2022年3月27日日曜日

nekotamaスキー再開

やっとこさ、へっぴり腰で 、後ろ姿を撮られたのを見たら、怖くてボーゲンになっている情けない姿。俄然やる気出てきた。このままでは終われませんよ。そうですとも、2年前、フランスのトロワバレーでかっ飛ばしていたのが嘘のようで。でもそのときは肋骨にヒビが入り、右足首は数年前から痛くてたまらない。この年令でよくでかけたものだと無鉄砲さに呆れる。膝が痛く、階段を降りるときには真っ直ぐには降りられず横向きのカニ歩き。だからもうスキーはできなくても仕方がないと諦めの境地だった。それが・・・

北軽井沢の山荘のそばにはスキー場がいっぱいあると気付いたのが、この家を手に入れてから3年目。すぐ近所にスノーパークという小さな人工降雪機で降らせる遊び場があるのを見つけてから。ここなら家から15分。友人のお嬢さんが来てくれて一緒に覗きに行った。私はその時にはスキーブーツを履くのもやっとこさ。リフトに乗ったものの、雪はちょぼちょぼ、数十メートルしか滑らなかった。超緩斜面なのに怖い。頭から怖さが抜けない。それが去年の暮。

で、今年はもう少し距離があるけれど、パルコール嬬恋スキーリゾートに行くことにした。我が家からは小一時間らしい。3月の半ば、別荘の管理事務所に電話した。明日からそちらに行きたいけれどお天気どうかしら?すると管理人さんが、明日は大雪が降るようだから明後日になさっては?なるほど、全国の3分の1くらい雪マークの天気予報。

それで一日おいて水曜日に出ることにした。前日降った雪は道路の脇に寄せられていたけれど、幹線道路はどこもきちんと除雪されていたので走行に問題なし。雪道の運転は生まれてはじめてだったから少し緊張した。家に到着すると自宅の入り口から雪だらけ。恐る恐る入っていくとここも問題ない。それにしても今頃こんなに積もるのは珍しい。ベランダが真っ白でほぼ20センチくらい積もっていた。

森の中で見る雪は格別。到着した日はどこにも人影がなくシーンと静まり返り、ひたすら静寂で神秘的。うーん、この景色が見たかったのよね。

軽井沢在住のY子さんがパルコールに一緒に行ってくれるというからお願いすることにした。その後Y子さんから急遽「妙高の方へ行ってみませんか?」と電話があって、なんでもY子さんのゴルフ仲間がその近くにいて、たまたま仕事休みで温泉にでも行こうかとかんがえていたらしい。Y子さんから話を聞いて私達に付き合ってくれるというではないか!渡りに船とはこのこと。集合場所に到着するとハンサムな若者が待っていた。

そこからはもう全部うまく行って、まずお天気は上々、快晴無風、ゴンドラで上に行けば大パノラマ、日本海まで見えようというゲレンデ前には素敵なリゾートホテルがあるので、そこへ連れて行ってもらった。韓国系会社の経営する大きなホテルで春休みだというのにスキーヤーはまばら。こんな素晴らしい施設がコロナのせいで窮地に立たされているらしい。もう少し頑張ってくれれば来年辺りからは常連客も増えそうな気がする。ランチも素敵に美味しかった。けれど、なんだか寂しい。ランチの客は私達だけ。

ゴンドラの駅から初心者コースの迂回路を恐る恐る降り始めた。足が突っ張る。以前なら鼻歌交じりでのんびり降りられたのに、体がこわばる。足はボーゲンの体勢になって膝は開きっぱなし。筋肉がすっかり失われていることに否応なしに気付かされた。それでも次第に調子が出てきた。もしかしたら復活できるかも。

今回滑ったのは本当に初心者向きの迂回路のみ。これでもう少し斜度があったら足が耐えられるかどうか。コブの急斜面を選んでは仲間ときゃあきゃあ降りていた若かりし頃、今の状態を想像することはできなかった。けれどこれが現実・・・でももう少しうまくなりたい。一番怖いのは怪我と、ころんだときに起き上がれるかどうか。そのためには一人で滑るのは危険だから、サポーターが必要。今回はY子さんが連れて行ってくれたからいいけれど、近所のスキー場にサポーターを見つけておかないといけないなと考えた。インストラクターだけではなく、ただひたすら一緒に滑ってくれる人が必要。

