軽井沢のY子さんにバーベキュー用の買い出しに付き合ってもらう。
北軽井沢から白糸の滝を抜けて軽井沢まではあっと言う間。
朝食をお気に入り軽井沢のエロイーズカフェでとった。
Y子さんの友人のTさんも同行して3人で3種類のメニューとサラダ。
フレンチトースト、野菜たっぷりのキーマカレー、ふわふわのオムレツ。
アボカド入りのサラダ。
どれも美味しかったけれど、感激はオムレツ。
卵はメレンゲのような食感に中身のベーコン、じゃがいも(皮付き)がカリカリで、いつ行っても行列ができるのもうなずけるおいしさ。
ワンちゃんがいるので他のお客さんに迷惑にならないように、私達は隔離された場所に座る。
ここが庭が見渡せる特別席。
木々はもう秋の気配で柔らかな色調となって、夏の疲れを癒やしてくれる。
避暑客が去ってもまだにぎやかなのが軽井沢。
それでも街に静けさが戻って、一番良いのは今頃の季節かもしれない。
のんびりと朝食を終えても、もうワンコースいけるかもと健啖家の私達。
ボリュームはたっぷりなのにあとを引くほど美味しかった。
そこからは佐久に向けてのドライブが始まった。
Y子さんは名ドライバー。
大きな高級車がびゅんびゅん走る。
以前彼女の車の後ろに従いていったら、白糸の滝の曲がりくねった山道をガンガン登っていった。
私のオンボロシルフィーはそれでも健気に走る。
取り残されまいと必死で走ったら「あおり運転なさいませんでしたか?」
言葉は丁寧だがこわい!
目的はバーベキュー用の肉を調達するために評判の良いお肉やさんへ。
追分からサンラインへ曲がり、ひたすら走る。
しばらくすると眼下に佐久平の景色が広がる。
日本の山はなだらかで美しい。
まわりの植物もいかにも秋めいて、郷愁を誘う。
秋といえばコスモス。
所々に群生している。
なにを主張するでもなくひっそりとしているのに抜群の存在感がある。
生まれてはじめて九洲に行った時、鄙びた駅のホームにコスモスが咲いていたのをよく覚えている。
お肉の前にぶどう園によって摘みたてのぶどうをゲットすることに。
ぶどう棚のあるビニールハウスは、かつて行ったシルクロードの街ウルムチを思い出させた。
中国の中で、私の印象に最も残っている美しいエキゾチックな街だった。
その街は中国政府から弾圧を受けていると聞いて、悲しい気分になった。
今はどうしているのだろうか。
試食用のぶどうは本当に新鮮で甘く、次々に手がでる。
そこでも食い意地を存分に発揮する3人。
ワンちゃんは外に繋がれてつまらなそうにこちらを見ている。
ぶどうではつまらないと思っているようで、おとなしい。
悪いわね、人間は雑食動物だからなんでも食べて。
往路を戻る形で肉のお店へ。
店員さんが親切に対応してくれる。
10人ほどでバーベキューをやりたいのでと言うと、手慣れたもので、色々組み合わせてくれて簡単に買い物は済んだ。
そこからチーズのお店によって、カフェでマスカルポーネチーズのシュークリームとアッサムティーをたのんだ。
シュークリームは中のクリームの個性が強いので、皮のほうも対抗してかなりコクがある。
これはこれでとても素晴らしいけれど、私は安い100円くらいのシュークリームのほうが身の丈にあっているようだ。
紅茶のほうは素敵に美味しかった。
あとは北軽井沢の農園直売所に行って野菜を調達すれば良い。
朝採れたてのとうもろこしやキャベツなど、信じられないくらい新鮮で安い。
都会の野菜がどれほどたらい回しされて古くなってから店頭に並ぶかということがよくわかる。
あとは仲間がぞろぞろと集ってくるのを待つばかり。
雪雀連の会長の山田さんは今年米寿。
そのお祝いも兼ねてのバーべキューだから、どうぞ雷様達お手柔らかに。
降らないで鳴らないで。
2019年10月6日日曜日
ノンちゃんのバーベキュー
私が受け継いだノンちゃんの家は、北軽井沢の森の中。
庭の真ん中に大木が枝を広げ、この木がノンちゃんのお気に入りだった。
寝室は1階もロフトも寝ながらこの木が眺められるようになっている。
真夜中目が覚めて外を見ると、くろぐろと空いっぱいに枝が広がっていて、せっかくの星空が見えないくらい。
木の葉の隙間からかろうじて光るものを見つける。
もっともたいていお天気が悪くて晴れる日はあまりないから、枝がなくても星が見えることは少ない。
湿度が多いから塩などをちょっと外に出しておくと、すぐに固まってしまう。
そう聞くとジメジメしたいやな印象だけれど、そんな事はなくて、私がここを気に入ったのは心を洗われるような滴る緑。
窓から見えるのは木だけ。
柔らかい薄緑色の海の中に漂っているような印象の森に囲まれて、時の経つのを忘れる。
ノンちゃんは去年の夏、突然亡くなってしまった。
本当なら今年も一緒にこの木々を眺めているはずだったのに。
彼女はこの家を建てた時、親しい仲間たちと庭でバーベキューをしたいと思った。
最初にバーベキューをやったときは、まだ私達はもう少し若かった。
庭で大騒ぎして楽しく過ごしたけれど、ノンちゃんはその時にはかなり高齢だったから、1人では準備ができない。
それで毎年のように「私バーベキューをしたいの。nekotamaさんやってくれない?」と言い続けていた。
私もぜひやってあげたかったけれど、まだ仕事が忙しく、時々遊びに行ってもせいぜい2泊しかできない。
とても準備や後片付けはできない。
それで毎年引き伸ばしていた。
やっと時間の余裕ができたら、ノンちゃんはもういない。
孝行をしたいときに親はなし、とよく言うけれど本当のこと。
ノンちゃんがいなくなってからでは仕方がないけれど、私の気が済まないから皆さんに北軽井沢まで来てもらうことにした。
次の水曜日、仕事を休んだり忙しいのでとんぼ返りだったりの仲間たちが集まることになった。
よくまあ、こんなところまでようこそ。
バーベキューの道具はアマゾンで買った。
意外と安いのでよかった。
肉は評判の良いお店があるというので、そこで調達することに。
野菜はこの辺お手の物。
なんたって嬬恋のキャベツって有名でしょう。
お隣さんがおつまみの用意をしてくれるらしいので、お願いした。
当日は雪雀連の会長とお嬢さん、体調が良ければ奥様も一緒に見えるという。
東京からは数人が来てノンちゃんの家に泊まる。
布団足りるかなあ。
それよりも猫がパニックになりそう。
でも慣らさないといけない。
後はお天気が良いことを祈るのみ。
この家を人が集まる拠点にしたい。
志賀高原や草津方面にもすぐに行ける。
浅間は直ぐ側で大きく見える。
嬬恋のキャベツはおいしい。
水は絶え間なく溢れ流れている。
山なので天候の変動が激しいのは魅力でもあり、困ることでもある。
温泉が至るところにあるし、おしゃれなカフェもここ数年で増えてきた。
良いホテルもある。
軽井沢のようにセレブが集まるわけでは無いが、沢山の文化人がここを愛し住んでいる。
大学村もある。
最近はとんでもない気候変動があるけれど、浅間山の噴火以外の心配事はない。
もっとも、それが一番怖いかも!
