2021年9月30日木曜日

帰ってきた古典音楽協会定期演奏会

 昨日は1年半ぶりの再開となった「古典音楽協会」定期演奏会。一昨年3月のコンサートがコロナ感染拡大のため中止となって次もその次も流れて、これではもう私達高齢者はこのまま朽ちてゆくものとおもっていた。しかししぶとく生き残っておりましたぞ、我が古典のメンバーたちは。誰ひとり欠けることなく集まりました。

驚いたのは、これだけブランクがあったにもかかわらず誰の音も生き生きと、むしろ以前より張りもありリズム感も若々しくなっていたこと。幼少時から辛い練習に耐えて黙々と練習を重ねた習慣が身についていたのが幸運の源。

上野の東京文化会館の小ホールは、いつもの入りよりはすくなかったものの、ステージに出ると客席からの熱いエール、こちらから見るとどのお顔もニコニコと歓迎の表情で、嬉し泣きしそうになった。「古典」は自分たちだけでできていない、聞いてくださる方々と一緒に長年歩んできたその結果であると感慨深いものがあった。

今回は全面解除とはいかないのでお知らせは控えめだったので、いつものように満員御礼とはならなかったものの、次からはまた座席を探すのに苦労するという嬉しいお小言を頂戴したいと思う。とにかくこの小ホールのステージに戻ってこられたのが何よりの幸せだった。しかし元気な高齢者集団だなあ。コンマスの角道さんは83歳、信じられない若々しい音で協奏曲を弾く。

ヴァイオリンという楽器はゼロ・ミリ単位の指の動きで音程を作る。耳も運動機能もよほどの訓練をしていないとすぐに衰える。私は1年半、コロナが流行り始めてから8つものコンサートが中止になってがっくりとして練習に身が入らなかった。その間も着々と練習をサボらなかった我がコンマスは、全く変わっていない。恐れ入りました。

再開がきまってからメンバーが集まって練習ができたのがたったの一回。だから当日のステージ練習はあちらこちら破綻だらけ。いつものさっさと終わるゲネプロと違って時間がかかった。これで本番?しかし、数十年来の団員たちの絆は強く、本番はいつもの音、いや、いつもよりもずっと力強い音が聞こえた。全員の顔が生き生きと弾ける喜びで輝いていた。

文化会館は馴れているせいもあるけれど、とても弾きやすい。小ホールの舞台に立つと「ただいま」と言いたくなる。厳しい審査を通らないと立てないこのステージで「古典」のメンバーであるということで毎回演奏できることはこの上ない幸せだとおもっている。私達メンバーも高齢化が進み、あと何回できるかわからないけれど、来年の創立70周年までは頑張らないといけない。しかし、自分でも驚く。こんなに長いあいだ所属した団体は「古典」が初めて。

私は今までいくつかの団体に所属しても長続きしたためしはなかった。どこに入ってもなにかしっくりこない。「古典」は競争の激しい業界を生き抜いてきた人たちなのに心底優しく、うちに秘めた強さが忍耐につながっていく。そこに私は深く共感を覚えるのだ。思いは一つ「いい音出したい」そろそろ天国の入り口に到着するので浄化作用が働いて、音はこれからますます良くなるでしょう。乞うご期待!


2021年9月16日木曜日

積み重ね

朝、目が覚めると最近はいつも「調子悪い。デルタ株にやられたか?ミュー株に感染したかしら?」まともに気分が良かったためしがない。
今朝も一旦起床して朝ごはんを食べて、それでもちゃんと目が覚めないからもう一度眠ってしまった。目が覚めたらすでに正午過ぎていた。よほど疲れていたようだ。

といっても最近は音楽教室の発表会に合わせてアンサンブルの指導にあたっていただけで、どちらかというと面白く楽しいことだけしかしていない。
今週の土曜日に本番があるのだけれど、その最後の練習のときに今までで一番いい音が出たのが嬉しかった。今までとは違う余韻が練習場に鳴り響いたときには、私はしてやったりと思った。長い年月がかかった。

