徹することのほうが多かった。日本の女流コンバス奏者もその頃は本当に数少なく、そのうちの一人がHさん。私はいつもキャアキャアと高い音を出しているので、低音楽器はとても魅力的に思える。ヴァイオリンよりヴィオラ、もっと低いチェロ、もっともっと低いコンバスというように。だからディッタースドルフのヴィオラとコンバスの二重奏曲などは、私の大のお気に入りでコンサートを計画するときには真っ先に曲目に入れたくなる。コントラバスが入ることによって響きに深みが出る。

先日のカルテットのモーツァルト初見6曲弾きで疲れ果てて寝込んだこともまだ記憶にあたらしいのに、今回は北軽井沢のミュージックホールを借りての3日間連続リハーサル、果たして体力がもつかどうか。早朝チェロのKさんと待ち合わせて関越道をひた走る。

私達フリーの演奏家はコロナ以前は忙しかった。特にチェロは引っ張りだこだったので、今回チェリストが参加してくれるのは本当にありがたい。コロナのおかげ?かもしれない。ホールの貸出しもコロナ禍の今、難しいところもあったけれど町役場の好意でなんとか使わせてもらえた。特に私のように北軽井沢の家は森の中、ドアからドアへの車移動、他県から来ても接触感染拡大の心配はない。演奏者全員ワクチンは4回済、観客なしだから。

昼食時に集合して我が家でカレーを食べる。ゴロゴロ野菜いっぱい、トマトの入ったカレーは到着と同時に作り始め、30分ほどで出来上がり。14時からの練習に備えて、たらふくお腹に詰め込んだ。

ゲッツの曲は今まで2回練習したものの、なにか馴染めない。構造が複雑というか雑というか納得がいかないことがあって、あまり演奏されないのもわかるような気がする。しかし、全体としてはロマンチックで劇伴のようにドラマチック、悪くはない。その午後はゲッツの練習で終わり、一日目解散。夕飯はチェロのKさんと二人で昼間のカレーの残りにチーズをかけて食べる。他の人は追分のIさんの家へ分宿。静かな森に包まれて食後すぐにふたりとも深い眠りに落ちた。私にしては本当によく眠った。Kさんも熟睡したという。

次の日は午前午後通して、ゲッツとシューベルトの練習に入った。マスは皆演奏経験があるので合わせることに問題はないけれど、さすがシューベルト、なんとも言えず難しい。私にはどうもシューベルト弾きのセンスが無いらしい。いつも手こずっている。昼ごはんはコンビニ弁当。

練習後は皆でホール近くの地蔵川温泉に。この温泉は私の毎日の入浴場所。我が家のお風呂が巨大で、私が溺れる心配があるというのは大げさではない。大きいからお湯がたまるのが遅い。48度くらいに設定しておいても溜まった頃にお湯がぬるくなっていて不愉快。なぜなら浴槽がタイルで冷たいから。大きいうえに深い。それで一人のときは毎日この温泉に入りに行く。

宿は大正ロマンの雰囲気で、ピカピカに磨かれた床、竹久夢二の絵や細かい細工の置物、玄関には水琴窟が涼やかな音を立てている。浴槽は小さめで5、6人も入ればいっぱいになってしまうくらいだけれど、大きな旅館ではないのでいつもゆっくり入れる。温泉から出てきれいな庭の見えるロビーで水分補給して、ゆっくりと帰宅するのが私の日課になっている。

最終日は本番。と言ってもお客さんなし。本番のつもりでの通し稽古。しかしゲッツはやはりなんとも理解し難いところや音があって時々止まってしまうので、シューベルトにかける時間がなくなった。「マス」の繰り返しすべて省略して終わったのは12時50分。これで解散ということなのだけれど、皆で食事したのは最初の日のお昼だけだから、近くのレストランのランチで打ち上げにした。

家のチェックを済ませてすぐに出発。3日間涼しく暮らしていたのに途中で立ち寄ったサービスエリアで車を降りたら、途端にめまいがするほどの暑さ!クラクラっとした。

しかし暑い!!夏中森に居たいけれど、先日信号無視して捕まったので、8月3日に免許証センターで認知機能検査を受けなければならないから渋々帰ってきた。姉に面倒見てもらった猫の様子が心配だったけれど、猫は平然としている。なんだ、私がいなくても大丈夫じゃないの。

高齢者の免許を取り上げようと様々にプレッシャーをかけてくるけれど、私たちは車の運転ができなければ自由に動けない。年齢でなく知能検査と反射神経で判断してほしい。私は毎日のように運転しているけれど、56年間無事故。軽微な違反は3回くらい。スピード違反で免停一回。更新時の検査はいつも満点。視力に問題なし。これでも年齢だけで免許を取り上げられるの?

