2016年11月30日水曜日

クラス会

高校のクラス会は東京丸の内ビルの36階で、眼下に丸の内周辺から千葉方面まで見渡せる絶景のレストランで開かれた。
良く晴れた穏やかな日が続いているので、外出が苦にならない。
私は嵐雷雪土砂降り、いつでも外出は苦にならないけれど、屋内の行事であってもお天気が良いのは気分が違う。

今日集まったのは全部で9人。
個室にちょうど良い人数で話が自然にできて、とても楽しかった。

前回、私が幹事だった時には同じビルの同じ階で中華料理だったけど、今回はイタリアン。
今回は参加者が少人数だったために、クラス会というより仲良しが集まってのお食事会の雰囲気で、なごやかに進んだ。
クラス会に初めて参加したのは、バレーダンサーのSさん。
バレーダンサーというと女性かと思われるでしょうが、れっきとした男性。

ご両親がバレー教室をやっていたので、彼も幼いころから踊っていたようで、作曲を専攻。
音大卒業後は舞台で踊っていた。
今でも踊っているの?と皆から質問が飛ぶと、今は動かないで済む王様の役で出ているよと、穏やかに笑って答える。
ずいぶん前に、自分はもう踊るのをやめるので見に来てほしいと連絡があったけれど、私はその頃は忙しくて行かれなかった。
ついに一度もステージを見てあげられなくて、残念な思いがある。
どんなにしても、行ってあげればよかったかと後悔している。

しばらくはバレーの話で盛り上がる。
私たちの高校にはダンスの授業があった。
社交ダンスの有名な先生が講師でみえていたけれど、指導の仕方が面白かった。
はい、それでは寮の方を向いてー、はい、今度は大学の方を向いてー、と言うので、寮と大学がないとどちらを向いていいかわからない。
その当時高校の生徒の男女の比率が7(女)対1(男)だから、男性と組めることはめったになかった。
女性同士で組んで、どちらかが男性役になる。
その中でもSさんと組めればラッキー。
リードが上手いから気持ちよく踊れた。
そうでないときには、仲良しのM子さんがパートナー。
彼女は背が高いから、男性の役。
私は当時手の汗がひどくて、それに文句を言いながらも、いつも組んでくれた。
そのM子さんが今回のクラス会の幹事さん。

こうして元気に集まれるのは健康であるからで、中には激務のあまり命を落とした人もいる。
私も一時期は突然死覚悟の仕事量だったこともあり、他人事ではないけれど、生きていられてこそ再会を楽しめるのはありがたい。
私たちの高校は、校風がノンビリしていることで有名だったけれど、社会に出てからの頑張りは皆すごかった。
しかもノンビリが幸いして人間関係が上手くいく。
業界のどこへ行っても、第一線で活躍している人が大勢いる。

中学までは学校は牢獄。
この高校に行って初めて自由な校風に触れて、我が世の春となった。
その後の学校生活は、これ以上ない楽しさ。
競争がなかったとは言えないけれど、それよりも協力しあうほが多くて、それが我が校の誇り。
大きな学長先生が長い両腕を伸ばして、生徒たちを愛おしそうに抱え込む姿をたびたび見かけた。
体格も性格も規格外の大きさ。
学校外では厳しくて有名だったようだけれど、哲学の授業では、真に大切なのは自由であると力を込めて教えられた。

高校には校則も制服も校歌もない。
まったくの自由な中で、自分を律して生きていくことの大切さを学んだ。
私の今の幸せは、この学校に入ったところから始まったと言える。

最近まで私は、クラス会というものに出たことがなかった。
過去の人たちに会ってどうするの?と思っていたけれど、参加してみると中々楽しい。
これは予想していなかった。
どうせダンナや子供の自慢か姑の愚痴とか聞かされると思っていたけれど、そんな人は誰もいなくて本当に良かった。













































