2018年1月23日火曜日

雪かき

昨日朝からちらほら雪の気配。
雪が降る時は、いつもの日とは雰囲気が違う。
重く垂れ込めた雲が冷気を孕んで、やっとのことで上空に留まっている感じがする。
一つきっかけがあればすぐにでも雲は雪に変わって落ちてくる。
朝のうちに買い物を済ませてゆっくり歩きながら時々上を見上げると、降り始めてしまえばそこには軽やかな雪の乱舞。
冷たい風が心地よい。

この風を受けると私は急に元気になる。
やっと本格的な冬到来。
家に帰って時々窓の外を眺めるとどんどん降り積もって、見ているうちにどこもかしこも真っ白。
雪はどんな汚いものも無垢にしてしまう魔法のようなもの。
この雪を自分の内に入れたら、私も心が綺麗になるかしら。
雪の降る間も雀さんたちがベランダに飛んでくる。
彼らは羽毛で武装しているから、少しも寒そうではない。
野良猫たちはどうしているのかなあ。

夕飯が終わって外を覗くと、かなりの積雪。
今のうちに雪かきをしておかないと、明日の朝は玄関が凍ってしまうと思った。
スキーのヤッケとグラブ、キャスケットをかぶり足元は深い編上げのアウトドア用の靴。
何をするにも大げさな気がしたけれど、仕事は雰囲気から入らないとね。

毎年雪かきはするけれど、実を言えばしないほうが良い。
何故かと言うと、たいてい次の日は晴天で、お天道様がゆっくり溶かしてくれる。
それまで待ったほうが良いのに、嬉しくなってつい雪かきをする。
かなり強く降っているので、掻いたそばからすぐに降り積もっていく。
お向かいのご夫婦も出てきて、あちらは夜中まで楽しそうに働いていた。
私はすぐにイヤになるので、途中で諦めて、面白い雪遊びをやめた。
時々近所の人が出てきて、子供がはしゃいでいる。
そのうち若い女性が何度も行ったり来たりして、雪の中を走っている。
これはなんなんだろう。
雪道のマラソンのトレーニング?それとも単に嬉しいから?

数年前の大雪のときには、スキーの板を担いで嬉しそうに歩いて来る男性を見かけた。
「あら、スキーですか、どこで滑るの?」と訊くと「動物公園の坂道で」と答えた。
近所に小さな動物公園がある。
小高い丘の上にあって、レッサーパンダや輪尾狐猿など小さな動物がいる。
そこのスロープはなるほど丁度いいゲレンデになる。

雪国の人に言わせれば、雪なんか珍しくも降られて嬉しくもない。
都会の人にとってはワクワクすると同時に甚だ迷惑なこと。
電車は遅れ道路は渋滞。
今朝のニュースはその話でもちきり。
昼ころにはかなり日差しが強くなって、交通渋滞も解消したのだろうか。
毎年雪の季節に知らされる混乱の様子には、少しうんざり。
最近の天気予報はよくあたる。
わかっているなら、事前に対策はいくらでも出来ように。

今朝は珍しく寝坊をした。
目が醒めると明るい。
いつもは日が登る前には起きているからこれはどうした異変かと考えたら、雪かきが私にとっては重労働だったらしい。
たぶんやりなれないことをやって疲れたのかも。
たまには体を動かしてみるのも悪くない。
私は体を動かすよりも頭で考えている方が好きで、それもろくでもないことばかりだから、しょうもない。

今朝仕上げの雪かきをしていたら、通る人がお礼を言ってくれる。
「ありがとうございます」「いいえ、お気を付けて」なんて会話が。
そして昼ころには日差しのあるところはすっかり溶けてしまった。
別にしなくても良いけれど、時々近所の人と交流できるのも雪のおかげかな。



























2018年1月20日土曜日

華のある人

今日やってきたのは以前教えていた女性。
私が13年前にリサイタルをした時に聴きに来て、それ以来会うことはなかった。
つい数日前、電話がかかってきた。
明るい声で「Fです」と名乗る。
声ですぐに分かった。

最近は年賀状のやり取りのみの付き合いだったが、元気にしていると思っていた。
ある時結婚式の素敵な写真付きの年賀状。
まあ、綺麗!
でも、電話でしばらく話していたら「私離婚しました」
そうなんだ、なにが彼女にあったのか。
口調はどうも嬉しそうで、どういう経緯かは知らないが、めでたく離婚?

