レッスン室の冷房が壊れたので練習はリビングでしようかと考えたけれど、猫が怯えるといけないから部屋を借りることにした。
近所の貸し部屋、実は兄の家。
この家には狭いながらも音楽室がある。
娘がピアノ教師をしているので、家を新築したときに彼女のために作ったもの。
防音も行き届き、楽譜もきちんと整理されている。
何よりも感心するのは、例えば本棚の全集物を収めてあるコーナー。
全集を収めて空きがあると、それに合わせてそのサイズのものを探して収める。
だから僅かな隙間もなく、きっちりと並んでいるという具合に。
壁には兄が作った額縁入りの名作曲家の絵。
バッハ、ベートーヴェン、モーツァルト、シューベルトがきちんと並んでいる。
傾いていたり、そんなことは一切ない。
ピアノの上にはものが一切置かれていない。
ホコリもなくピカピカに磨かれている。
上等なソファーにだらしなく脱いだものを置いたりもしない。
全てがきちんと整理されて、心地よい空間を生み出している。
けれど、私がそこへ入るやいなや、なんとなくだらしない雰囲気になるのはどうして?
以前ハンガリーのヴァイオリンの名手タマーシュ・アンドラーシュが私のレッスン室に来ていたとき、他のひとの練習が入って空き時間ができたので、どこか個人で練習できるところはないか?と言うから兄のところに連れて行った。
兄はひどく喜んで、お寿司を取ろうか、お茶はどうかなどと大歓迎している。
でもタマーシュは練習したいのだから、困惑している。
とにかくなにもいらないから練習させてあげてと言って、置いてきた。
たぶんその後も兄は彼にまとわりついて迷惑がられたと思う。
その後、タマーシュが言うには「お兄さんの家はとても綺麗だ」
悪かったわね、私のところが汚くて。
その話を兄にしたら「nekotamaのところはまっすぐに物をおかないからいけない」
私の両親は、母が整理整頓の名人、父は自分が楽しい事しかしない。
その母に似たのが兄で、父親そっくりなのが私。
兄は2年前、連れ合いに先立たれ一人暮らし。
家中ピカピカでチリ一つ落ちていない。
台所にきれいに洗われたまな板があったから「料理はするの?」と訊いたら「もちろんやるよ。でも一度S食品のフリーズドライの味噌汁を買ったら、その後定期購買しろとうるさくてね。しかたなく買っているけど、たまに自分で作ると、ああ、美味しいって思うんだよ」
へ~え、私は自分で作るとまずくて、フリーズドライのものが美味しく感じるんだけど。
チェロを練習していた兄を追い出して練習させてもらった。
練習が終わって兄を探すと画室で絵を描いていた。
これもひどく上手い。
どうして同じ兄弟に生まれ、これほどの差が付くのか。
一箇所だけ誰もがそっくりと言うところがある。
顔が似ているって・・・これは許せん。
あんなたぬき顔とこの絶世の・・・~、どこが似ているんじゃ!!!
2019年7月28日日曜日
暖かい
北軽を満喫して帰宅したら、こちらも中々良い。
第一に日差しが暖かい。
あちらでは室内に干しておいたタオルが乾かない。
なんでもジトッとしている。
今朝帰宅してすぐに大量の洗濯。
外に干せるのが嬉しい。
そしてあっという間に最初に洗濯したものが乾いて、第二弾もほぼ乾いている。
やはり私には明るい日差しがよく似合うなんて、独りつぶやく。
猫は今爆睡中。
あちらで元気そうに見えたのは緊張していたからなのかしら。
私はすっかり北軽井沢おばさんになってしまったので、どこにいても良く眠れる。
レッスン室に入ってエアコンを点けたら、風は出るのに涼しくならない。
おっと!これはまずい。
この暑さにエアコン無しではいられない。
ダイキンのホームページで修理の申込みをしようとしたら、フィルターの掃除の仕方とか紹介されていた。
もしかしたらフィルターが汚れているのかも。
覗いてみてゾッとした。
黒い網目のはずが、灰色のホコリでい覆われていた。
そうか、これを掃除すればきっと涼しい風が出るにちがいない。
掃除機を持って椅子の上にグラグラしながら立って、フィルターを外すと子持ちワカメみたいな状態のフィルター。
リビングの方はクリーニングしてもらったけれど、こちらを頼むのを忘れていた。
クリーニングを見ていたら、まあ、出るは出るは、真っ黒な水。
これを顔に吹き付けていたかと思うとおそろしい。
椅子の上に覚束なく立って掃除機を操作。
時々自分のワンピースを吸い込んだりしながら、やっと掃除をして期待しながら電源を入れた。
うーん、たしかにさっきよりは冷たい風が出ているように思えるけれど、冷房と言うにはあまりにもあたたかすぎる。
もう一度ダイキンのホームページに戻って、修理の申込みをした。
しかし、今回北軽井沢から戻ったのもこちらに用事があるからで、空いた日がない。
8月にならないと来てもらえる日がないから、申し込んでおいた。
その前にレッスンが入っていて、この人達どうするのかな。
水着で来てもらわないといけないかも。
扇風機を回して、昔懐かしい日本の夏を楽しんでいただきましょう。
私はうちわを持って扇いであげないと。
これを読んでレッスンをキャンセルする人いるかな?
