2011年8月31日水曜日

ただいまメンテナンス中

自分のブログにコメントが付けられない事態となりまして、先ほど頂いたコメントに返事をしようと思ったら、それも不可能になりました。みなさん、ごめんなさい。只今、陰で悪戦苦闘しているかわいそうな人がいるはずで、昨日は「いったい何をしたんですか。」と詰問されましたが、私にわかるわけはない。いつの間にかこうなってしまったので。「本当に天才だなあ」と言うから「天才を弟子に持ったご感想は?」と聞いたらむっとされたようです。あちこちにご苦労をかけています。そのうち上達すると思っていたパソコンは才能がないみたいで、一向に埒があかずに今日のこの日をむかえています。「たくさんの人の面倒みていますけど、こんなことをする人はほかにいません」とまで言われたって、ねえ。それが私の取り柄?そんなに褒められてもこまるう。あ、褒めてるんじゃないんだ。あはは。困ったなあ。

2011年8月30日火曜日

先生をかこんで。

同じ先生のもとで勉強した門下生が先生を囲んでの昼食会。恵比寿ガーデンプレイスの38階に集まったのは8人。良く晴れた今日はスカイツリーも東京タワーも並んでくっきりと見える。少し首を伸ばせば海まで見渡せて本当にきれいだった。毎年のように集まっているけれど、今年の話題は大震災に伴う福島原発の話題に終始して、外の晴々した様子とは裏腹の暗い話題が続いた。悲憤慷慨している幹事役のMさんは、いかに東電と政治家がつるんで汚いことをやっているかについて、滔々と話を展開していく。私はたまたま昨日YouTubeで、世界のトロンボーン奏者が日本のために演奏している動画を見ていた。以前見た時もそうだったけれど、あれから5か月後の今見ても、どっと涙が溢れて嗚咽がもれそうになる。あれ以来いまだに本当に心が安らかになっていないと痛感していた。そして今日も又、その話題で持ちきりになってしまった。先生は喜寿を迎えられておめでたいことだけど、今一つ原発のことが小骨がのどに刺さっているように感じられて、皆一様に心が騒いでいるようだ。風化させてはいけないと思いつつも、日々の生活の中で記憶が薄れるようなことがあってはならない。今後永久に記憶に残さなければ、また同じ轍を踏んでしまいそうで、恐ろしい。被爆国の日本がなんで自分から原子力を呼び込むのか。いくらお金のためとはいえ、東電も政治家も道を外してほしくない。彼らは全く自分たちは悪くないと思っているに違いない。え、どうしていけないの?もうかるのに、なんて思うだけ。ゴマメの歯ぎしりで悔しいけれど、ゆるすまじ、原発にたかる亡者ども。

2011年8月29日月曜日

片付けられないのは

病気だそうで、だから私を憐れんでください。最近nekotamaを見てくれた人が、コメントつけたつもりだけど・・・でもついてないでしょ?メールが来た。持ち主の私でさえ入れなくなっているこの部屋。あまりのことに保護者に助けを求めた。そもそもの原因は、私が大事なパスワードを記録したものを失くしたことが原因。忘れないようにプリンタのふたにはりつけておいたものを、なにかの拍子に捨ててしまったらしい。それから私の転落人生が始まった。ああでもない、こうでもないやっていったら、今や手が付けられないところまで行ってしまったらしい。さすがのパソコンの師匠もSkypeの向こうで唸っていた。おや、いつの間にあの方はドラ猫になってしまったのだろうか。しばらくすると、とてもひどくてかなり時間かかりますので、数日お待ちくださいといって、その後寝てしまったか飽きてしまったか、様子はわからない。その代りすごく面白い置き土産。(http://neko.ijk.com/)の動画のページ、「やっつけ」というタイトルで、この動画は数日前に私が盗んできたものと同じだけれど、音声を聞いてみてください。吹き出すから。お茶目ですね。

2011年8月28日日曜日

毎年恒例

8月の最後の日曜日はマンドリンの早苗さんの家で大パーティーが開かれる。毎年マンドリンアンサンブルのコンサートが6月の最初の日曜日に日本青年館で、そして8月の今日は飲み会と決まっている。業界から大勢の人が三々五々集まってくる。我々演奏家たち、作曲家、放送局、舞台の関係者、等々。入れ代わり立ち代わり現れてはご馳走に舌鼓をうつ。お料理上手な早苗さんと息子のKANTA君が腕を振るって、よくもまあ、こんなにおいしいものを沢山揃えるものだといつも感心する。いつもと言っても私はずいぶん久しぶり。毎年24時間テレビともう一つ、筑波での仕事が同じ時期にあったので、どちらかを引き受けると重なってこられないことが多かった。というわけで、今年はどちらも上手くクリアできた。久々の屋上バーベキューは相変わらず盛況で、涼風を受けながらのノンアルコールビールは最高。そう、アルコールを飲むのはここしばらくやめている。なんだか次の日にだるくなるのと、車の運転があるのと2つの理由から。それに、ダイエットの敵でもあるし・・・ダイエットと言えば腹筋ベルト、効果はいまだ現れず。どうしてかというと、巨大なチョコレートを頂いて、他人にあげればいいものを、ぶつぶつ言いながらも毎日食べ続けているからなのだ。あげてしまおうと思った時もあったけれど、どうしてだか忘れて持っていかなかった。フロイトの深層心理分析で言えば、あげたくなかった。つまり、自分が食べたかった、ということで、さて、本当のところはどうなんでしょうか?