私はもともとたくさん滑る方ではない。カナダでも一日リフト3本、ガイドさんが「カナダまで来て3本ですか」と呆れていたけれど、それで十分。それにカナダのゲレンデの3本は日本のスキー場の10本分くらいだから。疲れる前に終わってしまう。また滑り続ければこれからでも上達はできるものなのだろうか。

迂回路をほんの数キロたらたら滑っただけなのに、その夜はほとんど起きていられなかった。次の日Y子さんとランチをしてから又もぐっすり。猫も真っ青なくらい眠った。最近こんなに眠ったことはないくらい眠ってから帰宅して、また夕方まで昼寝。

私の帰宅を大いに喜んでくれたのは野良2匹。手の舞い足の踏む所を知らずと言うような喜びように癒やされた。

猫だけよ、私に会うのをこんなに喜んでくれるのは。人間は怖がって近寄ってくれない。グスン!










2022年3月20日日曜日

お久しぶりです

 まもなく私の死亡の噂が巷に流れるのではないかと流石に心配になって、そしてようやく一番きつい時期が終わったので皆様に御目文字しようと筆ならぬキーを叩くことになりました。

ご無沙汰しました。

この1ヶ月、なにかと気忙しく体もきつい時期でありました。体と言っても体の一部の目と足、この2つが人にとっていかに大事なものかを痛感した時期でもありました。

足は今や再度スキーに復活できるのではというくらい良くなった。様々なストレッチや治療を試みて階段をまともに真っ直ぐに降りられるくらいに復活。これは素晴らしい。これで駅に下りのエスカレーターが無いときに手すりにつかまって横歩きで階段を降りるみっともなさは解消する。とにかく足首が重要(私の場合だけれど)体はなによりも柔軟性が必要と思い知った。猫を見てごらんなさい、めったに怪我なんかしない。

もう一つの体の一部は目。これはメガネで矯正できるとは言え、楽譜を見るというのは本当に過酷な作業で、特に「古典音楽協会」のような形態のアンサンブルやオーケストラでは二人で一つの楽譜を共有する。オーケストラはすでにギブアップして仕事はすべてお断りしてだいぶ顰蹙を買った。それでも「古典」だけは続けていたものの、最近は視力の低下に悩まされていた。

先日「古典」の161回定期演奏会があって、どうしても斜めに楽譜を見ることができない。コンサートマスターにお願いして、一人で一つずつ譜面台を使う許可を頂いた。これでまっすぐに譜面を読むことができる。本当は譜めくりはトップサイドである私がしなければいけない作業なのだが、ご自身でどうぞお願いしますということで。

最初は無理して二人で一つの譜面台。で、見えない。音符が蟻さんの行列に見える。少し自分の方に寄せてもいいかと尋ねると、コンマスの角道氏は快くどうぞと。彼はもう自分は暗譜しているから大丈夫とおっしゃる。それでもお互い見えにくいのは否めないから、ついに最後の手段となった。やっと落ち着いて弾けることになったけれど、私はいつもの会よりずっと緊張した。今回ソロはなくて大丈夫と思ったけれど、ソロを弾いている方がよほど楽だった。伴奏はえらく気を遣う。音が覚えにくい。なぜここまで目が見えなかったかというと、ひとえに私の自信過剰からきている。

ピアニストMさんから連絡があった。ベートーヴェンのヴァイオリンとピアノのソナタの1~4番までを演奏するけれど、ヴァイオリニストが多忙で練習が2回しかない。ついては練習の代役で弾いてもらえない?もちろん快諾。そのヴァイオリニストと彼女はかなり頻繁にリサイタルをしている。前回のベートーヴェンプロは後半の3曲だった。私はこのときも練習に付き合った。このへんの曲は注文が多いから私もしょっちゅう弾いているけれど、今回の前半4曲はちらっと遊んだ程度で人前でまともに演奏したことはなかった。それはぜひ弾いておきたい。良い勉強になる。

