2022年7月14日木曜日

ほっとした。

 ホッとして眠くなったらこんな感じ。尻尾の位置が微妙という意見が多々あるらしいけれど、見る人に邪心がなければそうは見えないなど・・・どう見えないって?だからぁ、そうは見えないのよ。でも一瞬ビックリでした。

さて大人の会話はこのへんで打ち切って、この2週間ばかりメールのトラブル続きで外界との連絡がとれない。メールアドレスが変わったのでその過渡期に様々な事が起きる。その上、KDDIのトラブルがあって何がなんだかわからない。ひたすら恐怖の日々だった。古いアドレスのメールはある期間までは転送されても、それが済むと転送打ち切りになる。それを恐怖を持って眺めていると、2つあるスマホのうちの一つのメール画面がフリーズしてピクリとも動かなくなった。画面全体がグレーになって、タップしてもスライドしても動かない。

画面の下にメールの数が表示されるのでガンガン送り込まれているのはわかるけれど、誰がなんのために送信したものかはわからない。大切なメールだったらどうしよう。しかしその反面これで浮世の柵が少し減るかもという淡い期待もあった。ショップに行くとたいてい1時間以上かかると思うので忙しいさなかに相談に行くこともなかった。

友人たちからのメールを1とするとセールスメールが8、あとはフェイスブックなどのグループ系からのメールだから、うっかりメールを開けるとついつい買い物に走ってしまう。買わなければいいのに見ると欲しくなってしまうのは宣伝の巧さ。その買い物ができなくなれば我が家の経済状態も多少良くなるかも。メールが届かなくなればいいので、ネットショップにはアドレスが変わったことを知らせなければ自然に来なくなるだろうという無精者の目論見、果たして結果やいかに。いつも買い物をするネットショップが2つ3つくらいある。そこにはアドレス変更の手続きをして、あとは放っておくことにした。

友人たちへのアドレス変更のメールはアドレス帳の上の方から徐々にはじまってはいるものの、まだ3分の1も進んでいない。それでもやっと解決に向かったトラブルは仕組みさえわかっていればどういうことないことだけれど、私のようになにもわかっていないと恐怖のもと。このまま治らなければずっとメールは使えないかもとドキドキハラハラだった。今日やっと暇ができてフリーズしたメール画面のあるスマホを持ってドコモショップへ行くと、若い女性が出てきた。

私のスマホを手に取ると一瞬のうちに画面は動き出した。どうやったの?と訊くと、スタートボタンを2度押して画面をすっとなでて一丁上がりらしい。今はフリーズしていないから練習できないけれど、そんなに簡単にできるのだ。教えられれば本当に簡単にできるけれど、素人の私は画面が凍結するだけでびっくり仰天、我々世代はつい最近になってスマホなどと遭遇している。ドコモの店員さんみたいに、こんなことは生まれた時から知ってるわみたいな育ち方はしていない。その世代にとってはこんなことどうしてできないの?こんな言葉どうして分からないの?と思うのだ。

今まで読めなかったメールの中には一つだけ要返信の物があったので慌てて1週遅れの返信、あとはどうでもいいものばかりだったので安心した。ホッとしたら写真の猫のように眠くなってお腹を出して昼寝したくなった。この1週間悩んでいたのがバカみたいだにゃあ。







2022年7月9日土曜日

最近暗いとのご指摘

最近のブログ読むと暗いね、nekotamaらしくないねとのご指摘を受けた。そうなのよ、何事もどんどん難しくなってきた。2年間悩まされた足の故障は随分良くなって来たのはありがたいけれど、脳みそがスカスカ軽くなってきたような気がする。

もとの教え子Dさんが心配していますよと先日あった人から 言われた。Dさんはずいぶん前に教えていた人なのに未だに心配してくれるのは本当にありがたいけれど、私だっていつもいつも元気なわけではないから、いつかまた元気になる日まで待っていてほしい。気分にムラがあるから、それに我慢強くない性格だし、なんでも口に出してしまうおっちょこちょいだから時々グジグジと言いたくなる。そのためのブログなので申し訳ない。

