2020年4月3日金曜日

コロナ怖くて花粉症治る

私の実際の誕生月は4月。
戸籍上では3月生まれになっている。
これは私の孟母の陰謀だった。
4月初めの生まれなら3月末の生まれということにしてしまえば、数日の差で小学校に1年早く入れる。
私が生まれた時点で思いつけばよかったのだけれど、学齢近くなってから実行されたので、相当揉めたみたい。
1日2日の違いで、入学が早まれば助かる。
うちにゴロゴロ6人も子供がいて、早く全員学校に入れたい。
親の自由な時間が増える。

いくら戦後のどさくさとは言え全く乱暴な話で、私が晴れて小学一年生となるには紆余曲折があったようだけれど、母は卑弥呼様だから逆らう人はいなかったようだ。
それでも私が1年生のつもりで入学式に行ったら、私の椅子がなかったらしい。
私はまんまと入学したけれど、次の年にも入学案内が届いたらしい。
なんとなく揉めているのは子供ながらに覚えている。
それでも私は我関せずで、兄姉全員が通った学校は自宅のようなものだった。
今なら戸籍を変えるには裁判しなければならないと思う。
当時だって簡単に戸籍を変えられるわけがない。
一体どうやったのか訊いてみたいけれど、母はとっくにお釈迦様のところへ行ってしまった。

それで私の本当の誕生月は4月で、誕生日の頃は桜の花盛り。
素敵な誕生日を迎えられると思いきや、毎年熱を出して寝込んでいた。
まだ花粉症が世の中に知られていなかった頃には、春になるとなぜこんなに具合が悪くなるのか訝しく思った。
今年はとんでもない疫病が流行って、憂鬱なニュースが連日報道されている。
ところが、そのお陰と言ってはなんだけど、今年は風邪をひかない、気管支炎が治るという副産物があった。

去年の暮、風邪の後遺症で咳だけが残った。
毎年のことだけれど、1月にスキーに行くつもりだから、何時までも咳が続いては困る。
珍しく病院へ行く気になった。
健康診断も何年も飛ばすくらいだから、めったに病院へはいかない。
それで私にはホームドクターがいない。
ネットで調べると、隣の街に良さそうな呼吸器内科医院を発見。
私は幼少時は虚弱児だったけれど、長じてからはかなり無理がきくようになった。
少しくらい熱があっても「気合だあ!」と動いているうちに治ってしまう。
けれど、咳だけはどうしようもなかった。
その病院に行くと咳喘息の診断が出て、ステロイドの吸引で治すことになった。
お陰で咳はもう殆ど出ない。

初めて咳に悩まされない冬を送ることができた。
そこへコロナウイルスが猖獗を極めはじめた。
本当に良いタイミングで治療ができたのだ。
しかも手洗い、うがいを今までになく丁寧にしたお陰で、風邪もひかない、花粉症も軽減、春にこんなに体調が良いことは珍しい。

世の中のイベントが中止されると暇になる。
コンサートにも映画にも行けない。
家でちゃんと料理をする。
バランスのとれた献立になる。
毎日公園への散歩をするので、足の筋肉が増えた。
お陰で足首の痛みも軽減。

「人間万事塞翁が馬」「禍福はあざなえる縄のごとし」
昔の人はうまいことを言ったものだ。

歌舞伎座近くの老舗のお弁当屋さんが廃業に追い込まれたと、今朝のニュース。
一方では生産が間に合わないほどの業界もあると思う。
どんな時でも、運、不運は隣り合わせ。
私達の業界は一番割を食う業種で、今、フリーのミュージシャンはどうしているのだろうか。
それでも好きで入ったこの世界で働けるのは、幸せだと考える人が多いのではないか。

私は暇な今、ベートーヴェンの5番・9番・10番のソナタを練習している。
公演の当てがないから、じっくりゆっくり。
今まで殆ど弾いたことがない10番のソナタに魅了されている。
このプログラムで公演予定だった人たちがいて、コンサート目前で中止になった。
そこに付け入るnekotama。
せっかく練習したのだから私に遊びで弾かせて頂戴。
ピアニストにお願いして合わせだけしてもらうことになった。

その前に本人たちの練習を聴かせてもらった。
若手の男性ヴァイオリニストは並々ならぬ実力で、バリバリと3曲、全く休憩無しで弾いていく。
途中で息切れすることもなく、最後まで完璧な音。
この大曲を弾いてケロッとしていられる並外れた体力、集中力には恐れ入った。