2016年11月27日日曜日

ブラヴォー!マエストロ・ヤルヴィ

みなとみらいホール

シューマン:歌劇 ゲノフェーファ序曲
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲  ヴァイオリン 樫本大進
ブラームス:交響曲第1番

パーヴォ・ヤルヴィ指揮
ドイツ・カンマ―フィルハーモニー管弦楽団

ヤルヴィさんの指揮を生で聴くのは初めてだったので、衝撃を受けた。
今まで素晴らしい指揮者の演奏をたびたび聴いてそれぞれ感激をしたけれど、それらを超えた驚くべき指揮者だと思った。
まるでスコアがそのまま音を出しているような・・なんと言ったら理解してもらえるのかしら。
すべてのパートがすべて生かされていて、それは当然だと言ってしまえばそれまでだけれど、あまりにもクリアでいてまるでスコアをのぞき込んでいるような。

いやー、オーケストラってこういうものだったのかと原点に返る思いがした。
作曲家が生きていてこれを聴いたら、感涙にむせぶと思う。
特にブラームスの3楽章から4楽章に移る部分の美しさったら。
たいていの指揮者は非常に緊張感を持たせるけれど、ヤルヴィさんはひたすら美しく整った表現をした。
淡々としているようで、構成はがっちり。
細部に至るまで綿密にそれぞれのパートを生かして、今まで聞こえてこなかったような音を浮き出たせたり、新鮮な驚きで聴いた。

ヴァイオリン協奏曲の樫本大進のソロも、美しくて陶酔した。
一緒に聞いていたピアニストが「ベートーヴェンって本当に優しい人だったと思わない?」と訊いてきた。
デリケートで崇高で、名曲中の名曲が脈々と現代に生きていられるのは、こうした優れた指揮者とソリストがいるおかげ。
澄み切った宇宙の中で揺蕩っているような、心地よさ。
それだけではなくて、音楽の中に理性とか知性とかがゆったりと居座っている。
うーん、物書きではないので、どう表現したらいいのかわからない。

私は今年オーケストラを捨てて、今はソロと室内楽に専念しているけれど、もう一度生まれ変わったら、やはりオーケストラを弾きたい。
だから早く生まれ変わらないといけないのだけれど、生まれ変わるには1度死なないといけない。
憎まれっ子なんとやらで、中々死ねないのが残念なところ。
そう言ってもいつ何時コロッといくかもしれないから、そうなったらさっさと生まれ変わって、来世では3歳からヴァイオリンを始めよう。
現世では人より5年くらい遅くヴァイオリンを始めたので、そのハンデは中々埋められなかった。
5年の差は大変なもので、その間せっせと練習していたら今よりずっと上手くなっていたと・・・ほんとうかな?
とにかくもう少しはましになっていたと思う。

あまり早く生まれ変わると、人間になれなくて動物になってしまうと、以前聞いたことがある。
できるなら猫とか馬になりたいけれど、馬では蹄が邪魔で弾けない。
サルはいやだし困った。
ライオンでもいいか・・・なんて話が逸れていますが。

オーケストラっていいなあ。
私は子供のころオーケストラの演奏を聴いて、このオーケストラに入りたいと思ったら、夢が実現してしまった。
それが良かったかどうかはわからない。
それを聴かなかったら、ほかの道で活躍していたかもしれない。
でももう一度生きられるとしたら、同じ道を行きたいと思う。

終演後、いつもならイタリアンとかフレンチとかおしゃれなお店に行くのだけれど、今日はチケットを手配してくださったMさんご夫妻に連れられて、野毛の飲み屋街へ。
中華料理の小さなお店。
Mさんのご主人の会社が近いのでよく行くのだそうで、行ってみたらものすごい混みかた。
日曜日の夜なのに人でいっぱいで、おそろしく賑やかなのでびっくり。
うるさかったけれどすてきに美味しかったし安かった。
せっかくの余韻が消えると思ったら、そんなことはなく、自宅に戻るとやはり心の中にコンサートの感激がしっかりと居座っていた。






































