毎年我が家では遊ぶ仲間「雪雀連」の花見が催される。
うちの職業は飲み屋では無いけれど、我が家の前は桜並木。
川岸の両側に桜が咲くと、それはそれはきれい。
だから、毎年私の不味い料理と毒入りのお酒でもてなしても、常連さんはせっせとやってくる。
花は咲いても咲かなくても、元々それが目当てではない連中だから、お酒さえあれば良いのだが、やはり咲いていると気分が違う。
毎年天気予報と桜の開花宣言を元に日を決める。
今年は開花が早いというから、本当は今日(3月27日)にする予定だった。
それが、会長が珍しく書き間違え?
この連の中で、唯一まともな脳みその持ち主である会長が、諸般の事情で東京~軽井沢を行ったり来たり、たいそう忙しくなって、珍しく思い違いをしたらしい。
4月3日と皆さんに案内状を出した。
しかも時間はPM11:00
夜桜にしても遅すぎる。
ところが、ご本人は今日のつもりで電話があって「どうする?」「は、なにか?」「お花見」「いや、会長から4月3日とお知らせがあったから」「あれ、そうだったっけ、僕は27日だと思っていた」
メンバーはみな4月3日と思っていて、今から訂正しても予定が入ってしまっているだろうから3日にしましょう、ということで3日に決定。
でも、結果としてこれが正解でした。
うちの(?)桜はまだまだ咲かない。
一分咲きとも言えないくらい。
僅かに数個の花が咲いている。
来週はきっと満開で、盛り上がることを期待している。
時間の間違いに戸惑う人達は、一体何時に行けばいいのと訊いてくる。
それでメールアドレスを知っている人達にはメールで、他の人達にはハガキでお知らせ。
午後2時からです。
メールを送る際一斉送信にしたら返信があって、北海道でさんざん遊んで美味しい物を食べた人からの返信が、全員に行き渡った。
蟹だの柳葉魚だのの字が躍っている。
それを読んだ人達から、電話やメールが入って、ねえ、北海道の美味しいものが出るの?
対応に苦労した。
うちではそんな贅沢は出来ませんよ。
期待しないで!
とにかく花はたぶん満開ドンピシャリ。
今年も大正解!
2016年3月26日土曜日
研究会
生真面目なピアニスト達のパワーに取り込まれて、この怠惰な私まで勉強会に参加することになった。
最初は一ヶ月に一度で、追いまくられていた。
最近はさすがのピアニストたちもやや息切れがしてきて、2ヶ月おきくらいに回数が減ってきたので、一息つけるようになった。
今回は演奏者がいつもより2人少なくて、ソプラノのMさん、ヴァイオリンは私、ピアノはSさんと当日の部屋主のNさんの4人で演奏。
グランドピアノが2台入ってもなお有り余るほどの広いレッスン室。
去年はちょうど庭の桜が咲いていて、2階でお花見をしたっけ。
今年はまだ桜が咲かない。
終ってからファミレスに移動、歳をとっていかに自分がアホになったかの話題で盛り上がる。
私の眼鏡談義のあとバッグを探すと、さっきまでNさんの家でかけていた眼鏡が消えていた。
もう、早速。
さっきは確かに眼鏡を使っていたのだから、Nさんの家に置いてきたことは間違いない。
食事を終えてから、Nさんの家にもう一度戻って探すと、私の眼鏡は見付からないようにクッションの下に隠れていた。
そんなに私が嫌いなら置いてくよ・・・と言ったら・・・いえ、そんなことありません、だいたいアナタが私をこんな所に置き去りにしたのじゃありませんか・・・と言うから連れて帰った。
今回のプログラムはソプラノ独唱から始まった。
アポリネールの詩によるフランス歌曲。
フランス語の響きはうつくしいけれど全く分からないから、詩の内容はMさんが持ってきてくれた解説書を頼る。
フランス歌曲と言えば、往年の名歌手ジェラール・スゼーなどはよく聴きに行ったものだった。
本当に柔らかい素敵な声で、ビロードの艶。
しかし、ドイツリートの「冬の旅は」いただけなかった。
これほどの歌手でも、言葉の違いは壁になるのかと思った。
2番目はSさんと私で、バッハのヴァイオリンとピアノのためのソナタ。
バッハの無伴奏ソナタとは別に、ピアノ(チェンバロ)と一緒のソナタが6曲ある。
その3番目のソナタが私は殊の外好きで、バッハの整然とした音型の中に迸るような情熱を感じる。
一気に4楽章まで弾き終えると、息切れがした。
この曲は6月にコンサートの最初に弾く。
それを思ってひどく緊張した。
最後に家主さんのNさんはなんと、ラフマニノフのピアノ協奏曲。
ピアノ伴奏はSさん。
グランドピアノ2台が鳴り響く。
私たちヴァイオリン弾きは、ピアノの圧倒的な音量に圧倒される。
1人でオーケストラ分の響きが出せる楽器が2台で鳴ると、もうごめんなさい!