楽譜を探したらピアノパートは3冊あるのにヴァイオリンパートが見つからない。なくしたわけではない。多分どこかの別の楽譜にうっかり挟んだのかも。すぐに連絡してヴァイオリンパートを送ってもらい譜読みにかかった。さて1週間で4曲の譜読み、果たして間に合うか。

若い頃ならなんてことはなかった。でもここで自分の歳を思い知らされた。楽譜はそれほど難しくはないけれど、初見で譜面を凝視しているとアリさんの行列が現れる。そのうち全部がモヤッとした薄い雲のように見えてくる。そのうち脳みそにまで雲がかかってくる。目と脳が直結していることも改めて思い知らされた。ようやく譜読みが終わってなんとか練習代役を2回お務めしたけれど、その後視力が戻らない。「古典」の定期が迫って練習に入ると更に目が見えない。これは実際に見えないというよりも、見えない恐怖が邪魔をして集中力が落ちたのだった。メガネがいけないのかと新しいメガネを作ってもらったけれど、視力はほとんど変わらずお金をドブに捨てたようなものになった。

今回の定期演奏会は曲数が多くそれがさらに追い打ちをかけてきた。客席はコロナ以前の状態に戻り始めた。嬉しかったので本番は最後の力を振り絞った。するともうだめだと思っていた集中力と音が戻ってきてなんとか終わることができた。火事場の馬鹿力、そういえば若い頃はこんなことばかりだったのにすごくがんばれた。今は恐怖でしかないけれどなんとか乗り越えた。ああ、しんど!

その代わり次の2日間、昨日まで朦朧としていたけれど、猫の病気も小康状態、私の足もだいぶまともになって来たのがうれしい。ひと月、よく頑張ったと自分を褒めて上げたいというほどでもないけれど、苦労するのがわりと好きなのかも。

そうとう苦労したけれど終わってしまえばあとはお楽しみ。仲間たちとカルテットで遊ぶ。演奏会のアテはないけれど、その都度好きな曲を選んでパートを交代しながら楽しむ。最初は自分がファーストヴァイオリンを弾いたら、その次はセカンドヴァイオリン、時にはヴィオラなどと交代していくと、自分以外のパートが覚えられる。そのうち本番ができるチャンスがあるかもしれない。とにかく楽しい。次回練習する曲は私の大好きなモーツァルト「春」前回のベートーヴェン「18-4」も楽しかったけれどモーツァルトに勝るものはない。

北軽井沢の春もそろそろ。カルテットの練習が終わったらそちらの「春」にも会いに行ってきます。たぶんまだ雪や氷の心配がある。板を車に積んで、できれば滑ってきます。

ここで宣伝   第162回古典音楽協会定期演奏会

2022年9月29日(木)午後7時開演 東京文化会館小ホール

イタリアバロックの響き

アルビノーニ:シンフォニア他

私はヴィヴァルディの協奏曲「愛」を弾きます。

どうぞよろしくおねがいします。










2022年2月26日土曜日

生きておりますよ!

 今月7日の投稿を最後に更新がないと言って、あちこちからご心配の声を頂きました。なに、ちょっと人間社会に疲れていただけで体は元気、オミクロンなんのそのです。ご心配おかけしてすみませんでした。

私は大丈夫なのだけど、うちの高齢猫が大変なことになっている。右側後ろ足がひどく痛いらしい。この猫は人間なら百歳超えという恐ろしい年齢で、多少よぼよぼしているものの健康そのものだった。けれど、どうやら年相応の脳年齢で夜鳴きがひどく、私はその御蔭で昼夜逆転の生活になりかけて体調を崩した。昼間、猫はぐっすり眠る。体力をすっかり回復したところで何やらわめき始め、夜中に絶叫する。老老介護の恐ろしさを身をもって体験した。私は2時間おきくらいに起こされて熟睡できない。昼間猫が眠り続けている間、私は仕事や家事で起きていなければならない。ひどく眠くてたまらない。

そんなことで体調が悪くなり、ついにめったに行かない病院に行く羽目となった。先生は一番弱い入眠剤を処方してくれた。それを夜眠る前に数日飲んだらすっかり回復した。なにしろ滅多なことでは薬を飲まないので、飲んだら恐ろしくよく効くのだ。原始人は安上がり。