それでも未だにここに来てくださる方たち、ありがとうございます。たぶんKDDIのシステム障害はまだ治っていない。メールが機能をなさなくなって今はメッセージしか送れない。ここに来ていただいている皆様にメールアドレスの変更やらを御覧いただきたいけれど、個人情報なのでそうもいかない。もし私との連絡に支障をきたしている方は、こっそり友人のどなたかを通してお問い合わせください。私の連絡には電話番号のメッセージでご連絡ください。よろしくお願いします。

一人でいるから暗くなるわけではなくて一人でよく笑っている。私の今までの人生にはおかしいことが多すぎて思い出すとお腹がよじれることばかり。お腹がよじれる割には筋トレにもならない。相変わらずお腹は申し分なくふくよか。

最近野良猫のオスがどんどん太ってきてお腹はいつもポンポコリン。撫でると完全脱力するので抱っこするのが大変なのだ。本当に重たくて途中で取り落としたりする。そうするとプンプン怒りながら出ていってしまう。体重の重さが全部私の手にかかる。この状態でヴァイオリンの弓を引けばさぞや響きのある大きな音が出るだろう。そうだこの次のレッスンからは猫を使って教えようなどとくだらないことを言ってみる。猫は三味線にも役に立つしヴァイオリンのレッスンにも役に立つ。

昔、仕事場でよく三味線のお師匠さんに会った。会えば猫の話。そんなに猫がお好きなら三味線を見ると猫が可愛そうって思いませんか?と意地悪な質問をすると「そうなのよ。だから私はいつもはプラスチックの三味線を使っているの。本当にちゃんとした舞台では猫の革を使うの」やはり音がまるで違うらしい。そして本物の革の三味線を見せてくれたことがあった。「ほらこれがおっぱいの痕」引き伸ばされて四隅にかすかな点が4つ。優しいのか冷静すぎるのかよくわからん。

生き延びた我が家の猫は死にそうだったのが嘘みたいに元気になった。よく食べるしよく怒る。野良が家に入ってくると悪魔のようになる。野良たちは長年ノラをやっているので非常に賢くなる。ちゃんと人の心も読むしうちの悪魔のご機嫌の良し悪しも感じ取って賢く振る舞う。こうしてみると私なぞは苦労が足りないのだということになる。

IQの他にEQという言葉もある。IQは知能、EQは感情の指針となる。他人の感情を読み取り自分の振る舞い方を決められる人はEQが高い。私が今まで教えた生徒たちはIQもEQもすごく高い人が多かった。レッスンをしていて不愉快だったことは一度もない。私がどれほど無理難題言っても穏やかに楽しげに過ごしてくれた。大人の生徒たちは特に面白い。なによりもメキメキと上達してくれる。頭がいいから。私よりもずっと社会的にも信用度の高い地位にいながら礼儀正しく振る舞うので恐縮する。私は誰に対しても同じ態度でわがまま、頑固、偏屈。ときに怒鳴る。それをやんわり受け止めてくれるのは本人に余裕があるからで、逆に私が保護されている気分になる。

毎年北軽井沢にどっと来てくれる人たちがいて楽しみにしている。私は青息吐息なのに若者に囲まれるとおっちょこちょいだからつい自分も同年齢みたいに振る舞ってしまう。本当に青春時代は楽しかった。その分悩みも多かった。今はあまり悩まなくなったぶんもっと幸せなのかもしれない。

だから暗くはないのよ。皆さん心配してくれてありがとう。

ここで一つバカな言葉を。

アリがとう(十)なら芋虫ゃはたち(二十)アリがたい(鯛)なら芋虫ゃクジラ(鯨)

先生!いくつになっても馬鹿ですねえって苦笑いが出そう。だって言うじゃない。先生と言われるようなバカじゃなしって。あなた達のほうが賢いのよ。私は先に生まれただけなんだから。








2022年7月8日金曜日

参った参った

厄年かもしれない。エアコン2台、洗濯機が次々壊れ 、KDDI通信障害、次々と襲ってくる問題にハラハラドキドキ。

今日はやっと2台目のエアコンを設置することになっていたのに業者と電話つながらず。前夜にショートメールで工事時間のお知らせが来るはずが受信できない。私は当日はルースさんとの約束でハリー・ポッターを読むことになっていた。それで工事時間に家にいられないときには近所に住む姉に来てもらわないといけないのに時間が決められない。ヤキモキしていたら朝電話があって8時半には来てくれるという。良かったー!

