横浜で初雪とか。
ワクワクする季節がやってきた。
待ちかねていたのに心配なのは、去年は1回しかスキーにいかなかったこと。
年々運動神経、バランス力、動体視力などが減衰していく中で運動を継続しないのは、体力回復を図る上で大きなロスがある。
最近では日々、体力の衰えを感じているから、今年は去年の分もがんばらないといけない。
握力や筋力全体が低下しているから、スキーを担ぐことができるかどうか、基本的なことがまず心配のタネなのだ。
一昨年、すでにゲレンデ内の移動で、自力でスキーを運ばなかった。
ずっとインストラクターが運んでくれて、少し甘やかされ過ぎとは思ったけれど、私が遅いと皆の迷惑になるからしかたない。
この運ぶということもリハビリになる気がしたけれど、もちろん楽な方が良い。
こうやって他人を使役して、ぬくぬくと人生を送ってきたそのツケは、いつか払わされるかもしれない。
その分野良猫にご奉仕しているので、それで帳消しにしていただけないでしょうかにゃあ。
愛用のクナイスルの板はたいへんすぐれもので、今では製造していない分貴重だけれど、ものすごく重いビンディングが付いている。
長年のスキー仲間たち「雪雀連」の集まりなら、お互いにマイペースを気にしない。
けれど、今年初めて他のグループに参加する。
なんだかやる気満々のグループのようで、指導員、準指、一級の有段者揃い。
おばあさんの出る幕はないかも。
それでもフランスのトロワバレーに行きたいから、潜り込んでみた。
そんな猛者の揃っている中で板が持てないと泣き言ったら、置き去りにされちまう。
それで考えたのは、板もビンディングも軽いものに替えようと。
神田のスキーショップに同行してくれたのは、マイ・インストラクター。
彼がショップと話し合って、すでに私の板は用意されていた。
なぜか私の板だけ他の人に比べて地味なのはどうしてなのか。
今使っているクナイスルは地味過ぎて目立たない。
その前に使っていたボラントというアメリカの製品はステンレスでできていて、全身キンキラでたいそう気に入っていたのに、製品に欠陥が見つかって1年で廃棄されてしまった。
その代替品が今のクナイスル。
私はキンキラが忘れられなくて、実際にものすごく切れ味の良いスキーだったから次もそれを望んだのに、インストラクターの反対でおじゃんに。
クナイスルは本当に良い板だけれど、今回選んだのは、石井スポーツが自社開発して北海道で作っているという白木のスキー。
派手な赤や黒の他のスキーに比べて一段と地味。
持ってみると、その軽さに驚いた。
それに合わせビンディングも軽いのをつけてもらうことに。
私はかなりかっ飛ぶ方だから軽さがスピードに影響しないか訊いてみたら、レースなら話は別、私ごときのヘボスキーヤーにはなんの影響もないらしい。
それにそろそろ飛ばすのはよしたほうが身のためだし。
子供のときは体育が苦手だった私が絶対にやめなかった運動は、スキーだけ。
数えてみたら56年間、滑らない年はなかった。
どんなに忙しくても必ずシーズンに一度は滑りに行った。
最近は仕事が忙しくなくなったのでもう少し行けると思ったけれど、やはり3回行くのが精一杯。
なぜか、スキーシーズンになると演奏会が増える。
板を買った勢いでウエアも探すことにした。
ヨーロッパの冬はとんでもなく寒いらしい。
日本の製品でなくヨーロッパのものを探すことにした。
見つけたのは目のさめるようなブルーのウエア。
思うのはどうして日本の製品で、こういう素敵なものができないのかと。
日本製の平板なカットと、ヨーロッパの立体的なカットでは着映えが全く違うから、普段着もイタリアものが多い。
日本人の中でも特にスタイルの悪い私が着るからがっかりだけれど、それでもデザインのおもしろさがまるで違う。
笑えるのは、ある時期着ていたイタリア製のセーター。
きれいな紫色で、なぜか前身頃が長くて後ろは普通の長さ。
頭が変なイタリアンが面白がって作ったのだと思っていた。
それも含めてたいそう気に入ってたのだけれど、数年経って気がついた。
イタリア女性の胸の大きさは前がこのくらい長くないとつんつるてんになってしまうのだと。
実際丸めたストッキングを両胸に入れてみたら、前後の長さが揃うではないか。
デザインだと思っていたのが実用性だったとは。
自分の胸の小ささを思い知らされた瞬間だった。
先日、自由が丘のショップで素敵な自転車を見つけた。
ローヴァーのデザインを使ったものだそうで、深みのある臙脂色。
ほしいけど、こんなに買い物ばかりしていたら老後の蓄えは底をつく。
電動車椅子の格好いいのを買って、元気に町中を走る資金は残しておかないと。
最近の車椅子はすごく良いものが多い。
電車に乗ってくるものを観察している。
石井スポーツで買い物をするのは、数年目。
ポイントカードを作れというから申し込んだら、その後スタッフがかわりばんこに私のところへやってきて、ニコニコする。
なぜ?しまった年がバレたか。
生年月日を読まれたらしい。
皆さん嬉しそうに話に来ては帰り、次に別の人がやってくる。
こういう店のスタッフはたいていスキーヤー。
まだ滑っている老猫がいるのが嬉しいのかも。
2019年12月5日木曜日
素敵な高齢化
熱海でのコンサートが終了、今月はあとひとつ本番を控えているけれど、山場は超えた。
先日は音友ホールのコンサートを聴きに行った。
このホールは音楽之友社のホールではあるけれど、音友が作ったにしては音響が気に入らない。
こういう音が好きな人が中にはいるかもしれないけれど、私はどうもあまり好きではない。
やたらに高音がキンキン響くし、客席の床がフラットなので後ろの席はステージがほとんど見えない。
日本の音楽界を牛耳っている雑誌の持っているホールなのだから、もう少し良いものを作ればよかったのに。
私は口は出すけどお金は出しませんよ。
だって持っていないもの。
素人考えだけど響きが今ひとつなのは、多分ステージの背景に使ってある反響板の素材のせいではないかと思う。
見かけはとても良いのに。
ピアノはベーゼンドルファー、深沢亮子さんの演奏は久し振りに聴く。
私がオーケストラで弾いていた頃はよく協奏曲の伴奏をした。
美しい人が弾くモーツァルトはいつも素敵だった。
今はかなりのご高齢と思うけれど、相変わらず上品で美貌も健在。
プログラムの最初に彼女のバッハ。
その後は恵藤久美子、中村静香、安田謙一郎諸氏のデュオやソロなど、深沢亮子と室内楽の仲間たちと銘打ったアンサンブルはそれぞれ楽しく、ベテランぞろいのメンバーの力量を見せられた。
この方達は私とだいたい同世代。
彼らの方がほんの少しお若い。
皆さんすでに白髪になり、ステージ脇の階段が難所になるお年頃。
なのに、演奏は少しも衰えていない。
日本の音楽界も層が厚くなって、若者だけでなく高齢になっても音楽への情熱が感じられる豊かな実りの時期になったのかと嬉しく思う。
かつて、私が音楽界に船出した頃は、50歳くらいになったプレーヤーは若者に追い立てられるようにステージを去っていった。
それほど日本の音楽界は急速に発展したのだと思う。
あっという間に若い優秀なプレーヤーが輩出してきた。
その頃の日本の弦楽器界は世代交代が著しく、今回のこのコンサートの出演者たちが楽壇に躍り出て海外でも活躍、今に至ってもなおこうしてステージに立って、揺るぎない地位を確保している。
見ているだけでも素敵な光景。
殆ど皆さん後期高齢者かそれに近い。
これはすごいことです。
数日前、都内某所の邸宅の私設ホールでのホームコンサート。
シュトュットガルト室内合奏団の元メンバーである、ボグナーさんというチェリストの演奏を聴かせてもらった。
年代も私と近いか、少し若いくらい?
