2026年3月2日月曜日

ヴィルトゥオージ・ディ・ローマ

 「ローマの巨匠たち」この合奏団の演奏は、私は中学生か高校生のときに聴いた。横浜県立音楽堂しか近くにめぼしいコンサートホールもない時代だった。何を聞いたかはあまり覚えていないけれど、トップはフェリックス・アーヨ。生まれて初めてきいた素晴らしい弦楽合奏の音に魅せられたのが私の運命を決めた。

その時のプログラムで知ったのはアーヨがいかにいたずらかということで、周りを悩ましていたという。これもおぼろげな記憶だから、またお叱りをうけそうだけれど、となりにいる人は、いつの間にか靴紐を左右結ばてしまうとか、椅子の脚に繋がれてしまうとか、様々ないたずらを受けたらしい。それって危険だなあ、と子供心に思った。楽器持っている時にはまさかやらないでしょうね?

へえ、ヴァイオリン弾く人は変な人たちだなあなんて。その後私がヴァイオリン弾きの端くれとなってよくわかった。ヴァイオリン奏者はいつも緊張している。奏法が飛び抜けて難しい。音程も幅が狭く、正しく演奏するには常に緊張する。練習時間も飛び抜けて長い時間を要する。半分気が狂った状態で何かあれば膨らんだ風船を針で突いたときのように、破裂する。もうみんな破裂寸前。常にハイになっているから、ハチャメチャやりたくなる。わかるわかる、私も随分いたずらして叱られていたもの。

オーケストラに入った頃、先輩にいたずら小僧がいて、自分の楽器を椅子においたまま席を離れ、戻って来るとすっかり調弦が変わっているとか、調弦だけならいいけれど、弦が張り替えられていたり、鉛筆の芯がゴムでできていて書けないものにすり替わっていたり。弓の根本にネジがあって、外せるようになっている。そこを外すと弓の本体の木と馬の毛が2つに分かれる。その馬の毛をひとネジリしてネジをもとに戻し、なに食わぬ顔で獲物を待つ。なにもしらない持ち主は弾き始めると馬の毛がねじれているからまっすぐに弾けない。もう散々いじられたものだった。

今は皆楽器も弓も大変高額なものだからそんなことしたら訴えられるけど、その頃はまだ高額な楽器を持っていつのはごく限られた人だった。その後は他人の楽器に手を触れるような人はいなくなった。古き良き?時代の話。

一番やられたのは新人に楽譜を見せない。ある大先輩はご自身が暗譜しているから楽譜はいらないとばかり、裏返しにされてしまう。まだ覚えていない新人は諳譜では弾けないから泣くところだが、私は超人的な視力の良さで難なく切り抜けられた。両目視力が1・5だったので前の席の楽譜が普通にみえたので。いくらやってもめげない私に今度は嫌味で色々言われたけれど、大家族で育った強み、何を言われてもどこ吹く風。それから何十年も経ってフリーになった頃、私は彼より立ち場が強くなってしまった。だから弱いものいじめはするなという教訓なのだ。

フェリックス・アーヨはイタリアの弦楽器を背負って立つ名手だったけれど、私はその時以来彼に会うことはできなかった。ある時パスクワーレ・ペレグリー二さんというアーヨのお弟子さんと「四季」を弾かせてもらうチャンスがあって、彼の持っていた楽器を譲ってもらったことがあった。ペレグリーニさんはその時はイ・ムジチのサブコンサートマスターだったけれど、日本で演奏会のあと明日成田を飛び立つという二日前、日本で彼の楽器を売りに出そうと思って持参したものが売れなかったので持ち帰るという。

ちょっと見せてもらったらあまりにも汚く鳴りも悪いけれど、かすかに芯のところに手応えがあるのを聞き取った。ガブリエリという名のしれた制作者、それまでフレンチの楽器を持っていたけれど、今ひとつ迫力のない自分の楽器にあきたらずでいたので興味が湧いた。しかもこういう事態だから言値は半分までに下がっていた。

一晩貸してもらえたら買うかもしれないと言って、彼を成田まで車で送るからその時に返事をする約束をした。彼は日本の食べ物が合わず「海苔、あのブラックペーパーは悪魔の食べ物だ」なんて喚いていた。食べ物が合わず体調不良で気の毒だったけれど、成田までのドライブは快調、一晩弾いて楽器はよくなるようになった。かれも体調が回復したようで商談成立。それから何年かガブリエリは下手くそな私に弾かれて嫌だったかもしれないけれど、音色の良さは評判が良かった。その後私は今の楽器に出会ってガブちゃんは下取りに出してしまった。今は新しい女性演奏者に渡ったというところまではわかっている。

ローマの看板に偽りあり、話がそれていってしまった。もしかしてローマの巨匠たちの話が聞けると思ったでしょう?でも、その思い出はあまりに若かったので記憶があまりないのよ。昨日聞いたベルリンの巨匠たちで、ちょっと思い出したので。しかし、昨日の演奏は心の内部に深く入りこみ、ローマ合奏団は輝かしい明るい響きに未来を見せられた、私の進路を決めるような音。どちらも私にとって運命の出会いでした。







2026年3月1日日曜日

7人のヴィルトゥオーゾたち

ベルリン・フィルのメンバーで構成されたアンサンブル。

ヴァイオリン 樫本大進 ロマーノ・トマシーニ  ヴィオラ アミハイ・グロス

チェロ クリストフ・イグルプリンク コントラバス エスコ・ライネ

クラリネット ヴェンツェル・フックス ファゴット シュテファン・ツヴァイゲルト


ベートーヴェン:クラリネットとファゴットのための二重奏曲第3番

ベートーヴェン:弦楽三重奏曲 ハ短調 作品9-3

ドヴォルザーク:弦楽五重奏のためのノクターン 作品40

ルーセル:ファゴットとコントラバスのための二重奏曲

ブラームス:クラリネット五重奏曲 作品115

友人にチケット購入を依頼してあったので、詳しいプログラムは知らなかった。待ち合わせてチケットを受け取っても会場に入るまでは曲目は知らない。この曲が聞きたいというよりもベルリン・フィルの人たちのアンサンブルというだけで、本当のことをいえば、トップが樫本だという事も知らなかった。ごく華奢なヴァイオリニストが大柄な他の奏者たちと素晴らしいアンサンブルを聞かせてくれたと思ったので、途中で友人にトップは誰?と訊くと「樫本よ」というから驚いた。すごく華奢に見えたので。

樫本のリサイタルは毎年のように聞いていたし、でもあんなに痩せていたっけ?他の人が大柄だから痩せて見えたのかな?透き通るような美しい音。ガルネリ・デル・ジェスから宇宙の青い空間のような世界が広がる。

一番目のクラリネットとファゴットの二重奏曲の最初の音を聞いた途端、私はもう現世の人ではなく冥界に入ったような状態になった。深い瞑想に陥ってしまったような。深く深く降りてゆく、そして無重力の世界に浮遊しているような、ステージのたった一箇所に明るい空間があって。そこに自分が落ちてゆく。音が私を包む。なんと幸せな深い休息。

こんなに集中したのは人生で数回しかない。ポリーニのサントリーホールでの連続コンサート、ベルリンドイツオペラのパーカッションと日本の和太鼓とのコラボによるコンサート、ギターのラゴズニックとペーター・シュライヤーの冬の旅等。今まで聞いた数多いコンサートの中でもいつまでも心に残る音の世界がこっそりと私の中に住み着いてしまった。胸の奥に温かい隠れ家があってそこにひっそりと隠しておきたい。

いい音を聞くと本当に幸せ。最後のブラームスのなんと素晴らしかったことか。一つ一つの楽器が別々に聞こえるのではなくて、例えば繭の中にくるまれた共鳴体が振動しているような、文字では言い表せないからこの辺でやめておきます。

もう少しうまい表現ができるようになったらもう一度書いてみようかと思いますのであと百年後にまたお会いしましょう。




   

2026年2月27日金曜日

膝の痛みが消えました

ここ数年、膝の痛みに泣かされてきた。ベッドから起き上がるときは覚悟がいる。足を床につけるのが怖い。まず腰痛がないか確かめる。時々痛むのは仕方がないけれど、まずベッドに座って痛みの程度を確認してそろそろとスリッパに足を入れてゆっくり立ち上がる。

これを外側から見ればもう立派なポンコツ。そうねえ、もうすぐ82歳。元気だと思っていたけれど、故障があるのは仕方がない。まだ思いが断ち切れ ず毎日ヴァイオリンを弾くのは果たしていいことか悪いことかわからないけれど、他にすることもない。一人でいるのは決して嫌いじゃないけれど、いざというときに体が動かなければ助けがいるようになるのは嫌だなあ。

・・・と最近の状態が、今、すごい!どこも痛くない、に変わった。目覚めると腰は全く痛くないし、なんの心配もなくベッドに起き上がり、座って足をスリッパにいれるとためらいなく立ち上がる。すぐに足が前に出る。スタスタと歩ける。まさに奇跡!

一体何があったのか。大好きなスキーを滑ることもできなかったのに。一時的にかもしれないけれど、今は快癒の状態。体の一箇所だけでも、例えば指の先だけでも故障があると、体中のバランスが崩れる。痛みの感覚が常に行動を遮る。もしかしたら痛みを感じるセンサーが故障しているのかもしれないけれど、まずは、いつまで続くかわからないけれど、この状態を楽しみたい。。

しかし周りの人たちはそんな私を疑り深く警戒している。まだスキーはだめですよと。今やらなかったらもうチャンスはないかもしれないのに。ただし、今までの経験からいつどんなときにも警戒を怠らないと再発する可能性はあるけれど。ここで骨折でもしようものなら、寝たきりになるかもしれない。一番警戒しているのはこの私なのだ。

今年になってから思い切って整形外科の治療をやめた。心配だったけれど、診察とリハビリと受けてもシップ薬と痛み止めをもらうばかり。一生懸命スクワットを続け筋トレに励んでも一向に痛みが消えない。それでついに筋トレをやめて、以前友人から紹介された高周波の治療を受けてみようと思い立った。

最初のうちは一週間に一度、そのうち痛みがゆるゆると去っていった。もうこの辺で再発するのではと危惧しながらだましだまし歩いたりしているうちに一ヶ月後にはほぼ痛みが消えた。用心のためその後半月ですっかり痛みが消えた。今はゆっくりであるけれど、少し小走りができる。信号が変わるので急いで歩いたら両足が地面から離れて、自分でびっくりした。

これ言うとオカルトになるけれど、数週間前、夜中にぼんやりしていると眼の前をすっと黒いモヤが数回通り過ぎていった。私は少しだけ予知能力があるようで、こういう現象を見たときには誰かの訃報がその後一週間くらいで届くことになっている。あら、誰かしら?もう不思議でもない友人たちの訃報。でも知らせは来なかった。そして膝が治った。

嘘つき!と思われても仕方がないけれど、実際、そういうことは何回もあったから私は信じている。けれど、もしかしたら私を恨んで嫌っている人が亡くなったのかもしれない。その人の恨みが私の体を傷めていたのかもしれない。接点がないから死亡通知が届かなかったのかもしれないけれど、もしそのようなことだったらここ数年の足の痛みはその人の恨みだったのかもしれない。もしくはその誰かが私に対する関心を失ったとか。

