8月25日のコンサート
北軽井沢の少し分かりにくい場所にある、ルオムの森。
こんな所では偶々そこに居合わせた人達が聴いてくれるくらいで、他にお客さんはいないと思っていた。
展覧会の添え物として、ちょっと軽い気持ちで弾くつもりだったのに、どうやらお客さんが集まりそうな雰囲気になってきた。
本当に軽い気楽な気持ちで始めたら、とんでもないことになりそうな。
今日ヴィオラのKさんがモーツァルトのデュオを合わせに来て「Yちゃんも聴きに来るって」と言うではないか。
Yちゃんは某オーケストラの優秀なメンバー。
えっ、誰が教えたの?と言ったら、だってIさんと仲良しでしょう、だから。
Iさんは今度ヴァイオリンとヴィオラを持ち替えで弾いてもらう予定の、スキーの名人。
しまった、もう後には退けない。
メンバーは全員「雪雀連」のスキーの仲間。
だから、それ以上世間には広まらないと思っていた。
身内だけでヘラヘラして、遊ぼうと思っていたのに。
刺身のツマが急に刺身に昇格したみたいな気持ち。
その他にも現地に電話したら、あの人もこの人もと、かなりの人数が聴きにきてくれるらしい。
なんて物好きな・・・あ、失礼。
ありがとうございます。
それで、なんだか急に緊張し始めた。
その前に国立のさくらホールで、フォーレを弾かなければいけない。
これもかなりやっかいな曲なので、まだ思い通りにはいかない。
それが終ったら次の練習に入ろうと思っていたのに、早々と取掛からないと間に合わないかも。
プログラムを考える時には、そのコンサート全体の背骨をイメージする。
今回は弦楽器のデュオを中心にしたけれど、やはりピアノがないと締まらない。
それでピアニストのOさんにお願いしたら、彼女は大喜びで引き受けてくれた。
初めは簡単な短い曲をと思っていた。
でも顔ぶれを見ると、それだけではこのメンバーは勿体ない。
段々本格的になってきて、チラシにはミニコンサートと書いてあるものの、立派なコンサートプログラムになってしまった。
しかも、遠い所からも来てくれる人達がいるのだから、気楽では済まされなくなった。
ただ、ピアノはアップライトしかなく、コンディションが心配。
ピアニストはどんなピアノに当たるか分からないので、本当に気の毒だと思う。
楽しみ半分、ドキドキ半分。
もうやるっきゃないのだから、火事場の馬鹿力で乗り切る(れるかなあ)つもり。
人のひそやかな楽しみをのぞきにくるとは。
いやだいやだと言いながらお客さんが居ないとやる気なくす。
これは心底出たがりやなのかも。
とかなんとか、言いながらここで宣伝。
8月25日(火)14時開演
ルオムの森洋館2階
入場無料
トレッリ 2つのヴァイオリンの協奏曲
モーツァルト ヴァイオリン、ヴィオラの2重奏曲
ディッタ-スドルフ ヴィオラ、コントラバスのソナタ
シベリウス ロマンス ピアノソロ
ドヴォルザーク ユーモレスク ヴァイオリンソロ
サンサーンス 象 コントラバスソロ
シューベルト 鱒より第4楽章 ピアノ5重奏曲
めったに聴く事のできないコントラバスソロや、ヴィオラとコントラバスのユニークな組み合わせなど、非常に面白いプログラムであると、自画自賛しております。
一つお断りしておきますが、当日チェロ不在のため、鱒はヴィオラでチェロパートを弾いてもらう事になりました。
中々見ものだと思いますよ。
なんだかんだ言って、結局お客さんが多ければ多いほど張り切ってしまうので、どうぞ貸し切りバスを仕立ててお揃いでお越し下さいませ。
「古典音楽協会」の記念すべき定期演奏会で、サントリーホルが満員になったことがあった。
ステージに出て行った瞬間、2000人のお客さんが入っている壮観さに、胸が高鳴った思い出がある。
本当に嬉しかった。
だって、こんなに沢山の味方がいるのだと思ったから。
私の室内楽リサイタルの時には、東京オペラシティーのリサイタルホールが満員となった。
嬉しくて小躍りして出て行った。
みんながこちらを見てニコニコしている。
こちらもニコニコして初っぱな、ミスってしまったけど。
本当に楽しいコンサートだったと皆に言われたけれど、本当の事言えば、聴いている人よりも弾いている私の方がもっと楽しかった。
すみませんね、料金いただいて自分が楽しんで。
でも、今回は無料ですよ。
コンサートの宣伝ばかりではいけません。
メインは 人形、織物、油絵の三人展
こちらは8月20日から31日まで無休
10:00~16:30 ルオムの森洋館2階
入場無料
人形作家の保坂純子さんの動物たちの人形劇
8月24日(月)Sweet Grass
28日(金)キャンプ場イベントハウス
31日(金)ルオムの森洋館2階
いずれも開演19時30分
お問い合わせ ルオムの森
〒377-1412
群馬県吾妻郡長野原町北軽井沢1984-43
℡0279-84-1733
http://luomu-mori.com/
2015年8月9日日曜日
競争意識
私は生まれが大所帯育ちの猫族だから、非常に独立独歩。
人と競争しようという意識はまるでない。
スポーツ中継を見ていても、日本が勝とうが負けようが、少しの興味もわかないし、歯を食いしばって走って居るのを見ても、あまり感動はしない。
時にはオリンピックで日本と外国が競り合って、日本が勝つと、ヤッター!と思う事もあるけれど、基本的には勝負事はあまり興味がない。
そして自分も人と自分を比べることはまず無い。
ところが、人からターゲットにされることがあまりしばしば起きるので、不思議に思う。
ある男性の噂をしていたところ、私よりずっと知的な人だと思っていた女性から「貴女には負けないわ」と言われて仰天したことがあった。
だいたい私は、その男性のいやに権威主義なところが趣味ではなかったし、一度も好きだったこともないのに。
なぜか、彼女にライバル視されていたことが、その時判明した。
彼とは、お付き合いしたことはない。
ただ1度だけ我が家に遊びに来たけれど、その他大勢と一緒。