まずは音程を合わせることから始まるけれど、それをハモらせるには音のバランスをとることなど一つ一つ限られた時間で積み重ねないといけないから、同じメンバーで長く続けることが肝心なのだ。ビブラートひとつとっても出来る人もいればできない人もいる。幸いこのアンサンブルにはできない人はいない。けれどビブラートの質や速さなどまで問題にするほどのクオリティーは求められない。
楽譜を読むのがやっとだった彼らが、ずっとやめずに我慢して小うるさい小言を聞いてくれたからここまで来られたと感無量。これで本番で舞い上がらなければ大丈夫。
ほっとしたけれど才気煥発なメンバーたちの若さのエレルギーに対抗するのは中々大変。彼らの元気なことと言ったら、コロナも寄せつけないから私も自分がコロナにかかるわけにはいかない。

この感染症と来たら罹った本人が苦しむだけではなく周り中に迷惑をもたらすから、そこが厄介なところ。万一罹ったら濃厚接触ということで他の家族や友人たちまで巻き込んで公演が中止になったりするから、おいそれと熱が出たとも言えないし、言わなければ言わないで、これも後々のトラブルになると思うので、厄介な話しなのだ。
今朝もあまりにもどんよりしていたので数回熱を測った。もしやというわけで。氣のせいかゾクゾクするし。36.2度、な~んだ平熱。コロナが流行り始めてからいつもこの繰り返しで、体温計は現在の私の一番親しい友人となった。
久しぶりに沢山寝たらすっかり気分は良くなった。

さて久々に投稿するにはなにか理由があったのに思い出せない。ということは、ボケ自慢をしたかったのかも。これがすごいんだから。いやいや、もっと大切なことを書くつもりだったのかも。ま、いいわ、思い出したらまた投稿しましょう。

話は転じてうちの野良の近況を。
野良は只今2匹。(元)メスの白黒、(元)オスのトラ猫。毎朝7時ころと夕方5時ころの2食を食べに来る。駐車場で私の車の下で待機している。
以前は私が行くのを足踏みしながら待っていた。餌を容器に入れるのが待ちきれず、入れるそばから盗み食いするほどお腹をすかせていた。ところが最近は、すでにお腹がポンポンに膨れた状態で来ることが多くなった。どうやらうちの野良猫食堂に来る前にどこかで食べてくるようだ。それでも野良猫の悲しさ、餌があるときにはできる限り食べておく習性であるらしく、見ているとはちきれんばかりのお腹になおも詰め込む。
その後、コンクリートの床にゴロゴロと横たわって「ささ、早くブラッシングをしなさい。早く早く、耳の後ろがかゆいんだから」なんて。

最近は私が野良たちと楽しげに遊んでいるのが通りすがりの人達には羨ましがられているらしく、困ったことにこっそり餌をおいていく人がいる。駐車場の外の道に餌の残骸が散らばっているのをよくみかける。それを狙う他の野良たちもいる。
こういうことで近所でも嫌がる人が出てきてしまうのだからやめてほしいと思っている。
単に可愛いだけではすまされない問題なのだ。一旦餌を与えたら最後まで責任をもってやらないと、そういうことから近所迷惑でかわいそうな野良たちが迫害を受けることになる。私も今の野良たちが死ぬまで続けないといけない。
旅行に出るときには餌やり人を確保して、日常と違うやり方で猫が警戒しないようにお願いしないといけない。たかが野良猫というなかれ、彼らは日々危険に直面しているから警戒心が強い。今通ってきている野良たちは私には抱っこされるし、ブラッシングを要求したりすっかりなれきっているけれど、見知らぬ人が手を出そうものなら引っかかれる。子供でも引っ掻いたら大事になってしまう。そこのところを大いに警戒しているけれど、ただ可愛いとだいうだけで遠慮なく近寄ってくる人たちが悩みの種。

家の近くに小さな公園がある。そこに多頭飼育崩壊した野良たちの残党が屯していていつも気になっていた。けれど、私が責任を持って餌やりできる範囲を超えているから滅多なことでは手を出さないことにした。ここ数日、そこの公園の木が数本切られ、下草が刈られてこざっぱりとしていた。するといつもは10匹近くいる野良たちが一匹も見られない日があって、私はえらく心配した。全員捕まって三味線になっているまいか。
そこへ一匹の黒猫が現れて、とりあえずその子だけでも無事と知ってホッとした。
環境が変わると野良たちは警戒する。私も、もしや彼らの追い出し作戦が始まったかと思ったけれど、次の日にはほとんどの猫が舞い戻ってきて、毎日夕方餌をやっている人もいて胸をなでおろした。