エアコンを買った時、スマホの電話番号を連絡先に指定した。私が朝ゴミ捨てか何かで家にいない間に電話を受けられないと困ると思ったから。しかしゴミ捨てのときには肝心のスマホを持って出るのを忘れていた。私のやることはすべてそんなもの。しかも通信障害があってスマホを持っていても受信はできなかったのだから、最初から家電を指定しておけばよかったのだ。なにもかもうまくいかないでクサッていると、やっと工事の人がやってきた。

私の二倍はあろうという大男。ズボンのベルトの周りにジャラジャラと工具をぶら下げて、のっしのっしと現れた。え!一人?と訊くと、そうですと答えた。私こう見えて百キロ超えますからという。いやどう見ても誰が見ても百キロ超えるさ。エアコンの設置場所はテーブルの真上だから、その朝大慌てでテーブルの上から物を撤去した。するといつもの乱雑な室内がたったそれだけのことでスッキリ美しく見える。部屋が広く見える。

途中から選手交代するためにやってきた姉が「きれいになったわねえ」でも工事が終わればもとに戻ってしまうのだ。それで考えた。これをきっかけに少しは室内を片付けよう。断捨離とまでいかなくても不用品は捨てる。必要ないものは買わないを心がけようと。幸い(?)たくさんの出費で財布は空っぽ。買いたくても買えない。この先しばらく買い物を控えようと思っていたのでちょうどよい機会になる。

エアコン2台目が設置された途端、猛暑は嘘のように去った。このくらいの気温なら扇風機でもしのげる程度の気温が続いた。なんだか私にはすべて悪い方へと物事が進んでいるような気がする。こういう年って時々ある。

昨日4回目のコロナワクチンを接種した。今朝目が覚めたときに注射した方の肩が痛い。試しに体温を計ると37度もある。しかも徐々に熱が上がっていく。最終的には37.5℃。どちらかというと低体温の傾向があるので、これくらいの熱でもこたえる。美容院の予約があったので熱をおしてまで出かけるかどうかずいぶん迷ったけれど、でかけた。いつもは熱のある時には動くようにしている。解熱剤は飲んだことがない。動かないで寝ているとますます体がだるくなって、動いて発汗したほうが早く治るから。それでよろよろとでかけた。

昼過ぎには熱が引いて気分が良くなってきた。結局ワクチン接種の副反応なのか熱中症なのかはっきりしないまま夕方にはいつもの低体温に戻った。






2022年7月1日金曜日

エアコンさん頑張って!

 連日猛暑が続く。こんな暑い夏はめったにないのによりによって先日レッスン室のエアコンが故障。やっと新しいエアコンに替えてもらったと思ったら、なんとまあ、今度は階段をはさんだ居住空間のほうのエアコンが壊れた。

レッスン室とは完全に分かれているので、そちらも新しく買い替えないといけない。参った!

同じ家電量販店へ行くと先日よりももっと注文が殺到しているらしく、7月5日まで取り付けられないと。そんなに遅くては私熱中症で死んじゃうと喚いても、店員さんは涼しい顔。近所の電気屋さんでもっと早く工事してもらえるかも、訊いてみるから待って!といって電話するとご主人が嬉しそうな声で「うちはもっと遅くなるよ」と。ずいぶん陽気だわねえ。儲かっているときには他人の不幸なんて気にもかからないようで。

昨日車を走らせていると、猛烈にエアコンを効かせているのにそれでもなお頭がクラクラするほどの暑さ。ピアニストのSさんと久しぶりに合わせて練習後はランチの約束してあった。けれど彼女から、気分悪かったら来ないでいいよとメールが来たくらいの猛暑だった。