男性が、パワハラ、モラハラ、マザコン。
女性も自立してきたから、わりと簡単に離婚が出来る世の中になった。
昼過ぎニコニコと現れたのは、ほんの少し大人っぽくなった彼女。
一別以来、ほとんど年をとっていないような雰囲気で。
教えていた頃はまだ高校生だったからお嬢さんだったけれど、今はキャリアウーマン。
小顔で、スラリとした手足。
ヴァイオリンを背負ってきた。

よし、今日は一緒に飲もう!
ちょっとしたツマミを用意しておいたので、ワインを開けて乾杯!

タコとかぼちゃ、大根のカルパッチョ風。
スモークサーモン、生ハム、玉ねぎ、柿の前菜。
ローストビーフと生野菜。
アボカドとクリームチーズのペーストにナッツをトッピング。
去年の11月に解禁のボジョレーヌーボー。
甘いワインが好きというのでドイツの白ワイン。
ゴマとレーズンのパン2種。
冷蔵庫にあるものを寄せ集めたらこうなった。

飲みながら話していると、彼女が高校の文化祭で弦楽アンサンブルの指揮をしたことに及んだ。
Fさんともう一人、彼女の同級生のKさんにヴァイオリンを教えていた。
KさんはFさんより大柄で、目がぱっちりとしたひときわ目立つ美人だった。
それに比べてFさんは、美人ではあるけれど、ほっそりとして地味な感じ。
2人とも文化祭の花形で、交代で指揮をした。
その日私は彼女たちの高校へ行って、二人の登場ををワクワクしながら待っていた。
意外なことに、近くで見ると断然Kさんの方が目立つのに、ステージで見るFさんはそれ以上に輝いていた。
細身の彼女が大きく見えた。

私はテレビやステージの仕事が多かったので、こういう場面に度々遭遇している。
女優Nさんはカメラテストの時の素顔はなんとも生気がないのに、レンズを通すとすごくきれいなのに驚いたことがあった。
越路吹雪さんがリハーサルのときと本番では、まるで別人だったことも体験している。
華のある人というのは内部から光を放つものだと思った。
姿とか顔だけでなく、全身から発するエネルギーがオーラとなって見る人を魅了する。

Fさんのヴァイオリンは随分使っていなかったわりには、綺麗に保存されていた。
ただ最近の乾燥で弦を巻く糸巻きが緩んでしまって、音が下がる。
調弦が難しいので専門家の手入れが必要。
楽器を持ってきて「離婚したので、これからは自分の好きなことをします」と言うから又ヴァイオリンを弾いてくれるかと期待している。
教える側からすれば、せっかくこんな魅力的な楽器に出会ったのだから、生涯どんな形でもいいから弾き続けてほしいと願う。




























2018年1月17日水曜日

女子会

今年初の女子会。
12月に忘年会をやったので裏を返して新年会。
いそいそと集まる中、一人だけ忘年会、今回と風邪でダウンした人が居て少し心配。
風邪とは言うけれど、あの飲ん兵衛が飲み会を続けて2回も欠席とは・・・

年をとると愚痴や健康の心配ばかり口にする人が多い中で、このグループは集まったときには徹底して楽しく会話する。
誰が決めたわけでも無いけれど、それぞれの人の病気の治療が終わってからそのことを知る事が多い。
リーダー的存在のKさんは、ある時期急に音信不通となった。
誰に訊いても彼女の所在がわからない。
1年が過ぎ、誰もが心配していたらひょっこりと姿を現した。
実は病気の治療をしていたとか。
ガン告知を受けた時、あら、そうなの?と思ったけれど、まあ、仕方がないかと思ったと言う。
聞けば恐ろしく痛い検査があるとか。
それをケラケラ笑いながら話す。
男は愛嬌女は度胸?