最近我が家の周りで地域ネコの意識が高くなって、それぞれの家で野良の面倒を見ているようだ。猫好きのご近所さんが通りすがりの立ち話。
「可愛そうな猫を棒を持って追いかけるおじさんがいるのよ、ひどいわねえ」
「そういう人は同じ目に合わせるといいのよね」と過激な発言はこの私。
だってねえ、自分より遥かに大きい動物が棒を持って追いかけてきたら、それはそれは怖いでしょうに、そういう人はなんでそんなことをするのだろうか。もしかしたら家庭内で奥さんからいじめられている鬱憤を吐き出しているのかも。









2021年9月4日土曜日

人生の佳境

 すでに一ヶ月ほど、投稿を休みました。

なぜかといえば書き始めると腹の立つことばかり思い出して精神衛生上非常によろしくない。読む人たちもうんざりだろ思うし、まだブスブスと胸の奥にくすぶっている熾火が再燃するといけないから黙っていたけれど、相変わらず・・・いやいややめておきましょう。

これがどれほど脳みそに悪いことかというと、私は急激に痴呆症になってしまった。物言わぬは腹ふくるるわざなりというけれど、腹はやけ食いで膨れたのであって、これは筋トレでしばらく頑張れば解決すると思うけれど、心のケアは自分だけでは難しい。せめての慰めはだんだん日常が復活して来て、古典音楽協会の定期演奏会が再開の運びとなったこと。でも一年半のブランクは私達の年齢の者にとっては相当厳しい。すでに筋肉や反射神経が衰えているところにもってきて、脳みそが萎縮し始めているので何回も弾いた曲なのに、あなた誰?みたいに忘れている。

9月はめずらしく忙しい。音楽教室の発表会に出演する弦楽アンサンブルの指導と本番で一緒に弾いてほしいとの要望。少し前なら本番で初見でもいけたと思うけれど、それがなかなか早いパッセージが覚えられない。あ~あ!

本当なら今頃は北軽井沢の私の家に生徒たちが集まって盛大に合宿をしていたはずなのに、コロナ感染が異常に拡大したために直近で中止の憂き目にあった。ほら、又ぐちが始まってしまった。オリンピックなどやらなければお盆の時期にも国民は里帰りを我慢したと思う。けれど8割もの人達が反対したにも関わらず海外の感染者を国内に入れて、それで国民に我慢しろというのが無理というもの。メダル量産とか言って喜んでいるのがバカバカしい。選手たちは本当に気の毒に思うけれど、この人達に罪はないし恨みもない。頑張っている姿を子どもたちに見せたいと言って、すぐに引率者の陽性が見つかったり若年層に感染が拡大したり、当たり前じゃないですか。一本筋の通った政策ができない政府に対して国民は皆呆れている。教育は臨機応変に、こんな時期に混雑する場所にどうして子どもたちを連れて行くのかしら。

たしかなにか面白いことがあったのでブログ再開するつもりだったのに、なんだったかそれすら思い出せない。そうそう、先月の北軽井沢でのフェスティヴァルで演奏が終わったときに、地元の人からたくさんきゅうりを頂いた。なんでもたくさん獲れ過ぎて余ったのでということだった。その量が半端でなくずっしりと重いので、楽器を置いてきゅうりをケースに詰めて帰ろうかという冗談まで出た。こんなに食べきれるかなと思ったけれど、それがとんでもなく美味しかった。

見た目は形も色もバラバラ、曲がっていたり太ったのや痩せたのや様々。帰宅してから塩麹に漬けて見た。一日おいて食べたら「エッ、きゅうりってこんなに甘いの?」バリバリと食べて私はキリギリスになってしまうかと思えるほど毎日きゅうり三昧。もともときゅうりはそれほど好物というわけではなく、毎年夏の暑いさなかにしか食べない。あとは他の料理に付け合わせとか添え物でしかないと思っていたのに、この期間だけは主食になってしまった。きゅうりもこんなに喜んで食べてもらえて本望、少なくとも生産者は得意になる資格十分だった。