2011年8月27日土曜日

又盗んできました。


FUMIKOさんのブログにのっていたので、さっそく失敬しました。
いつもすいません。えへへ。

2011年8月26日金曜日

ゲホーベンハウス弦楽合奏団

ゲバントハウスをもじってつけられたこの名前。国立音大時代に私たちが結成した弦楽アンサンブルで、私たちが卒業後も数年間は続いていたらしい。たぶん2009年・・・たぶんというのは最近記憶が定かでないので・・・1月、同窓会コンサートをやろうということで、幹事を任された。会場は東京交響楽団の古い練習場が今貸しスタジオになっているので、そこを借りた。大久保駅から30秒。ちゃんとしたコンサート会場ではないけれど、値段が安く新宿から一駅。遠くから来る人にも足場がいいし、終わったらロビーで飲んでもいいということで決めた。約15名が懐かしい顔をそろえて、練習はチェロの後輩が自宅を提供してくれて、そこで前夜祭までしてくれた。当日は知り合いだけのアットホームなコンサートになった。そして再会を約束して別れたのに・・・コンサートマスターをやってくれたY君。同級生で東京都交響楽団でセカンドヴァイオリンのトップを長年勤め上げ、退職をしたばかりだった彼が、ガンでこの世を去ってしまった。次回コンサートもあると思っていたので、経費の余った分は積み立てておくつもりでメンバーの一人に預けた。しかし、Y君が亡くなって、次をやる気が失せてしまった。預かってくれた人と、これは東北の震災の義捐金にしようと相談がまとまった。事後承諾で悪いけれど、昨日郵便局に行って、さっさと福島に送ってしまった。これからメンバーにメールを送るが、まず怒る人はいいないと思うけれど、次回がなくて残念と思う人はほぼ全員だと思う。Y君が生きているうちにやっておいてよかった。本人も当日自分はガンで余命がないけれど、頑張ると言っていたのに、あまりにも早く病気が進んであっという間に先に逝ってしまった。次回は天国で、ですね。でも私は天国にいけるかどうか?Y君も天国にいったかどうか、怪しい。

2011年8月24日水曜日

ノラは外猫に

物置の屋根からうちのベランダを羨ましそうに見ていたノラ。毎日朝起きていくと、じっとこちらを見ている。うちの猫たちとはすっかりおなじみで、口やかましい玉三郎も最近は怒らなくなった。餌を与えるようになって、2ヶ月ほどになる。近所に猫嫌いが多いから、なるべく見つからないようにコッソリやっているけれど、もう絶対ばれていると思う。よくもあんなに人のこと見ていると思うほど観察されているから。特に私のところは角地で開けているから、なにもかもよく見えるらしい。こっそり足音忍ばせて、ガレージの車の後ろでコソコソ餌をやっているのは2階以上の人には丸見えだから、あれで隠れているつもりかね・・などと笑っているにちがいない。でも、この子のおかげで長い旅行に出かけられなくなってしまう。長いこと餌をもらえなければ、どこかでよその家に入ったり、ごみを漁って、腐ったものでお腹こわしたりするでしょう。いじめられたり追いかけられたりするでしょう。それが不憫。こんなに餌をやっているのに、まだ手を伸ばすと恐れて寄ってこなくなる。よほどつらい目にあっていたらしく、体はやせ細っているのにお腹が大きくて・・・もしや、ご懐妊?そうなると不妊手術をしないといけない。でも、どうやって捕まえたらいいのだろうか。ものすごく警戒しているのに、網戸越しだと安心してじっときれいな目で見つめてくる。やさしくにゃあと鳴く。うちの猫たちは太って毛艶もよく、おっとりとしている。いかにも可愛がられた猫たちなのに、外の子はいつもオドオドしている。網戸越しではとても甘えた表情をするのに、いざ餌をやるので近付くと警戒心丸出しで、近付きすぎると逃げてしまう。それにしても私が猫好きだとどうして知ったのだろうか。初めから私に向かって訴えかけるような態度をとっていた。うちの猫たちが情報を流したのか。それとも、亡くなった獣医のヒゲ先生が言っていたように、ネコの社会には情報網があるのだろうか。あそこに行けば餌もらえるよなんて。