合わせるのはシューベルト「ソナチネ」このところシューベルトが続く。ソナチネは可愛らしい曲が3曲。この暑さではベートーヴェンやブラームスは弾く気になれないから、軽く合わせてその後ランチと考えていたけれど、久々に合わせてみるとつい真剣になってしまう。結局どれほど譜面が易しくても外が暑くても、手は抜けないのだ。音が易しいほど難しいんだよね、さあ、ご飯食べようということに。

今はパソコンの置いてある狭い部屋の小さなエアコンだけでなんとかしのいでいる。だからこのところだいぶサボっていたnekotamaの投稿がはかどるのはそういう事情からで、頼みの綱の小さいエアコンが壊れたら熱中症になってしまう。今までこのエアコンはほとんど稼働しなかった。それが今はフル回転で、なんとか5日まで故障しないでくれますようにと祈りにも似た気持ちでいる。

よりによってこの暑い時期に北軽井沢にいかれない。なんてこった、どうしてこうなるのだろう。私の計画ではもう仕事もやめてヴァイオリンも趣味にして、ゆったりと田舎暮らしのはずだった。ところがいまだ働かないといけないし、エアコンが次々とこわれるのも想定外。この歳でこんなあたふたした人生送ろうとは夢にも思っていなかった。




死と乙女をめぐる思い出

連日の暑さはすでに梅雨明けということらしい。梅雨らしい長雨も殆どなくて明けてしまったから心の準備が間に合わず、エアコンの故障であたふたしていたらカルテットの練習日が来てしまった。今回の練習はシューベルト「死と乙女」この曲には思い入れがある。以前組んでいたカルテットのメンバーで演奏した最後の曲。

コンサート本番の朝、出かけようとして外を見ると大雪が降り積もっていた。交通機関は麻痺、さてどうしよう。主催者から電話があって「中止にしよう」と。でもお客さんがみえるかもしれない、一人でも聞いてくれる人がいるなら中止はしない。そう言うと「プロ魂だね」

いやいやそんな御大層なことではないけれど、もし会場付近の人が徒歩で来てくれたら、その人のためだけでも弾きたいと思うでしょう。とにかくでかけますと言って電話を切った。ところがその時私はどうやって会場まで行ったか記憶がない。あまりにも昔の話だからというだけでなく、なにか他の気持ちが邪魔をして私の記憶を妨げているような気がする。

会場に到着すると、そこには他のメンバーも涼しい顔をして集まっていた。皆さんどうやってここまで来たのか知らないけれど、誰も中止は考えていないという顔。蓋を開けてみたら聴き手は7人。窓ガラスは外から雪が張り付いて会場全体が薄暗い感じ。前の席に7人が座って嬉しそうな顔をしている。岡山から聞きに来ると言ってくれた人は、新幹線がストップしたので来られないと連絡あり。他の人だってここまで来るのに苦労したと思うけれど、とにかくありがたい気持ちでいっぱいだった。

会場の雰囲気は最高で、演奏が始まると客席もステージも一体となってシューベルトとの会話を楽しんだ。それを最後に私達のカルテットは解散した。チェリストと私の意見が分かれやむなく解散に至ったのだ。

あの日演奏できなかったら仲間との別れの気持ちに踏ん切りがつかなかったと思うし、その時のことをよく覚えている人たちと数十年後再会したときに、その人達のなんとかメンバーがもとに戻れないかという切なる願いも心に響かなかったかもしれない。雪独特の薄明かりの窓、大雪の中をなんとかして会場まで来てくれ人たちが寒そうに肩を寄せ合って座っている様子が目に浮かぶ。本当は会場は寒くはなかったけれど、なんとなく事情を知っている人もいてそんな気がしたのかもしれない。その時の人影は全部シルエットのように見えた。記憶も定かでなくまるで影絵のような人影が思い浮かぶ。

「死と乙女」に関するもう一つの思い出は以前にも書いたけれど、オーケストラの仕事で釜石に行ったときのこと。

その仕事の練習は都内で行われたのだけれど、私はそのとき高熱を出していた。ふらふらするので練習前に練習場近くの病院へ行って診察をしてもらった。ところがそこがとんでもないヤブ医者というよりいかがわしい病院だった。待合室に人気はなく、待たないで見てもらえるからラッキーとおもったら医師はどんどんいかがわしくなり慌てて逃げ出し、結局病名もわからないまま演奏旅行に出かけることになってしまった。降ろしてほしいと指揮者に言ったら、メンバーの数が足りないと釜石側の主催者に申し訳がないのでどうにか出てくれとの要望で泣く泣く出発した。

