2022年1月30日日曜日

ワクチン接種3回目

2月4日、3回目のコロナワクチン接種予定。8日に姉の予約も取れた。

8日の姉の接種会場は歩くと30分以上はかかるようなところにある病院だから車で送ってあげるというと「あのくらい歩けるわよ」だそうで、頑固に送迎を拒否する。それでいて「私はなんでも少し早めに行くから1時間前には着いてほしい」と宣う。いやいや、そんなに早く着いては病院にも迷惑、第一待合室には当然病人もコロナ予備軍もいないとは言えない。早く行くより予約時間の10分ほど前に行って手続きと問診票を書いて待つのが効率的だし安全でもある。しかし頑として1時間まえと言い張る。やはり送ってもらう気なのだ。 もし待合室がいっぱいで外で待つようなことになったら、この寒さ、風邪を引く。近くにカフェでもあればいいけれど、そんなところではない。

運転手としては姉の接種が終わるまで待合室にいるのはいささか剣呑。ただでさえ姉のように暇と時間を持て余し張り切ってワクチン接種に現れる人が多いのだから当然混み合う。家族で受けに来たりするとおしゃべりをする。家族でなくても話しかける人がいる。

普段の私は社交的だから誰かが話しかけてくればちゃんと対応するけれど、病院の待合室だけは断固として拒否する。こちらの顔をチラチラ見ながらベンチの間合いを詰めてこられると恐怖を感じる。一人でブツブツ言いながら会話のきっかけを作ろうとする人もいる。うっかり目があうと大変だから聞こえないふり。

それでもコロナ感染が始まってからは流石にあまりおしゃべりする人はいない。ある時エレベーターで大声で喋られてまいったことがあったけれど、あの人も今頃はおしゃべりに気をつけているのだろうか。周りから白い目で見られても気が付かない人は案外感染しないかもしれない。そのくらいおおらかというか無神経のほうが病気に取り憑かれなさそう。

私も幸いにして今まで無事にいられるけれど、最近妙に鼻水が、しかも透明な鼻水が出ることがあって思い出した。コロナ騒ぎで忘れていたけれど、花粉症はどこへ行ってしまったの?常時マスクをしていることもあって気が付かなかった。ゴミ捨てに表に出て家に戻るとツツーッと鼻水が。これはハウスダストなのか花粉なのか、一種のアレルギー。先日は鼻水垂らして掃除機をかけたらピタっと鼻水が止まった。もしやこれは猫アレルギー?

野良たちは寒さきびしいこの時期は温かいところへ入りたい。隙あらばとベランダの窓が開くのを待っている。おはようと挨拶しながら入ってきて温かい床にゴロゴロ、しばらく暖を取ってでていく。その間家の猫はなにか不穏な空気を察知するらしい。100歳近い老猫なのに勘は鋭い。隣の部屋の押し入れに入っていても外猫の気配を鋭く感知する。家猫の毛と野良2匹の毛が抜けて、私はややアレルギー気味。

猫アレルギーではないかと気がついてからは猫が出入りしたあとは必ず掃除機をかける。これで鼻水騒動は解決。それにしてもいまや季節の風物詩の花粉の話題はコロナにお株を奪われて一切聞かなくなった。花粉にはまだ早いのかもしれないけれど。猫のアレルギーだったら私にも猫にも大問題、本当にひどい人は目が腫れ上がったりするそうだから。

コロナに比べれば花粉症はまだ平和だった。本人は辛くても他人にうつすとかうつされるとかは心配しないでよい。あと数日内でコロナに感染しなければ3回目のワクチン接種が受けられる。少しホッとしている。ところが海外ではワクチン接種をするかしないかは個人の自由だという人がいる。それはそうなのだ。私の知人は注射によるショック状態になる体質で、これはやはり病気の一種だそうでワクチンが受けられないという。

そういう人はともかく、頑固に接種しないで自由を叫ばれるとなんともなあという気がする。暴動まで起こっている。自分だけでなく家族や社会的にも受けたほうがいいのはわかるから、四の五の言わずに受ければいいのにと私は思うけど。