他のメンバーも似たり寄ったり。
あら、手術したの?まあ、知らなかったわ、なんて会話が。
私も乳がんの手術の前日まで仕事をして、ステージが終わってから「実は明日手術なの」と言ったら、主催者が絶句していた。
手術の2日後には、名古屋で10時間に亘る仕事を何食わぬ顔でしていた。
だから、私がガンだったとは未だに知らない人も多いと思う。
んなことないか、ここでさんざん書いているしね。
猫は気分がわるいと黙って押し入れに篭って回復を待つ。
そんな感じでお互い自分の辛さは他人に話さない。

そうそう、私もがん告知された時は、へえ!と言う感じだった。
看護婦さんが深刻な顔をして慰めてくれたけど、大丈夫、私は死なないと思ったし。
流石に夜ベッドに入ると考え込んだけれど、当時飼っていたモヤという猫が優しく慰めてくれた。
モヤは自分も病気で苦しんだから、他人の痛みもわかるらしい。
皆さん動物を飼いましょう。
彼らは、本気で心配してくれる。

今回、この集まりでは珍しく私が愚痴を言った。
子供のいる人は良いわねえ。
私なんかだんだん兄姉に死なれてさびしいわ。
そうねほんとよね、寂しいわよね。
こういう時に共鳴してくれる。
あらそう、私は大丈夫よ、寂しくなんかないわ、貴女も元気出しなさいなんて叱咤激励されたらムッとする。
ひたすら共感を現してくれるのが優しい。

前向きに生きなさいなんて背中ポンと叩かれたら本当にいやだわねえ。
人は落ち込むことがあっていい。
愚痴を言ってもかまわない。
ときにはおいおい泣くのも良い。
いつもいつも元気でいないといけないなんて誰もできるわけない。
暗いことを悪いなんて誰が決めた?

このメンバーたちも、それぞれ親の介護や自分の病気で大変なこともあるけれど、素直に受け入れる。
プラス思考とか言うけれど、自分の信じる道を真っ直ぐに深く進んできた人たちは、そんな言葉を必要としないくらい強い。
自分の人生を肯定しないでどうするの。
自分を愛さないで他人を愛することはできない。

このメンバーの中で1番若い人は、自身の仕事が忙しいのとご主人の赴任先が海外なので中々参加できないでいた。
最近ご主人が赴任先から日本に帰るので、今後は飲み会に参加したいという。
この会が始まった初めの頃に参加したものの、その後日本、ヨーロッパ、アメリカと飛び回っていたらしい。
そんなわけで、今後は少し人数が増えて賑やかになりそうで嬉しい。
女子会改め「男勝りの会」とでも言うほうが良いかもしれないけれど、芯は皆女性らしい人ばかり。
強さと優しさは表裏一体なのだ。




























2018年1月15日月曜日

悪魔のトリル

タルティー二のソナタ「悪魔のトリル」
私はこの曲が好きで時々弾いていて、久しぶりで楽譜を取り出した。
2月の同級生の勉強会で弾いてみたいと思った。
このソナタの冒頭部分が特に好きで、格調高い調べが琴線に触れる。
そこが終わると最初の忙しいトリルが始まるけれど、ここはまあなんとかいける。

しかし4楽章のずっと同じ音でトリルを入れながら、そこに旋律を浮かび上がらせる部分が非常に大変。
私は左手の幅があってヴァイオリンを弾くのには便利だけれど、それでも目一杯指を伸ばさなければならないところがある。
左指に力が入れば当然右手にも影響するし、中々のくせもの。
you tubeでパールマンが弾いている動画を見たことがあるけれど、なんの苦労も無いように弾いている。
左手の指も、私なら目一杯伸ばさないと届かないところが、彼はごく普通に指を曲げて取れてしまう。
手の大きさが全然違うのだ。