彼と話をしていくうちに、意外な人脈の連鎖を発見。
有名なヴァイオリニストのお弟子さんだった。
私はその方の先生とは10年間一緒に弾いていた。
こんなひどい時期に、それでもなお新たな楽しみが発見できるなんて。

普通の人なら、そんな上手いヴァイオリニストの相棒に合わせをお願いするほど図々しくできない。
でもこのチャンスを逃す手はない。
相手はコンサート目前だったから十分弾き込んでいる。
それに便乗すればなにか新しい発見があるかもしれない。
この図々しさが私の経験の源なのだ。
物おじしないと言うか命知らずと言うか恥知らずと言うか・・・
遊びはもう少しあとになりそうだけど。

命は惜しいから、コロナには臆病、お陰で花粉症も無事、喘息も治った。




































2020年4月1日水曜日

エイプリルフール

前回のnekotamaでマスクが木に実る空想を書いた。
そう言えば、以前エイプリルフールでスパゲッティの木が発見されたというニュースが流れた。
本気にした人もいたらしいけれど、いくらなんでもまさかね。
火星人襲来で大パニックになった年もあったらしい。
そのニュースは当日ではなく別の日だったというのだけれど。

さて、わが家のにゃんこは御年18歳。
具合が悪くて食物が喉を通らない。
少量でパックされているキャッツフードを買ってきて、毎日手を変え品を変えしても食べられないらしい。
成猫用、子猫用、柔らかいもの、スープ状など、取り揃えてあるのに。
特に外見に目立った兆候はないけれど、お別れの日が近づいているのは覚悟していた。
けれど、私はこの猫がいなくなると、本当に一人ぼっちになる。
北軽井沢の森の中で猫と一緒に過ごすのは、この上なく楽しかった。
大好きな森の木々の中で人っ子一人いなくても、寂しくなかったのはこの子のお陰。

数日前から一切物を食べないので動物病院へ連れて行った。
ここの病院との付き合いは50年近くに亘る。
今の先生のお祖父様の頃からのお付き合い。
骨格の大きいおじいさん先生は、真っ白なひげを伸ばしていた。
最初の猫を連れて行ったときには、大柄な体格に似合わず優しい声を出して、猫が気が付かないうちに注射が済んでいるような手早さ。

おじいさん先生が引退すると、息子さんの代になった。
聞くところに依ると、その先生はドイツのアウトバーンで車が横転して足を傷めてしまったそうなのだ。
車椅子の生活をしながら、診察を続けていた。
車椅子では往診ができないから、弟さんが獣医師になった。
弟さんはひげを生やし、ちょっと宇崎竜童似の人で、最初は普通の会社員だった。
お兄さんが怪我をしたため、もう一度大学に入り直して獣医さんになったという。
普通でも獣医師になるのは大変だと思うけれど、会社勤めの合間に勉強するのはさぞ大変だったと思う。

その動物病院は、私が最初の猫を連れて行ったときから全く変わらない。
建物も設備もずーっとボロボロ。
全く儲け主義でなく、一時期治療費を1000円だけ値上げしたことがあった。
私は多数の猫の治療費でアップアップしていたから、つい愚痴をこぼした。
「私、猫の治療費のために働いてばかり」と言ったら、次の治療から元の値段に戻してくれた。
ひげの先生は本当に良い人だった。
預けられて飼い主が取りに来られない猫や犬がいつもいた。

車椅子の先生も、ひげの先生も亡くなった。
その息子さんの先生の代になって、私の最後の猫もここでお世話になっている。
病院と一緒に古びた飼い主と猫は、最新設備の小綺麗な病院は似合わない。
毎日胃の治療薬と栄養剤を点滴してもらっている。
昨日、病院から帰って柔らかい餌を口の端から入れてみたら飲み込んだ。
夕方お腹が空いた風の顔をするから少し食べさせた。
でもそれっきり。

食べたくないのに無理に食べさせようとすると、猫にはストレスになる。
こういう状態になったら治療はしないはずだったけれど、やはりこのまま逝かれては気持ちの整理がつかない。
私のエゴだけれど、もう少し生きて、一緒に北軽井沢で過ごしたい。
実際北軽井沢に行くと、猫も元気になるのだ。
北軽井沢の家の近くに、遠くからも治療を受けに来る評判の良い動物病院がある。
あそこに行けばもしかして回復するかもしれない。
でも私にはわかっている。
彼女はもうすぐ私を置いてけぼりにすることを。
ここが一番辛いところなのだ。
どこで治療をやめるかが決められない。
実際食べなくなって治療をしないと、間もなく眠るように逝ってしまう。