2022年1月26日水曜日

会津磐梯山〜福島への想い〜


チェリスト:毛利巨塵さんの自作自演、お聴きください。
映像を担当したのは息子さんだそうです。


板を持って行ったのに

白馬八方へスキーに行ったつもりだったのに、結局板は一回も雪の上を滑らず、レストランのおいしい食事と山頂から白馬三山、鹿島槍などの真っ白な峰々を仰ぎ見て帰ってきた。毎回こんな風ではスキーはそろそろ卒業かと思うけれど、それでも年に数回山の霊気にあたって心の邪気を振り払う。それでもなお振り払えないほど心の襞に隠された 沢山の卑しい思いがあるからには、なかなか悟りはひらけない。

スキーを忘れないように毎年休まずに山に行くことにしているけれど、肝心の足が覚束ない。特に一昨年から去年はひどいことになっていたので、毎日ささやかに筋トレをすること、体重を減らすこと、ウオーキングを必ずすることを心がけていたら、今年は随分と調子がいい。けれどひどかったときに味わった思うように滑れない感覚が蘇ってきて怖さが残ってしまった。

もし滑っている途中で足が急に萎えたらどうしよう。転んだらきっと一人では起き上がれないに違いない。なまじ想像力があるので、一番悪いことを想定してしまう。過去2年間、歩いているときに転ぶことが多かったので、その時の感覚が思い出されてしまうのだ。けれど、今年になってからはメキメキと調子を取り戻していた。しかし好事魔多し、最近またころんだ。

どうやら膝のお皿が傷ついているようで、右膝をつくことができない。ときにどこかにちょっとぶつけたときに結構痛い。それでも歩行は格段に改善されているから、今年思い切って滑ってみればきっとまだ滑れるに違いない。最初の一歩を踏み出す勇気が必要なんだけど、その一歩で一番怖いのは腕を怪我すること。残り少ない音楽の時間が怪我で打ち切りなんてなったら、泣くに泣けない。と、悪い方悪い方へと考えが向かう。ほんの2年前まではヨーロッパまで出かける勇気があったのに。でももう一度行きたいので訓練し直しかな。去年の暮に北軽井沢の自宅付近にあるスノーパークでゆるーいスロープを滑っただけでそれ以上はまだ滑っていないから、もう一度出かけることにしているけれど。

今回は友人のSさんが一人で八方のホテルに泊ることになっていた。そこに割り込ませてもらった。ホテルは素敵だし食事も美味しい。私達がゴンドラで山頂に行くと聞いたスタッフが、スキーの板のカバーを外して玄関の外においてくれたのに、板は置いてけぼり。スキーのブーツも履かず山頂へ。

いつもの通り私は晴れ女。天気予報の曇を裏切って快晴無風。気温はさすがに零下13度とかだけど、ほとんど寒くはない。山頂から360度見渡せる景色。初めのうちは雲もなく、光り輝く真っ白な峰々が神々しくそびえているのを仰ぎ見た。しばらくすると次第に薄い雲がなびき始めて少し風が出たけれど、それでもこんな季節には珍しいくらい暖かく感じられた。それだけで十分。胸の中に明るい灯が灯ったようで幸せな満ち足りた気分。

ここまで書いたのはコロナ感染がもうすぐ終わりそうな雰囲気だった1月の初め。

そのときには世の中は人々がすっかり安心して明るい表情で歩いていた。けれど2度目のスキーに八幡平に行くつもりでホテルにスキーの道具一式を送っていざ出ようかというときに、爆発的にオミクロン感染拡大。もう出られなくなってしまった。八方では滑らなかったので今度こそスキー感覚を取り戻そうと決心していた矢先だった。ホテルにキャンセルを申し出てとにかく謝ってキャンセル料も払いますと言ったけれど、ホテル側はそれを取らなかった。あちらも諦めの境地だったのかもしれない。気の毒なことをした。

