2017年3月2日木曜日

近衛さんの壁塗り

私の家は今年で築20年目。
持ち主と同じくあちこちがたが来ている。

先日姉の家でコーヒーを飲んでいてふと目に留まったのが、庭に面した縁側に新しいサンルーム風の長い庇のようなものが出来ていた。
今までは狭い屋根が張り出していて、スレートのような素材だったから少し暗くなっていたけれど、今度はプラスチックの透明な庇なので明るい。
幅も広いから風雨よけに役立つ。
その工事をした人は、昔姉が仕事をしていたころの知り合いで、最近こちらの方に新しくリフォーム工事を請け負う店を出したという。
なかなかセンスが良いから、紹介してもらうことにした。

私の家は1階部分が駐車場。
なんせ安普請だものだから、柱は鉄骨をベニヤで囲って周りに塗料が吹き付けてあるだけ。
そのベニヤ板が薄い。
ほんの少し車のミラーが触っただけでもヒビが入る。
建てた当初はきれいだったけれど、あれからいろいろありまして、今は車をぶつけたり近所の悪ガキが蹴とばしたりで薄っぺらい柱はべこべこに穴があいて、それを修理したところはつぎはぎだらけ。
初めは同じように薄い板で修理したけれど、何回もぶつける運転の猛者がいて、ついに切れた私は板を3枚重ねにしてもらった。
さすがに丈夫になって、ぶつければ今度は車の方が傷つく。
猛者さんに「この次は車がこわれますよ」と脅したら、やっと気を付けるようになった。

その柱のつぎはぎや長年のほこりが蓄積して、いかにもみすぼらしくなってきたので、壁を塗り替えることにした。
それを姉の知り合いに頼むことにした。

さて見積もりができてみると、高い!
予想はしていたけれど、う~んとうなるレベル。
でも思い切って今しないと、この先みすぼらしい見てくれが災いして、余計いたずらされかねない。
天井まで塗る予定だったけれど、ケチって天井は塗らないことにした。
何回も見積書を書き換えてもらった。
納得したところで手を打って、出来上がるのが楽しみになってきた。

経費節約のために塗料を安いランクにできないか尋ねると、代金が高い理由は職人の手間が高いからだそうで、塗料を安いものに替えてもいくらも違わないらしいのであきらめた。
壁を塗るのは本当に大変だと思う。
排水管の部分は高い足場に登らないといけないから、すごく怖そうだし。

壁塗りで思い出したけれど・・・

私がオーケストラに入団したころのコンサートマスターは鳩山寛さんで、その鳩山さんが親炙に浴していた人は指揮者の近衛秀麿さん。
近衛さんの指揮は難解で有名だった。
鳩山さんは、普段はやる気があるのかないのかわからないような態度で、のんびり弾いている。
どんな曲が出てきても、大ベテランにとっては別に驚くことはないらしい。
しかし指揮者が近衛さんの時には態度が一変する。
心から敬愛している様子が見て取れる。

近衛さんは通称「親方」
戦前だったら、我々庶民がこんなことを言ったら不敬罪で牢屋入り。
親方の指揮は「壁塗り」と言われていた。
まるで目の前に壁があるように、両手の平を壁を塗るように上下させる独特なスタイルだった。
どこが最初の一拍かわからない。
初めてお目にかかった時、私は口を開けて唖然として指揮を眺めた。
どこで出たらいいのかわからないので、楽器をあごの下に挟んだまま呆然としていたら、お隣で鳩山さんが何食わぬ顔で弾いている。
それに合わせてようやく出られた。
忘れもしないベートーヴェン「運命」
それが親方との初めての仕事だったけれど、そのうちに難解と思われた指揮も、私にはとてもよくわかるようになった。
見るのではなく感じればいいので、そうなると親方は素晴らしい音楽家であることがわかってきた。
その後は、彼の指揮で弾くのは楽しみになってきた。

やんごとなきお育ちの方だから、お人柄も悠然としていらっしゃる。
今ではもう無理だけど、当時私は多少ピアノが弾けた。
オーケストラの練習が終わって食事をしたいと思っていたら、ベートーヴェン「第九」の合唱練習の伴奏をやってほしいと言われたことがあった。
練習が終わってやれやれというときだったので、居残りがいやだった。
ふてくされれてピアノを弾いた。
練習が終わると「ありがとう」と近衛さんがおっしゃった。
ちょっと説明が難しいけれど、その態度がまさしく気品の高さというものだと感銘を受けて、私はそれまでの態度が恥ずかしかった思い出がある。
学校出たての子供みたいにダダこねている女性に、心から礼が言えるなんて。
人間の格の違いを思い知らされた。

壁塗りにはその後何回もお付き合いして、いまだに私は近衛さんの音楽に出会えてよかったと思っている。
多くの人たちがわからないと言う壁塗りは、私はとてもよく理解できた。






















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