最近車を替えた。同じ車種だけれど、ここ3年で安全性が抜群に向上した。北軽井沢で冬に車で近所のスキー場に行きたい。4WD、雪道での横滑り防止装置付き、緊急時に使える非常連絡装置と事故現場の特定装置、自分がもし意識がなくてもそれが働く、山道で白線からはみ出すと軌道修正してくれる。多少お金はかるけれど、安全を買えるなら多少の出費はやむを得ない。それなのに、もし今度の検査で悪い結果が出たら運転を諦めないといけなくなる。頑張らないと!







2022年7月25日月曜日

冷や水

 最近結成された私達のカルテットの平均年齢は会社員の定年を遥かに超え、後期なんとやらもさっさと乗り越えて最優先でコロナワクチンが受けられる。それで皆4回目接種は終了済み。それでもまだ油断はならないからマスクを着用、空気清浄機をフル回転させての練習が続く。

1ヶ月に1度の練習でも1回に1曲仕上げるので予習が大変。譜読みができていれば皆さんベテランだから合わせはサクサクと進むけれど、私の理想としてはもっと喧々諤々、意見を交わしながらの曲作りがしたい。けれど私の過激な発言がグループをぶち壊した経験があるので今のところ少しおとなしくしている。

数年前まで毎年来日していたイギリスのロンドンアンサンブル。私も毎年小田原公演だけ参加させてもらっていた。彼らはずっと日本ツアーをして最後の小田原だけメンバーの都合で私の出番が回ってくる。とにかく凄腕揃いで一人ひとりの腕も名人クラスだけれど、何よりもアンサンブルの面白さったらなかった。お互い意見を言い合ってあまりの喧騒に私が言う。「喧嘩は帰ってからやって」すると彼らは「これは自分達の普段の会話だから」といって笑う。

お互いズケズケと指摘するから私もだいぶやられた。「nekotamaが悪い」と。そういうとき私はフン!と言えるしときには逆襲、神経質にならないで本番は楽しく終わる。終わると大抵はチェリストのトーマスなんだけど、ハグしてくれる。「Oh! Nekotama. Fantastic!!」リップサービスすごい。時々はフルートのリチャードが物静かに褒めてくれる」毎回ハードな練習の割には和気藹々。練習はものすごくきびしく歯に衣着せぬ意見が飛び交う。その点日本人同士だとあまり遠慮なしに言うと後がこわい。どちらかが弱い立場になると私の以前のカルテット解散みたいになってしまう。子供の時から議論ができる国民性となんでも柔らかく包み込む国民性では、私は前者が好きだから、ロンドンアンサンブルは非常に居心地が良かった。

それで今回のグループは遊びということにして、深く追求するよりも楽しく合わせようというスタンスになった。1回1曲、ファーストヴァイオリン、セカンドヴァイオリン、ヴィオラのパートを交代しながらだから、チェロ以外のパートが全部弾ける。それを1回の練習日でと言うと相当ハードなことなのに、さすがベテランたちは涼しい顔でやってのける。

一昨日はひと月1回の練習日。シューベルトの「ロザムンデ」の予定だった。ロザムンデの楽譜をコピーしながら次の予定のボロディンの四重奏曲もついでにコピー。そして練習日当日、ボロディンの楽譜だけを持ってきた人とシューベルトだけを持ってきた人が入り混じってしまった。しかもうちには原譜が揃っていたのに、それを持ち帰った人が置いてきてしまったという。で、どうしよう。

それでは仕方がないから初見で弾けそうな楽譜を探して練習しようと言うことになった。モーツァルトのK.155から始まる一連の四重奏曲の楽譜が揃っていたのでそれを弾くことになった。いわゆるハイドン・セットでないほうの短くて易しいほう。アルバムの最初の3曲くらいまでは弾いたことがあるけれど、その先は楽譜を見たこともなかったから興味津々。弾き始めたらもう止まらない。あまりの楽しさになんと一気に6曲弾いてしまった。皆顔を輝かせて「楽しいね」その夜は午後8時にはすでにベッドの中。

さて翌日目が覚めたらなにか寒気が、咳もでる。コロナ?嫌な言葉が頭を過る。熱は?むしろ低い。食欲はなかったけれど少し食べるともう起きていられない。いつの間にかまた眠って、目がさめたら午後4時を過ぎていた。起き上がって野良たちの夕飯を用意して、また眠る。午後8時、お腹が空いて少し食べてまた眠り、午前2時やっと目がさめた。気分はすっきり!そしてまた今朝の7時まで眠った。

そうか、あまりにも張り切ってすっかり疲れてしまったのだ。もう本当に若くはない。楽器を演奏、ましてアンサンブルはひどくエネルギーを使う。何時間かの練習がこんなに堪えるなんて。普段一人で弾いているときは適当に休息しているからあまり疲れないけれど、それでも最近は長時間の練習はできない。

これぞ年寄りの冷水。しかし楽しい冷水だったなあ。他のメンバーもケラケラと笑って「またやりましょうね」と言って帰っていったけれど、今頃どうしているかな。腰抜かしてないといいけれど。