なんだかキツネにつままれていた。
そしてある時、友人達が集まってワイワイやっていたときのこと。
ある女性が突然私に言うには「私はオーケストラでは、お給料が特別だったの」と得意げに言い始めた。
「あら、そうなの」
「そうなの、**万円だったの、他の人には言うなと言われていたけど」
あのー、私も同じ額だったのですけど。
かつて、オーケストラの契約更新の時に、団長と1人1人面談の上でお給料の話し合いをする。
それでお互い納得すれば、更新するというシステムだった。
その時の団長はやり手で「貴女は特別にお給料がいいから、他の人に言ってはいけないよ」みたいなことを言って、単純な人は喜んで更新するけれど、私たち同期の桜はみなそれを見抜いていた。
部屋から出て来ると「ねえ、いくらだった?なんだ私といっしょじゃない」と笑い会う。
「特別だって言われなかった?ああ、やっぱり」とか情報は筒抜け。
けれど、先程の女性はあまり親しい人もいなかったので、そういう話しは聞いてなかったとみえる。
その女性は何故か私に付きまとって、私のすることなすことマネをし始めた。
自動車免許を取ればすぐにとりに行く。
車を買えばすぐに買う。
とにかくウンザリするほど私のマネをするから、あるときついに切れて、その人が買ってきた、私が持っている毛皮の襟巻きとそっくりな物を放り投げて縁を切った・・・つもりだった。
もうウンザリ!
しばらく疎遠になっていたのに、なにやかやと電話してくる。
アンサンブルのお誘いを受ける。
私も好きな事だからつい一緒にアンサンブルを始めると、そのうち、
私を仲間はずれにして他の人達と陰でコソコソする。
私はもうこれで縁が切れたと思ってヤレヤレと思っていると、無視されるのは好きでは無いらしく、又すり寄ってくる。
なぜそうなのかと思っていたら、どうやら私は彼女のライバルらしい。
あちらが勝手にそう思っているだけで、こちらは誰のこともライバルと思ったことがないので、つい最近まで気がつかなかった。
そして先程の「私は特別」発言で、ほんとうに、うんざり。
ちっとも特別ではないのに、長年に亘って、この年になってなお、まだ競争心を持たれていることに、寒気を覚えた。
もう何十年も前の話なのにですよ。
そう言えば私がリサイタルもどきをした時も、間髪を入れずリサイタルをした。
しかもこちらはご招待しているのに、聴きにこない。
彼女のコンサートにはお知らせがあれば聴きにいくけれど、仲間の中に私の分だけチケットの取り置きがない。
当日売りを買ってはいると「来てくれるならご招待したのに」と必ず言う。
それが毎回毎回のこと。
知らされたら都合がつく限り、私は聴きにいくことにしている。
それが分かっているのに。
本当に申し訳ないけれど、もうごめんなさい。
私は貴女のことをライバルだなんて、一度たりとも思ったことはないのだから。
その人の方が容姿も良い、都内某所に立派なお家を持っている、ご主人は有名企業の人だったし、立派な息子さんがいる。
どこをとっても私よりも勝っていると思えるのに。
そういう私の態度にイライラするらしい人がまだいる。
知性のある人は上手く爪をかくすけれど、私はそのことに関して疑り深くなっているから、見逃さない。
なんでも物事、勝ち負けで競うほうがおかしいと、私は思っている。
本当に本当に、私は猫なのだ。にゃあ~、ほらね。
私は好きなときに好きなようにして、他人のことには無関心。
大家族で育ったから、人は皆立場が違うということが身にしみてわかっているのだから。
もう、ほっといてちょ~うだ~い。
人と競争しようという意識はまるでない。
スポーツ中継を見ていても、日本が勝とうが負けようが、少しの興味もわかないし、歯を食いしばって走って居るのを見ても、あまり感動はしない。
時にはオリンピックで日本と外国が競り合って、日本が勝つと、ヤッター!と思う事もあるけれど、基本的には勝負事はあまり興味がない。
そして自分も人と自分を比べることはまず無い。
ところが、人からターゲットにされることがあまりしばしば起きるので、不思議に思う。
ある男性の噂をしていたところ、私よりずっと知的な人だと思っていた女性から「貴女には負けないわ」と言われて仰天したことがあった。
だいたい私は、その男性のいやに権威主義なところが趣味ではなかったし、一度も好きだったこともないのに。
なぜか、彼女にライバル視されていたことが、その時判明した。
彼とは、お付き合いしたことはない。
ただ1度だけ我が家に遊びに来たけれど、その他大勢と一緒。
なんだかキツネにつままれていた。
そしてある時、友人達が集まってワイワイやっていたときのこと。
ある女性が突然私に言うには「私はオーケストラでは、お給料が特別だったの」と得意げに言い始めた。
「あら、そうなの」
「そうなの、**万円だったの、他の人には言うなと言われていたけど」
あのー、私も同じ額だったのですけど。
かつて、オーケストラの契約更新の時に、団長と1人1人面談の上でお給料の話し合いをする。
それでお互い納得すれば、更新するというシステムだった。
その時の団長はやり手で「貴女は特別にお給料がいいから、他の人に言ってはいけないよ」みたいなことを言って、単純な人は喜んで更新するけれど、私たち同期の桜はみなそれを見抜いていた。
部屋から出て来ると「ねえ、いくらだった?なんだ私といっしょじゃない」と笑い会う。
「特別だって言われなかった?ああ、やっぱり」とか情報は筒抜け。
けれど、先程の女性はあまり親しい人もいなかったので、そういう話しは聞いてなかったとみえる。
その女性は何故か私に付きまとって、私のすることなすことマネをし始めた。
自動車免許を取ればすぐにとりに行く。
車を買えばすぐに買う。
とにかくウンザリするほど私のマネをするから、あるときついに切れて、その人が買ってきた、私が持っている毛皮の襟巻きとそっくりな物を放り投げて縁を切った・・・つもりだった。
もうウンザリ!