第一に日差しが暖かい。
あちらでは室内に干しておいたタオルが乾かない。
なんでもジトッとしている。
今朝帰宅してすぐに大量の洗濯。
外に干せるのが嬉しい。
そしてあっという間に最初に洗濯したものが乾いて、第二弾もほぼ乾いている。
やはり私には明るい日差しがよく似合うなんて、独りつぶやく。
猫は今爆睡中。
あちらで元気そうに見えたのは緊張していたからなのかしら。
私はすっかり北軽井沢おばさんになってしまったので、どこにいても良く眠れる。
レッスン室に入ってエアコンを点けたら、風は出るのに涼しくならない。
おっと!これはまずい。
この暑さにエアコン無しではいられない。
ダイキンのホームページで修理の申込みをしようとしたら、フィルターの掃除の仕方とか紹介されていた。
もしかしたらフィルターが汚れているのかも。
覗いてみてゾッとした。
黒い網目のはずが、灰色のホコリでい覆われていた。
そうか、これを掃除すればきっと涼しい風が出るにちがいない。
掃除機を持って椅子の上にグラグラしながら立って、フィルターを外すと子持ちワカメみたいな状態のフィルター。
リビングの方はクリーニングしてもらったけれど、こちらを頼むのを忘れていた。
クリーニングを見ていたら、まあ、出るは出るは、真っ黒な水。
これを顔に吹き付けていたかと思うとおそろしい。
椅子の上に覚束なく立って掃除機を操作。
時々自分のワンピースを吸い込んだりしながら、やっと掃除をして期待しながら電源を入れた。
うーん、たしかにさっきよりは冷たい風が出ているように思えるけれど、冷房と言うにはあまりにもあたたかすぎる。
もう一度ダイキンのホームページに戻って、修理の申込みをした。
しかし、今回北軽井沢から戻ったのもこちらに用事があるからで、空いた日がない。
8月にならないと来てもらえる日がないから、申し込んでおいた。
その前にレッスンが入っていて、この人達どうするのかな。
水着で来てもらわないといけないかも。
扇風機を回して、昔懐かしい日本の夏を楽しんでいただきましょう。
私はうちわを持って扇いであげないと。
これを読んでレッスンをキャンセルする人いるかな?
夜中の山道
森の中で激しい雨音を聴いていた。
午前3時。
帰宅するなら早く出て高速の出口がこまないうちに通過したい。
コチャがトイレを済まさないと出られないと思っていたら、どうやらもう済んでいたようだから出発。
荷物を積み込むために外へ出たら、真の暗闇。
ランタンで照らす範囲の向こうの木立は、真っ暗闇。
でも森の中の暗闇は怖くない。
都会だったらさぞ怖いと思われるのに。
雨が激しく降るので躊躇したけれど、なに、ゆっくり走れば大丈夫と自分に言い聞かせて暗闇に突入。
森の中から白い着物を来た女性がザンバラ髪で手招きしていないかと、半分期待、半分恐れていたけれど、どうやらザンバラ女史はご就寝中。
何時も通い慣れた道がやけに狭く感じる。
少し霧も出ている様で、時々フッと道路の白線が見えなくなる。
それでも思ったほどのこともなく、高速にたどり着いた。
むりやりケージに閉じ込められてコチャは情けない声で鳴いている。
特にアップダウンの激しいカーブの多い山道は苦手のようだ。
高速でも速度が早くなるとわめき出す。
雨が激しいから、私にしてはゆっくりのつもりだけれど、自分が動かないで外の世界が動くということが彼女には許し難いことのようだ。
2時間ほどしか寝ていないので眠くなるかと思ったら、そんなこともなく無事帰宅した。
早朝の真っ暗な道を走りながら、先日の運転免許更新のときに受けたテストを思い出していた。
それによれば私の評価は夜間視力に問題ありと出たので、最近は夜はなるべく運転しないようにしていた。
けれど、今日の午前3時には視力にはなんの問題もなく良く見える。
毎日森の木をぼんやり見ていたお陰かも知れない。
そのテストを同時に並んで受けていたオッサンが、始まるやいなや「え、なんなのこれ」「どうするの」「光が見えるだけだけど」などとずっと喚いていた。
どうやらテストのやり方を聞いていなかったらしい。
あるいは、聞いていたけれど、理解できなかったのか。
あまりうるさいから思わず自分のテストを中断してしばらくオッサンが喚くのを見ていたら、その間にテストが進行して問題を見逃したことで結果はあまり良くなかった。
他のテストに比べて極端に低い得点だったから、問題ありとされた。
その後夜間にも時々運転するけれど、以前と比べて見えにくいこともあまりなく、今朝も視界は良好だった。
テストはその日のコンディションによるとも思えるので、良い点をとったから安心とも限らないけれど、悪いととても気になる。
今日は土砂降りだったから星が見えなかった。
次は晴れた日の早朝に走ってみよう。
他になにもない山の中なら、きっと満点の星が・・・・
くろぐろと浅間山が聳え、星が宝石を撒き散らしたように見えたら。