ヴィオリストの林徹也さんが同じ合奏団で弾いていて、ボグナーさんとはお友達。
私も日本に帰国した林さんご夫妻とは、一緒に弾いたり遊んでいただいたり、それでコンサートのお知らせをいただいた。
ボグナーさんはサンタクロースに似た、恰幅の良い優しそうな方だった。
豊かな音が心地よく、和気あいあいとした雰囲気のステージと客席。
林さんの奥様の通訳で、お話を交えてのひととき。
そこに先日の私達の青葉台のコンサートを聴いたという人がいて、またそれで「あらあら、先日はどうも」と世間は狭い。
ボグナーさんの先生のそのまた先生の先生・・・が、あの有名なポッパーだそうで、なにか急に親しみが湧く。
こうやって小さい会場で聴くコンサートは本当に楽しい。
音楽はどこで聴いても演奏しても、平和な世界を創り出す。
殺伐としたニュースの多い世の中で、こんなに素敵な世界に身を置けて、私は本当に幸せな人生だったと思う。
だったと過去形で言うけれど、もう少し身を置かせていただければ嬉しいです。
先日は音友ホールのコンサートを聴きに行った。
このホールは音楽之友社のホールではあるけれど、音友が作ったにしては音響が気に入らない。
こういう音が好きな人が中にはいるかもしれないけれど、私はどうもあまり好きではない。
やたらに高音がキンキン響くし、客席の床がフラットなので後ろの席はステージがほとんど見えない。
日本の音楽界を牛耳っている雑誌の持っているホールなのだから、もう少し良いものを作ればよかったのに。
私は口は出すけどお金は出しませんよ。
だって持っていないもの。
素人考えだけど響きが今ひとつなのは、多分ステージの背景に使ってある反響板の素材のせいではないかと思う。
見かけはとても良いのに。
ピアノはベーゼンドルファー、深沢亮子さんの演奏は久し振りに聴く。
私がオーケストラで弾いていた頃はよく協奏曲の伴奏をした。
美しい人が弾くモーツァルトはいつも素敵だった。
今はかなりのご高齢と思うけれど、相変わらず上品で美貌も健在。
プログラムの最初に彼女のバッハ。
その後は恵藤久美子、中村静香、安田謙一郎諸氏のデュオやソロなど、深沢亮子と室内楽の仲間たちと銘打ったアンサンブルはそれぞれ楽しく、ベテランぞろいのメンバーの力量を見せられた。
この方達は私とだいたい同世代。
彼らの方がほんの少しお若い。
皆さんすでに白髪になり、ステージ脇の階段が難所になるお年頃。
なのに、演奏は少しも衰えていない。
日本の音楽界も層が厚くなって、若者だけでなく高齢になっても音楽への情熱が感じられる豊かな実りの時期になったのかと嬉しく思う。
かつて、私が音楽界に船出した頃は、50歳くらいになったプレーヤーは若者に追い立てられるようにステージを去っていった。
それほど日本の音楽界は急速に発展したのだと思う。
あっという間に若い優秀なプレーヤーが輩出してきた。
その頃の日本の弦楽器界は世代交代が著しく、今回のこのコンサートの出演者たちが楽壇に躍り出て海外でも活躍、今に至ってもなおこうしてステージに立って、揺るぎない地位を確保している。
見ているだけでも素敵な光景。
殆ど皆さん後期高齢者かそれに近い。
これはすごいことです。
数日前、都内某所の邸宅の私設ホールでのホームコンサート。
シュトュットガルト室内合奏団の元メンバーである、ボグナーさんというチェリストの演奏を聴かせてもらった。
年代も私と近いか、少し若いくらい?