ところがその猫の夜中の絶叫が昼間にも及ぶようになった。うちのベランダに野良が二匹、毎日訪れる。彼らのことが気に食わなくて叫んでいるというのもあるけれど、それ以外にクローゼットにこもっているのに絶叫することもあった。不思議に思って観察していてやっと気がついたのは、体のどこかが痛いらしいということ。クローゼットの猫ベッドに入って寝るときもしばらくギャン鳴きが続く。やれやれ、ついに痴呆が始まったかと思っていたけれど、あまりにもひどい鳴き声でよくよく見ていたらどうやら後ろ足に原因があることに気がついた。

起き上がって猫トイレに行くときも絶叫、帰ってきて横になるときも絶叫。ああ、可哀相に怪我をしていたのだ。怪我の様子は外からではよくわからないけれど、右後ろ足が腫れ上がっていたのだ。病院へ連れて行こうにも、ちょっとでも触ると大騒ぎで引っかかれる噛みつかれる。私の手には負えないからしばらく様子を見ることにした。猫はどんなに死にかけるようなときにでもちゃんとトイレに行く。うちの今までに飼ったすべての猫が最後までトイレに行くのを見て感心した。ひどい怪我でもない限りよろめき這いつくばっても。今回も絶叫するほど痛いのにそうするのだ。

やっと怪我に気がついて数日は観察をした。怪我の状態で病院に連れて行くことは私にはできない。力がないからまずケージに入れられないだろう。入れたとしてもそれを持って猫に痛みを与えずに階段が降りられない。まずは体力を落とさせないように、ベッドに横になったままの猫に餌を与えることにした。すると日頃食が細い猫がむしゃむしゃとよく食べるではないか。横たわったまま私に餌を口に運んでもらうのが嬉しいらしい。よくもまあ、お姫様気分でいられるものだ。

ときにはチャオちゅーる、時には缶詰と手を変えしなを変え、高いキャットフードがふんだんに彼女の胃袋に消えていく。私の食費よりもずっと高価、ちょびっとパウチに入っているフードが百円近いとは。飼い主の猫愛に付け込む業者さん。それでも私の目をひたと見つめてもぐもぐする姿はたまらなく可愛い。まったく猫ってやつは!

もう彼女は私よりも年上で先が短いと思っていても、なんだか毛艶もよく今回のように足を痛めていなければまるで壮年期に見える。それに引き換え飼い主の私は疲労困憊、髪の毛パサパサ。数日で少しずつ回復の兆しが見えたけれど、怪我は相変わらず痛いらしい。まだケージに入れるどころか触るだけで吠えられる。

やっといい考えが浮かんだのは今朝のこと。そうだ、痛み止めの薬を飲ませば病院へ連れていけるかも。かかりつけの獣医師に電話をした。まず往診をしてもらえるかどうか。往診はOk、でも触らせてもらえるかな?先生も安請け合いはしない。それでは薬を出すから飲ませられたら飲ませ、ある程度痛みや腫れが引いたら連れてきてくださいと。一週間分の薬を処方してもらいやっと最初の一服を盛ることができた。なんで早く気がつかなかったのか。

飲んで2時間ほど後に痛みが少し和いだとみえベッドに横になりながら空腹を訴えるので、下女はおかかをふんだんにまぶしたキャットフードを差し上げた。最近は猫用の塩分の少ないおかかを売っているの知っていますか?

薬が効くようなので数日後には病院へ連れていける。ほっと一息ついた。とまあ、こんなつまらないことでも読んでくださってありがとうございます。

どうやらこのブログが私の安否確認の道具になっているようなので、セコムの在宅安否確認装置のように使えるかもしれない。

というわけでご心配くださった皆様には深く御礼申し上げます。気にかけてくださってありがとうこざいます。









2022年2月7日月曜日

藤原義章さん

 藤原さんは音大の先輩。

気難しく取り扱い注意人物だけれど、なかなかの理論派。

毎年8月14日には母校のあったくにたちで、卒業生によるコンサートが催されていた。しかしコロナ禍で、すでに3回も予定が流れてしまった。卒業生の中でもヴィオラのメンバーたちは面白い。ヴィオラ弾きは一種独特の雰囲気がある。一捻りした曲がった性格、それでいて暢気で世の中のことすべて我関せずといったボーッとしたところもある。私の性格にも共通点が多く、私はヴィオラという楽器がこの上なく好きでヴィオラ弾きの友人が多い。

