家の中で見つからなくなるもの。
私は鍵を一日中探す。
最近の日課と言ってよい。
置いておくところは大体決めているのに、手にもって歩いているときに目についたことをしようとすると鍵のことは忘れて、その辺にぽいと置く。
その結果いつも鍵を探すことになる。
先日越後湯沢に出かける前の日、午後中鍵を探していたけれど、どうしても見つからない。
スペアはあるけれど、落としたかなにかで他人の手に渡るとまずいことになる。
家の中での行動範囲は狭いから、記憶を頼りにトイレや洗濯機の中、デスクの上、引き出し、床など、たいていのところは探し終えた。
次の日の旅行用のバッグのなかも調べた。
もうこれはあきらめようと思ったけれど、だが待てよ、もう一度荷物を全部ひっくり返してみようと思い立った。
小分けしてあるシャツやソックスの小物入れの間は調べたけれど、袋の中まではまさかと思って調べてない。
見つかった。
下着の袋の中から、なぜか鍵が。
どうして?どうやったらこんなところに入るの?
鍵にきいてみたら「いいえ、私は知りません。これは困ったと思ったのですが、どうせ入るなら若い子のヒラヒラした下着に入りたかったなあ。こんなバ*・・・あ、しつれい!色っぽくない下着は面白くない」
鍵の分際でなにをぬかす。
見つかったのは出発当日。
実に二日間にわたって鍵探し。
その話をしたら友人が「うちの姉は時計を冷蔵庫に入れたみたいよ」という。
どうしたら冷蔵庫に入れようと思うのか、その過程が興味深い。
冷蔵庫と言っても野菜室だそうだから、冷えすぎないでよかった。
冷凍庫だったらどうなっていたか興味はあるけれど、こわれたら気の毒だからけしかけないようにしよう。
買い物から帰って野菜を収納するときに外して、その辺に置いたのかもしれない。
しかし野菜を収納するときになぜ腕時計を外すのか・・・謎。
友人と二人で推理したけれど、シャーロック・ホームズのようには頭が働かない。
思いがけないところに無意識においてしまうと、自分でも後で思い出せない。
洗濯機の中から出てきたこともあった。
ポケットに鍵を入れたままエプロンを洗濯機に入れて洗ってしまったらしい。
その日英語のレッスンに行くので焦っていたけれど、どうしても見つからないから教室に連絡して遅れることを伝えた。
必死で探した結果、洗濯機からクリーニング済の清潔な鍵が出てきた。
その当時の英語の教師は毛むくじゃらのアメリカ人。
見かけはごついが態度はおねえ。
初めて会った時にはギョッとした。
ドアを開けて入るなり腰をくねらせて「う~ん、あつ~い」指を反らせてエレガントに顔を煽いだ。
その指には指輪がいっぱい。
今の英語の先生はイギリス人女性。
彼女は日本女性よりももっと大和撫子だけど、彼には負ける。
2016年9月13日火曜日
2016年9月12日月曜日
イヴリー・ギトリス
越後湯沢での弦楽アンサンブルの合宿は正午で終わり、後は自由練習。
お弁当を食べながら練習の録音を聴く。
なんというきれいな響きになってきたことか!
初期のころの、私の言う「この世の物とは思えない恐ろしい」音は姿を消して、すべてを真正面から見つめて努力する彼らの性格そのものの、純粋な音になってきた。
まだまだ技術も未熟、音程やリズムが定まらないところもあるけれど、常に高みに上ろうとする努力が素晴らしい。
新幹線を待つ間、少し時間があったのでお土産を見て回ったけれど、何も買わない。
というのも、その夜、イヴリー・ギトリスのコンサートを聴くため。
まさかナスやブドウや日本酒などの入った袋を下げて紀尾井ホールにはいけないでしょう。
それでも枝豆だけは一袋、キャリーバッグに押し込んだ。
紀尾井ホールに枝豆が持ち込まれたのは、これが最初では?
四谷駅に到着したのはまだ開演の2時間も前。
暇つぶしに本屋さんをさがしたけれど、見当たらない。
上智大学が近いというのに、書店がないとは。
すっかりスマフォに取って代わられて、書店は敗退の一途。
気の毒ではあるけれど、時代の流れかとも。
会場で友人のHさんと一緒になった。
彼女はヴァイオリン奏者で、容姿、ファッションともにずば抜けており、仕事場でタレントさんより目立ったために注意されたという伝説の人。
今回も白地にブルーの模様のパンツにアイボリーのアンサンブル、金色の真珠のネックレスとイヤリングにジョワジョワヘアー、目の覚めるようなブルーのバッグ。
スリムで背の高いファッションモデル張りの体型。
対照的なダサいずんぐり体型、刈り上げ頭にスニーカー、ダボダボのリネンのワンピース、一切アクセサリーを身に着けないこの私が目立ってしまうではないか。
しかもいくらお気に入りとはいえ、角の擦り切れた四角いポーチの古びて色あせているものを、10年以上愛用している。
一歩間違えば他人さまから施しをされそうな雰囲気。
これがねこたまですにゃん。
なぜか私は背の高いスリムな人とコンビニなることが多く、自分をそうやって逆に目立たせているのかも・・・目立たないって・・・とは陰の声。
さてギトリスおじさん、御年94歳。
若き日の演奏を聴くと、つやっぽい色っぽい、これぞヴァイオリンの音。
そうすると私の弾いているあの楽器はなに?
