2016年1月31日日曜日

猫がアンカにならなかったので

先日猫がベッドに来てくれないと嘆いていたら、電気敷き毛布を勧められて早速購入した。
使い始めてから思ったのは、なんでこんな快適な物を今まで使わなかったのかということ。

私の母が歳をとってからずっと電気毛布を使っていたけれど、乾燥して困ると言っていた。
それが頭にあって、喉の弱い私には大敵だと思った。
明け方ひどく咳き込むことが多くて、慢性の気管支炎だと思い込んでいた。
だから乾燥は禁物。
加湿器を一晩中かけて寝ていた。
薦められたときに、とにかく安いから一度使って気に入らなければやめたら?と言われ、物は試し、その気になった。

届いたのは薄い頼りなげな物で、なるほど安いからこんなものか。
たためるし洗えるというのが気に入った。
まずこわごわ一晩使ってみた。
1番弱いモードに設定してみた。
暖かいようなそうでもないような。
電源が入っていないかと思うくらいの暖かさ。

翌朝目が醒めると、不思議な気がした。
最近は夜中に何度も目が醒める。
それがなかった。
一晩通して眠るのは、よほど疲れているとき以外あまり無い。
しかも布団は、ほのかに暖かさが感じられる程度。
これなら体温で温まっているのと同じくらい。
年をとって体温調節がきかなくなると危険ではないかと考えていたけれど、この温度なら危険とはとても思えない。

その後タイマーを使うことをすすめられた。
就寝時間になったら、いつの間にか電源が入っていて、起床時には切れている。
これも大ヒットだった。
寝ようと思ってベッドに行くと、タイマーが働いて電源が入っている赤いランプが見える。
それだけで安心して、うれしくなる。

そして、これからがもっと嬉しいはなし。
猫が、夜な夜な私のベッドに潜り込むようになった。
今までどんなに懇願しても来てくれなかったのに、この毛布を敷くようになってから、毎晩潜り込んで来る。
猫を小脇に抱えて眠るのは、私の子供時代からの幸せの一つ。
大勢飼っていたころは、何匹も入ってきたのに、今残っているコチャは冷たい。
決して布団で一緒に寝てくれなかったのに。
それでも彼女も抱っこになれていなくて、すぐに出て行くけれど、又すぐに戻ってきてくれる。

よしよしと抱きしめると、満足でため息が出る。
猫をアンカにする目論みは外れ、猫もアンカが欲しかったことに気付いた。
私は布団を沢山掛けるのが好きでなく、冬でも薄い羽毛布団一枚きり。
それでも冷え性では無いので、布団に入るとすぐに足がホカホカして、すぐに眠れたので気がつかなかった。
自分では暖かく寝ていたつもりでも、実際は冷えていたのだ。
明け方の咳は冷えから来たものだった。
今日も目が醒めたら、夜一回も起きなかったことに気がついた。
咳も出なくなった。
それに、夢を沢山見るようになった。
私の夢はいつも楽しくて、笑いながら目が醒めることが多い。
安い電気毛布がもたらしてくれた健康と幸せ。























2016年1月30日土曜日

親しみのある風景

天気予報によれば、昨夜から雪。
昨日は冷たい雨の中を、246号線で厚木方面へ。

約束の時間より早く着いたので、大きなスーパーに車を停めて、町を見学に出かけた。
雪の予報にしてはかなり暖かい。
私の勘では、雪は降りそうも無いと思ったけれど、公共施設の庭に雪だまりがある。
これは先だっての雪の名残だろうか。
同じ県内でも私の家の近辺は、ほぼその日に雪は溶けてしまったのに、この辺はまだ残っているという事は、気温がそれだけ低いのかも知れない。
駅近くに行っても取り立てて賑やかにもならず、小さな駅はホームに人が少ない。
個人商店が建ち並んで、歩く人もゆったりとしている。

我が家の最寄り駅も、何年か前まではこんな具合だった。
けれど隣の駅近くは、工場跡地を再開発して高層マンションが建ち並び始め、人口が一気に数万人増えるということで、急激な発展をした。
そのあおりを食って、我が最寄り駅も、なにか落ち着きの無い町に変貌した。
関西系の飲食店が多くなり、ついにガールズバーなんてものまで出来て、あれよあれよという間に歓楽街のようになった。
それも中途半端な資本なのか貧相なお店が多く、どの飲食店も一度入っても二度目はないという程度の味。
これなら以前の個人商店の方がよほど良かった。

同じ沿線のほかの駅は高級住宅街が多いのに、うちの最寄り駅はこの沿線でも谷間のようなところで、人は多いのに買い物はつつましいといったところだった。
貸店舗では日替わりで安いバッグや下着などの出店があり、あまりの安さに私の友人達が遊びに来ると、目の色を変えて買い物をしていった。
田園調布に住んでいた友人が、野菜を仕入れて、楽器と一緒に持ち帰ったのには笑った。
その格好で田園調布の素敵なお家に帰っていくの?