オーケストラでコンマスが次席の人に注意事項を言うと、その人から後ろに次々と情報が伝わる仕組みになっている。次にセカンドヴァイオリンに、その次はヴィオラにと電話ゲームみたいに伝わる。伝わっているうちに話が変わっていかないところがオーケストラのメンバーの偉いところ。けれど、ヴィオラあたりで話が混沌としないかとヴァイオリンの輩共は注意深く見守っていた。ほら次はあの人、あの人で変わりそうだねとかなんとか言いながら。

ある楽章から次の楽章へと途切れなく続く、あるいは転調するところなどですぐに先に行くことを音楽用語でアタッカ(伊: attacca)という。そこはアタッカでと言われたら休まずすぐに先に行かないといけない。それが少しぼんやりした人がいると、皆の期待が膨らむ。あの人のところに伝わるとその先は「そんなのあったか」になるぞ、と。それは決してヴァイオリンでもチェロでもコントラバスでもなくヴィオラ弾きなのだ。

そうやってヴィオラ弾きはおおらかでのんきな性格とされているけれど、藤原さんはそういうところが殆どなかった。殆どというよりいつも口をへの字に曲げてとっつきにくい先輩。くにたちで毎年開かれる「くにたちの会」の打ち上げで恒例のヴィオラのメンバーによる即興演奏では率先して抱腹絶倒の演奏をする。これが楽しみで宴たけなわになると皆が一斉に叫ぶ。「即興演奏!」その時だけは藤原さんのへの字の唇の端しに薄ら笑いが浮かぶので、ああ、彼も面白いんだなと思う。

その藤原さんが本を出版しました。

春秋社「リズム」藤原義章著

藤原さんの音楽家としての集大成。様々な視点から数式まで交えての理論の展開。ちなみに表紙画もすべて彼の力作。

すみませんがスキャンがうまくいってなくてひどい画像我慢してください。
私のすることはこんなもので。実物はとても美しい本です。
特にリズムに関する彼の持論が展開されています。
お買い上げの上読んでいただければと思います。
























2022年2月6日日曜日

快調

コロナワクチン接種翌日、思い切りサボったおかげで 夜には腕の痛みが収まり、痛みが消えると同時にいつもより1度高かった熱はいつもの平熱へ。たった1度なのにと言うなかれ、その1度が体調を左右し心配事になるのがコロナ禍下の生活。私の人生の中でこんなことは初めてで、そういう意味では珍しい体験をさせてもらった。今年もまたスキーはほとんどできずに終わってしまいそう。どこかで天候が良ければ北軽井沢の家を開けてもらって近所のスキー場に行ってみたい。

寄り集まるなと言われている昨今あまり大声では言えないけれど、最近カルテットを結成。第一回目の練習はまだオミクロンの脅威が少ない頃だったから安心していたら、最近メラメラと感染拡大。次回どうするかが問題なのだ。

お声がかかったのは去年の暮、参加してもらえないかとの打診があってアンサンブルは三度の飯より好きだから快諾したけれど、さ~て、指が動くのかどうか心もとない。それでも長年かけて力まない奏法を身につけてきたから疲れはしない。けれどどうにもならないのが音程。手の指が曲がってきているので微妙に狂うことがある。なまじまだ耳がしっかり聞こえるので辛い。

これで耳が悪くなったら天国。昔ある御高齢のヴァイオリンの先生のお付き合いでカルテットのセカンドヴァイオリンを弾いていたことがあった。その方は某音大で教鞭を執られていたけれど、退任なさってからカルテットを弾きたいと一念発起。その時御年70歳。私の仲間たちはずっと演奏を続けてきたから未だ問題はないけれど、長年先生稼業をして演奏していなかった人にはもう無理な年齢。それでも情熱とお金と人脈に不自由なく、しかも彼女のお弟子さんたちがサポートするので一生懸命練習を重ねた。演奏会は華々しく、お客様は超満員。人脈も豊富で、ある高名な音楽批評家がお友達。その方がびっくりするようなご祝儀批評を書いてくださったので、ご本人はいよいよ舞い上がってしまった。多分演奏会のたびに多額の批評御礼が贈られているのだろう。世の中に批評家ほど罪な商売はない。

