2014年7月13日日曜日

ワシが泳ぐ キツネが飛ぶ

ワシは泳ぐ


泳いでいるのはハクトウワシ。
飛べるのになにもわざわざ泳がなくても???

狐も飛ぶ

こうしてみると人間もワシも狐も楽しいことは同じらしい。

2014年7月12日土曜日

映画「パガニーニ」

主演、制作、総指揮、音楽 デイヴィッド・ギャレット

恥ずかしながら私はデイヴィッド・ギャレットを聴いたこともなかった。これほどの凄腕とは!
まさにパガニーニもかくやとばかりの演奏。
しかもセクシー。
映画が始まって前半は演奏も少なく、少々退屈だった。
2流の映画を見に来てしまったなと、得意の昼寝に走ろうと思ったけれど、演奏の場面が多くなるとだんだん興奮してきて、寝るどころではなくなった。
音楽映画には「アマデウス」のような超一流映画もあるけれど、それに比べて出来の良い方ではないと多寡をくくっていた。
しかし、ヴァイオリンのもっとも魅力的な部分が良く表現されていて、さすがヴァイオリン弾きの作った映画はひと味違う。
音楽映画は沢山あるけれど、実際に演奏家が主役を務めることは普通ないから、演奏の場面になるとやはりぎこちなさが目につく。
しかし、デイヴィッド・ギャレットは目も醒めるようなテクニックと蕩けるような音の持ち主だった。
パガニーニが不道徳でも女誑しでもかまわない。
ヴァイオリンを弾く男達は、たいていそうと相場がきまっている。
大体現代の科学をもってしても、ストラディバリウスのような楽器が再製できないなんて、不思議じゃないですか?
そんな狂気に充ちた楽器を弾く天才に、普通の人としての基準を当てはめるのは、無理がある。
この映画でも、放蕩三昧だったパガニーニが純愛に陥る設定があるけれど、私からみれば、あってなくてもよろしい。
ずっと奇人変人の方が面白い。
あの神の子モーツァルトだって音楽とはかけ離れた、下品で卑猥な人だったらしいから。
芸術作品はそれのみで評価されればいい。

澁谷文化村「ル・シネマ」


















2014年7月11日金曜日

ひとりご飯

最近の若者は1人でご飯を食べるのを、他人に見られたくないらしい。
友達がいないヤツと思われるからだそうで、なんと、トイレに籠もって食べるという!!!
トイレで???
あそこは出すための部屋で、決して入れるための部屋ではない。
だいたい美味しくないでしょう。
考えただけで気色悪い。
それなら他人がなんと思おうと、1人で食べる方がよほどマシ。
だいたい、友達がいないのが、そんなに変なことなのかな?
よくネット上で何百人友達がいるとか自慢する人がいるけれど、そんなものは友達でもなんでもない。
友達とは背中の手の届かないところを、掻いてくれる人のことを言う。
ネットでは掻いてもらえないでしょう。

昨日は音楽教室に教えに行ったのだが、生徒が1人しか来ない。
出張や風邪でお休みが出て、1人だけのために出かけた。
1人の生徒では張り合いがないから、少し澁谷で遊ぼう。
いつも素通りするお店も覗いてみよう。

なにか美味しいものでも食べよう。
このところ毎日飲み会が続いて、くせになってしまったみたい。
どこか良いところをと探していたら、教室のすぐ近くの地下にビストロ風のお店をみつけた。
私は仕事で全国旅をして歩いていたから、すれっからしになって、1人でお店に、しかも飲み屋に入るのも平気になってしまった。
入ってみるとまだ時間が早いせいか、台風のせいか客はいない。
カウンターに陣取って辺りを見回すと、なかなか趣のある風情。
どっしりした木のカウンターの上には、山盛りのジャガイモ、コロッケ、燻製色々、タマネギなどが積み上げられている。
どれも美味しそうで、仕事でなかったら美味しいお酒を頂きながら食べたいと思った。
仕事前なのでジンジャーエールで我慢。
チーズとタコの燻製、タマネギのアンチョビソース、コロッケ、サラダなど、前部半分のサイズにしてもらって色々つまんだ。
カウンターの中のスタッフが気を遣って話しかけてくれる。
以前旅をして1人で飲んでいると、そのお店の女性スタッフが話しかけてくれる事が多かった。
こんな歳になるまで仕事をして独り酒をしているなんて、よほど人には言えない事情があるのではないかと、うたがわれていたのかも知れない。