傘や下駄を売っている店があまりにも流行らないので、気の毒だから傘を買ったら、折り目のところが変色していた。
ずいぶん長い間売れなかったのか、その折り目の変色は洗ってもこすっても取れない。
それでも返品するのは気の毒で、返しに行けなかった。
そのお店はいち早く他資本に飲み込まれ飲食店になったけれど、その店も駅の目と鼻の先なのに流行らない。
向かいの飲み屋も中華も同様。
頑張っているのは数十年続いている、小さなお総菜やさん。
他のお店が建つ度に、あの店はもう飲み込まれて潰れてしまうだろうと思っていると、潰れるのは新しい方の店。
素材も料理の腕も中途半端な店では、客の入りも良くないのは当たり前。
そんなつまらない町になってしまった。

それに比べて、昨日行ったのんびりとした雰囲気の駅周辺は、そこに生活している店の人達の生活感も伝わってくる。
小さいながら、必要な物は揃っているという感じで、住みやすそうな。
今は地方の主要都市は、もうこんな雰囲気ではない。

先年青森に行ったら、すっかり綺麗になってしまって、都内の駅の周辺とたいして変わらなくなっていた。
以前、駅の傍の寂れた飲食店街の一角に、ラーメンやさんがあった。
以前来た時に見つけて、とても美味しかったから行ってみたら、もうなくなっていた。
駅前の市場もなくなって、リンゴ売りのおばちゃんの笑顔を見られない。
きれいに整備された歩道に、ショッピングセンター。
どこにでもあるお店が入っている。
綺麗になるのがいけないと言うワケではないけれど、何の特色も無くなって、つまらなくなった。

そんなことを考えているうちに待ち人が来て、あっという間に大忙しの一日となった。
こんなのんびりした町で、走り回っているのは私たちだけ?
良く笑い良く食べて、今朝は雪の気配も無く気分は晴天。


















2016年1月27日水曜日

ホルンで奏でる紅白歌合戦

川崎ミューザ、ランチタイムコンサートは抱腹絶倒「ホルンで奏でる紅白歌合戦」

東京交響楽団の2人のホルン奏者とピアニストによる、コンサート。
その司会をつとめるのが、東響のホルン奏者で私の英語の先生のルースさんのご主人。
本当か嘘かは知らないけれど、大学時代にお笑いの道を志したと、プロフィールに書かれている。
管楽器奏者は、幼少から音楽家になろうという人は少なく、中学や高校のブラスバンドなどで楽器にとりつかれ、道を踏み外してこの世界に入る人が多い。ご多聞に漏れず、今日のホルン奏者2人も別世界から、迷い込んだ人達。
1人は野球少年、もう1人は教員を目指していたのに、運命の悪戯でホルン吹きになってしまったらしい。
それが良かったか悪かったかご本人たちはともかく、素晴らしいホルン吹きが日本に誕生したことについては、まことに喜ばしい。

司会の軽妙なトークで始まり、最初の曲はモーツアルト「夜の女王のアリア」から始まった。
コロラチュラソプラノの超絶技巧で知られるこの曲を、ホルンで吹くのは想像を超える難しさだと思うのに、なんと完璧ですよ。
その音の美しいこと、本当に感動ものだった。
その後もプッチーニ「星は光ぬ」
ピアノ協奏曲に載せて、歌謡曲例えば「津軽海峡冬景色」「王将」などをオブリガートで吹いたり、構成の面白さに加えて演奏の見事なこと、ユーモアたっぷりの司会者、そしてテクニシャンのピアノ奏者。
巫山戯ていては、こんなに面白くは出来ない。

それぞれが感動ものの、技術の持ち主で、本当に面白く素敵だった。

今日はハリー・ポッター講読のレッスン。
えっ!まだ読んでいるの?と驚く方が多いと思うけれど、毎回10ページくらいノロノロと進むので、最後の7巻にたどり着いた時には、私は100歳越える。
ただ今5巻のようやく半分。