2月半ばにさいたま芸術劇場でモーツァルトのピアノ四重奏曲を弾く予定だった。いつも忙しさにかこつけて練習がいい加減だから、今回はきっちりとパート練習をしておこうと張り切っていたところだった。それで私がここで出掛けてコロナ感染したら、他のメンバーに申し訳ない。このコンサートは一昨年、去年ともう2回もコロナのために中止になってる。今回が3度めの正直だったけれど、流れてしまった。半端なく落ち込んだ。こんなことならスキーに行けばよかった。でもこういうめぐり合わせのときは、そうしてはいけないという運なのだと諦めた。

で、うちからは食料の買い物ほかはめったに出ないのに、昨日朝、目覚めると気分が悪い。わぁー、こんなに背筋がゾクゾクするのはコロナだあ!すぐに体温を計ると35.5℃、きゃあ低体温だ。とりあえずコロナではないらしい。朝食を食べると急に元気になって1時間でコロナは治った。

最近健康診断でコレステロール値が高いことが判明、しかも悪玉コレステロールが異常に高い。他の数値は全部基準値内なのに。それで調べてみると、キャベツやブロッコリーなどを食べるといいことがわかった。この半月ほどブロッコリーはもううんざりというほど食べている。それでコレステロール値が上がりそうな肉やバターなどの食品を控えていた。その結果食欲が落ちほんの少し痩せたので、寒さに弱くなったみたい。すぐにうなぎを買いに走った。やれやれこれではねえ。

体重が減れば足は調子良い。けれどやる気とか元気とかがなくなる。コレステロールは少し高めのほうが元気でいられる。かかりつけ医に食事で治すと捨て台詞を吐いて薬を断った手前、結果を出さないといけない。医師は無口な人で「食べ物より運動をしてください」とひとこと言っただけ。

2月はじめに3回目のコロナワクチン接種が受けられることになった。そうしたら北軽井沢に行って近所のパルコールつま恋に滑りに行こうかと思っている。往復は車、宿泊は自宅だしゲレンデは屋外だからコロナの心配がない。どうせ午前中とか午後しか滑らないからランチは自宅でとれる。心配は雪道だけ。果たして運転は大丈夫だろうか。人生初の雪道運転、怖いなあ。でも人生のフィナーレを意気地なしで終わりたくはない。




2022年1月4日火曜日

あけましておめでとうございます

最近はあまり大した話題もなくて このブログも停滞気味でしたが、年賀状でnekotama読んでいますと言ってくださる方がちらほら。やはりもう少しきちんと書かないといけないかなと思案中です。と言っても肝心の本人がガス切れ状態、なにかおもしろいことがあったから、よし、これを書こうと思っていても数分経つともう何だったか思い出せない。だから書くことといえば野良猫のことばかり。

うちの猫はぬくぬくと温かい室内で鳴けば餌をもらえるのに、野良たちは寒風のなかじっとベランダの窓が開くのを待っている。寒い夜、部屋に入りたくてもじもじしている猫たちを心を鬼にして外へ出す。うちの猫は御年人間にすれば百歳超え、だからなんでもお見通し。外の猫が我が家の窓の外にいるのも承知で、室内から威嚇する。それが続いて私は一晩中眠れないことも。一時期それで私の生活は昼夜逆転して体調を崩したこともあった。

この日は快晴率が高いのだろうか、元日は静かで温かい平和な一日。野良たちは我が家のベランダで日が当たる間はずっと過ごしている。夕方その日最後の餌をもらうとどこかへ消えていく。夜食をもらいに行くのかもしれない。そして早朝、朝ごはんを請求しに再び我が家へ現れる。パターンになっているようだ。時間がわかるのかもしれない。

大晦日、強い寒波が襲ってくるというので心配しながら野良たちの様子を覗っていた。ベランダの2個のダンボールには100円ショップで買った小さな座布団と猫用毛布、寒そうに丸まっているから上からバスタオルをかけてあげた。彼らは毛皮を着ているから大丈夫だとは思うけれど、半端ない寒さが情け容赦なく襲って来るので本当に可哀相。その上最近近所に現れ始めた茶トラの雄猫、うちの食事が気に入ったらしく、ちょくちょく現れる。白黒ねこのボーイフレンドと時々餌を巡っての大乱闘。野良の世界は厳しい。