想像すると素晴らしいけれど、夜中に山道で独り、車から降りて空を眺めるのはずいぶん勇気がいる。
そのときにはきっと、白い着物のお姉さんが背後に・・・きゃあああああああああああああ
午前3時。
帰宅するなら早く出て高速の出口がこまないうちに通過したい。
コチャがトイレを済まさないと出られないと思っていたら、どうやらもう済んでいたようだから出発。
荷物を積み込むために外へ出たら、真の暗闇。
ランタンで照らす範囲の向こうの木立は、真っ暗闇。
でも森の中の暗闇は怖くない。
都会だったらさぞ怖いと思われるのに。
雨が激しく降るので躊躇したけれど、なに、ゆっくり走れば大丈夫と自分に言い聞かせて暗闇に突入。
森の中から白い着物を来た女性がザンバラ髪で手招きしていないかと、半分期待、半分恐れていたけれど、どうやらザンバラ女史はご就寝中。
何時も通い慣れた道がやけに狭く感じる。
少し霧も出ている様で、時々フッと道路の白線が見えなくなる。
それでも思ったほどのこともなく、高速にたどり着いた。
むりやりケージに閉じ込められてコチャは情けない声で鳴いている。
特にアップダウンの激しいカーブの多い山道は苦手のようだ。
高速でも速度が早くなるとわめき出す。
雨が激しいから、私にしてはゆっくりのつもりだけれど、自分が動かないで外の世界が動くということが彼女には許し難いことのようだ。
2時間ほどしか寝ていないので眠くなるかと思ったら、そんなこともなく無事帰宅した。
早朝の真っ暗な道を走りながら、先日の運転免許更新のときに受けたテストを思い出していた。
それによれば私の評価は夜間視力に問題ありと出たので、最近は夜はなるべく運転しないようにしていた。
けれど、今日の午前3時には視力にはなんの問題もなく良く見える。
毎日森の木をぼんやり見ていたお陰かも知れない。
そのテストを同時に並んで受けていたオッサンが、始まるやいなや「え、なんなのこれ」「どうするの」「光が見えるだけだけど」などとずっと喚いていた。
どうやらテストのやり方を聞いていなかったらしい。
あるいは、聞いていたけれど、理解できなかったのか。
あまりうるさいから思わず自分のテストを中断してしばらくオッサンが喚くのを見ていたら、その間にテストが進行して問題を見逃したことで結果はあまり良くなかった。
他のテストに比べて極端に低い得点だったから、問題ありとされた。
その後夜間にも時々運転するけれど、以前と比べて見えにくいこともあまりなく、今朝も視界は良好だった。
テストはその日のコンディションによるとも思えるので、良い点をとったから安心とも限らないけれど、悪いととても気になる。
今日は土砂降りだったから星が見えなかった。
次は晴れた日の早朝に走ってみよう。
他になにもない山の中なら、きっと満点の星が・・・・
くろぐろと浅間山が聳え、星が宝石を撒き散らしたように見えたら。
想像すると素晴らしいけれど、夜中に山道で独り、車から降りて空を眺めるのはずいぶん勇気がいる。
そのときにはきっと、白い着物のお姉さんが背後に・・・きゃあああああああああああああ
2019年7月27日土曜日
下界へ
毎日20度前後の涼しい北軽井沢は本当に過ごしやすかった。
飼い猫のコチャはまったりとして、自宅にいるよりずっとご機嫌。
表情が明るくなった。
猫のためにも、こちらに移住することを本気で考えようかと思う。
林の中で過ごす時間はゆったりとしている。
人生を振り返って急ぎ足で駆け抜けてきた慌ただしい生活から、そろそろ抜け出してもいいという神様のお許しが出るのを待っている。
しかしながら、私の性格が邪魔しているようだ。
まだヴァイオリンを弾いていたい。
弾くからには生きものに聴いてもらいたい。
生きものも、できれば猫やワニなどではなく人間に。
人間も、できれば赤ちゃんとかでなく、音楽の好きなひとにと、段々要求はエスカレート。
しかも良い会場でたくさんのひとにと、ますます欲の皮が張り始める。
人は何時も一つ上を望む。
望むから向上するのだけれど、実力以上に望むと悲惨な結果を招く。
悲惨な結果は時々体験してきたけれど、そこで落ち込まずにしれっとして前進できる人は生き延びる。
本番は練習時間を反映し、時間は決して裏切らない。
もし失敗したとしたら、それは練習不足なのだ。
最近の練習時間を考えると、どうやら失敗が足音を立てて迫ってきているようだ。
今回は家の片付けで随分時間を浪費した。
ノンちゃんがあんなに突然消えてしまわなければ、きちんと整理されて私に受け継がれたことだと思う。
それに今年はノンちゃんをゲストとしてお呼びするつもりでいた。
この家が建ってから、毎年私は自分の家にいるように過ごさせてもらった。
だから今年からは私がノンちゃんをおもてなしする番のはずだった。
もう少し私が暇になったらひと夏中滞在して、楽しい思いをしてもらう気でいた。
過ぎたことを言っても仕方がないけれど、残念なことだった。