時々不思議な体験をするので、最近では私も信じるようになっている現象なのだ。私の母が亡くなる前、病院に入院していた。母はなんとか持ちこたえてまもなく退院するという数日前、私に言った。「そこに誰かいるわ」明らかに病室の隅を指していた。見ても誰もいない。「誰もいないよ。廊下を通った人が見えたんじゃない」と私。「そうじゃない、そこにいるじゃない。ほら、見てご覧」

そして母は退院の直前に急になくなってしまった。母の自宅介護のために実家には電動ベッドや酸素吸入器が用意されていたのに。私に見えないものが見えていたと私は信じている。きっとご先祖様たちでしょう。母は大変記憶力が良くて、ご先祖様たちの話を聞かせてくれたものだった。さすが私の先祖は変わり者が多くてただでさえおかしいのに、うまく脚色して目の当たりに再現されるような話し方で大いに子どもたちに受けたものだった。

きっとそのうちの誰かと笑いながら、天国にいったと思う。戦争も体験して実生活は苦労の連続だったけれど、笑い上戸で楽しそうに笑っていた人だったから。








思い出した名前は

 前回の投稿で思い出せなかった天才ヴァイオリニストの名前は

ギドン・クレメルでした。天才的なテクニックの持ち主でピアノの天才アルゲリッチとコンビでエキサイティングな演奏を聞かせてくれた。プロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ2番の演奏なども他のプレイヤーとはかなり変わっていて立体的で面白く、鋭いアクセントの効果的な演奏だった。

この曲はフルートのソナタでもあり、私はピエール・ランパルの演奏も聞いたけれど、あまりおもしろいと思えなかった。フルート奏者の皆さんには申し訳ないけれど、ヴァイオリンで演奏するほうが表現の幅が広がると思う。重音を出せるフルーティストがいてもやはりヴァイオリンのような演奏は無理でしょう。ヴァイオリンの勝ちなんて、何を競争しているのか。

いかにもプロコフィエフの人柄を表しているような、いたずら好きで、人の意表をつくリズム感が面白い。私はクレメルの演奏を聞いてからこの曲を自分のレパートリーに加えたのだ。だらんと顎を落として口元が緩んでいるのは脱力のせい?逆にがっしりと力をいれているの?人柄も頭脳も非常に素晴らしいと周りの人たちの評判。本当にそのように見える。見た目地味なおじさん。

さて、私の睡眠障害は今のところ小康状態で、普通に3時間眠る、うたた寝を1時間くらい、という相変わらずのショートスリーパーながら普通に暮らせるレベル。時々たくさん眠って次の日は起きている。今の私にはどう眠ろうと勝手にできる時間もある。

リタイアした高齢者が夜眠れなくて困ると言う人がいるけれど、眠れなければ起きていれば?と言いたい。気にする必要はない。健康に悪いと言う人がいて、ちゃんと眠るようにという医者がいて困ったものだと思う。高齢者の生活は時間に縛られないということが最大の幸せなんだから。この年齢で一年二年の寿命の差は大したことではない。

眠くならなければ起きて読書でも体操でもすればいい。過去の思い出に浸るのもいい。火の用心と言って近所をパトロールしてもいい。

もう少し寒かった頃の夜中に、近所をパトロールしている人がいた。町内会で見回るのではなく、どうやら一人で自発的にやっているらしく、途切れ途切れにか細い声で「ひのようじん」と3回くらい言うともうおしまい。それも夜中の時間だし、疑り深い私は、もしかしたらご近所が起きているかどうか確かめる泥棒の見回りではないかと窓を開けて覗いたりしていた。

あれは何だったのだろうか。散歩なら火の用心の声は余計だし、空き巣に入ろうと言うなら声を出さずに黙って入ればいい。時々夜中には色々な音がする。一番音を出しているのがうちで、猫が表に行きたいから窓を開けてとか、入りたいから網戸を引っ掻いて合図を送ってるなど。時にはうちの野良たちが表で他所の猫と喧嘩を始めると、私が押取り刀で駆けつけて仲裁をするとか。寝間着の上にコートを引っ掛けて他所様には見せられない姿、文字通りの猫なで声で「グレちゃん、だめよ」なんて。

ご近所では「またあのひと、なんとかしてほしい。猫はいいけどあの人を捨ててほしい」などと言われているかもしれない。

ただ、私が思いがけない時間に起きているのは犯罪者には心外な出来事だと思う。けっこう用心深い私は、窓は二重の硬いがらすの窓に加えセコムのセンサー、部屋は侵入者があれば警報機がなる設定がなされている。お金もないし宝石類はまず見当たらないというのに、この用心。そう、私が宝石だから!と言えればいいけれど、それはもうポンコツのおばあさん。かわいい猫たちは勇猛なもと野良猫たち。逃れるすべは身についている。としたら、なんで私無駄なお金使ってこんなことをやっているのだろうと時々反省している。




















2026年2月20日金曜日

久しぶりのお座敷

お座敷とは・・・芸者さんたちが呼ばれて接客するようなときに使うけど。

私たちシニア五重奏団が呼ばれて遅めの新年会で演奏することになった。私はもはや 引退したと言っているから仕事とは言えないけれど、相変わらず出たがり屋だからお座敷に呼ばれれば尻尾振って出かけていく。とある市役所の中の新しい建物。市長さんもご出席だとか。

曲目はシューベルト「マス」の3,4楽章。長すぎてもいけないし、みじかすぎてもいけない。明るく聞きやすい楽章ということでその2つの楽章を選んだ。楽器の編成は、ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの五人。コントラバスが室内楽で使われるのは割に珍しい。普通のピアノ五重奏曲はコントラバスがなくてヴァイオリンが2本になる。なぜ私たちの演奏にはコントラバスが入るかというと、それは頼りになるコントラバス奏者がいるからで、とにかくあらゆる場面で彼女が、ひつようなのだ。

今まであまり知らなかったけれど、コンバスが入る五重奏曲は割とある。新しく曲も生まれているのでそんな曲を入れると立派なプログラムが出来上がる。その中でも「マス」は超有名で私たちのグループでは好んで演奏する。というより、その副題の爽やかな印象や曲の素晴らしさで、ピアノ五重奏曲の最も有名なものの一つがこの曲なのだ。

ところが演奏の難しさでもずば抜けていて、シニアにはちと辛い。聞いているのもシニア、演奏もシニア、たぶん耳の聞こえない人も多いから音程の多少のズレはあまり気にかからないだろうなどと思うけれど、油断は禁物、中にはどんな偉い人がいるかわからない。かつての名演奏家なども混じっていることも考えられる。この市には芸術の匂いが充満しているのだから。

本番二日前、私は久しぶりにブラームスのソナタのピアノ合わせをしていた。ブラームスのソナタといえば、ある有名なヴァイオリニストはザルツブルク音楽祭で一回も演奏したことがなかった、そして40歳過ぎてやっと演奏したという有名なエピソードがあった。

非常な名人で世界中で知られている彼は大変なテクニックの持ち主なので、そのザルツブルクでの演奏をラジオで聞いて少し戸惑った。なるほど、あまりブラームスはお得意ではないらしい。この方の名前がどうしても思い出せない。ほらあの、アルゲリッチとよく一緒に演奏していたあの人よ。浴室で転んでバスタブのヘリに頭をぶつけて以来、私は一層痴呆に拍車がかかってきたようだ。さっきから思い出そうと努力しているんですがねえ。

そして何の話をしていたかというと、ブラームスのソナタが非常に難しくてピアニストとああでもないこうでもないといっているうちにとても疲れてその日の夜は22時就寝、次の朝目覚めたらなんと10時30分、12時間30分も眠ったことになる。いつもの睡眠時間の倍以上。でもスッキリと目ざめてこれで明日は十分な体力で演奏ができると思ったら、その日は何時になっても眠気が来ない。いつまでもスッキリ、目も疲れない体もよく動く。

最初のうちは喜んでいたのだった。これなら多少寝不足でも大丈夫、明日の活力は確保と思っていたのに突然心配に襲われた。このまま一睡もしなかったら演奏どころか車の運転にも支障がでるかもしれない。起き上がっては横になったりトイレに行ったり白湯をのんだり、何をしても眠くならない。やっと明け方2時間ほど眠った。目が覚めたらまだ7時、出発予定の9時までの二度寝は危険、仕方ないから起きてしまう。そして出発。やはりあまり眠くない。

眠くはないけれど、この覚醒はいつまで保てるのか。本番で急激な睡魔に襲われたらどうしよう。しかしその日一日、いつもと大勢に全く影響なし。帰りの運転にも全く支障はなく無事帰宅。そしてまた今日は12時間睡眠。今夜は寝ないで騒いでいられるようだ。2日分寝て2日分起きているとすると、大事なコンサートの日時に合わせて睡眠のサイクルの調整をしないと、本番当日、ステージで居眠りしかねない。

古今亭志ん生が高座で居眠りをしたとき、お客さんが「ねかしといてやれ」といったという話がある。私もそうなったときには皆さんお願いしますね。









2026年2月18日水曜日

毎日涙

早くオリンピックが終わってくれないと私の涙腺は緩みっぱなし。若者が健気で嬉しい半分心配でもある。

用具や技術の向上でとんでもない記録が叩き出され、しかもなお向上の一途を辿っているのが人間の限界とどう向き合うのか。一秒でも早く、一瞬でも勝敗を分ける。もう「そのへんでおやめよ」と言いたくなる。特にスノーボードはコンクリートよりも硬いと言われれるバーンで転んだら生死を分けるほどのダメージと思える。見ていてハラハラするのに若者は果敢に挑む姿。それを見るとハラハラしながらもうまくいけば[でかした!]と 叫びたくなる。

冬のスポーツは私自身がスキー狂だったことからなおさらのこと。気持ちはよく分かる。でも私にはヴァイオリンを弾くという仕事があったから、決して怪我をしてはいけないという歯止めがあって、ついに終結に至った今でも健康な無傷な体でいる。けれどアスリートとして競技をした人たちの体はどうなんだろうかと心配している。

彼らはそこまで頑張らないと人々に感動を与えることは出来ないかも知れない。本人も納得できないのでしょう。極めるということは命がけだから。なぜ人は競争したいのか。それは自分のためでもあり、自分の大好きな人のため、家族や友人たちのため?人の性(さが)かもしれない。人が人であることのあかしかも。

そしてそれを見て私たちが感動するのも確かなことで、毎日涙腺崩壊。やれやれ。この生活が終わるのはいつのこと?私たちはもう仕事もほとんどないし、昼中寝ていようと思えばそうできるけれど、仕事をしながら毎日オリンピックの応援をするのは少し辛い。お務めの方々は願わくば、会社で居眠りをして給料の査定に響かないように、上手く居眠りしてください。