しばらく疎遠になっていたのに、なにやかやと電話してくる。
アンサンブルのお誘いを受ける。
私も好きな事だからつい一緒にアンサンブルを始めると、そのうち、
私を仲間はずれにして他の人達と陰でコソコソする。
私はもうこれで縁が切れたと思ってヤレヤレと思っていると、無視されるのは好きでは無いらしく、又すり寄ってくる。
なぜそうなのかと思っていたら、どうやら私は彼女のライバルらしい。
あちらが勝手にそう思っているだけで、こちらは誰のこともライバルと思ったことがないので、つい最近まで気がつかなかった。
そして先程の「私は特別」発言で、ほんとうに、うんざり。
ちっとも特別ではないのに、長年に亘って、この年になってなお、まだ競争心を持たれていることに、寒気を覚えた。
もう何十年も前の話なのにですよ。
そう言えば私がリサイタルもどきをした時も、間髪を入れずリサイタルをした。
しかもこちらはご招待しているのに、聴きにこない。
彼女のコンサートにはお知らせがあれば聴きにいくけれど、仲間の中に私の分だけチケットの取り置きがない。
当日売りを買ってはいると「来てくれるならご招待したのに」と必ず言う。
それが毎回毎回のこと。
知らされたら都合がつく限り、私は聴きにいくことにしている。
それが分かっているのに。
本当に申し訳ないけれど、もうごめんなさい。
私は貴女のことをライバルだなんて、一度たりとも思ったことはないのだから。
その人の方が容姿も良い、都内某所に立派なお家を持っている、ご主人は有名企業の人だったし、立派な息子さんがいる。
どこをとっても私よりも勝っていると思えるのに。
そういう私の態度にイライラするらしい人がまだいる。
知性のある人は上手く爪をかくすけれど、私はそのことに関して疑り深くなっているから、見逃さない。
なんでも物事、勝ち負けで競うほうがおかしいと、私は思っている。
本当に本当に、私は猫なのだ。にゃあ~、ほらね。
私は好きなときに好きなようにして、他人のことには無関心。
大家族で育ったから、人は皆立場が違うということが身にしみてわかっているのだから。
もう、ほっといてちょ~うだ~い。
2015年8月8日土曜日
又又又・・・大公トリオ
これで弾くの何回目かなあ。
ベートーヴェンの「大公トリオ」
ベートーヴェンが公共の場で演奏したのは、これが最後の曲となった。
耳が聞こえなくなりはじめて他の人の音が聞こえず、ひどく乱暴な演奏となったために評判がわるかったそうで、それで引退となったのだろう。
耳が聞こえない不安感はいかほどのものだったかと、心底同情する。
それなのに、ちゃんと耳の聞こえる演奏者が相手の音を聞こうともしないという場合もあって、アンサンブルをするときはそういう人に悩まされる。
カルテットを弾いていて、ファーストヴァイオリンが間違えて1小節早く入ってしまったことがあった。
しかも本人はそのことに、気がついていないらしい。
1小節目と2小節目は同じ和音の繰り返しだから、間違えて入った様には聞こえないのが幸いだった。
その時私は第2ヴァイオリンを弾いていて、あっと思ってすぐに第1につけた。
チェロもすぐに気がついたのに、ヴィオラ奏者だけが悠々と我が道を行く。
和音が小節によって変わるので、音を聴いていればすぐにわかりそうなものなのに。
かなり先に行ってからやっと気がついたヴィオラさんは、ようやく本来の路線に戻ってくれたから事なきを得た。
その間数十小節。
どれほど周りを聞いていなかったのか、ということ。
全く意に介さないで、弾けるのも豪傑と言えるけれど。
ヴィオラ弾きはこういう性格だから、私はけっこう好きなのだ。
アンサンブルの練習では、まず相手の音を聴くことから始める。
だから初めての時には、自分の事がおろそかになってしまう。
聞き耳を立てて、相手のクセや演奏スタイルを感じ取る。
長年一緒に弾いている仲間たちは、その点安心して自分の事に専念できる。
誰がどうやっても、お互いにすぐに寄り添うことが出来る。
全く初めての人で、かなりユニークな演奏スタイルの人と弾く時には、馴れるまでは聴くことに専念する。
初めの内は、随分弾けないヴァイオリン弾きだなあと思われそう。
ようやく相手の観察が終ると、こちらもしゃしゃり出て行く。
その間の駆け引きが面白い。
色々な人がいて、様々な考え方があることが面白い。
気の合った仲間と弾くのもいいけれど、スッタモンダしながら新しい出会いを楽しんで、曲を作り上げるのも中々おつなもので。
自分も聞くけれど相手にも聞くことを要求するので、あんまり口やかましいものだから相手を萎縮させるのもしばしば。
立場が同じだといいけれど、かなり後輩だったりすると、なるべく優しく言ったつもりでも、相手はすくみ上がってしまう。
そのへんが時々やり過ぎて失敗する。
特に私は理詰めで畳みかけるので、ぐうの音もでなくなった相手に逃げられることも。
そんなことで今回の「大公トリオ」もピアニストが私よりもかなり若いから、言いすぎないようにと口にチャック。
チャックの隙間から文句がこぼれる。
口やかましい姑のような存在かもしれない。
それでも練習を重ねる毎に上手くなって、音色も曲想も変わってきた。