ここへ来て3日目くらいに、緊張しているわけでもないのに、心臓がバクバクしたり軽い頭痛に悩まされた。
私も年だから、此のくらいのことは起こるさと高をくくっていたけれど、ふとチベットに行ったとき高山病にかかったことを思い出した。
そのときにはいきなり4000m級の高さに連れて行かれ、気が付くと手の爪が紫いろになっていた。
鏡を見たら唇が暗い紫いろになっていた。
チアノーゼだ、これは危ない。
北軽井沢は標高1000メートルほど。
もしかしたら、軽い高山病の症状かもしれない。
次の日にはケロリと治っていたから、心配はいらない。
目覚めて窓を開けると、森の木々が空いっぱいに広がって滴るような緑の世界が寝転がったまま見られる。
晴れていればキラキラと、雨が降っていればしっとりと、どんなときにも森は微笑んでくれる。
明日から自宅に戻って色々な用事を済ませて、次にここに来るのは8月半ば。
まだまだ時間が取れないのが多少残念なところなのだ。
飼い猫のコチャはまったりとして、自宅にいるよりずっとご機嫌。
表情が明るくなった。
猫のためにも、こちらに移住することを本気で考えようかと思う。
林の中で過ごす時間はゆったりとしている。
人生を振り返って急ぎ足で駆け抜けてきた慌ただしい生活から、そろそろ抜け出してもいいという神様のお許しが出るのを待っている。
しかしながら、私の性格が邪魔しているようだ。
まだヴァイオリンを弾いていたい。
弾くからには生きものに聴いてもらいたい。
生きものも、できれば猫やワニなどではなく人間に。
人間も、できれば赤ちゃんとかでなく、音楽の好きなひとにと、段々要求はエスカレート。
しかも良い会場でたくさんのひとにと、ますます欲の皮が張り始める。
人は何時も一つ上を望む。
望むから向上するのだけれど、実力以上に望むと悲惨な結果を招く。
悲惨な結果は時々体験してきたけれど、そこで落ち込まずにしれっとして前進できる人は生き延びる。
本番は練習時間を反映し、時間は決して裏切らない。
もし失敗したとしたら、それは練習不足なのだ。
最近の練習時間を考えると、どうやら失敗が足音を立てて迫ってきているようだ。
今回は家の片付けで随分時間を浪費した。
ノンちゃんがあんなに突然消えてしまわなければ、きちんと整理されて私に受け継がれたことだと思う。
それに今年はノンちゃんをゲストとしてお呼びするつもりでいた。
この家が建ってから、毎年私は自分の家にいるように過ごさせてもらった。
だから今年からは私がノンちゃんをおもてなしする番のはずだった。
もう少し私が暇になったらひと夏中滞在して、楽しい思いをしてもらう気でいた。
過ぎたことを言っても仕方がないけれど、残念なことだった。
ここへ来て3日目くらいに、緊張しているわけでもないのに、心臓がバクバクしたり軽い頭痛に悩まされた。
私も年だから、此のくらいのことは起こるさと高をくくっていたけれど、ふとチベットに行ったとき高山病にかかったことを思い出した。
そのときにはいきなり4000m級の高さに連れて行かれ、気が付くと手の爪が紫いろになっていた。
鏡を見たら唇が暗い紫いろになっていた。
チアノーゼだ、これは危ない。
北軽井沢は標高1000メートルほど。
もしかしたら、軽い高山病の症状かもしれない。
次の日にはケロリと治っていたから、心配はいらない。
目覚めて窓を開けると、森の木々が空いっぱいに広がって滴るような緑の世界が寝転がったまま見られる。
晴れていればキラキラと、雨が降っていればしっとりと、どんなときにも森は微笑んでくれる。
明日から自宅に戻って色々な用事を済ませて、次にここに来るのは8月半ば。
まだまだ時間が取れないのが多少残念なところなのだ。
涙が枯れない
まだそこここに残るノンちゃんの遺品の整理。
レターセットが古い箱にきれいに収められていた。
必要なものだけ残して処分しようと思って中身の整理をしていた。
切手などが数枚。
一筆箋と、きれいな封筒。
でも一番多かったのは、猫とヴァイオリンの描かれた封筒や絵葉書。
どっと涙が出た。
ふだんノンちゃんが私に手紙を書くときには、ごくふつうの花の描いてあるものとかを使う。
きっと私に大好きな猫やヴァイオリンの便箋で便りをしてくれるつもりだったのではないかと思うと、その優しさに胸が詰まった。
今日はそんなわけで午前中はしんみり。
午後から、ヴィオラ奏者のH氏の指導する室内楽の合宿の見学に行くことにした。
毎年やっているんですよ、と彼は言うから音楽教室や学校関係かと思っていた。
一緒にYさんも行くことになっていた。
昨日も今日も私にお付き合いご苦労さまと思うけれど、ニューヨーク旅行で有能な個人的ツアコンとして私の面倒を見てくれたので、さっそくどのような人たちが集まるのか調査してくれたらしい。
すると私の知っている名前が浮上した。
そのひとがいるならきっとあの人も来るに違いない。
するとあの学校の関係者?
