2021年10月15日金曜日

本日も晴天なり

今日は完璧な快晴、無風。ここ北軽井沢でもめったにお目にかかれないほどの清々しさ。最近睡眠障害でいつ寝ていつ起きたいかわからない。適当に寝ると必ず3時間しか眠れない。もともとショートスリーパーだから驚くことはないけれど、その時間帯が不規則すぎて自分でもこれでいいのかい ?と身体に訊いてみると、構わないんじゃない?とのんきな返事が帰ってくる。テレビや雑誌などで睡眠をちゃんととらないと脳が休まらない、脳細胞が死滅するとか脅されているので私としてはちゃんとした時間に6時間は寝たい。けれどいつも丑三つ時には起きていて、結構楽しくコーヒー飲んだりしている。猫も喜んで遊んでくれる。結局私達夜行性動物なのだ。昼間時々うたた寝、パソコンを使っているときも気がつくとコックリコックリしていたり。それで睡眠不足を補っているらしい。

そんなわけで今日も睡眠が3時間なのに、ちゃんと眠れた日よりも調子がいい。朝食を終えて、今日は訪問客がいないから昼ごはんはお蕎麦が食べたい・・・ふと思った。昨日大型犬がいたのに定休日だったお蕎麦屋さん、あそこに行ってみよう。でも、まてよ!4.5年前に随分山の中なのに評判のいいお蕎麦屋さんにつれていってもらったことがあって、とても美味しかった。あそこに行ってみよう。うろ覚えの記憶をたどってネット検索。たぶんここだというお蕎麦屋さんが見つかった。その時食べたのは天ざる。天ぷらもお蕎麦もそばつゆも美味しかったけれど、一番感激したのは蕎麦湯。濃くて単なるそばのゆで汁ではない。別に蕎麦湯用の汁を作っているのかと思ったくらい。

距離は家から15キロほどだけれど、目印の少ない山道だったので迷子になるといけないから早めに家を出た。もうかなり秋は深まって川沿いの道の左右に迫る山の紅葉がきれい。今月末ころには全山燃えるように色づくに違いない。でもよくよく見ると土台である崖の土が危なっかしく崩れている箇所も見える。あれが落ちてきたらイチコロ。それで至るところで工事が行われていた。途中迂回路があって迷子にならないかと思ったけれど、カーナビはたよりになる。見覚えのある道まで連れて行ってくれた。少し時間が早いので車を止めて近所を歩いてみたけれど、本当になんの特徴もない田舎道、畑と山が見えるだけ。

一番乗りで入っていくと記憶にある古民家に、見覚えのあるそば打ち職人さんが待っていた。天ざるを注文。天ぷらも美味しい、そばも美味しい、けれど蕎麦湯はがっかりしたことに薄くて記憶にある濃厚な蕎麦湯とは違う。それにそばも10割だと思っていたけれど、どう見ても10割そばではない。私が前回行ったときに連れて行ってくれた人が特別に注文してくれたのかもしれない。おいしいけれど、なんのへんてつもないと言ってしまうと気の毒だけれど、ここもコロナの影響で経営が苦しいのかもしれない。ネットの口コミを見ると平均点は星2.5、随分点数が辛いと思ったけれど仕方がないかも。ちょっと気落ちして帰ってきた。これなら大型犬のいるそばやに行けばよかった。多分ピレニアン・マウンテン・ドッグのミックスと遊んでもらえばよかった。

早めのお昼だったから帰ってもまだ13時にもならない。最近庭に花が欲しくて咲いているものを買ってきて植えていたけれど、この秋は球根を育ててみようと思いたった。手始めに日陰でも育つという種類のヒヤシンスの球根を植えた。来年花が咲いてくれますように。姉の家の庭に落ちていた椿の種も拾ってきた。この森は水の環境保護のために木々が守られているからやたらに木を切ってはいけない。もともとあった木を伐採するには許可がいる。それで日当たりも悪い、木の種類も限られるから見た目地味。ほんの数本でも花があればそれだけでも華やかになる。きれいに造園している家もあるけれど、私はこの自然のままのボサボサした雑木林が好き。

ふと表に目を向けると、私の猫が道路を歩いているのが見えた。しまった!あまりにも気持ちがいいので玄関開けっ放しだった。そこから出たにちがいない。いろいろな動物が生息するこの森で箱入り娘の猫が迷子になったら生きてはいけない。必死に名前を呼んで追いかけたら顔をこちらに向けた。

ん?あんた誰?みたいにこちらを見ている。びっくりした。たしかに毛並みはうちの猫、だけど顔はもっと若い。近所に飼われている猫なのか、驚いた様子もなく消えていった。半狂乱の私を道を隔てたお向かいのご主人が見ていたらしい。ああ、恥ずかしい。








2021年10月14日木曜日

こんないいところがあったなんて!