先日北軽井沢の我が家にしばらく滞在していった人からお礼のメールが来た。彼女は半分ドイツ人。なぜかというとドイツの企業にいまだ在籍していて、今後、余生を日本で過ごすかドイツに戻ってドイツ人と結婚するかの選択肢があるということなので、その決断のために私に相談したいという。私だったらドイツを選ぶかもしれない。しかし無責任に私が決めるわけにもいかないから、とりあえず残りの数年を仕事がんばってみたらという無難な返答になってしまった。それからでも決断することができる。彼はずっと待っていてくれるというなんとも羨ましいお話なので。いいないいな、私を待っているのは猫ばっかりなのに。

メールは北軽井沢は「期待していたのより遥かに美しいところ」だったとのお褒めの言葉。そうでしょう、そうでしょう。浅間山の全景が見られるポイントに長い時間座って雲の流れを見てそよ風にふかれて、幸せな時間を過ごした。それが彼女の選択に一役買ったかもしれない。

更に嬉しかったのは、北軽井沢は日本のバイクのレースの発祥の地だったということを知ったこと。浅間牧場の売店で見かけたのがバイクの展示室。入ってみると懐かしいバイクがずらりと並んでいた。こうしてみると私は子供の頃から車やバイクに興味を持っていたらしい。よく覚えているのがその証拠。女の子なのに珍しい。なるほど、北軽井沢への入り口となる山道は、走り屋さんたちの絶好の走り場。2年ほど前、そこで事故で亡くなった女性が倒れているのを見てしまった。バイクと命の危険は隣り合わせ、ご主人らしき人が呆然と立ちすくんでいた。それでも亡くなった人はその瞬間まで幸せだったのではないかと。

こう言うと生真面目な人は私を不謹慎と思うかもしれない。けれど、自分が大好きなことをしている瞬間に死ねたら本望。私はオーケストラで演奏している最中に鳴り響く音の中で、ふと、今死ねたら・・と思うことがあった。












2021年8月12日木曜日

オリンピックの陰で

今、医療現場はとんでもないことになったらしい。今までにない爆発的な感染状況。ワクチンを接種していても新しいデルタ株なるものが出てきて、今までの安心感に水を差す。金メダルで隠蔽された情報が今頃になって小出しにされているらしい。医療関係者の憤りの声は、今頃になって情報を出してくるなんて遅すぎるという政府に対する不信感。まったくこのバカ者共!と「ガースー」はじめ隠蔽体質の政府関係者を怒鳴りつけたい。

広島、長崎の慰霊祭でも「ガースー」は遅刻や原稿の読み落としなどのチョンボしたらしい。目が死んでいる。彼は一国の首相をつとめる器ではない。 莫大なオリンピックの費用をワクチンやコロナ治療に回せばいいのに。徹底的に経費を切り詰めればいい。バッハ会長が広島の原爆記念碑を訪問したときの警備の経費が300万超え、それをIOCは日本に払わないそうで、だったら警備なんてしなければいいのだ。なにが起きても彼の自己責任にすればいい。だいたいオリンピックの会長がなんで他所の国の警備を要求できるのかわからない。警備なんてする必要ない。怖ければ自腹で警備員を雇えばいい。

オリンピックの存在自体が価値を持っているのかどうか、そろそろ考え直したほうがいい。よく競技を見て励まされたなんて言う人がいる。見て励まされるとは?自分で懸命に努力してこそスポーツの意味があるのに、現場で実行しなければ単なる見物人。見終わればビール飲んでうだうだ眠るだけ。

タキミカさんという90歳の筋トレの女性インストラクターがいる。歳をとっても筋肉はつくれるそうなのだ。だからテレビの前で感動だけしているあなた!自分でやったらいかがかな。というわけで私は最近筋トレを実行している。スクワット、腹筋、つま先立ちをセットで一日3回。昨年からの足のむくみやしびれや痛みがかなり改善されてきた。まだ階段を降りるのは怖いけれど、登る方はスムーズになった。片足立ちも進化を遂げている。

どこの整形外科に行っても、それらの症状は加齢で片付けられていた。湿布薬と痛み止めを出されるだけ。歳をとったらヨボヨボしておれとでも?健康で楽しくなければ長生きしたって少しもめでたくはないのだ。病気なら仕方がないけれど、少し努力すれば筋肉は生き返る。歳を重ねて体の機能が衰えるのは当たり前と思っていたけれど、私はもうヨロヨロ生きるのはうんざり。自分で元気にならなければ誰が元気にしてくれる?