私が悪うございましたと言いたくなるのだ。
もうイヤだの身体が言うこと聞かないだの言いながら、こんな大曲に挑戦するとは、呆れたものだ。
この人達普通ではない。
こんな友人達に囲まれて私は恐怖を感じるけれど、こんなに幸せなことは滅多にあるものではない。
お互い切磋琢磨もいいけれど、一体いつになったら弾くのをやめさせてもらえるの?
最初は一ヶ月に一度で、追いまくられていた。
最近はさすがのピアニストたちもやや息切れがしてきて、2ヶ月おきくらいに回数が減ってきたので、一息つけるようになった。
今回は演奏者がいつもより2人少なくて、ソプラノのMさん、ヴァイオリンは私、ピアノはSさんと当日の部屋主のNさんの4人で演奏。
グランドピアノが2台入ってもなお有り余るほどの広いレッスン室。
去年はちょうど庭の桜が咲いていて、2階でお花見をしたっけ。
今年はまだ桜が咲かない。
終ってからファミレスに移動、歳をとっていかに自分がアホになったかの話題で盛り上がる。
私の眼鏡談義のあとバッグを探すと、さっきまでNさんの家でかけていた眼鏡が消えていた。
もう、早速。
さっきは確かに眼鏡を使っていたのだから、Nさんの家に置いてきたことは間違いない。
食事を終えてから、Nさんの家にもう一度戻って探すと、私の眼鏡は見付からないようにクッションの下に隠れていた。
そんなに私が嫌いなら置いてくよ・・・と言ったら・・・いえ、そんなことありません、だいたいアナタが私をこんな所に置き去りにしたのじゃありませんか・・・と言うから連れて帰った。
今回のプログラムはソプラノ独唱から始まった。
アポリネールの詩によるフランス歌曲。
フランス語の響きはうつくしいけれど全く分からないから、詩の内容はMさんが持ってきてくれた解説書を頼る。
フランス歌曲と言えば、往年の名歌手ジェラール・スゼーなどはよく聴きに行ったものだった。
本当に柔らかい素敵な声で、ビロードの艶。
しかし、ドイツリートの「冬の旅は」いただけなかった。
これほどの歌手でも、言葉の違いは壁になるのかと思った。
2番目はSさんと私で、バッハのヴァイオリンとピアノのためのソナタ。
バッハの無伴奏ソナタとは別に、ピアノ(チェンバロ)と一緒のソナタが6曲ある。
その3番目のソナタが私は殊の外好きで、バッハの整然とした音型の中に迸るような情熱を感じる。
一気に4楽章まで弾き終えると、息切れがした。
この曲は6月にコンサートの最初に弾く。
それを思ってひどく緊張した。
最後に家主さんのNさんはなんと、ラフマニノフのピアノ協奏曲。
ピアノ伴奏はSさん。
グランドピアノ2台が鳴り響く。
私たちヴァイオリン弾きは、ピアノの圧倒的な音量に圧倒される。
1人でオーケストラ分の響きが出せる楽器が2台で鳴ると、もうごめんなさい!
私が悪うございましたと言いたくなるのだ。
もうイヤだの身体が言うこと聞かないだの言いながら、こんな大曲に挑戦するとは、呆れたものだ。
この人達普通ではない。
こんな友人達に囲まれて私は恐怖を感じるけれど、こんなに幸せなことは滅多にあるものではない。
お互い切磋琢磨もいいけれど、一体いつになったら弾くのをやめさせてもらえるの?
2016年3月24日木曜日
オー脳!
楽譜を読むのに、眼鏡は絶対必要アイテム。
最近は、殆ど裸眼ではどんな物も見えなくなってきた。
元々1.2の視力を持っていたので老眼になるのは早いと思っていたけれど、かなり遅くまで眼鏡無しでいられた。
ところが、年齢が高くなってからの仕事がハードだったので、老眼になってからは一瀉千里。
あれよあれよと言う間に見えにくくなり、今や眼鏡無しでの読書、譜読みは不可能になった。
それで眼鏡には、たいそうお金をかけて良い物を作っていた。
ステージに立つのだからなるべく美しいフレームを、暗いところで楽譜が読めるように明るいレンズをと贅沢を言っていたら、えらく高価になるけれど、そんな物なのだと思っていた。
ところが老眼が進むにつれて老脳も進みはじめ、眼鏡をなくすことしきり。
最近は立て続けに二つの眼鏡が消えた。
私の脳は、一度に一つのことしか考えられない。
コンサートが始まれば、演奏のことしか関心が無くなる。
その間眼鏡はその辺にころがされて、置き忘れられてしまう。
その度に眼鏡を作り直すのが大変で、眼鏡やさんで検眼、あるいは眼科医で処方箋をもらってはの繰り返し。
眼鏡やさんでは1週間くらい待たされてようやく出来上がるので、今日明日にでも使いたい場合に備えて、安い眼鏡の買い置きをした。
眼鏡は高い物という先入観があったけれど、先日そんな事を嘆いていたら、ヴィオリストのFさんが眼鏡やさんを教えてくれた。
最近流行の眼鏡やさん?
