2019年9月13日金曜日

秋の日にとりとめなく

プラス思考で生きるのがよいという。
でもプラス思考でいられるというのは世の中の一部の恵まれた人だけ。
ほとんどの人はプラス思考でいられない多くの事情を抱えている。
わざわざプラス思考をすることが幸せにつながるの?

私は元々楽天的だし、辛酸を嘗めるというほどの苦労はしてこなかったけれど、子供の時から感受性が強すぎて、気分はジェットコースターに乗っているように毎日、毎時、上下動していた。
少しのミスに落ち込み、ほんの僅かな光に過剰反応して有頂天なんてことはザラだった。
コントロールができない。
だれでも若い頃はそうかもしれない。
短気でおっちょこちょい、我が強く飽きっぽくて雑とまあ、あまりまともな人格とは言えないけれど、友人たちのフォローがあって、今まで生き延びてきた。
友人にはとても恵まれているから、こんな性格でも楽しく生きてこられた。

去年の夏、身近な人たちが相次いで亡くなって、さすがの私も落ち込む日々が続いた。
実際、去年のことを思い出そうとしても、頭の中に霧がかかったようになにも思い出せないことに驚く。
防衛本能というものかもしれない。
リアルに思い出してしまうと、耐えられないのかな?とも思う。
その間予定していたコンサートはすべて予定通りこなしたけれど、なんの曲を弾いたのか思い出せないのがすごい。

果物以外の食物が喉を通らない。
眠れない。
思考停止状態が続く。
フラッシュバックが来ると、しばらく涙が止まらない。
悲しい、寂しいという自覚よりも、体が勝手に反応して生理的な現象として処理しているらしい。
ショックを和らげるために脳が必死に守ってくれたのだ。

そんなひどい1年だったのに、その1年間はなにも起こらなかったかのように記憶は霧の彼方に消えている。
面白いなあ。
これを心理学的に解明するために、勉強してみようか。
ヴァイオリンが弾けなくなった時の時間つぶしができるかもしれない。

今月15日に演奏するブラームスのソナタ「雨の歌」
今日は最後のピアノ合わせにでかけた。
弾きながら考えた。
ブラームスこそマイナス思考の最たるものではないかと。
少し進展するかと思うと3歩後退、直進するかと思うと脇道へ、若い頃の私はブラームスのそんなところがまどろっこしくてあまり演奏したくなかった。
もちろんヴァイオリン協奏曲や4つのシンフォニーは素晴らしい。
ソナタは心のひだが多すぎて、歯がゆい。
歯がゆいって面白い表現だなあと私も脇道へそれる。

ある年の晩秋、ブラームスの弦楽四重奏のCDを聴いていたら、ああ、私も年をとったなと思った。
涙がでるほど素晴らしい曲だと初めて共感した。
マイナス思考という言い方自体好きではないけれど、こういう感情がなければ芸術作品も生まれないし、光と影がなければ絵画も成り立たない。
プラス思考でヘラヘラ生きても面白くない。
苦悩の末にベートーヴェンの名曲が生まれたのだから。

この先、なにを書こうと思ったか脇道に入ってしまったので思い出せない。
脇道と言えば、なっちゃんと言う猫を飼っていた。
その子を拾った経緯は前にも書いたけれど、ある日毎日の散歩コースを歩いていたときのこと、通り過ぎてしまった脇道を歩いてみようと引き返した。
その小道は一度も通ったことがない。
曲がるとすぐに1人のオッサンが猫をぶら下げているのが見えた。
背中の皮をつまんでぶら下げて、なんてひどいと思ったから「その猫をどうするの?」と訊いてみた。
「野良猫が子供生んで迷惑だから捨てに行く」というとんでもない返事が返ってきた。
私は怒り心頭。
「その子だって自分で来たくてここに来たわけじゃないわ。私が飼うからよこしなさいっ」と私は瞬間湯沸かし器になる。

おじさんからひったくると、その茶トラの子猫は昔からの知り合いみたいに呑気にニャアと鳴いて、約15分ほどの道のりをおとなしく抱っこされて来た。
普通猫は自分のテリトリーから外れると怯えて戻ろうとするのだけれど、一切そんなふうでもなく、我が家の住人(住にゃん)になった。
平気なように見えてもなっちゃんは、おじさんにぶら下げられて必死に祈っていたに違いない。
誰か助けてー!
心の声が私に届いて、ふと、行ったことのない道を歩こうとおもったのかも。
しかも一旦通り過ぎていたのに戻っているのだから。

また話は脇道に。
最近料理が復活した。
この1年間、全く料理をしていなかった。
レトルト、フリーズドライ、それでなければレストランで食べ、コンビニで買う。
生きられる最小限の栄養素だけとればいい。

何がきっかけだったかわからないけれど、少しずつ自分で調理するようになった。
まだ2、3回だけど。
すると、やはり美味しいのだ。
調理が下手でも、野菜は野菜の、肉は肉の味がしっかりとかみしめられる。
やっと自分の魂が戻ってきたような気がする。
おや、たまさんお久しぶり、どちらへ行ってました?
はい、ちょっとそこいらへんまで・・・なんて。

私は決してプラス思考の人間ではない。
どちらかと言うと心配性で最悪の事態を考える。
人という生きものは本来そういうものではないかと思う。
鏡の前でニッコリ自分に微笑むと免疫力が強くなるなんてほんとかなあ、なんて疑り深い。
悲しければ泣く、おかしければ笑うでいいじゃない。
プラスでもマイナスでもなく、シンプル思考はいかが?






























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