気温が低く山はなだらかで崖崩れしそうもない。
山の上なので洪水の心配はサラサラない。
交通が不便な分、静けさと穏やかさがある。
良いところです。
田舎暮らしに憧れてではない。
体力もないのに畑仕事なんてできる?
虫も嫌いだし。
近所の直売所で、新鮮で安い野菜が買えるのに自分で働く必要はない。
澄んだ水と美味しい空気のために行くのだから。
人間に最も必要なものがここにはある。
庭の真ん中に大木が枝を広げ、この木がノンちゃんのお気に入りだった。
寝室は1階もロフトも寝ながらこの木が眺められるようになっている。
真夜中目が覚めて外を見ると、くろぐろと空いっぱいに枝が広がっていて、せっかくの星空が見えないくらい。
木の葉の隙間からかろうじて光るものを見つける。
もっともたいていお天気が悪くて晴れる日はあまりないから、枝がなくても星が見えることは少ない。
湿度が多いから塩などをちょっと外に出しておくと、すぐに固まってしまう。
そう聞くとジメジメしたいやな印象だけれど、そんな事はなくて、私がここを気に入ったのは心を洗われるような滴る緑。
窓から見えるのは木だけ。
柔らかい薄緑色の海の中に漂っているような印象の森に囲まれて、時の経つのを忘れる。
ノンちゃんは去年の夏、突然亡くなってしまった。
本当なら今年も一緒にこの木々を眺めているはずだったのに。
彼女はこの家を建てた時、親しい仲間たちと庭でバーベキューをしたいと思った。
最初にバーベキューをやったときは、まだ私達はもう少し若かった。
庭で大騒ぎして楽しく過ごしたけれど、ノンちゃんはその時にはかなり高齢だったから、1人では準備ができない。
それで毎年のように「私バーベキューをしたいの。nekotamaさんやってくれない?」と言い続けていた。
私もぜひやってあげたかったけれど、まだ仕事が忙しく、時々遊びに行ってもせいぜい2泊しかできない。
とても準備や後片付けはできない。
それで毎年引き伸ばしていた。
やっと時間の余裕ができたら、ノンちゃんはもういない。
孝行をしたいときに親はなし、とよく言うけれど本当のこと。
ノンちゃんがいなくなってからでは仕方がないけれど、私の気が済まないから皆さんに北軽井沢まで来てもらうことにした。
次の水曜日、仕事を休んだり忙しいのでとんぼ返りだったりの仲間たちが集まることになった。
よくまあ、こんなところまでようこそ。
バーベキューの道具はアマゾンで買った。
意外と安いのでよかった。
肉は評判の良いお店があるというので、そこで調達することに。
野菜はこの辺お手の物。
なんたって嬬恋のキャベツって有名でしょう。
お隣さんがおつまみの用意をしてくれるらしいので、お願いした。
当日は雪雀連の会長とお嬢さん、体調が良ければ奥様も一緒に見えるという。
東京からは数人が来てノンちゃんの家に泊まる。
布団足りるかなあ。
それよりも猫がパニックになりそう。
でも慣らさないといけない。
後はお天気が良いことを祈るのみ。
この家を人が集まる拠点にしたい。
志賀高原や草津方面にもすぐに行ける。
浅間は直ぐ側で大きく見える。
嬬恋のキャベツはおいしい。
水は絶え間なく溢れ流れている。
山なので天候の変動が激しいのは魅力でもあり、困ることでもある。
温泉が至るところにあるし、おしゃれなカフェもここ数年で増えてきた。
良いホテルもある。
軽井沢のようにセレブが集まるわけでは無いが、沢山の文化人がここを愛し住んでいる。
大学村もある。
最近はとんでもない気候変動があるけれど、浅間山の噴火以外の心配事はない。
もっとも、それが一番怖いかも!
気温が低く山はなだらかで崖崩れしそうもない。
山の上なので洪水の心配はサラサラない。
交通が不便な分、静けさと穏やかさがある。
良いところです。
田舎暮らしに憧れてではない。
体力もないのに畑仕事なんてできる?