2日、3日は箱根駅伝。私はいつも不思議に思っている。なんで他人がひたすら走っているだけのことを見ていて何が面白いのかということ。毎年のことなのに、なんの変わりばえもないかというと、これが大ありなので、そこが面白い。特に箱根の往路の山登りでは数々の伝説が生まれた。ここを制覇した人たちを山の神という。

今年の山の神は青山学院の若林選手。原監督の山の神にならないかという声かけに応じて青学に入ったという。監督は山の神と言わず若の神と呼んでいると言う言葉に「恥ずかしい」と照れる。大学のスポーツ部は厳しいのが普通。青学のこういう明るさが勝利を導いたのではないか。

好きで皆走っている。それなのになんでスポーツというと悲壮感が漂うのかといえば、根性でがむしゃらな練習ということが日本ではあたりまえ。青学の原監督は選手をのびのび育てているようだ。選手たちがニコニコしているのが印象に残る。意識に硬さが残らなければ体中の関節が緩んで、力まなくていい。結果疲れが少ないのではと思う。ここぞというときに本領が発揮できる。

好きなことは努力ができる。どんなに辛くとも辛いと思わない。だって好きなんだから。これをやれば進歩があると思えば当然やるべきだと自分でも納得しながらできる。怒鳴ったり叩いたりして家畜のようになってやらされるスポーツは、それはいじめであると考える。でも日本ではまだ怒鳴られないと気がすまない人たちがたくさんいそうな気がする。悲壮感漂うのが当たり前だと。それこそが人格形成に必要だと。

おもしろいなあ、そういう考え方。私は楽器を始めるのが遅かったから本当ならすごく苦労したと思うけれど、少しも苦労と思わなかった。好きで好きで楽しくてたまらなかったから。艱難辛苦汝を玉にすというけれど、それでだめになってしまう人を何人も見てきた。神経をすり減らし自らの命を絶ったひともいる。それは極端な例だけれど、せっかくこの世に生まれてきてその大事な命を無駄遣いすることはない。本当に少しずつでいいから前に進めば、一生涯かけて完成させれば、いや、完成しなくても途中まででもなにかをやったという証があれば素敵な人生だといえる。

人によってそれはノーベル賞がもらえるほどの成果かもしれない。人によっては子供を立派に育てたことかもしれない。立派に育たなくても、子供と過ごす人生は何よりも幸せかもしれない。例えば自分がずっと愛する人を見つけられることもその一つ。先日友人と話していて、その人は今、孫と生活するのがこの上なく幸せだといった。私は残念なことに子供を持てなかったので、野良猫と遊ぶ。ひだまりで野良と日向ぼっこ。大好きな友人もいる。それだけで十分、なにを幸せと思うか、それはその人しだい。

と、いうわけで今年も負け犬の遠吠えならぬ、負け猫の負け惜しみのブログ、読んでくださる物好きな(おっと失礼!)皆様よろしくおねがいします。

コロナに痛めつけられたおかげで、ささやかな幸せが今すごく大きく感じられる。人と会うだけで嬉しい。電話で話すだけで楽しい。この2年間、政治家の悪口ばかりいってごまめの歯軋りだったけれど、今年はごまめの鼻歌でいきましょう。たくさん我慢したことが戻ってくるだけでもこんなにうれしいのだから。

古典音楽協会定期演奏会も戻ってきました。春は3月17日、東京文化会館小ホールです。

お目にかかれれば私達は本当に嬉しいです。










2021年12月31日金曜日

来年は良い年でありますように

 私にとって今年1年は再生の時期だった。すっかり弱ってしまった足腰の筋肉を呼び戻すことが日常の課題。だいぶ足元がしっかりしてきた。ここ3年ほどは人生の過渡期、心が折れたり諦めや悲しみや様々に心が揺れ動いた。片足立ちができない、常に足がしびれている等々体も絶不調だったのが、先日整体に行ったら「体良くなったね」と先生に言われた。