艱難辛苦汝を玉にす。
猫から文句を言われても、あまり有り難く聴く気はないかもしれないけれど。
と、偉そうに言って。
今日はこの後英語のレッスン。
何回教えられても発音を間違える私に、先生は呆れていると思う。
「ほら、なに聞いてるの。同じ事を何回も間違えて」とは言わないけれど。(私だったらそう言う)
ルース先生は私とちがって、すごく優しいのだ。
ベートーヴェンの「大公トリオ」
ベートーヴェンが公共の場で演奏したのは、これが最後の曲となった。
耳が聞こえなくなりはじめて他の人の音が聞こえず、ひどく乱暴な演奏となったために評判がわるかったそうで、それで引退となったのだろう。
耳が聞こえない不安感はいかほどのものだったかと、心底同情する。
それなのに、ちゃんと耳の聞こえる演奏者が相手の音を聞こうともしないという場合もあって、アンサンブルをするときはそういう人に悩まされる。
カルテットを弾いていて、ファーストヴァイオリンが間違えて1小節早く入ってしまったことがあった。
しかも本人はそのことに、気がついていないらしい。
1小節目と2小節目は同じ和音の繰り返しだから、間違えて入った様には聞こえないのが幸いだった。
その時私は第2ヴァイオリンを弾いていて、あっと思ってすぐに第1につけた。
チェロもすぐに気がついたのに、ヴィオラ奏者だけが悠々と我が道を行く。
和音が小節によって変わるので、音を聴いていればすぐにわかりそうなものなのに。
かなり先に行ってからやっと気がついたヴィオラさんは、ようやく本来の路線に戻ってくれたから事なきを得た。
その間数十小節。
どれほど周りを聞いていなかったのか、ということ。
全く意に介さないで、弾けるのも豪傑と言えるけれど。
ヴィオラ弾きはこういう性格だから、私はけっこう好きなのだ。
アンサンブルの練習では、まず相手の音を聴くことから始める。
だから初めての時には、自分の事がおろそかになってしまう。
聞き耳を立てて、相手のクセや演奏スタイルを感じ取る。
長年一緒に弾いている仲間たちは、その点安心して自分の事に専念できる。
誰がどうやっても、お互いにすぐに寄り添うことが出来る。
全く初めての人で、かなりユニークな演奏スタイルの人と弾く時には、馴れるまでは聴くことに専念する。
初めの内は、随分弾けないヴァイオリン弾きだなあと思われそう。
ようやく相手の観察が終ると、こちらもしゃしゃり出て行く。
その間の駆け引きが面白い。
色々な人がいて、様々な考え方があることが面白い。
気の合った仲間と弾くのもいいけれど、スッタモンダしながら新しい出会いを楽しんで、曲を作り上げるのも中々おつなもので。
自分も聞くけれど相手にも聞くことを要求するので、あんまり口やかましいものだから相手を萎縮させるのもしばしば。
立場が同じだといいけれど、かなり後輩だったりすると、なるべく優しく言ったつもりでも、相手はすくみ上がってしまう。
そのへんが時々やり過ぎて失敗する。
特に私は理詰めで畳みかけるので、ぐうの音もでなくなった相手に逃げられることも。
そんなことで今回の「大公トリオ」もピアニストが私よりもかなり若いから、言いすぎないようにと口にチャック。
チャックの隙間から文句がこぼれる。
口やかましい姑のような存在かもしれない。
それでも練習を重ねる毎に上手くなって、音色も曲想も変わってきた。
艱難辛苦汝を玉にす。
猫から文句を言われても、あまり有り難く聴く気はないかもしれないけれど。
と、偉そうに言って。
今日はこの後英語のレッスン。
何回教えられても発音を間違える私に、先生は呆れていると思う。
「ほら、なに聞いてるの。同じ事を何回も間違えて」とは言わないけれど。(私だったらそう言う)
ルース先生は私とちがって、すごく優しいのだ。
2015年8月7日金曜日
蜘蛛の巣
今日で暑さはピークだと天気予報で言っていたけれど、あまりアテにはできない。
異常な暑さが続く。
間もなく氷河期に入るとか言う学者さんもいて、早く入ってくれれば私の大好きなスキーが毎日出来るのにと、呑気に考えている。
私の性格のいい加減さが、こういうところに出る。
世界的な猛暑だそうだから日本だけの事ではなくて、地球自体がどうにかなっているのだと思える。
将来どうなることやら、いい加減な頭で心配することも、たまにはある。
昨日ランチを食べて車に戻ったら、その一時間の駐車で車はサウナになっていた。
昨日の朝、車のフロントガラスが汚いから水を出してワイパーを動かしたら、その部分だけ明るくなった。
ほかの場所がひどく汚い。
良くみたら、蜘蛛の巣が至る所に張ってある。
ウインドミラーは立派な蜘蛛の巣。
フロントガラスには蜘蛛の子か卵か知らないけれど、蜘蛛嫌いが見たら悲鳴を上げるレベルの、蜘蛛の痕跡。
なぜこうなったかというと、うちの駐車場の蛍光灯は絶好の蜘蛛の住み処らしく、いつも巣があって、蜘蛛の子が生息している。
時々箒で払っていてもすぐに前と同じ状態になってしまうから、ムダな事をするのはやめて、蜘蛛さん達に安穏と暮して貰っている。
ほら、これを読んでぞっとして、少しは涼しくなったでしょう?