というわけでこれからの私はもうヴァイオリンを弾くのは諦めて体力づくりに励もうと思っている。なぜヴァイオリンを諦めるかというと、こればかりは仕方がない。薬指がひどく曲がってしまって、音程に重大な影響が出てしまったから。どのようにしても音程が定まらない。クロイツェル・ソナタの冒頭部分の重音がうまくいかない。若い頃、なんでもなく彈いていたのが、ここ3年ほどでどうにもならなくなった。それならばヴァイオリンは諦めて、他のことを始めようと思っている。

もともとなるつもりがなかったのに演奏家になってしまったのだから、原点に戻って子供の頃から好きだった日本の古典文学なども勉強してみたい。そのためにはハリーポッターの原書講読を早く切り上げないといけないのに、遅々として進まない。最終の7巻の半分まで到達。あと少しなのに、ますます難しくなるローリング女史の文章に翻弄されている。もし中学生の頃この本に出会っていたら、私は喜んで英語に取り組んだと思う。つまらない文法の授業で英語が嫌いになってしまったのが悔やまれる。

計算すると、1回のレッスンで1章の半分進む。残すところあと20章、1ヶ月2回のレッスンで20ヶ月かかる。1年と8ヶ月とすると再来年までかかることになる。ただし最終巻は少し短い章もあるからもう少し短縮できるかも。はじめのうちは子供向けの文章だったけれど、最後はハリーが17歳になる、ちょうどそこから上の年齢が対象になる。

ここがローリングさんの頭の良いところで、主人公の年齢に合わせて文章も大人になっていく。単語も難しく長いものが多くなる。言い回しも非常に難しくなる。けれど易しいところから始めるから自然にレベルアップしていける。時々1年近く休講したこともあるけれど、ようやく最後まで読み通せる目処が立ってきた。粘り強い先生のルースさんと始めたら終わりまでやるという私の性格とが一致した。一言一句、重箱の角をつつくように読み通すのはなかなかホネではありましたが。

英語の得意な人ならさっさと終わったと思うけれど、全く英語に興味のなかった私が中年すぎに始めた読書、しかし面白かった。今からでも遅くはない。皆さんのように英語の素養のある方たちには良い頭の体操になるでしょう。おすすめです。








森に逃れる

 今日から北軽井沢の森に逃げる予定だった。昨夜にはすっかり荷造りができていた。車は、楽器と猫と運転手が乗ればすぐに出発できる状態だった。最後に天気予報を見たら、あらまあ、予定の日程は全部雨。それも西から災害規模の猛烈な雨が北上してくるらしい。考えた。

あの森の中でずっと雨はつらい。他に行くところはない。緑の美しい木々を眺めているのは本当に心癒される。それでも限界がある。もちろんテレビもラジオもないから、外界の情報は入ってこない。猫と二人で暮らすのも1週間もすれば飽きる。何度も言うけれど、本当に森は美しい。軟弱な都会っ子にしては漆黒の闇も好き。でもやはり人声が懐かしいことが多い。一度取りやめにして様子を見よう。

雨の状況を見ながら家にこもっていたら、こちらはなにやら良いお天気になってきた。やはり行けばよかったかも。軽井沢に様子を尋ねると晴れているらしい。しまった。一度沈没すると容易には浮かび上がれない。何がなんでも行くべきだったかしら。しかし最近疲れが溜まっているらしく、以前のようには動けない。これが老いと言うことか。

今回特に行く予定にしたのは、北軽井沢の家にちょっとした不安が出てきたせいで。先日風呂上がりにふと足元を見ると、足ふきマットの周りが水浸し。それほど激しく入浴する習慣はないから。マットに溜まった水でもこぼれたものが広がったのかと思った。