こんなときに思い出すのはアメリカ人のジェンキンスという女性。大富豪の奥様でカーネギーホールを借り切って全部招待客。ソプラノ歌手として何回もコンサートを開いた。声はまあまあで高音も出る。でもその音程の外れ方は宇宙的で、ほとんどあっていることがない。悪いけれど、そのジェンキンスさんを彷彿とするほどの音程の外れっぷり。高齢の方が心を込めて一生懸命努力している姿には心を打たれるものがないとは言えないけれど。

人格はひたむきで情熱的で素晴らしいのでたいそうお友達が多い。みなさんが褒めそやすのでますます練習に励む。時々あまりの音程の悪さに私が注意するとピアノのところへ行ってその音を叩く。「違ってないわよ、ほら」ご本人がおっしゃるなら違っていないのでしょう。要するに大半の人生を生徒に注意するだけでご自分は注意されたことがない。自分の音を聞かないで過ごせた幸運な人なのだ。

数回で私はギブアップした。なんだか自分があっているのか先生があっているのか、はたまたピノの音程が悪いのか、何を基準にすればいいのか。今その方を超える年齢になって自分の音程を聞くと、単音ならまあまあ、しかし重音はいただけない。要するに指はまっすぐでないと重音を弾いたときに合わないのだ。つい最近まで弾いていたベートーヴェンのクロイツェルソナタ。冒頭部分はヴァイオリンのソロ、最初の音がAEC#Aの和音、このC#Aが薬指が曲がってしまったためにどうしても隙間があいてしまう。本来は寄っていないといけないのに離れてしまう。もうそこでこの曲は絶望的に。単音なら指使いを変えて弾けるからいい。なんとか誤魔化せば普通の耳の人ならそれらしく聴こえるかもしれない。でもいつも私達の演奏を聴いてくださっているプロや音楽好きの耳の肥えた人たちに通用するとは思えない。

他の曲ならまだしも、この曲が弾けなくなったらもはやプロとしての生命は半減したも同然。老後の楽しみとしてカルテットを弾いていくことに。本当に皆演奏するのが楽しくて仕方がないという。今までときに練習が大変なときも、スランプもあったし何回練習してもうまくいかないときもあったけれど幸せだったなあと振り返る。私は今までほとんど後ろを振り返ったことがなかったけれど、最近しばしば思い出に浸るようになった。それは今や現場にいないということなのだと思う。コロナでやりたいことができないせいでもある。

前述の先生も晩年をいかに充実できたことか。私も口やかましく音程なんて言わないで褒めてあげればよかったと思うし、また、それでは先生にかえって失礼だと思う気持ちもある。音程が直りはしなかったけれど、真剣に向き合ってよかったとも思う。人間関係は難しい。

本当のことを言えば、カルテットというのはアンサンブルの中でも最高に難しい。地味な努力を何回も重ねないといけない。合うまで徹底的に音を重ねる努力がいるけれど、そのうちに真剣になりすぎて仲間割れなんてことも今までたくさんの例を見てきた。そうならないようにある程度目でなく耳をつぶってもらって他のメンバーに我慢してもらわないと。このカルテットの平均年齢!驚くなかれ・・むにゃむにゃ・・いくつでしたかねえ?












2022年2月5日土曜日

副反応

3回目のコロナワクチン接種を受けた。

ワクチンの接種券が送られてきたので早速電話してみたら、あっさりと予約ができた。他の人は接種券に予約は25日からと書いてあったから、まだ予約していないという 。それを聞いてエッ、25日からなの?でももう取れたわよ言うと彼女は早速役所に電話。するともうとれると言われたそうで、注意深い人は日付などもちゃんと見るから、こういうことになる。私は郵便物が送られてきたので中身を読まないですぐに電話。それで予約ができてしまった。こういうのを正直者はバカを見ると言うんだろうな。うっかり者はこうしてチャラチャラと世の中を渡っていく。

おかげで早々とワクチン接種が受けられた。時間は正午、10分ほど前に近所の診療所に行くと私の受付番号は2番。私が到着してすぐに次々に高齢者が到着して、待合室はどんどん混み合って恐怖を感じた。家族で来てぺちゃくちゃと大声で話しているグループ、そこへ顔見知りが合流して大声で会話が途切れることがない。怖い!