昨日外出したために、車の鉄板で焼かれて命を落とした蜘蛛さんもいたと思う。
気の毒な事をした。
それとも蜘蛛の子を散らすように逃げたかしら。
子供の頃は樹木の多い家で過ごしたので、至る所に蜘蛛の巣が張ってあった。
歩いていて顔が蜘蛛の巣に引っかかった時の嫌な気分ったら。
実体の無いものに絡め取られたような、振り払っても振り払ってもまとわりつくようなあの感触は忘れられない。
とにかくボンヤリしていたから、縁側で寝そべって雲を眺めているか、蜘蛛が巣を張っているのをジッと見つめているような子供だった。
蜘蛛さんが着々と巣を張るのは、まさに芸術的職人技。
虫は嫌いでも巣は美しい。
それに雨滴がついて雨上がりにキラキラ輝く様子は、本当に美しい。
虫をジッと見つめていて昆虫学者になったとか、雲や星を眺めて天文学者になったとか、建設的な結果は得られなかったけれど、きれいな物に吸い込まれるような気持ちが、のちの私を形成する原点になっているのかと思う。
特に音に吸い込まれていく感覚は、親に放置されてボンヤリするしかなかった、ムダとも思える時間が作ってくれたような気がする。
あの時間がなかったら、私はたぶん芸術は志さなかった。
今の子供達は一瞬たりともボンヤリしていられないで、可哀相。
次々に知識を与えられ、自分で考えなくても親がやってくれる。
でなければ、機械がやってくれる。
そうやって1秒たりともムダにしていないように見えて、人生そのものがムダになってしまいそうな気がする。
私もこのボンヤリが祟って、随分実生活では損をしているとは思うけれど、少なくとも猫のように気儘に生きていけるのが嬉しい。
異常な暑さが続く。
間もなく氷河期に入るとか言う学者さんもいて、早く入ってくれれば私の大好きなスキーが毎日出来るのにと、呑気に考えている。
私の性格のいい加減さが、こういうところに出る。
世界的な猛暑だそうだから日本だけの事ではなくて、地球自体がどうにかなっているのだと思える。
将来どうなることやら、いい加減な頭で心配することも、たまにはある。
昨日ランチを食べて車に戻ったら、その一時間の駐車で車はサウナになっていた。
昨日の朝、車のフロントガラスが汚いから水を出してワイパーを動かしたら、その部分だけ明るくなった。
ほかの場所がひどく汚い。
良くみたら、蜘蛛の巣が至る所に張ってある。
ウインドミラーは立派な蜘蛛の巣。
フロントガラスには蜘蛛の子か卵か知らないけれど、蜘蛛嫌いが見たら悲鳴を上げるレベルの、蜘蛛の痕跡。
なぜこうなったかというと、うちの駐車場の蛍光灯は絶好の蜘蛛の住み処らしく、いつも巣があって、蜘蛛の子が生息している。
時々箒で払っていてもすぐに前と同じ状態になってしまうから、ムダな事をするのはやめて、蜘蛛さん達に安穏と暮して貰っている。
ほら、これを読んでぞっとして、少しは涼しくなったでしょう?
昨日外出したために、車の鉄板で焼かれて命を落とした蜘蛛さんもいたと思う。
気の毒な事をした。
それとも蜘蛛の子を散らすように逃げたかしら。
子供の頃は樹木の多い家で過ごしたので、至る所に蜘蛛の巣が張ってあった。
歩いていて顔が蜘蛛の巣に引っかかった時の嫌な気分ったら。
実体の無いものに絡め取られたような、振り払っても振り払ってもまとわりつくようなあの感触は忘れられない。
とにかくボンヤリしていたから、縁側で寝そべって雲を眺めているか、蜘蛛が巣を張っているのをジッと見つめているような子供だった。
蜘蛛さんが着々と巣を張るのは、まさに芸術的職人技。
虫は嫌いでも巣は美しい。
それに雨滴がついて雨上がりにキラキラ輝く様子は、本当に美しい。
虫をジッと見つめていて昆虫学者になったとか、雲や星を眺めて天文学者になったとか、建設的な結果は得られなかったけれど、きれいな物に吸い込まれるような気持ちが、のちの私を形成する原点になっているのかと思う。
特に音に吸い込まれていく感覚は、親に放置されてボンヤリするしかなかった、ムダとも思える時間が作ってくれたような気がする。
あの時間がなかったら、私はたぶん芸術は志さなかった。
今の子供達は一瞬たりともボンヤリしていられないで、可哀相。
次々に知識を与えられ、自分で考えなくても親がやってくれる。
でなければ、機械がやってくれる。
そうやって1秒たりともムダにしていないように見えて、人生そのものがムダになってしまいそうな気がする。
私もこのボンヤリが祟って、随分実生活では損をしているとは思うけれど、少なくとも猫のように気儘に生きていけるのが嬉しい。
2015年8月5日水曜日
今年も24時間テレビ
日テレの24時間テレビの仕事は、この放送が始まった初めの頃からのお付き合い。
途中、私も色々忙しく、出たり出なかったりしていたけれど、最近は又、古巣に舞い戻って毎年のように出演させて貰っている。
だから1年に1度だけ、同じ顔ぶれが揃うので、七夕様の織り姫、彦星のようだと言いあう。
織り姫も彦星も大分古くなったけれど、毎年の楽しみの一つ。
ガクタイはあまり年をとらない。
白髪や腰痛がでても、中身はやはりアホなまま。
この場合のアホは知能が足りないという意味ではなく、頭は皆平均以上に良いのだけれど、人間の成熟度が低い。
良く言えば、万年青年。
悪く言うと進歩がない。
唯我独尊、我が道を行く。
そうでないと、楽器を弾くなどと言うこんな七面倒くさいことをこの年まで、やってはいられない。
他の職業ならとっくに偉くなって、部下に仕事をやらせていられるのに、この仕事は自分で演奏しなければ、ギャラがもらえない。
実に進歩のない職種と言える。
22日23日の本番に向けての、リハーサルと録音が行われた。
久しぶりに録音スタジオに入って、次々と録音していくうちに勘が少しずつ戻ってくる。
スタジオプレーヤー達の初見力と応用力にはびっくりさせられる。
一回リハーサル、すぐに本番なんてことも多い。