ヴィオリストの林徹也さんが同じ合奏団で弾いていて、ボグナーさんとはお友達。
私も日本に帰国した林さんご夫妻とは、一緒に弾いたり遊んでいただいたり、それでコンサートのお知らせをいただいた。
ボグナーさんはサンタクロースに似た、恰幅の良い優しそうな方だった。
豊かな音が心地よく、和気あいあいとした雰囲気のステージと客席。
林さんの奥様の通訳で、お話を交えてのひととき。
そこに先日の私達の青葉台のコンサートを聴いたという人がいて、またそれで「あらあら、先日はどうも」と世間は狭い。
ボグナーさんの先生のそのまた先生の先生・・・が、あの有名なポッパーだそうで、なにか急に親しみが湧く。
こうやって小さい会場で聴くコンサートは本当に楽しい。
音楽はどこで聴いても演奏しても、平和な世界を創り出す。
殺伐としたニュースの多い世の中で、こんなに素敵な世界に身を置けて、私は本当に幸せな人生だったと思う。
だったと過去形で言うけれど、もう少し身を置かせていただければ嬉しいです。
2019年11月30日土曜日
男手がほしい
北軽井沢の家を整理するときに一番欲しかったものは男手。
高いところにあるヒューズボックスがこわい。
吹き抜けの天井の電球は誰がどうやって取り替えるのかしら。
ひたすら故障しないことを祈るのみ。
庭の終わりには清流がながれている。
そこでわさびや水芭蕉を栽培したい。
クレソンもよく育つ。
その川まで行くのは、降り積もった滑りやすい落ち葉をフガフガと踏んで降りていく。
結構な急斜面で落ちるとまっ逆さまになりかねない。
行きつく先には冷たい水が滔々と流れている。
危険だからこの傾斜に丸太で階段を造りたい。
ヒューズボックスが物置の高いところに設置されているから、グラグラする踏み台に乗って操作しないといけない。
背の低い私は手がとどかないから、必要なときは業者に頼むことに。
ブレーカーをオン・オフくらいは自分でできないといけない。
寝室にはおそろしく重いベッドが置いてあって、動かすことも出来ない。
今日はジャムの瓶と格闘したけれど、ついに蓋が開けられなかった。
日頃ペットボトルの蓋さえ開けられないくらい力がない。
握力は子供並みではないかと思う。
12月に入ったら第2次断捨離をするつもりでいる。
やっと様々な手続きが最終段階に入った。
あとひとつ手続きが終わればすべて終了。
終わったと思っていたら、さいごにまだひとつやることが出てきて、また親戚に頭を下げて印鑑証明を送ってもらった。
なんと煩わしいことなのか。
幸い、だれもうるさいことを言う人がいなくて、本当に良かった。
やっと以前の生活に戻れると思ったら、煩雑さに乗じた運動不足のおかげで、筋肉量がすっかり低下してしまった。
影響はすぐに音に出る。
ヴァイオリンを弾いても音がでない。
無理して力を入れるともっと出なくなる。
ずっと力を抜くことの追求をしてきたから、筋肉量はいらないかというとそうはいかない。
腕の重さで弾くので筋肉は大事。
それと体のインナーマッスルがものすごく大事だということを今痛感している。
それも徐々に戻ってきて、やっと音が出るようになった。
今年は山の家はもう閉鎖してしまったけれど、春になったらすぐに行って新しい駐車場をつくったり、エアコンを入れたり、天井に扇風機を取り付けたりしたい。
テラスにペンキを塗らないといけない。
庭の一部分をハーブ栽培の畑にできるかも。
大木の下に生える細い若木も少し間引きしたい。
男手がほしいなあ。
今やっと一人暮らしの自由さを謳歌し始めたばかりだから、男の「人」はいらない。
力のある「手」がほしい。
追分のヴィオラ弾きのKさんは体格がよく力持ちでなんでもやってくれるけど、女性だからこき使うわけにはいかない。
しかも楽器を弾く人だから怪我でもされると困るし。
ロボット開発の人たちは何をやっているのだろう。
癒やし系のロボットなど作っていないで、早く男手ロボットを作って欲しい。
スルスルと長梯子を登って、天窓の掃除をしたり、天井の電球替えたりしてもらいたい。
ついでに天井の掃除もお願いしたい。
例えばお掃除ロボットの天井用なんかを作ったら売れるんじゃない?
壁を掃除しながら伝わって天井まで掃除するなんてロボットがいたらいいなあ。
充電が切れて頭に落ちてきて、怪我したりすると大変だから作らないとか?
完全犯罪にも使えそう。
タイマーに細工してアリバイ作り。
今後、犯罪の手口は限りなく広がるのでは?
作家もたいへん、情報通でないとやっていけない。
老人ホームでも老いてなお恋愛問題があるという。
そこでもモテるのは、以前の生活で社会的地位や教養があるとかの男でなく、大工さんなどの腕に技のある人だという。
「たまさん、棚こしらえて頂戴」「あいよ、ほら、出来たよ」「わあ、すてき、ありがとう」となるらしい。
高いところにあるヒューズボックスがこわい。
吹き抜けの天井の電球は誰がどうやって取り替えるのかしら。
ひたすら故障しないことを祈るのみ。
庭の終わりには清流がながれている。
そこでわさびや水芭蕉を栽培したい。
クレソンもよく育つ。
その川まで行くのは、降り積もった滑りやすい落ち葉をフガフガと踏んで降りていく。
結構な急斜面で落ちるとまっ逆さまになりかねない。
行きつく先には冷たい水が滔々と流れている。
危険だからこの傾斜に丸太で階段を造りたい。
ヒューズボックスが物置の高いところに設置されているから、グラグラする踏み台に乗って操作しないといけない。
背の低い私は手がとどかないから、必要なときは業者に頼むことに。
ブレーカーをオン・オフくらいは自分でできないといけない。
寝室にはおそろしく重いベッドが置いてあって、動かすことも出来ない。
今日はジャムの瓶と格闘したけれど、ついに蓋が開けられなかった。
日頃ペットボトルの蓋さえ開けられないくらい力がない。
握力は子供並みではないかと思う。
12月に入ったら第2次断捨離をするつもりでいる。
やっと様々な手続きが最終段階に入った。
あとひとつ手続きが終わればすべて終了。
終わったと思っていたら、さいごにまだひとつやることが出てきて、また親戚に頭を下げて印鑑証明を送ってもらった。
なんと煩わしいことなのか。
幸い、だれもうるさいことを言う人がいなくて、本当に良かった。
やっと以前の生活に戻れると思ったら、煩雑さに乗じた運動不足のおかげで、筋肉量がすっかり低下してしまった。
影響はすぐに音に出る。
ヴァイオリンを弾いても音がでない。
無理して力を入れるともっと出なくなる。
ずっと力を抜くことの追求をしてきたから、筋肉量はいらないかというとそうはいかない。
腕の重さで弾くので筋肉は大事。
それと体のインナーマッスルがものすごく大事だということを今痛感している。
それも徐々に戻ってきて、やっと音が出るようになった。
今年は山の家はもう閉鎖してしまったけれど、春になったらすぐに行って新しい駐車場をつくったり、エアコンを入れたり、天井に扇風機を取り付けたりしたい。
テラスにペンキを塗らないといけない。
庭の一部分をハーブ栽培の畑にできるかも。
大木の下に生える細い若木も少し間引きしたい。
男手がほしいなあ。
今やっと一人暮らしの自由さを謳歌し始めたばかりだから、男の「人」はいらない。
力のある「手」がほしい。
追分のヴィオラ弾きのKさんは体格がよく力持ちでなんでもやってくれるけど、女性だからこき使うわけにはいかない。
しかも楽器を弾く人だから怪我でもされると困るし。
ロボット開発の人たちは何をやっているのだろう。
癒やし系のロボットなど作っていないで、早く男手ロボットを作って欲しい。
スルスルと長梯子を登って、天窓の掃除をしたり、天井の電球替えたりしてもらいたい。
ついでに天井の掃除もお願いしたい。
例えばお掃除ロボットの天井用なんかを作ったら売れるんじゃない?