ピアニストのマルディロシアン氏に抱きかかえられるようにして出てきた彼は、いくぶん不機嫌そうでピアニストになにか言っている。
「なんでわしが演奏せにゃならんのか?」とでも。
なだめすかされるように椅子に腰かけ、不機嫌そうにヒンデミット「ソナタ」を弾き始める。
音程は雲のかなた、でも時々とてつもなく良い音が。
2曲目はベートーヴェン「スプリングソナタ」
あまりにも自由に弾くのでピアニストがどうやって合わせているのか不思議に思うほど。
しかしよく聞いているとけっして勝手に弾いているわけではなくて、やはりちゃんと寸はあっているという不思議。
時間の枠の中でおそろしく自由に動くけれど、決して踏み外してはいない。
12歳でパリ音楽院を首席で卒業した天才児は今日に至るまで天才で、二十歳過ぎたらただの人とはならなかったのだ。
後半はピアニストのソロでシューベルト:即興曲。
そして待ってました。
ギトリスの面目躍如の小品。
ブラームス: F.A.E.のソナタより スケルツオ
パラデイス: シチリアーナ
クライスラー: シンコペーション
チャイコフスキー メロディー
クライスラー 美しきロスマリン
そして 浜辺の歌 心にしみる即興的演奏。
アンコールは クライスラー: 愛の悲しみ
弓が重量を全く感じさせない。
まるで羽が生えているようだ。
左手の指の素早さは、幼児のときの関節の柔らかさをいまだに保っているように、柔らかく素早く動く。
これが聴きたくて、疲れた体を越後湯沢から引きずってでも来たの。
ああ、ほんとにほんーっとに、おいしいものを食べたような、すてきなひと時だった。
満足のため息とちょっぴり涙がこぼれる。
軽やかで洒落ていて色気があって、こんなおじいさんに私はなりたい。
いや、なれませんとも、私はこれでも女性。
見た目は猫ですが。
疲れ切ってヴァイオリンを背負い、重いキャリーバッグを引きずって帰宅。
もうこんなことしている年ではないのにとは思うけれど、あのお方は更に上を行っているのだ。
並外れた才能と健康、ステージに出てきたときは不機嫌で弱々しかったのに、終わるころには輝いて本当に楽しそうだった。
お弁当を食べながら練習の録音を聴く。
なんというきれいな響きになってきたことか!
初期のころの、私の言う「この世の物とは思えない恐ろしい」音は姿を消して、すべてを真正面から見つめて努力する彼らの性格そのものの、純粋な音になってきた。
まだまだ技術も未熟、音程やリズムが定まらないところもあるけれど、常に高みに上ろうとする努力が素晴らしい。
新幹線を待つ間、少し時間があったのでお土産を見て回ったけれど、何も買わない。
というのも、その夜、イヴリー・ギトリスのコンサートを聴くため。
まさかナスやブドウや日本酒などの入った袋を下げて紀尾井ホールにはいけないでしょう。
それでも枝豆だけは一袋、キャリーバッグに押し込んだ。
紀尾井ホールに枝豆が持ち込まれたのは、これが最初では?
四谷駅に到着したのはまだ開演の2時間も前。
暇つぶしに本屋さんをさがしたけれど、見当たらない。
上智大学が近いというのに、書店がないとは。
すっかりスマフォに取って代わられて、書店は敗退の一途。
気の毒ではあるけれど、時代の流れかとも。
会場で友人のHさんと一緒になった。
彼女はヴァイオリン奏者で、容姿、ファッションともにずば抜けており、仕事場でタレントさんより目立ったために注意されたという伝説の人。
今回も白地にブルーの模様のパンツにアイボリーのアンサンブル、金色の真珠のネックレスとイヤリングにジョワジョワヘアー、目の覚めるようなブルーのバッグ。
スリムで背の高いファッションモデル張りの体型。
対照的なダサいずんぐり体型、刈り上げ頭にスニーカー、ダボダボのリネンのワンピース、一切アクセサリーを身に着けないこの私が目立ってしまうではないか。
しかもいくらお気に入りとはいえ、角の擦り切れた四角いポーチの古びて色あせているものを、10年以上愛用している。
一歩間違えば他人さまから施しをされそうな雰囲気。
これがねこたまですにゃん。
なぜか私は背の高いスリムな人とコンビニなることが多く、自分をそうやって逆に目立たせているのかも・・・目立たないって・・・とは陰の声。
さてギトリスおじさん、御年94歳。
若き日の演奏を聴くと、つやっぽい色っぽい、これぞヴァイオリンの音。
そうすると私の弾いているあの楽器はなに?
ピアニストのマルディロシアン氏に抱きかかえられるようにして出てきた彼は、いくぶん不機嫌そうでピアニストになにか言っている。
「なんでわしが演奏せにゃならんのか?」とでも。
なだめすかされるように椅子に腰かけ、不機嫌そうにヒンデミット「ソナタ」を弾き始める。
音程は雲のかなた、でも時々とてつもなく良い音が。
2曲目はベートーヴェン「スプリングソナタ」
あまりにも自由に弾くのでピアニストがどうやって合わせているのか不思議に思うほど。
しかしよく聞いているとけっして勝手に弾いているわけではなくて、やはりちゃんと寸はあっているという不思議。
時間の枠の中でおそろしく自由に動くけれど、決して踏み外してはいない。
12歳でパリ音楽院を首席で卒業した天才児は今日に至るまで天才で、二十歳過ぎたらただの人とはならなかったのだ。
後半はピアニストのソロでシューベルト:即興曲。
そして待ってました。
ギトリスの面目躍如の小品。
ブラームス: F.A.E.のソナタより スケルツオ
パラデイス: シチリアーナ
クライスラー: シンコペーション
チャイコフスキー メロディー
クライスラー 美しきロスマリン
そして 浜辺の歌 心にしみる即興的演奏。
アンコールは クライスラー: 愛の悲しみ
弓が重量を全く感じさせない。
まるで羽が生えているようだ。
左手の指の素早さは、幼児のときの関節の柔らかさをいまだに保っているように、柔らかく素早く動く。
これが聴きたくて、疲れた体を越後湯沢から引きずってでも来たの。
ああ、ほんとにほんーっとに、おいしいものを食べたような、すてきなひと時だった。
満足のため息とちょっぴり涙がこぼれる。
軽やかで洒落ていて色気があって、こんなおじいさんに私はなりたい。
いや、なれませんとも、私はこれでも女性。
見た目は猫ですが。
疲れ切ってヴァイオリンを背負い、重いキャリーバッグを引きずって帰宅。
もうこんなことしている年ではないのにとは思うけれど、あのお方は更に上を行っているのだ。
並外れた才能と健康、ステージに出てきたときは不機嫌で弱々しかったのに、終わるころには輝いて本当に楽しそうだった。
成果は上々
「ルフォスタ」弦楽アンサンブルの夏の合宿。
12時に越後湯沢集合というので、11時35分着の列車で到着。
数人の合宿参加者はお昼ご飯は駅近くでおそばを食べることになった。
今回も石内スキー場のゲレンデの真っただ中にある立派なリゾートマンションをお借りすることになった。
そこのマンションの居住者のNさんのご厚意で、ゲストルームとホールを借りられた。
もう合宿も4回目。
初めは本当にただ遊ぶための合宿と称するイベントだったけれど、回を重ねるごとにどんどん真剣な練習になってきたので、気が抜けない。
駅の前にシルバーに光るポルシェ!!