本当かどうか知らないけれど、パールマンが日本に来た時の逸話がある。
某オーケストラで協奏曲をひいた時、足のわるい彼を労ってのつもりか「おみ足が悪くてご不自由ではありませんか?」と訊いた人がいたそうな。
要するにヴァイオリンを弾くには手だけでなく、足の踏ん張りも必要なので。
本当にこんなこと言うかなあと疑問だが・・・
するとパールマンは「別に不自由はありませんが、あなた達は手が不自由ですね」と切り返したらしい。

トリルの難しさよりも、この曲の風格が素晴らしいと私は思っている。
今を去る数百年前(1740年)にこんな難しい曲が書かれて受け継がれてきた。
この曲が有名なのは作曲者自身の言葉として「夢の中に悪魔が出てきてヴァイオリンで素晴らしい曲を弾いてもらった。目が覚めてすぐに楽譜に書き取ったけれど、それは夢の中の曲ほど素晴らしくはなかった」
このエピソードは後の人の創作ではないかと言われているけれど、バロックソナタの最高峰に立つものと思える。
このエピソードがなくても名曲中の名曲なのだ。
うちに秘めた豊かな情熱が心を打つ。

いつもの相棒のSさんがから、次回の勉強会では久しぶりにソロが弾きたいから、貴女は無伴奏でやってと突き放されたから、う~ん。
年明け早々バッハの無伴奏はきつい。
半月以上怠けていたから楽器も鳴っていない。
それでこのメンバーのもう一人のピアニストのNさんに声をかけた。
Nさんとは以前この曲を一緒に弾いたことがあるので、どう?と声をかけたら受けてくれた。
決して無伴奏より易しいとは思わないけれど、この曲は何回か弾いているから譜読みに時間がかからないと思ったら、どっこい、すっかり記憶が抜けていた。
私の脳に住む海馬は冬眠中のようだ。
馬も冬眠するって知らなかった。

今譜面台に載せてあるのは、最近譜読みを始めたプロコフィエフのデュオソナタ、ヴィヴァルディの4つのヴァイオリンの協奏曲、モーツァルトのディヴェルティメント17番。
それとベートーヴェンのクロイツェルソナタとタルティーニの悪魔。
これらが並んでひしめき合って、手招きされている。
おいでおいで、早く弾いてよ。
困った!
気が付かないふりして慣れない掃除をしたり、ハリー・ポッターを読んだり、ゲームをしたり。
それでも気になって時々譜面台に近付いて、パラパラとめくり時々音を出す。
時々では歯がたたないほど大曲ばかりで、どれから手をつけてよいやら。

とりあえず時系列で並べて、先に本番があるものから練習しようと思っても、どうしても大好きなモーツァルト、プロコフィエフの順になってしまう。
モーツァルトはこの先まだコンサートの当てもないのに。
いつかもう一度という憧れだけで。
まずヴィヴァルディ、ベートーヴェンから練習しないといけないのに。

まだお正月の怠け癖から抜け出られない。
本番が終わって一旦火を落としてしまうと、再燃までが難しくなる。
チロチロとでもいいから火種を絶やさないことが秘訣だけれど、どうもお正月というのは特別なので。
単に時間の経過であると言ってしまえばそれまでだけど。

そして3日ばかりかけて練習量を徐々に上げていった。
すると、体の細胞が生き生きとしてくるのがわかる。
どんよりしていた脳細胞が動き出す。
お菓子を食べる量が減る・・・食べ尽くしたからなくなっただけのはなし。
良いことづくめ。
でもまだ「悪魔」は発展途上。

