 北軽井沢に来て4日め、最初は晴れ、次の2日は雨、そして今日は朝から晴れ。2日間雨で運動ができなかったせいなのか体調が悪い。胃のあたりがムカムカするし、なんだか熱があるようで軽く咳まで出る。ああ、大変、コロナ新型肺炎に感染したかしら?どこで誰からどうやって?心当たりは皆無だけれど、デルタ株はすごく感染力が強いらしい。

でも今日は軽井沢在住のY子さんと約束があって、ランチのあとで近所にドライブする予定なのだ。せっかくの予定がだめになったらがっかりするだろうな。最近飼い始めたチワワの桜子ちゃんと出かけるのを楽しみにしていたので。

起床して1時間、2時間・・・それにしてもいいお天気。森の中を散歩してみよう。今の季節、森は音に溢れている。ペキペキと細かい木の枝が折れて落ちてくる。どんぐりの実がぱちんと弾丸のようにおちる鋭い音。冬に向かって植物たちは繁殖と防寒対策に忙しい。それにしてもたくさんのどんぐりはこれが一斉に芽を出したら森はしいの木だらけになってしまう。しかし実際にはそうならないのは、どんぐりはたくさんの動物の餌としてリスなどの越冬のお手伝いもしている。今朝もベランダのどんぐりの実は昨日あれほどたくさん落ちたのにほとんど残っていない。

散歩を終えたら、あれっ!気分がいい。コロナ感染はどこかへ飛んでいってしまった。

毎日目覚めると体調が色々で、良い日も悪い日もある。たいていは気分が悪い。コロナ以前は寝起きが良すぎて困るほどだった。それがこの頃は気分が良かったためしがない。睡眠が分断されて2度寝、3度寝あたりまえ。目が覚めると咳き込んだり寒気がしたり。熱が出たのかと思って体温を測ると低体温の35度台。少し動くと気分が良くなる・・・の繰り返し。結局コロナノイローゼと言うことみたい。

今朝は朝の散歩で気分が少し良くなったので、約束通りランチ後の遠足は実行された。遠足と言っても私の家から車で数分の鬼押出しが目的地だから近足。こんな近くにあるのに今まで行ったことがない。鬼押出しは子供の頃遠足に来たことがあって、その時の印象ではなんだか奇っ怪な形をした溶岩がゴロゴロあるだけのつまらないところだった。いつも交通標識を横目に見て通り過ぎるだけの場所だった。今日は志賀高原にでもと思っていたけれど、昨日までの天候が良くなかったので気分が上がらず近場でということになった。

Y子さんとはよくランチを一緒に食べる。常に家政婦さんがいる家でそだったお嬢様であるにも関わらず、彼女は料理が上手い。料理に限らず家事全般は知能プレーだからIQの高さが関係あるらしい。身近なものであっと驚く料理をこしらえる。ランチが終わって、結局私の不調は低血糖であるらしいと結論が出て、食べ終わったら元気になった。

晴れ渡る空、微風、明るい日差し、雄大な浅間の姿、今日は歩けないかと思っていたのになんの問題もなく歩けたのはこの景色たちの後押しがあったからか、美味しく食事を頂いたからかわからないけれど、エセコロナはすっかりどこかへ消えていった。

それにしてもこんなに近くにこんなに素晴らしい場所があったなんて。ノンちゃんは全然教えてくれなかった。彼女も10年間暮らしたのに知らなかったのかもしれない。知っていても興味がなかったのか。これからはせっせと通うことにした。森の散歩に飽きたら鬼押出しへ、浅間牧場もお気に入り。キャベツ畑しかないと思っていた北軽井沢は日に日に私の中で美しく進化していく。








2021年10月13日水曜日

これ、だーれだ!