しかししばらくすると、そこから数メートル離れた脱衣所の扉付近で水たまり、またそこから数メートル離れた玄関とトイレの間に水たまり、その向かい側の寝室の扉付近にも水たまり。どれも10センチくらいの範囲でじっとりと濡れていた。はてな?まさか猫が粗相した?でも絶対に違う。その水は床から滲み出てきたような様子なのだ。雨漏りかと思って天井を見てもなんのシミもみあたらない。床材はコルクで水を吸収しやすい。だから本当は掃除のときにコルク用のワックスをかけるのが良いらしい。

家の掃除をしてもらったときに、経費をケチってワックスを断ったのが裏目に出たらしい。それと冬場の水抜き時になにか手違いがあって、水道管に亀裂が入って水がじわじわと滲み出ているのかしら。その話を車の点検のときに元メカニックで元レーサーのスタッフに話したら、目を輝かせて私が行って見てあげましょうと言ってくれた。でもあんな遠くまで本当に来てくれるの?整備が終わって車を出すときにも再度「本当に行きますから」という。何が原因でどうすれば直るのかと言うことに非常に興味があるという。ありがたい!

それから庭の落ち葉の堆積のことを話したら「そのための道具は揃っていますから軽トラでいきます。テントを軽トラの荷台に積んであります」とも。世の中には物好きで親切な人が大勢いる。本当に興味があるのでいつでもお声をかけてくださいと。今回はお盆休みで車業界はかき入れ時だと思うので遠慮して工務店に見てもらおうと思うけれど、3人目の心強い男手現る。優秀な電気屋さん、人の良い工務店さん、そして物事の仕組みに興味のあるメカニックさん。若い女の子だけでなくて片足棺桶の婆さんにも親切にできるあなたは偉い。私は車はボロボロになるまで買い替えないから、私にいくら親切にしても彼は成績が上がるわけではない。本当にこういうことが好きらしい。世の中うまくしたもので超絶無精な私のようなものがいて、ものの仕組みやその取扱いに目を輝かせる人がいて、うまく回っていくらしい。












オリンピック開催のツケ

 コロナ感染が爆発的に拡大したのはオリンピックのせいではないと、某大臣が言ったとか。少し考えただけでオリンピックに原因があるのは明らか。だいたい空港で陽性反応が出た選手やスタッフを入国させるとは思いも寄らないことだった。それほどオリンピックは特別なの?バッハ会長の銀ブラはご本人が10数日蟄居したあとなので許されるとか?

血の滲む努力をしている選手たちには申し訳ないけれど、たかがスポーツ、されどスポーツ、今やオリンピックはお金のための手段に成り下がってしまった。本来高邁な目標のもとに集まった各国の選手団は、もはやIOCの傀儡と化し、莫大なつけは次世代の子供達が背負うことになる。それも一部の政治家や関係者のメンツのために。

醜い政治とカネの祭典はやっと終わった。その結果は爆発する感染拡大、それをオリンピックのせいではないという馬鹿者たち。特に丸川とか言う気持ち悪い大臣が見当外れなことを云い、頭と性格の悪さを露呈した。彼女がおじさん議員たちに媚びる姿は超醜悪。なんだか情けない。他人の金メダルを囓んで顰蹙を買う市長まで出る始末。日本は終わった・・・と思うのは私だけではないでしょう。もし私がメダリストで、目の前で自分のメダルを囓られたら平手打ちしてくれる。下品すぎてユーモアのかけらもない振る舞い。どんな教育を受けてきたのか。

オリンピックならなにをやってもいいらしい。気の毒な居酒屋の瀕死の状態に追い打ちをかける自粛政策に従わないと罰金では国民は自殺に追い込まれる。どれほどの人たちがオリンピックに反対したことか。メダルラッシュなどと喜んでいる場合だろうか。特にマスコミはオリンピックが始まると手のひらを返したように、国民の意見を無視する。政治介入で報道規制が働いているとしか思えない。こんなマスコミにテレビを占領させていいものか。国民は無気力になり政治やたちの下品さが顕著になり、日本人の品性が下落の一途をたどる。世界の笑いものになっているのにも気がつかない。