一回のリハーサルで、音の間違いを見つけたり、難しい箇所をチョコチョコッと練習して本番に臨む緊張感に、中々私はなじめなかった。
私はステージの仕事が好きで、マイクに向かって弾くのはとても緊張する。
ほんの一寸したミスもマイクは拾ってしまう。
誰かがミスすれば、もう一度取り直し。
ミスをした人は自分のせいだから、大変恐縮する。
ある時テレビの仕事で、フルートを吹いていた人がどうしても上手く行かない箇所があって、本番前の休憩に入ると死にものぐるいでその箇所を練習していたのを見た事があった。
何回も何回も、自分のために時間をむだにさせてはいけないという思いで、必死になっている。
まわりの仲間達は「おい、あいつ死んじゃうぞ」と言うくらいに。
本番はどうにかクリア。
いつも陽気でバカばかり言っていても、心底真面目な人達なのだ。
ステージの演奏は、特にクラシックの場合だったら、練習を重ねて万全の態勢で本番に臨む。
スタジオの仕事はそうはいかない。
とにかくその場で弾けなければならないし、急に曲の調を替えさせられたりする。
それをスタジオプレーヤーたちは平然とやってのける。
その間の脳みそは、ものすごい勢いで回転する。
スタジオに行ったら否応なしに、それをしなければならないので疲れる。
よくアマチュアでちょっと上手に楽器を演奏する人が、自分はプロ並みみたいに勘違いしている人も多いけれど、現場に行ってお金を稼いでみると、途方もなく大変なことが良くわかる。
出来るものならやってごらんと言いたくなる。
1度で尻尾巻いて逃げだすから。
私も苦手ながら、スタジオに入ればもう逃げられない。
音を間違えないように、繰り返しを間違えないように、音程を正しく、ハラハラしながら仕事をする。
毎日これを職業にしている人達がいて、まあ、馴れてしまえばさほどの事はないのかもしれないけれど、時々行って仕事させてもらう私の様な立場だと、本当に緊張する。
学生時代からスタジオの仕事をしていたけれど、人には向き不向きがあって、私はどうしても緊張し過ぎてしまう。
それは毎日やっている人達も、本番は同じ気分だとは思うけれど、これを毎日続けていけるのはすごい!
とは言え、私も随分沢山稼がせていただいたけれど。
24時間テレビは幸いなことに、メンバーが親しいひとばかりで、さほど緊張もせず楽しい事の方が多い。
今年はDAIGO君がマラソンランナーだときく。
一見優男風だからちょっと心配してしまうけれど、結婚間近の恋人がいるそうだ。
そういう時、人はすごいパワーがでるからやってのけそうな。
途中、私も色々忙しく、出たり出なかったりしていたけれど、最近は又、古巣に舞い戻って毎年のように出演させて貰っている。
だから1年に1度だけ、同じ顔ぶれが揃うので、七夕様の織り姫、彦星のようだと言いあう。
織り姫も彦星も大分古くなったけれど、毎年の楽しみの一つ。
ガクタイはあまり年をとらない。
白髪や腰痛がでても、中身はやはりアホなまま。
この場合のアホは知能が足りないという意味ではなく、頭は皆平均以上に良いのだけれど、人間の成熟度が低い。
良く言えば、万年青年。
悪く言うと進歩がない。
唯我独尊、我が道を行く。
そうでないと、楽器を弾くなどと言うこんな七面倒くさいことをこの年まで、やってはいられない。
他の職業ならとっくに偉くなって、部下に仕事をやらせていられるのに、この仕事は自分で演奏しなければ、ギャラがもらえない。
実に進歩のない職種と言える。
22日23日の本番に向けての、リハーサルと録音が行われた。
久しぶりに録音スタジオに入って、次々と録音していくうちに勘が少しずつ戻ってくる。
スタジオプレーヤー達の初見力と応用力にはびっくりさせられる。
一回リハーサル、すぐに本番なんてことも多い。
一回のリハーサルで、音の間違いを見つけたり、難しい箇所をチョコチョコッと練習して本番に臨む緊張感に、中々私はなじめなかった。
私はステージの仕事が好きで、マイクに向かって弾くのはとても緊張する。
ほんの一寸したミスもマイクは拾ってしまう。
誰かがミスすれば、もう一度取り直し。
ミスをした人は自分のせいだから、大変恐縮する。
ある時テレビの仕事で、フルートを吹いていた人がどうしても上手く行かない箇所があって、本番前の休憩に入ると死にものぐるいでその箇所を練習していたのを見た事があった。
何回も何回も、自分のために時間をむだにさせてはいけないという思いで、必死になっている。
まわりの仲間達は「おい、あいつ死んじゃうぞ」と言うくらいに。
本番はどうにかクリア。
いつも陽気でバカばかり言っていても、心底真面目な人達なのだ。
ステージの演奏は、特にクラシックの場合だったら、練習を重ねて万全の態勢で本番に臨む。
スタジオの仕事はそうはいかない。
とにかくその場で弾けなければならないし、急に曲の調を替えさせられたりする。
それをスタジオプレーヤーたちは平然とやってのける。
その間の脳みそは、ものすごい勢いで回転する。
スタジオに行ったら否応なしに、それをしなければならないので疲れる。
よくアマチュアでちょっと上手に楽器を演奏する人が、自分はプロ並みみたいに勘違いしている人も多いけれど、現場に行ってお金を稼いでみると、途方もなく大変なことが良くわかる。
出来るものならやってごらんと言いたくなる。
1度で尻尾巻いて逃げだすから。
私も苦手ながら、スタジオに入ればもう逃げられない。
音を間違えないように、繰り返しを間違えないように、音程を正しく、ハラハラしながら仕事をする。
毎日これを職業にしている人達がいて、まあ、馴れてしまえばさほどの事はないのかもしれないけれど、時々行って仕事させてもらう私の様な立場だと、本当に緊張する。
学生時代からスタジオの仕事をしていたけれど、人には向き不向きがあって、私はどうしても緊張し過ぎてしまう。
それは毎日やっている人達も、本番は同じ気分だとは思うけれど、これを毎日続けていけるのはすごい!