体調が戻ってきて気持ちも楽になってきた。毎日のささやかな筋トレが功を奏して足元がしっかりしてきたので、ヴァイオリンを弾くのも楽になった。楽器を弾くためにはいかにインナーマスルが必要かを実感した。周囲の人達がいなくなって心寂しく日々鬱々、そこにコロナが絡んでキリキリと胃が痛む。これはいかん。検診の結果コレステロール値が最悪とわかった。毎日ブロッコリーとキャベツを青虫になったような気分で食べている。胃の痛みは食べすぎが原因。食い意地がはっているから目の前に美味しそうなものがあると食べ過ぎる。

体重を少し落とすと体が軽くなって動けるようになる。膝への負担も少なくなり痛みも消える。いい事ずくめなのだ。私は猫だから元々肉食系、でも食事の割合に魚を多くして野菜中心にしたら、すごく元気になった。絶好調とまではいかないけれど、回復の兆しが見えてきた。お蕎麦と鴨肉、御餅などささやかなお正月の食品をスーパーで購入した。大晦日には友人と過ごそうと話していたのもオミクロンで気がすすまないからやめて、一人静かに家で過ごそうかと思う。

野良猫二匹、最近はむくむくと太って我が家のベランダのダンボール箱でぬくぬくと日向ぼっこ。毛の艶もよく、特に雄猫の方はよほど気を許しているとみえて、寝ているところを起こすと寝ぼけて半分うつらうつら、野良猫にあるまじき振る舞い。普通野良なら、体に人の手が触れたらハッとして一目散に逃げていくはずなのに。それで生き延びてきたであろうに何という無様なデブ猫に成り下がったものか!でも半分寝ぼけた顔の可愛いこと!秋頃には彼らは駐車場で餌を食べていた。通りすがりの人達に大人気だった。けれどあまりにも寒いのでベランダの陽だまりで餌を与えるようになった。

昨日駐車場に立っていたら、きれいな女性から声をかけられた。「あのー、ここにいつも白黒の猫がいましたよね。あの子たち最近見かけないけど元気でいるのでしょうか」「元気ですよ。すっかり太って2階のベランダで毎日寝ていますよ」と答えるとホッとしたようだったけれど「あの子は私が不妊手術を受けさせたんですよ」となぜかちょっと棘のある言い方。なるほど、野良猫にも先有権があるのかもしれない。我が家に居ついて最近その人のところへ行っていないとか?

野良たちは生き延びるために数軒の家を掛け持ちで回っているようだ。時々もう満腹でこれ以上お腹に入れられないというほどの様子で日向ぼっこにくる。食べ物を与えるとゲップをしながら無理やり食べることもある。食べられるときに食べないと次に必ず餌がもらえるとは限らないから。そのせいで、二匹ともまるまる太りツヤツヤの毛並み、もはや外見では野良とはわからない。彼らの耳を見ると不妊手術のあとに耳の先がカットされているので野良とわかる。かの女性も最初に保護したのは自分だと言いたかったのかもしれない。申し訳ない、人間が野良を選ぶのではなく、野良が餌を選ぶのでこういうことになったので。

白黒のメス猫は時々家に入ってくる。それでも我が家に先住民がいるのを知っていて、賢い彼女は決して長居をしない。少しあたたまるとさっさと帰っていく。「おぶ漬けでもいかがどすか?」なんて言わなくても出ていく。

今一人でやっている筋トレは、腹筋を緊張させながら左右にお腹回し10回、スクワット50回、つま先立ちでお尻の筋肉を緊張させるのを10回、それらをワンセットとして一日2~3回ほど。いつもやりすぎで筋肉を痛めるのでこれ以上は絶対にやらない。それとウオーキングを30分から1時間。その日の体調によってはどれかを省略というペースでもかなり効果はあるようだ。筋肉がいかに体と心の健康に必要かということを実感したここ数年。高齢者はまずそこから攻めていくといいかも。私のようにやりすぎる傾向がある人は注意しないと逆効果になるけれど。