2018年1月14日日曜日

ミシュラン三つ星返上

私がオンボロ車にミシュランのタイヤを着けた途端に、この話題。

今朝のMSNネットニュース。

昨年9月、ミシュランガイドで星3つを獲得し続けてきたレストラン「ブラス ル・スーケ」のシェフ、セバスチャン・ブラス氏が、次年度版ガイドブックへの非掲載希望を表明した。
抜き打ち検査、評価に対する重圧からの開放を求めてのことだという。
反響は想像を遥かに超えるもので、その多くは決断を支持するものだった。
ブラス父子はフランス料理界を代表する、自然から料理を創造するアーティストとして知られている。

父親のミシェル・ブラス氏は語る。
「私はミシュランを否定するものではありません。
ミシュランやそれ以外の有名ガイドも調査方法や評価にルールを設けているけれど、それは私と息子の思い描く料理店のありよう、料理のスタイルに沿うものではない。
画家や音楽家のように私達も24時間、常に料理のことを考えている。
純粋に作りたいものを作り、自由に表現することにこそ、料理人としての喜びがある。
そこに他者の決めたルールはいらないのです。
私は一度たりとも星を得るために自分を曲げたことはありませんでした」

この20年、昼も夜もテーブルは満席。不便このうえない砂漠の地に世界中から客がやってきた。
ゼロから星を増やしてきたミシェルに対し、世代交代によりいきなり星3つを背負ったセバスチャンのプレッシャーは想像を絶するものだった。
失敗を待たれていた節もある。

父の言葉
「今なおブラススタイルを守りつつ、彼(セバスチャン)らしく新しい挑戦を続けているけれど、そろそろ星に煩わされることなく、自由に雑念を払って進むと良い。時は満ちました」

星3つを獲得したからこそ不便なエリアへも客は殺到するけれど、それはどうしてかというと、ブラススタイルといわれる素晴らしい料理があるからで、それはミシュランの格付けがあったから・・・ロンドのように言葉はぐるぐる廻る。

一度でも超一流の評価を得た人が言える言葉であり、今ガイドブックに掲載されなくなっても、歴史が客を引き寄せる。
味というものほど各自の評価が別れるものはないと思う。
生まれた国、幼いころの味覚の体験など、様々な違いを乗り越えてなお世界的な評価を得るのは、海辺の砂粒一つを拾うようなもの。
しかし外側から星をもらうのは不本意なことかもしれない。










2018年1月13日土曜日

楽器

持っていてもこの先弾かないと思える楽器は売りに出すことにした。
世田谷の弦楽器工房へは、私の長兄の関係で最近行くようになった。
兄が勤務していた会社の後輩の息子さんがマイスター。
兄は定年退職してから70歳の手習いで始めたのがチェロ。
その息子さんにお世話になっていた。

鑑定では私の2つのヴィオラはいずれ劣らぬではなくて、どちらも大したものではなく、あまり高価には売れないそうでちょっとがっかり。
片方は買った時の2倍の値段、片方は買ったときよりやや安くなるので差し引き0に近い。
それでもこの楽器で随分稼がせてもらったから良しとしよう。
まだ売れるかどうかもわからないので、買い手を見つけてもらうようにお願いしてきた。

兄は高校時代、ブラスバンド部を作ってトランペットやフルートを、社会人になってからはヴァイオリンなどを弾くほどの音楽好きで、本当は音楽家になりたかったのかもしれない。
しかしわが家は貧乏人の子沢山、下にゾロゾロ弟妹がいるから不安定な職業に就くわけにはいかない。
まともな会社に勤務するようになった。
なにをもってまともというのかしらないけれど・・・なんたって私は道を外してガクタイになってしまったので・・・兄は某大企業に勤務して出世街道まっしぐら。
その御蔭で私が音大に入れたようなものなのだから。