壁を掃除しながら伝わって天井まで掃除するなんてロボットがいたらいいなあ。
充電が切れて頭に落ちてきて、怪我したりすると大変だから作らないとか?
完全犯罪にも使えそう。
タイマーに細工してアリバイ作り。
今後、犯罪の手口は限りなく広がるのでは?
作家もたいへん、情報通でないとやっていけない。
老人ホームでも老いてなお恋愛問題があるという。
そこでもモテるのは、以前の生活で社会的地位や教養があるとかの男でなく、大工さんなどの腕に技のある人だという。
「たまさん、棚こしらえて頂戴」「あいよ、ほら、出来たよ」「わあ、すてき、ありがとう」となるらしい。
2019年11月29日金曜日
物忘れ鍵忘れ
某サイトでこんな記事。
https://tamatora.36nyan.com/?p=15088
これはまさに私の要求にピッタリ、でも待てよ!
果たして自分がこれを活用できるのだろうか?
甚だ心許ない。
ここは「たま」がつくので親しみを覚えるサイト。
なかなか有用な内容なのだけれど、読者が猫(私)である場合、この内容を理解できるのかどうか。
この物忘れ防止装置を検索したら、すぐにアマゾンのタイムセールで安くなったので注文した。
次はこの器具につける物忘れ防止用グッズを買うことになりそう。
ホームセンターで可愛いキャラクターのグッズを見つけた。
マグネットなので冷蔵庫などに貼り付けてキャラクターのしっぽを曲げると、そこに鍵をかけられるというもの。
クマのプーさんやドナルドダック、最近のゲームのキャラクターなど可愛いからつい買ってしまった。
テーブルの上に小さいビニール袋が置いてあったので何かと思って開けてみると、そのキャラクターたちが出てきた。
買ったことすら忘れていた。
物忘れと言って世の中が騒ぐほど大したことはないのだ。
忘れることは時として救いでもある。
時間を忘れるほど楽しいこととか、われを忘れるほど夢中になれるとかは幸せなこと。
辛さや苦しみも時を経て忘れることができる。
それがなければずっと苦しみ続けることになる。
時間は心の万能薬。
私は幼少期から天才的に物忘れの達人だった。
物を取りに行って、なにを取りに来たのか忘れるとボケの始まりなんて言うけれど、そんなことは子供の時からだった。
小学校へ行ってランドセルを開けると中は空っぽ。
宿題は出たことすら覚えていない。
教室に貼ってあった物忘れの個人別グラフのダントツはこの私。
先生も呆れ果てて叱られることもない。
中学校では忘れないように、すべての教科書は学校に置いて帰った。
当然予習復習なんていうこともしない。
高校でも同じ。
人の顔はよほどのことがないと、一度会ったくらいでは覚えられない。
それなのに、近所の猫の顔はすぐに分かる。
興味のないものは、目で見ていても脳みそを素通りしてしまうらしい。
だからみなさんも大丈夫ですよ。
私ほど記憶力が頼りない人でも、こうして元気でいられるのだから。
むしろ、記憶しないから元気でいられるのかもしれない。
うらみや嫌悪感をずっと持ち続けたら病んでしまうでしょう。
おおいに忘れよう・・・なんて、今日も又鍵を探して青くなっている猫が一匹。
しかし気に入らないのは「たま」サイトの最初のこの言葉。
鍵や携帯電話などさっきまで使っていたものを探し回るのは性格的なもの。25歳過ぎてもこの状態の人は、もう何やっても改善されません。それが立派な大人としての完成形なんです。
もう手遅れなんだ。
それなら堂々と手遅れ人生を歩もうではないか。
https://tamatora.36nyan.com/?p=15088
これはまさに私の要求にピッタリ、でも待てよ!
果たして自分がこれを活用できるのだろうか?
甚だ心許ない。
ここは「たま」がつくので親しみを覚えるサイト。
なかなか有用な内容なのだけれど、読者が猫(私)である場合、この内容を理解できるのかどうか。
この物忘れ防止装置を検索したら、すぐにアマゾンのタイムセールで安くなったので注文した。
次はこの器具につける物忘れ防止用グッズを買うことになりそう。
ホームセンターで可愛いキャラクターのグッズを見つけた。
マグネットなので冷蔵庫などに貼り付けてキャラクターのしっぽを曲げると、そこに鍵をかけられるというもの。
クマのプーさんやドナルドダック、最近のゲームのキャラクターなど可愛いからつい買ってしまった。
テーブルの上に小さいビニール袋が置いてあったので何かと思って開けてみると、そのキャラクターたちが出てきた。
買ったことすら忘れていた。
物忘れと言って世の中が騒ぐほど大したことはないのだ。
忘れることは時として救いでもある。
時間を忘れるほど楽しいこととか、われを忘れるほど夢中になれるとかは幸せなこと。
辛さや苦しみも時を経て忘れることができる。
それがなければずっと苦しみ続けることになる。
時間は心の万能薬。
私は幼少期から天才的に物忘れの達人だった。
物を取りに行って、なにを取りに来たのか忘れるとボケの始まりなんて言うけれど、そんなことは子供の時からだった。
小学校へ行ってランドセルを開けると中は空っぽ。
宿題は出たことすら覚えていない。
教室に貼ってあった物忘れの個人別グラフのダントツはこの私。
先生も呆れ果てて叱られることもない。
中学校では忘れないように、すべての教科書は学校に置いて帰った。
当然予習復習なんていうこともしない。
高校でも同じ。
人の顔はよほどのことがないと、一度会ったくらいでは覚えられない。
それなのに、近所の猫の顔はすぐに分かる。
興味のないものは、目で見ていても脳みそを素通りしてしまうらしい。
だからみなさんも大丈夫ですよ。
私ほど記憶力が頼りない人でも、こうして元気でいられるのだから。
むしろ、記憶しないから元気でいられるのかもしれない。
うらみや嫌悪感をずっと持ち続けたら病んでしまうでしょう。
おおいに忘れよう・・・なんて、今日も又鍵を探して青くなっている猫が一匹。
しかし気に入らないのは「たま」サイトの最初のこの言葉。
鍵や携帯電話などさっきまで使っていたものを探し回るのは性格的なもの。25歳過ぎてもこの状態の人は、もう何やっても改善されません。それが立派な大人としての完成形なんです。
もう手遅れなんだ。
それなら堂々と手遅れ人生を歩もうではないか。
2019年11月26日火曜日
片足立ちができない
約一年間、食生活の乱れと運動放棄により体調はめちゃくちゃになった。
体重はそう変わらないのに体脂肪率が増え、基礎代謝量が減って運動年齢が急激に年老いた。
結局筋肉が衰えたということ。
先日友人と足腰の弱りについての話になった。
友人のWちゃんは立ったままソックスを履こうとしたら、後ろ向きにひっくり返ったそうだ。