とは言え、私も随分沢山稼がせていただいたけれど。
24時間テレビは幸いなことに、メンバーが親しいひとばかりで、さほど緊張もせず楽しい事の方が多い。
今年はDAIGO君がマラソンランナーだときく。
一見優男風だからちょっと心配してしまうけれど、結婚間近の恋人がいるそうだ。
そういう時、人はすごいパワーがでるからやってのけそうな。
2015年8月2日日曜日
誰の恩返し?
鶴を助けると布を織ってくれる。
お地蔵さんに蓑傘を被せると、米俵が届く。
キツネを助けると、若い女性になってお嫁さんになってくれる。
さて、私は誰を助けたのだろうか。
助けられることはあっても助けることはないのに、我が家のドアノブには、今日もじゃが芋とジャムがぶら下がっていた。
姉がよく来て、私が留守の時には色々な物を置いて行ってくれるから、又そうだと思って御礼の電話をしたら「私じゃないわ」と言う。
それでは一階上の奥さんかと思って、寝込みを襲って聞いてきたけれど「あら、良かったですね。いいえ、私じゃありません」
良かったではない。
困っただわ。
もう1人の姉もたまに来て物を置いていくけれど、置き方が全く違うからすぐ彼女ではないと分かった。
一体だれが・・・
随分前のこと、やはりドアノブに大きな紙袋がかかっていて、中を覗くと版画が2枚入っていた。
齋藤清という版画家の、とてもきれいな猫の版画。
複製だとは思うけれど、木目調で色も私好み。
こんなことをする人はあの人に違いないと思って訊いてみたら、その人は全く知らないという。
それでは、この人?
友人知人の殆どに片っ端から聞いたけど、誰も自分ではないと言う。
まさかと思う人にも訊いてみた。
誰も知らないと言う。
悪いことではないから、届けた本人が否定するということは、考えられない。
ついにお手上げで、未だに犯人、ではない、奇特な人は分からない。
メモの一枚、メールの1本ももらえれば御礼が言えるのに。
ふーむ、もしかしたら、今まで世話をしたノラ猫たちが担いで持ってきたかも。
「にゃーんて重いんだ。よいしょ、こらしょ」なんて。
齋藤清美術館のサイトは「こちら」
このページの上から2段目の猫と、もう一枚2匹の猫の絵が届きました。
その後も遇う人毎に訊いてもだれも知らないと言う。
ジャガイモとジャムの届け主もわからない。
お地蔵さんに蓑傘を被せると、米俵が届く。
キツネを助けると、若い女性になってお嫁さんになってくれる。
さて、私は誰を助けたのだろうか。
助けられることはあっても助けることはないのに、我が家のドアノブには、今日もじゃが芋とジャムがぶら下がっていた。
姉がよく来て、私が留守の時には色々な物を置いて行ってくれるから、又そうだと思って御礼の電話をしたら「私じゃないわ」と言う。
それでは一階上の奥さんかと思って、寝込みを襲って聞いてきたけれど「あら、良かったですね。いいえ、私じゃありません」
良かったではない。
困っただわ。
もう1人の姉もたまに来て物を置いていくけれど、置き方が全く違うからすぐ彼女ではないと分かった。
一体だれが・・・
随分前のこと、やはりドアノブに大きな紙袋がかかっていて、中を覗くと版画が2枚入っていた。
齋藤清という版画家の、とてもきれいな猫の版画。
複製だとは思うけれど、木目調で色も私好み。
こんなことをする人はあの人に違いないと思って訊いてみたら、その人は全く知らないという。
それでは、この人?
友人知人の殆どに片っ端から聞いたけど、誰も自分ではないと言う。
まさかと思う人にも訊いてみた。
誰も知らないと言う。
悪いことではないから、届けた本人が否定するということは、考えられない。
ついにお手上げで、未だに犯人、ではない、奇特な人は分からない。
メモの一枚、メールの1本ももらえれば御礼が言えるのに。
ふーむ、もしかしたら、今まで世話をしたノラ猫たちが担いで持ってきたかも。
「にゃーんて重いんだ。よいしょ、こらしょ」なんて。
齋藤清美術館のサイトは「こちら」
このページの上から2段目の猫と、もう一枚2匹の猫の絵が届きました。
その後も遇う人毎に訊いてもだれも知らないと言う。
ジャガイモとジャムの届け主もわからない。
2015年8月1日土曜日
同級生のコンサート
チェロの藤沢俊樹さんが、長年ドイツで活躍していたヴァイオリニストの同級生とコンサートをするというので、聞きにいった。
限定70名の会場だから早くしないと席がなくなると言われたので、慌てて予約をしたら「いつも押し売りしてすみません」とメールが来た。
こちらもいつも楽しみにしているので、できる限り出かけていく。
今日の会場は成城学園駅から徒歩15分!距離にして1キロ。
この暑いのに。
しかも午後2時から!