来年か再来年、私はさっそうとヨーロッパでの山岳スキーを夢見ている。夢で終わってもいい、でも終わらないことを願っている。オミクロンよ、賢い野良のようにさっさと出ていってください。

この駄文を読んでくださっている皆様ありがとうございます。

来年もどうぞよろしくおねがいします。😸😻









2021年12月14日火曜日

初滑り

今シーズン初めてのスキー、とはいえ、北軽井沢の小さな人工雪のスノーパークで。

去年初めてこのスノーパークのことを知った。ノンちゃんの家から車で約15分。幸いお天気が良く 少し前に積もった雪が道の傍らにわずかに残っているけれど、路面は全く乾いている。年末に家を閉める前にちょっと滑ってみたい。

連れは友人の娘さんと彼女のスキーのお仲間で指導員資格を持つ男性。私が先にノンちゃんの家に入って夕方到着した彼らを近所の温泉に連れて行った。そこは風情のある古風な温泉宿で、仄暗い玄関の灯りが木造の格子戸から漏れて郷愁を感じさせる。私は北軽井沢にいるときには、毎日ここの温泉に行ってお風呂に入れてもらう。中はすべてピカピカに磨き上げられていて、お風呂もいつもきれいになっている。ノンちゃんの家がなければこの旅館に長逗留してもいいくらい。

温まってから家で寄せ鍋をたらふく食べた。彼らが到着する前に近くのあさま鶏牧場へ行って大量の卵を買い込んだ。猫の面倒を押し付けてきた姉へのお土産と自宅のぶん。このところ何回も通っているので顔見知りとなったそこの奥さんはとても品が良い。物静かで、毎日山の景色を見ながら暮らすと、こうも穏やかになれるのかと思う。都会暮らしに疲れ果てた人は老後をここで暮らすといい。しかし今や北軽井沢にも開発の手が伸びてきている。毎日木々が伐採されて新しいカフェも増えた。便利になるのはいいけれど、私の好きな雑木林が無残に開発されていくのを見るのは胸が痛む。

最初の夜はにぎやかに過ぎて次の朝、スノーパークへとでかけた。気温が高く、これでは降雪機を使っても中々雪がたまらないだろうと思っていたら、やはり初心者用のゲレンデの下の方にわずかに雪が固まっている。メインのゲレンデは修学旅行の生徒たちでいっぱいだから下の僅かな雪溜まりを恐る恐る滑り始めた。

気温が高いとはいえ午前中なので雪は固く凍っている。去年は八方のリフトの連結部分のほんの数十メートルを滑っただけだから、ブランクと言ってもいいくらい。2年ぶりということになるかな。若い頃のブランクとは質が違う。手足が固まってぎこちない。こんな緩斜面は斜面でもないくらいなのに怖い。なんてこった。しかも自分でブーツを履こうにも大変な苦労をするし、スキーの板を持つとふらつく。

私達のスキーの仲間「雪雀連」には元気な高齢者が沢山いて、会長の山田さんはつい3年ほど前までしっかりと滑っていた。流石に最後のスキーではリフトから降りた傾斜で転んだりしていたけれど、志賀高原の一ノ瀬の急斜面をしっかりとこなしていた。彼より10歳以上年下の私はまだまだいけるはずなのに、もうダメだ感が強い。毎年必ずスキーは欠かさなかったのにコロナのせいで最後に滑ったのはフランスのヴァルトランス、羽田空港に帰ってきたときには再入国できるかどうかドキドキしたものだった。それが一昨年の1月。まる2年のブランクは厳しい。

スノーパークは雪も悪いし、板を痛める恐れもあるし、2回だけでやめて私一人で帰宅した。若い彼らはまだまだ滑ると言って居残り、最終リフトまで滑ったらしい。帰ってくるのを待って温泉へ。次の日は私は家を閉める作業に追われて遊ぶ暇はないから、朝食で解散。二人はパルコール嬬恋まで滑りに行った。家を閉めるときには特に湿度が気になる。一度でもカビを出すと大変だから、鬼のように水分をなくすことに専念する。食器類は完全に乾かしてから食器棚にしまい、ベッドはすっかりシーツ交換をして人の寝た形跡をなくす。