渋谷の佐藤弦楽器の佐藤さんが亡くなって、私は行き場がなくなった。
どこの工房にいけば自分にピッタリの調整をしてもらえるのか。
調整はそれぞれの人の好みがあって、自信を持って紹介してもらったのに気に入らないとか、相性がわるいとかあるので、簡単にはいかない。
わが家の近所の弦楽器工房に持っていったら、楽器を殺されそうになった。
あれよあれよと言う間にどんどん鳴らなくなって泣きそうになった。
2度とその工房には近寄らない。

佐藤さんの調整は素晴らしかった。
楽器が生き生きと鳴り始める。
その後佐藤さんは難病を患って亡くなってしまった。
その頃、私の生徒が楽器を選んでほしいというので行ったのが、世田谷の工房だった。
その時に兄の後輩の息子さんだというのに気がついた。
兄からは話に聞いていたけれど、そんな偶然が重なって私もお世話になることにした。
まだ若いTさんは楽器職人にありがちな頑ななところがなく、淡々と静かに仕事をする。
職人さんはアクの強い人が多く、血の気の多い私はよく喧嘩をした。

田園調布のUさんは高校時代から長年のお付き合いだったけれど、ある時あまりにもひどい態度だったので怒って2度と敷居をまたがなくなった。
コンサート会場でUさんに偶々出くわしたら、私に気づかないふりをして壁に向かって顔を隠している。
あまりのおかしさに笑って肩をポンと叩いて「Uさん」と呼びかけるとはじめて気がついたふり。
芝居が下手だなあ。

墨田区の職人さんは私に断りもせず、楽器にコーティングをしてしまった。
イ・ムジチのメンバーから譲り受けた古い楽器でひどく汚れていたけれど、コーティングはないでしょう。
出来上がって受取に行ったら、時すでに遅し。
楽器はてきめんに鳴らなくなっていた。
仲間のチェリストが私の代わりに激怒した。

千葉の人は腕は良いけれどなにしろ遠すぎる。
アクアラインを通って木更津付近まで。
強風が吹くとアクアラインは通行禁止。
車でないとバスで行かなければいけない。

京都に昔なじみの職人さんがいる。
Oさんといって、私が喧嘩をしたUさんの工房で働いていた人。
白皙の青年だったOさんは、ある時失踪して行方知れずになった。
その後関西で仕事をしていると聞いて、訪ねて行った。
すっかり田舎のおじさん風になって、切れそうなくらい鋭かった容貌が穏やかに変化していた。
再会をよろこんで、その後は年に数回は通っていたけれど、息子さんの代になってから私は関西の仕事が減ったので行かなくなってしまった。

弦楽器奏者は皆自分のお気に入りの職人を探すのに苦労している。
中には自分で調整をする人もいるけれど、私は不器用だから怖くて出来ない。
弦を張り替えるだけで調子が悪くなってしまう。
今回Tさんに弦の張り替えと調整をしてもらった。
音の立ち上がりがクリアになって、最近怠け放題だった私もやっとヴァイオリンに戻る気になった。
去年あまりにも疲れたので、もはや年貢の納め時と思っていたけれど、もう少し頑張ってみようかと。
3月の「古典音楽協会」の定期演奏会では、ヴィヴァルディの4つのヴァイオリンの協奏曲の第2ソロを弾く。
そろそろ練習の日程合わせも始まって、現実に戻り始めている。































2018年1月12日金曜日

ミシュラン

レストラン星いくつとかいうミシュランもタイヤのミシュランも同じ系列だそうで、タイヤと食べ物はどうも結びつかない。
以前オンボロのカローラにミシュランタイヤを着けて走っていたら、この車にこんな良いタイヤ、アハハと笑われた。
でも笑った人は間違っている。

車はまず足元のタイヤ、エンジン、ブレーキ、これがしっかりしていればボディーの傷や塗装の剥がれなど全く気にならない。
内装にも拘る必要はないというのが、私の持論。
だいたい外観などは乗っている自分には見えないのだから、ボディはシートの座り心地が長時間の運転で疲れないものであれば、どうでも良い。
それでもミニやシトロエンなど、好きなデザインの車は乗りたいと思うけれど。