世の中狭い。
練習が始まる時間には皆さん初合わせだから、ゆっくり来てくださいとH氏からのメール。
場所は昭和天皇ご夫妻のロマンスで有名なテニスコートのすぐ裏にある、某邸。
そして、その場所は、去年亡くなった私の連れ合いが仲良くしていただいていた方の家だった。
その方とは初めてお目にかかった。
亡夫を送る会のときに彼女はポーランドへ行く予定で、「送る会」には出られなかった。
そして私は彼女から素晴らしい手紙を頂いた。
丁重なお悔やみと欠席のお詫びだった。
和紙の巻紙に水茎の跡も麗しく、毛筆で書かれた私が生まれてこの方一度も受け取ったことのない様な手紙。
こんな美しい手紙に私のブサイクな文字で返事を出すことはできない。
それでかんたんにプリントして返事をした。
ずっとどんな方かと思っていたけれど、やはり品のある美しいひとだった。
大きなお宅はがっしりとした造りで、いくつもの部屋に別れて数組のアンサンブルがそれぞれの練習をしていた。
メインの部屋ではシューベルトの「オクテット」
時々かすかに上で練習している「死と乙女」が混じったり。
トランペットの音がするけれど、うるさいほどではない・・といったふうに、よほど頑丈にできているのか、この家では同時に音が出せる。
普通の家なら全部ごちゃごちゃになって不可能なことが、わけなくできる。
ここで夏の合宿をして、秋に大賀ホールでコンサートをするらしい。
H氏以外はアマチュアで、普段ヴィオラを弾くH氏はヴァイオリンを演奏する。
年をとったらヴィオラが重くなったとおっしゃっていたけれど。
皆さん実に楽しそうに弾いているのが、羨ましい。
しばらく聴いてからおいとますることにした。
玄関でH氏の奥様と立ち話をしていたら、急遽ヴァイオリンが足りないのでと招集がかかった。
楽器をお借りして、モーツァルトの弦楽四重奏曲「狩」の練習に加わることになった。
もうこの曲は何年も弾いていないし、楽譜用のメガネもない。
買い物するときに値段を見るだけ用の100円ショップメガネで、しょぼしょぼと音符を拾う。
それでも生来のアンサンブル好きの血が騒ぐ。
ああ、楽しい。
数人の旧知の間柄の方たちがいらして亡夫の思い出を語ったときには思わず目頭が熱くなったけれど、こうして他のひとと楽器を通して会話するときは、心が弾む。
悲喜交々の涙。
泣けるうちは感受性が枯れていない証拠、生きている証。
それにしても、様々な糸でつながっていた人たちとこうして出会えて、人生は素晴らしい。
レターセットが古い箱にきれいに収められていた。
必要なものだけ残して処分しようと思って中身の整理をしていた。
切手などが数枚。
一筆箋と、きれいな封筒。
でも一番多かったのは、猫とヴァイオリンの描かれた封筒や絵葉書。
どっと涙が出た。
ふだんノンちゃんが私に手紙を書くときには、ごくふつうの花の描いてあるものとかを使う。
きっと私に大好きな猫やヴァイオリンの便箋で便りをしてくれるつもりだったのではないかと思うと、その優しさに胸が詰まった。
今日はそんなわけで午前中はしんみり。
午後から、ヴィオラ奏者のH氏の指導する室内楽の合宿の見学に行くことにした。
毎年やっているんですよ、と彼は言うから音楽教室や学校関係かと思っていた。
一緒にYさんも行くことになっていた。
昨日も今日も私にお付き合いご苦労さまと思うけれど、ニューヨーク旅行で有能な個人的ツアコンとして私の面倒を見てくれたので、さっそくどのような人たちが集まるのか調査してくれたらしい。
すると私の知っている名前が浮上した。
そのひとがいるならきっとあの人も来るに違いない。
するとあの学校の関係者?
世の中狭い。
練習が始まる時間には皆さん初合わせだから、ゆっくり来てくださいとH氏からのメール。
場所は昭和天皇ご夫妻のロマンスで有名なテニスコートのすぐ裏にある、某邸。
そして、その場所は、去年亡くなった私の連れ合いが仲良くしていただいていた方の家だった。
その方とは初めてお目にかかった。
亡夫を送る会のときに彼女はポーランドへ行く予定で、「送る会」には出られなかった。
そして私は彼女から素晴らしい手紙を頂いた。
丁重なお悔やみと欠席のお詫びだった。
和紙の巻紙に水茎の跡も麗しく、毛筆で書かれた私が生まれてこの方一度も受け取ったことのない様な手紙。
こんな美しい手紙に私のブサイクな文字で返事を出すことはできない。
それでかんたんにプリントして返事をした。
ずっとどんな方かと思っていたけれど、やはり品のある美しいひとだった。
大きなお宅はがっしりとした造りで、いくつもの部屋に別れて数組のアンサンブルがそれぞれの練習をしていた。
メインの部屋ではシューベルトの「オクテット」
時々かすかに上で練習している「死と乙女」が混じったり。
トランペットの音がするけれど、うるさいほどではない・・といったふうに、よほど頑丈にできているのか、この家では同時に音が出せる。
普通の家なら全部ごちゃごちゃになって不可能なことが、わけなくできる。
ここで夏の合宿をして、秋に大賀ホールでコンサートをするらしい。