私が階段から落ちて口を怪我したときに、ふと~いストローを送ってくれた彼女も、口からころんだ経験がある。
前からも後ろからも転んだので足腰を鍛えようと思い、今では片足立ちが2分以上できるらしい。
なんでも、拇指球に乗ることが大切らしい。
2分って、これはすごい。
なんでも努力する人だから、驚きはしないけれど。
その話の後、自分でやってみてびっくり仰天。
なんと!片足立ちが全くできなくなっていた。
右足はわずかに2秒、左足はもう少しできるけれど、それでも長くて10秒、短いときには4秒ほど。
それで毎日練習をしていたら、左足は長くて20秒ほどできるようになったのに、右足は長くて4秒ほどしか続かない。
これは一大事。
私の左足は外反母趾で、親指の付け根が突起している。
見るぶんには左足のほうがダメで右足はほぼ正常な親指なのに、それがいざ片足で立つと右は全くダメ。
立とうと思って考えても、一体どうやって立って良いのかわからないから、脳の1部が壊れたのかと思った。
半年以上、右足にしびれやチクチクした違和感があって、足首も痛かった。
足首がかすかに腫れている。
その頃から鏡に映すと、こころなしかO脚がひどくなったように見えた。
無理して歩き過ぎると腫れと痛みがひどくなって、朝起きる頃にはよくなっている。
やたらに転ぶ。
これは早く病院で診てもらおうとと思っても病院嫌いにつき、なかなか足が向かない。
そうこうしているうちに、足首はいよいよ痛く腫れ上がってきた。
それで滅多に歩くことはなくなって、安静を心がける。
ところが、もう限界と思っているころに演奏することが増えてきて、どうしても外に出ないといけなくなった。
気がつくと、外に出て人に会ってくると元気になる。
足の痛みも少なくなる。
コンサートのためにヴァイオリンの練習時間も多くなる。
練習はいつも立って弾いているから、終わると全身が温まって体調が良くなる。
ふうむ、やはり体を甘やかしてはいけないのだ。
それで無茶なことだけれど、痛くて回らない足首を回し、つま先立ちで10秒間キープすることや、片足立ちや、痛かろうがなんだろうが構わずやっていたら、少しずつ治ってきた。
O脚度も少し改善されたようだ。
特に両足のつま先で立って両踵をぐっと寄せる運動がかなり効果があった。
これはお尻の筋肉が鍛えられるので、結果体幹が鍛えられるらしい。
この数ヶ月、筋トレをサボっている。
一番最後にジムに行った時トレーナーから「nekotamaさん、体動かさないとだめですよ」と言われた。
それは百も承知なのだけれど、練習が混み合ってくるとジムに行く気になれない。
心に余裕がなくなってしまうのだ。
12月のコンサートが終わったら、久しぶりにジムで汗流してこよう。
泳ぎたいけれど、プールは苦手。
市民プールにはへんなおにいさんとおじ(い)ちゃんがたくさんいてわざとぶつかってくる。
監視員も見て見ぬふり。
時々喧嘩して帰ってくる。
全く男ってのはなにを考えているのか!
1年間の不摂生が、これほど体調を損なうのだということにやっと気がついた。
食も運動も大切。
いまや蕁麻疹持ちになって、お腹周りのプヨプヨしたところが時々赤くなる。
まだかわいい蕁麻疹だけれど、このまま不摂生を続けて慢性化したらどうしよう。
すべてリセットして、出直しすることが来年の課題。
体重はそう変わらないのに体脂肪率が増え、基礎代謝量が減って運動年齢が急激に年老いた。
結局筋肉が衰えたということ。
先日友人と足腰の弱りについての話になった。
友人のWちゃんは立ったままソックスを履こうとしたら、後ろ向きにひっくり返ったそうだ。
私が階段から落ちて口を怪我したときに、ふと~いストローを送ってくれた彼女も、口からころんだ経験がある。
前からも後ろからも転んだので足腰を鍛えようと思い、今では片足立ちが2分以上できるらしい。
なんでも、拇指球に乗ることが大切らしい。
2分って、これはすごい。
なんでも努力する人だから、驚きはしないけれど。
その話の後、自分でやってみてびっくり仰天。
なんと!片足立ちが全くできなくなっていた。
右足はわずかに2秒、左足はもう少しできるけれど、それでも長くて10秒、短いときには4秒ほど。
それで毎日練習をしていたら、左足は長くて20秒ほどできるようになったのに、右足は長くて4秒ほどしか続かない。
これは一大事。
私の左足は外反母趾で、親指の付け根が突起している。
見るぶんには左足のほうがダメで右足はほぼ正常な親指なのに、それがいざ片足で立つと右は全くダメ。
立とうと思って考えても、一体どうやって立って良いのかわからないから、脳の1部が壊れたのかと思った。
半年以上、右足にしびれやチクチクした違和感があって、足首も痛かった。
足首がかすかに腫れている。
その頃から鏡に映すと、こころなしかO脚がひどくなったように見えた。
無理して歩き過ぎると腫れと痛みがひどくなって、朝起きる頃にはよくなっている。
やたらに転ぶ。
これは早く病院で診てもらおうとと思っても病院嫌いにつき、なかなか足が向かない。
そうこうしているうちに、足首はいよいよ痛く腫れ上がってきた。
それで滅多に歩くことはなくなって、安静を心がける。
ところが、もう限界と思っているころに演奏することが増えてきて、どうしても外に出ないといけなくなった。
気がつくと、外に出て人に会ってくると元気になる。
足の痛みも少なくなる。
コンサートのためにヴァイオリンの練習時間も多くなる。
練習はいつも立って弾いているから、終わると全身が温まって体調が良くなる。
ふうむ、やはり体を甘やかしてはいけないのだ。
それで無茶なことだけれど、痛くて回らない足首を回し、つま先立ちで10秒間キープすることや、片足立ちや、痛かろうがなんだろうが構わずやっていたら、少しずつ治ってきた。
O脚度も少し改善されたようだ。
特に両足のつま先で立って両踵をぐっと寄せる運動がかなり効果があった。
これはお尻の筋肉が鍛えられるので、結果体幹が鍛えられるらしい。
この数ヶ月、筋トレをサボっている。
一番最後にジムに行った時トレーナーから「nekotamaさん、体動かさないとだめですよ」と言われた。
それは百も承知なのだけれど、練習が混み合ってくるとジムに行く気になれない。
心に余裕がなくなってしまうのだ。
12月のコンサートが終わったら、久しぶりにジムで汗流してこよう。
泳ぎたいけれど、プールは苦手。
市民プールにはへんなおにいさんとおじ(い)ちゃんがたくさんいてわざとぶつかってくる。
監視員も見て見ぬふり。
時々喧嘩して帰ってくる。
全く男ってのはなにを考えているのか!