虫も嫌いだし。
近所の直売所で、新鮮で安い野菜が買えるのに自分で働く必要はない。
澄んだ水と美味しい空気のために行くのだから。
人間に最も必要なものがここにはある。
黄色い車
ノンちゃんのバーベキューのために昼過ぎ自宅を出発した。
うちの猫姫様はもうすっかり車に慣れて、走り出してもにゃんともすんとも言わない。
どうやら北軽井沢がお気に入りらしく、到着するとさっさと自分の定位置のわたしのベッドの真ん中を占拠する。
今日は新しいクルマ、日産ノートで初の長距離運転。
取説を見ない私は数年かかってやっといろいろな機能をマスターする。
そんなことしないで最初からちゃんと説明書読めばいいのにとお思いでしょうが、そうはいかない。
最初のページを開くと、まず目が拒否する。
頭も悪くなる。
日本語が理解できなくなるとまあ、拒絶反応の大安売り。
前に乗っていたシルフィーはそれはもうよく言うことをきく車だった。
山道を登る時、ブイーンとエンジン音を立てながらどの車よりも健気に走る。
自分の手足のように思えた。
しかしそのボディーには無数の傷があって、洗ってもらえるのは定期的な整備に出したときだけ。
持ち主は電柱やポールにすり寄るのが得意で、しかもかすり傷は意に介さない。
エンジンとブレーキと足回りがちゃんとしていればいいでしょうとほざく。
可哀想なシルフィーはそれでも素晴らしい走りをした。
足元はミシュランのタイヤを履かせてもらい、とても10年も使われたとは思えない走りを見せた。
持ち主としては後10年乗りたかった。
それで運転をやめようと思っていた。
しかし、たぶん車屋さんと政府の陰謀だと思うけれど、高齢者の事故を毎日ニュースで流されると、だんだん自信がなくなってきた。
やはり自分でもどこかにこのままではいけないという意識があるから、それに付け込まれて洗脳された。
シルフィーを買ったときから日産の担当者が、毎年のように新しい車の宣伝をしかけてきた。
それを毎年のらりくらりとかわし、とうとう10年持ちこたえた。
ここで新しくしないとシルフィーは後もって5年。
次はもう新車を買うのはもったいない。
けれど、運転技術がどんどん衰えていくのに、更に高齢になってから中古車では危険かもしれない。
というわけでやっと替える決心をした。
黄色いボディに黒いルーフ。
シルフィーより一回り小さい。
色は日産マンが勝手にきめていた。
色は?と言ったら「黄色になりました」
あるいはこの色が売れなくて残っていたとか?ではないとは思うけれど、この年になって初めて雪道に挑戦しようと思うから、目立つ色のほうがいいとは言っておいたので、そうなったようだ。
普段は4駆ではないけれど、必要なときは車が勝手に判断して4駆になるそうだ。
ブレーキを踏まなくてもモードを変えることによって、エンジンブレーキがかかるようになっているらしい。
今日は初めて山道の下りで使ってみた。
他の車は度々ブレーキを踏むのに、アクセルから足を離すだけで急激なブレーキがかかる。
マニュアル車のエンジンブレーキとおなじように。
このエンジンブレーキ様の装置は実に素晴らしい。
北軽井沢に行く途中に急な下り坂があって、しかも距離が長い。
そこに差しかかると急加速するから、度々ブレーキを踏む。
それが煩わしかった。
中軽井沢から北軽井沢に向けての急な上りや下りの連続が、これで随分楽になった。
ドライブレコーダーが備されているのはうれしいけれど、これで独り言や他の車に向けて悪態がつけなくなった。
まだ再生していないけれど、見たら随分恥ずかしいと思う。
他の車に「このへったくそー、もたもたするなー」とかはもう言えなくなった。
動き始めて時間が経過すると「そろそろ休憩しませんか?」と女性の声で言うから「まったく余計なことを!」と毒づいていたのも、もちろん入っている。
うわー、ストレスたまりそう。
新しい車でも運転そのものはすぐに慣れる。
けれど新しい装置は斬新で、どのボタンがどれに対応するのかはまだ全然わからない。
途中で野菜を買うために農園直売所によって車を降りようとしたら、しきりに警告音が鳴る。
あら、どうして?
無理にロックしようとすると大騒ぎ。
しかたがないからそのまま放置して野菜を買って車に戻った。
エンジンをかけようとしたら、なあんだ、エンジンを切らないでロックしようとしていたのだ。
ハイブリッドカーだからエンジン音がしないので、気が付かなかった。
これからどんなことをしでかすことやら。
、
うちの猫姫様はもうすっかり車に慣れて、走り出してもにゃんともすんとも言わない。
どうやら北軽井沢がお気に入りらしく、到着するとさっさと自分の定位置のわたしのベッドの真ん中を占拠する。
今日は新しいクルマ、日産ノートで初の長距離運転。
取説を見ない私は数年かかってやっといろいろな機能をマスターする。
そんなことしないで最初からちゃんと説明書読めばいいのにとお思いでしょうが、そうはいかない。
最初のページを開くと、まず目が拒否する。
頭も悪くなる。
日本語が理解できなくなるとまあ、拒絶反応の大安売り。
前に乗っていたシルフィーはそれはもうよく言うことをきく車だった。
山道を登る時、ブイーンとエンジン音を立てながらどの車よりも健気に走る。
自分の手足のように思えた。
しかしそのボディーには無数の傷があって、洗ってもらえるのは定期的な整備に出したときだけ。
持ち主は電柱やポールにすり寄るのが得意で、しかもかすり傷は意に介さない。
エンジンとブレーキと足回りがちゃんとしていればいいでしょうとほざく。
可哀想なシルフィーはそれでも素晴らしい走りをした。
足元はミシュランのタイヤを履かせてもらい、とても10年も使われたとは思えない走りを見せた。
持ち主としては後10年乗りたかった。
それで運転をやめようと思っていた。
しかし、たぶん車屋さんと政府の陰謀だと思うけれど、高齢者の事故を毎日ニュースで流されると、だんだん自信がなくなってきた。
やはり自分でもどこかにこのままではいけないという意識があるから、それに付け込まれて洗脳された。
シルフィーを買ったときから日産の担当者が、毎年のように新しい車の宣伝をしかけてきた。
それを毎年のらりくらりとかわし、とうとう10年持ちこたえた。
ここで新しくしないとシルフィーは後もって5年。
次はもう新車を買うのはもったいない。
けれど、運転技術がどんどん衰えていくのに、更に高齢になってから中古車では危険かもしれない。
というわけでやっと替える決心をした。
黄色いボディに黒いルーフ。
シルフィーより一回り小さい。
色は日産マンが勝手にきめていた。
色は?と言ったら「黄色になりました」
あるいはこの色が売れなくて残っていたとか?ではないとは思うけれど、この年になって初めて雪道に挑戦しようと思うから、目立つ色のほうがいいとは言っておいたので、そうなったようだ。
普段は4駆ではないけれど、必要なときは車が勝手に判断して4駆になるそうだ。
ブレーキを踏まなくてもモードを変えることによって、エンジンブレーキがかかるようになっているらしい。
今日は初めて山道の下りで使ってみた。
他の車は度々ブレーキを踏むのに、アクセルから足を離すだけで急激なブレーキがかかる。
マニュアル車のエンジンブレーキとおなじように。
このエンジンブレーキ様の装置は実に素晴らしい。
北軽井沢に行く途中に急な下り坂があって、しかも距離が長い。
そこに差しかかると急加速するから、度々ブレーキを踏む。
それが煩わしかった。
中軽井沢から北軽井沢に向けての急な上りや下りの連続が、これで随分楽になった。
ドライブレコーダーが備されているのはうれしいけれど、これで独り言や他の車に向けて悪態がつけなくなった。
まだ再生していないけれど、見たら随分恥ずかしいと思う。
他の車に「このへったくそー、もたもたするなー」とかはもう言えなくなった。
動き始めて時間が経過すると「そろそろ休憩しませんか?」と女性の声で言うから「まったく余計なことを!」と毒づいていたのも、もちろん入っている。
うわー、ストレスたまりそう。
新しい車でも運転そのものはすぐに慣れる。
けれど新しい装置は斬新で、どのボタンがどれに対応するのかはまだ全然わからない。
途中で野菜を買うために農園直売所によって車を降りようとしたら、しきりに警告音が鳴る。
あら、どうして?