大木の下に眠っているノンちゃんに挨拶をして日差しが暖かくなったころ山を降りた。浅間は半分くらい真っ白に雪に覆われていた。今年最後の姿をしっかりと目にとめて帰宅した。

帰宅したら猫社会は大騒ぎだったらしく、いつも必ず家の近所に待機している白黒ねこがいない。姉の話によれば、前夜、ベランダで茶トラの雄猫とうちの野良猫2匹が大立ち回りを演じたらしい。野良たちの餌を狙って盗みの犯行に及んだ茶トラが、撃退されたらしい。この寒いときにご苦労さん。野良たちは一時も心の安らぐことはない。けれど、そうやって緊張して生きているから、頭がすごくいい。頭が良くないと生き延びられないのかもしれない。この子達を北軽井沢の雑木林に連れて行ってやりたい。彼らがのびのびと林を走り回る姿を想像すると気分がほっこりする。でも冬場だけ、春から秋までは熊が出没する。人も犬も猫も危険なのだ。

たった2年のブランクなのに、フランスのトロヮバレーを滑ったときの元気は今や全くない。日本とヨーロッパのスキーはスピードが全く違う。すごく早くて本当に楽しかった。しかし今や、もう全く立っているのがやっと。膝がゴキゴキ折れる。果たして復活なるか!頑張れ私!

先日の健診で悪玉コレステロール値がひどく高く、医師から薬を飲むか運動するか食事の改善をするかと迫られた。食事がんばりますと言って逃げてきたけれど、ブロッコリーは2日で飽きた。運動はスキー以外に興味はない。薬は飲み始めたらずっと続くからいや。なにか運動を始めようかと模索している。さあて、何がいいか。














2021年12月13日月曜日

高齢者運転免許更新その2

認知検査の結果は満点、免許はゴールドだから、すぐに 次の運転技能講習と視野の検査が受けられることになった。やはり教習所に行くのとは大違い、どなたにも運転免許センターでの講習をおすすめする。認知検査が良いと次の運転技能講習料金も安く時間も短くてすむから、行く前にネットなどで調べてしっかり用意をすることもおすすめ。16通りの絵を見せられてその場で記憶するなど普通の生活ではしない。私の友人はなんの準備もせずにおっとりと構えていたら訳がわからず、認知機能に問題ありとされて長時間の講習を受けることとなった。本当はすごく頭のいい人なのに。

三年前の検査のときには教習所で受けたので予約もなかなか取れず苦労した。教習所の方は混雑に対してなにか偉そうに振る舞われたのも癪の種だった。私は神奈川県だから他の地域の運転免許センターのことはわからないけれど、受付も講師たちも非常に感じよく、時間的にも融通がきいて楽な気持ちで受けられた。教習所の待合室は大混乱で、コロナ禍の中、あんなところで受けなくてよかったと心底思った。

時間の融通がきくので、早めに行っても席さえあけばすぐに認知機能検査を受けさせてもらえた。各自一斉にというのではなく、タブレットを渡されて個人別に受けられる、これは時間の有効な使い方。机の間が広く他の人に邪魔されることもない。前回の教習所で受けたときには、隣の女性に悩まされた。携帯電話の電源を切るように言われているのに頑として切らない。あげく、ひっきりなしに着信音がなって集中力を妨げられた。今回は教習所の教官のくどい説明でなく、録音された簡潔な説明がイヤホーンで流れてくるからすぐに理解できる。説明はわからなければ何度でも繰り返し聞ける。ただし答案にかかる時間はキッチリ制限される。イヤホーンのおかげで余計な雑音は聞こえない。それぞれのペースですすめることができる。

運転技能講習は予約より30分早いグループに入れてもらえた。受験者はすごい高齢者ばかり。へー、あんな足元もおぼつかない人でも受けるの、なんて感心して見ていたけれど、自分もその中のひとり、傍から見たら全く同じように見えるのだと思うと否応なしに歳を思い知らされる。椅子から立ち上がるときには用心してそろそろと、歩きだしはこわばってうまく歩けないなど。しょっちゅうトイレに立つ人がいたり、口がよく回らず試験管の質問にうまく答えられなかったり。となると、車の運転はもうおやめになったら?と言いたくなる。私?私もやはりそういう年齢なのだ。こういうことも今回が最後かな?