2016年11月25日金曜日

初雪

今日は相棒のピアニストと合わせがある予定だった。
練習場所は各自の家を交互に使うという、暗黙の取り決めになっていた。
今日は私の家での練習の番。
昨日から天気予報は雪。
最近の天気予報は良く当たるので、ひどく降らなければいいと思っていたけれど、朝9時も過ぎると本格的に雪の模様。
朝早く、ノラにエサをやりに出たときにはまだ雨だったのが、今は窓の外に雪がかなり激しく降っている。

相棒からはシンとしてなんの連絡もないけれど、今頃迷っているのかなと思いメールした。
明日早くそちらへ行くから、今日は中止にしてもいいよと送ったら、渡りに船とばかり返信が来た。
私だったらすぐに「今日は行けない」なんて中止するのに、なんたって学生時代からクソ真面目で優等生だったから、おいそれと言い出せなかったのか。
人間、もっといい加減に生きないと肩が凝る。
私の爪の垢を煎じて飲ませてあげよう。

いよいよスキーシーズン到来・・・と言ってもまだ一か月以上先の話だけれど、雪を見ると心が躍る。
かと言って、ゲレンデに出ても真面目に滑るわけでもない。
リフト2、3本滑ってはお茶、ゆっくりと休憩、見かねて仲間からゲレンデに引きずり出され、又2、3本滑れば昼食。
その後も又2、3本。それでおしまい。
自堕落な滑りを長年やってきた。

数年前カナダに行った時も3本滑って休憩していたら、現地ガイドが「せっかくカナダまで来て3本?」とびっくりしていた。
カナダのコースは長い。
日本のコースの3倍くらいあるから、9本滑ったことになる。
だから、それで満足。
疲れて膝がガクガクしてきたら怪我のもと。
怪我をするのが一番怖い。

万一手を怪我したら私の歳では、再起不能になる。
スキーに行くというと友人たちからは、足を怪我しても手は怪我しないようにと送り出される。
少ししか滑らないから、いつでも足も体もほとんど疲れない。
寒い吹雪の中にいると、自分の体の中に温かい血が流れているという実感があって、嬉しさがこみあげてくる。
以前若い女性を山に連れていったら、猛吹雪の中で言う事は「すてきですね、生きている!って思います」
私も「ほんとね、生きてるよね」

シーズンが始まって初すべりの時には「誰がスキーしようなんて誘ったのよ」と重たいスキー靴を履きながら、誰にともなく文句を言う。
来ると決めたのは自分でしょうが。

靴は宅急便の荷物の中で冷え切って、カチンカチンに硬くなっている。
足首を捻挫しそうになりながらやっとのことで履く。
ものすごく非力だから、頼みの綱は自分の体重のみ。
それだけは十分過ぎるほど豊富に蓄えてある。
この日のために・・・ではないけれど。
履くとワゴン車に乗るのが一苦労。
足が短いから車のステップに乗るのもた~いへんなのだ。
滑るし体は重いし力はないし。
ゲレンデに到着、今度は車を降りるのがた~いへんなのだ。

リフトのチケットを買うのも、重たい足を引きずってチケット売り場にいかないといけない。
たいてい、リフト乗り場ではなくて別の場所にあったりするから、靴を引きずりながらよたよたと買いに行く。
お金を出すのに手袋を外したりするのも寒くて億劫。