先月の末に北軽井沢に行くつもりだった。
管理人に電話して水道と電気を通してもらうように頼んでおいた。
けれど数日前、雪になったという連絡が来た。
それもかなりの大雪だそうで、それではもう少し暖かくなるまで延期しようと言うことになった。
せっかくのチャンス、もしかしたら最初の予定通り北軽井沢に行っていたら、猫も元気になっていたかもしれないし、具合が悪くても地元の名医に治療してもらえたかもしれない。
今はこの調子では、3~4時間の車の移動は可哀想かもしれない。

明日になれば猫がむしゃむしゃと餌をたべて、うそだよ、エイプリルフールだよ~と言ってくれないかしら。

オーケストラにいたころ、4月1日は指揮者を騙すのが恒例だった。
練習が始まる前、当日の練習には使わない楽譜が配られる。
指揮者が入ってきて指揮棒が振り下ろされると、全く違う曲が始まる。
慌てる指揮者。
指揮台の上のスコアをひっくり返して、あれ!なになに?
そこで皆で大笑いする。
本当に楽隊はいたずら好きだった。

ところがうわてを行く指揮者は、そのまま棒を振り続ける。
練習していない曲だから、そのうちにメンバーの演奏に破綻がくるのをニヤニヤしながら楽しむ人もいた。

練習場のドアに、手書きで自動ドアと書いた紙を貼ったこともあった。
まさかと思ったけれど、ほとんどの人が引っかかったのは愉快だった。
その日はコーラスの入った曲の練習。
コーラスの人たちは、いつもここに来るわけではないから知らないのは当たり前だけれど、毎日のように通ってきているメンバーでも騙される人がいた。
ドアの前で一旦停止、おや?ドアが開かない・・・他愛ないいたずら。

コロナはなかな収束しない。
本当にマスクの木があればいいのに。
無事にこの状況を抜けられますように。



























2020年3月28日土曜日

ノラ猫捕獲

近所の空き地に大勢猫が屯している。
日差しを浴びてのんびりと毛づくろいしたり、それぞれの個体が近すぎず遠すぎず、グループごとにうまく付き合っている。
よく観察すると、一匹の白黒の猫に女の子が二匹。
これは母親とその娘たち。
雄猫とメス猫のカップル。
若い雄猫が5匹くらいと、ガタイの良いボスねこ。
毎年シーズンには子猫が生まれてチョロチョロと走り回っている。

先週のこと、上の階に住む女性Oさんが私を訪れた。
「もうほかに頼むところがなくて」と言いながら。
友人たちは皆反対するばかりで、頼れるのはお宅だけなんです、と。
話を聞くと例の空き地の猫に関することだった。

空き地の奥に古いアパートが建っている。
建っていると言ってもようやくのことで、と頭につけたいくらい老朽化している。
そのアパートに男性が一人で住んでいる。
その人が猫たちに餌をやっている。
その人は餌だけやって、他のことは一切面倒を見ない。
そのため、メス猫はシーズンごとに子供を産んでしまう。
フンの始末もしない。
近所から苦情が出てもどこ吹く風、猫たちはのんびりと幸せそうにしているから、可愛がられているのはわかる。

その古いアパートが取り壊されることになった。
新しい建物が建つらしい。
そうなると猫たちは行き場を失う。
それを聞きつけた上の階に住むOさんが、心配のあまり気が狂いそうになって駆け込んできたという経緯なのだ。

なんとかメス猫に不妊手術を施して子供の数をへらそうと様々に奔走したらしい。
区役所に訴え、動物の保護団体などに紹介してもらったりしてもはかばかしい返事は得られない。
結局自分で猫を捕獲して獣医師のところまで連れて行かないといけない。
これが日本の役所の動物の扱いなのだ。
野良猫の捕獲はとんでもなく難しい。
長い時間をかければ、我が家の駐車場に来ている猫のように触ることもできる。
けれど、根っからのノラの警戒心たるや、一瞬の油断も見せない。