無理にロックしようとすると大騒ぎ。
しかたがないからそのまま放置して野菜を買って車に戻った。
エンジンをかけようとしたら、なあんだ、エンジンを切らないでロックしようとしていたのだ。
ハイブリッドカーだからエンジン音がしないので、気が付かなかった。
これからどんなことをしでかすことやら。
、
2019年10月5日土曜日
サプリメントの恐怖
つい数日前に終わった古典音楽協会でのソロは、自分の中では大失敗!
本当に思うようにはいかなかったけれど、皆さんは親切だから叱られない。
それがますます落ち込む原因なんだけど。
自分でもあまり良くなかったのがわかっている場合、同情されていると思うと、あまり気分は良くない。
それでも心からという表情で褒めてくださる方も・・・いやはや皆さん芝居がお上手。
なんで今回調子が良くなかったのかと原因を考えた。
さんざん考えた結果、思い当たったのが最近飲み始めたサプリメントだった。
夏の暑さに滅法弱い私は、9月は毎年死んだようになる。
だるさとか胃腸の不調とか、憂鬱な気分とかに悩まされる。
それで、ソロがあるのだから少し元気になりたいと思って始めたのが、某社のサプリメント。
糖質をカットして体力増進、免疫力アップをうたった宣伝に乗せられた。
糖質カットならもしかしたら痩せられるかもしれない。
今回細身のドレスを着るので、痩せてお腹が目立たなくなったらすてき!
そんなわけで本番2週間ほど前から、服用を始めた。
飲んで30分ほどで身震いするような感覚に襲われた。
よく寒いとか怖いとかではなく、興奮は体内から突き上げてくるような変な浮揚感があった。
その後体温が上がったようで皮膚表面を触ると熱い。
その夜から私は急にロングスリーパーになった。
いつもより睡眠が長く、目が覚めてもその後食事をすると耐え難い睡魔に襲われる。
そしてまたぐっすり。
よほど夏の疲れが激しかったのだと思った。
睡眠時間が長くなると、寝ても寝ても寝たりない。
一番顕著だったのは頭痛。
私は頭痛持ちではないし、高血圧でもない。
だからこれは脳内に軽い出血とかなにかがあるのかもしれない。
そう思っても、その頃はとても暑かったのと忙しかったので、病院で検査を受けることも忘れていた。
そうやって迎えた当日、目が霞んでよく見えない。
その日も長時間眠った。
こんなに寝ても頭痛が治らない。
台風が発生していると言うので、低気圧のせいかとも思った。
それにしても少し変だから演奏はやめる・・なんてことは絶対できない。
今までの練習や皆の協力のことを考えたら、ステージで倒れればそれでお客様は納得すると思うけれど。
ええい、ままよ!
コンサートマスターに今日私は超絶目が見えませんので、失礼なことがあるかもしれませんと予めお断りした。
思えばそんなことを言わなければよかった。
彼の立場から言えば、本当に不安だったと思うのに。
プログラムが進んで自分のソロの番になると、かすかな震えが体に感じられる。
手に力が入らないので、音が響かない。
なんとか弾きおおせたけれど、テンポがおそすぎてしまらないことに。
少し落ち込んだけれど、長年に渡る演奏活動の中ではときにそんな日もあることだから、次は頑張ろうと気を取り直す。
原因を色々考えて、思い当たったのがサプリメント。
やめてみたら、さっそくショートスリーパーに戻った。
そして体の震えも頭痛もなくなった。
視力はそろそろメガネを変えないといけないと思うほど悪くなっていたのでさほど変化はなかったけれど。
ばかだなあ。
体力が人一倍ないのに、強い作用のあるサプリを飲んだら効きすぎることくらい予想できなかったのか。
急に眠りが長くなるのは不自然、その理由を考えなかったのか。
本番までの体調管理は本当に大変。
演奏も体力・精神的にも頂点に持っていかないといけない。
そうでないと沢山の聴衆の前で自信をもって弾くことはできない。
今回の失敗は、長年の経験を活かしきれなかったことにある。
突然変なものが体に入ってきたら、体はとまどうに決まっている。
せめて使用量を半分にしておけばよかったのに。
今朝試しにもう一度サプリメントを飲むと、30分ほど後にかすかに震えと体温上昇が始まった。
世間的に認められている会社の薬だし、悪いというほどの作用ではないかもしれないけれど、楽器の演奏のように集中力を要求されるときには、作用が強く出過ぎるのかもしれない。
唯一の救いは、優れた職人の手で楽器が調整されていたこと。
梅雨から夏にかけて湿度のため表板に剥がれが生じていた私の楽器が、若い職人さんのおかげで見違えるように鳴るようになった。
おかげでいつも音だけは褒められる。
それは私の腕ではなく、楽器職人さんの腕なのに。
ただし、私の楽器のように気難しい楽器は鳴らすのも一苦労なのですよ。
と、最後にひとこと言い訳させて。
本当に思うようにはいかなかったけれど、皆さんは親切だから叱られない。
それがますます落ち込む原因なんだけど。
自分でもあまり良くなかったのがわかっている場合、同情されていると思うと、あまり気分は良くない。
それでも心からという表情で褒めてくださる方も・・・いやはや皆さん芝居がお上手。
なんで今回調子が良くなかったのかと原因を考えた。
さんざん考えた結果、思い当たったのが最近飲み始めたサプリメントだった。
夏の暑さに滅法弱い私は、9月は毎年死んだようになる。
だるさとか胃腸の不調とか、憂鬱な気分とかに悩まされる。
それで、ソロがあるのだから少し元気になりたいと思って始めたのが、某社のサプリメント。
糖質をカットして体力増進、免疫力アップをうたった宣伝に乗せられた。
糖質カットならもしかしたら痩せられるかもしれない。
今回細身のドレスを着るので、痩せてお腹が目立たなくなったらすてき!