H氏以外はアマチュアで、普段ヴィオラを弾くH氏はヴァイオリンを演奏する。
年をとったらヴィオラが重くなったとおっしゃっていたけれど。
皆さん実に楽しそうに弾いているのが、羨ましい。
しばらく聴いてからおいとますることにした。
玄関でH氏の奥様と立ち話をしていたら、急遽ヴァイオリンが足りないのでと招集がかかった。
楽器をお借りして、モーツァルトの弦楽四重奏曲「狩」の練習に加わることになった。
もうこの曲は何年も弾いていないし、楽譜用のメガネもない。
買い物するときに値段を見るだけ用の100円ショップメガネで、しょぼしょぼと音符を拾う。
それでも生来のアンサンブル好きの血が騒ぐ。
ああ、楽しい。
数人の旧知の間柄の方たちがいらして亡夫の思い出を語ったときには思わず目頭が熱くなったけれど、こうして他のひとと楽器を通して会話するときは、心が弾む。
悲喜交々の涙。
泣けるうちは感受性が枯れていない証拠、生きている証。
それにしても、様々な糸でつながっていた人たちとこうして出会えて、人生は素晴らしい。
2019年7月26日金曜日
カーテン
今日はもう一度カーテン売り場へ行った。
Yさんに厳しく言いつけられたとおり、カーテンの寸法を測った。
昨日100円ショップで買ったメジャーにストッパーが付いていなかったので、測りにくいことこの上ない。
何回も手を滑らせメジャーがスルリと戻ってしまう。
寝室に大きな作り付けのクローゼットがあって、ノンちゃん手作りのカーテンが下がっている。
古びているからあまりきれいに見えないけれど、良く見るとピンクベージュに白い大きな輪っか模様、下の部分は淡いブルーで、できたときはさぞきれいだったのでは、と思った。
ノンちゃんは手仕事でこんな大きな物まで作ってしまう。
その仕事の丁寧なことには驚く。
暖炉の前に敷いてあったラグも細く布を裂いて編み込んでいったもの。
渾身の作品なのだ。
暖炉に火を焚くのであまりにも汚れていて、それを家に持ち帰って洗濯すること5回。
まず、バスタブで下洗い。
はじめは水のみで。
もう一度水洗い。
その後2回洗剤で簡単に押し洗い。
やっと洗濯機で最後の仕上げ。
10年の汚れは簡単には落ちなかった。
今元の暖炉の前でスッキリとして収まっている。
今朝Yさんと待ち合わせて朝食を一緒に摂ることにした。
場所はエロイーズカフェ。
私達のお気に入りのフレンチトーストなどが非常に美味しい。
到着したのは8時30分なのにすでに行列ができていた。
1時間待ちだそうだ。
ここのホールに、今回の北軽井沢ミュージックフェスティヴァルのチラシを置かせてもらうえるように了解済み。
ここでコンサートができないか尋ねると、軽井沢の役場の意向でできないらしい。
なんとも不思議な話。
せっかくピアノが置いてあって客席もできていて、こんな素敵な場所でコンサートをしてみようかと盛り上がっていたのに。
どんなひとがどんな理由で音楽環境をつぶすのか、お訊きした
おいしく朝食をいただいて、佐久平へ。
その前に軽井沢のアウトレットを覗いたら、たち吉の素敵な食器が信じられないほどのやすさで買えた。
ロイヤルコペンハーゲンだって手の届く範囲まで値下げされている。
返す返すも昨日、慌てて買い込むのではなかったと後悔する。
そしてカーテンを注文するために佐久へ。
昨日見つけたのはたくさんの動物が描かれたポップな色の物だったけれど、見ているうちに飽きが来るかもしれないと思い始めて、結局ボタニカルな模様のふつうのものに変更。
やっと落ち着いた。
家に帰ってノンちゃんの作品を見ると、やはり素敵なんだなあ。
カーテンが決まっての帰り道、そば粉のガレットのお店に立ち寄った。
たぶん用水路のような幅の広い川岸に立つ家は、ここのご主人の手作りだそうだ。
一面の緑と川を渡るそよ風と、美味しいガレット。
ヨーロッパの田舎にいるような気持ちになる。
ちょっと日本をはなれた感じのひとときだったけれど、朝からもう食べ過ぎで夜になってもお腹がすかない。
少し自粛しないと。
Yさんに厳しく言いつけられたとおり、カーテンの寸法を測った。
昨日100円ショップで買ったメジャーにストッパーが付いていなかったので、測りにくいことこの上ない。
何回も手を滑らせメジャーがスルリと戻ってしまう。
寝室に大きな作り付けのクローゼットがあって、ノンちゃん手作りのカーテンが下がっている。
古びているからあまりきれいに見えないけれど、良く見るとピンクベージュに白い大きな輪っか模様、下の部分は淡いブルーで、できたときはさぞきれいだったのでは、と思った。
ノンちゃんは手仕事でこんな大きな物まで作ってしまう。
その仕事の丁寧なことには驚く。
暖炉の前に敷いてあったラグも細く布を裂いて編み込んでいったもの。
渾身の作品なのだ。
暖炉に火を焚くのであまりにも汚れていて、それを家に持ち帰って洗濯すること5回。
まず、バスタブで下洗い。
はじめは水のみで。
もう一度水洗い。
その後2回洗剤で簡単に押し洗い。
やっと洗濯機で最後の仕上げ。
10年の汚れは簡単には落ちなかった。
今元の暖炉の前でスッキリとして収まっている。