何年もかかって読み通しても、別に英会話が出来るようになる訳じゃなし、不毛の勉強だとは思うけれど、作者のローリングさんの頭の良さに毎回舌を巻いて感心するので、えらく面白い。
ま、ボケ防止のためと思えば立派に言い訳が立つ。

コンサートを聴いた後、英語のレッスンに入った。
ルースさんがレッスンの前に、是非ご主人のコンサートを聴いて欲しいというので、でかけた。

今日はモーツアルトの誕生日。
その誕生日に、毎年オーケストラのバースデイコンサートがあるのを断ったので、こちらに聴きにきた。
オーケストラの仕事は大好きなモーツアルトといえども、もうやめようと思ったので、今年はご遠慮申し上げたしだい。
本当は今頃リハーサルをしていたのにと、ちょっと複雑な思いでいたけれど、紅白歌合戦がたいそう面白かったので、葛藤を振り切って美しいホルンの音に聞き入った。

バースデイコンサートは私の好きな仕事だから、やめることはないと思うけれど、仕事に行く度に引き受けない方が良かったと思うのはしんどい。
2人でひとつの楽譜を読むから、目が悪いと相手側の方のページが良く読めない。
良く練習しておいても、見えないと怯んでしまって思い切って音が出せない。
周りは分かってくれるから甘えてしまえばすむけれど、自分としては許せないので、諦めの境地。

こうして他人の良い音を聴いて楽しめるから、もういいかなんて。
室内楽で1人で楽譜を独占できれば、まだまだいける・・・と自分では思っているけれど、勘違いかもしれない。














2016年1月26日火曜日

ダイエットなんて嘘ばっかり

今日もランチのお誘い。
北軽井沢で時々お世話になる別荘の持ち主の、OさんとFさん、その隣人の人形作家のノンちゃんが、中華料理でランチしましょうですと。

その店は以前から気になっていた。
私の散歩コースは時々気まぐれに変わるので、時々「あら、こんな所にお店が・・」とビックリすることが多い。
いつの間にか、汚い築何十年かのアパートが、イタリアンレストランらしいものに、変わっていた。

私の家の前を流れている川は見事な桜並木が川岸に続いていて、その延長にも用水が数本の分流となっている。
どれも桜並木があって、春にはずっとその辺りを歩きたい気分になる。
その中の1本の用水路脇に、そのレストランが建っているのを見つけたのは去年のこと。

まず目につくのは、ウッドデッキに小さな丸テーブルとイスが置いてある。
カラフルなパラソル。
その向こうがお店本体になっている。
その辺はあまり綺麗な景色ではなくて、それが用水路の桜並木でやっと、助けられている感じ。
お店の壁は白塗りで、窓枠などは薄いグリーン。

そしてお店のドアの前に立つと、あら?なんだかイタリアンレストランではないようなメニューが。
蛤ソバ5個限定???
どうやら中華料理らしいのに、もう少し奥を覗くと、綺麗に並んだビールなどの酒瓶。
オシャレなウエイター、ウエイトレス。

なんなのだこれは。

織物作家のOさんが、ぜひ行ってみたいので予約をしたと言うから、今日暖かい日だまりをほくほく歩いて行った。
11時半開店。
すでに3人は先に到着して、表のイスで待ち構えていた。
開店と同時に案内されて、席に着く。
ランチメニューで予約してあったけれど、主菜が蛤ソバと何か別のものだというから、もちろん蛤ソバをたのんだ。
「でも限定5食なら、私たちが食べると後1食しか残らないの?」と余計な心配を口に出すと「いいえ、あれは一品で頼んだ場合です」という。
それで安心して、4人とも蛤ソバを頼んだ。
店は開店と同時に、あっという間に満員。
外にも空席待ちの人が並んでいて、お腹の大きい妊婦さんも居るのが気になる。
寒いから、お店の中で待たせてあげればいいのに。

紹興酒を頼んで前菜の小鉢4品をつまみに、話しに花が咲く。
ノンちゃんは相当な高齢で、先日階段の最後の段を踏み外し、顔から落ちて目の周りが青あざになっていたという。
それが治ったから来られたのと涼しい顔で言う。
この方は何事にも動じない。
言葉の全くわからない東欧などにも、行きたくなるとさっさと1人で行ってしまう。
紹興酒を呑んだ後なので、帰り道が心配だったから駅まで送ると言ったら、きっぱりと断られた。