その日から食べ物は胃に収まらなくなり、飲めるのは白湯のみ。お茶ですら香りがきつくて飲めない有様。白湯だけしか受け付けない。本番ではしっかりしていられるけれど、弾き終わると首の後ろから汗が滴り落ちる。気持ちが悪くて夜も寝られない。ついにたまりかねて本番前にタクシーを飛ばして釜石の診療所に向かった。

私の症状を聞いた医師は特別に早く血液検査をしてくれて、結果、急性肝炎と判明した。すぐに帰りなさいと言われたけれど、まだ本番が残っているので帰れないと答えると、命に関わるからとにかく自宅に帰って病院へいきなさいと。本当に大変な病気なのだとその時知った。

指揮者に病名を告げると流石に慌てて帰って良いというから一人寂しく帰ってきた。楽器と荷物を持って駅までトボトボと歩く。もう何も食べていないし駅までの道が途方もなく遠く感じる。途中に喫茶店があった。ここで一休みさせてもらおうと店に入ると、私がヴァイオリンを持っていたので気を利かせた店の人がレコードをかけてくれた。その曲が「死と乙女」それを聽いた途端、ああ、やっぱり私はもう死ぬのだ。タイミング良すぎる。

その1週間後に別のカルテットの本番があって、おろしてもらうのに一苦労、ベテランがエキストラを引き受けてくれたのでやっと安心して病院のベッドに収まった。それから一ヶ月半長い入院生活が始まった。命はかろうじて助かったしキャリアになることもなく完治した。医師も驚くほどの回復力で、うちの猫同様生命力の強さに自分も周囲も驚いた。

「死と乙女」には苦い思い出があっても大好きな曲であることは今も変わらない。雪の日から数年後もう一度演奏する機会があった。「雪の日」のメンバーの中でチェリストだけが変わっていた。終演後、そのチェリストに「また一緒に弾いてもらえる?」と訊いたら「弾くのもいいけどそれより飲みに行こうよ」とのありがたいお言葉。まだ実現していないけれど。

彼はアンサンブルの仕事で一緒のときは、朝から打ち上げのことを考えている陽気な飲兵衛。地方公演のときには率先して飲み屋探し。ある時指揮者も含め総勢15人ほどで飲み歩き、帰りがけにコンビ二でアイスクリームを買って、もう明かりも半分ほど消えたホテルのロビーで話が盛り上がって・・なんてことも。懐かしいなあ。

私を救ってくださった釜石の診療所の先生、東北大地震のときにはどうされていたのだろうか。ご無事を願っています。







2022年6月27日月曜日

奇跡の生還不死猫こちゃ

 先日北軽井沢から戻ってからうちの老猫こちゃが全く食べなくなって日に日にやつれ、歩くこともおぼつかなくなってきた。やっとベッドの上り下りもしていたのが押し入れの自分の巣に篭もりっぱなし。時々覗いてもぐったりと猫ベッドの縁に首を乗せて動かない。排泄だけは感心にちゃんとトイレでするけれど、それすらほとんど量も減ってしまって、それは飲食しないから当然なんだけど尿毒症になってしまうので、私の中ではもう諦めが90%、このまま静かに逝かせてあげようとまで思っていた。覚悟はできたと。

ところが諦めてから数日、どう見ても毛の艶はいい。目は半分開かないし水すら飲まないけれど、なんだか生きる手応えを感じる。もちろんこのままなら多分一週間保たない。ベッドでは猫と私は大きい長枕を共有しているので、私の顔に冷たい鼻を寄せてくる。最後の決断は治療はしないだったけれど、どうにも我慢できずに動物病院へ連れて行った。

長年お世話になっている獣医さん、今の先生は3代目。最初は優しいおじいちゃん先生、2代目はその息子さん二人、そして今の先生の陽気なお孫さん先生に電話した。猫の状態を話していたら「香箱座りできる?」「できるの。だったら大丈夫だよ」この言葉に励まされて診てもらうことにした。一目見ると彼は「もうだめなら座っていられなくて口で呼吸するから」なるほど、そう言われてみると猫はまだ普通に呼吸。香箱も後ろ足は完璧ではないけれど、前だけはなんとか座れる。いつも具合が悪くなると点滴をしてもらう。今回も同じ治療をすると、いつもは嫌がって大鳴きするのに大人しくされるままにしている。きっと効果がわかっているのだろう、それとも騒ぐ元気もない?