今朝Yさんと待ち合わせて朝食を一緒に摂ることにした。
場所はエロイーズカフェ。
私達のお気に入りのフレンチトーストなどが非常に美味しい。
到着したのは8時30分なのにすでに行列ができていた。
1時間待ちだそうだ。
ここのホールに、今回の北軽井沢ミュージックフェスティヴァルのチラシを置かせてもらうえるように了解済み。
ここでコンサートができないか尋ねると、軽井沢の役場の意向でできないらしい。
なんとも不思議な話。
せっかくピアノが置いてあって客席もできていて、こんな素敵な場所でコンサートをしてみようかと盛り上がっていたのに。
どんなひとがどんな理由で音楽環境をつぶすのか、お訊きした
おいしく朝食をいただいて、佐久平へ。
その前に軽井沢のアウトレットを覗いたら、たち吉の素敵な食器が信じられないほどのやすさで買えた。
ロイヤルコペンハーゲンだって手の届く範囲まで値下げされている。
返す返すも昨日、慌てて買い込むのではなかったと後悔する。
そしてカーテンを注文するために佐久へ。
昨日見つけたのはたくさんの動物が描かれたポップな色の物だったけれど、見ているうちに飽きが来るかもしれないと思い始めて、結局ボタニカルな模様のふつうのものに変更。
やっと落ち着いた。
家に帰ってノンちゃんの作品を見ると、やはり素敵なんだなあ。
カーテンが決まっての帰り道、そば粉のガレットのお店に立ち寄った。
たぶん用水路のような幅の広い川岸に立つ家は、ここのご主人の手作りだそうだ。
一面の緑と川を渡るそよ風と、美味しいガレット。
ヨーロッパの田舎にいるような気持ちになる。
ちょっと日本をはなれた感じのひとときだったけれど、朝からもう食べ過ぎで夜になってもお腹がすかない。
少し自粛しないと。
2019年7月24日水曜日
ひとりぼっち
庭続きのお隣さんは歯医者の予約があって自宅に戻り、私が北軽井沢に来たときにはいなかった。
窓には鎧戸が降りていて車もない。
ご近所の永住している家も人気がない。
今年は都内もあまり暑くなかったから、まだこちらに来ない家族が多いようだ。
家の前に停まっている車も殆ど見当たらない。
梅雨が長引いているのに、わざわざこんな湿気の多いところに来ることもないと思うのかもしれない。
それでいつもよりずっと人影がない。
私は1昨日朝到着。
車をバックで入れていると、あれ?猫だ。
こんなところで飼い主にはぐれたのか、捨てられたのか。
そうすると私が飼うしかないか。
ヘッドライトの先に見えたのは親子と思える茶色い小動物。
あれ、猫ではないかも。
たぬき?ハクビシン?
この森では飼い猫は生き延びられない。
その後猫もどきは明け方のモヤの中に消えていった。
今年の住人の到着は例年よりも遅いようだ。
丸一日、友人以外のひとに遭遇していない。
夜になると全て闇の中。
家の玄関の常備灯の届く範囲の向こうは、真の闇。
潔いと思えるほどの真っ暗。
聞こえるのは雨の音、家電のブーンという唸り声。
森の木に守られて、母の胎内にいるような安堵感。
はじめは怖かった。
まだノンちゃんが元気だった頃、彼女は下の寝室で、私は屋根裏で寝ていた。
彼女が下にいるのがわかっていても、小動物がシャッターに当たってバーンと大きな音がすると、びっくりして飛び起きた。
しばらくドキドキして眠れなくなったけれど、今は一人でいてもさほど気にならない。
自宅にいるときのほうが、むしろ孤独感が大きい。
数少ない面白いと思えるTV番組が「ぽつんと一軒家」
とんでもない山奥にたった一人住む高齢女性などが幸せそうにしているのを見てふしぎに思っていた。
どうしてあんな孤独に耐えられるのかと。
でも今はよくわかる。
風の音、鳥の声、せせらぎの音、これ以上のご馳走はない。
決して自分と向き合うなどというような思索的な性格ではないけれど、時々こうやって1人でいるのも良い。
今日は食器類や寝具の買い出しに佐久平まで行った。
ある一角に大型のホームセンターや家具店が集中していて、ここに来ればなんでも揃いそうなので、まずはじめにホームセンターに入ってフライパンなどを買う。
次は家具屋で枕など。
つぎに入った店は食器などもおしゃれで、昨日買ってしまった物よりずっと良い。
ここでポップなケトルとスープ皿、グラタン皿、コーヒーメーカーなどを買う。
梱包に手間取りますので店の中をご覧になってお待ち下さいと、売り子さん。
これは陰謀だった。
見ていると次々に可愛いものが目につく。
結局コーヒーメーカーやトースターと同色系のワンピースを買ってしまった。
此の色、グレイッシュグリーンは今年の流行色のようなのだ。
先日ボルボのこの色の車を見かけたけれど、とても素敵だった。
でも此の色、ずーっと前から私の色だった。
去年、ついに家のドアをこの色に替えてしまったくらい。
同行してくれた友人のKさんはしっかり者。
彼女のお陰で散財は最小限に食い止められた。
夜、軽井沢在住のYさんと明日の遊びの予定を話し合っていたら、今日買いそこねたカーテンの話になった。
可愛い柄が見つかったのに寸法を測っていかなかったので買いそこねたと。