準備運動をして、さてリフトに乗ろうというところあたりから、段々機嫌が良くなってくる。
「わあ、あの山、今年は雪が少ないね」とか「空が黒いほど青いね」とか「うー、さぶっ」とか他愛もない話をしながら山頂へ。
さて、最初のひと滑り、体が重力を無くして段々スピードが増してくると、喜びが湧き上がってくる。
スキーの楽しさは年をとっても楽しめること。
板の上に乗ってバランスさえ取れれば、あとは勝手に落ちていける。
中年過ぎて登山やっている人を見ると、なんであんな苦労するのかしらと理解できない。
自力で重たい体を上に運んでいくなんて。
スキーなら自力はいらない。
ただ緩斜面は技術がないとうまく滑れない。
ある時、元国体選手を追いかけて滑ったら、急斜面ではなんとかついて行けたのに、緩斜面に来たら一気に引き離された。
技術の差とはこういうものかと思った。
スケーティングでもストックで漕いでも追いつけない。
ヴァイオリンだって早いパッセージはなんとかいっても、ゆっくりしたところでぼろが出る。
基礎的なことが丸見えになる。
単純な曲ほど難しい。

明日は久々のピアニストたちとの「弾き合い」
皆さんシーズン中は忙しくて、やっとメンバー6人全員が集合できることとなった。
スキーに思いを馳せるより、明日の演奏のことを考えないといけない。
こんな雪では家にぬくぬくと居て、ヴァイオリン弾くしかない。
















































2016年11月23日水曜日

今日も今日とて飲み歩き

私はのん兵衛ではない。
家にいるときはほとんど飲酒しない。
外でもビールをジョッキに一杯、その後ワインをグラス半分飲めば出来上がり。
あとはひたすら食べる。
それでも友人たちと飲み歩くのは、ほんとに楽しい。

歳をとってきて皆お酒の量は減ってきた。
昨日のたかしま先生のお別れ会の後、酒豪で知られた人と一緒にグラスを傾けていたけれど、彼女もずいぶん酒量が減ったという。
彼女は体も大きいし性格もあけっぴろげで、楽しいお酒を飲む。
他の人たちは食事のみだったけれど、私は彼女がいるならちょっとビールを一緒にお付き合いしたいと思った。
一人で飲むのはつまらないと思うし、私は夜はご飯を食べないので、では、という事になった。

以前彼女と一緒に早朝、車で埼玉県まで仕事に出かけた。
二人ともせっかちだから会場に到着したら、まだ会場が開場していなかった。
スタッフが私たちを見て大慌て。
もう来ちゃったんですか!
楽屋を開けてもらって、一息ついた。
その後11時間にも及ぶ仕事が終わって、彼女を途中まで送っていったけれど、自宅ではない方に帰るという。
仕事が終わったのが、夜9時。
都内某所に着いたのは11時ころ。
これから何をするのかと思ったら、行きつけのパブに行ってヴァイオリンを弾くという。
本当に驚いた。
何時に寝るの?と訊いたら、そうやな4時くらいかな。
こちらは体力の限界なのに、平然としている。
おそれいりました。

今日はスキーの先生を囲んでの飲み会とあらば、出かけないわけにはいかない。
奇人変人のスキーの先生はこの時期、私たちのためにスキー用具の選定に付き合ってくれる。
以前はプロが使うのかと思うような上級者用の用具を勧められたけれど、最近は皆の体力に合った軽くて扱いやすいものを選んでくれるようになって、ほっとしている。
音階も弾けないのに、ストラディバリウスの作った楽器を持たされるようなもの。
私なんぞは力がないから、重たいビンディングを付けた板を持って歩くだけで青息吐息。
滑るときは力はいらないからいいけれど、坂道を担いで上がったら心臓はバクバク、足はガクガク。
お正月の志賀高原が滑り初めなんだけど、熊の湯の車の送迎所からリフトまでほんの少し上るだけで、もう二度とスキーなんかやるものかと毎年思う。

それで今年はもっと軽いビンディングにしてほしいと思ったけれど、まだ使えるからもったいない。
やっと私も経済に目覚めた?
そうではなくて、この時期の石井スポーツの混みようったら大変なものなので、ヘタレの私は風邪なんかうつされてはとしり込みをしている。
それで飲み会のみの参加ということで、又夜になると家を出ていく。
近所の人たちは夜な夜なでかけるあの人は、いったい何をやっているのだろうと興味しんしん?