そんなわけで本番2週間ほど前から、服用を始めた。
飲んで30分ほどで身震いするような感覚に襲われた。
よく寒いとか怖いとかではなく、興奮は体内から突き上げてくるような変な浮揚感があった。
その後体温が上がったようで皮膚表面を触ると熱い。
その夜から私は急にロングスリーパーになった。
いつもより睡眠が長く、目が覚めてもその後食事をすると耐え難い睡魔に襲われる。
そしてまたぐっすり。
よほど夏の疲れが激しかったのだと思った。
睡眠時間が長くなると、寝ても寝ても寝たりない。
一番顕著だったのは頭痛。
私は頭痛持ちではないし、高血圧でもない。
だからこれは脳内に軽い出血とかなにかがあるのかもしれない。
そう思っても、その頃はとても暑かったのと忙しかったので、病院で検査を受けることも忘れていた。
そうやって迎えた当日、目が霞んでよく見えない。
その日も長時間眠った。
こんなに寝ても頭痛が治らない。
台風が発生していると言うので、低気圧のせいかとも思った。
それにしても少し変だから演奏はやめる・・なんてことは絶対できない。
今までの練習や皆の協力のことを考えたら、ステージで倒れればそれでお客様は納得すると思うけれど。
ええい、ままよ!
コンサートマスターに今日私は超絶目が見えませんので、失礼なことがあるかもしれませんと予めお断りした。
思えばそんなことを言わなければよかった。
彼の立場から言えば、本当に不安だったと思うのに。
プログラムが進んで自分のソロの番になると、かすかな震えが体に感じられる。
手に力が入らないので、音が響かない。
なんとか弾きおおせたけれど、テンポがおそすぎてしまらないことに。
少し落ち込んだけれど、長年に渡る演奏活動の中ではときにそんな日もあることだから、次は頑張ろうと気を取り直す。
原因を色々考えて、思い当たったのがサプリメント。
やめてみたら、さっそくショートスリーパーに戻った。
そして体の震えも頭痛もなくなった。
視力はそろそろメガネを変えないといけないと思うほど悪くなっていたのでさほど変化はなかったけれど。
ばかだなあ。
体力が人一倍ないのに、強い作用のあるサプリを飲んだら効きすぎることくらい予想できなかったのか。
急に眠りが長くなるのは不自然、その理由を考えなかったのか。
本番までの体調管理は本当に大変。
演奏も体力・精神的にも頂点に持っていかないといけない。
そうでないと沢山の聴衆の前で自信をもって弾くことはできない。
今回の失敗は、長年の経験を活かしきれなかったことにある。
突然変なものが体に入ってきたら、体はとまどうに決まっている。
せめて使用量を半分にしておけばよかったのに。
今朝試しにもう一度サプリメントを飲むと、30分ほど後にかすかに震えと体温上昇が始まった。
世間的に認められている会社の薬だし、悪いというほどの作用ではないかもしれないけれど、楽器の演奏のように集中力を要求されるときには、作用が強く出過ぎるのかもしれない。
唯一の救いは、優れた職人の手で楽器が調整されていたこと。
梅雨から夏にかけて湿度のため表板に剥がれが生じていた私の楽器が、若い職人さんのおかげで見違えるように鳴るようになった。
おかげでいつも音だけは褒められる。
それは私の腕ではなく、楽器職人さんの腕なのに。
ただし、私の楽器のように気難しい楽器は鳴らすのも一苦労なのですよ。
と、最後にひとこと言い訳させて。
2019年10月4日金曜日
独居老人
いまや一人暮らしを堪能している身なので、万一に備えてセコムのセキュリティーを使っている。
防犯、火災報知などの他に、在宅なのに12時間人の動きが無いときには電話がかかって安否を確認してくれる。
どのように安否の確認をするかと言うと、動くものに対するセンサーが部屋を監視。
この時間の長さはそれぞれ設定することが可能。
電話に対応がない場合、警備員が駆け付ける。
孤独死した老女を発見。
とまあ、こういった仕組み。
ちなみに猫は小さすぎてセンサーには反応しないらしい。
私も小さいからもう少し縮むと反応しなくなるかも。
ああ、はいはい、横幅あるから大丈夫なのね。
もうおわかりかと思うけれど、こういうことが苦手な私は度々ヘマをしでかす。
これは私じゃないけれど・・・
去年私がニューヨーク旅行を楽しんでいた間、どうやら大騒ぎがあったらしい。
留守中、猫さんは近所の姉とうちの部屋の上の階の人に面倒を見てもらうことにした。
それぞれに部屋の鍵と安全装置の鍵と渡して呑気に旅している間に、警備員が駆け付ける騒ぎになったらしい。
帰国したら警備会社から知らせが届いていて、騒動を知った。
その後も度々、早朝に電話がかかってくる。
早朝の電話というのは本当に心臓に悪い。
そのような時間の電話は、近親者の一大事とか、とんでもない出来事でかかってくることが多い。
真っ先に高齢の兄と姉のことが頭に浮かぶ。
飛び起きて電話に出ると「ご無事ですか?」と。
は、なにが?
ああ、私のこと?