 



この写真は先日美容院でストレートパーマをかけたときのもの。担当美容師のKさんのカラーリング、最高。
白髪が増えた私の髪の色の配合は1年ほどかけて我慢強く作っていただいた。私の意見も彼の意見も取り合わせ、例えば紫入れようか、黄色を消してください、もう少し明るめ、今夏回はグレーを多めに、とかなんとか。

二人共満足したのがこの色。
当分これでいきます。
ブリーチするまでもなく地毛はもう白いのが色がきれいに出る要因となっている。
そしてかなりの縮毛なのでボリュームが出すぎるのを抑えるために新しいタイプのストレートパーマをかけてみた。

以前カットしてもらっていたカリスマ美容師と呼ばれた人は、私がパーマかけたいと言ったら「こんな毛にパーマかけてどうするんだよ。手に負えないぞ。うちに毎日来るならかけてもいいけど」散々な言われようだった。そのくらい癖がひどくて子供の時から母が嘆いていた。

しかし、技術は進歩した。今回のパーマはKさんがわざわざ大阪まで出向いて新技術を習得してきたので、以前のストレートパーマのようにぺちゃんこにならない。ふっくら感は残しつつボリュームを抑えるので自然でなおかつ扱いやすい。生まれてはじめて自分が自分の髪の毛をコントロールできるようになった。
今は後ろでまとめて低めの位置でポニーテール。

試行錯誤の最中にはボサボサになった白髪交じりの髪の毛の扱いに手こずった。
髪の毛がまとまらないと余計に老けて見え、だらしなく見える。
このパーマの素晴らしいのは、効果が長く続くらしいこと。1年持つと言われたのでご機嫌なのだ。

髪の毛の前の方の顔、これはパーマもかけられないし化粧もしないから見る影はないけれど、今はコロナ感染対策でマスクを常用しているとなると、これで随分助かっていることもある。口紅をつけなくてもいいのが何より良い。どうも唇になにか塗るというのは気持ち悪い。仕事に行くときには仕方がない、ぬっていくこともあったけれど、ここ2年は口紅がどこにあるのかわからない。どうしても塗らなければならないときには見つからないから100円ショップで新しいのを買うことになる。

美人というのはつまり骨格の良さなので、骨格の悪い私は化粧品を塗ろうと塗るまいと同じこと。以前口紅を忘れて仕事に行った。本番前に慌てて放送局の売店に買いに行った。
「色はどうなさいます?」店員さんが言うから「なんでもいいの、塗ってあればいいのだから」と言ったらえらく怒られた。「なんでもいいじゃありません!」

コロナ時代に知り合った人々はこの事態が収まってマスクを取ったら、随分お互いに印象が変わるのではないかと思っている。口元の印象は表情に影響が大きい。目が素晴らしくきれいで好きになった人がマスクを取ったらなんだか下品な口元だったりしたら・・・百年の恋もなんとやら。運命変わるかも。

私はタレントの木村拓哉さんが苦手だった。なぜかと言うと彼は口元を歪める癖があって、それが下品に見えて嫌だった。ずっとそうだったので、それは変わらいのかと思っていたら最近誰かに言われたのか、自分で気がついたのか、口を普通にするようになったら案外いい男だと気がついた。あの口の歪みは何だったのだろうか。もしかして自分で格好いいとおもってやっていたのかしら。せめて奥さんが気がついて注意してあげればよかったのに。

マスクが全廃になる日、何組かの恋人の別れがあるかもしれない。新しい恋の可能性もありうるから、蓼食う虫も好き好きだし、あまりご心配なさらないように。









今日も雨

 絶対晴れ女の栄冠を返上。2日も雨に降られっぱなし。

今年払いすぎていた住民税を返すという連絡が入ったので町役場まででかけた。雨で散歩もままならないからドライブを楽しもうという魂胆。町役場までは25キロほどもある。今まで慌ただしく行き来していてゆっくり街を見る機会もあまりなかったから、今日は知らないレストランでも探してみよう。

