2016年10月28日金曜日

後悔

もう二度とオーケストラは弾きませんと宣言してから、半年ほど経った。
毎年のルーティンのようにやっていた仕事も、申し訳ないけれどお断りした。
それでも時々問い合わせがくる。

毎年、モーツァルトの誕生日コンサートの仕事があった。
大好きなモーツァルト、私の神様。
けれど、目が良くない状態で仕事に臨むのはもう無理と涙をのんだ。
今年の分は断ったのに、また来年と声をかけられた。
一晩考えてお断りした。
大学の学生オーケストラのお手伝いも、練習場所の暗い照明の下で細かい音符が見えないので、それもできない。
再三お誘いしてくださったけれど、ごめんなさい。
八ヶ岳音楽祭も今年は辞退した。
来年はもう無理。

オーケストラの唯一の心残りは、以前世界オーケストラの出演の話があった時、スケジュールの都合がつかずに受けられなかったこと。
ズービン・メータ指揮、マーラーの第五番。
引き受けた人はすごく緊張したけれど、素晴らしかったと感激していた。
その後、もう二度と話がこない。
チャンスには後ろ髪がないって、本当だった。

今回は町田市に住む友人が主宰するアマチュアオーケストラ。
年齢もキャリアも問わない、バリアフリーなオーケストラで、大人も子供も、プロもアマチュアも、体の不自由な人も参加できる。
その心意気に感じるところはあるけれど、本当にオーケストラはもうやめたのでと、お断りした。
しかし、人が足りなくて困っているのと再三言ってくる。
私のダメなところは、他人の依頼を見過ごしにできないこと・・・と言うと仏様のような人柄だと思うかもしれないけれど、それはまったく違う。

母から、いつ、どこで、どんな人にお世話になるかもしれないのだから、決してほかの人を馬鹿にしたり、ないがしろにしてはいけないと良く言い聞かされたものだった。

私の場合は、こんなに頼んでくるのだから無下に断っては悪いという気持ちと、どんなことをやっているのだろうという覗き趣味。
親しい友人たちも来るのだから、楽しいかな?という期待。
それらが入り混じって、つい一回だけお付き合いということになった。

ところが、最初の練習で、あっという間に後悔が始まった。
ご存じのように、オーケストラでは弦楽器の場合、二人で一つの楽譜を見る。
それは人数が多いことと、弦楽器は音符の数が多くてフレーズの途中でページをめくらなくてはならないことも多い。
そこで全員一斉に譜めくりすると音がなくなってしまうから、片方の奏者がめくりを担当。
めくらない人は責任を持って、音を出し続けるというわけ。
二人で一つの楽譜を見るのは、演奏者にとっては過酷な状態。
楽譜を斜めに見なければいけないので。

若いうちは良かった。怖いものなし。
どんな細かい音型もへっちゃらで弾けた。
動体視力、反射神経抜群、視力は1・5。
初見なんてお手の物。
それが今や、惨憺たることになってしまった。
自分に近い方のページはなんとか弾ける。
ところが、遠い方のページはなんだか黒い塊となって、襲いかかってくる。
にゃ~とか言いながら!
あはは、まさかね。
ああ、にゃ~というのは私が出した情けない音でした。
見えないと怖くて弾けない。
わかっていても一瞬ひるむと、もう負の連鎖で気後れでどんどん落ち込む。

よく他人から言われるのは、オーケストラのヴァイオリンパートのように、同じパートを大勢の人で弾くのは楽でしょう?間違えてもわからないでしょう?
とーんでもなーい!!!
大勢だから怖いのです。
大勢で同じ方向に歩いているときに、突然一人だけ急に別の方に歩きだしたら混乱を招くし、下手すりゃ衝突するでしょう。
周りから見ても、ひとりだけ違うとわかるでしょう。
その時のまわりの混乱は修復に時間がかかる・・それと同じこと。
一人が勝手に弾けば、前後左右に混乱が生じる。
八分音符をうっかり四分音符で弾いたら、まわりから白い目で見られる。
コンサートマスターから注意を受ける。
隣の人がびっくりして楽器を落とす。
指揮者が腰をぬかす・・等々。
だからオーケストラは、私にとっては一番怖い場所だった。
怖いけれど、大好きでもあった。

子供のころ演奏会を聴いて、このオーケストラに入りたいと思ったら、夢が実現して本当に入ってしまった。
幸せだったけれど、緊張の連続。
その後はフリーとなって、暗いステージや長時間の仕事にも耐え抜いてきた。
結果、経済的には安定したけれど、代償として視力の低下を招いてしまった。

視力は誰でも加齢とともに衰えるものだから、諦めないといけないけれど、ある人が、白内障の手術を受けたら世の中変わりましたと言った。
明るくなって楽譜が本当に良く見えて、うれしくて仕方がないと。
それを聞いてすぐに眼科へ。

白内障の手術をしたいと言ったら、白内障でもない人の手術はできません、とあっさり断られた。
それもそうだけど、同じように手術すれば私も視力がもどるかもしれないのに。
早く白内障になりたいなんて人は、世間広しといえども私くらいかも。

そして町田の話しの続き。
あまりにも見えないので、一番後ろの席で一人で楽譜を独占させてほしいと申し出た。
真正面からみればなんとかなる。
主宰者は、無理にお願いして申し訳なかったからと、希望通りにしてもらえることとなった。

でもこれが本当に私のオーケストラの弾き納め。
もう二度とオーケストラの仕事は引き受けない。

せいぜい数人の、気持ちの良いアンサンブルのできる仲間たちとのセッションが一番楽しい。
人生を斜に構えて生きてきたけれど、楽譜は真正面から見たい。






























































2 件のコメント:

  1. あのオケ、いくつもりだったけど今月末から島根に帰るので
    行けなくなっちゃった。ゴメン!
    楽譜は捨てずにちゃんと送り返したのでご安心を。
    菅谷さんには謝っといて下され。

    ヤマセイ

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  2. 行ってみたら結構たのしかったわよ。
    お宅の近くだったのに残念ね。
    お里帰りですか。もちろん車でしょう?
    運転気を付けて。

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