Nさんの愛車に乗せてもらう。
歩ける距離なのにポルシェなら乗りたい。
真っ赤なシートにすっぽり座ると、ちびな私は前も見えない。
おそばのボリュームときたら超ド級。
天ぷらがまたすごい。
腰の強い太麺で、食べた~という感じが半端でない。
すっかり満腹でこれでは昼寝がしたくなる。
巨大なマンションに到着。
ほかから集まったメンバーも待機していた。
プールあり温泉あり、スキーのためのロッカールームも完備。
なにもかもバブル期の仕様だから、贅沢そのもの。
VIPルームは広大なリビング、キッチン、2階にゆったりとしたバストイレ付きの寝室が沢山あって、それぞれ好きな部屋を使わせてもらえる。
今回家族連れのメンバーが3組いて、子供が5人。
大きな部屋で走り回ったりかくれんぼをしたり、はしゃぎまくっていた。
それでもあまりうるさく感じないほどの広さ。
午後からの練習は、別棟にある舞台付きのホールを使わせてもらえる。
響きの良い大きなホールで、本格的なコンサートもできそうなのに使う人はあまりいそうもない。
本当に贅沢でこんな良い環境で練習できる私たちは、幸運としか言いようがない。
ホールのロビーの大きなガラス窓からは、石内スキー場のゲレンデと近くに迫る山々が緑濃く見える。
数年前、スキーシーズンにも泊めていただいて、みなで滑ったことがあった。
Nさんは間もなくデモンストレーターに迫るスキーの名手。
スキーのためにこのマンションを手に入れて、冬はシーズン中ずっとここにこもっている。
おかげでこの弦楽アンサンブルは、冬にはチェリストが一人少なくなってしまう。
練習の初めはしょぼ~い音で始まった。
曲はチャイコフスキー「弦楽セレナーデ」第一楽章。
初めてこの弦楽アンサンブルの指導を始めたころは、人間でいえばよちよち歩きの赤ん坊。
みな、練習の仕方も慣習もしらない人たちで、練習するのに鉛筆も持ってこない。
楽譜を一人で独占する。
足を組んで弾く・・・
一つ一つ根気よく教え込んでいくけれど、全くよそのグループの経験もない人たちで、いつまでも身に付かない。
そのたびに腹を立てたり、お説教をしたり。
遊び半分で私語を交わす、注意しているのに聞いていない等々。
目に余ることも多かった。
途中で弾くのをやめて注意しようとしても無視して弾き続けるなどの態度の悪さ。
ほかの楽器の音を全く聞いていないなど、腹の立つことばかり。
それでもだんだんうまくなるにつれて、どんどん態度も改まってきて、注意をするとぴたりと弾くのをやめる。
これは私の「上手い合奏団はとめるとすぐに弾くのをやめるけど、下手な合奏団は弾き続けて注意をきかない」といったのが彼らのプライドをいたく刺激したための効果だと思っている。
メンバー各自の技術も合奏の技術も上がって、どこまで上手くなれるか楽しみになってきた。
今回は2日にわたっての真剣な練習の結果・・・
最後に録った録音を聴くと、よくぞここまで来たものだと感激した。
この合奏団は入れ替わりも少しはあったけれど、ほとんどの人が辞めずにほぼ同じメンバーで成り立っていること、これが大変良い結果につながった。
今月22日(休)渋谷の伝承ホールでの音楽教室「ルフォスタ」の発表会では好演が期待される。
お時間のある方は覗いてみてください。
詳しくは音楽教室「ルフォスタ」ホームページで。
http://lefosta.jimdo.com/
12時に越後湯沢集合というので、11時35分着の列車で到着。
数人の合宿参加者はお昼ご飯は駅近くでおそばを食べることになった。
今回も石内スキー場のゲレンデの真っただ中にある立派なリゾートマンションをお借りすることになった。
そこのマンションの居住者のNさんのご厚意で、ゲストルームとホールを借りられた。
もう合宿も4回目。
初めは本当にただ遊ぶための合宿と称するイベントだったけれど、回を重ねるごとにどんどん真剣な練習になってきたので、気が抜けない。
駅の前にシルバーに光るポルシェ!!