午前中にでかけたので途中でランチの計画。走り出すと霧まで出てきて、何という素晴らしいドライブ日より!一度だけ町役場に行ったことがあるものの、そのときはお隣さん同伴だったから道を覚えていない。途中で街の施設の支所などに引っかかりながらやっと辿り着くと、想像だにしなかった立派な町役場に生まれ変わっていた。スッキリと緩やかな曲線を描く外観。今は周りの山と釣り合っていないけれど、そのうち人口が増えればという思いで建てたのかもしれない。職員の数もまばら。

今年も去年も町の施設を貸してほしいというと断られたのに、ちゃっかりと住民税だけは取られるので今日は少し話し合いをしたいという魂胆もあった。去年と今年の2年間、コロナ感染を防ごうという必死の姿勢が見えるからゴリ押ししなかったけれど、町民は施設を使っている。部外者はだめということで涙を飲んだ。それなのに、住民税?しかも過剰請求されてはちょっと物言いたくなるのは無理もないでしょう。他府県の人はウイルスを持ち込む悪い人、自分たちは大丈夫とは言い切れないからこの姿勢はもはや改善の必要がある。初期の訳のわからないコロナの振る舞いは随分解明されてきたから、予防策も改善されてワクチンも行き届いた今、よそ者排斥でなくそれぞれが自己責任で予防すれば、こんな空気の良い広々としたところでは随分安心だと思う。けれど、町のコロナ対策委員会というのがあって、そこの上の人たちが決めるのでと言いながら職員が天を指差したのにはびっくりした。日本独特の上下関係が露呈した瞬間だった。

職員は皆非常に親切で、混み合っていないから丁寧に対応してくれた。コロナ関係の縛りはどういう状態なら解除されるのかは「下」の人たちにはまだわからないらしいけれど、来年には私は施設を使わせていただきますからよろしくとお願いしてきた。今年弦楽アンサンブルの生徒たちが合宿をしたいというから準備していたのに施設が借りられず涙を飲んだ。来年は新しいこの役場を    東京もんたちに見せてあげようではありませんか。若者たちであっても私の生徒たちは常識のかたまりだから、けっして非常識に振る舞わない。それが証拠には、誰一人として私の周りにコロナ患者は出なかったのですよ。

役場からの帰り道、お蕎麦でも食べようかとそば屋に寄ったら定休日で巨大な犬がお出迎え。お蕎麦はだめでも大好きな大型犬と戯れたのが収穫、次のレストランが開いていたので入ってみた。ちょっとエキゾチックな装飾なのでどこの国の?と訊いたら無国籍だって。ランチはひどく不味くここはバツ。私の料理より不味いお店に入ったのは久しぶりだなあ。夕方、近くの温泉に行ってたっぷりの熱いお湯に浸かって命の洗濯をした。


人恋しい

 3日前、北軽井沢に到着したときは清々しく晴れ渡り、やはり自分は晴れ女と思っていたら今日は曇り、今にも泣き出しそうな空模様に気落ちした。何事もすべてうまくいくと思ったら大間違い、曇りあってこその晴れた日のありがたさ。

今朝は夜明けを待ち焦がれていた。いつものように4時ころには目が覚めたので高窓から夜明けの光が差し込むのをひたすら待ちわびていた。夏ならばとっくに明るくなっているという時間にもまだ外は暗いまま。1時間半ほど待ってようやくあかるくなってきたのでシャッターを開けると、意外にも向こう三軒両隣に明かりが見えた。昨日到着したときにはどの家もひと気がなく、この森にまた一人ぼっちかと思ったけれど、そうでもないらしい。これもコロナの影響か、地球温暖化で都会の耐え難い温度上昇から逃れてきているのか、北軽井沢は最近新しいカフェなども増えてきた。

すでに飽和状態と思える軽井沢より伸びしろは大きいかもしれないけれど、如何せん鉄道の駅がないのが敗因となっていつまでも垢抜けない。でも私的にはこのまま10年は変わってほしくないというのが本音なのだ。今のこの北軽井沢がいいのであって、ここが原宿みたいになってほしくはない。5~10年後には私はたぶん小田原で小田原提灯ぶら下げて駕籠をかついでいる。いえ、お猿の駕籠やに担がれているかも。