電話に出るくらいだから無事に決まってるじゃん・・とは言わない。
ああ、すみません、又やりましたか。
私は普段の生活をする部屋の他に、仕事用にもうひとつ階段を挟んで向かい側の部屋を使っている。
そちらにも動くものに対するセンサーが入っている。
部屋を留守にするときに外出の設定にしておかないと当然部屋に人がいることになり、12時間以上動くものがないと倒れているとみなされる。
仕事部屋を外出設定にしておくのを度々忘れる。
たぶん警備会社のブラックリストに私の名前が載っているのではないかと思う。
そのうち本当に倒れても「またあのひとか。ほっとけ」となるかも。
ある時、お蕎麦を茹でるのに大量のお湯を大鍋で、その隣でヤカンにもお湯を沸かしていた。
湯気がもうもうと部屋中に充満したら「火事です!火事です!」
ものすごい勢いで警報が鳴り、すぐさま電話がかかってきた。
「どうしました?大丈夫ですか」
すみません、湯気が・・・悪いのは湯気なんです。
受話器に向かって頭を下げる。
しかし、この反応の速さには感心した。
これで「又あのひとか」がふえた。
警備会社には迷惑かけているけれど、心強い。
近所の家で以前よく警戒音が鳴っていたけれど、最近聞かない。
面倒くさくなって契約を解除したのだろうか。
私の家にはろくなものが無いから、泥棒さんは入るだけ時間のむだ。
ただ私が倒れたとき、長い間見つからないのは困る。
猫がお腹すかせるし。
最近になって、生まれて初めて一人暮らしをするようになった。
大家族でにぎやかに育った私は、本当に寂しい。
けれど、実に快適。
真夜中に目が覚めると、家族に気兼ねしてベッドの中で過ごすことが多かった。
そんなこともしなくていい。
さっさと起きて夜中に1人酒盛りしたり、煌々と電気を点けて体操したり。
防犯、火災報知などの他に、在宅なのに12時間人の動きが無いときには電話がかかって安否を確認してくれる。
どのように安否の確認をするかと言うと、動くものに対するセンサーが部屋を監視。
この時間の長さはそれぞれ設定することが可能。
電話に対応がない場合、警備員が駆け付ける。
孤独死した老女を発見。
とまあ、こういった仕組み。
ちなみに猫は小さすぎてセンサーには反応しないらしい。
私も小さいからもう少し縮むと反応しなくなるかも。
ああ、はいはい、横幅あるから大丈夫なのね。
もうおわかりかと思うけれど、こういうことが苦手な私は度々ヘマをしでかす。
これは私じゃないけれど・・・
去年私がニューヨーク旅行を楽しんでいた間、どうやら大騒ぎがあったらしい。
留守中、猫さんは近所の姉とうちの部屋の上の階の人に面倒を見てもらうことにした。
それぞれに部屋の鍵と安全装置の鍵と渡して呑気に旅している間に、警備員が駆け付ける騒ぎになったらしい。
帰国したら警備会社から知らせが届いていて、騒動を知った。
その後も度々、早朝に電話がかかってくる。
早朝の電話というのは本当に心臓に悪い。
そのような時間の電話は、近親者の一大事とか、とんでもない出来事でかかってくることが多い。
真っ先に高齢の兄と姉のことが頭に浮かぶ。
飛び起きて電話に出ると「ご無事ですか?」と。
は、なにが?
ああ、私のこと?
電話に出るくらいだから無事に決まってるじゃん・・とは言わない。
ああ、すみません、又やりましたか。
私は普段の生活をする部屋の他に、仕事用にもうひとつ階段を挟んで向かい側の部屋を使っている。
そちらにも動くものに対するセンサーが入っている。
部屋を留守にするときに外出の設定にしておかないと当然部屋に人がいることになり、12時間以上動くものがないと倒れているとみなされる。
仕事部屋を外出設定にしておくのを度々忘れる。
たぶん警備会社のブラックリストに私の名前が載っているのではないかと思う。
そのうち本当に倒れても「またあのひとか。ほっとけ」となるかも。
ある時、お蕎麦を茹でるのに大量のお湯を大鍋で、その隣でヤカンにもお湯を沸かしていた。
湯気がもうもうと部屋中に充満したら「火事です!火事です!」
ものすごい勢いで警報が鳴り、すぐさま電話がかかってきた。
「どうしました?大丈夫ですか」
すみません、湯気が・・・悪いのは湯気なんです。
受話器に向かって頭を下げる。
しかし、この反応の速さには感心した。
これで「又あのひとか」がふえた。
警備会社には迷惑かけているけれど、心強い。
近所の家で以前よく警戒音が鳴っていたけれど、最近聞かない。
面倒くさくなって契約を解除したのだろうか。
私の家にはろくなものが無いから、泥棒さんは入るだけ時間のむだ。
ただ私が倒れたとき、長い間見つからないのは困る。
猫がお腹すかせるし。
最近になって、生まれて初めて一人暮らしをするようになった。
大家族でにぎやかに育った私は、本当に寂しい。
けれど、実に快適。
真夜中に目が覚めると、家族に気兼ねしてベッドの中で過ごすことが多かった。
そんなこともしなくていい。
さっさと起きて夜中に1人酒盛りしたり、煌々と電気を点けて体操したり。
2019年10月3日木曜日
手助け
サントリーホールのコンサートの前に六本木一丁目付近のカフェでお茶を飲んだ。
大きなテーブルの端っこに座っていたら、私の向かいに車椅子の男性が座った。
相当体が不自由らしく、車椅子をテーブルにまっすぐに向けるのも大変そうなのだ。
始めは手伝おうと思ったけれど、非常にしっかりした人のように見えたから、黙ってみていた。
むやみに手を出すのも良くないと思ったので。
やっと車椅子が収まって、店のスタッフがケーキとコーヒーを運んできた。
すると添えられたあったスプーンを手に持とうとしている。
見ると指は全て曲がってしまい、両手とも握った状態だから指の中にスプーンを入れるのも悪戦苦闘している。
私がなおも見ていたら、こちらをちらっと見た。
そこで声をかけようと思ったけれど、そういうことを喜ばない人のように見えたので、なおも黙っていた。
彼はまず、スプーンをかろうじて口に咥えた。
口からぶら下がったスプーンを自分の握られた指の隙間から押し込む。
何回も手順を踏んでやっとスプーンは彼の握りこぶしの中に入った。
これも何回も練習したのだろう。
うまいものだと感心して思わず拍手をしたくなった。
その人もしてやったりという表情。
そして今度はケーキの上にあった紙のデコレーションを取り除こうとした。
しかし、紙は薄くて小さいのでこういう繊細なものは無理なようなので、やっと手助けすることにした。
向かい側から手を伸ばして取り除くと「ご協力ありがとうございます」と明るい声でお礼を言われた。
なにかお手伝いしますか?と訊いたけれど返事はない。
「そのケーキ私が食べて差し上げましょうか?」と言われると思ったらしい。
それからケーキを食べコーヒーをストローで飲んでいた。
温かいコーヒなので熱くないか心配したけれど、少しずつ用心して飲んでいるから大丈夫と見た。
体の不自由なひとを見たらすぐに手を出したくなるけれど、ご本人が喜ぶかどうかわからないから様子を見ることにしている。
この人は自分でなんでも工夫して解決する性格の人と見たから、最小限の手助けしかしなかった。
多分リューマチとかそのような病気で手の骨が曲がってしまったのだろうと思う。
以前駅の改札口で白い杖のひとを見たから、お手伝いしましょうか?と声をかけて病院まで誘導したことがあった。
その人はなんだか少し見えているようで薄笑いを浮かべられて、それでもありがとうと言いながらさっさと病院に入っていったので、余計なことをしたらしい。
私は最近髪の毛を薄い色にしたら、電車で席を譲られ、店のレジでは一緒にお金を数えてくれて、買い物をカートに入れてくれてと、周り中が親切にしてくれるのがいささかうざい。
保護されすぎて緊張感がなくなるのが怖いから、なるべく親切にしないでほしいと思う可愛げのない年寄りなのだ。
本当に手助けがほしいときには大声で助けを求めるので、そのときはぜひ助けてください。
先日ホームセンターで買い物をしたらレジのお姉さんが「これはベッドパッドですよ」とか言うから「そんなこと知っとるわい」と言おうかと思った。
知らないものを買うわけないでしょう。
実に優しげに言うけれど、表情は冷たい。
気持ち悪いこと甚だしい。
デパートでもベッドスプレッドを物色していたら「これはベッドの上にかけるものです」
なんでわかりきったこといちいち言うの?