1年間の不摂生が、これほど体調を損なうのだということにやっと気がついた。
食も運動も大切。
いまや蕁麻疹持ちになって、お腹周りのプヨプヨしたところが時々赤くなる。
まだかわいい蕁麻疹だけれど、このまま不摂生を続けて慢性化したらどうしよう。
すべてリセットして、出直しすることが来年の課題。
2019年11月25日月曜日
ランチはダブルで
携帯電話は生徒たちと飲んだくれて、お寿司屋さんに置きわすれたことがわかった。
当日夜中に私の元生徒からパソコンメールに連絡がきた。
持つべきものは面倒見の良い生徒。
丁寧にお寿司屋さんの電話番号まで添えてある。
すでに真夜中過ぎていて電話してみたけれど、当然誰も出ない。
お店には迷惑なことだった。
次の朝、電話するとすぐに出てくれたので、開店の時間に合わせて取りに行くことにした。
開店時間は12時。
前の日、いつもになく日本酒を飲んだおかげで気分が悪くなって、その時出されたお寿司をたくさん食べられなかったので、未練が残っていた。
食い物の恨みはおそろしい。
冬になると日本酒が美味しくなる。
普段は先ずビール、それから他のお酒に移る。
そういうときにもめったに日本酒は飲まない。
体質に合わないかもしれない。
寒い時期には特に美味しいと感じるけれど、たくさんは飲めない。
飲むと時々蕁麻疹様のものが出る。
私は何を食べても飲んでも美味しいと感じる特殊体質だから、残念なことで。
その時も大好きな人達とにぎやかに騒ぎながらの食事で、なんでも美味しいと思っていたのに、突然気分が悪くなってしまった。
よほど疲れていたのかも。
携帯を取りに行く時、せっかちだから時間前に現地に着いてしまった。
開店時間の30分ほど前、ドアは開いているから早く来てもだいじょうぶですよと言ってくれたけれど、しばらく時間潰しで駅前で行われているイベントを眺めたりしていた。
そこでは女性歌手がマイク越しに歌っている。
本格的な発声の人がマイクを使うとうるさいことこの上ない。
これならマイク使いの上手いポピュラー系か演歌歌手をつれてくればいいのに。
プロの歌手なら、マイクの有無によって発声を変えられないのかと考えた。
しかし、こういうイベントで歌う人は主に若い人だから加減するのが難しいのかも。
ソプラノが声を張り上げているのが心地悪いので、早めにお店に到着。
マイクといえばある時期日本で、ベルリン・フィルのメンバーの12人のチェリストが脚光を浴びたことがあった。
チェロという楽器は低音から高音まで多彩な音域と音色の出る楽器なので、自由自在に弾ける名人が揃って、こんな素晴らしいアンサンブルができるのかと、その当時私の感激はMAX。
今でも彼らは演奏していると思うけれど、日本ではテレビコマーシャルで有名になって数回来日してその後忘れられてしまったみたい。
その彼らがNHKの夕べのリサイタルに出ることになり、録音が行われた。
ところが彼らの音があまりにもボリュームがあって、マイクからはみ出してしまう。
最初は個々の奏者毎にマイクを置いた。
するとマイクがビリビリと振動してしまう。
それで全体の演奏場所から少し離して、マイクを設置。
それでもだめで、とうとうスタジオの一番遠くからマイク1本で録ったという。
これは、私がカルテットで夕ベのリサイタルに出演した時の、ディレクターから聞いた。
ディレクターがここで録ったと言ったのは、スタジオのドアの近くだった。
彼らの凄さは、私達の音がせせらぎの音とすれば、大滝が轟々と流れるくらいの比。
最初は彼らも心しておとなしく弾くらしい。
そのうち興に乗るとすっかり忘れてしまうらしい。
毎年来ていたロンドンアンサンブルのチェリストのトーマス。
我が家のレッスン室の壁が落ちるのではないかと、心配したことを思い出す。
彼らは楽器を鳴らすすべを心得ているだけでなく、その音量がごく普通に出せる体を持っている。
腰が怪しいのでマッサージを受けたいというから、私がいつも行く整体院を紹介した。
かなり凄腕の整体師で力持ち。
あとで彼に訊いたら、筋肉が硬くて指が入っていかなかったそうで。
トーマスはトーマスで「ものすごく痛かった、nekotamaが整体師になんか言ったのか?」
「もちろん、痛めつけてやれって言ったわよ」・・・それは嘘だけど。
話がそれてしまって。
寿司やに到着、無事に携帯が戻ったところでまだ開店前だけど食べられる?と訊くとどうぞどうぞ。
お礼の手土産の一つももっていきたいところだったけれど、その代わりほんのお礼にという気持ちで。
色々お話をしながら食べ終わって、その後友人たちとの飲み会にでかけた。
別に空腹だったわけでなく、お礼だからね、これは。
これではねえ、体重計の針が行ったり来たりするワケよねえ。
当日夜中に私の元生徒からパソコンメールに連絡がきた。
持つべきものは面倒見の良い生徒。
丁寧にお寿司屋さんの電話番号まで添えてある。
すでに真夜中過ぎていて電話してみたけれど、当然誰も出ない。
お店には迷惑なことだった。
次の朝、電話するとすぐに出てくれたので、開店の時間に合わせて取りに行くことにした。