ここに家を建てたとき、私の母がご近所に挨拶に回ってくれた。
けれど言うことが「うちの娘は夜の仕事なので・・・云々」と言ったらしい。
皆びっくりしていたそうなのだ。
へんなこと言わないで、と私は叫んだ。

どう見たって夜の蝶になれるほどの器量よしではない。
華やかさも皆無。
泥棒するほどの器用さもない。
道路工事するには体力ない。
夜警になるほどの度胸もない。

一度、夕方からの仕事に行くために車を出そうとしていたら「あ、おかえりなさい」とお向かいのご主人に言われたことがあったのがちょっと痛かった。







































2016年11月22日火曜日

お別れの会

たかしまあきひこさんの、お別れ会だよ!全員集合は、今日青山葬祭場でにぎやかに行われた。

東京マンドリンアンサンブルの演奏に迎えられ、8時だよ全員集合のテーマで始まった会は、お別れ会であることを忘れそうなくらい、さわやかなコンサートとなった。

自民党幹事長の二階俊博氏、作曲家山本純ノ介氏、NHKの番組部長の井上啓輔氏がご挨拶。
山本直純氏のご子息の純ノ介さんが時々声を詰まらせていたのは、幼少のころからたかしまさんとの絆が深かったからだと思う。

そして、こんな曲まで彼の作品だったのかと驚くほどの、作品の数々。
例えば
NHK FNNニュースのテーマ
   おはようラジオセンター 昼・夜のテーマ

映画・ドラマは
   野獣死すべし
   女駆け込み寺
   パパと呼ばせて!

バラエティ・番組・音楽番組は
TBS 8時だよ全員集合
   カトちゃんケンちゃんごきげんテレビ
CX    ドリフの大爆笑
    志村けんのバカ殿さま
NHK  歌謡コンサート
   BS日本の歌
   英語で遊ぼう
   みんなのうた
日テレ24時間テレビ   

そのほか東京マンドリンクラブのコンサートのアレンジと指揮
天皇陛下在位10周年 20周年記念式典の音楽等々  
まだまだこれはほんの一部

ジャンルが多岐にわたるから、人脈も広く、今日も駆けつけて演奏した中に、二胡の奏者 楊興新さんなどもいて、そのすすり泣くような演奏を聴いていたら、たかしま先生への哀悼の気持ちがあふれ出ていて、思わず眼がしらが熱くなった。

たかしま先生はいつも物静かで、愛する家族に囲まれて楽しそうにニコニコしていた。
奥様からはクマさんと呼ばれ、息子さんは京都大学、東京大学大学院で哲学などを学んだはずなのに、いつの間にかお父さんと一緒に音楽の道を歩いて、いまや新進気鋭のアレンジャー。
一度は音楽から抜け出そうと思ったのかどうかは知らないが、やはり音楽が口を開けて待っていた環境だったのだと思う。

父と息子、普通は反発しあうことが多いのに、これほど仲良しの父子はみたことがない。
旅に行くと、二人で楽しそうにお酒を飲んでいる。
それを奥様の早苗さんが、うれしそうに見て居る光景を思い出す。

ずーっと以前、たかしま先生の芸大の卒業作品のフルートソナタを聞かせてもらったことがあった。
なぜそのCDを下さったのかわからないけれど、もしかすると、コンサートで弾いてみたら?と言う問いかけだったのではと思っている。
いつかこの作品の楽譜をお借りして、コンサートで弾いてみようかと思いながら、今日に至ってしまった。
フルートソナタだからヴァイオリン用には、少し手をいれないといけなかったかもしれない。
楽譜はそのまま弾けると思うけれど、フルートよりもヴァイオリンの方が重音などが使えて、より幅が広がる。
忙しい方に余計な負担をかけてはいけないと思ったけれど、余計な気遣いだったかもしれない。
もうすこししたらお願いしてみようかと思ったけれど、その前にさっさと天国へ行ってしまった。
今そのことが心残りになっている。