Nさんの愛車に乗せてもらう。
歩ける距離なのにポルシェなら乗りたい。
真っ赤なシートにすっぽり座ると、ちびな私は前も見えない。
おそばのボリュームときたら超ド級。
天ぷらがまたすごい。
腰の強い太麺で、食べた~という感じが半端でない。
すっかり満腹でこれでは昼寝がしたくなる。
巨大なマンションに到着。
ほかから集まったメンバーも待機していた。
プールあり温泉あり、スキーのためのロッカールームも完備。
なにもかもバブル期の仕様だから、贅沢そのもの。
VIPルームは広大なリビング、キッチン、2階にゆったりとしたバストイレ付きの寝室が沢山あって、それぞれ好きな部屋を使わせてもらえる。
今回家族連れのメンバーが3組いて、子供が5人。
大きな部屋で走り回ったりかくれんぼをしたり、はしゃぎまくっていた。
それでもあまりうるさく感じないほどの広さ。
午後からの練習は、別棟にある舞台付きのホールを使わせてもらえる。
響きの良い大きなホールで、本格的なコンサートもできそうなのに使う人はあまりいそうもない。
本当に贅沢でこんな良い環境で練習できる私たちは、幸運としか言いようがない。
ホールのロビーの大きなガラス窓からは、石内スキー場のゲレンデと近くに迫る山々が緑濃く見える。
数年前、スキーシーズンにも泊めていただいて、みなで滑ったことがあった。
Nさんは間もなくデモンストレーターに迫るスキーの名手。
スキーのためにこのマンションを手に入れて、冬はシーズン中ずっとここにこもっている。
おかげでこの弦楽アンサンブルは、冬にはチェリストが一人少なくなってしまう。
練習の初めはしょぼ~い音で始まった。
曲はチャイコフスキー「弦楽セレナーデ」第一楽章。
初めてこの弦楽アンサンブルの指導を始めたころは、人間でいえばよちよち歩きの赤ん坊。
みな、練習の仕方も慣習もしらない人たちで、練習するのに鉛筆も持ってこない。
楽譜を一人で独占する。
足を組んで弾く・・・
一つ一つ根気よく教え込んでいくけれど、全くよそのグループの経験もない人たちで、いつまでも身に付かない。
そのたびに腹を立てたり、お説教をしたり。
遊び半分で私語を交わす、注意しているのに聞いていない等々。
目に余ることも多かった。
途中で弾くのをやめて注意しようとしても無視して弾き続けるなどの態度の悪さ。
ほかの楽器の音を全く聞いていないなど、腹の立つことばかり。
それでもだんだんうまくなるにつれて、どんどん態度も改まってきて、注意をするとぴたりと弾くのをやめる。
これは私の「上手い合奏団はとめるとすぐに弾くのをやめるけど、下手な合奏団は弾き続けて注意をきかない」といったのが彼らのプライドをいたく刺激したための効果だと思っている。
メンバー各自の技術も合奏の技術も上がって、どこまで上手くなれるか楽しみになってきた。
今回は2日にわたっての真剣な練習の結果・・・
最後に録った録音を聴くと、よくぞここまで来たものだと感激した。
この合奏団は入れ替わりも少しはあったけれど、ほとんどの人が辞めずにほぼ同じメンバーで成り立っていること、これが大変良い結果につながった。
今月22日(休)渋谷の伝承ホールでの音楽教室「ルフォスタ」の発表会では好演が期待される。
お時間のある方は覗いてみてください。
詳しくは音楽教室「ルフォスタ」ホームページで。
http://lefosta.jimdo.com/
2016年9月9日金曜日
ねこたまチルドレン
夕飯を食べてテレビを見てまったりしていたら、インターホンが鳴った。
はて、こんな時間に誰?と思ってドアを開けたら、妙齢の美女が立っていた。
あら、Kちゃん、もうこんな時間?と慌てふためく。
OLのKちゃんが会社の帰りにレッスンを受けにきた。
Kちゃんはものすごく美人さん。
色が白くてちょっとハーフっぽい雰囲気の素敵なお嬢さんなんだけど、やることが少し不安定。
それでレッスンをしている間中、二人とも笑い転げる。
ケラケラよく笑う。
ずい分以前のこと、私が沢山生徒を教えていたころ、彼女は張り切って通ってきた。
その後、アマチュアオーケストラに入ってしまったので、忙しくてなかなか仕事との両立が難しくなってきた。
それで定期的なレッスンはやめて、たまにレッスンを受けに来るようになった。
そのうちに回数が減ってきてぱったり来なくなるというよくあるパターン。
それでもなにかとコンタクトがあって、今回はアマチュアオーケストラの定期演奏会の曲の弾き方がわからないといって、教わりに来た。
アマチュアオケの次の定期演奏会が決まるとレッスンにくる男性もいる。
オーケストラの曲だけ弾き方を教わりに来る。
こういう大人の人たちを相手にしていると、なかなか面白い。
それぞれ社会的には私などよりはるかに常識人なのに、私の住む世界に来るとたちまち変な森の中に迷い込んだ風になるのが楽しいらしい。
Kちゃんはずっと消息不明なのにいつも身近にいるようで、たまに電話がくると昨日まで一緒にいたかのような感覚にとらわれる。
先日の私のコンサートに来てくれたのに、満席で入口で追い返されてしまった。
気の毒だったので謝ったら、あはは、追い出されちゃってとあっけらかんとしている。
ほかの生徒たちも同じで、先日久しぶりに一緒に飲んだ女性は本当に数年ぶりに会うので、いつの間にか自分の事務所を構える社長さんになっていたのに驚いた。
おごってあげようと思っていたのに、おごられてしまった。
先生としてはなんだか面目ない。
彼女はものすごく酒豪で、ある時わが家に遊びに来た。
私は仕事があって、ほかの客である二人の男性と酒瓶を置いて出かけてしまったことがあった。
家に帰ると玄関に一升瓶が2本、ごろりと横たわっていた。
たった3人で2升!
いったいどうやって家に帰ったのかと訊いたら、全く覚えていないという。
建築士なので現場ではヘルメットをかぶって高い足場にも上るらしい。
恰好良くてほれぼれする。
先日のコンサートの時には、優秀な事務能力のある女性に手伝ってもらった。
彼女も元音楽教室の生徒。
社会的には河原乞食の私よりもずっとまともだから、私をたすけてくれる。
助けるというよりは危なくて見ていられないのかもしれない。
受付業務を完璧にやってくれた。
かつての生徒たちとはいまだに交流があって、明日から越後湯沢での弦楽アンサンブルの合宿に行くことになった。
かつて教えていた音楽教室の生徒たち「ねこたまチルドレン」
2日間楽しくも厳しい練習が待っている。
今回はチャイコフスキー「弦楽セレナーデ」の一部。
9月半ばに音楽教室の発表会があって、その総仕上げということになる。
私はもう教師はやめたけれど、生徒たちに時々こうして引っ張り出されると、うれしいのと少し億劫なのと気分は半々。
若者といると気分が全く同じになるから不思議。
最近はオーケストラの仕事もしていないけれど、かつて若い人が中心のオーケストラにエキストラに行ったら、コンサートミストレスから「ねこたまさんは私たちと全くいっしょ」と言われた。
これ、褒められているのか、どうなのか複雑な思いだったけれど。
明日から若いパワーに負けてへとへとになってきます。
ああ、しんど!