このところブログに投稿する気力もなかった。書けばぐちばかり。こんなに品性下劣な政治やを放し飼いにしていいものか。不思議なことに波が引くと、日本人は何事もなかったように怒りを収めてしまう。選挙をすればいつもどおりの政党が勝利する。要するに変化を好まない。それに付け入って、不祥事を起こした議員も再当選する。結果を聞いていつも絶望する。だから政治が停滞して悪臭を放っているのも自分たちのせいなのだ。ネット民よ立ち上がれ。

怒ったらますます腹がたった。やだやだ!私は猫になりたい。







2021年8月3日火曜日

北軽井ミュージックホールフェスティヴァル

 北軽井沢ミュージックホールフェスティヴァルはひっそりと・・・と思っていたら、時がたつにつれて雪雀連アンサンブルの知名度がじわじわ上昇して、リピーターが増え続けている。ワクチン接種済みということはメンバーの年齢の高さを物語る。白髪頭のおばさんたちが楽しそうに楽器を弾く姿が、彼らの心に響くらしい。演奏の水準も高く、曲目もバラエティーに富んでいる。特に普段あまりソロを聞くことのできないヴィオラとコントラバスの演奏を目玉として前面に出している。私の選曲はメンバーの年齢に斟酌しない。どんどん課題は増えていく。これが年をとっても元気の秘訣。今回は音楽に飢えていた人たちが皆さん喜んで聴いてくださったらしい。今までおとなしく聴いているだけの人たちから感想が届いた。

観客が少ないからと言って私達は手を抜かない。練習はきっちり3回、現地に入ってからステージで2回、たっぷりと時間をとった。野外同然のホールは正面にステージ。ぐるりと練習室や控室などが円形に中庭を囲む。そこに大きな木が数本そびえている。自然と同化して空や雲を見ながら演奏できる。晴れていれば素敵なんだけど。今回は開演直前まで激しい雷鳴、天気予報では晴れだったのに。開演30分前、近くに落雷したかと思えるピカッ・ゴロッと光と音がほとんど同時。私は晴れ女だから少しも心配しなかった。そして演奏に入ったら、雨も雷もいなくなった。みあげる空は青かった。私は最強の晴れ女。

野外同然のステージは弦楽器にとって最悪の状態で湿度調整ができない。特に樹木の多い北軽井沢は湿度が高い。今回はヴィオラの弦が切れた。弦の値段はびっくりするほど高価で、その時の相場によるけれど一本1万円近くするときもある。それがプツンと切れると「ああ、1万円!」羽が生えて飛んでいく。私達は一応入場料金はいただくけれど旅費宿泊費とも大赤字、それで弦が切れたらもう泣くっきゃない。でも、それ以上にこの仲間たちとこの自然の中での演奏は何ものにも代えがたい喜びなのだ。地元の人達に聴いてもらえることも嬉しい。

ヴァイオリン族は胴体が木だから、湿度が高いとたっぷりと湿気を吸い込む。そうすると、乾いていればよく振動するものが湿気で重くなった木は微妙に鳴りが悪くなる。鳴らないから力むともう最悪。弦は羊の腸が材料だから湿気で伸びる。絶えず調弦していないとどんどん音程が下がってしまう。

なぜこんな条件の悪いところで弾くかと言うと、こういうところだから生の演奏を聴けることは少ない。大都会周辺ならいくらでもコンサートは聴けるけれど、キャベツ畑の真ん中でクラシックのコンサート、特にプロの演奏に出会えることはまれなのだ。住民は穏やかで文化的な水準は高い。フェスティヴァルをボランティアで支えるサポーターズは地元の文化を支える重要な役割を担っている。コロナで去年はフェスティヴァルが中止となった。今年こそと思っていたけれど思いがけないほどの感染拡大で、規模を縮小してのフェスティバル、その中で久しぶりに生の演奏が聞けて本当に嬉しいとの感想を頂いた。

こちらも恐る恐る気を使いながらここまで来て、感染に最大限の注意をしての参加。車での往復はいつまでできることやら。今年は特に聴いてもらって本当によかったと思った。感想で一番うれしかったのは「ピンクの靴がとても素敵でした」あはは、そこかあ!