餌をやっている男性にはなついているから、彼がやってくれなければ手の出しようがない。
しかし彼は、猫をそんな目に合わせるのはものすごく嫌なのだ。
Oさんは思い込んだら命がけみたいな性格だから、連日男性に電話をして叩き起こしたり、ドアを叩いて外に呼び出したりしている。
さぞや迷惑なことだろうと男性に同情する。
とにかく捕獲してくださいと頼むと、気弱そうなその人は網があればできると言うから、釣具屋さんに行って、頑丈な釣り用の網を買って持っていった。
けれど、彼は全く乗り気ではないのだから、やってくれない。

Oさんは、その間、日本の動物の扱いがひどすぎると息巻いている。
ドイツでは!(彼女はドイツで長年仕事をしてきた)動物はちゃんと管理されて、役所に電話すれば保護してくれる。
日本はひどい!

日本の動物保護は確かにひどい。
けれど、仏教の考えでいけば、人間と動物は同等。
私は無宗教だけれど、どちらかと言えば仏さまに親しみが湧く。
彼らには彼らの社会があって、人は口を出すべきではない。
だから、自然に任せて弱いものは淘汰される。
特にその空き地にいる猫たちはのんびりして幸せそうなのだ。
欧米の考えは、全ては人間が自分たちの力の及ぶ限りは管理する。

私は猫の世界に口出しする気はない。
たとえ苦労したとしても、猫にとってはそのほうがずっと幸せだと思っている。
しかし、Oさんがあまりにも一生懸命なので、気の毒になってうっかり手を貸してしまった。

うちの歴代の猫たちご愛用のケージを貸し出した。
少しずつ餌をやったりして気が緩んだ猫が、ケージの奥においた餌を食べようと入っていった。
そこで扉をガチャン!
捕獲成功!

その前に近所の獣医師にお願いして、捕獲器なるものを貸してもらうことになっていた。
実物を見にいったら、いかにも恐ろしげで金属の扉がガチャンと閉まる音を聞いたら、トラウマになりそうだったのでお返しした。

うちの猫がお世話になっている病院で今日手術をしてもらった。
私は猫といえども子供を産む権利があると思っている。
人間社会に生きる以上やむを得ないけれど、どうにも悲しい。
私が今まで保護した数しれない猫たちは、手術すれば当然我が家の飼い猫になった。
私は今の年齢からすると、猫より早く逝ってしまうと思う。
その段階で飼主を失った猫は悲惨なことになるから、もう新しい猫は飼わないようにしている。
それで手術後は元の空き地に戻すことにしたけれど、これはなかなかつらい。
根っからのノラは人になれるのが遅い。
我が家には今一匹の老猫がいる。
御年18歳。
その猫が野良猫の侵入でどうなるかも考えると恐ろしい。

彼女は多頭飼いの我が家にいて、常にミソッカスだった。
ほかの猫を避け、私にはなかなか甘えられず、押し入れで暮らす毎日。
他の猫がいなくなってようやく一人になって、思う存分私に甘えられる。
こんな日が来るなんて。
顔付きがどんどん優しくなって、甘え声を出すようになった。
そんなところに若い野良猫が入ってきたら、又押し入れに逆戻り。
悪くすれば寿命も短くなってしまう。

今日手術が済んで治療費をOさんに伝えたら、ドン引き。
彼女はわかっていなかったのだ。
どれほど動物病院の治療費が高いか。
補助金が役所から出るにしても、到底足りない。
今までの勢いは急速にしぼんで、ここまででおしまいにしましょうと言う。
それなら初めから大騒ぎしなければいいのに。
やたらと騒いで餌やりの男性を引きずり回し、私に様々な交渉を丸投げし、日本の制度をくさしていたのだ。
お金が惜しくてやめるくらいなら、最初から手を出さなければいい。

近所にも沢山の猫を保護している家がある。
私も病気の猫は必ず保護して治療して飼ってきた。
結局コロナウイルス騒ぎでOさんは自宅勤務していたので、暇ができて猫の騒ぎにつながった。
月曜日から仕事があるから、もうできないと言う。
私だって何十年も普通以上に仕事しながら、夜中に猫を病院に連れて行ったり、高い治療費を泣く泣く払ってきた。
それができないなら、最初から猫の保護するなんて言わないほうがいい。

手術の済んだ猫を引き取って、もとのアパートのドアの破れ目から室内に入れた。
猫はさっさと引っ込んだけれど、今日は一日室内にいてほしいと思った。
外では傷口に泥がついたリしかねない。