はて、こんな時間に誰?と思ってドアを開けたら、妙齢の美女が立っていた。
あら、Kちゃん、もうこんな時間?と慌てふためく。
OLのKちゃんが会社の帰りにレッスンを受けにきた。
Kちゃんはものすごく美人さん。
色が白くてちょっとハーフっぽい雰囲気の素敵なお嬢さんなんだけど、やることが少し不安定。
それでレッスンをしている間中、二人とも笑い転げる。
ケラケラよく笑う。
ずい分以前のこと、私が沢山生徒を教えていたころ、彼女は張り切って通ってきた。
その後、アマチュアオーケストラに入ってしまったので、忙しくてなかなか仕事との両立が難しくなってきた。
それで定期的なレッスンはやめて、たまにレッスンを受けに来るようになった。
そのうちに回数が減ってきてぱったり来なくなるというよくあるパターン。
それでもなにかとコンタクトがあって、今回はアマチュアオーケストラの定期演奏会の曲の弾き方がわからないといって、教わりに来た。
アマチュアオケの次の定期演奏会が決まるとレッスンにくる男性もいる。
オーケストラの曲だけ弾き方を教わりに来る。
こういう大人の人たちを相手にしていると、なかなか面白い。
それぞれ社会的には私などよりはるかに常識人なのに、私の住む世界に来るとたちまち変な森の中に迷い込んだ風になるのが楽しいらしい。
Kちゃんはずっと消息不明なのにいつも身近にいるようで、たまに電話がくると昨日まで一緒にいたかのような感覚にとらわれる。
先日の私のコンサートに来てくれたのに、満席で入口で追い返されてしまった。
気の毒だったので謝ったら、あはは、追い出されちゃってとあっけらかんとしている。
ほかの生徒たちも同じで、先日久しぶりに一緒に飲んだ女性は本当に数年ぶりに会うので、いつの間にか自分の事務所を構える社長さんになっていたのに驚いた。
おごってあげようと思っていたのに、おごられてしまった。
先生としてはなんだか面目ない。
彼女はものすごく酒豪で、ある時わが家に遊びに来た。
私は仕事があって、ほかの客である二人の男性と酒瓶を置いて出かけてしまったことがあった。
家に帰ると玄関に一升瓶が2本、ごろりと横たわっていた。
たった3人で2升!
いったいどうやって家に帰ったのかと訊いたら、全く覚えていないという。
建築士なので現場ではヘルメットをかぶって高い足場にも上るらしい。
恰好良くてほれぼれする。
先日のコンサートの時には、優秀な事務能力のある女性に手伝ってもらった。
彼女も元音楽教室の生徒。
社会的には河原乞食の私よりもずっとまともだから、私をたすけてくれる。
助けるというよりは危なくて見ていられないのかもしれない。
受付業務を完璧にやってくれた。
かつての生徒たちとはいまだに交流があって、明日から越後湯沢での弦楽アンサンブルの合宿に行くことになった。
かつて教えていた音楽教室の生徒たち「ねこたまチルドレン」
2日間楽しくも厳しい練習が待っている。
今回はチャイコフスキー「弦楽セレナーデ」の一部。
9月半ばに音楽教室の発表会があって、その総仕上げということになる。
私はもう教師はやめたけれど、生徒たちに時々こうして引っ張り出されると、うれしいのと少し億劫なのと気分は半々。
若者といると気分が全く同じになるから不思議。
最近はオーケストラの仕事もしていないけれど、かつて若い人が中心のオーケストラにエキストラに行ったら、コンサートミストレスから「ねこたまさんは私たちと全くいっしょ」と言われた。
これ、褒められているのか、どうなのか複雑な思いだったけれど。
明日から若いパワーに負けてへとへとになってきます。
ああ、しんど!
2016年9月6日火曜日
ちょっとサボったら
コンサートが終わって北軽井沢から帰宅した昨日は、一日ヴァイオリンを弾かなかった。
今日練習を始めたら、もう、手が硬直してうまく弾けない。
若いころはこんなことはなかった。
数日遊びほうけていても、楽器を持つと同じように弾けた。
最近は毎日練習を欠かさなくても、その日によってコンディションが全く違う。
これは若いときでもそうだったが、最近とみに感じる。
なにが原因かというと、体のこわばり、運動不足の時は顕著に表れる。
私たちは死ぬまで楽器を毎日弾かないといけない。
赤い靴を履いて死ぬまで踊り続けた美少女のように。
唯一の違いは、私が生まれてこの方美少女だったことがないということ。
そこが残念!
残念でもなんでもいいけど、また虫が起きて、某さんはそろそろコンサートを計画しない?と言ってくる。
コンサートを開くとなると、練習量は格段にアップする。
お客様に聴いていただくには生半可な練習では足りない。
かといって私たちの年齢となると、若いころのようにがむしゃらな練習をすると、手が壊れる。
私は長期決戦型で、練習はおそろしく早く始める。
次回のコンサートの予定が決まると、すぐに楽譜の用意をする。
来年の「古典音楽協会」の秋の定期演奏会は、バッハ「ブランデンブルク協奏曲4番」のソロを弾かせてもらうので、1年も前なのにそろ楽譜を出しておかねばと思っている。
このソロはおそろしく難しい。
指が回る極限状態の速さ。
もちろんゆっくり弾けばいいけれど、それでは曲全体のテンポが遅くなってしまう。
私としては、その極限まで早く弾きたいので、一年がかりで練習しようと思っている。
若いころならこんなに心配はなかった。
最近はどれほど練習しても怖さが残る。
いままでたいていの事は切り抜けてきたから、まだ余力は残っているけれど、ある日突然限界がきたら・・・思うだに恐ろしい。
舞台の上で立往生したら・・・
落語家でいましたよね。
ある日噺の途中でわからなくなって「勉強しなおしてまいります」と言って高座をおりて、結局復帰できなかった人。
心中察してあまりある。
もし私がそんなことになったら。
猫は未来をつかさどる脳の部位がないというから取り越し苦労はしないけれど、半猫の私はえらく心配性。
血液型はO型。
O型はいい加減、楽天的、おおざっぱ。
でも心配性で、意外と気が弱い。
その心配性は良いように考えると、性格がいい加減なわりにはコツコツ練習することにつながる。
最近気が付いたことは、手のひらの水分量の問題。
どうして上手く弓が持てないのか、どうして上手く左手の指が音程を正しくとれないのか、考えに考えたあげく、水分量の激減が原因であることにたどり着いた。
もちろん、手指の変化、指が曲がったり柔軟性がなくなったりもあるけれど、最大の原因は水分量であると結論した。
試しに、前の日に手の保湿を十分にして、練習前にもケアをすれば、かなり楽に弓が持てる、脱力できる、音程も正しくなる、音色も音量も豊かになるといいことずくめ。
悩んでいる方はお試しあれ。
それで若者と高齢者の違いが出る。
私はどちらかというと高齢者。
どちらかと言わなくても高齢者。
手のひらの水分が多すぎて困るほどだったのが、ここ最近枯れ始めている。
今日練習を始めたら、もう、手が硬直してうまく弾けない。
若いころはこんなことはなかった。
数日遊びほうけていても、楽器を持つと同じように弾けた。
最近は毎日練習を欠かさなくても、その日によってコンディションが全く違う。
これは若いときでもそうだったが、最近とみに感じる。
なにが原因かというと、体のこわばり、運動不足の時は顕著に表れる。
私たちは死ぬまで楽器を毎日弾かないといけない。
赤い靴を履いて死ぬまで踊り続けた美少女のように。
唯一の違いは、私が生まれてこの方美少女だったことがないということ。
そこが残念!