私は世の中の動きに疎いけれど、Fさんは最先端を行く人だから、いつも格好良い眼鏡をかけている。
仕事の帰りの車でその話をすると、運転していたチェリストのSさんが、スマホで店の場所を調べてくれた。
うちの近くに店があった。
すぐにその店に行ってみた。
沢山のフレームの中からささっと選んでレジにもっていくと、早速検眼をしてくれる。
手際の良い若い女店員で、すぐに終了。
その間10分もかからない。
いつもの眼鏡やさんだと、何回も検眼やレンズ合わせを繰り返し、その割にはちっともぴたりとこない。
これは迅速でありがたい。
出来上りは30分後といわれて、びっくり。
指定の時間に行くと、もう出来上がっていた。
軽くて壊れにくいフレーム、しかも超安価!
一体今までの眼鏡にかけたお金は、なんだったのかしら。
ちょっと強めと少し弱めと二つ作ってもらったのに、今までの眼鏡の10分の1ほどの値段。
難を言えば、自分で選んだのだからしかたがないが、幅の狭いフレームが気になるかな。
これも馴れれば大丈夫。
しかも見えすぎるくらい見えて頭がクラクラするけれど、度は進むから、3年くらいは保つかな。
それも私の脳みそが、その間ちゃんとしていたらの話し。
眼鏡の識別も出来なくなっているかも知れないし、こんな家はイヤ!と行って眼鏡が家出しないともかぎらないから、その辺の心配はしないことにした。
老眼は眼鏡でカバーできるけど、老脳はどうする?
最近は、殆ど裸眼ではどんな物も見えなくなってきた。
元々1.2の視力を持っていたので老眼になるのは早いと思っていたけれど、かなり遅くまで眼鏡無しでいられた。
ところが、年齢が高くなってからの仕事がハードだったので、老眼になってからは一瀉千里。
あれよあれよと言う間に見えにくくなり、今や眼鏡無しでの読書、譜読みは不可能になった。
それで眼鏡には、たいそうお金をかけて良い物を作っていた。
ステージに立つのだからなるべく美しいフレームを、暗いところで楽譜が読めるように明るいレンズをと贅沢を言っていたら、えらく高価になるけれど、そんな物なのだと思っていた。
ところが老眼が進むにつれて老脳も進みはじめ、眼鏡をなくすことしきり。
最近は立て続けに二つの眼鏡が消えた。
私の脳は、一度に一つのことしか考えられない。
コンサートが始まれば、演奏のことしか関心が無くなる。
その間眼鏡はその辺にころがされて、置き忘れられてしまう。
その度に眼鏡を作り直すのが大変で、眼鏡やさんで検眼、あるいは眼科医で処方箋をもらってはの繰り返し。
眼鏡やさんでは1週間くらい待たされてようやく出来上がるので、今日明日にでも使いたい場合に備えて、安い眼鏡の買い置きをした。
眼鏡は高い物という先入観があったけれど、先日そんな事を嘆いていたら、ヴィオリストのFさんが眼鏡やさんを教えてくれた。
最近流行の眼鏡やさん?
私は世の中の動きに疎いけれど、Fさんは最先端を行く人だから、いつも格好良い眼鏡をかけている。
仕事の帰りの車でその話をすると、運転していたチェリストのSさんが、スマホで店の場所を調べてくれた。
うちの近くに店があった。
すぐにその店に行ってみた。
沢山のフレームの中からささっと選んでレジにもっていくと、早速検眼をしてくれる。
手際の良い若い女店員で、すぐに終了。
その間10分もかからない。
いつもの眼鏡やさんだと、何回も検眼やレンズ合わせを繰り返し、その割にはちっともぴたりとこない。
これは迅速でありがたい。
出来上りは30分後といわれて、びっくり。
指定の時間に行くと、もう出来上がっていた。
軽くて壊れにくいフレーム、しかも超安価!
一体今までの眼鏡にかけたお金は、なんだったのかしら。
ちょっと強めと少し弱めと二つ作ってもらったのに、今までの眼鏡の10分の1ほどの値段。
難を言えば、自分で選んだのだからしかたがないが、幅の狭いフレームが気になるかな。
これも馴れれば大丈夫。
しかも見えすぎるくらい見えて頭がクラクラするけれど、度は進むから、3年くらいは保つかな。
それも私の脳みそが、その間ちゃんとしていたらの話し。
眼鏡の識別も出来なくなっているかも知れないし、こんな家はイヤ!と行って眼鏡が家出しないともかぎらないから、その辺の心配はしないことにした。
老眼は眼鏡でカバーできるけど、老脳はどうする?
2016年3月21日月曜日
カッフン!!