やっと騒ぎが終わったのでOさんとお花見をすることにした。
駐車場に椅子を出して紅茶とケーキで、猫捕獲成功祝の慰労会をした。
目の前の道を近所の人が通る。
ゴミ収集車のドライバーが会釈をする。
ヤマトの配達員が通ったから、うち?と尋ねると、いえ違います。
あと何匹か保護対象の猫がいるけれど、大騒ぎで疲れ果てて昨日は寝込んでしまった。

目が覚めると喉が痛い、咳が出る、だるい。
やや、コロナか?
外出を控えてぐっすり眠ってしまった。
目が覚めたら、気分が良い。
喉の痛みも消え、検温したら全くの平熱。
良かった。
食べ物が美味しい。
隠れコロナもいるそうだから油断はできないけれど、ここ数日は外出もほとんどしていない。
野菜を買いにスーパーへ行ったくらい。

姪が化粧品畑にいるので、マスクが手に入ったから届けると言ってきた。
五枚だけで申し訳ないけど、と言いながら。
やっと手に入った貴重なマスクだから、大事に使おう。
ほかからもマスクいる?とメールが来た。
皆さん自分で使いたいところなのに、こうして分け合ってくれるのがありがたい。
私なら穴掘って埋めて隠しちゃう。
それで後で掘り出そうとすると、どこに埋めたかわからなくなる。
そのうち芽が出てマスクの木が伸びる。
たわわにマスクが実ったから売りに出すころには、とっくにコロナは終わっていて、全く売れない。
たいていそんなことになるから、沢山あれば分けて感謝されるほうが良いかな。
堪え性がないから、並んで買うなんてとうてい我慢できない。
これが食料品だったらとっくに餓死して、周りの人を喜ばせることになる。

















































2020年3月23日月曜日

顎が外れる

納豆ご飯を食べていた。
納豆というのは美味しいけれど、あのネバネバヌルヌルで始末が悪い。
最近は家からも出られずイベントは中止続き。
今まで忙しい生活だったのが本当に暇になったから、せめてご飯をゆっくり食べて暇をつぶそうと考えた。
噛む回数を数えながらのんびりとお昼ごはん。
ところが納豆の厄介なところは、噛もうと思うとヌルリと逃げる。
それをきちんと臼歯で捉えて噛もうとするのは中々難しい。
ぬめりがあるから、なんなく喉の奥へ入ってしまって、つい飲み込んでしまう。
顎関節は上下の動きは良いけれど、左右に動かすとちょっとしたことで具合が悪くなる。

やっと納豆を食べ終わって食事の後片付けをしていると、顎が微妙に痛い。
あれ、もしや・・・
鏡を見たら左の広角は上がっているのに、右の口角は下がってへの字になっている。
顔が歪んでしまったらしい。
本当にこんなことでかみ合わせが違ってしまうなんて。
そう言えば最近は人とおしゃべりすることがなくて、口の周りの筋肉が衰えているのかも。
自分で顔を両手で掴んで、ギュッと締めてみる。
少し痛い。
どうしよう、顎関節の歪みの治療はどこにいけば、いいのかな。

そこで原始人は考える。
これは自分で解決するしかない。
左右の顎を触ると、右側が少し痛い。
右足、右膝、右顎、痛いのはみな右ばかり。
一度大きく縦に口を開けると、動きはそれほど悪くない。
これは今のうちに元の位置に戻せるかもしれない。

何回か運動しているとやや痛みが収まって、そこでいつもの荒療治。
体を甘やかしてはいけない。
その後、牛肉を食べることにした。
良く噛んでいるうちに顎は元の位置に収まったようだ。

体のどこもかしこも故障だらけで、蝶番が緩み、崩壊寸前だけど、仕方がない。
長年使い古されても、車のように部品だけ取り替えるというわけにはいかない。
それでも、最近は遅めながら走れるようになってきた。
痛い膝を人工関節に交換すれば、そのうちマラソンを始められるかもしれない。

先日病院で処方された薬。
早くも2日目に効き目があらわれた。
まさかと思ったけれど、本当にそのまさか。
しかし、次の日に猛烈な足の攣りにあって、薬の副作用?これはやめようと思った。
それでも1週間ほど飲んだら、まさに奇跡!
メキメキと体全体が生き返ったようだ。