残念でもなんでもいいけど、また虫が起きて、某さんはそろそろコンサートを計画しない?と言ってくる。
コンサートを開くとなると、練習量は格段にアップする。
お客様に聴いていただくには生半可な練習では足りない。
かといって私たちの年齢となると、若いころのようにがむしゃらな練習をすると、手が壊れる。
私は長期決戦型で、練習はおそろしく早く始める。
次回のコンサートの予定が決まると、すぐに楽譜の用意をする。
来年の「古典音楽協会」の秋の定期演奏会は、バッハ「ブランデンブルク協奏曲4番」のソロを弾かせてもらうので、1年も前なのにそろ楽譜を出しておかねばと思っている。
このソロはおそろしく難しい。
指が回る極限状態の速さ。
もちろんゆっくり弾けばいいけれど、それでは曲全体のテンポが遅くなってしまう。
私としては、その極限まで早く弾きたいので、一年がかりで練習しようと思っている。
若いころならこんなに心配はなかった。
最近はどれほど練習しても怖さが残る。
いままでたいていの事は切り抜けてきたから、まだ余力は残っているけれど、ある日突然限界がきたら・・・思うだに恐ろしい。
舞台の上で立往生したら・・・
落語家でいましたよね。
ある日噺の途中でわからなくなって「勉強しなおしてまいります」と言って高座をおりて、結局復帰できなかった人。
心中察してあまりある。
もし私がそんなことになったら。
猫は未来をつかさどる脳の部位がないというから取り越し苦労はしないけれど、半猫の私はえらく心配性。
血液型はO型。
O型はいい加減、楽天的、おおざっぱ。
でも心配性で、意外と気が弱い。
その心配性は良いように考えると、性格がいい加減なわりにはコツコツ練習することにつながる。
最近気が付いたことは、手のひらの水分量の問題。
どうして上手く弓が持てないのか、どうして上手く左手の指が音程を正しくとれないのか、考えに考えたあげく、水分量の激減が原因であることにたどり着いた。
もちろん、手指の変化、指が曲がったり柔軟性がなくなったりもあるけれど、最大の原因は水分量であると結論した。
試しに、前の日に手の保湿を十分にして、練習前にもケアをすれば、かなり楽に弓が持てる、脱力できる、音程も正しくなる、音色も音量も豊かになるといいことずくめ。
悩んでいる方はお試しあれ。
それで若者と高齢者の違いが出る。
私はどちらかというと高齢者。
どちらかと言わなくても高齢者。
手のひらの水分が多すぎて困るほどだったのが、ここ最近枯れ始めている。
2016年9月5日月曜日
通販
昨日は疲労困憊して家に戻って、しばらくお昼寝。
夕方6時過ぎにやっと買い物に出かけた。
いつもなら北軽井沢で大量の野菜を買い込んで戻るのに、早朝に出発したためお店が開いていなかった。
ストックがないので慌てて買い出し。
行きつけの自然食品の店にいったら「あら、今日は遅いのね」と言われた。
私は開店と同時に飛び込んで「キャベツはまだ?」なんて店員さんをせかせるので、彼らはまだ梱包を解いていない野菜の山をひっくり返して探してくれることになる。
いやな客ナンバーニャンかも。
玉ねぎをレジに持っていったら「台風の影響で玉ねぎが高騰すると思うからたくさん買っておいたほうがいいですよ」と教えられた。
今あるのは台風以前の仕入れなのでまだ高くないそうなのだ。
食品はほとんど通販では買わないけれど、日常生活用品は通販がたより。
ただし通販ではこんな親切は受けられない。
そのかわり、わんさかとメールが来るのが悩みの種。
パソコンのメールは携帯に転送されるので、携帯もすごいことになる。
先日フィルターをかけるやり方を教わって、昨日の夜から少しずつ作業を開始。
でも猫だからすぐに飽きてしまう。
今夜次のフィルターをと思うけれど、その前に新しいメールが増えていくから鼬ごっこ。
通販の良さはちょっと買いにくいもの、薬局などで口に出して言えないようなものも知らん顔して買えること。
以前家族がお寺の病になったとき、薬を頼まれた。
なるべく人気のない薬局に行って「*の薬をください」と言ったら、薬剤師が聞こえないふりをして「え!胃の薬ですか?」という。
「いいえ、*の薬です」
「え!胃の薬?」
最後に切れて、「*です!」と叫んだ時が人生最大の恥ずかしさだった。
しかも、いつもは客のいない店なのに、そういうときだけ後から人が入ってくるのだ。
若い女性の友人から頼まれたものも、なかなか買いにくい。
ご主人と彼女が、どちらが買うかでけんかになるという。
通販にすれば?と言ったら、ご主人が通販に拒否反応を持っているらしい。
やはり個人情報は完璧に安全とはだれにも言い切れない。
私のように何重にも安全対策を施してもらっている人はまず安全と思うけれど、それだってかなり引っかかるというから怖い世界。
それで私が代わりに買ってあげたことがあって、その時にここならという通販を教えてあげた。
その後、ご主人も納得してくれたらしく、要請はない。
その代わり私は自分にはあまり必要ではないものの知識が、少し増えたというしだい。
今どき、通販なしに生活はできないほど頼りきっている。
もう少し早くこういうシステムがあれば、超多忙だった現役時代にずいぶん楽ができたのに。
楽になった分、余計なメールがわんさか来るようになって、その対策に追われるのもなんだかなあ、いいのか悪いのか。
夕方6時過ぎにやっと買い物に出かけた。
いつもなら北軽井沢で大量の野菜を買い込んで戻るのに、早朝に出発したためお店が開いていなかった。