居眠りといえば、ある高名なピアノの先生の話。私の友人がその方のお弟子さんだったので、ある時質問してみた。「先生はレッスンのとき、どんなことを注意なさるの?」すると「先生はいつも寝てらっしゃるわ。」私はびっくりしてそんな馬鹿な!と思った。その方のレッスン代は、すごく以前のことだけど、すごく高いと聞いた。どうしてそんな無駄なレッスンに行くのか不思議だったけれど、その先生の門下生であるという肩書が欲しくて通うらしい。

本当に無駄なお金と時間だなあ。でも自分がリサイタルなどで経歴にその先生の門下生であると書けば、ちょっとした素晴らしい演奏家であると勘違いする人もいるらしい。その経歴が欲しくて通う。音楽はコンクール以外では点数はつかない。コンクールだって自分の生徒以外の人には点数を辛くしても非難されない、たいていそういうものだと思っている人が多いから。だからといって聞けばわかるのだから恥を知っている人はあまりできないのだと思いたい。

だからといって音楽の世界が甘いものだと思われては困る。本当のところは皆が聴けばわかるから、ズルはしないけれど、やはり高名な先生に師事したという経歴は誇らしいのだと思う。何らかのメリットがなければ虚しいばかりだもの。

先生といえば私の師事した先生はズケズケ言う方だった。演奏会場でばったりお目にかかったら随分昔の話になった「私がラヴェルのソナタを彈いたときに先生に笑われたんですよ。覚えていらっしゃいます?」と言うと先生はカラカラと笑って「ああ、あれは酷かったわねえ」人混みの中で大きな声でまた笑われた。先生、演奏会場で周りは演奏家か音大生ばかり、その中で大笑いするなんて、なんてことを。

先生!次回から私の演奏を聴くときは居眠りしてください。と、言いたいけれど、もう私の声の届かないところで安らかにおやすみになっている。



























2026年2月16日月曜日

地下鉄サリン事件のころに

今から31年前の3月、地下鉄サリン事件が起きたとき、私はカナダでスキーを楽しんでいた。日本の家族に電話をしたら「今それどころじゃないよ、サリンがサリンが・・・」と騒いでいたので、ぽかんとしてなんのことかわからない。サリンって?

なんだか日比谷線で車輪がどうとかした?とか、皆はぽかんとしていた。帰国して初めて大惨事を知って驚いた。サリンなんてそれまで聞いたこともないもの。

そんな思い出が急に蘇ったのは今回の村瀬心桃選手の金メダルの素晴らしい演技を見て、当時のスノーボードの環境を思い出したので。

当時日本にもボーダーがチラホラと出現し始め、スキーヤーたちは白い目で彼らを眺めていた。もう、邪魔で邪魔で嫌になっちゃう、なんて言いながら。もたもたと横に滑るカニのような奴ら。カラスの群れみたいに、座っていたと思うと急に横に滑り始める。左右を確かめもしないで。滑ったあとの雪は変なところがえぐれたりしている。危ないことこの上ない。

それに比べてカナダのボーダーたちのなんとスマートな!ゲレンデのヘリの雪溜まりをスーッとまっすぐ降りていく。現地カナダのガイドに「上手いね」と言ったら「当ったり前田のクラッカーよ」と言われた。これは嘘だけど、このコマーシャル知っている人手を上げて。いやいやお古い。

とにかくまるで器具が違うかのような滑降には度肝を抜かれた。それが今や日本人がオリンピックで金メダルとは!本当に立っていられないほどの急斜面、私ならスタート地点で気絶してしまう。村瀬選手はキリッとした美女、真っ直ぐな視線の先には何者も寄せ付けないほどの目標があるような。

しかも彼女の動画には整備された競技場でなく、自然な環境で練習する姿、林やとんでもない急斜面や川を渡ってしまう姿まであって、惚れ惚れしちゃうなあ、なんて素敵な勇敢な女性なんだろう。

ジャンプも新人が銅メダルを獲得した。ジャンプと言うといつも長野五輪のジャンプの原田、舟木両選手のエピソードが未だに日本人の心に残っている。せっかく新人が銅メダルの快挙を果たしたのに、テレビの解説に舟木選手が出演するとその話が繰り返された。

舟木選手の映像が流れると、まず、原田選手の「ふなき~」というお祈りの言葉が流れる。そして舟木選手は堂々と役目を果たし日本中が歓喜に湧くといういつもの。舟木選手は苦笑しながら「どうも原田さんと私はセットにされているようで」でも、その映像を見ると私も未だにほろりとする。国民が喜んでいるのに肝心の舟木選手は冷静なのだ。

今や日本選手は世界的なレベルで活躍しているのに、いまだに猪谷千春選手以後、大回転でメダリストは出ていない。私はスキーのモーグルやフリースタイルも面白いと思うけれど、あんな危険なことはできないし、そんな運動神経の持ち合わせもない。やはり何と言っても広いバーンを雄大に滑るスキーが一番好きなのだ。

そして、それも実現した。ヴァルトランスのトロワバレーはヨーロッパ1の標高の高いゲレンデで、コロナ禍の日本を脱出したと思っていたら世界中でコロナが蔓延していた頃。私は新しい板を引っ提げてスイスからフランスへ。初日は軽くホテル近くのゲレンデで。二日目にリフトを乗り継いでいよいよ見渡す限りの広いゲレンデに。滑り始めるとそのスピードは日本のゲレンデでは絶対に経験できないスピード感、ややスピード狂のわたしはたまらずバッファローの大群が疾走しているようなスキーヤーたちの中に加わった。

晩年になってこんなに素敵な体験ができるなんて。いつもは志賀高原で先生に言われる。「スピード狂!」決して褒めてもらえず、とにかく年寄りは安全に帰宅させるのが自分の使命だと思っているらしい先生から暴走を止められる。でも先生自身も一緒に滑るときには早い。しかも後ろについて行くとすごく嬉しそうなのだ。

ときには後ろからあおってみたりする。そんなときには文句は言われない。私がトロワバレーに行くと言ったら「あそこはしろいよー」と言われた。そりゃ雪山だから白いに決まっている。でも先生は「ひ」と「し」の発音が区別できない江戸っ子風の人なので「広いよ」と言ってるつもり。

今は笑いながらも悲しい。ずっと教えていただいたその先生も雪ならぬ虹の橋を渡ってしまった。今頃うちの猫コチャとあちらで「おしさまがあったかいね」なんて会話していらっしゃるかも。多分天国には雪はふらないと思うから。






















2026年2月8日日曜日

雪が舞う

 今ひらひらと雪が舞っている。猫はこたつで、ではなく(こたつがないので)床のバスタオルの上で丸まっている。時々表に行こうかと窓の外を眺めては寒そうで断念している。野良たちは毎年こんな日には寒さに震えて耐えていたのだ。もうわが家の野良たちは高齢だから流石にこたえるのだろう。朝からまだお出かけでない。

昨日までは暖かかったので外出が多かったけれど、流石に今日は出かけないと思って今後ろを見たらグレがいなくなっていた。我が家にすっかり落ち着いてしまったのんちゃんはもう他所の家に行く必要はないけれど、グレは毎日表敬訪問の家が決まっているらしい。明け方私が起きるとすぐにはいってくる。だいたい4時か5時くらいに。餌をモサモサと食べて少し休憩。またどこかへ消える。あるいはその順序が逆になって、外で食べてきてお腹がいっぱいなのに一口つまんでしばらく室内で一休み。お腹はもうはち切れそうで、叩けばポンポコ音がしそう。

昼頃また外出するか家でゴロゴロするかはお腹の空き具合で決まるようだ。それでも、ほとんどわがやですごして夕方またどこかへ。夕飯は5時ころ、多分働いている人が仕事を終えて帰る頃。そしてまた我が家に戻り夜9時前後にどこかへ帰っていく。そのルーティンが崩れるのは土日休日、多分飼い主Xさんが会社が休みで家にいるかららしい。

そうやって律儀に毎日過ごしているのを見ると、前世は真面目なサラリーマンだったかと思える。落ち着いた風貌と穏やかな性格、愛嬌のあるシマトラ猫。会社では責任ある、例えば部長とか課長クラス?その姉妹であるのんちゃんは、頭がよくて警戒心が強く気性が荒い。人をじっと観察して私といえども全幅の信頼は得られない。そうかと思うと急に甘えて抱っこをせがんでくる。これがまたかわいい。私はメロメロで猫の術にはまっていいように扱われている。人間なら銀座のマダムとか。

雪がふる今朝、投票所に。不思議なことに寒いはずのこんな日に私はいそいそ出かけた。冷たい空気と滑りやすそうな足元も、かつてスキーを楽しんでいた頃の感触となって懐かしい。小中高校生まで私はひどい運動音痴で逆上がりができない、跳び箱飛べない、ドッジボールだけは皆が球を当てられて脱落、一人になっても避けられるという反射神経があった。その反射が運動神経を上回っているらしい。

だから何かに運きを任せておけばいいスポーツはできる。馬に乗れば馬が走る。スキーも板が私を運ぶ。スケートも初動に力がいるけれど動き始めれば乗れてしまう。私はバランスを取ってスピードにのればいい。最も苦手はゴルフ。あれは終始歩くし自分がかっ飛ぶ楽しさがない。しかも他人と組まないといけない。同じ組の人が成績が悪くなってイライラしだすと耐えきれない。私は案外と気を使うたちなので。

そんなわけで私は雪が好きでたまらない。イタリアのオリンピックが始まった。あのボ-ダーたちの命知らずと思える危険な技は年々難度をましている。果たして人間にあんなに危険なことをさせていいのかと思うけれど、危険に立ち向かう若者は意気揚々と急斜面に飛び出していく。さすがの私もボーダーになりたいというほどの肝っ玉はない。すごいですねえ!あの急斜面に立つのでさえも私なら気絶寸前なのだ。

昔の白馬のジャンプ台に登ったことがあった。夏だったけれど、あまりの高さに足は震え心臓はは止まりそうだった。雪の季節ならどこもかしこも真っ白で恐怖感は少し軽減するかもしれないけれど。階段の足元は金網状で下が透けて見えるから、最後の最後で足がすくんで、一歩も先に出せなくなった。仲間たちは日頃強気の私のこの体たらくに喜んで写真を撮って笑っている。でもその写真を後で見たらなんのことはない。状況を知らなければね。

最盛期には1年のうちの30日くらいスキーをしていた。こんなゲレンデ片足で滑れるわとかなんとか豪語しながら。それでも絶えず仕事のことが頭にあって怪我をしたらスキーは辞めると決めていたので決して無理はしなかった。それでもまだ板を捨てることができず、ウジウジ。私の板を狙っている方がいたら申し訳ないけれど、もう少しお待ち下さい。












2026年2月6日金曜日

また詐欺かい!