次に現れたのはマスクを顎にかけた男性。あのね。マスクはなんのためにかけるの?いつもなら私は怖いおばさんになって注意しに行くところだが、なるべく関わりたくないから待合室の隅っこへ避難。その場所は私の前に受付をした番号札1番の人が座っていたところ。看護師に呼ばれて立ち上がった隙に私がするりと座ってしまった。戻ったその人はあら?という顔をしたけれどおとなしく私が座っていた場所に座る。そこはにぎやかなグループの隣の席。今あれほどテレビなどで会話を控えるようにマスクをしっかり掛けるようにといっているのに、この人達は守ろうとしない。

商店街の真ん中にある診療所だから近所の商店の人たちがここでワクチンを受けるようだ。ご近所さんや商店のお客さんたちだからお互いん知らん顔はできないのはわかるけれど、楽しそうににぎやかにつばを飛ばしている(様に見える)のを見るとハラハラする。注射はすぐに終わった。問診と注射合わせても10分もかからない。看護師がなにか副反応があるといけないので、この近所に15分ほど居てくださいというから、目の前のカフェでコーヒーを飲みながら時間を潰した。

問診で明日になると発熱するかもしれないから解熱時の処方をしましょうか?と訊かれた。前の2回のときもなんの問題もなかったからいらないとお断りして帰ってきた。しかし、今朝目が覚めると妙に違和感がある。寒いのか暑いのかわからない。体が部分的にゾクゾクするような感覚、起き上がるとふらつく。これはいかん!最近妙に体の反応が激しくて、先日の筋膜炎治療のときもかなり反応が激しかった。解熱剤もらっておけばよかったかな?でも熱もないのに解熱剤はいらない。体温を測ったら普段より1度高い。1度くらいならま、いいか。ワクチン接種が終わってから自宅までは少し距離があって、途中でブロッコリーなどの野菜を買ったから結構重かった。それを運んだから体に負荷がかかったかも。大げさなと思うかもしれないけれど、私の年齢になると思いもかけないようなことが起こる。弱った筋肉に負荷がかかるとどっと疲れる。

今朝は思い切り寝坊をした。いつもはだらしない生活になるといけないから、朝起きるとすぐに筋トレをルーティンとしているのも省略。朝食も省略、昼食はフリーズドライのカレーライス。お湯を沸かせばいいだけだから。そしてポカリスエットを飲む。しかし一つだけどうしてもやっておかないといけないのは猫の餌の買い出し。私の体調も知らないで猫たちはうるさくまとわりついてくる。明日の朝までは備蓄があるけれど、その先、私が副反応で倒れたら困るから、マアマアの体調のうちに買い出しに。

動くと良くしたもので体調は軽くなったけれど、これって副反応?もしや本当にコロナにかかっているの?と心配のタネは尽きない。時間につれて段々と熱は下がってきた。何よりも食欲があるから大丈夫でしょう。腕の痛みは午後には消えた。

仕事優先の長い生活で、いつでも怠惰に寝たりすることを良しとしなかった。常に罪悪感があって、思い切り休めない。ああ、今日も練習をサボってしまったとかなんとか。でもそろそろ許されるのではないかしら。随分働いたから。コロナが時々教えてくれたようだった。













2022年2月2日水曜日

葬式不要、戒名不要。我が骨は必ず海に散らせー石原慎太郎氏逝く

 同級生の訃報を聞くようになってから、私もしばしばこういう心境になっている。葬式は残された者たちのため。私は大家族で兄姉たちの一番下の末っ子。子供もいないから誰の手も煩わしたくない。戒名は仏教徒でもないので不要。考え方としては仏教の教えのほうがキリスト教よりは好きだという程度の宗教観。西洋音楽を学んだからキリスト教的な要素も受け入れられる。宗教についてはなんの知識も偏見も持たない。