つい半月ほど前からなんとなく具合が良くなってきたのを感じた。
今年の冬は暖かかった。
それも良かったのかもしれない。
私は暑さに弱く、1年のうち元気なのは寒い時期。
それでもポンコツの体には寒さが堪えていたのかもしれない。
足の痺れは嘘のように消えた。
もともと極端に薬を飲まないから、飲むとえらく効くのだ。
今までなんにもしなかったのに急に治療が始まって、体がびっくりしたのかも。
ショック療法が効いた?
とうてい無理と思った片足立ちができるまでに回復した。

去年の暮にこの病院を訪れたのは、風邪のあとに咳だけ残り、コロナと間違えられてはいけないと咳のための治療をはじめたから。
そのときに喘息の検査をしたのも良かった。
医師はもしかしたらコロナを疑ったかもしれないけれど、肺はとてもきれいだった。
内蔵や骨はきれいなのに、なんで容姿がきれいでないのかと嘆きたくなる。
喘息の治療が思わぬところで良い方向に向かったようだ。
たまたま待合室で見かけた足梗塞のこと。
それで今回の治療につながってきたのは本当に幸運だった。

この1年半ほど、自分がよぼよぼのおばあさんになったと思って嘆いていたけれど、これで又、元気で陽気で獰猛な私に戻れるかな。
周りの人たちは戦々恐々、もう一度弱ってほしいと思うかもしれない。
みなさま、すみませんね。



















多頭飼い崩壊

近所に空き地がある。
そこに猫が、多いときには20頭超え。
春になると赤ちゃん猫がよちよち歩く。
それはそれは可愛らしいけれど、近所の人たちはたいそう迷惑らしい。
何回も行政に訴えがきたそうだ。

その子達は今にも崩壊しそうなアパートの1階の住人が適当に餌をやって、ドアに穴が空いているので自由に室内から外へと行き来している。
そのボロアパートが今度取り壊されることになったらしい。

昼間、階上の住人の女性が思いつめた顔をして訪ねてきた。
その人は無類のネコ好きなうえ、最近までヨーロッパで仕事をしていたので、考え方があちら風。
立ち退きを迫られたアパートの住人が、その猫たちをどうするのか心配でたまらないらしい。
海外では動物愛護の法律が日本の比ではなく充実しているという。
役所が猫の保護から里親探しまでするし、里親がいなければ保護施設で飼育するという。
日本の法律はおかしいと、訴えられた。
私に言われても困るけれど、日本では動物は器物扱いだから時々無性に腹が立つこともある。
自分の飼っている動物にひどいことをしても、日本では罰を受けることはないのだと思う。
あくまでも自分の物を壊したのだから、別に良いではないかと。
親から虐待されている子供でさえも、ちゃんと保護してくれない日本のお役所。

上の階の住人のOさんは行動的で、何回も役場に足を運び、動物愛護協会に掛け合い、なんとかしたいのになにも動かないので苛立っていた。
そして「もうお宅しか無い」と訪れてきた。

昼過ぎ、区役所の職員が来るので一緒に行ってほしいというので、出かけた。
アパートのドア前で二人の職員とOさんと私の4人で何回も声をかけるのに、住人は出てこない。
猫のことで近隣から苦情が頻繁に来るのだろうし、区役所の職員となると、厄介なことになると思ったのだろう。
区役所の人がドアをノックして呼びかけても出てこない。
中で音がしているので居留守なのはわかっている。

それで自分たちが交代で、私達は猫の心配をしているのであって、決して猫に危害を加えないことなど訴えかけた。
10分ほども呼びかけて、やっと住人が顔を出した。
私が自宅まで猫のケージを取りに家に戻っている間に、事情がわかったらしい。
飼い主は、猫が何匹いるのかオス・メス何匹いるのか、年齢すらわからないまま、好きなように家に出入りさせていたという。
暖かい日はそとの草むらに好きなように寝そべり、お腹が空けばドアの破れ目から室内に入って餌をもらう。
ある意味猫は気ままで好き勝手にできて、最高の生活だったと思う。
避妊も去勢もしていないから、子供が次々に生まれる。

そのうち猫たちは散らばっていつの間にか数が減る。
けれど、又子供が生まれるの繰り返し。
今、我が家の駐車場に餌を食べに来る白黒の猫は、明らかにそこの出身。
現地に戻っていくと、飼い主は仕事に出かけるといって自転車で出かけていった。
するとその脇を白い猫が伴走していくのがなんとも言えず可愛い。
本当に可愛がっていたのだと思うけれど、自分のキャパシティーを超えた飼い方は近所迷惑になるし、今回のように引越し先には連れていけないとなると、一体この人は猫たちをどうするつもりだったのだろうと思う。