雪の便りがあちこちから聞こえててくる。
北陸や東北は大雪、九州までと言うのでビックリ。
関東地方は晴れた穏やかな日が続く。
それでもいつ雪が降るかわからないから、タイヤはこの時期に毎年スタッドレスに履き替える。
それでいて、チラッと雪でも降ろうものなら慌てて帰宅してしまうから、いまだかつて雪道を運転したことはない。
根がすごく臆病なので。

運転は性格に反してたいへん穏やか。
ハンドルを握るとこの上なく慎重になるし、気分が愉快になってイラつかない。
本当に運転が好きなので。
長時間の仕事のあと、数時間の道のりを運転して帰宅するときなど「あんなに仕事したあとで運転するのいやじゃない?」と訊かれるときもある。
いえいえ、私は運転している間に仕事の興奮が収まって、鼻歌交じりにのんびり帰るこの時間が1番好き。

スタッドレスにする必要がないのが今までだったけれど、この先北軽井沢での生活もありかと考えている。
それなら雪道は避けて通れない。
その北軽井沢も、そろそろ家のことなど具体的にしなければいけないのに、なかなか決まらないので私は少し焦り気味。
北軽井沢用のパソコンも出番がなくて大あくび。
「姐さん!北に行くのはいつですかい?あっしはずっとまっているのに」なんて。
「まあまあ、おまいさん、落語のあくび指南なんぞ聞いてあくびの練習でもしておおき」なんて応える。

2月に北軽の氷と花火のまつりに行く計画をたてていて、友人が新しい四駆に乗せて連れて行ってくれるというのでお願いしたけれど、本当は自分で慣れないといけない。
以前からタイヤの交換を勧められていた。
去年春、ノーマルタイヤを新しく装着、そのまま必要なければ冬を越してしまおうと思っていたけれど、万一の事を考えてスタッドレスを履くことにした。
すすめられたのがミシュラン。
以前使ったことがあるのでわかっているけれど、運転していて楽しい。
手応え(足応え)がすごく良い。

元々ヨーロッパの車は日本のタイヤに比べて、より寒冷地仕様。
だからミシュランは日本のスタッドレスのように、ふにゃふにゃしていない。
柔らかすぎず、それでいて接地感はすごくしっかりしている。
車自体も日本と欧米車は全く考え方が違うようだ。
以前兄が乗っていたフォード・タウナスを借りて成田まで行った。
スピードが出れば出るほどグーッと路面に沈むように安定してきたのが、新鮮な驚きだった。
日本の車はスピードが出るとやや不安定になるのとは全く違う感覚だった。
元々のスピードに対する考えが違うようで、日本ではせいぜい100キロ前後、あちらでは無制限。
先年、イギリスで借りたレンタカーはフォルクスワーゲンのゴルフ。
ハンドルやアクセル、ブレーキなどすべての装置が重く、非力の私は運転するのが大変だった。
日本の車は全てが軽く、女性に優しい。
根本的な体力の差もあるだろうし。

今年はもし雪が降ったら雪道デビューをしたいと思っている。
できれば北軽の氷のまつりのあと、そのまま志賀高原に行けば慣れると思うけれど、やはり勇気がない。
一人で僻地へも行ってしまうような無鉄砲さとは裏腹の臆病さがあって、それだからいままで大した事故にも遭わずにいられた。
事故っても単独事故ならまだしも、他人を巻き込んだらとんでもないことになる。
それが怖い。

ミシュランのマスコットはムッシュ・ビバンダム。
その画像の変遷も面白い。















上は初期の頃。
下は最近。
タイヤ男のビバンダム君もタイヤの太さの変化によって、随分可愛くなった。
始めの頃は自動車のタイヤが細かったのでこうなったそうで、ちょっと不気味。