独りで喫茶店にも入れない人がいると聞くと、ふーん、私はなんで平気なのか考えてしまう。
子供の頃は極端に人見知りだったのが、いつの間にか、外国一人旅も平気で行く様になった。
たぶん、仕事が毎回修羅場をくぐり抜けるようなものだから、普段の生活はそれに比べてずっと平穏。
だから、なにが起きても平気なのかもしれない。
人にどう思われても、自分の道をしっかり歩いて行けばいい。
独りでご飯が食べられない若者は、まだ腹をくくっていないから。
そのうち社会で揉まれているうちに、独りでいようと大勢でいようとあまり変らないことに気が付く。
大勢も楽しいけれど、独りでいるのも中々良きものです。
自分と会話しながら食べればいいのに。
可笑しいことを考えて独り笑いすると、変な人と思われるから、それだけはやめた方がいいかも。






















2014年7月10日木曜日

台風接近

巨大な台風が沖縄を襲い、長野県で土石流が発生し、人が亡くなった。
テレビで土石流の様子を見たけれど、水の脅威に震え上がった。
自然は私たちの手に負えない。
私の家の前は川が流れていて、川というか用水路みたいな小さいものだけれど、ハラハラするほど水位が上がる。
子供の頃暮らして居た実家は、今の家から目と鼻の先。
築250年というおっそろしく古い家で11人家族。
日の射さない暗い納戸には、古文書、古地図、日本刀などが置いてあった。
どれも大して値打ちは無さそうだったけれど、なんでも鑑定団に見てもらったら掘り出し物があったかもしれない。
一家そろって天然で、強欲な者はいない。
欲しがる人にはなんでもあげてしまうお人好しの父親だったので、我家の資産はどんどん減ってしまった。
父が亡くなったときには殆どなにも残っていなくて、遺産相続でもめようもなかったから、兄弟はいまでも皆仲が良い。

さて、台風と言えばうちの前の川は、毎年氾濫していた。
少し大雨が降ると、お人好しの父のところに近所の住人から電話がかかってくる。
消防でも警察でもないのに、なんで父がカッパ着て夜中に川を見に行くのか、ずっと疑問だった。
子供だからすぐに寝てしまって、大人がなにをやっているのかわからない。
台風一過、次の朝はたいてい上天気。
ところが近所の団地は水浸しで、そして私が今住んでいる川沿いの家は軒並み、床上浸水。
畳や家具類が干してあった。

私はその後、その川の前に家を建てて暮らして居た。
浸水対策で一階は少し高めに土台が作られた。
ある年大雨の夜が明けてドアを開けると、なんと、ヒタヒタと水が玄関の三和土の下まで迫っていた。
びっくりしていると、そこへ私の兄が膝上まで水に浸かりながら歩いてきた。
「おーい、大丈夫かあ」けっこう楽しそう。
私が「洪水の時にはトイレの水なんかも一緒に流れるから汚いわよ」と言ったら兄は急に驚いて「そうか」と言ってジャブジャブ足早に逃げていった。
心配して来てくれたのは嬉しいけれど、傷口でもあったらばい菌が入るでしょうに。

工事のために川沿いの桜並木が手前だけ切り倒された。
切るところは絶対見たくないので、その日は外出した。
帰って来たら手前の並木が消えていた。
長い工事が終って川の底には巨大な雨水管が通され、その年から大雨でも浸水騒ぎはなくなった。
手前の並木には新しい桜の苗木が植えられ、今すっかり立派な木になって花を咲かす。
夜中にたたき起こされ、川を見に行った父の葬儀には、700人もの人が来てくれた。
ただの田舎のおじさんなのに。











2014年7月9日水曜日

松本組は又も集会

もう何回も書いたけれど・・・

外山滋さん率いるアマデウス室内合奏団で、かつて一緒に仕事をした仲間達。
ある年1週間ほど、松本に滞在して毎日演奏した。
その時のメンバーがあまりにも気が合って、生涯で最高の時間を過ごしたと言えるくらい楽しかった。
演奏も遊びも毎日がわくわくして、今でも語りぐさ。
その後二昔くらいは経っているのに、未だにその時の話が尽きない。