小田原の介護施設の職員は旧友のお嬢さんのN子ちゃん、彼女が子供の時から知っている。しっかり者で、私をお姉ちゃんと子供の時からの呼び方で呼んでいる。お姉ちゃんの面倒は私がみると。それで今年の大晦日は彼女の家で過ごすことになった。ここ3年間、大晦日はいつも私一人。近所に姉と兄がいるけれど、それぞれの家族の中に入っても話題が噛み合わないし、子供の世話はしたくないし、わがまま婆さんは一人が一番なんだけどやはりお正月一人は寂しい。今後は足腰たたなくなったらNちゃんの施設に入って最後はそこで過ごす予定。もうひとり一人ぼっちの友人もNちゃんの司令で同じ施設に入る予定。なんでも素敵にうまくいくものだわ。これでもう安心して独身生活を謳歌することにした。

高齢になってからの初めての独居生活はかなり寂しかった。大家族での幼少時代はにぎやかで楽しかった。結婚してからもいつでも訪問者の絶えないにぎやかな陽気な家だった。それが生まれてはじめて一人になると孤独感が身に滲みた。なれるのに3年かかった。もともと一人でいるのは嫌ではないのと、大好きな音楽があるのが幸いした。最近は独居が楽しくて仕方がない。

こうなれないで寂しく亡くなる高齢者がいると思うと気の毒に感じる。誰も他人のことなんて本気で考えてくれるわけではないから、自分で運命を切り開いていかないと。幸い私には古くからの友人たちが多い。その中の一人がこうやって心配してくれている。運の良さというのは、本当に周りの人によって決まるとつくずく思う。周りの人達を大切にしない人は幸せになれない。他人の自分に対する振る舞いは自分の鏡なのだ。もし、自分が友人からいやなことをされたときには、それは自分がその人を識らずに傷つけているからなのだ。お金よりも何よりも友人は宝物。母がよく言っていた。どこで誰にお世話になるかもしれないのだから、他人に威張ってはいけない、と。

そう言われてもねえ。気性の激しい私の周りではバトルが絶えない。だからこうして森の中での静かな生活が必要なのだ。この家を買ったときに私の周りでは先を危ぶんでいるのが見て取れた。こんなところで一人ぼっちで一体どうするのか。高齢になってからの生活はもっと都会でするのが最近の常識。医療施設や役所も遠い。買い物も車の運転ができなければ不可能。でも今は、宅配が便利になってきた。ネットで注文ができる。なにも不自由はない。物質的にはすべて大丈夫。でも友人たちはそれ以上に大切。

昨日用事があって管理事務所に行って事務の女性と話をした。彼女も森の中の一軒家の住人。私が一人ぼっちの心配事をこぼしたらえらく共鳴してきた。普段は一人暮らしの楽しさ、ここの自然の素晴らしさを熱意を持って語るのに、それが崩れた最近の経験を話してくれた。

彼女の家のウッドデッキは多少古くなっており、それをだましだまし使っていたら、ある日、左足で床板を踏み抜いてしまった。その家は傾斜地に建っているのでウッドデッキの前の部分は高足になっていて踏み抜いた足が地面に届かない。骨折はしていないようだから痛みを堪えて足を引き抜いた。引き抜いた途端、みるみる足が膨れ上がったという恐ろしい話だった。その時すぐに足を抜かなかったら誰にも知られずに数日過ごしたかもしれない。しかも自宅だったから携帯も持たない状態。どこにも連絡しようがない。

きゃー!怖い。友人にその話をしたら、必ず携帯は持っているように、首から斜めにかけておきなさいとアドバイスされたけれど、ただでさえ何でもどこかに置き忘れるからこれは無理。でもそうなったら素直に運命を受け入れるっきゃない。独身の女性と話をして、だれか一緒に住んでもらいたいということを二人共考えているけれど、でもね、たった1日だけでも一緒に暮らし始めたらすぐに後悔するわねと。人恋しい、でも邪魔されるのは嫌、これではねえ。







2021年10月11日月曜日

どんぐりの音

 9月中はやや忙しく、以前ならこの程度のスケジュールは難なくこなせたのに、最近は少し忙しくなるとパニックになってしまう。一度に複数のことができなくなった。若い頃は掃除しながら洗濯と料理を同時にできたものだった。もっとも家事はあまり好きではないので、溜まりに溜まった家事をこなすときにだけれど。