お料理はどれも手が込んでいて大変美味しかったけれど、特に蛤ソバは大きな殻付蛤が3個入っている。
滅多に汁を飲み干さない私も、全部平らげた。
器の底を物欲しげに見て、もう少し入っていればいいのにと思ったくらい、美味しかった。
もう、水分の取り過ぎで、お腹がたぷたぷしているのに。

今年も北軽井沢で3人の展覧会がある。
去年はそれに便乗して、軽い気持ちでコンサートをしたのが評判が良くて、今年は正式に依頼されてしまった。
そうなると楽しみで弾くと言うより、緊張が強くなる。
プランを練るのが楽しいけれど。







































2016年1月25日月曜日

丸々

すっかり気持ちが緩んでいるところへ持ってきて、ひっきりなしにランチや飲み会のお誘いを受ける。
しかも我が家の上の階に住んでいる人が、1日おきくらいにお総菜の差し入れをしてくれる。
去年引っ越してきてから、度々ジャコの山椒炊きとか、炒り豆腐、サンドイッチなど、お嬢さんと2人暮らしで沢山作りすぎたとか言っては、届けにきてくれる。
出来映えが素人技ではないので訊ねたら、関西の方でお番菜作りの仕事をしていたらしい。
あまり根掘り葉掘り訊いては悪いので、事情はよくわからないけれど、見事に詰め合わされて、そのまま店頭に並べて売れるような手仕事。

今日はなんとおでん!
大きな器にドッサリ。
とても有り難いけれど、つい食べ過ぎて間もなく体重が許容量を超える所まで来てしまった。

それで本当は今日からダイエットを始める予定だった。
しかし、昨日は友人が来てヴァイオリン2本で合わせたあと、ついワインを開けて、しかも美味しい御菓子がどっさり。
今朝も残ったアップルパイやチョコレートがやたら目について、ついつい手が伸びる。
このままだと糖尿病予備群になってしまう。
その上、ドレスが入らなくなる恐れも。

そろそろ苦労し始めないと、このまま雪だるまになってしまう。
というわけで、明日からダイエット、明日の予定は?・・・ん! カレンダーにはランチの約束が。
明日は我が家の近所の中華でランチ。
この状態はまだまだ続く。
2月に入ってからも、飲み会の予定が目白押し。
一体いつどうやってダイエットしたものか。

鏡を見たら頬がぷっくりしてきて、最近ベリーショートにした髪のせいか、某国の将軍様を彷彿とさせる。
嫌だ嫌だ、たすけて~。

you tubeで時々映画を見ている。
昨日「博士の愛した数式」という映画を見たら、これが非常に面白くて、今日又もう一度見てしまった。

外にも出ないで猫と日の当たる部屋でぬくぬく映画を見て、そして、食べ歩き。
こうなったらもう、メタボは時間の問題。
冬場は少し太っていた方が寒くないので、春になったらダイエットしよう。
春になると花粉症で表に出なくなるから、運動不足で又太る。
夏は暑いから外に出ない。
秋は果物も野菜も美味しい季節でモリモリ食べる。
冬は・・・しつこいなあ、もう。

結局太るのだから言い訳はするまい。














2016年1月22日金曜日

久々の例会「弾く会」

「弾く会or弾き合い」は、ピアニスト達の家を順に会場にしての、おけいこの会。
好きな曲を持ち寄って、仕上がっていようがいまいが、人前で弾いてしまおうという趣旨。
昨年末は皆殊の外忙しく、私は結局2回ほど続けて欠席。
今年に入ってやっと気持ちが落ち着いて、久し振りに出席することになった。

ピアニストSさんとは、ずーっとフォーレの「ソナタ」を合わせている。
その合わせも何ヶ月か飛んだり、他の仕事のために中断したりと、捗らない。
フォーレは何回か演奏しているはずなのに、回を重ねる毎に難しくなっていくという難物。
フォーレに限らず、初めて弾く時にはわりと気楽に出来る。
ところが回数が増えるにつれて、だんだん神経質になってしまう。
これは隅々まで曲が分かってきて、そうするとあれこれ考え始め、どんどん自分からジレンマに陥ってしまうから。

これかあれか、コンピューターのように明快に決められれば良いけれど、そうはいかない。
これで満足と思ったものが、日が経つと、いやそうではない、となる。

フランス音楽は多彩な音が求められる。
多彩な音はすぐれたボウイングから。
楽器や自分が調子の悪い日や、会場の響きが良くないと、悲惨な気持ちになる。
それと複雑な転調。
左指が動くのを拒否する。
その音をこの指でとるの?いやだなあ、とかなんとか文句を言う。
しかたがないでしょう、さあ、動きなさいと命令して、やっと動かす。