花粉の季節、症状の重い人はつらい。
私もある日ある朝、布団の上に起き上がったら、鼻から透明な液体がツツーッと垂れて、え、なにこれ?と思ったのが、事の始まり。
それ以後、春先のくしゃみ、鼻水、頭痛、発熱に悩まされっぱなし。
思えばそれはその時に始まったことではなくて、たぶんもっと早い時期に予徴はあった。
私は4月生まれ。
自分の誕生日に気分が良かったためしがない。
鼻水垂らして寝込んでいるのが毎年で、そのために桜が咲くのを見逃すこともしばしば。
ある年などは、激しい喉の痛みと発熱で食事が喉を通らず、近所の内科医院に行ったら抗生物質を投与された。
けれども次の日も次の日も、症状は悪化の一途。
喉は腫れ上がり、もう呼吸困難で死ぬかと思った。
先生はアメリカのと言うより、世界の最高峰の大学の研究室で学んだ超エリート。
父親の先代先生が亡くなって急遽呼び戻され、医院を継いだ。
だから開業医の経験はなく、名医と呼ばれた先代の後を継いで、ずいぶん苦労したと思うけれど、私は殺されかけたから同情はしない。
とにかく日毎に悪くなる症状に、頭を抱えていた。
アメリカでは循環器系の研究をしていたそうで、風邪とか胃腸炎とかは専門外。
ま、気の毒と言えば気の毒だったけれど、その先生に見切りをつけたのは正解で、近くの耳鼻咽喉科で診てもらったら、あっと言う間に治ってしまった。
要するに花粉症だったらしい。
ということは毎年のように、このブログに書いている。
日曜日、所用があって、花粉症の人と京王線の某駅前で待ち合わせた。
2人ともマスクをかけて、私は帽子を着用。
これは歳を隠すにはとても重宝。
顔が全く見えなくなる。
近所の奥さんにその格好で会釈をしたら、怪訝な顔をされた。
マスクをとって「私よ」と言ったら破顔一笑「あ~ら、やだ」
以前その駅近くの整体院に、通っていたことがある。
非常に上手くて、そこで施術してもらうと翌日は、ビブラートが良くかかる。
指の1本ずつをほぐしてもらえるので。
そこの整体に初めて行った時、出てきた人を見て驚いた。
ずんぐりした体躯にひげもじゃ。
ちょっと人間離れした風貌に、玄関で引き返そうかと思ったけれど、友人の紹介だったから踏みとどまった。
そのかわり腕は本物で、しばらく通っていたけれど、家が遠いので度々は行けず、段々足が遠のいてしまった。
「初めて見た時原始人かと思った」と失礼な事を言ったら、連れが「それじゃあ、原始人同士が出会ったわけで、相手もびっくりしたでしょう」と失礼なことをぬかした。
君!花粉症なんだから大人しくしていなさい。
私もある日ある朝、布団の上に起き上がったら、鼻から透明な液体がツツーッと垂れて、え、なにこれ?と思ったのが、事の始まり。
それ以後、春先のくしゃみ、鼻水、頭痛、発熱に悩まされっぱなし。
思えばそれはその時に始まったことではなくて、たぶんもっと早い時期に予徴はあった。
私は4月生まれ。
自分の誕生日に気分が良かったためしがない。
鼻水垂らして寝込んでいるのが毎年で、そのために桜が咲くのを見逃すこともしばしば。
ある年などは、激しい喉の痛みと発熱で食事が喉を通らず、近所の内科医院に行ったら抗生物質を投与された。
けれども次の日も次の日も、症状は悪化の一途。
喉は腫れ上がり、もう呼吸困難で死ぬかと思った。
先生はアメリカのと言うより、世界の最高峰の大学の研究室で学んだ超エリート。
父親の先代先生が亡くなって急遽呼び戻され、医院を継いだ。
だから開業医の経験はなく、名医と呼ばれた先代の後を継いで、ずいぶん苦労したと思うけれど、私は殺されかけたから同情はしない。
とにかく日毎に悪くなる症状に、頭を抱えていた。
アメリカでは循環器系の研究をしていたそうで、風邪とか胃腸炎とかは専門外。
ま、気の毒と言えば気の毒だったけれど、その先生に見切りをつけたのは正解で、近くの耳鼻咽喉科で診てもらったら、あっと言う間に治ってしまった。
要するに花粉症だったらしい。
ということは毎年のように、このブログに書いている。
日曜日、所用があって、花粉症の人と京王線の某駅前で待ち合わせた。
2人ともマスクをかけて、私は帽子を着用。
これは歳を隠すにはとても重宝。
顔が全く見えなくなる。
近所の奥さんにその格好で会釈をしたら、怪訝な顔をされた。
マスクをとって「私よ」と言ったら破顔一笑「あ~ら、やだ」
以前その駅近くの整体院に、通っていたことがある。
非常に上手くて、そこで施術してもらうと翌日は、ビブラートが良くかかる。
指の1本ずつをほぐしてもらえるので。
そこの整体に初めて行った時、出てきた人を見て驚いた。
ずんぐりした体躯にひげもじゃ。
ちょっと人間離れした風貌に、玄関で引き返そうかと思ったけれど、友人の紹介だったから踏みとどまった。
そのかわり腕は本物で、しばらく通っていたけれど、家が遠いので度々は行けず、段々足が遠のいてしまった。
「初めて見た時原始人かと思った」と失礼な事を言ったら、連れが「それじゃあ、原始人同士が出会ったわけで、相手もびっくりしたでしょう」と失礼なことをぬかした。
君!花粉症なんだから大人しくしていなさい。
2016年3月18日金曜日
東京文化会館小ホール
いつも満員の盛況で、本当に感謝しています。
聴いて下さった方々に御礼申し上げます。
客席がガラガラだと寂しくて、ステージの上に居ないで客席に回りたくなる。
満員のお客様だと「よっしゃ!」と気合いが入る。
「よっしゃ」で思い出したけれど、仕事仲間たちとワイワイやっている時のはなし。
世界3大「シャ」はだ~れだ?