ストックがないので慌てて買い出し。
行きつけの自然食品の店にいったら「あら、今日は遅いのね」と言われた。
私は開店と同時に飛び込んで「キャベツはまだ?」なんて店員さんをせかせるので、彼らはまだ梱包を解いていない野菜の山をひっくり返して探してくれることになる。
いやな客ナンバーニャンかも。
玉ねぎをレジに持っていったら「台風の影響で玉ねぎが高騰すると思うからたくさん買っておいたほうがいいですよ」と教えられた。
今あるのは台風以前の仕入れなのでまだ高くないそうなのだ。
食品はほとんど通販では買わないけれど、日常生活用品は通販がたより。
ただし通販ではこんな親切は受けられない。
そのかわり、わんさかとメールが来るのが悩みの種。
パソコンのメールは携帯に転送されるので、携帯もすごいことになる。
先日フィルターをかけるやり方を教わって、昨日の夜から少しずつ作業を開始。
でも猫だからすぐに飽きてしまう。
今夜次のフィルターをと思うけれど、その前に新しいメールが増えていくから鼬ごっこ。
通販の良さはちょっと買いにくいもの、薬局などで口に出して言えないようなものも知らん顔して買えること。
以前家族がお寺の病になったとき、薬を頼まれた。
なるべく人気のない薬局に行って「*の薬をください」と言ったら、薬剤師が聞こえないふりをして「え!胃の薬ですか?」という。
「いいえ、*の薬です」
「え!胃の薬?」
最後に切れて、「*です!」と叫んだ時が人生最大の恥ずかしさだった。
しかも、いつもは客のいない店なのに、そういうときだけ後から人が入ってくるのだ。
若い女性の友人から頼まれたものも、なかなか買いにくい。
ご主人と彼女が、どちらが買うかでけんかになるという。
通販にすれば?と言ったら、ご主人が通販に拒否反応を持っているらしい。
やはり個人情報は完璧に安全とはだれにも言い切れない。
私のように何重にも安全対策を施してもらっている人はまず安全と思うけれど、それだってかなり引っかかるというから怖い世界。
それで私が代わりに買ってあげたことがあって、その時にここならという通販を教えてあげた。
その後、ご主人も納得してくれたらしく、要請はない。
その代わり私は自分にはあまり必要ではないものの知識が、少し増えたというしだい。
今どき、通販なしに生活はできないほど頼りきっている。
もう少し早くこういうシステムがあれば、超多忙だった現役時代にずいぶん楽ができたのに。
楽になった分、余計なメールがわんさか来るようになって、その対策に追われるのもなんだかなあ、いいのか悪いのか。
2016年9月4日日曜日
北軽井沢コンサート
今年の北軽コンサートは、会場である「ルオムの森」の売り場セッティング変更で、去年使わせてもらった部屋が使えないというのでがっかりしていたら、オーナーとスタッフが協力してくれて、去年と同じ会場になった。
キャンプ場の営業に差し支えないように、日程も9月の第一土曜日。
キャンプ場の売り上げが落ちるといけないから、こちらはあくまでも「3人展」の添え物の立場をわきまえないといけない。
3人展は 人形作家 田畑純子
織物作家 小形桜子
油絵 福間順子
北軽在住のこの人たちが展覧会をするので、私たち野次馬が、押しかけて演奏したのが去年の8月のこと。
それが好評だったので、今年もということになった。
今年も聴衆は都内からも駆けつけてくれた人や、前日3人展に来た時に私に捕まって、当日来なければいけなくなった地元の人など。
プロデュースは私だから、職権乱用で私は後半からしか出ない。
その代わり若いメンバーが一人増えて活躍してもらった。
若いといっても私たちに比べてということだけれど、さすがに第一線で活躍していただけあって、音が輝いている。
前半はこのメンバーの花形、コントラバスとヴィオラのデュオ。
ヴィオラもコントラバスもソロはめったに聞けないので、お客さんは大喜び。
2曲目はピアノ連弾。
3曲目は若いヴァイオリニストとヴィオラのデュオ。
休憩をはさんで、この森の雰囲気にかなうグリークのピアノ独奏曲。
そしてバッハの二つのヴァイオリンの協奏曲となるとだんだん楽器の編成も増えて、全員の大合奏。
パッヘルベルの「カノン」で穏やかに終わろうと思っていたけれど、たまたまラヴェルの「ボレロ」の弦楽四重奏曲用の楽譜が手に入ったので、これを華々しく演奏することにした。
最初のスネアのリズムの部分は私が引き受けた。
ピアニッシモで「ボレロ」のリズムを刻んでいく。
今までこの曲はオーケストラで何回も演奏してきたけれど、スネアのソロはどれほど恐ろしいか想像がつく。
大きな会場の大きなステージで聴衆を前に、オーケストラの全メンバーの中でただ一人。
あんなピアニッシモでリズムを刻むなんて、私なら卒倒しかねない。
手がふるえて叩けないのではと思うけれど、今回は親しい人たちと森の中の優しい雰囲気で私は卒倒しないで済んだ。
そしてヴァイオリン3人、ヴィオラ一人、コントラバス一人、ピアノ連弾のたった7人とは思えない迫力で演奏が終わると、盛大な拍手が巻き起こった。
何回も呼び出されたのでアンコールは、意表をついてサンサーンス「動物の謝肉祭」から「象」
これはお客様たちからのコントラバスのソロが聞きたいという要望に応えての事。
このグループはコントラバスが中心になっている。
終わってから「ルオムの森」のレストランでパーティーが行われ、今年もこれで夏が終わった。
東京からも何人もの仲間がきてくれて、地元の人やメンバーの旧友たちが楽しみにまっていてくれた。
