2016年9月12日月曜日

イヴリー・ギトリス

越後湯沢での弦楽アンサンブルの合宿は正午で終わり、後は自由練習。
お弁当を食べながら練習の録音を聴く。
なんというきれいな響きになってきたことか!
初期のころの、私の言う「この世の物とは思えない恐ろしい」音は姿を消して、すべてを真正面から見つめて努力する彼らの性格そのものの、純粋な音になってきた。
まだまだ技術も未熟、音程やリズムが定まらないところもあるけれど、常に高みに上ろうとする努力が素晴らしい。

新幹線を待つ間、少し時間があったのでお土産を見て回ったけれど、何も買わない。
というのも、その夜、イヴリー・ギトリスのコンサートを聴くため。
まさかナスやブドウや日本酒などの入った袋を下げて紀尾井ホールにはいけないでしょう。
それでも枝豆だけは一袋、キャリーバッグに押し込んだ。
紀尾井ホールに枝豆が持ち込まれたのは、これが最初では?

四谷駅に到着したのはまだ開演の2時間も前。
暇つぶしに本屋さんをさがしたけれど、見当たらない。
上智大学が近いというのに、書店がないとは。
すっかりスマフォに取って代わられて、書店は敗退の一途。
気の毒ではあるけれど、時代の流れかとも。

会場で友人のHさんと一緒になった。
彼女はヴァイオリン奏者で、容姿、ファッションともにずば抜けており、仕事場でタレントさんより目立ったために注意されたという伝説の人。
今回も白地にブルーの模様のパンツにアイボリーのアンサンブル、金色の真珠のネックレスとイヤリングにジョワジョワヘアー、目の覚めるようなブルーのバッグ。
スリムで背の高いファッションモデル張りの体型。
対照的なダサいずんぐり体型、刈り上げ頭にスニーカー、ダボダボのリネンのワンピース、一切アクセサリーを身に着けないこの私が目立ってしまうではないか。
しかもいくらお気に入りとはいえ、角の擦り切れた四角いポーチの古びて色あせているものを、10年以上愛用している。
一歩間違えば他人さまから施しをされそうな雰囲気。
これがねこたまですにゃん。

なぜか私は背の高いスリムな人とコンビニなることが多く、自分をそうやって逆に目立たせているのかも・・・目立たないって・・・とは陰の声。

さてギトリスおじさん、御年94歳。
若き日の演奏を聴くと、つやっぽい色っぽい、これぞヴァイオリンの音。
そうすると私の弾いているあの楽器はなに?
ピアニストのマルディロシアン氏に抱きかかえられるようにして出てきた彼は、いくぶん不機嫌そうでピアニストになにか言っている。
「なんでわしが演奏せにゃならんのか?」とでも。

なだめすかされるように椅子に腰かけ、不機嫌そうにヒンデミット「ソナタ」を弾き始める。
音程は雲のかなた、でも時々とてつもなく良い音が。
2曲目はベートーヴェン「スプリングソナタ」
あまりにも自由に弾くのでピアニストがどうやって合わせているのか不思議に思うほど。
しかしよく聞いているとけっして勝手に弾いているわけではなくて、やはりちゃんと寸はあっているという不思議。

時間の枠の中でおそろしく自由に動くけれど、決して踏み外してはいない。
12歳でパリ音楽院を首席で卒業した天才児は今日に至るまで天才で、二十歳過ぎたらただの人とはならなかったのだ。
後半はピアニストのソロでシューベルト:即興曲。

そして待ってました。
ギトリスの面目躍如の小品。

  ブラームス:      F.A.E.のソナタより  スケルツオ
  パラデイス:      シチリアーナ
  クライスラー:     シンコペーション
  チャイコフスキー   メロディー
  クライスラー      美しきロスマリン
  
そして      浜辺の歌     心にしみる即興的演奏。

  アンコールは     クライスラー:  愛の悲しみ

弓が重量を全く感じさせない。
まるで羽が生えているようだ。
左手の指の素早さは、幼児のときの関節の柔らかさをいまだに保っているように、柔らかく素早く動く。
これが聴きたくて、疲れた体を越後湯沢から引きずってでも来たの。
ああ、ほんとにほんーっとに、おいしいものを食べたような、すてきなひと時だった。
満足のため息とちょっぴり涙がこぼれる。

軽やかで洒落ていて色気があって、こんなおじいさんに私はなりたい。
いや、なれませんとも、私はこれでも女性。
見た目は猫ですが。

疲れ切ってヴァイオリンを背負い、重いキャリーバッグを引きずって帰宅。
もうこんなことしている年ではないのにとは思うけれど、あのお方は更に上を行っているのだ。
並外れた才能と健康、ステージに出てきたときは不機嫌で弱々しかったのに、終わるころには輝いて本当に楽しそうだった。





























































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