2017年6月3日土曜日

古巣

クラリネットのU先生から、インドネシアの11歳の男の子の演奏に付き合ってほしいと言ってきた。
曲はモーツァルトの「クラリネット五重奏」第1楽章。
今度の日曜日、私が元講師をしていた音楽教室「ルフォスタ」のクラシックパーティーがある。
これは発表会の予備練習や日ごろ弾きたい曲などを持ち寄って弾くとか、外部からも参加可能なのでいつもにぎわっている。
始めたときはもっとくだけた、いい加減な進行だった。
何を弾こうかなんてその場で楽譜を開いて相談したり、途中までしか練習していないから今日は半分でおしまいとか。

この遊びのヒントは、ニューヨーク・マンハッタンの音楽院で学んでいた私の友人からのはなし。
オーケストラの人たちは根っから弾くのが好き。
特に室内楽はアンサンブルのトレーニングになる。
オーケストラの本番が終わると誰かの家に集まって、サンドイッチパーティーをするのだそうで、ワインやビールを飲みながら「今度は俺が弾くから次はお前が弾け」とか「この曲はわたしに弾かせて」とか言いながら、夜通し楽しむそうなのだ。
もちろん酒の肴はサンドイッチ。
どんどん楽譜を出して初見でワイワイ。
カルテットはアンサンブルのなかでも究極の完成された形だから、オーケストラプレーヤーでカルテットを嗜まない人は本当に胡散臭い。

私は、それを聞いてなんて楽しそうなの。
半ば生徒たちに強制して時々、日曜日に私の家に集まった。
そこで育ったのがそのころ小学生で、ことし音楽大学院を卒業したS子ちゃん。
初見力もアンサンブルの能力も抜群だった。
長調で書かれた曲を短調になおして「陰気なユーモレスク」などと言ってアドリブで弾いたりするような、ユーモアのセンスも持っていた。
流石にお酒は飲まなかったものの、酔っぱらった大人を見て面白そうに笑っていた。
その時の参加したのがほとんど音楽教室のメンバーだった。
それがクラシックパーティーの原点。

当初の私の考えでは、とにかく楽しむだけのことで良かったのだけれど、そのうち、やはり日本人ですなあ。
どんどんきっちりと練習して、本番さながらの雰囲気になってしまった。
私が自宅で生徒たちを集めては楽しんでいたころ、1曲弾けばお酒を飲んでもよし!という約束だった。
だから初めの方で弾いた人は、最後の方になるともう酔っぱらっている。
酔っぱらっても初見でどんどん弾かせる。
次々と合奏が始まる。
あんまり楽しかったのでそれが忘れられなかった元の私の生徒たちが、ルフォスタでも始めたという次第。
でも我が家での騒ぎとは、もはや雰囲気は大違い。
もちろん途中でお酒を飲むような不届き者はいない。
私はただただ楽しいというだけの場所がほしいのだけれど、皆くそ真面目になってしまうのが惜しい。
なんでかなあ。
音楽なんて本当になんの決まりもないのが良い。

話は戻る。
昨日、インドネシアの坊やがきて練習するというので、古巣の教室にメンバーが集まった。
現講師の人たちとなぜかニートの私とで弾くことになった。
現れたのは体の大きな坊や。
名前はショーン君。
私よりも背が高いし幅もある。
付き添いの父親はもっと大きい。
立派な体格とゆったりした態度で大物と知れる。

練習が始まると、上手いのでびっくりした。
落ち着いたテンポ感と柔らかく美しい音に気圧されるようで、こちらが焦った。
それでもモーツァルトが弾けるということは、無上の喜び。
できることなら全楽章弾きたい。
このようにまだ音楽教室とは細々とつながっている。
私はほとんど過去を引きずらない性格で、終わったものはすぐに忘れてしまう。
物忘れの名人と呼んでほしい。
それでも合奏の指導などで皆に会えるのはなかなかうれしいことで、こんな風にチャンスを作ってもらえることに感謝。

この教室は長く教えていたので、私にとっては第二の家のようだった。
行けばいつでもコーヒーを飲ませてもらえて、初代のオーナーだった故小田部ひろのさんの写真に会える。
彼女が生きている頃は顔を合わせばいつも喧嘩ばかりしていたのに、私たちはよほど相性がよかったとみえて、彼女が息を引き取る瞬間まで一緒にいた。
喧嘩ができる相手はもう誰もいない。

年を取るとこういう悲しみが積み重なってくるけれど、私はその人たちが今いる世界はきっと輝いていて、自分を待っていてくれるのではないかと思っている。
生きているのは楽しいけれど、先に逝っている人たちに会えるのもまた楽しみ。
特に、たまさぶろう、もや、にぶ・・・猫たちが天国の前でニャンニャン言って迎えてくれることを想像するとニンマリしてしまう。























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