「3人展」のメンバーは私たちに前夜祭でパーティーを開いたり、当日の昼食においしいカレーライスをふるまってくれたり、私たちを宿泊させてくれたり、それはもう大変お世話になった。
このコンサートの主催者の「ルオムの森」オーナー夫人が次回の会場にどうかと思っている北軽井沢ミュージックホールを見せてくれた。
建物は古い。
ちょうど子供たちが集まってなにかのイベント中。
横長の舞台とグランドピアノが2台。
ヴァイオリンを弾いてみると、とても良い響きがする。
ピアノもよさそう。
客席は椅子を並べて、かなりの人数が入れそう。
ただ一つ、屋根がトタンなので雨の日は盛大に雨音がするらしい。
コンサート当日が雨だったら、ちょっとつらいかも。
思ったよりもずっと大きな舞台。
ここの杮落しの時に、マーラーの交響曲第5番を演奏したというのも納得できた。
そこでの演奏も視野に入れて、雪雀連アンサンブルは来年も頑張れるかどうか。
「ルオムの森」の古い洋館での響きは捨てがたい。
床板が栗の木で、それが良い響きの源になるのかもしれない。
コンサートに協力いただいた「ルオムの森」オーナー、スタッフ、「雪雀連」のメンバー、地元の方々にお礼を申し上げたい。
そして演奏したメンバーの、努力を惜しまない姿勢に感謝あるのみ。
写真は
ルオムの森洋館
コンサート後の夕暮れ by N.Kagotani
キャンプ場の営業に差し支えないように、日程も9月の第一土曜日。
キャンプ場の売り上げが落ちるといけないから、こちらはあくまでも「3人展」の添え物の立場をわきまえないといけない。
3人展は 人形作家 田畑純子
織物作家 小形桜子
油絵 福間順子
北軽在住のこの人たちが展覧会をするので、私たち野次馬が、押しかけて演奏したのが去年の8月のこと。
それが好評だったので、今年もということになった。
今年も聴衆は都内からも駆けつけてくれた人や、前日3人展に来た時に私に捕まって、当日来なければいけなくなった地元の人など。
プロデュースは私だから、職権乱用で私は後半からしか出ない。
その代わり若いメンバーが一人増えて活躍してもらった。
若いといっても私たちに比べてということだけれど、さすがに第一線で活躍していただけあって、音が輝いている。
前半はこのメンバーの花形、コントラバスとヴィオラのデュオ。
ヴィオラもコントラバスもソロはめったに聞けないので、お客さんは大喜び。
2曲目はピアノ連弾。
3曲目は若いヴァイオリニストとヴィオラのデュオ。
休憩をはさんで、この森の雰囲気にかなうグリークのピアノ独奏曲。
そしてバッハの二つのヴァイオリンの協奏曲となるとだんだん楽器の編成も増えて、全員の大合奏。
パッヘルベルの「カノン」で穏やかに終わろうと思っていたけれど、たまたまラヴェルの「ボレロ」の弦楽四重奏曲用の楽譜が手に入ったので、これを華々しく演奏することにした。
最初のスネアのリズムの部分は私が引き受けた。
ピアニッシモで「ボレロ」のリズムを刻んでいく。
今までこの曲はオーケストラで何回も演奏してきたけれど、スネアのソロはどれほど恐ろしいか想像がつく。
大きな会場の大きなステージで聴衆を前に、オーケストラの全メンバーの中でただ一人。
あんなピアニッシモでリズムを刻むなんて、私なら卒倒しかねない。
手がふるえて叩けないのではと思うけれど、今回は親しい人たちと森の中の優しい雰囲気で私は卒倒しないで済んだ。
そしてヴァイオリン3人、ヴィオラ一人、コントラバス一人、ピアノ連弾のたった7人とは思えない迫力で演奏が終わると、盛大な拍手が巻き起こった。
何回も呼び出されたのでアンコールは、意表をついてサンサーンス「動物の謝肉祭」から「象」
これはお客様たちからのコントラバスのソロが聞きたいという要望に応えての事。
このグループはコントラバスが中心になっている。
終わってから「ルオムの森」のレストランでパーティーが行われ、今年もこれで夏が終わった。
東京からも何人もの仲間がきてくれて、地元の人やメンバーの旧友たちが楽しみにまっていてくれた。
「3人展」のメンバーは私たちに前夜祭でパーティーを開いたり、当日の昼食においしいカレーライスをふるまってくれたり、私たちを宿泊させてくれたり、それはもう大変お世話になった。
このコンサートの主催者の「ルオムの森」オーナー夫人が次回の会場にどうかと思っている北軽井沢ミュージックホールを見せてくれた。
建物は古い。
ちょうど子供たちが集まってなにかのイベント中。
横長の舞台とグランドピアノが2台。
ヴァイオリンを弾いてみると、とても良い響きがする。
ピアノもよさそう。
客席は椅子を並べて、かなりの人数が入れそう。
ただ一つ、屋根がトタンなので雨の日は盛大に雨音がするらしい。
コンサート当日が雨だったら、ちょっとつらいかも。
思ったよりもずっと大きな舞台。
ここの杮落しの時に、マーラーの交響曲第5番を演奏したというのも納得できた。
「ルオムの森」の古い洋館での響きは捨てがたい。
床板が栗の木で、それが良い響きの源になるのかもしれない。
コンサートに協力いただいた「ルオムの森」オーナー、スタッフ、「雪雀連」のメンバー、地元の方々にお礼を申し上げたい。
そして演奏したメンバーの、努力を惜しまない姿勢に感謝あるのみ。
写真は
ルオムの森洋館
コンサート後の夕暮れ by N.Kagotani
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