可愛いし、寒さや飢えに苦しむ猫を見れば手を差し伸べたくなる。
本当に優しい人なのだと思うけれど、これだけの数を一気に野良にしたら大変な苦労が猫たちの行方に待ち受ける。
運の良い子はだれかに引き取られるけれど、大半の子は猫取りに捉えられ悲惨な最後を遂げる。
うちの猫の行きつけの動物病院に電話をすると、手術を引き受けてくれた。
こういう場合、役所からと獣医師会から助成金が出るらしい。
手続きのやり方を訊くと、3月いっぱいまでに3匹、年度初めの4月に残りの数匹を手術すれば、まだ助成金が潤沢にある時なので、ちゃんと貰えるとアドバイスをしてくれた。

女の子の手術は値段が高いので心配していたけれど、これで随分助かる。
ことがトントンと運んで、今まで心配で曇っていたOさんの顔が一気に明るくなった。
生真面目で優しい人なのだ。
日本では優しいと住みにくくなる。
それにしても動物に関する法律は本当にひどい。
























2020年3月15日日曜日

足が攣る

夢を見ていた。
私は幼稚園児くらいの子供になっていた。
私がしゃべっている。
「シとドを一緒に鳴らすと不協和音になるでしょう」
体の上に折りたたみ椅子みたいのものが乗っていて苦しい。
やめて!と言って目が覚めると・・・
凄まじい足の痛み。
つま先が反っくり返る。
いた~いと声にだして言うのは初めてというくらいの痛み。

いつもなら数十秒くらいで収まるのが、延々と続いて呻いた。
数日前から新しく薬を飲み始めて、しびれが収まったかと思った。
そんなに早く効き始めるわけがないと思うのに、ここ数日調子が良かった。
それなのに、なに!この猛烈な痛さ。
しばらく悶絶していると、猫がその足の上を平気で歩く。
毎日ご飯食べさせてトイレの掃除してやっているのに、この恩知らずめが。
救急車呼びたいけれど、これは間もなく終わるのだと自分に言い聞かせる。
救急車が来ても、歩いてドアを開けに行くことさえできない。

やっと痛みが収まって、ベッドから起き上がる。
そろそろと足を床につけると、もうなんでもなく歩ける。
そしてまたベッドに横になるといた~い!

これは新しい薬のせい?
薬の使用注意を見ると、お腹が痛くなるかもとしか書いていない。
朝起きてからも足が攣ったかすかな後遺症として、ふくら脛に違和感。
右足になにが起きているのだろうか。

昨日まではだいぶ調子が回復したと思っていた。
足早にあるけるようになったし、片足立ちも少しずつ時間延長。
階段の第一歩も手すりなしで上がれるように。
トントンとリズミックに登ることもできる。
下りはまだ苦手。
それでも今朝はカニ歩きのように横向きに降りなくても、縦向きに行くことができた。
すべてが回復に向かっていると思ったのに、ぶり返しがきたかもしれない。

痺れが収まると今度は攣りが交代。
自分の生活を振り返ってみる。
昨日は肉を沢山食べた。
最近の傾向は肉食女子に傾いている。
ビーフステーキ用の大きな牛肉を叩いて薄く伸ばし、衣とパン粉を付けて焼いた。
揚げないビーフカツ。
これがいけなかったかしら。
たっぷりキャベツとにんにく、きのこを添えて、りんごのはちみつ煮を食後に。
これのどこがいけないの?
昼食はご飯に納豆、めかぶ昆布、味噌汁、梅干しなど、日本の定番。
朝は紅茶、トースト、ゆで卵、キャベツとバナナのスムージー。
毎日こんな献立。
強いて言えば、量が多いかも。

体重の増減は最小限に抑えている。
毎朝体重計に乗って、食事のコントロールをしている。
けれども、食べるの大好きで、もう一口が多い。
これがなければあと2キロ体重を減らせる。
そうすれば足の痛みも改善できそうな気がする。