開店時間は12時。
前の日、いつもになく日本酒を飲んだおかげで気分が悪くなって、その時出されたお寿司をたくさん食べられなかったので、未練が残っていた。
食い物の恨みはおそろしい。
冬になると日本酒が美味しくなる。
普段は先ずビール、それから他のお酒に移る。
そういうときにもめったに日本酒は飲まない。
体質に合わないかもしれない。
寒い時期には特に美味しいと感じるけれど、たくさんは飲めない。
飲むと時々蕁麻疹様のものが出る。
私は何を食べても飲んでも美味しいと感じる特殊体質だから、残念なことで。
その時も大好きな人達とにぎやかに騒ぎながらの食事で、なんでも美味しいと思っていたのに、突然気分が悪くなってしまった。
よほど疲れていたのかも。
携帯を取りに行く時、せっかちだから時間前に現地に着いてしまった。
開店時間の30分ほど前、ドアは開いているから早く来てもだいじょうぶですよと言ってくれたけれど、しばらく時間潰しで駅前で行われているイベントを眺めたりしていた。
そこでは女性歌手がマイク越しに歌っている。
本格的な発声の人がマイクを使うとうるさいことこの上ない。
これならマイク使いの上手いポピュラー系か演歌歌手をつれてくればいいのに。
プロの歌手なら、マイクの有無によって発声を変えられないのかと考えた。
しかし、こういうイベントで歌う人は主に若い人だから加減するのが難しいのかも。
ソプラノが声を張り上げているのが心地悪いので、早めにお店に到着。
マイクといえばある時期日本で、ベルリン・フィルのメンバーの12人のチェリストが脚光を浴びたことがあった。
チェロという楽器は低音から高音まで多彩な音域と音色の出る楽器なので、自由自在に弾ける名人が揃って、こんな素晴らしいアンサンブルができるのかと、その当時私の感激はMAX。
今でも彼らは演奏していると思うけれど、日本ではテレビコマーシャルで有名になって数回来日してその後忘れられてしまったみたい。
その彼らがNHKの夕べのリサイタルに出ることになり、録音が行われた。
ところが彼らの音があまりにもボリュームがあって、マイクからはみ出してしまう。
最初は個々の奏者毎にマイクを置いた。
するとマイクがビリビリと振動してしまう。
それで全体の演奏場所から少し離して、マイクを設置。
それでもだめで、とうとうスタジオの一番遠くからマイク1本で録ったという。
これは、私がカルテットで夕ベのリサイタルに出演した時の、ディレクターから聞いた。
ディレクターがここで録ったと言ったのは、スタジオのドアの近くだった。
彼らの凄さは、私達の音がせせらぎの音とすれば、大滝が轟々と流れるくらいの比。
最初は彼らも心しておとなしく弾くらしい。
そのうち興に乗るとすっかり忘れてしまうらしい。
毎年来ていたロンドンアンサンブルのチェリストのトーマス。
我が家のレッスン室の壁が落ちるのではないかと、心配したことを思い出す。
彼らは楽器を鳴らすすべを心得ているだけでなく、その音量がごく普通に出せる体を持っている。
腰が怪しいのでマッサージを受けたいというから、私がいつも行く整体院を紹介した。
かなり凄腕の整体師で力持ち。
あとで彼に訊いたら、筋肉が硬くて指が入っていかなかったそうで。
トーマスはトーマスで「ものすごく痛かった、nekotamaが整体師になんか言ったのか?」
「もちろん、痛めつけてやれって言ったわよ」・・・それは嘘だけど。
話がそれてしまって。
寿司やに到着、無事に携帯が戻ったところでまだ開店前だけど食べられる?と訊くとどうぞどうぞ。
お礼の手土産の一つももっていきたいところだったけれど、その代わりほんのお礼にという気持ちで。
色々お話をしながら食べ終わって、その後友人たちとの飲み会にでかけた。
別に空腹だったわけでなく、お礼だからね、これは。
これではねえ、体重計の針が行ったり来たりするワケよねえ。
2019年11月24日日曜日
困ったひとたち
私の仲間たちはアンサンブルの名手たち。
今日青葉台教会で一緒に弾いた人の殆どがその仲間たち。
ヴィオラのFUMIKOさん、チェロの舘野さん、ピアノの太田さんは数十年来の古い付き合いで、いつも真剣ながら楽しく演奏ができる。
だれがどんなことをしてもいつの間にか寄り添ってうまく進行している。
いくらベテラン揃いでも中にひとり困った人が居ると、アンサンブルができない。
最近のあるコンサートでの話。
ひとりだけ不慣れな人がいて、3回の練習のうち2回までは我慢してなんとかうまくいくように熱心に練習したけれど、3回目でついに私が切れた。
音はきれいなんだけど・・・数が数えられない。
経歴は立派、でもほんとかどうかわからない。
経歴に騙されて一緒に弾いたらとんでもない人だった。
3回も練習があるのだから、1回めは我慢した。
次回はちゃんと練習してくるだろう。
2回め、注意されると全くあさっての返事が返ってくる。
このへんでおかしいぞと思い始める。
それでも彼が主催者だからと思って我慢。
主催者を引きずり下ろすわけにはいかない。
3回目、ちゃんと練習してください!