私はまさしくベッドスプレッドを買いたいのでここにいるわけで。
虫の居所が悪いと文句言うけれど、最近は穏やかになってきたからハイハイ。
でもその売場ではもう買わない。
多分管理者たちは、高齢者には噛んで含めるようにものを言うように店員を教育するのだろうけれど、それが高齢者をだめにすることに気付いておられないようだ。
本当にできない人には全面的に手を貸してもらいたい。
しかし、大部分の人は自立できているから、助ける必要はない。
這ってでも階段の上り下りできなくなったら、そのときはおんぶしていただきたい。
サントリーホールに入ったらさっきの車椅子の人がいた。
体が不自由でも、こうして1人で音楽を楽しみに来ることのできる人なのだ。
大きなテーブルの端っこに座っていたら、私の向かいに車椅子の男性が座った。
相当体が不自由らしく、車椅子をテーブルにまっすぐに向けるのも大変そうなのだ。
始めは手伝おうと思ったけれど、非常にしっかりした人のように見えたから、黙ってみていた。
むやみに手を出すのも良くないと思ったので。
やっと車椅子が収まって、店のスタッフがケーキとコーヒーを運んできた。
すると添えられたあったスプーンを手に持とうとしている。
見ると指は全て曲がってしまい、両手とも握った状態だから指の中にスプーンを入れるのも悪戦苦闘している。
私がなおも見ていたら、こちらをちらっと見た。
そこで声をかけようと思ったけれど、そういうことを喜ばない人のように見えたので、なおも黙っていた。
彼はまず、スプーンをかろうじて口に咥えた。
口からぶら下がったスプーンを自分の握られた指の隙間から押し込む。
何回も手順を踏んでやっとスプーンは彼の握りこぶしの中に入った。
これも何回も練習したのだろう。
うまいものだと感心して思わず拍手をしたくなった。
その人もしてやったりという表情。
そして今度はケーキの上にあった紙のデコレーションを取り除こうとした。
しかし、紙は薄くて小さいのでこういう繊細なものは無理なようなので、やっと手助けすることにした。
向かい側から手を伸ばして取り除くと「ご協力ありがとうございます」と明るい声でお礼を言われた。
なにかお手伝いしますか?と訊いたけれど返事はない。
「そのケーキ私が食べて差し上げましょうか?」と言われると思ったらしい。
それからケーキを食べコーヒーをストローで飲んでいた。
温かいコーヒなので熱くないか心配したけれど、少しずつ用心して飲んでいるから大丈夫と見た。
体の不自由なひとを見たらすぐに手を出したくなるけれど、ご本人が喜ぶかどうかわからないから様子を見ることにしている。
この人は自分でなんでも工夫して解決する性格の人と見たから、最小限の手助けしかしなかった。
多分リューマチとかそのような病気で手の骨が曲がってしまったのだろうと思う。
以前駅の改札口で白い杖のひとを見たから、お手伝いしましょうか?と声をかけて病院まで誘導したことがあった。
その人はなんだか少し見えているようで薄笑いを浮かべられて、それでもありがとうと言いながらさっさと病院に入っていったので、余計なことをしたらしい。
私は最近髪の毛を薄い色にしたら、電車で席を譲られ、店のレジでは一緒にお金を数えてくれて、買い物をカートに入れてくれてと、周り中が親切にしてくれるのがいささかうざい。
保護されすぎて緊張感がなくなるのが怖いから、なるべく親切にしないでほしいと思う可愛げのない年寄りなのだ。
本当に手助けがほしいときには大声で助けを求めるので、そのときはぜひ助けてください。
先日ホームセンターで買い物をしたらレジのお姉さんが「これはベッドパッドですよ」とか言うから「そんなこと知っとるわい」と言おうかと思った。
知らないものを買うわけないでしょう。
実に優しげに言うけれど、表情は冷たい。
気持ち悪いこと甚だしい。
デパートでもベッドスプレッドを物色していたら「これはベッドの上にかけるものです」
なんでわかりきったこといちいち言うの?
私はまさしくベッドスプレッドを買いたいのでここにいるわけで。
虫の居所が悪いと文句言うけれど、最近は穏やかになってきたからハイハイ。
でもその売場ではもう買わない。
多分管理者たちは、高齢者には噛んで含めるようにものを言うように店員を教育するのだろうけれど、それが高齢者をだめにすることに気付いておられないようだ。
本当にできない人には全面的に手を貸してもらいたい。
しかし、大部分の人は自立できているから、助ける必要はない。
這ってでも階段の上り下りできなくなったら、そのときはおんぶしていただきたい。
サントリーホールに入ったらさっきの車椅子の人がいた。
体が不自由でも、こうして1人で音楽を楽しみに来ることのできる人なのだ。
イ・ムジチ合奏団
チケットを頂いたのでサントリーホールへでかけた。
モーツァルト:ディヴェルティメント K136
ヘンデル:オペラ「ジュリオ・チェーザレ」から、この胸に息のある限り
オペラ「セルセ」から、オンブラ・マイ・フ
テレマン:ディヴェルティメント TWV 50:23
モーツァルト:モテット「エクステラーテ・ユビラーテ(踊れ、喜べ、幸いなる魂よ)K165
ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲「四季」op.8
ソプラノ独唱: 天羽昭恵
ヴァイオリンソロ: アントニオ・アンセルミ
天羽さんは素晴らしいソプラノ歌手。
コロラトゥーラとリリックの声質を兼ね備え、海外のコンクール優勝や国内外の歌劇場でも高い評価を受けている。
そしてヴァイオリンのソリストは・・・
アンセルミ氏は急逝して代わりにマッシモ・スパダーノ氏が演奏することになった。
演奏に先立ってアンセルミ氏を偲んで「アヴェ・マリア」(そう聞こえたけれど本当は何という曲だったのかわからない)の演奏があった。
それが終わると、明るくモーツァルトが始まった。
素晴らしい速さ、軽々と弓が宙を舞う。
何よりも和音の美しさ!