「シャのつく人?」
答え・・・ヤッシャ・ハイフェッツ
ミッシャ・エルマン
ヨッシャ・角栄?こんなヴァイオリニストいた?
ガクタイはこんな他愛もない冗談が好き。
さて、今回の定期演奏会のテーマは、共演が楽しい協奏曲。
トレッリの「2つのヴァイオリンの協奏曲」から始まった。
初っ端の音を出すのはnekotamaこと私。
その怖さはここ数ヶ月いつも頭の片隅から離れなかった。
満員の客席に向かって、たった1人で音を出す。
自分1人のリサイタルならそんなことは当たり前だが、合奏団の最初の音を自分が担っていると思うと、そのプレッシャーは相当なものだった。
コンサートの最初の音は、その後の印象にも影響すると思うので、本当に苦労する。
本番前の舞台での練習の時、空っぽの客席を見たら、いつもよりずっと小さく見えた。
よし、これはいける!
少し安心。
この最初の音のためにどれだけ苦労したことか。
楽譜は易しい。
ファーストポジションの1番響くA音から出るので、楽に音は出る。
普段ならなんともない音。
しかも1人でいるのはたった1小節。
すぐにもう一つのヴァイオリンが入ってくる。
その単純なことを、どれだけ楽しく聴かせられるかが勝負の為所。
反って複雑な難しい音型の方が易しい。
簡単な音型を、いかに印象的に出来るかが勝負。
私が中学生の頃、横浜県立音楽堂で聴いたレオニード・コーガンのプロコフィエフ「ソナタ2番」
最初の音で鳥肌がたった。
この世のものとは思えない美しさだった。
それ以来、最初の音がどれほど重要かと考えるようになった。
シェリングのバッハ・・・この最初の音も考えられないほどの衝撃だった。
わが「古典」で言えば、サントリーホールでのコンサート。
超満員で2000人に迫る聴衆の前での最初の音。
自画自賛かもしれないけれど、良かったような気がする。
私はあまりにも大勢のお客様で、嬉しくてたまらなかったので、張り切って音を出した。
ヒット!と思ったけれど、私の思い違いでないと嬉しい。
私はこれでしばらく古典のソロはないけれど、来年秋の定期公演でバッハ「ブランデンブルク協奏曲4番」のソロを受け持つ。
これはけっこうな難曲で、その時には複雑だから難しいと、泣き言を言うつもり。
人間はどこまでも、自己本位の展開をするかの見本。
要するにどんな曲でも私にとっては難しいのだ。
バッハのブランデン4番は非常に速いパッセージが続ので、練習の時にはどこまで限界に挑戦できるか、その楽しみがある。
聴いている仲間達はハラハラしているに違いない。
それでも私は走りたい。
この数年どんどん歳を重ね、歳相応の身体の変化もあって、いつまで弾けるのか見当もつかない。
それでも聴いてくださる人達がいる限り、私たちは頑張れる。
聴いて下さった方々に御礼申し上げます。
客席がガラガラだと寂しくて、ステージの上に居ないで客席に回りたくなる。
満員のお客様だと「よっしゃ!」と気合いが入る。
「よっしゃ」で思い出したけれど、仕事仲間たちとワイワイやっている時のはなし。
世界3大「シャ」はだ~れだ?
「シャのつく人?」
答え・・・ヤッシャ・ハイフェッツ
ミッシャ・エルマン
ヨッシャ・角栄?こんなヴァイオリニストいた?
ガクタイはこんな他愛もない冗談が好き。
さて、今回の定期演奏会のテーマは、共演が楽しい協奏曲。
トレッリの「2つのヴァイオリンの協奏曲」から始まった。
初っ端の音を出すのはnekotamaこと私。
その怖さはここ数ヶ月いつも頭の片隅から離れなかった。
満員の客席に向かって、たった1人で音を出す。
自分1人のリサイタルならそんなことは当たり前だが、合奏団の最初の音を自分が担っていると思うと、そのプレッシャーは相当なものだった。
コンサートの最初の音は、その後の印象にも影響すると思うので、本当に苦労する。
本番前の舞台での練習の時、空っぽの客席を見たら、いつもよりずっと小さく見えた。
よし、これはいける!