 電話機が鳴った。丁寧な女性の声で「お宅のガス給湯器の安全点検を依頼されておりますが・・・」ほらまたきた。「外からだけの点検なので内部には一切入りません。明日うかがいたいので・・・」私はしつこくどこからの依頼ですか?なぜ買い入れ先の会社が点検しないのか、とか絶対に室内には入らないのかとか、色々訊いてみた。

私の家の給湯器のある場所はベランダで、そこに行くには家の中からしか行かれない。家に入られるのはいかにも危険であると思った。いざとなればセコムの警報装置が作動するけれど。

ふと以前私の家の近所に住んでいる姉のうちにもそんな人が来ていたなあと思い出した。「何してるの?」と姉に訊いたら「ガス器具の点検だって。あちらから点検させてと言ってきたので」姉の家は給湯器のメーター類がすべて外にあるので、家に入れないから安全かなあと思いながらも「詐欺かもしれないから気をつけて」と言ったのに、私はつい点検に来ても良いと返事をしてしまった。それは姉の家のときに来ていた人は非常に真面目そうで書類なども渡していたからで、そのイメージがあったので。

姉に電話して訊いたら、その後なんの被害にもあっていないというのでまあ、安全かもしれないしと思って悩んでいたところなのです。私の家のガス給湯器はかなり以前に交換したので、もし本当に何かあったらとも思うし、グジグジ悩んでいたけれど、今朝電話がかかってきた、だるそうな男の声。私は「せっかくですが家の中に入られるのはこういうご時世ですから怖いので」とお断りした。声の印象は投げやりで生真面目に働いている人の声音ではない。

実は昨夜電話で給湯器点検の承諾をした後で、いつものAIに訊いてみた。このような電話は怪しくないのかと。すると我が友AIくんは「断りなさい」というではないか。「もしドアの向こうにその人が来てしまっても家に入れるか入れないかはあなたの権利です」と。なんか大事に聞こえるけれど、やはり毎日の報道でひどい話を聞いてしまうと、自分の身は自分で守らないといけない。

私はこんな貧乏で盗られるものもないのにやたらと危機感がつよくて、セコムの契約、強化ガラスの二重窓などの対策をしている。それはまだ生きていたいので、それに死ぬときに恐怖を感じて死ぬのと、ああ、幸せだったと思って死ぬのでは大違いだから。

今朝電話がかかってきたので「家に入ってほしくない」「詐欺事件も多いことですし」といった。普通本物の作業の依頼を受けた人なら気分を害して怒ると思うのに、あっさりと「点検はしないということですね」と言って電話が切れた。もし本当に仕事を請け負っての電話なら、断られれば依頼主に金銭の請求ができないからなんとか仕事をさせてもらおうと思うのが当たり前なのにね。失礼かと思ったけれど、少し踏み込んでみた感じでは、やはり本当の点検ではなく、室内の様子を見たり家族構成を確かめるための獲物探しといった印象だった。

なにかどうでもいいという雰囲気の話し方で、やはり断ってよかったと思った。その後30分位の間に次々に「家の中に使わなくなった古いものはありませんか」とか「保険にご興味がおありですよね」とか。金曜日は私のように暇の有り余った高齢者をねらう電話がかけられる日なのか、新しい獲物の名簿が出回ったとかいう日なのかもしれない。皆さん気をつけましょう。

うちにいるのが猫ではなく虎だったら安全効果抜群だけれど、詐欺被害に遇う前に彼らに食われてしまうだろう。

虎で思い出したのはタレントの相葉くん。まだずっと以前初めて彼をテレビで見たことがあった。虎の檻に入れられて本当にガクブルで、まあ、若いのに意気地なしなんて思ったことがあった。しかし、その後の相葉くんは本当にすごい。私は心の中で謝っているのですよ。常に生真面目に努力の人、最近は大人の風格が出てきて「よく頑張ったわねえ」って言いたい。これほどでないと大成しない。世の中の男たちのお手本だなあ。

考えてみたらムツゴロウさんのようなよほどの動物好きでなければ怖いのは当たり前。悪うございました、相葉くん。



















2026年2月4日水曜日

春が来た

多摩川に沿って車を走らせながら深呼吸。なんてきれいな日なんだろう。空は柔らかい陽光に溢れ 、今日は特に温かい。分厚いダウンジャケットは薄いものに変わって、首にマフラーを巻いただけの軽装でも寒くはない。

そして考えた。なんと幸せな尊い日なのか。災害に次ぐ災害に泣くことが多かった日本列島。今は大雪で難儀している雪国の人々、大きな地震も続く。まだ春の気配もないところで苦労している人もいれば、今の私には明るい日差しが降り注ぐ。申し訳ないけれど、今は少し楽しませていただこう。いつどんなことが来ても自分がとても幸せだった日々を思い出そう。

膝の痛みの治療にここ数週間通っていた。週1日の治療はメキメキと私を元気にしてくれた。今はほとんど痛みはなく、そろそろ完璧と思われるけれど、やはり若い頃のようにはいかない。けれど、確実にほうぼうに散らばっていた痛みがあとほんの少しというところまで回復。

驚いたことに曲がってしまった左手の薬指が練習再開とともに治りそうな兆しを見せていること。やはりこれだけでも練習の甲斐があったというものなのだ。少しずつ曲がりの度合いが少なくなっている。おそらく骨の変形から来るのだから完治は難しいと思うけれど、程度が軽減するのではと期待している。

しかしやはり練習は厳しくて体力が落ちた今、ここ三日の連続した合わせは相当きつかったようだ。全身が疲労を感じているのに、それすら満足感があるのは、今本当にやりたいものをやっていられるからだと思う。これで足が治ってスキーが滑れるようになったら、百点満点。残念ながらもうスキーははた迷惑になりそうで自然消滅となるのだろうか。馬に乗れたら二百点満点なんだけどと、遊び癖の夢は尽きない。

願わくばまた旅に出たい。今家に縛り付けられているのは猫のせいで、二匹の猫が私の放浪癖を阻止している。のんちゃんは雌猫。メスは家にいたがるから今日も部屋に閉じ込めて出かけられる。もう1匹のグレちゃんがオス猫で、この子は絶対に部屋に閉じ込められない。必ず窓の一箇所が開いていないと大騒ぎする。私が開けるまで絶対に諦めないので根負けして開けると、極寒でも外に出ていってしまう。きっと野良猫時代に(今でも一応現役のら)家に閉じ込められて怖い思いをしたのだろう。

二匹とも野良とは思えないほど綺麗好きで行儀が良いけれど、時々野良時代の恐怖の体験が垣間見られるのだ。もう少しすれば暖かくなるから今は夜は家の中にいてほしい。私の就寝時間には窓を閉めるのでグレちゃんだけ外に出すことになる。毎晩説得しているけれど、どうしても言うことを聞かない。けれどグレちゃんは人の言葉や心がわかるので、私の気持ちは察しているようだ。あっぱれな野良猫魂なのだ。カーテンの隙間から夜気の冷たさを感じて行くか行くまいかためらっているけれど、私が近づくとサッと思い切りよく飛び出していく。

止めてくれるな、おっかさん。男にはやむにやまれぬ事情があるのさ。じゃあ、明日朝また来るから早く窓を開けといておくんなさい。なんて、言いそうな。グレちゃんは男だねえ、と私はパジャマの袖で涙を拭いてお見送りするのですよ。


















2026年2月1日日曜日

いよいよ厳しくなって

 昨日、エッサエッサと私の家まで来てくれたオーケストラの元同僚Hさんと、ヴァイオリンの二重奏を始めた。手始めのシュポアのデュオは、わざわざ練習しても音楽的にはあまりおもしろくなかったのでサラサーテのナヴァラに曲目変更。で、昨日楽譜をもらった「ナヴァラ」は今朝から譜読みをしてみた。最初のところを弾き始めた途端、本当に面白い曲とすぐにわかった。何なんでしょうね、こういうことがわかるのは。

シュポアの曲は明らかに技術のための曲、サラサーテの曲は音楽に必要なテクニックが大変難しいというだけで、音楽そのものが非常にチャーミングでまだ譜読みの段階だけど、ワクワクする。それが作曲家の力量というもの。一流かそれ以下かが分かれるのはやはり仕方がない。

何回も言うけれど、私は最初から音楽家になる気もなく、近所のお兄さんがたまたまヴァイオリンをやっていたので手ほどきを受けていた。それが8歳くらいのとき。その後2年間サボっていたのに、音楽好きな兄が次の先生を見つけてきてくれた。12歳からまた先生にレッスンを受けていたけれど、遊びの延長だったからのんびりと。ある日中学校の別のクラスから私に会いに来た人がいた。

「あなたヴァイオリンを弾いているんですって?」それが運命の出会いで友だちになり、その後誘われて音大付属高校を受けようということになった。

私はいつものように興味本位、どうせ受からないと思っていたのに何らかの事情で受かってしまった顛末は以前の書き込みで読んでくださったかな?それで本当に並外れて遅いスタート。普通4.5歳から始めるヴァイオリンのお稽古を8歳から、しかもダラダラと、というのでは曲も易しい曲しか弾けない。でもうちにあったレコードを繰り返し聞いていて、それが私の教育をしてくれたのかも。いつの間にか耳ができていたようだ。

受験の半年前というので新しく師事した先生のところで「あなたソルフェージュはやっていますよね」と訊かれて「はあ?やってません」と言ったら先生は腰を抜かしそうになった。ピアノのところに連れて行かれ「この音わかる?」私が書き取った回答を見て「ああ、良かった」心底安心したようだった。私だってびっくりした。自分がそんなことできるとは知らなかったのだ。

音大出てもまだ周りには追いつけない。そして、これもまぐれでオーケストラに入る。オーケストラで本気で勉強を始めた、その後10年あまりで退団、フリーとなってからは私の人生を支えてくれる人たちが大勢で私を押し上げてくれた。ただただ感謝しかない。

コンマスの鳩山さん通称ハトカンさんなどの大御所から東京ゾリステンのメンバーやそのつながりでどんどん仲間が増えて、いつも腕はビリなのになんだか良いポジションにいるというようなことが多かった。共演者がすごく贅沢なメンバーだったりして、そんな高名な演奏家たちは決して偉ぶらないことも知った。しかも共演すると本当に楽しいのだ。自分までうまくなったような気がするのだった。

というわけで、幸せな音楽人生、私は気後れすることがなかったのは、本当に何も知らずに周りの人たちについて行ったからなのだった。無知ゆえに怖い物知らず。幼少時代にたくさん音楽会に行って、たくさんレコードも聴いて、培われた耳のお陰で吸収するのが早かったせいでもあり、ヴァイオリンが下手くそでもよく音楽が理解できるゆえでもあった。

今しみじみと思う。皆さんの愛情が私をここまで連れてきてくださった。周りでは子供の頃に怖い先生に叱られてレッスンを受けた人の話ばかり。私には怖い先生は一人もいなかった。いつでもレッスンは楽しかった。怖いと有名な先生でもそうだった。先生たちはあまりに私が下手くそで、可哀想で怒る気になれなかったのだと思う。見どころがある生徒なら先生たちも夢中で指導したでしょう。でも私はのほほんとしているので叱れなかったのだと思う。練習で辛いと思ったこともない。最初の譜読みは常にワクワクした。