一番暑い時間帯なのに。
写真を見ると、アーチ型の天井の高い、素敵なホール。
さぞや良い音がするだろうと思ったけれど、徒歩15分・・・
車で行こうかと思ったけれど、近くのコインパーキングからも少し距離がありそうなので、覚悟を決めて歩く事にした。
くるぶしが痛くて、最近は少し歩きすぎると腫れてくる。
それで良いスニーカーが欲しいと思って通販で買った物が、今朝タイミング良く届いた。
これに合わせたワケではないけれど、試着するとなかなか具合が良い。
くるぶしを保護固定するために、くるぶしの少し上まで届く長さで、紐で編み上げるようになっている。
綿の5本指のソックスを穿いて、しっかりと紐を結んだ。
足元はこれで万全。
電車のタイミングも良く、成城学園前駅にはすんなりと到着した。
さて、歩き出す前にオシャレなカフェでコーヒーを飲んで、一休み。
ジリジリと照りつける日差しの中を、やっとのことでたどり着いたら、靴を脱いで下さいですと。
キリキリと締め上げてきた紐を、ゴソゴソとほどき、おいおい、帰りが面倒だぞと独り言。
しかも中は5本指の綿ソックス。
少しオシャレしていたのに、足元がダサすぎる。
人生何処で何が起きるか予測がつかない。
これからは服も脱ぐ事を考えて、下着もラクダのシャツはやめよう。
ヴァイオリン 初鹿野司
ピアノ 初鹿野久枝
チェロ 藤沢俊樹
第2チェロ 和田達也
エックレス 「ヴァイオリンソナタ・ト長調」
ブルッフ 「コール・二ドライ」
ヘンデル 「2台のチェロのためのソナタ」
ヘンデル=ハルヴォルセン 「パッサカリア」
メンデルスゾーン 「ピアノ3重奏曲 ニ短調」
靴は脱がされたけれど、会場はとても素敵な教会の様なアーチの天井。
雰囲気のある音響の良い、中々こんな贅沢なサロンは見当たらない。
初鹿野さんは非常に豊かな音で、メンデルスゾーンの最終楽章は圧巻だった。
気心知れた同級生がこうして時を経て集い、年月の垣根を跳び越えてアンサンブルを楽しんでいる様子が、羨ましく思えた。
お互いベテラン同士、長いあいだ離れていても、あうんの呼吸がとれる。
帰りは玄関で靴紐と格闘して、5本指ソックスを隠すようにして履くのは難しかった。
それでも靴のお陰で、いつになくスタスタと歩けたのが今日の収穫だった。
つまらん収穫でごめん!
限定70名の会場だから早くしないと席がなくなると言われたので、慌てて予約をしたら「いつも押し売りしてすみません」とメールが来た。
こちらもいつも楽しみにしているので、できる限り出かけていく。
今日の会場は成城学園駅から徒歩15分!距離にして1キロ。
この暑いのに。
しかも午後2時から!
一番暑い時間帯なのに。
写真を見ると、アーチ型の天井の高い、素敵なホール。
さぞや良い音がするだろうと思ったけれど、徒歩15分・・・
車で行こうかと思ったけれど、近くのコインパーキングからも少し距離がありそうなので、覚悟を決めて歩く事にした。
くるぶしが痛くて、最近は少し歩きすぎると腫れてくる。
それで良いスニーカーが欲しいと思って通販で買った物が、今朝タイミング良く届いた。
これに合わせたワケではないけれど、試着するとなかなか具合が良い。
くるぶしを保護固定するために、くるぶしの少し上まで届く長さで、紐で編み上げるようになっている。
綿の5本指のソックスを穿いて、しっかりと紐を結んだ。
足元はこれで万全。
電車のタイミングも良く、成城学園前駅にはすんなりと到着した。
さて、歩き出す前にオシャレなカフェでコーヒーを飲んで、一休み。
ジリジリと照りつける日差しの中を、やっとのことでたどり着いたら、靴を脱いで下さいですと。
キリキリと締め上げてきた紐を、ゴソゴソとほどき、おいおい、帰りが面倒だぞと独り言。
しかも中は5本指の綿ソックス。
少しオシャレしていたのに、足元がダサすぎる。
人生何処で何が起きるか予測がつかない。
これからは服も脱ぐ事を考えて、下着もラクダのシャツはやめよう。
ヴァイオリン 初鹿野司
ピアノ 初鹿野久枝
チェロ 藤沢俊樹
第2チェロ 和田達也
エックレス 「ヴァイオリンソナタ・ト長調」
ブルッフ 「コール・二ドライ」
ヘンデル 「2台のチェロのためのソナタ」
ヘンデル=ハルヴォルセン 「パッサカリア」
メンデルスゾーン 「ピアノ3重奏曲 ニ短調」
靴は脱がされたけれど、会場はとても素敵な教会の様なアーチの天井。
雰囲気のある音響の良い、中々こんな贅沢なサロンは見当たらない。
初鹿野さんは非常に豊かな音で、メンデルスゾーンの最終楽章は圧巻だった。
気心知れた同級生がこうして時を経て集い、年月の垣根を跳び越えてアンサンブルを楽しんでいる様子が、羨ましく思えた。
お互いベテラン同士、長いあいだ離れていても、あうんの呼吸がとれる。
帰りは玄関で靴紐と格闘して、5本指ソックスを隠すようにして履くのは難しかった。
それでも靴のお陰で、いつになくスタスタと歩けたのが今日の収穫だった。
つまらん収穫でごめん!
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