少し安心。
この最初の音のためにどれだけ苦労したことか。
楽譜は易しい。
ファーストポジションの1番響くA音から出るので、楽に音は出る。
普段ならなんともない音。
しかも1人でいるのはたった1小節。
すぐにもう一つのヴァイオリンが入ってくる。
その単純なことを、どれだけ楽しく聴かせられるかが勝負の為所。
反って複雑な難しい音型の方が易しい。
簡単な音型を、いかに印象的に出来るかが勝負。
私が中学生の頃、横浜県立音楽堂で聴いたレオニード・コーガンのプロコフィエフ「ソナタ2番」
最初の音で鳥肌がたった。
この世のものとは思えない美しさだった。
それ以来、最初の音がどれほど重要かと考えるようになった。
シェリングのバッハ・・・この最初の音も考えられないほどの衝撃だった。
わが「古典」で言えば、サントリーホールでのコンサート。
超満員で2000人に迫る聴衆の前での最初の音。
自画自賛かもしれないけれど、良かったような気がする。
私はあまりにも大勢のお客様で、嬉しくてたまらなかったので、張り切って音を出した。
ヒット!と思ったけれど、私の思い違いでないと嬉しい。
私はこれでしばらく古典のソロはないけれど、来年秋の定期公演でバッハ「ブランデンブルク協奏曲4番」のソロを受け持つ。
これはけっこうな難曲で、その時には複雑だから難しいと、泣き言を言うつもり。
人間はどこまでも、自己本位の展開をするかの見本。
要するにどんな曲でも私にとっては難しいのだ。
バッハのブランデン4番は非常に速いパッセージが続ので、練習の時にはどこまで限界に挑戦できるか、その楽しみがある。
聴いている仲間達はハラハラしているに違いない。
それでも私は走りたい。
この数年どんどん歳を重ね、歳相応の身体の変化もあって、いつまで弾けるのか見当もつかない。
それでも聴いてくださる人達がいる限り、私たちは頑張れる。
2016年3月17日木曜日
ノラの生活は厳しいにゃん
昨日の朝、ノラ食堂に朝食をもっていったら、なんだか閑散としている。
ミッケが力なくにゃあと鳴いた。
いつもお腹を空かせて飛び跳ねているチャイロンも来ていない。
物置のノラボスの寝室を覗いたら、なんだシロリンが段ボールの中にいるではないか。
なんで出てこないのかしら。
シロリン!と呼びかけたらか細い声で返事をした。
どこかで朝食は済ませてきたのね。
他の家にも保険がかけてあって、私の所でもらえないときにはそちらに行くらしい。
時々満腹の状態で、我が家の餌には申し訳程度に口をつけることがあるので、さして気にもとめなかった。
昨日のご飯は殆ど手つかず。
うちだってそんなに裕福ではないから、いらないときには「いらにゃい」といってよね、こんな残して勿体ないじゃ無い。
(`ヘ´) プンプン。
そんなわけで今朝はご飯少なめ。
二つの容器に缶詰半分ずつ。
シロリンが現れたのを見てびっくり。
顔の半分が腫れ上がって血だらけ。
そうか、他のノラとの壮絶な戦いがあったのか。
自分の縄張りを守るために闘ったのね。
時々アメリカンショートヘアが様子を見に来ている。
もしや、あの猫と?
見事縄張りを守って今朝はミッケ、チャイロン、シロリン3匹でムシャムシャ朝食を食べている。
追加のごはんを作って持っていった。
シロリンはもう相当な歳だと思う。
立派な雄猫として近隣に君臨してきたけれど、そろそろ限界じゃない?
最近は手を出しても怒らない。
撫でてもシャーッと言わなくなった。
養老院のご用意は出来ていますよ。
いつでもどうぞ。
でもノラは最後までノラを全うするようだ。
以前毎日通ってきていたノラが、暫く姿を見せなくなって、最後にヨロヨロとやってきた。
私の車のボンネットに乗って、じっとこちらを見ていた。
餌は少し食べたけれど、間もなく食べられなくなった。
手を出すと引っ掻く猫だったけれど、初めて撫でさせてくれた。
それで段ボールに入れて保護して、建物の中に入れたけれど、必死で脱走してしまった。
暖かくしてノラ生活の最後を安楽にさせてあげたかったけれど、やはりノラはノラ。
1番心安まるのは自分のフィールドなんだと思った。
最後に私に挨拶に来てくれたらしい。
哀れなのか、自由で羨ましいのか、よくわからない。
ミッケのように自分からノラになる猫もいる。
飼い主が迎えに来ても知らんぷり。
ミッケももうずいぶんな歳になる。
最後はうちにきて、暖かく安全に暮したらいいのにと思うけれど、無理なのかなあ。
ミッケが力なくにゃあと鳴いた。
いつもお腹を空かせて飛び跳ねているチャイロンも来ていない。
物置のノラボスの寝室を覗いたら、なんだシロリンが段ボールの中にいるではないか。
なんで出てこないのかしら。
シロリン!と呼びかけたらか細い声で返事をした。
どこかで朝食は済ませてきたのね。
他の家にも保険がかけてあって、私の所でもらえないときにはそちらに行くらしい。
時々満腹の状態で、我が家の餌には申し訳程度に口をつけることがあるので、さして気にもとめなかった。
昨日のご飯は殆ど手つかず。
うちだってそんなに裕福ではないから、いらないときには「いらにゃい」といってよね、こんな残して勿体ないじゃ無い。
(`ヘ´) プンプン。
そんなわけで今朝はご飯少なめ。
二つの容器に缶詰半分ずつ。
シロリンが現れたのを見てびっくり。
顔の半分が腫れ上がって血だらけ。
そうか、他のノラとの壮絶な戦いがあったのか。
自分の縄張りを守るために闘ったのね。
時々アメリカンショートヘアが様子を見に来ている。
もしや、あの猫と?