外山さんは残念なことに、最近亡くなられた。
亡くなる1年ほど前に明石のお宅にお邪魔して、まだまだお元気そうだったのに、それが最後となってしまった。
音楽家の命である耳をこわし、不遇な晩年だったけれど、ヴァイオリンにかける情熱は迸るようだった。
「ほらね、僕の親指はこんな風に出てるでしょう。だからね・・・」と夢中になって子供の様に嬉しそうにお話をした。
彼も松本のコンサートが忘れられず、もう一度あのメンバーで演奏したいと亡くなるまでおっしゃっていたという。
まだ皆それぞれの仕事で忙しく、実現出来なかったのが返す返すも残念だった。
最近暇になって時間が取れるようになってきたメンバーが集まって、外山さんを偲んでいる。
日本の生んだ世界的なヴァイオリニストで、国際コンクールの審査員までなさった栄光の人生は耳の故障で挫折に追い込まれたけれど、誰に対しても謙虚で優しかったお人柄は、私たちの思い出の中で生き続けている。

その思い出のメンバーが、時々集まって食事をしている。
コンサートミストレスの北川靖子さん、ヴィオラの荒木信子さんは共に外山さんの大のお気に入りで、彼女達がいると外山さんは本当に嬉しそうだった。
松山でのコンサートの時だったけれど、ホテルのロビーで夜中に皆で車座になってアイスクリームをかじりながら、その中で夢中でお話をしている外山さん。
次々に面白いエピソードが飛び出す。
泉の様に話題が湧いてくる。

今日は四谷のフレンチ「テート・ア・テート」
先日弥生人の美智子さんに連れて行ってもらい気に入ったので、今回は私がみなさんをお連れした。
メンバーが1人入れ替わったけれど、前回と同じ5人。
北川さんは病気でかなり痩せたけれど、すでにお姉様の北川暁子さんと、デュオのコンサートも始めている。
先日はバルトークのソナタなどを好演。
健在ぶりが見られてよかった。

いくつになっても松本の思い出は色褪せない。
こういう思い出が1つでもあるということは、あとの人生ヒッチャカメッチャカでも、充分報われたと思っている。








2014年7月7日月曜日

松竹新喜劇

藤山寛美、澁谷天外の子供、孫の役者達が新人として登場する時代になった。
最近、喜劇の好きなチェリストのFさんが誘ってくるので、時々新橋演舞場まで足を運ぶ。
かつてピアノトリオをいくつか組んでいた、その中の1つのメンバー。
10年以上は継続していたけれど、そのうち段々先細りになって、事実上解散していたが、仲はよかったので、こうして時々会っている。
スジは他愛のないものだけれど、役者の達者さが見事。
松竹新喜劇発足65周年と銘打った興業で、演じる役者達もかなりの高齢と見えるが、それだけに演技は大したものだと思う。
わざわざ劇場まで行くほどの観劇趣味はないので、Fさんが誘ってくれなければ、まず絶対に行かないと思う。
テレビで昔よく見ていたけれど、それほど面白いものでは無かったのが、今目の前で見ると、全ての体の動きがすばらしい!
私の席は花道のすぐ脇だったため、足がよく見える。
その足さばきがなんとも可笑しい。
久しぶりに大声で笑った笑った。
客寄せのためか、久本雅美がゲストで出ていたけれど、貫禄の違いがハッキリ出てしまって、いつもテレビで思うがままに采配振るっている彼女が、ここでは冴えない。
役者さん達はこういうアチャラカ?ものにでていても、どこか風格もあり品もいい。
テレビで見るような薄っぺらな芸人たちとは、キャリアが違うと思う。
芸は年を経て熟成され、何とも言えない味が出る。
心底笑ったのは本当に久しぶりだった。
そしてほんの少ししんみりして泣いて、いいなあ。

今日の演目はこちら。


最後のお祭り提灯は、ただどたばたと走り回るだけなのに、その時のシチュエーションで走り方が変る、そのおかしさ、抱腹絶倒だった。










絶対音感?

この2つの動画すごい!
ずいぶん以前、ヴァイオリンで人の声のまねをするのが流行ったことがあって、器用な人達はコンサート会場の場内アナウンスの声を、ヴァイオリンでそっくりに再現していた。
あるとき浄瑠璃のまねを上手に弾く人がいて、初めて聞いたときには死ぬほど笑った。
スタジオプレーヤーは皆とても器用で、遊び心がある。
だから格好いい。