すると彼女は明日もう一度そこに行って買いましょうと言う。
カーテンの寸法お忘れなくと何回も念を押されて電話が切れた。
今日もう一つ買えなかったのはベッドカバー。
そのこともYさんのお陰で解決した。
彼女の家でカーテンの模様替えをしたときに古い方をクリーニングしたら、元が上等なのでそれは素敵なベッドカバーになったという。
それがまだ余っているのでお使いくださいと。
渡りに船とはこのこと。
言ってみるものだわね。
それで大体北軽井沢の住居が家らしくなる。
持つべきものはともだち。
帰宅したら、今朝は誰もいなかった森の中は、車が軒並み停まっていて子供の声や犬を連れて散歩する人たちが見られた。
やっとこの森も、楽しそうな家族で賑わう夏休みになったのだ。
いいなあ、家族連れで。
やっと孤独に馴れたのに子どもたちの笑い声を聞くと、ちょっぴりと寂しさがもどってきてしまった。
窓には鎧戸が降りていて車もない。
ご近所の永住している家も人気がない。
今年は都内もあまり暑くなかったから、まだこちらに来ない家族が多いようだ。
家の前に停まっている車も殆ど見当たらない。
梅雨が長引いているのに、わざわざこんな湿気の多いところに来ることもないと思うのかもしれない。
それでいつもよりずっと人影がない。
私は1昨日朝到着。
車をバックで入れていると、あれ?猫だ。
こんなところで飼い主にはぐれたのか、捨てられたのか。
そうすると私が飼うしかないか。
ヘッドライトの先に見えたのは親子と思える茶色い小動物。
あれ、猫ではないかも。
たぬき?ハクビシン?
この森では飼い猫は生き延びられない。
その後猫もどきは明け方のモヤの中に消えていった。
今年の住人の到着は例年よりも遅いようだ。
丸一日、友人以外のひとに遭遇していない。
夜になると全て闇の中。
家の玄関の常備灯の届く範囲の向こうは、真の闇。
潔いと思えるほどの真っ暗。
聞こえるのは雨の音、家電のブーンという唸り声。
森の木に守られて、母の胎内にいるような安堵感。
はじめは怖かった。
まだノンちゃんが元気だった頃、彼女は下の寝室で、私は屋根裏で寝ていた。
彼女が下にいるのがわかっていても、小動物がシャッターに当たってバーンと大きな音がすると、びっくりして飛び起きた。
しばらくドキドキして眠れなくなったけれど、今は一人でいてもさほど気にならない。
自宅にいるときのほうが、むしろ孤独感が大きい。
数少ない面白いと思えるTV番組が「ぽつんと一軒家」
とんでもない山奥にたった一人住む高齢女性などが幸せそうにしているのを見てふしぎに思っていた。
どうしてあんな孤独に耐えられるのかと。
でも今はよくわかる。
風の音、鳥の声、せせらぎの音、これ以上のご馳走はない。
決して自分と向き合うなどというような思索的な性格ではないけれど、時々こうやって1人でいるのも良い。
今日は食器類や寝具の買い出しに佐久平まで行った。
ある一角に大型のホームセンターや家具店が集中していて、ここに来ればなんでも揃いそうなので、まずはじめにホームセンターに入ってフライパンなどを買う。
次は家具屋で枕など。
つぎに入った店は食器などもおしゃれで、昨日買ってしまった物よりずっと良い。
ここでポップなケトルとスープ皿、グラタン皿、コーヒーメーカーなどを買う。
梱包に手間取りますので店の中をご覧になってお待ち下さいと、売り子さん。
これは陰謀だった。
見ていると次々に可愛いものが目につく。
結局コーヒーメーカーやトースターと同色系のワンピースを買ってしまった。
此の色、グレイッシュグリーンは今年の流行色のようなのだ。
先日ボルボのこの色の車を見かけたけれど、とても素敵だった。
でも此の色、ずーっと前から私の色だった。
去年、ついに家のドアをこの色に替えてしまったくらい。
同行してくれた友人のKさんはしっかり者。
彼女のお陰で散財は最小限に食い止められた。
夜、軽井沢在住のYさんと明日の遊びの予定を話し合っていたら、今日買いそこねたカーテンの話になった。
可愛い柄が見つかったのに寸法を測っていかなかったので買いそこねたと。
すると彼女は明日もう一度そこに行って買いましょうと言う。
カーテンの寸法お忘れなくと何回も念を押されて電話が切れた。
今日もう一つ買えなかったのはベッドカバー。
そのこともYさんのお陰で解決した。
彼女の家でカーテンの模様替えをしたときに古い方をクリーニングしたら、元が上等なのでそれは素敵なベッドカバーになったという。
それがまだ余っているのでお使いくださいと。
渡りに船とはこのこと。
言ってみるものだわね。
それで大体北軽井沢の住居が家らしくなる。
持つべきものはともだち。
帰宅したら、今朝は誰もいなかった森の中は、車が軒並み停まっていて子供の声や犬を連れて散歩する人たちが見られた。
やっとこの森も、楽しそうな家族で賑わう夏休みになったのだ。
いいなあ、家族連れで。
やっと孤独に馴れたのに子どもたちの笑い声を聞くと、ちょっぴりと寂しさがもどってきてしまった。
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