見事縄張りを守って今朝はミッケ、チャイロン、シロリン3匹でムシャムシャ朝食を食べている。
追加のごはんを作って持っていった。
シロリンはもう相当な歳だと思う。
立派な雄猫として近隣に君臨してきたけれど、そろそろ限界じゃない?
最近は手を出しても怒らない。
撫でてもシャーッと言わなくなった。
養老院のご用意は出来ていますよ。
いつでもどうぞ。
でもノラは最後までノラを全うするようだ。
以前毎日通ってきていたノラが、暫く姿を見せなくなって、最後にヨロヨロとやってきた。
私の車のボンネットに乗って、じっとこちらを見ていた。
餌は少し食べたけれど、間もなく食べられなくなった。
手を出すと引っ掻く猫だったけれど、初めて撫でさせてくれた。
それで段ボールに入れて保護して、建物の中に入れたけれど、必死で脱走してしまった。
暖かくしてノラ生活の最後を安楽にさせてあげたかったけれど、やはりノラはノラ。
1番心安まるのは自分のフィールドなんだと思った。
最後に私に挨拶に来てくれたらしい。
哀れなのか、自由で羨ましいのか、よくわからない。
ミッケのように自分からノラになる猫もいる。
飼い主が迎えに来ても知らんぷり。
ミッケももうずいぶんな歳になる。
最後はうちにきて、暖かく安全に暮したらいいのにと思うけれど、無理なのかなあ。
2016年3月14日月曜日
チャリティーコンサート
世田谷のカトリック教会でのチャリティーコンサートは、「アンサンブルライン」の演奏で、ハイドンとヤナーチェックの弦楽四重奏曲。
ヴァイオリン 手嶋志保
ヴァイオリン 平岡陽子
ヴィオラ 東 義直
チェロ 和田夢人
ハイドンは作品54-1。
ハイドンの弦楽四重奏曲は本当に素晴らしい。
私はオーケストラ時代のコンサートマスターの鳩山寛さんと一緒に、何曲も弾かせて頂いた。
初期の作品1の3から始まって、中期あたりまで。
作品数が上がるにつれ、だんだん手がこんできて、弾くのも難しいし和声も難解になってくる。
最近遊びで弾いた作品76などは、なんだかわけが分からないうちに終ってしまった。
今回聴かせてもらった作品54-1は私は弾いた覚えがない。
たいそう難しそうだけれど、和声が弦楽四重奏の枠を越えているのではと思うくらいの重厚さで、たぶん演奏も大変難しかったのではと思うけれど、見事な響きを作って聞かせてもらったのが嬉しい。
休憩時間にヴァイオリンの手島さんとお話をしたけれど、やはり思いがけない転調が続いて大変難しかったと言う。
手島さんと以前弦楽四重奏を組んでいたヴァイオリンのYさんも聴きにみえて、本当にハイドンは素晴らしいと、3人でハイドンを讃えた。
ヤナーチェックは「内緒の手紙」という題名で、難解なと思われたけれど、すごく面白くそれぞれのパートのすごく達者な演奏をきかせてもらって、感心することしきり。
こういう曲がただ騒がしいだけに終らず、それぞれのパートが浮き出て、お見事、拍手拍手でした。
ヴァイオリニストのYさんもこの曲をこれから弾いてみたいので、今日は楽しみにしてきましたと言う。
彼も新しい弦楽四重奏団を結成して、去年コンサートに招待して頂いた。
私がオーケストラの仕事をしている頃、彼はコンサートマスターだった。
非常に繊細で隅々にまで神経の行き届いた演奏を聴いていたので、まわりのメンバーたちは彼のファンだった。
オーケストラの時にはかなり慎重だったけれど、弦楽四重奏を演奏するときには活き活きと楽しそうだった。
セカンドヴァイオリンが彼の奥さんだったからかも。
ヤナーチェックが大変面白かったので、私も弾いてみたくなった。
弦楽四重奏は長い間同じメンバーでの積み重ねが非常に大事なので、このグループが長い間培ってきたこの響きを今後も聞かせてもらうのを楽しみにしている。
このところ弦楽四重奏を弾いていないので、私の中で渇きが生じている。
アンサンブルの中で弦楽四重奏は、これほど完璧な形態は無いのではと思えるほどの魅力をもっている。
大変時間のかかる練習を繰り返して、やっと演奏会に漕ぎ着けるのだから、自分がよほど好きでないとまったく採算はとれない。
採算は金銭的な意味ではなくて、あまりにも努力をようするので、忍耐力と好きであるということがないと出来る事ではない。
同じような力量を持ち一緒に進む仲間がいなければ、長続きしない。
私も数十年間同じメンバーでずっとやってきたけれど、あるときたった一つの四分音符を巡ってチェリストと対立。
そこからメンバー崩壊したことがあって、本当に残念なことをしたと思っている。