大好きな早苗さんと二人のお子さんを置いて、いったいなぜそんなに早くいかなければならなかったのか。
師匠の直純さんに「待ちくたびれたぞ、早く来い」とでも言って呼ばれたのか。
雨が上がって今日は温かい明るい日だった。
たかしま先生のお人柄みたいなお天気ねと、仕事仲間が言う。

今朝福島で地震があった。
NHKの阿部渉アナウンサーの緊張した呼びかけが、テレビからずっと流れていた。

夕方お別れの会に行ったら、阿部さんが司会者だった。
阿部さんとは、NHKのBS日本のうたでお目にかかっていたけれど、その時の淀みない司会が素晴らしかった。
今日も朝からあれだけのニュースをほとんど休みなく流していたのに、12時間後にも疲れを見せず、滑舌の良い司会ぶり。
私は何10年もテレビの仕事をしていたけれど、彼ほどのアナウンサーはめったにお目にかかれないと、いつも感心していた。

久しぶりにかつての仕事仲間と再会して、今日も又ビールのジョッキを傾けた。
最近出歩くことが多い。
































2016年11月20日日曜日

コール・ヒデ第一回演奏会

王子ホールにて。

作曲家の小林秀雄氏の作品と、特に「落葉松」のコーラス版が歌いたいというので結成されたコール・ヒデ女声合唱団。

ヒデはもちろん秀雄さんのヒデ。
奥様の安蒜砂智子(あんびる)さんからのお知らせで、前から行くと決めていたのにチケットを買っていなかった。

当日売りがあるさとのんきに構えて居て、2日前王子ホールのホームページを見たら、なんと売り切れ。
誘っていた人に断りを入れて、安蒜さんにはいかれないというお詫びのハガキを出しておいた。
その後コール・ヒデの関係者から電話で、1枚だけならなんとかなるという。
すると次の日に、もう1枚キャンセルがでたという連絡が入った。
それでなんとか2枚チケットを入手した。

コーラスの第一声は、うーん・・・
音程が下がり、力みすぎた声が時々耳障りに入る。
やはり緊張がものすごいのかも。
指揮は安蒜さんで、黒のドレスを身にまとい艶やかな髪の毛をアップに結い上げ、堂々と登場した。
指揮も素晴らしい、ピアノ伴奏の人も上手い。
合唱も3曲目くらいからどんどん良くなって、きれいにハモッてきた。
なによりも発声がきれいな合唱団で、会を重ねるとどんどん良くなっていくと思う。
今日も良かったけれど、今後も大変楽しみ。
  朝明けのうた
  愛のささやき
  花の子もりうた
  ダンツィク
  まっかな秋
  ビタミンI
そして、ピアニストの森裕子さんが「落葉松」をピアノ用に編曲したものを独奏。

休憩後は合唱コンクールのために作曲された3曲
  歌がうまれる
  白い雲
  千年の樹
そして女声合唱曲集「落葉松」
      飛騨高原の早春(はる)
  あなたとわたしと花たちと
  瞳
  落葉松
  
落葉松は作曲者・小林秀雄氏自らのピアノと合唱の共演。
普通ピアノ伴奏というけれど、歌曲の場合はピアノと歌は同等ですと小林さんはおっしゃる。
その言葉のとおり、彼の弾くピアノは大勢の合唱の声を超えた、大きな存在感となって胸に迫ってきた。

合唱の伴奏者とソリストと達者なピアニストが二人いたけれど、小林氏の素晴らしい演奏には本当に感激した。
ご自身の作曲だから、どの音がどんな意味を持っているかわかるのは当たり前だけれど、それをこんなにもうまく表現することは上手いピアニストであっても中々できるものではない。
音の透明感と瑞々しい感性は、訊く人たちの心を揺さぶった。
感激のあまり泣き出しそうになった。

