2014年10月18日土曜日

さんま

今年はサンマが美味しい。
このところ連続食べ物バージョンだが、今日は美味しそうな丸々したサンマを見つけたので、つみれ汁を作ることにした。
サンマは細長いから丸々という表現はないかも知れないが、脂が乗っていて刺身にもできそうな物が手に入った。
中骨を取ったら後は皮も小骨も全部叩いてしまう。
そこにショウガ、ネギ、味噌、酒などで味を付けて、野菜たっぷりの汁に入れて、クツクツと煮る。
サンマと野菜から旨味が出るから特にダシははとらないけれど、これにキノコが入ればもっと美味しくなる。
つみれに味噌が入っているから、醤油仕立てでも澄まし汁でも、こくがある。

秋はいい。
食べ物が美味しい。
特に日本の秋は美しい。

新潟ではすでに紅葉が見られた。
これからの季節は、四季の中でも一番美しいかも知れない。
私はあくまでも冬派なので、これから冬に向かうという気持ちが嬉しい。
冬といえば鍋。
牡蠣ももう店頭に出てきて、早く食べて下さいようと、声をかけてくる。
よしよし、牡蠣フライに牡蠣鍋、豆腐と一緒に煮てもいい。
クリーム仕立てのシチュウも、ほっこり暖まる。
余ったら次の日、チーズを入れてグラタン風にもなる。
なんと組み合わせても、牡蠣は自分の味にしてしまう。
隠れてなんかいないで、自己主張の強さは海の物の中でも、ピカイチ。

こういう人っていますね。
求心力が強くて、誰といてもいつの間にかリーダーになる人。
それに対し、私はあまりにもいい加減過ぎて、リーダーにはなれないし、させてもらえない。
と言うのも、末っ子に生れ、姉兄達の後を付いて回るだけで、決して自分から行動しなかったからかも知れない。
その上、物事全て二面性があると思っているから、何事も断定しないし、出来ない。

音楽については、ますますその傾向がある。
感受性は10人10色。
特に音楽(芸術)は、1人1人違って当たり前。
演奏を聴くと、あ、あの先生のお弟子さんだとすぐ分かる集団がよくある。
指揮者も、**先生のお弟子さんでしょうというと、大抵当たる。
あの学校出身ねと分かることも。
全員同じ様な弾き方をするので。
これは裏返せば、それだけ生徒に影響を与えられるのだから、良い先生(学校)と評判を受けるかも知れない。
けれど、海外のコンクールなどで、日本人の演奏は皆同じで気持ち悪いといわれるのは、そういうところなのだ。
技術を教えても、音楽はその人それぞれ。
勿論若くて経験がなければ、未熟な表現になるけれど、自分でこう弾きたいと思うように音楽性を引き出してあげるのが教師の務めであって、自分の音楽を押しつけることではないと、思っている。
しかし、高名な先生はそうはいかない。
未熟な生徒を世に送り出したら自分の恥だから、徹底的に自分の歌い方を事細かく教え込む。
優等生ほど先生に似てしまうのは、そのためだと思われる。
ところが先生の手をはなれ世の中に出ると、どうやって曲を作り上げるのか分からないで苦労している人を、時々見かける。
テンポすら決められない人もいる。
こうしなさいと言ってくれる先生は、もういないのだから。
どんな先生に師事しても、それを越えて自分を出せる牡蠣のような演奏家を目指して欲しい。

やっと、オチがつきました。
サンマから牡蠣、音楽になってしまって、どうまとめようかしらと思って。















2 件のコメント:

  1. うーん、先日倒れて頭を打って病院で3日過ごして、何とか仕事にも復帰しましたが、頭の打ち所が悪くて味覚がおかしくなってしまいました。m(_ _)m
    うわーん、このブログ、おいしそうなのに味がわからないなんて。
    早く回復したいですよー。

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  2. えー、大変じゃないですか。
    早く治ると良いですね。
    nyarcilさんと味覚は同義語といってもいいくらいなのに。
    でも多分大丈夫、時間が経てば、脳の他の部位が発達して戻りますよ。
    戻ったらご連絡を、美味しい物食べに行きましょう。お大事に!

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