2017年12月15日金曜日

疑似鬱

今の私の状態は鬱。
今年一年頑張りすぎた。
特に春から11月の半ばまで自分のキャパシティーを越えた活動。
疲れ果てて何も出来ない状態が続く。
鬱になるのは必然なので、全面的に受け入れる。
鬱状態になったらどっぷりと浸かることにしている。

私は何年かに一度くらい、こんな事になる。
その時にジタバタしない。
うつ病の人は基本、真面目な人が多いと思う。
体が動かなくなってもなにかやらねばと、気持ちが急く。
そうなると悪循環。

そうなったら神様から与えられた休息だと思って、怠ければ良い。
幸い、私はナマケモノのオーソリティー。
私の理想はオオナマケモノになって、木にぶら下がって1日1センチ移動すること。
遊ぶ、怠けるは私の得意分野。
いくらでもじっとしていられる。

これがあるから、活動するときには目一杯出来る。
目一杯活動して休まなければ人間は壊れる。

私のいけないところは、回転し始めると壊れる寸前まで頑張ってしまう。
何事も我慢しないから歯止めが効かない。
これは覚悟の上だけれど、年齢的にはもう危ない。
若い頃とは違うと自分に何回も言い聞かせる。
しかし、世の中には年齡を言い訳にしない非常にタフな人たちがいる。
そういう人がいるからと言って、自分がそう出来ると思ったら大間違い。
分をわきまえないといけない。
周りも迷惑。

今は自宅で入院していると思って休みたい放題。
仕事をしていた頃の忙しさを乗り切るスキルがあるから、食事の支度も朝のうちに済ませて夕食の支度はものの10分もあれば出来る。
ちゃんとバランスがとれて量もたっぷりのご飯が出来る。
これは私の数少ない特技。
そのかわり整理整頓は思いっきり苦手。
明日で済むことは明日にまわす。

ちゃんとした人なら苦手の分野も頑張るだろうけれど、あいにく私は甘やかされ放題で育ったから、やりたくないことはやらない。
母は私が食べたくないと言えば食べなくていいよと言うし、学校に行きたくないと言えば行かなくていいよと言う人だった。
別に学校が嫌いだったわけではなくイジメもなかったけれど、勉強は家で兄姉から仕込まれてなに不自由なく、子供が嫌いだったから行ってもつまらない。
母が唯一許さなかったのは同年齢の子達と遊ばないことで、引きこもってレコードを聞いたり本を読んだりしていると家から引きずり出されて近所の子の家に連れて行かれた。
行くとすぐに私は帰ってしまう。
変人に育ってはいけないと思ったのだろうけれど、今、私は沢山の友人に支えられているから、母の思いは杞憂だった。
それに変人は少しも悪いことではないし。

今に始まったことではないけれど、学校でいじめが多いのは、均一の型から溢れることを良しとしないからで、子どもたちは窮屈。
個々の多様な発達状態があるのに、それをまとめるのは随分無理があるのではないか。
早く発育する子もいれば、ゆっくりと生涯を通してことを成し遂げる人もいる。
小学校から単位制にすれば、さっさと卒業して早く専門の道に進める。
それがしたくない人はノンビリと我が道を。
なんでも一緒でないといけないのは、窮屈。
だから小学校は嫌いだった。

時々子供の時代に戻って引きこもるのは悪くない。
けれど、それはいつでも声をかければ応じてくれる友人たちがいるからで、本当に持つべきものは友。


























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