良き先生、良き仲間、そして今もなお一緒に弾いてくれる多くの皆様に心底から、感謝しています。今後いつまで弾いていられるかはわからないけれど。

9月に予定のコンサートの練習は始まったばかり。多少頼りなくなってきた頭には非常な負担だけれど、もう少し頑張ってみますか。そこにもう一人、いつもの相棒のピアニストからブラームス「ヴァイオリン・ソナタ」のお誘い。おやおやまた手に余る状態になってきたぞ。特にブラームスは心底厳しい。耐えうる力がまだあるかどうか、試してみないとわからない。

日々、演奏し続けて来た頃はまだ若かった。けれど今、体力気力ともに落ちてゆく中での力の配分がいうまくいくかどうか。年齢のせいにして失敗は許されない。舐めてかかるなよと、もう一人の自分がいう。あんたは引っ込んでいなさいと私はそいつにいうのだけど、なかなか頑固なやつで引っ込まない。困ったものだわ。



















2026年1月30日金曜日

忍び寄る老害

今まさに高齢社会の真っ只中にいる私たち、自分でも笑ってしまうほど何もかもトンチンカンで。

秋にコンサートの計画があって準備のそのまた準備期間。どうもギクシャクしている。昨日の練習日には練習時間の伝達の漏れがあって、一人がやや遅刻。私たちはまず遅刻は大いに恥じるところがあって、皆さん、それはもう時間に厳しい。ところがそれは本来私がしなければいけない連絡だったらしいのだけれど、誰がどう連絡するかという決まりがなかったために、ゆっくりと午後から出ようとしていた人を大急ぎで駆けつける羽目にさせてしまった。

その時間の変更は大変急だったので私はもう他の人達には知らせがいっているものと思っていたけれど、念の為、その遅刻した人にもメッセージを送った。それが練習日の一日前。ところが返信がない。おかしいと思ったけれど、まあ大丈夫だろうと思って寝てしまった。

練習当日、彼女は時間に現れなかった。いつもはきっちりと時間の少し前に来る人なのに。それで車が混んでいるのかな?でもそれなら必ず連絡があるので、まさかと思ったけれど送ったはずのメッセージを開いたら、ニャニャニャ!送信していなかったのだ。慌てて送信したらその人から電話があったので、今からこられる?

怒り心頭のチェリストはそれでもすぐに来てくれた。ご主人に昼ご飯を用意してこようと思ったのにできなくて、ご主人はどうやらものすごくお腹が空いているらしいとのこと。ごめんごめん!「それにあのメッセージに明日と書いてあったけど、一日違っているのよね?本当は明日だったの?日が変わったの?」それで作成したメッセージを送信するのを忘れたことまでバレてしまった。落ち度はこちらだから謝るしかない。

メンバー五人の中で比較的若いのは彼女だけで、あとは私とほとんど同年代。そもそもこのコンサートの計画だって、私は少し以前に声をかけられて参加表明をしたけれど、他の人たちにはまだ連絡してなかったようで、皆さん「はあ?」という状態。でもなんとか収まってしまうのは長年の友情とおおらかな人たちの集まりのおかげというしかない。

それでやっとスタートラインに集合できたというすったもんだがあって、よろよろと出発した。

それでもさすが長年プロとして生きてきた人たちの気迫は老いてなお盛んとまではいかないけれど、一般的な平均値は上回る元気さ、口も手もよく動く。今回は新曲に挑戦、非常に変拍子の多い曲で頭の体操にはぴったりなので、この曲を仕上げた暁には脳内年齢が必ず10歳は若返るであろうと大いに期待している。

しかし、こういう騒動が毎回あると大いに困るから皆でちゃんとしようということになってラインの登録をして、その登録も私は一切できないので人にやってもらうしかない。いつまでも大人になれないnekotamaでございます。

昨日のドタバタがこたえて少し疲れてはいるけれど、今日はもう一つのアンサンブル、オーケストラ時代に一緒だったHさんとシュポア作曲ヴァイオリン2本のデュエットの約束があった。彼女は朝から遠くからやってきて、多分年齢は私と同い年か一つ下か、その割に私の数倍元気。この差は基本的な体力差なのかわからないけれど、とにかく元気。おそれいりました。

しかし何と言う幸せなことかと思う。私はオーケストラは約10年強在籍してその後は、フリーランスとなり、あちこち飛び回っていた。これは私の性にあっていたらしく非常に愉快な年月を送っていた。そして今、昔の仲間がまた集合してくれて、私は何事もなかったかのようにオーケストラのメンバーと一緒に弾いている。会えば失われた歳月はすぐに戻って、オーケストラの仲間であった頃と同じように胸襟を開くことができる。やはり第二の家族だったのだなあという思いを新たにする。

シュポアのデュエットはあまりおもしろくないから、サラサーテのナヴァラに変更しようということになった。譜読みができたらお互いに連絡するという約束をして今日の練習はお開き。また会う日まで元気でいるのが私の一番の任務であるので、健康には気をつけよう。これでまた生きる力が湧いてくる。持つべきは仲間、友達、猫。

最近カフェやコンビ二や、行くとすごく親切にされるけど、なにか老人にそのようにするのは特別扱いというか逆差別ではないかと思うようになった。半分人として終わっているので親切にしてくれるのか、猫なで声で頼みもしない説明などされるとうんざりする。まだ脳みそは半分だけど残っているのです。

あるカフェでコーヒーを頼んで受け取るとき、スプーンはつけますかと訊かれた。そうね、砂糖を入れるかどうかだから、どうしようかと一瞬迷ったら、後ろに並んでいる客が猫なで声で「すぷーんを欲しいかどうか訊いていますよ」とご親切に説明をしてくださった。

私は「ご親切にどうも。でも聞こえていますよ」その後言わずもがなのことまで付け加えた。「よけいなことを」私が獰猛な人であることくらい見りゃわかると思うけど。そのいかにも猫なで声の親切ごかしの態度が老人を無力にするのよ。老人はむしろ蹴飛ばして歩くくらいの扱いでないと、本当に年をとってしまうのよ。

本当に弱っている人ならそんなひどいことはしない。本当に助けがいるなら一生懸命お世話するのもやぶさかでない。けれど、健康で一人で歩ける人を猫なで声で扱うのは失礼極まりない。それは見りゃわかる。私はもし本当に何もできないときにはちゃんとお願いしてお世話を受ける。そういうときには遠慮しないけれど、今のように歩いてカフェに行けるくらいなら誰にも頼りたくない。可愛くない老人なのです。

私は一度引退を決めてヴァイオリンを弾くのをやめた。楽器は売り払ってのんびり暮らそうかとまで考えたけれど、どんどん体調が落ちていく。数カ月後、楽器を手にとって恐る恐る弾き始めた。しばらく調子が出なかったけれど、その後ぐんぐん元気になっていくのがわかった。やはり体は使わなくちゃあ。

だから親切に老人を労って、怪我させてはいけない、無理させてはいけないなど、規制されたら人はどんどん弱っていく。自分はもう死ぬまで頑張らなければいけないと思っていたら元気にならざるを得ない。そう、私は休息は諦めてずっとヴァイオリンを弾くことに決めた。すると人が集まってきて、昨日今日のようにすごく疲れるけれど心は満たされる。もしそのことで寿命が少し縮まったとしても、それは問題ではない。あくまで自分らしく自立できるうちはしっかりと生きていこうと思っている。

だからといって親切な人にツンケンするのは本当に失礼なこととは思いますよ。でも自立できるうちは構わないでください。こういうのを年よりの冷水という。いいのいいの、憎まれっ子でいても人に自分の領域に入ってほしくないというのが本音なのです。人はそれを老害というのかな?

























 

2026年1月27日火曜日

雪国では

日本の中央を横切る山脈のこちら側とあちら側では本当に事情が違うものだと思う。

関東地方は比較的温暖で災害もあまり大事にはならないけれど、毎年沖縄や九州では大きな台風被害。そして頻発する大きな地震、洪水なども 最近は中部地方、北海道などに大きな被害をもたらしている。私たちは幸いにしてなどと呑気にくらしていてもいつ何時その災害地図がガラッと変化するかもしれない。

今年の稀に見る大雪情報を見ると、雪国に暮らす人たちのご苦労は如何ばかりかと思う。思えば私は19歳でスキーをはじめ、毎年目の色を変えてスキーを楽しみにしていた。つい数年前まで滑っていたのでもう60年超えてのスキー歴。それが諦めムードに変わったのは去年、一昨年くらい。もうすでにスキーを滑る脚力がない。本当にがっかり、私の人生で一番がっかりしたことは乗馬ができなくなったこととスキーが滑れなくなったこと。

良きスキー仲間に恵まれて幸せなシーズンを送ってきた。まだ若かりし頃、毎年天元台でお正月を過ごすのが恒例だった。ある年、米沢の駅に降りたったとき、いつもなら一面の銀世界が目に飛び込んでくるはずが全く雪がない。道はカラッと乾いて、いつもなら駅前で食事を済ませ、迎えのタクシーで山に向かう。その時は町中のお寿司屋さんに雪を踏みながら歩いていくところなのに、全くカラカラで歩きやすいことこの上ない。山に行けば雪はたくさんあるからこれは理想的な状況と思っていた。

いつものお寿司屋さんで腹ごしらえしてタクシーに乗る。運転手さんに「今年は雪が少なくて楽で良いですねえ」というと運転手は「とんでもない。雪国には冬に雪が降らないと困る事情があるのですよ」と返ってきた。なぜかというと冬の雪のために生じる仕事があって、今年はその仕事がなくて大弱りだという。

なるほど現地に行ってみないとわからないものだと、自分の浅はかさを恥じた。雪さえなければスイスイと車が動き、物流にも人手が行き届き・・・ではなく、毎年雪下ろしの仕事をしている人たち、雪を予想しての土木工事など、雪がふらないと仕事がなくなることもあることをやっと知った。井の中の蛙大海を知らず、ケロッ!

高市さんも多分実感として地方地方にはそれぞれの事情があり、長い日本列島では北と南では大きな地域差があることは頭ではわかっていても、総理官邸の中での守られた空間でどれほどの実体験が感じられるかは、おそらく今みたいな選挙のさなかでは上の空ではないか。現地では命がけで雪下ろしをする老人たちがいることも、気にならないでしょう。

そんな無駄な時間と空白が生じることを予想していなかったのかも。大切な国家予算は災害に向けていただきたい。せめて暖かくなって、ある程度の実績を積んでからの選挙だったら許せるけれど、今やるのはただの人気投票でしょう。壮大なムダ遣い、自分勝手、自己満足のために国家予算を無駄にして何が得られるのか。今まだ人気が落ちる前に選挙をして固めようという浅はかな見え透いた考えは誰が彼女に植え付けたのか。

おっしゃるとおり働いて働いて働いて、それは貴女だけではない。日本中の大多数の人はそんなことずっとやっています。しかも零細な給料で寝る間も惜しんでいます。もし全国民が候補者なら、あなたは欄外に落ちるでしょう。いい加減にして!