我が骨はというと、本当ならモンゴルの大草原に置き去りにしてもらい狼に食われるのが一番いい。でも脂身ばかりでまずくてオオカミさんには気の毒。山の上に放置してもらいコンドルに空高く運ばれるのもいい。水は苦手なので海より山がいい。

石原さんはカラスが嫌いだと言っていたから私も彼が嫌いだった。カラスは賢く街の掃除屋としての能力は高く買われている。カラスを追い払うよりも人間のゴミの不法投棄、ゴミの捨て方を注意しないといけない。

石原さんは普通のレベルの人々のはるか上に行く能力の持ち主。カラスも鳥類の知恵者。カラスと比べられては石原さんも浮かばれないけれどあの世では仲良くしてほしい。能力も威厳もありはっきりとものを言うところは日本の政治家たちの曖昧さがなくて良い。抜群の知能と信念が人を納得させる。やや強引過ぎてもとてもチャーミングでもある。ただ東京都知事の小池さんのことを年増の厚化粧などというのはあまりにも失礼。女性として許せない。

去年まで時々集まって弾き合いをしていた大学の同級生。いつの間にか亡くなっていた。フルート専攻でキビキビして声の大きい人だった。仲間が5,6人集まってそれぞれ曲を持ち寄って楽しい時間を過ごしていた。中でも彼女は飛び抜けて明るかった。訃報を聞いたときはまさかと思った。一人また二人とお別れが続く。私自身はといえば我が家系は健康で長寿、まだ中々死ねないとは思うけれど、ここ2年ほど足の痛みやしびれに悩まされていて階段がうまく降りられない。

治療の術がわからないのが一番困った。まずは整形外科に行く。足は怪我をしているわけではないけれど、脊椎の軟骨がすり減っていわゆるすべり症というものだと聞かされて、湿布薬をもらって帰ってきた。湿布薬などはもとより足のしびれなんかには効かない。次はかかりつけの内科医で処方されたビタミン剤。これは根本的な治療ではないけれど、なぜか効いて痛みが半減。しかし根本的に治るわけではない。

腰のすべり症がなぜ足のしびれにつながるのか、大学病院の整形外科で説明を聞いても納得はいかなかった。何よりもその整形外科の医師の疲れ果てた顔を見て気の毒で行くのをやめた。ご本人が病気にならないように祈っていますよ。最近友人と電話で近況など話していたら彼女のかかりつけの施療師を紹介された。

周りにまだ畑の残るのんびりした環境に建つ白い家。施療師の説明を聞くとかすかな希望が湧いてきた。藁にもすがる気持ちで治療をお願いすることにした。今日二回目の施術。決して強い力で押すこともない。痛みもない。しかし、帰宅するとあまりにも体中が激しく反応していてぐっすりと眠ってしまった。今まで受けていた整体とも全く違う静かな治療。そこで聞いたのは骨はそれ同士がつながってはいないということ、骨はすべてバラバラでそれが筋膜というものでつながれているらしい。その筋膜が固まったりより合ったりすることで、しびれや痛みなどの症状が出てくる。だから筋膜をほぐすことによってそれらの症状が消える・・・とまあ、こういうことらしい。

骨同士は繋がっていない?なるほど言われてみればそうだわねえ。しかも骨は本来痛みを感じないものだから、すり減っても痛いことはない。なるほど、今まで考えたこともなかったけれど、筋膜の治療によって治るならこの先まだスキーを諦めないで済む。

長生きするのも大変なのだ。年をとっているからと言って、治療に行けば加齢で済まされるのは納得行かない。年をとっているからと言って不健康で薬漬けになって、病院の待合室での社交生活はいただけない。私は快適に愉快に過ごしたい。そして命尽きたときには鳥に空高く運ばれていきたい。それは希望が叶えられないようだから、軽気球の上から放り投げて貰えばいい。トルコのカッパドキアで軽気球に乗って明け方の空に浮かんだとき、天国ってきっとこんなところよねと語り合った。その時の相手もすでにいない。