この例会に参加させてもらうようになって、どんな状態であっても一応曲を仕上げないといけないので、なんとか技術の現状維持ができている。
そうでなかったら、あっと言う間に弾けなくなってしまう。
技術力の低下は瞬時だけれど、維持と進歩は努力を必要とする。
そういう意味ですごく有り難い。
私たちの年齢で、技術を維持するのは本当に大変。

3月の古典音楽協会の定期演奏会では、トレッリ「2つのヴァイオリンの協奏曲」のソロを弾かせてもらう。
その時だけ練習したのでは間にあわない。
日頃からの訓練が全て出てしまう。
沢山の聴衆の前での演奏は、いつも緊張で震えるけれどすごく幸せなことなのだ。

今年は仕事を整理した分、勉強しないと・・・と思うけれど、易きに流れる性格が悪魔の甘い言葉を囁く。
もう楽したら?もっと楽しいこといっぱいあるでしょう。
うーん、でもヴァイオリンを弾くのは本当に楽しい。

さて、今日は、レギュラーメンバーが勢揃いした今年初めての例会。
忙しかったとか、指がどうとか、眼鏡が合わないとか、色々口実を見つけてはブツブツ、いかに練習が足りていないかと言い訳するけれど、ピアニストというのは一種偏執狂の集団で、ものすごく良く練習してあるから油断も隙もない。
全くどうしてこんなに生真面目なのかしら。

私はこのところ、ちっとも身を入れて練習していない。
少し譜読みをするとお茶、又しばらくすると昼食、その後散歩。
これではね。
それでこういう集まりが刺激となって、追いまくられて有り難いことに渋々練習するはめになる。
今のメンバーは得がたい友人で師匠でもある。

今日はソプラノで、ラヴェルの歌曲を聴かせてもらった。
バッハ、ショパン、フォーレ、ヒンデミットなど、相変わらず多彩なプログラムで、大いに演奏を楽しんだ。




















2016年1月21日木曜日

電気イス

暖房の不調と猫の冷たい仕打ちを嘆いていたら、電気敷毛布なるものを薦められた。
安価(行火ではない)で、洗える電気毛布。
Amazonにたのんだら、あっという間に届いた。

早速試してみた。
スイッチを入れると即温まり、1番低温だとほんの僅かのぬくもりが感じられる程度の温度設定。
今までこの手の電気毛布をどうして使わなかったかというと、母が使っていて乾燥すると嘆いていたからで、一晩使ったらバリバリの乾燥肌になっていないかと、疑っていたから。
これ以上シワが増えては困る。

エステでインド式エステなるものを受けたとき、身体中を厚いマットでくるまれ、蒸気をビュウビュウ出されて、終ったらビニールシートを敷いたマットの上にビックリするほど汗が溜っていた。
あんな風になってしまったらどうしよう。
人一倍汗っかきの暑がりやなので、眠ってしまってそんな状態になったら、おねしょをしたみたいにならないかと心配していた。
それで今まで敬遠していたけれど、まあ、一度だけ使ってみよう。

いつもは眠ってから2時間おきくらいに目が醒めるのに、今朝までぐっすり眠ってしまった。
しかも夢を沢山見た。
以前とても好きだった人の夢。
夕べ眠る前にyou tubeで映画を見ていた。
イヴ・サンローランの映画だった。
細身で眼鏡をかけた神経の細やかそうな印象が、昔の片思いの君に似ているようで、久し振りに思い出したせいかもしれない。
多情多感の乙女心が蘇ったらしい。

しかし、眠りすぎたせいか、暖かさに身体がたるんでしまったか、どうも全身だるい。
贅沢なもので、文明の器具があわない原始人。
時々切れるようにタイマーを使うことにして、Amazonに注文しておいた。

電気**と言えば、父は晩年足が弱って電動車いすで外出していた。
あるとき、車を運転していて妙に前の車が遅いと思っていたら、私の父が車いすで車道の真ん中を悠々と走って居るではないか。
クラクションも鳴らさずゆっくり走ってくれた車に、感謝。

父は居住区域のご先祖様からの先住民だったから、なにごとも許されると思っていたようだ。
そして悠然と角を曲がっていった。
その父の電動イスのことを兄弟が「おじいちゃんの電気イスが・・・」と言いかけて、皆に聞きとがめられた。
「あなたねえ、電気イスって!」