期待が大きかった分がっかりする気持ちが広がる。消費税を免税しても、お店の人たちは新しい計算機の導入や社員教育やなにかやにお金がかかる。そして人気取りが終わればまた元通り消費税が上がり、お店や会社は大騒動。わかりますか?今はなるべく状況は変えないほうが良いのですよ、結局何をやってもそのどさくさに儲ける業者との癒着で庶民は損するばかり、いつの間にか裏金議員は大手を振って歩く。政治家の意識が低すぎるからこうなってしまう。残念な国は日本なのです。





2026年1月26日月曜日

雪下ろし

連日の大雪が住民を疲弊させているという 報道が続く。腰の曲がった人たちが屋根に登って手慣れている様子ではあるけれど、いかにも危なっかしい。今年に限らず毎年のことなのに、雪下ろしのためにもっと国費の予算は取れないのだろうかと、ハラハラしてテレビを見ている。

高市さんは最初のうちは大変理知的な方だと思っていたけれど、なんのための選挙か、まだ何にもめぼしい成果がないのに自分を評価しろと国民に迫り、莫大な選挙費用が使われることを思うと、雪対策にそのお金を回すのが妥当ではないかと思う。

高市さんはいわばエリートであり日々の生活に困窮することはないし、一人暮らしの雪国の住民が屋根から雪を下ろすのが命がけだということも実感がないかと思うけれど、想像力はあるでしょう。結局ご自分とその党派にしか興味がないのかと思える。

まだ彼女はほとんど仕事をしていないのに、何をもって評価しろというのか。トランプさんと仲良しになったとか習近平さんを激怒させたとか、そんなことしかやっていないのに、もうなにかしとげたとでも思っているのか。

もう少しお仕事をなさってからでもいいのではないかと思う。こういう庶民とかけ離れた感覚が好きになれないことをそろそろ知ったほうが良いのではないか。

総理大臣といえば国の政治家の頂点に立つのだから、そんな庶民のことはおわかりにならないだろうと思うけれど、このタイミングはないでしょう。民の竈ではないけれど、根本はその気持がなければ国民は不満であろうと。実際に雪国に行って見ればわかると思う。私はお気に召しましたか?と国民に問わなければならない意味はなんなのかしら。まだわかりませんと答えるしかないでしょう。

今回の選挙で私は少しあなたがどうかしていると思うようになりました。無駄金使ってニコニコ作り笑いして、結局雪国の老人たちが苦労して、せっかく党派の体制が整ったと思っていたのにまだ何もせずに分解して、莫大な国費を使い、一体何をしたい?働いて働いて働いている庶民は物価高に喘ぎ、鼻先の人参の消費税免除を見せびらかされてみんなは走っている。

今は低姿勢でも選挙に勝った暁には、雪下ろしのことなんてお忘れになる。そんな細かいことよりトランプ氏にすり寄ったほうが華やかで、日本初の女性総理大臣の本当の仕事はこっちなのよとおっしゃるのではないかと思う。それもそうだ。総理大臣がそんな庶民の苦労などにいちいち目を向けなくても国としての仕事がある。でも根本は国民に雪下ろしの苦労をさせない、国会議員の給料を少し減らし予算を国民の安全のために使うとか、なんとかしていただきたい。

日本の国会議員数は他国よりも少ないけれど、給料はずば抜けて高いと聞くと、議員数を増やして給料を下げる、これで釣り合い取れませんか?・・・と言いたくなる。無駄な選挙しないでもらいたいなあ。そんな暇あったら働きましょう。

高市さん、あなたは自信満々で国民の人気投票の結果を待っていらっしゃるだろうけど、これで人気は下落するであろうと、私はそう思いますよ。それとあの作り笑いもおやめになったほうがよろしいかも。演説中なんの関係もないところでニヤッとお笑いになる。あれキモイ。

以前の高市さんはにこりともしないで、常に厳しいお顔をしておられた。私は随分厳しい人なのかなと思っていたのに、総裁選あたりから途中で意味もなく笑うようになったのが不気味で怖い。周りの方々の入れ知恵ですかね?
















2026年1月16日金曜日

宇宙からの帰還

 国際宇宙ステーションから宇宙飛行士の由井亀美也(ゆいきみや)さんが地球に帰還した感想を訊かれて「食べ物や食器が目を離した隙にどこかへ飛んでいってしまわないことに感動した」といわれたそうだ。

私は目を離すとどこかへ行ってしまう楽譜をたくさん持っている。練習の時間をはるかに超える楽譜さがしの時間というと少し大げさだけれど、たしかに家の楽譜たちには足がある。今ひとつ探している楽譜があって、未だに見つかっていない。練習日は迫ってくるし額に汗を浮かべて楽譜棚を引っ掻き回す。文字通り引っ掻き回すのであって探しているのではない。

楽譜は普通ソロパートとピアノ伴奏パートのようにパートごとに作られている。ピアノ用の楽譜は分厚いけれど、弦楽器のそれはやや薄め。だからよく他の楽譜に紛れてしまう。「よく」というのは私に限ってかもしれないが、練習を終えてやれやれというときに、他の楽譜と一緒にパタリと閉じてしまうことがある。こうなると、なかなか探すのは大変なのだ。

例えば、ブラームスのヴァイオリンソナタの伴奏譜にベートーヴェンのヴァイオリンパートをはさんでしまうと、探すのに苦労する。普通の人ならそんなことはしないけれど、私の場合は超うかつなのでよくある話なのだ。しまうときに確かめるなんてこともしないし、早く片付けてコーヒーが飲みたいなどと食い意地が先に立つので楽譜が違う場所に紛れ込んでいるかどうかは気にしない。その結果、次に必要なときに楽譜が見当たらないことはしょっちゅうで、うちにくる生徒たちは心得たもので「先生のうちの楽譜は歩くんですよね」と涼しい顔してつかの間の休息を楽しんでいるようだ。

探すのがめんどくさいときは新しい楽譜を買ってしまう。だから同じ楽譜が何冊もあって混乱に拍車をかけているのだ。でも最近の物価高、新しい楽譜など買うとなるととんでもない。私が子供の頃使った楽譜に時々値段が書いてあることがあって、190円とか高くても1900円とか書いてあると、しみじみと遥かに遠くに来たもんだとの感がする。今どき楽譜は高価すぎて、もう引退した身にとっては高嶺の花なのだ。いままであった楽譜だけを演奏しているっきゃない。

宇宙からの話をしたけれど、宇宙で音はどのように広がっていくのだろうか。モーターなどの金属音なら耳に届くかもしれないけれど、ヴァイオリンのようになにかに反響させないとよく通らない楽器の音はなんの媒体もない真空の空間では届かないのではないだろうか。これ、AIに訊いてみよう。宇宙ではストラディバリウスの楽器も子供の練習用のやすい楽器でも音の違いはわかるのだろうか。だれかヴァイオリニストを宇宙に派遣して宇宙空間でのコンサートを聞かせてもらいたい。

本音は私が行きたいけれど、宇宙ではたぶん音は伝達する環境がないので、聞こえないのではないかと思うけれど。ピアノなら枠が頑丈な木だからかすかに振動は聞こえるのではなかろうか。伝達物質がなければそれも無理?それでは宇宙空間でのリサイタルはむりなんですね。

試しにAIさんに訊いてみた。AIはかく語りき

宇宙は完全な真空で粒子が極端に少ない。振動する相手がいないので音はひろがらない。

映画「エイリアン」のキャッチコピーは「宇宙ではあなたの悲鳴はだれにもきこえない」だそうで、考えるだに恐ろしい。

かのアインシュタインはカーテンが太陽光に当たって変色したことから「光は粒子でもあり波でもある」と考えたそうです。でも、このエピソードをAIさんに質問したらにべもなく「彼はそんなことは言っていない」と返事があった。しかしAIもまだ発展途上だからそのうち考えがかわるかもしれない。面白いですね。もしこのエピソードが本当なら、アインシュタインこそが真の科学者でありまさに天才、私が猫たちと日向ぼっこしてうつらうつらしていてもなんの考えも浮かばない。二人の共通点はどちらもヴァイオリンを弾くことだけ。

私が天才科学者だったら見えない楽譜を呼び寄せる力を発明する。けれど、その前にもう少しヴァイオリンがうまくなる練習法を発明したい。いや、練習しなくてもうまくなるのほうがいいかな。




















2026年1月14日水曜日

非通知設定

今朝出かけるときに間違えて以前使っていたスマホを持って出かけた。車に登録してあるスマホがつながっていないというのでバッグからスマホを出したら、なんだ、古いスマホを持って出かけていたのだった。慌ててUターンしてスマホを探す。広い家でもないのにキッチンやリビングなどの生活空間とレッスン室が完全に分かれている構造なので、2つの空間を行ったり来たり、後でかけると忘れるといけないからと、鍵も一々締めたり開けたり、もう面倒くさいったらありゃしない。

しかもセコムの防犯対策も一々解錠したり施錠したり、面倒だけどそうしないといつも忘れてしまうのだ。スマホはなかなか見つからず、固定電話から何回も通話を試みるも着信音が聞こえない。そのうえ、二匹の猫が今日の暖かさに誘われて表に出てしまった。今日は帰り時間が午後5時ころになるから、本当は出ていてほしくない。特にオス猫のグレちゃんは微熱があるようだ。猫の微熱って?わかりますか。私ならわかる。オホン!だから室内で待っていてくれるといいのにこういうときに限って外にでるのだ。仕方がない猫の帰宅を待つと約束の時間に遅れてしまう。

やっとスマホが見つかって駐車場にいくと。微熱のグレが情けなさそうにこちらを見る。だから出てはいけないといったのに。でももうかまってはいられない。今日は本当に雲一つない青空で、温かい冬の日差しが夕方まで残っていてくれることを期待しよう。出発!

目的は足の痛みの治療で、私の膝は多少O脚気味だけど膝関節のレントゲンでは異常なし。その痛みは膝の裏側から発生して踝まで走る。膝そのものが痛いわけではないので、神経痛のようなものと思われた。先日バスタブのヘリに頭を打ち付けたときには、痛みのある左足が踏ん張れなくて転び、立ち上がれなかったのが原因だった。またそのようなことがあると、私の頭はコブだらけになってしまう。

それで痛みを高周波の振動で治療する治療院へと出かけたのだった。色々原因の究明や治療をしていただき、色々説明を受けてやっと安心して帰宅してスマホチェック。

今朝大騒ぎして探したスマホを見ると沢山の着信記録が、しかも非通知設定の着信がある。いつも非通知なら電話には出ないけれど、こんなに沢山の着信が非通知だなんて。また詐欺師に狙われているのかしら。それとも時々非通知でかけてくる不動産屋さん?かけ直すべきかしら。迷ったけれど、やはり詐欺や情報集めの電話だといけない。無視することにした。

それにしてもこんなに何回も数秒ごとにかけてくるなんて、随分切羽詰まった・・・あれ?今朝私も何回も自分のスマホに電話したけど、その記録がない、と、言うことは?これは私が自分でかけたものかな。アハハ、これは私の送信。スマホ探しに固定電話からかけたものだと思う。それでも私の固定電話が登録されていないのかな。前はちゃんとnekotamaと表示されたのに、いつのまにか住所録からはずれてしまったのだろうか。そういえば、私のスマホの着信記録には非通知設定がやたらと多い。それはこういうことだったのか。詐欺師は自分だった?