そして翌日早くも治療の効果が見えて、治療用高カロリーのチャオちゅーるをほんの少しなめた。そこからの回復がめざましく、もとのようにはいかないけれど、普通に年相応に食べ飲み出しをしてくれる。しかしよほど生命力が強いのか、いまやしっかりと私を見つめる目の光は健康そのもの。つい昨日までは濁って視力も消えたと思っていたのが、きれいに澄んだ眼。私の判断ミスで危うく死なせてしまうところだった。最近は嚥下がうまくできなかったので粒の細かい高齢猫用の餌を上げていたけれど、食べなくなった。それも医師によれば「味がまずいんだよ。むしろ幼猫用の餌にしてやって」と。

これで私の相棒は健在になりました。またしばらく猫の長寿記録に挑戦ということに。

さて猫でホッとしたら次は猛烈な暑さ。悪いことにレッスン室のエアコンが壊れてうんともすんとも動かなくなってしまった。よりによってこの酷く暑いときにと腹立たしい。ネットでダイキンエアコンの修理と検索すると、迅速低料金を謳ったサイトが出たので早速電話をするとすぐに来てくれると。しかし時間を決めるときに「オタクはダイキンの会社の修理部門ですか」と聞くとモゴモゴと「いやー、あのー下請け業者です」と。

以前動かなくなったのでダイキンに直接電話したときはどんな状態かを詳しく聞かれ、アドバイスに従って操作してから修理を決めて来てもらった。それが一切なく変だなと思ったらやはり困ったところにつけ込む業者だったようだ。そこは断ったので2.3日が過ぎてしまった。うちで五重奏の練習予定があったのを急遽他の人の家で練習させてもらうことにした。その帰り道に近所に新しくできた家電量販店によってみた。

もう年数も経っているし今度は前回のようにガスが抜けただけではないようなので、新しいエアコンに変えることにした。新しい家電量販店は今開店キャンペーンの真っ最中。この暑さで忙しくまさかと思ったけれど、次の日届けてもらえることになった。それでも午後2時の約束が6時になってようやく現れた電気屋さん。夜になって大きなエアコンから涼風がびゅうびゅうと吹き出たときは心底ホッとした。猫とエアコン、心配したけれど解決。でもお財布はますます空っぽになって(泣)その分涼しい毎日を送っていられるけれどね(笑)






















2022年6月24日金曜日

猫の黄昏

 昨日から猫が眠り続けている。今年のはじめのこのブログで猫が激しく夜泣きするということを書いた。その夜泣きは後ろ足の故障が原因らしいとも。病院に連れて行くと原因はよくわからない。とりあえず痛み止めと軽い睡眠薬と処方してもらって、大泣きするときはそれを飲ませてしのいでいるうちに痛みが収まったようだ。

もう人間なら100歳を越えようかという年ではあるけれど、痛みさえなければ食欲も旺盛、気力充実、北軽井沢の山荘に行けば元気で落ち葉の上をカサカサとイグアナみたいに歩く。先日の北軽行きでも異常らしいことはなかった。帰宅して数日経った頃から急激に食欲が落ち始めた。涼しく空気の良いところから暑く湿度の多い場所に戻ってきたので体調を崩したかもしれない。そして数日前から水も餌もほとんど摂らなくなってしまった。

こうなったら治療もせずに静かに眠らせておくのが一番だと長年の猫飼いの経験が教えてくれる。もう彼女は半分、安らかな冥界へ入ろうとしているのだ。以前はなんとかして助けたいばかりに点滴をしたりして無理に食欲を呼び覚ましていたけれど、元気になってはまた弱ったりする姿が可愛そうで、最近は食べられなければそのままにするようになった。