代役というにしてはとんでもなく達者なスパダー氏。
目が回るほど指がよく回る。
私は今から30年ほど前、イ・ムジチのメンバーの、パスクワーレ・ペレグリーニ氏のソロで「四季」を弾いたことがあった。
私は指が早く動く方だけれど、さすがの私も追いつけないほどの速さだった。
今日の演奏も超特急。
考えてみればイタリア語のあの速さに合ったテンポなのだろう。
さてイ・ムジチとの出会いは、私が中学生の頃に遡る。
横浜の県立音楽堂は素晴らしい音響で有名だったけれど、会場が良いだけでなく明らかに音の出し方が違うと思ったのが、私の音質を探す旅の原点となった。
大学を卒業するときに先生から「仕事はどうするの?」と訊かれて「弦楽アンサンブルに入りたい」と言ったら「それじゃ食えないよ」
頭にはかつて聴いた、ローマ合奏団やイ・ムジチ合奏団の音が響いていた。
うーん、食っていかなきゃいけないのかあ、それでオーケストラに入ったらなんのことはない、もっと食っていけなかった。
それでも丸々太っていられたのは、親のおかげ。
最初にフェリックス・アーヨの演奏を聴いたときには、震えが来るほどだった。
時を経て、フェリックス・アーヨの弟子である日本人の女性と結婚したペレグリー二氏と思いがけなく同じステージに立てて、彼が帰国するときに空港まで車で送っていった。
車中で話しが纏まって、彼がかつて愛用した楽器「ガブリエリ」を譲り受けた。
そんなわけで、イ・ムジチは到底手の届かない存在でありながら、非常に親しみを覚える。
今日のアンコールとしてバッハの「アリア」が演奏された。
聴いているうちに、これは亡くなったアンセルミ氏に捧げる曲だと思ったら涙が出た。
弾き終わったメンバーが涙を拭っているのを見て、又涙。
アンコールの最後は日本の歌「赤とんぼ」
しかし、日本人の大好きな「四季」と「赤とんぼ」を並べて、なんだかここまですると嫌だなあという気分になる。
これさえ持っていけば、日本人は大喜びさ・・・みたいな。
もちろん日本側の要求だとは思うけれど。
昨日は女子会で素晴らしい和食をいただいた。
今日はイタリアの極上の音を聴いた。
夢心地で家に帰ると、猫は腹減ったとわめき、部屋は散らかり、明日の英語のレッスンの予習が全くできていない。
やれやれ、いきなり引きずり落とされたなあ。
消費税増税前に、猫の餌の買い置きをしようと思っていたのにすっかり忘れていた。
現実は厳しい!
89
モーツァルト:ディヴェルティメント K136
ヘンデル:オペラ「ジュリオ・チェーザレ」から、この胸に息のある限り
オペラ「セルセ」から、オンブラ・マイ・フ
テレマン:ディヴェルティメント TWV 50:23
モーツァルト:モテット「エクステラーテ・ユビラーテ(踊れ、喜べ、幸いなる魂よ)K165
ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲「四季」op.8
ソプラノ独唱: 天羽昭恵
ヴァイオリンソロ: アントニオ・アンセルミ
天羽さんは素晴らしいソプラノ歌手。
コロラトゥーラとリリックの声質を兼ね備え、海外のコンクール優勝や国内外の歌劇場でも高い評価を受けている。
そしてヴァイオリンのソリストは・・・
アンセルミ氏は急逝して代わりにマッシモ・スパダーノ氏が演奏することになった。
演奏に先立ってアンセルミ氏を偲んで「アヴェ・マリア」(そう聞こえたけれど本当は何という曲だったのかわからない)の演奏があった。
それが終わると、明るくモーツァルトが始まった。
素晴らしい速さ、軽々と弓が宙を舞う。
何よりも和音の美しさ!
代役というにしてはとんでもなく達者なスパダー氏。
目が回るほど指がよく回る。
私は今から30年ほど前、イ・ムジチのメンバーの、パスクワーレ・ペレグリーニ氏のソロで「四季」を弾いたことがあった。
私は指が早く動く方だけれど、さすがの私も追いつけないほどの速さだった。
今日の演奏も超特急。
考えてみればイタリア語のあの速さに合ったテンポなのだろう。
さてイ・ムジチとの出会いは、私が中学生の頃に遡る。
横浜の県立音楽堂は素晴らしい音響で有名だったけれど、会場が良いだけでなく明らかに音の出し方が違うと思ったのが、私の音質を探す旅の原点となった。
大学を卒業するときに先生から「仕事はどうするの?」と訊かれて「弦楽アンサンブルに入りたい」と言ったら「それじゃ食えないよ」
頭にはかつて聴いた、ローマ合奏団やイ・ムジチ合奏団の音が響いていた。
うーん、食っていかなきゃいけないのかあ、それでオーケストラに入ったらなんのことはない、もっと食っていけなかった。
それでも丸々太っていられたのは、親のおかげ。
最初にフェリックス・アーヨの演奏を聴いたときには、震えが来るほどだった。
時を経て、フェリックス・アーヨの弟子である日本人の女性と結婚したペレグリー二氏と思いがけなく同じステージに立てて、彼が帰国するときに空港まで車で送っていった。
車中で話しが纏まって、彼がかつて愛用した楽器「ガブリエリ」を譲り受けた。
そんなわけで、イ・ムジチは到底手の届かない存在でありながら、非常に親しみを覚える。
今日のアンコールとしてバッハの「アリア」が演奏された。
聴いているうちに、これは亡くなったアンセルミ氏に捧げる曲だと思ったら涙が出た。
弾き終わったメンバーが涙を拭っているのを見て、又涙。
アンコールの最後は日本の歌「赤とんぼ」
しかし、日本人の大好きな「四季」と「赤とんぼ」を並べて、なんだかここまですると嫌だなあという気分になる。
これさえ持っていけば、日本人は大喜びさ・・・みたいな。
もちろん日本側の要求だとは思うけれど。
昨日は女子会で素晴らしい和食をいただいた。
今日はイタリアの極上の音を聴いた。
夢心地で家に帰ると、猫は腹減ったとわめき、部屋は散らかり、明日の英語のレッスンの予習が全くできていない。
やれやれ、いきなり引きずり落とされたなあ。
消費税増税前に、猫の餌の買い置きをしようと思っていたのにすっかり忘れていた。
現実は厳しい!
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