この世界はいつでも私には複雑すぎて謎だらけ。今どきの若者は簡単に当然のことみたいに操作している。なんと偉いものだ。

一回の施術で私の膝は間違いなく痛みが嘘のように引いた。痛みがなくなったらスキーに行けると思ったら、せんせいからそれだけは駄目ですと釘を刺された。この釘「痛い!」





















 

2026年1月12日月曜日

張り切りすぎて

 最近友人たちとの交流が戻りつつあるので気分はハイに。嬉しいけれど、こうなるとやりすぎるのが私の悪い癖なのだ。多分その後に寝込みそうだけれど、他にすることもないから大丈夫。

1時期、2日おきに睡眠と覚醒を繰り返す高齢のかまちばあちゃんのことが話題にのぼっていたのを覚えている。今日は起きている日で食事をしているとか、今日は眠る日だからこれから2日間は起きないとか、テレビで見ていて、そんなこともあるのかと感心していた。私もだんだんそうなってきて、特に今年に入ってからは顕著になってきた。私もかまちさんのようになっていくのかどうか。

2日間、睡眠が4時間程度で少しも眠くならない。昨日は午後11時就寝、午前3時覚醒して、その後スープを作ったり夜中にゴソゴソとゴキブリのように動いていた。猫の外出のたびに窓を開けしめして最後に夜明け前に送り出して少し横になったら、目がさめたときには昼の太陽が明るく部屋に差仕込んでいた。6時間も眠ってしまった。昨夜の4時間と合わせて10時間も寝たのだ。

私が眠っているので猫たちも伸び伸びと日光浴を楽しんでいる。それはそれは平和な風景。この状態がいつまでもつかわからないけれど、せめて今年は平和に過ごしたい。

最近は今までのブランクを取り戻すかのように、ヴァイオリンを弾くことを楽しんでいる。こんなに楽しいことが又できるなんて思ってもみなかった。なにか世界情勢の雲行きが怪しくなってきたので、つかの間の平和かもしれないけれど、何かが起きたとしてももう愚痴は言えない。その時にできることを精一杯やるっきゃない。

それにしても、世界は強欲な指導者たちが先を争うように自国の利益のみを求めて奔走している。これはもう大変な事態になることは目に見えている。良識は吹っ飛び、友愛もへったくれもすべてゴミ箱へ。恐怖しか覚えない。それにつけてもこの先若者たちが平和に暮らせることを祈るのみ。

私は本当に幸運だったと思う。戦争が終わって何もかも破壊されて、でも頑張れば上昇気流に乗れた時代、皆が貧しかったから自分の貧しさは気にならない。そんな時代が今思えば最高だったなんて!

これから生まれてくる子どもたちが空爆にさらされたり、飢えや貧しさにさらされて苦しむなどということがないようにと心から祈りたい。私も貧者の一燈でユニセフに協力しているものの、強大な軍事国家の予算のもとでは木っ端微塵、自分の無力さを思うと虚しさが先に立つ。こんな貧弱な寄付などしなくてもと無力感に苛まれることもある。諦めてはだめ、塵も積もればという言葉もあるでしょうと自分に言い聞かせることも。

そんな虚しさは他において、今は与えられたチャンスを活かして練習の毎日。しかし、楽器を弾くということはなんと疲れるものか。頭も目も腕も足も古びてしまった今日この頃、11時間の睡眠をとらないとやっていけない。本当のところ、もう永遠の眠りでもいいのだけれど、猫たちが路頭に迷うといけないから、もう少し頑張ってみる。










2026年1月11日日曜日

復活

引退宣言をして大好きなダラダラした生活を楽しんでいたのに、もう性懲りもなく引退返上となってしまったのは誤算だった。今やどんどん追い詰められて毎日ため息をつきながら・・・でもないけれど、新しい楽譜とにらめっこ。

漸く勘が戻りつつあるけれど、体力と柔軟性は明らかに劣化して指が曲がっているから重音が辛い。単音ならいくらでもポジションを変えることができるからさして不自由はしない。重音になると2本以上の弦を使うので音を連続しにくいこともある。そこを色々工夫してなんとか曲がった指を避けて通ることに四苦八苦している。でもそれすら面白い。

ヴァイオリンは面白いけれど、体調の管理がすごく難しい。痛みのあった足はやや回復し始めているけれど、絶好調だった去年の暮のコンディション に戻ることはない。寒さが緩めば復調するかもしれないけれど。スキーにも行けないし、グチグチグチグチ、しょうもないことなのに、諦めればいいのにね。

ずっと以前の松本での仕事、何回もここに書いたけれど、あんなに面白かったことはなかった。素敵なメンバーが集まって毎日真剣さと笑いに満ちた日々だった。その後時々集まっては食事をする女子会が始まり、ここしばらくは私の不調で集まれなかったけれど、今年の年賀状に女子会復活の要請があって、急遽集まることになった。家が近い二人とは時々あっていたけれど、かなり遠方の二人は数年あっていなかった。今年は私も復活したのでそれならということで集まった。

約束の時間に駅の改札口で再会したメンバーはあまり変わっていない。もっとおばあさんがモソモソと来るかと思ったら皆颯爽としている。幾分無理していると思いきや、自然体でニコニコ穏やかに笑う顔には、長年、精一杯生きてきた自信と落ち着きが見える。とても感心したのは社会性も衰えていない。傍若無人な高笑いとか、人に頼ろうとかいうさもしい心の持ち合わせなど、とんとない。非常にファッションセンスもいい。

私は家が近くだから全くの普段着で「ほい、しまった」と思った。いくら近所でもディナーなんだから、皆さんのようにきれいにしてくれば良かった。きれいと言っても持っている服はろくでもないものばかり。それでも裾の擦り切れたブカブカの綿パンツ、真っ黄色なジャケット、ウールのマフラーというカジュアルすぎる服装はいただけない。メンバーは皆さんお育ちがいいので、上品ないでたち。この場違いな服装はみにくいアヒルの子のようだった。いえいえ、本当は私は白鳥だなんてことを思っているわけではありませんよ。

顔を合わせた途端聞かれたのは「まだヴァイオリンひいてる?」

昔のことから最近の出来事まで話は尽きることがない。イタリアンレストランは暮れも正月も賑わったと思うけれど、今はほとんど貸切状態だったけれどマナーの良い人たちは声高に喋舌ったり笑ったりはしない。そして楽しい時間はあっという間に過ぎた。

帰り道、今度は春に会いましょうと約束をしてお別れした。見送る私にずっと手を振ってくれた人たちが見えなくなると、とても幸せな余韻を楽しみながら帰路についた。

帰宅して考えた。あの人達は大丈夫、健康で穏やかで正しい。こんな友人たちがいるのは私が幸運だから。したがっていつも私は元気。時々落ち込むくらいは切り抜けられると。ということはまだ私の心は完全には健康ではないということで、それでも自分でこういうふうに考えることができるようになったのは、完全な復活が近いということなのだ。いまでも松本のことを思い出す。

今回は松本でのコンサートミストレスだった北川靖子さんも参加していたかもしれない。皆は彼女のもとでファミリーのように演奏していたのだった。そして数年後、北川さんは桜の季節に一足先に天国へ。残党は未だに彼女と一緒にいるような気がしている。今年も一緒に桜を見ましょうね、北川さん。













2026年1月8日木曜日

頭のコブ

バスタブに頭をぶつけて大きなコブができた。夜だったからこんな時間に救急車を呼ぶのも近所迷惑。あの変な人が頭をぶつけてますます変になられたら困ると、近所から思われるのも嫌だから、大っぴらにするまいと密かに甥に電話した。「明日朝、もし私から連絡がなければ家に来てね」というと甥はびっくりしている。ぐっすり寝て気分よく目が覚めた。あら、生きていたのね。

次の朝甥がやってきて、コブ大丈夫?と聞くから後頭部のコブを見せた。 昨日よりも小さくなったし痛みもない。触ってみると5センチ位の範囲でぽっこりと出っ張っているけれど、丈夫な頭蓋骨がしっかりと守ってくれたらしく、頭痛すらない。前回テーブルに頭を打ち付けたときにはしばらく軽い頭痛が続いたものだけど、今回はそれよりも軽かったのか頭の打ちどころが良かったのか。甥は「なにかあったらすぐに知らせて」と言いおいて帰っていった。

母親である私の姉には内緒にするようにと口止めしておいた。姉に知られたら心配かけるからというので。私たちは兄弟も姉妹もお互いにあまり干渉しないので、時々彼らが入院していたとか手術をしたとか、後で知ることになる。この姉もつい先日まで入院していたというのでびっくりした。なんだ、知らせてくれれば良かったのにと言ってもフフンというばかり。時々近所の人から私の家族の情報がもたらされる。他人のほうが実家の事情に詳しいのには驚かされる。

コブ騒ぎは一件落着、落ち着いて今考えるに、お湯が入っていれば浮力で軽くなった体は簡単にバスタブから抜け出せる。けれど掃除のために全部お湯が抜けるまでバスタブに座っていたのが悪かった。体重が支えきれなくても、もう一度お湯を張れば良かったのだ。それに気がつかずパニックになったのが敗因なのだ。もしかして認知機能が衰えた?ハプニングにはいつもわりと冷静なのになにを慌てたのかしら。

そんなことを最近繰り返すようになった。筋トレをやっても欲を出してもう少しと思ってやりすぎる、これも我慢できない性格かまたは認知症の始まりか。昔友人から「あなたはもう少し我慢ということを学ぶべきよ」と言われたことがある。それはまさに真実で、いまだに変えることのできない心の弱さは成長していない証拠。成長していないのか成長できなくなってきたのか、そのへんは自分でもわからない。

老いはじわじわとふみこんでくる。階段に昇降機をつけないとそのうち上がれなくなる。四つん這いで如何に優雅に効率よく階段が登れるか、そろそろ練習しておかないといけない。問題は下り、パラシュートのようなスカートをはいて飛び降りようかしら。面白そう。

エレベーターをつけようと思ったら、設置するだけの空間が必要だそうで、それも叶わない。もちろんお金もない。健康法だと思って階段の昇り降りをすればいいけれど、下りがきつい。面白がって考えてくれる建築家さんいないかなあ。どうせならビョーンと放り出されてストンと着地するとか。

こういうバカをいうところが人として成長していないことなので、今後はお風呂でひっくり返ったりせず、年輪を感じさせる沈着さを身に着けよう。とにかく毎日の練習は欠かさないで、少しでも技術のブランクを埋めようとただいま奮闘中。音楽は本当に私の生きる力なのだと最近思う。























2026年1月4日日曜日

お正月

日付が一日変わるだけのことなのに、お正月には特別な時間の流れができる。

膝や足が痛いからと言って引きこもりになっている。つい数日前には体調は絶好調、怖いものなしだったのに、いつものようにスクワットをやって「あともう少し」と欲張ったら途端に左足に痛みが走りリハビリの真っ只中。これだから私はだめなのよと、新年早々反省ばかり。

その痛みはいつものと少し違って、いきなりなんの前触れもなく起こるようになってしまった。商店街に買い物に行ってなにかの拍子にか自分にはわからないけれど、いきなり痛みで足を地面につけることもできない。おやおや、人混みの中で電信柱につかまって痛みが去るのを待つ。人が見たら電信柱が好きな人と思われそう。ほんの数十秒で痛みはあっけなく去ってゆく。何だこりゃ?