仕事が多いときは、今くらいの体重がないとスタミナがなくなるけれど、昨今の閑古鳥では体重は不要。
足に負担がかかるだけだから、1キロだけダイエットしようか。
一ヶ月かけて週末ダイエットで1キロ減らす。
土曜日の昼から夜にかけて食事の量を半分くらいにする。
それだけ。
日曜日は朝と昼は大量のだし汁(昆布、鰹節)と黒砂糖、夜はおにぎり1個。
月曜日から普通にというやり方で、7ヶ月で7キロ減量に成功したことがある。
このダイエットは簡単で効果的だけれど、日曜日の朝食に難あり。
出汁と黒砂糖って、この世のものとは思えないほど不味い取り合わせ。
1週間に1度だからと思って我慢した。

断食のあとは食べ物の味が、よく分かって美味しい。
肌艶が良くなるし、足に負担がかからないし、いい事ずくめ。
でも味のついていない出汁が不味い。
ほんの少しお醤油をたらすとかしても、不味い!
あまりおすすめではないけれど効果があるのは確かだから、物好きなお方は試みるのもご一興です。

次回病院へ行ったら足の攣りのことを言おうかと思うけれど、これでまた新しい薬が出る。
そうやって薬漬けになるのはかなわないから、医師には内緒にしておこう。
ツムラの足攣りの薬が手に入れば自分で必要なときに飲める。

コロナウイルスに喘息の薬が効いたという報告があった。
たまたま私は正月早々から、咳喘息の薬を吸入している。
これはもしかしたら、すごく幸運だったのかも。

若い頃、中年すぎの人たちが集まれば体調のことばかり話していることに反発していたけれど、最近このブログでもそんな話題ばかり。
ごめんなさいね。
実際この年になると、それしか話題がなくなるのよ。

白馬に乗った王子様は昔のはなし。
墓場に行ったおじいさまは沢山いるけれどね。






























雪だ!

退屈を託っていたら、大きな雪がひらひら舞ってきた。
さっき買い物に行ったときは、大粒の雨だった。
買い物は卵。
2日前から切らしていて、今日はもう買わないといけない。
でも、雨が降っていてめんどくさい。
でも、明日の朝食に食べる分がない。
渋々腰を上げた。

好きなのはオムレツだけれど、上手くできないとスクランブルエッグに変身。
毎日のように作るのに、どうしてこんなに出来栄えが違うのか。
卵を買って、冷たい雨の中を歩く。
この季節雨は大歓迎。
花粉症だから。

帰宅して友人とショートメールをやり取りしていて、ふと外を見ると、雨粒が白い雪に変わっていた。
嬉しくなって窓を開け外を眺めた。
猫に見せてあげようと押し入れから引っ張り出してカーテンを引く。
実に迷惑そうな顔でフンと言わんばかり。
見たくもないのに、しかも寒いし~なんて思っているのはわかる。
猫にしてみれば、白いからどうなのよ?と。
天から水で落ちてくるのと、白い氷で落ちてくるのではまるで違う。
雪は嬉しい。

せっかく喜んだのも束の間、すぐに雪はやんでしまった。
もし積もったら車にスキーを積んで、近所の丘にある動物公園の登り口のスロープで滑りたかった。
今年は足の故障で思うように滑れなかったし。

数年前結構な積雪があって、家の前の雪かきをしていた。
すると近所のお兄さんが細いノルディック用のスキーを担いで、ニコニコして歩いてくるのが見えた。
あら、どこで滑るの?と訊くと、そのへんで歩いてくるとか。
近所の公園で歩くのかな。

私は運動音痴だから、スキーを滑るのが好きというよりは、雪が好きなのだと思う。
シンシンと降り積もる様や、早朝、朝日を浴びてキラキラと光る美しさを。
おかしいのは、夏にスキー場に行くと迷子になりそう。
どこもかしこも真っ白だから冬のほうがわからなくなりそうなものなのに、ある年の夏にホタルを見に志賀高原に行った時、定宿にしていたホテルのすぐそばなのに全く様変わりして迷いそうだった。

足の痛みは、まだ数日しか薬を飲んでいないのに、なんだか効いているような気がする。
末梢神経に作用するという薬なので即効性はないと思うのに、3日目にしてしびれがなくなった。
これは暗示的な要素もあるかもしれない。
小麦粉でも薬と言って飲ませると、ときには効能があるという。
軟骨成分に効くとか、骨密度を高くするものでは無いらしい。
いったい私の足は、なんでこんなに弱くなってしまったのだろうか。
どれほど血管年齢が若くても、痛いのではしょうがない。
今年の課題は、足を丈夫にすること。
足こそ高齢者の命なのだ。