9月のスケジュールが終わるともう当分コンサートもない。それでも常に練習だけはしておかないと、急に入る仕事は恐ろしい。だから目的がなくても練習だけは欠かさない。この練習だけというのはなかなかモチベーションが続かない。誰かが聞いてくれるから真剣になるのであって、猫に邪険にされての練習は面白くはない。ある声楽の先生のうちの猫は、飼い主の先生が歌っているときだけは静かにしているけれど、生徒さんが歌うとかかとに噛み付くそうなのだ。あな、恐ろしや。それはまあ、生徒さんのほうが先生より下手ということもあるかもしれないけれど、猫にしてみれば餌と温かい住まいの提供者が誰だかわかっているということかもしれない。

夏に北軽井沢に行ったときに謎の水たまりを見つけたことはnekotamaにも書いたけれど、その謎は一向に解読できなかった。部屋の数カ所の片隅や窓の近くに水の滲みたような跡があり、触るとじとじとした感じ。どう見ても水分の滲みなのだ。

車の整備に行って時間待ちをしていたときに馴染みのスタッフがやってきたのでその話をしたら、突然「私が見ましょう」でも北軽井沢は都会から4時間近くかかる辺鄙な場所。鉄道も通っていない。「構いません、なにか気になることがあるとどうしても原因が知りたくなるので」と言ってくれるから、ある日、一緒にでかけた。もとレーサー、もとメカニック、そして現在はトップ営業マンの彼の素晴らしいドライブテクニックを披露されて約3時間半後到着。私のパパゲーノはご機嫌で走った走った。私がいつも手こずる急カーブの連続はあっという間に通り過ぎた。

ところが夏には水浸しだったその箇所がやや乾き気味、それでも水の痕跡は残っている。例えば窓の2枚のガラス戸の合わせ目とか、玄関の四隅とか、およそ水場に関係ないところが濡れている。上からのものではない。上からなら天井もシミができていると思うけれど、それはまったくない。そして浴室の脱衣所の床にある蓋を開けると床下に潜り込めるようになっている。そこに潜り込んだ助っ人さんは「おかしいな、普通こういうコンクリートの基礎だと空気抜きの穴があるはずなのに、それがない」と。周りの家の基礎を見ると、なるほど、コンクリートでぎっしり囲んでおらず、床下に薪などの収納できる空間がある。私の家には通気孔がまったくない。しかもコルクの床のすぐ下にコンクリート、そしてコンクリートの下に断熱材???とにかく床下に乾燥剤の大きいものを入れてどれほどの水がたまるか様子を見ましょうということになった。あまり複雑な症状ではないので、やや肩透かしを食らった表情の助っ人さん、素人考えではコルクとコンクリートの間に断熱材があるのが普通なのではと思う。コンクリート下の断熱材はなんのため?とりあえず夏よりは状態は良くなっているけれど、次の夏に備えて対策を考えるなり、建築士に訊くなりしておかないといけない。それでも水道管の不具合とか水回りの故障でなくてホッとした。これがわかっただけでも助かった。緊急事態でないと知ってひとまず安心。

以前から床暖房が壊れていると地元の管理会社から言われていた。それでわざわざ大型の石油ファンヒーターをつけたら不格好で幅広く邪魔な存在だった。本当に壊れているのかどうか助っ人さんに電源を入れてもらって家をあとにした。帰りもあっという間に帰宅したので、北軽井沢はちょっとそこまでと言える距離だったのかと思えた。カーブ続きの急坂も走り方次第。

それから数日、今度は一人で北軽井沢にきた。カーブ続きの急坂はやはり難所だったみたい。軽自動車がカーブを曲がりそこねて側道にゴロンとはまり込んでいた。警察車両も来ていたし、関わりのあったと思われる車が2台、ドライバーらしき人が二人。すると側道に転がっている車のドライバーは救急車に載せられていったのかな。