そのメンバーで最後に弾いたのが、シューベルト「死と乙女」
春先に降った大雪の日だった。
交通マヒの中をお客さんが来てくれて、感激したのを覚えている。
だからこの曲を聴くと、当時を思い出して切なくなる。
そのチェリストとは先年再会して、彼が本当に嬉しそうに笑ってくれたのが嬉しかった。
周りでは又結成し直したらという声も上がったけれど、覆水盆に返らず。
弦楽四重奏団、新結成を考えてみようかしら。
とりあえず、今後の予定としてはピアノの芝治子さん、チェロの奈切敏郎さんと、6月12日(日)にコンサートの予定。
お暇と怖い物見たさで興味のある方は、どうぞ三軒茶屋のサロンテッセラまで足をお運び下さい。
マチネーです。
ヴァイオリン 手嶋志保
ヴァイオリン 平岡陽子
ヴィオラ 東 義直
チェロ 和田夢人
ハイドンは作品54-1。
ハイドンの弦楽四重奏曲は本当に素晴らしい。
私はオーケストラ時代のコンサートマスターの鳩山寛さんと一緒に、何曲も弾かせて頂いた。
初期の作品1の3から始まって、中期あたりまで。
作品数が上がるにつれ、だんだん手がこんできて、弾くのも難しいし和声も難解になってくる。
最近遊びで弾いた作品76などは、なんだかわけが分からないうちに終ってしまった。
今回聴かせてもらった作品54-1は私は弾いた覚えがない。
たいそう難しそうだけれど、和声が弦楽四重奏の枠を越えているのではと思うくらいの重厚さで、たぶん演奏も大変難しかったのではと思うけれど、見事な響きを作って聞かせてもらったのが嬉しい。
休憩時間にヴァイオリンの手島さんとお話をしたけれど、やはり思いがけない転調が続いて大変難しかったと言う。
手島さんと以前弦楽四重奏を組んでいたヴァイオリンのYさんも聴きにみえて、本当にハイドンは素晴らしいと、3人でハイドンを讃えた。
ヤナーチェックは「内緒の手紙」という題名で、難解なと思われたけれど、すごく面白くそれぞれのパートのすごく達者な演奏をきかせてもらって、感心することしきり。
こういう曲がただ騒がしいだけに終らず、それぞれのパートが浮き出て、お見事、拍手拍手でした。
ヴァイオリニストのYさんもこの曲をこれから弾いてみたいので、今日は楽しみにしてきましたと言う。
彼も新しい弦楽四重奏団を結成して、去年コンサートに招待して頂いた。
私がオーケストラの仕事をしている頃、彼はコンサートマスターだった。
非常に繊細で隅々にまで神経の行き届いた演奏を聴いていたので、まわりのメンバーたちは彼のファンだった。
オーケストラの時にはかなり慎重だったけれど、弦楽四重奏を演奏するときには活き活きと楽しそうだった。
セカンドヴァイオリンが彼の奥さんだったからかも。
ヤナーチェックが大変面白かったので、私も弾いてみたくなった。
弦楽四重奏は長い間同じメンバーでの積み重ねが非常に大事なので、このグループが長い間培ってきたこの響きを今後も聞かせてもらうのを楽しみにしている。
このところ弦楽四重奏を弾いていないので、私の中で渇きが生じている。
アンサンブルの中で弦楽四重奏は、これほど完璧な形態は無いのではと思えるほどの魅力をもっている。
大変時間のかかる練習を繰り返して、やっと演奏会に漕ぎ着けるのだから、自分がよほど好きでないとまったく採算はとれない。
採算は金銭的な意味ではなくて、あまりにも努力をようするので、忍耐力と好きであるということがないと出来る事ではない。
同じような力量を持ち一緒に進む仲間がいなければ、長続きしない。
私も数十年間同じメンバーでずっとやってきたけれど、あるときたった一つの四分音符を巡ってチェリストと対立。
そこからメンバー崩壊したことがあって、本当に残念なことをしたと思っている。
そのメンバーで最後に弾いたのが、シューベルト「死と乙女」
春先に降った大雪の日だった。
交通マヒの中をお客さんが来てくれて、感激したのを覚えている。
だからこの曲を聴くと、当時を思い出して切なくなる。
そのチェリストとは先年再会して、彼が本当に嬉しそうに笑ってくれたのが嬉しかった。
周りでは又結成し直したらという声も上がったけれど、覆水盆に返らず。
弦楽四重奏団、新結成を考えてみようかしら。
とりあえず、今後の予定としてはピアノの芝治子さん、チェロの奈切敏郎さんと、6月12日(日)にコンサートの予定。
お暇と怖い物見たさで興味のある方は、どうぞ三軒茶屋のサロンテッセラまで足をお運び下さい。
マチネーです。
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