彼は足元もおぼつかなく奥様に手を引かれて登場したけれど、ピアノの前に座った姿勢は背筋がまっすぐに伸び、高齢なのにこんなに美しい男性もいるのかと感嘆した。
まさにジェントルマンを絵に描いたような。
安蒜さんは張りのある素晴らしい声で、最後に合唱のオブリガートを歌った。
一緒に聞いていた友人は、あれがなかったらこのコンサートはもう少し印象がうすかったわねえと言う。
小林氏と安蒜さんと、お二人に敬意を表したい。

さてコンサートが終わると銀座でビール!
白ワインと生ガキ。
二人とも感激が冷めやらない。
なんて素敵なコンサートだったんでしょう!と相棒が言う。
誘ってくれてありがとうと言われて私も嬉しい。

安蒜さんと私は親しい間柄だと思われるかもしれないけれど、実は40年ほど前にたった一度だけ共演したという間柄で、それなのにずっと彼女は私を忘れないでいてくれた。
先日電話で話した時も、空白の時間はまったく感じなかった。
つい最近会ったばかりのような気がした。
音楽は時空を超えて、人と人を結びつける力があるようだ。
ずっと疎遠だった人とも楽器を持って集まれば、言葉はいらない。
不思議な世界に私たちは生きている。

















2016年11月19日土曜日

全員集合!

知人が亡くなった。
たかしまあきひこさん。
作曲家、アレンジャーとして、多方面に八面六臂の活躍をされていた。

彼の奥様とは、公私にわたってのお付き合いがあった。
お嬢さんが大学卒業後、専門技術を習得するために稚内に逗留していたころには、一緒に酷寒の北海道へ飛んで彼女に会いにいったりも。
同じころ私の姪が稚内にいたという偶然もあった。

NHKで仕事をしていたころには、ご主人の明彦さんと奥様の早苗さんとは度々顔を合わせた。
早苗さんはマンドリ二スト。
旅の時には、髙島ご夫妻とその息子さんのKANTA君と、仕事の後で夜の街に飲みにでかけた。
一番印象に残っているのは、名古屋で手羽先を山のように食べたこと。
手羽先にはあまりお肉がついてないとはいえ、4人で黙々と骨をしゃぶって、その骨がうず高く積まれていったのは、少しホラーだった。

8月の最後の日曜日、髙島家の屋上でのバーベキュー大会は、毎年恒例の行事だった。
ところが私はたいてい、日テレの24時間テレビの仕事がぶつかってしまうので、中々参加できない。
日程がずれると参加できてラッキー!と喜んだ。
たかしま先生も24時間テレビのアレンジャーなのに、当日は現場に来ないで自宅でバーベキューを楽しんでいるのは、少し不公平じゃない?
マラソンランナーが制限時間になっても到着せず、私たちは帰るに帰れず今か今かと待っているのに、屋上ではワイワイ楽しんでいるのかと思うと、うーん喉が渇いた・・・ビールの幻想が頭をよぎる。

広い屋上には仕事仲間が集まって、盛大に盛り上がる。
思い思いに飲んだり食べたり、疲れるとリビングでまったりとして、なにをやっても寛げるお宅。
たかしま先生はいつもニコニコして、何事にも動じない風。
でも、大変な売れっ子だったから、少し無理をしてしまったのかな。
今年の夏、東京マンドリンアンサンブルのコンサートの時に指揮をしている姿を見たら、ずいぶん痩せていた。
いつもはニコニコしているのに、その時はほとんど笑わずしゃべらず、打ち上げをそそくさと帰ってしまったので、あら?っと思った。
あの時には相当悪い状態だったのかと思うと、本当に最後の気力を振り絞って指揮をされていたらしい。

来週お別れの会という案内状が届いた。

発起人は自民党の二階俊博氏。
そのほか音楽業界、放送関係のそうそうたる面々。

タイトルは お別れ会だよ!全員集合
ドリフターズの全員集合の音楽担当は、たかしま先生。
時々幼稚園児の姿でオルガンを弾いていたり。

ああ、寂しいなあ。