私が鬼になった。
メトロノームを譜面台に置いて、このテンポで弾いてください。
相手をプロだと思っていたから信用した私が馬鹿だった。
出来の悪い生徒だと思って、もっと早くに鬼になればよかった。
できの良い私の元生徒も練習に加わっていたけれど、震え上がっていた。
生徒はちゃんと弾いているのに、プロがこのざまとはなんなの。
いやしくもお金を取るコンサートを開くと決めたらミスは許されないのは当たり前。
それをヘラヘラと世渡りしてきたらしいその人は、言い訳ばかり。
言い訳する時間があったら、徹夜で練習しろっての。
と、カリカリしていたら、携帯をどこかに置き忘れ、帰宅して背負っていた楽器を肩からおろしたら、ケースの取っ手が壊れていた。
背負っていてよかった。
取っ手を握っているときに壊れたら、楽器は地面に落ちたかもしれない。
それでも楽天的な私は次があるさと気を取り直す。
明日は小田原に出かける。
卒寿を迎えるオーケストラの元団員のお祝い。
卒寿の色は紫色だそうで、きれいな赤紫のセーターをお祝いに差し上げるために用意した。
喜んでくれるといいいけど。
ただ一つ心配なのは、幹事さんのこと。
最近しばしば電話があって「俺言ったよね、24日のこと」
「ききましたよ、JR駅改札口集合ね」
「誰に連絡したか忘れちゃってね」
数日たって又電話。
「小田原のこと言ったよね」
「はい、聞いています。JR駅改札口集合、24日ね」
もう3回目。
この人のほうが卒寿の人よりもずっと心配だわ。
今携帯が手元にないので、この幹事さんは私に連絡がつかないといって、パニックにならないだろうか。
先日は12月のコンサートのリハーサル。
練習場に行くのに渋谷で待ち合わせをした。
渋谷警察署前集合。
さて、出かけようとしたその時、鍵が見当たらない。
楽器と持ちものもすべて準備して、隣のレッスン室においてある。
そのレッスン室に入る鍵がない。
いつも鍵のことであたふたするから、こういうときには必ず身につけてある・・はず。
両サイドのポケットを探してもない。
冷や汗が出てきた。
急激に気温が下がってきたから、皆を寒空の下で待たせてはいけない。
冷蔵庫の中までで探した。
そんなところにあるわけはない。
いや、私に限ってこれがあるのよ、いつだったか洗濯機の中にあったことも。
連絡しようにも携帯も隣の部屋に。
キャインキャイン!
腰に手を当てて思案したら、なにかお尻のポケットに硬いものがある。
あった~!
というわけで、いつも少し余裕をもって行動するおかげで約束に間に合った。
騒動は日常茶飯事だけど、なんでうしろのポケットに入れたのかは意味不明。
普通に前ポケットに入れればいいものを。
本当に年をとった。
私だけでなく皆もね。
私の場合は年のせいというより、生まれつきでもあるけれど。
今日青葉台教会で一緒に弾いた人の殆どがその仲間たち。
ヴィオラのFUMIKOさん、チェロの舘野さん、ピアノの太田さんは数十年来の古い付き合いで、いつも真剣ながら楽しく演奏ができる。
だれがどんなことをしてもいつの間にか寄り添ってうまく進行している。
いくらベテラン揃いでも中にひとり困った人が居ると、アンサンブルができない。
最近のあるコンサートでの話。
ひとりだけ不慣れな人がいて、3回の練習のうち2回までは我慢してなんとかうまくいくように熱心に練習したけれど、3回目でついに私が切れた。
音はきれいなんだけど・・・数が数えられない。
経歴は立派、でもほんとかどうかわからない。
経歴に騙されて一緒に弾いたらとんでもない人だった。
3回も練習があるのだから、1回めは我慢した。
次回はちゃんと練習してくるだろう。
2回め、注意されると全くあさっての返事が返ってくる。
このへんでおかしいぞと思い始める。
それでも彼が主催者だからと思って我慢。
主催者を引きずり下ろすわけにはいかない。
3回目、ちゃんと練習してください!
私が鬼になった。
メトロノームを譜面台に置いて、このテンポで弾いてください。
相手をプロだと思っていたから信用した私が馬鹿だった。
出来の悪い生徒だと思って、もっと早くに鬼になればよかった。
できの良い私の元生徒も練習に加わっていたけれど、震え上がっていた。
生徒はちゃんと弾いているのに、プロがこのざまとはなんなの。
いやしくもお金を取るコンサートを開くと決めたらミスは許されないのは当たり前。
それをヘラヘラと世渡りしてきたらしいその人は、言い訳ばかり。
言い訳する時間があったら、徹夜で練習しろっての。
と、カリカリしていたら、携帯をどこかに置き忘れ、帰宅して背負っていた楽器を肩からおろしたら、ケースの取っ手が壊れていた。
背負っていてよかった。
取っ手を握っているときに壊れたら、楽器は地面に落ちたかもしれない。
それでも楽天的な私は次があるさと気を取り直す。
明日は小田原に出かける。
卒寿を迎えるオーケストラの元団員のお祝い。
卒寿の色は紫色だそうで、きれいな赤紫のセーターをお祝いに差し上げるために用意した。
喜んでくれるといいいけど。
ただ一つ心配なのは、幹事さんのこと。
最近しばしば電話があって「俺言ったよね、24日のこと」
「ききましたよ、JR駅改札口集合ね」
「誰に連絡したか忘れちゃってね」
数日たって又電話。
「小田原のこと言ったよね」
「はい、聞いています。JR駅改札口集合、24日ね」
もう3回目。
この人のほうが卒寿の人よりもずっと心配だわ。
今携帯が手元にないので、この幹事さんは私に連絡がつかないといって、パニックにならないだろうか。
先日は12月のコンサートのリハーサル。
練習場に行くのに渋谷で待ち合わせをした。
渋谷警察署前集合。
さて、出かけようとしたその時、鍵が見当たらない。
楽器と持ちものもすべて準備して、隣のレッスン室においてある。
そのレッスン室に入る鍵がない。
いつも鍵のことであたふたするから、こういうときには必ず身につけてある・・はず。
両サイドのポケットを探してもない。
冷や汗が出てきた。
急激に気温が下がってきたから、皆を寒空の下で待たせてはいけない。
冷蔵庫の中までで探した。
そんなところにあるわけはない。
いや、私に限ってこれがあるのよ、いつだったか洗濯機の中にあったことも。
連絡しようにも携帯も隣の部屋に。
キャインキャイン!
腰に手を当てて思案したら、なにかお尻のポケットに硬いものがある。
あった~!
というわけで、いつも少し余裕をもって行動するおかげで約束に間に合った。
騒動は日常茶飯事だけど、なんでうしろのポケットに入れたのかは意味不明。
普通に前ポケットに入れればいいものを。
本当に年をとった。
私だけでなく皆もね。
私の場合は年のせいというより、生まれつきでもあるけれど。
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