前に飼っていた玉三郎はそうやって無理に生きながらえたけれど、結局力尽きて点滴をやめたら安らかに旅立っていった。今日、心がざわついていて平常心を失った私は、AMAZONに猫砂を3組も注文してしまった。急に、そうだ!猫砂がもうすぐ終わる・・・なんて思ってしまった。でもこの子がいなくなったら大量の猫砂は余ってしまう。昨日も18歳以上のシニア猫のための餌を沢山買ってしまった。これも、もう必要ないかもしれないのに。猫がいなくなったら猫砂抱いて泣くんだわ、きっと。

今猫はぐっすりと眠っているけれど、昨夜私の枕に登ってきた。グイグイと頭を擦り付けて来てからヨロヨロとあらぬ方向へ歩く。どうやら目が見えないらしい。今朝は食べやすいようにと水で薄めたフードにも口をつけない。口元に持っていっても食べないでずっと残ったまま。でもこうすると本当に苦しまずに逝けるので私も、もう覚悟はできた。

願わくば自分自身もやたらに管に繋がれて栄養を摂らされたりしないように、周囲にお願いしたい。私は自然児だから猫と同じように生き死にしたい。でも食べ物はキャッツフードでなくヒト用の美味しいものがいい。

そんなこんなで気持ちが落ち着かないところへもってきて、先日交通違反で捕まってしまった。東京駅付近で信号待ちしていたら赤信号が青色の矢印に変わった。すっと前に出てゆっくり左折。日曜日だったので人気がなく横断歩道を渡る人もいない。数メートル走ったらバックミラーにパトカーが写った。あとを付いてきてなにか言っているけれどまさか自分とは思わない。けれどピッタリと密着してくる。不審に思って車を止めて窓を開けると「信号を見落としていましたよ」ヘッ!そんな馬鹿な。「あそこの信号はまず直進の矢印が出てその後左折が出ます。あなたは直進の信号で左折しましたね」と。直進の矢印で左折したために減点2点、罰金9000円。

それはやってしまったことだし言い訳するのが嫌いだから黙って罰金を払い込んできたけれど、問題はそれだけではない。私は高齢者講習を終わったばかり。優良運転者だから令和7年まで更新しなくても良いことになっている。しかし、その間に違反をすると大変なことになる。次回の更新では新たに免許取得のための運転技能試験が課せられる。もし試験に受からなければ免許はもうもらえない。免許がなければ私は北軽井沢で暮らすことができなくなる。

日頃事故は起こさないように細心の注意をして運転してきたし違反もスピードで1回、50年間で軽微な違反(捕まったのは)3回、事故なしは立派なものでしょう?もし次回の免許取得試験に落ちたらもう二度と運転できないなんて、私から足を切り取るようなもの。田舎の生活に車は必要不可欠。どうしよう。無性に腹が立つ。まるで陥れるような問題ある信号機、しかも待ち伏せされてまんまと捕獲されてこんなことで自分の生活ができなくなるなんて。多分多くの人が引っかかってパトカーにとっては罰金稼ぎの穴場なのだ。

しかしもう取り返しはつかないから、ものの3分で諦めた。それなら試験に受かればいいだけの話じゃん!せっかくならとびっきり好成績で受かってやろう。今から準備を始めれば受からないわけはない。今まで車に関してはほぼ満点の成績だったから。

意気込みだけはいいけれどあと3年後に自分の脳みそが腐ってなければのはなし。腐ったら運転も危ないのだからそれはそれで運転をやめろというサインだと思えばいい。最近の頭の衰弱ぶりは甚だしく、3年後にどれほどの状態であるかは見当もつかない。とにかくまた一つ面白い目標ができたと思えばファイトが湧いてくる。それでも気弱になって本屋で占いの本を買う。3年後の運勢やいかに。

あらまあ、つまらないミスで試験に落ちるかもって、ずいぶんタイミングよく出てくるじゃない。これって本当のことかも。珍しく気弱な私。