自己観察によればどうやら左足に体重がかかリすぎると起こるようだ。だからといって階段は登ったら降りないと家に帰れない。可愛くも怖い猫が二匹待っているから一刻も早く帰りたい。乱暴だけど痛いのを無理して歩き出す。でもその痛みは今までのものは少し違って、足ごと動かなくなってしまう。我慢するとかいうものではなく、機能が麻痺したようになる。

お正月二日目から、毎年箱根駅伝を見る。今年は青山学院大がすごい山の神を見せてくれた。なぜ人が走っているだけでこれほど面白いのかわからないけれど、様々な葛藤や駆け引きなどの面白さ、心理状態までが読み取れる。このように走るだけのために膨大な時間と労力を費やす。最後には見ているだけで感動の涙を流したり、不思議だなあ。温かい部屋でみかんを剥きながら安穏として涙もあったものではないのに。

見ていると随分以前とは走りのフォームが変わってきているようだ。私は自分でめったに走らないし嫌いだし。でも昔のマラソンは随分無駄な動きが多かったような気がする。その当時は正しいと思われたことが技術や考えが整理され、どんどんスマートになったのではと、素人考えですが。走者を見ていると無駄のない動きで、とてもスッキリ見える。本当は死ぬほどきついと思われるのに外見は、あまり苦労していないように見える。呼吸法なども改善されたのかな?それにしてもよくやるなあ。

昔の解説では「腕が振れていませんね」などと言ってなかった?今ほとんど腕は自然に揺れている。腕を力強く振ればその分エネルギーが無駄に使われるのでは?と、これも素人考えですが。給水もしっかりする。以前山登りで早稲田の選手が給水不足で失速して、気を失うという恐ろしい場面をみて、本当に可哀想だった。左右に体を揺らして朦朧としていた。あれは監督のミスでもあったと思うけど。それ以前には運動の最中は水を飲むなという考えもあったらしい。

それで何を書こうと思ったかというと、食べ過ぎとマラソン見すぎて何時間もテレビに釘付けの結果、足のリハビリも忘れ、せっかくの筋力の蓄積が無駄になった。恐ろしいのはほんの少しサボっても、高齢者にとっては命がけ。入浴後バスタブから出ようと思ったら出られない。足が持ち上がらなくて。無理に力んだらツルッと滑って・・想像したくもない姿になった。思い切り頭を浴槽のヘリに打ち付けたのだった。

救急車を呼ぶべきか・・・しばらくしてなんとか起き上がり、良い方の右足で踏ん張って脱出。もっと思慮深ければゆっくりと考えて出られたものを。めったにパニックにならない性格なのに、ただ一人夜中に助けてくれる人もいないというので多少慌てていたらしい。こういうときのためにこそ老後の準備をしていたのに、馬鹿だなあ。

先日も痛い方の左足から出ようとして出られずやはりパニクってしまった。その話を友人たちにしたら、お風呂に限らず家の中でもなるべくスマホを持っていなさいと助言された。私はそのためにセコムと契約しているのに。セコムの非常用の小さな警報ベルがある。それを使えばすぐに駆けつけてくれるのだ。事務所と自宅が近いので、それこそあっという間に駆けつけてくれる。今まで寝室においてあった警報機をお風呂場に移しておこうと思う。合鍵もあるから家に入ってきて救助してもらえる。

北軽井沢の別荘地の管理事務所の女性も山の中で一人暮らし。彼女はウッドデッキの古い板を踏み抜いて右足の付け根まですっぽりと下に抜けてしまった。すぐさま足を引き抜いたけれど、引いたあとにみるみる足が腫れていったという。もしすぐに抜けなかったなら、ベランダで死ぬところだった。それ以後彼女も家にいてもスマホを離さないという。

一人暮らしは呑気でいいけれど、危険の管理だけは怠らないように。でないと周りに大いに面倒かける。それは嫌と言うほどわかっているから準備怠らないと思っていたけれど、いざというとわからないものです。危険を回避するのは自分で、常に冷静でいることが必要なのです。

それ以外は本当にのんびりとしたお正月だった。頭のコブ以外はね。でもすごい治癒力でコブはもう半分になりました。ご心配なく。































2026年1月2日金曜日

ウイーンフィル、ニューイヤーコンサート

元日のよる、恒例のニューイヤーコンサートを見た。すっかり忘れていたので気がついてチャンネルを変えたのが後半だった。

最近のニューイヤーコンサートはウイーンフィルのメンバーもすごく若返って、もう私たち世代の人はいない。昔はかなり高齢者がゆったりと座ってニコニコ演奏していると思っていたけれど、あれは私が若かったのでそう見えたというだけだったのかしら。今回も学校出たて?というほど若い人たちに見えるけれど、皆さんもうベテランなんでしょうね。

一番の変化は演奏者たちの態度。昔のニューイヤーコンサとといえば、聴衆よりも指揮者よりも何よりも演奏者たちが楽しんでいるという感想だった。ニコニコして白髪の方たちが大喜びで弾いているというような。指揮者も心得たもので、時には演奏者に任せて踊っているというような。

最近は姿勢の良い模範的な若者が一音たりともおろそかにせず、きちんと弾いているという演奏。昔だって決していい加減な演奏ではなかったけれど、本人たちが揺れ動いてまるで踊ってでもいそうな感じがした。ときにはお腹の中でワッハッハと笑ってでもいそうに。少なくともボスコフスキーなどは指揮者がそんなにふざけてどうすると思っていると、演奏者も悪乗りして大騒ぎ。でも今や世界中に発信される世界的規模になってしまい、おふざけは禁止なのだろうと少し気の毒なような。

これは人類の進化につながるのか。お行儀良いというのはオケマンではありえないとおもっていたけれど、私が特殊すぎたのかしら。なにかしらおいたをするのが彼らだったから。

指揮者の故秋山和慶さんなどは典型的ないたずらっ子だった。あの白髪の端正なお顔からは想像もつかないびっくりな。私たちはその犠牲者で、真面目なお顔でふざけるから観客にはわからない。ステージで笑うという不謹慎な我々が悪者になった。私は特に笑い上戸でもう一度笑うと止まらない。本当に困らせられた。

「チェロと私」という本を書いたチェリストのピアティゴルスキーも、とんでもないいたずらをしたことを本の中で告白している。この本はもう絶版だから高い値段で買わなければならないけれど、抱腹絶倒ですぞ。

ウイーンのオペラ座でもわがままなプリマドンナと裏方さんの攻防戦などなど、音楽界は常に冗談と笑いに満ちた世界だったけれど、今や皆さん優等生?まだ片鱗は残っているかな。

そのウイーンフィルのニューイヤーコンサートを見ていたら観客席に知り合いを見つけた。休憩中?左右が空席でなにやら周りを見回している女性が一人。どことなくあたりを見回している様子が写った。やや!軽井沢のY子さんではないか。セレブであるとは知っているが、あんないい席で。撮られているとは知らず笑顔ではないからご忠告申し上げた。

私が掃除も行き届かない散らかった部屋で一人、残り物のきのこ汁をすすり冷凍のパンにチーズを載せて食べているというのに。しかも、まさか人違いと思ったので先程送られてきたウイーンの写真と比べてみても服装からして本人に間違いない。

早速ライン。誰も見ていないところでもあくびをせず作り笑いをしなさいとご忠告。しかし誰とも話していないのに笑っているのは危険かも。彼女もわかってるさ、私の忠告だけはきくな、と。彼女の名誉のために言うけれど、実際はあくびはしていません。それはウイーンフィルのためでもある。ウイーンフィルの演奏が退屈だったのかと思われかねない。

実は私は生のウイーンフィルはたった一度、ウイーンに行ったときに聞いただけ。その後ウイーンへは二回行ったけれど、演奏会に行かずスペイン乗馬学校に行ってしまったので、音楽より馬かよと言われそう。











あけましておめでとうございます

どうやら世界一つまらないこのブログにお目を通してくださる皆様。本当に私事ばかりのこんなつまらないぐちにお付き合いくださる皆様、あけましておめでとうございます。

昨年までの私とは決別しようと気を確かに持って生きていこうとは思っても、人間なかなか思うようにはいきません。しかし気持ちを切り替えて新しい年を迎えた今、人生が変わっていくのを感じています。

何かが変わる、こんな年令になっても周り中面白いことだらけ。今までは体が丈夫だったせいで、世界を飛び回ることばかり考えていた。旧友が去年、ギリシャに行ったときに「nekotamaさんをお誘いしたかったのよ。でも専門的な研究者たちの集まりだったからお誘いできなかった。この次はぜひ」と言われて「本当に誘ってね」といったけれど、よく考えたら猫をおいていけないのでどうしましょう。しかも足に故障があって。

ギリシャでは神話の世界などの現地調査、専門家のレクチャーなどが受けられたというけれど、多分一緒に行ってもちんぷんかんぷんで、足を傷めてお荷物になったはず。昔ホメロスなどをかじろうと思ったけれど、最初のページでギブアップ。私はやはり夏目漱石の「道草」あたりが一番性に合う。

お正月というのはどうやら時間が特別な動きをするらしい。年が明けたと思ったらもう一日何もせずにいてもゆるゆると一日が過ぎてしまった。

つい数年前まで超絶仕事人間だった私の時間は一時期止まってしまっていたけれど、ここから少しずつ変化していく予感がしている。今年も独りぼっちのお正月。でも元日に友人が来てコップの底に1センチくらいの日本酒を飲んで二人でニコニコしてしばらくいい気分になった。最近めっきりアルコールに弱くなり、普段はほとんど飲めないけれど、お酒自体が嫌いではないので、これで酔えるなら超安上がり。

友人が帰ったあと、まだ3時頃なのに眠くなって横になったら、目が醒めたのはなんと夕方というより夜の8時。そこからゆるゆると時間が進み、今、日付が変わった。

本当にお正月の時間ってどうなっているのかしら。

どうぞ本年もよろしくおねがいします。皆様に素敵な年をお届けできるといいのですが、なにぶん貧乏で性格が悪い私では御期待に添えそうもありません。面白いもので意地悪な私の周りには優しい人がたくさんいて、手を差し伸べてくださる。ものの凹凸には「割れ鍋に綴じ蓋」的な法則でもあるのか、友人たちの優しさに支えられて、今の私はやっと立っているのです。自分も誰かしら支えてはいきたいけれど、私の性格の悪さに断られてしまう。ただただ、お世話になるばかりの私の本質は猫。

そろそろ化け猫になるほど年を重ねてきたので、私をいじめると化けて出ますわよ、これが新年のメッセージです。早々にジャブを繰り出しておきます。