しかしそれでは田舎暮らしができなくなる。せめてあと2回は講習を受けたい。運転技能講習の車はトヨタのプリウス。やはり私には少し大きめ。ダッシュボードがゴツく張り出して、座高の低い私には首を伸ばさないと周りがよく見えない。こうなると今私が乗っている車「ニッサン・ノート・パパゲーノ」は私のために作られたようなサイズ。日産さんありがとう。

最初の一歩は段差乗り越え。段差の手前に低い傾斜があって車はそこに乗っている。傾斜から段差に車を載せてすぐに停める。教官が助手席の窓から飛び出さないようにゆったりと衝撃のないように停めたら、遅すぎると言われた。なんだ素早さを見るため?それならそうと言ってくれれば電光石火で載せたのに。どちらかといえばそちらのほうが得意。

トヨタ・プリウスは運転しやすい。私の運転のはじめはトヨタ・パブリカ、そして初代カローラからしばらくトヨタ車が続いた。日産の車の走りは直線的、トヨタの車は曲線的、それぞれの特徴があってその後はずっと日産。しかし最近はトヨタも日産もあまり違いは感じない。昔のふわふわしたトヨタ車の面白みは消えたようだ。そのかわりどの車も運転のしやすさはほとんど変わりなくなった。あとは私の体の大きにさえ合えば。

体が低く沈んでいて周囲がよく見えないから脱輪一回。あとは順調で楽しそうに見えたらしい。教官が「ああ、やっぱり運転お好きなんですね」と。車に乗る前にいくつかの質問があって、その中に運転は好きですか?というのがあった。もちろん好き。車を買い換えるときに試乗車に乗ると、たいてい運転お好きですねと言われる。ハンドルを握ると生き生きする。これもボケ防止に役立っていると思う。高齢者が運転を誤るのは、普段あまり車に乗らないからではないかと常々思っている。私は高齢になってからはむしろ運転回数を増やしている。楽器の練習と同じように毎日運転をして腕を落とさないように。長距離も以前より頻繁に出かける。そのかわり自分に常に言い聞かせる。若い頃のように反射神経だけで運転をしてはいけない、と。確認に次ぐ確認。だから少し動作が遅くなる。今回の車庫入れはいつもより真っ直ぐに入れられた。いつも誰かに見られていると思えばいいのだ。

人が見ているとちゃんとやるというというのは楽器のときも同じ。一人で練習しているとダラダラ、ステージに立つと背筋が伸びる。ところが9月の「古典」のコンサートのときには背筋がかなり緩んでいたようだ。老けたねと言われた。でもね、そういうあなたも一緒ですよ。長年のお付き合い、歳だけは誰にも平等に訪れる。自分はまだまだなんていう人は己を知らない。人は大抵自分は他の人より若くみえると思っているそうなのだ。鏡の前の自分と無意識でいるときの自分と、もし傍から写真を撮られたらギャッと言いたくなるほど惨憺たる映像になる。他人がいなくても鏡がなくても背筋だけは伸ばす癖をつけておいたほうが良い。

無事に高齢者講習が終わって新しい免許証を手に入れるまでは、違反をしないようにと注意を受けた。違反するとこれまでの好条件が帳消しになってしまい、再度講習を受ける羽目になるらしい。講習料金も高くなる。あと3ヶ月間、ドキドキしながらコソコソ運転、そういうときに限って一方通行を逆さまに走ったりするのではないかと、いやいや、考えないでおこう。実現してしまったらいけないので。