家に着いて昼食を食べていたら、急に大勢の子供が駆けてきたようなぱたぱたという音がした。何事?しばらく聞いていてわかったのはどんぐりの実の落ちる音だった。風が吹くと一斉に揺れる枝から音を立てて落ちる。ああ、こんな音は最近全く聞くことはないなと郷愁を覚えた。そして今、シャッターの降りた窓の外から聞こえるのはなにかの動物がそのどんぐりを食べている音かもしれない。これが夜の森の音。

床暖房は壊れていなかった。床が温かい。裸足で歩くとコルクの感触が気持ちいい。今日の東京は夏みたいに暑く気温は30度だと友人の電話。床暖房なんて言ったら聞いただけで熱中症になりそう。床暖房の効果で床の結露は跡形もなくなり、コルクの床の触感の良さを実感した。問題は梅雨時、7月に床暖房はつけられない。その季節にどうするか考えておかないと。






2021年10月1日金曜日

怒って帰った人

定期演奏会 再開の喜びを味わっていたら水をさされた話。

古典のテンポは総対的にゆっくりめ。コンマスを初めとして優等生が揃っているから慎重にことをすすめる。それに対して私はカッ飛び派。早ければ早いほど愉快になる。どうやら前世は騎馬民族だったらしい。中国の砂漠地帯に初めて行ったとき、故郷に戻ったような気がしたものだった。成吉思汗の末裔だったらいいなと思っている。

定期演奏会当日、私はアルビノーニの合奏協奏曲のソロを弾いた。初っ端なので私がコケたらあとずっと転けそうで、そういう意味でえらく緊張した。緊張したおかげでかっ飛びもせず、落ち着いていられた。やれやれ無事に終わった。でも演奏会の翌日変な話を聞いた。

この曲は合奏協奏曲という形式なので、普通の協奏曲と違ってソリストが前に出て立って弾くという形はとらない。要するに合奏の中に出てくるソロなので、あくまでも合奏が主体であるから合奏もソロもずっと一緒に弾く形式なのだ。だから合奏協奏曲はどの曲もソロもトゥッティも全員座っている。ソロが始まると合奏は休む、合奏が始まると今まで一人で弾いていたソリストも一緒に弾く。

当日の第一曲目が終わって会場から出ていった人がいるという。彼はひどく怒っていたそうで、「この合奏団は素人か」と。「ソリストが立って弾かないなんて非常識にも程がある」という。いやいや、この曲は「合奏協奏曲」ですからといえる人がたまたま受付にいなくて、若い女性のスタッフたちがオロオロする姿が目に浮かぶ。「いえ、私は立っていましたよ、でも小さいから座っていたように見えたのでしょう、ウヒヒ」と私がその場にいたらそう言ってはぐらかすところなんだけど。

困ったなあ。まさかこのブログを読んではいらっしゃらないと思うけれど、もしもし、その御方。私達の合奏団は来年70周年を迎えます。あのイ・ムジチと同じくらいの歴史があります。私は他のメンバーよりも少し遅れて参加したけれど、初期の頃からいる人達はもう半世紀超えのベテランたち。だからといって間違えないとは言えないかもしれないけれど、この形は世界の常識。ヴィヴァルディの四季なんかも合奏協奏曲として演奏するならば、ソリストは皆と一緒に座って演奏する。

別に法律で決まっているわけではないけれど、どのような形で演奏するかはそこの合奏団の決まりであって、傍からとやかく言うことはない。例えば今回の曲をあの有名なイ・ムジチ合奏団が「古典」とおなじように全員座って演奏したら、文句は言わないと思う。なんでも外国人がやっていれば正しくなるのが日本の常識だから。

ネットで誹謗中傷されて傷つく人もいる。この人がネットで中傷しないことを祈るのみ。私は鈍感だからなにを言われても大丈夫だけれど、合奏団自体が常識がないと言われるのは困る。でも、私の友人たちも私が座って弾いていたから、足でも傷めたのかと心配してくれていたのだそうだ。こういうのって、どうすればいいのかな?要するに立って弾こうが座って弾こうがその時時の演出であって、会場の音響などの諸条件によって最良の方法をとるのは決して非常識ではないということ。演奏が悪かったのなら私がいけない、素直に謝ります。でも小柄だからと言って見間違えないで!私は立っていたのに。アハハ!

またこういう冗談言うと叱られますので、おあとがよろしいようで。