2012年8月20日月曜日
イギリスへ
明日午前中に成田からロンドン、ヒースロー空港に向けて飛び立ちます。今回はまずロンドンの美智子・Richard Stagg夫妻の御宅に泊めてもらい、翌日コツウォルズに車で出発、そこで4泊、またロンドンに戻ってプロムナードコンサートや観光をたのしもうという計画。奥さんの美智子さんはピアニストで、ここ18年間、毎年日本にロンドンアンサンブルの一員として来日。去年私は一日だけヴィオラで参加して、それ以来非常に親しくさせていただいている。私の連れはやはりピアニストの美里さん。偶然にも美智子さんの音大の後輩にあたって、共通のお知り合いも沢山いるようだ。それからコツウォルズに行くときには、まりさんという若い御嬢さんが同行することになった。この方は美智子さんのピアノのお弟子さん。イギリスで育ち、一時日本に帰国して大学を卒業後、またイギリスで大学院に入ったと言う才媛。だからネイティブのように英語が出来る。その方が私たち心もとないおばさん二人に付き合ってくれるという願ったりかなったりの設定となった。美智子さんはたぶん私がヒョロヒョロと車を運転してあらぬ方向にいって、しかもろくすっぽ英語がしゃべれないのをずいぶん心配したと思う。その頃美智子さんは忙しくて私たちに付き合っている暇がない。そこでお弟子さんを説き伏せて同行させたに違いない。災難なのはまりさんで、どんな人たちと一緒に行かされるかもわからず、先生のおおせのままにお付き合いしてくださる。本当にいい御嬢さん。4日間果たして彼女が我慢してくれるかどうか。とにかく初めは美里さんと二人の弥次喜多道中のはずだったので、とんでもないことになっていたかもしれない。荷物は送って後は体一つで成田に行けばいい。これですっかり旅行が済んだ気分になる。あとは野となれ山となれ。行ってきます。時々はnekotamaに投稿するかもしれませんが、しばらくは休業させていただきます。今月末に帰りますので、またよろしくお願いします。
2012年8月19日日曜日
今年も先生の誕生会
毎年、かつて師事した中山朋子先生の誕生日を祝う会食がある。今年も恵比寿のガーデンプレイスの東天紅で開かれた。いつも10人以上の門下生が集まるのに、今年は急に親または本人の具合が悪くなった人が続出、6人になってしまった。東天紅は最上階にあって、東京タワーとスカイツリーがはるかかなたで並んで見える。今日は初秋のまだ強い日差しがまぶしい良いお天気だった。先生は私より10歳年上なのに、頭の切れはいまだ健在。足が悪いと言うのでちょうど通り道の私がお迎えに行った。私がぼんやり過ぎるのか、先生が気が付きすぎるのかはわからないけれど、道でも建物でもすぐに行き方をすばやく見つけられるのにはびっくり。エレヴェーターの場所とか曲がり角、レストラン街への入り口など、私が見つける前に「ほら、あっちよ」と急き立てられる。さすがに足の速さでは負けないけれど、頭の回転は完敗。全てに規格を超えた方だから、脳みそも大きいのかもしれない。「先生早い」というと「あなたがぼんやりなのよ」はっしとうちかえされる。この調子でレッスンをされるものだから、生徒たちからは大いに恐れられていた。ところが私の記憶では、私のレッスンでは先生は笑ってばかり。そのことを言うと「貴女はいろいろ練習してくるけど、なにも言うことも出来ないくらいひどくて笑うしかないのよ」と宣う。悪うございました。その代り私もずいぶんひどいことをずけずけと言わせて頂いたので、これでおあいこ。たとえば・・これも去年書いたけれど先生が「私は指の先の皮膚が薄いのよ」それに対して私「あら、全部顔の方に引っ張られちゃったのね」背中をどつかれながら大笑いしたのも懐かしい。足が悪い以外は去年よりもむしろお元気そうに見えるのが嬉しい。優秀な生徒を多数輩出した門下だけれど、時には私のような落ちこぼれもいて、その落ちこぼれをずいぶん可愛がってくださった。笑い甲斐のある生徒だったようだ。笑われてもめげないのが私の取り柄。そうすると取り柄というのはずいぶんいいかげんなものだなあ。
2012年8月18日土曜日
荷造り
そろそろイギリスへ出発する日が近付いたので、昨日から荷物を詰める作業に入った。私の持っている中で一番大きいスーツケースを開けると、なんと、去年カナダにスキーに行った時の出し忘れのヘルメットやスキーブーツなどがぞろぞろ出てきた。こんなところにいたのか、君たちは。窮屈で悪かったねえ。取り出してそこいら中に放り出し、予定の荷物を詰めると、思いのほか少ない。私が一番荷物が多くなるのは夏場で、ものすごい汗かきだから。汗さえかかなければ着た切り雀に徹していられる。あと2,3の物を詰めれば出来上がり。長年旅行に明け暮れていた割には荷造りが下手で、いつもパンパンに膨れ上がったスーツケースは、上に乗ってからでないと鍵がかからないくらいなのに、今回はガラガラ。いやな予感がする。なにかきっと忘れているに違いない。それでも文明国に行くので買い物ができるから心配はないだろう・・・と思っても現地に行くとなにかしら忘れていることが多い。数年前に天元台にスキーに行った時は、ソックスが一枚も入っていなくて、ババシャツがこれでもかと言うくらい入っていたことがあった。天元台は山の上だから買い物が出来なくて参った。忙しく荷造りをするとこんなことになるから今回はゆっくり準備しようと思ったけれど、ゆっくりやっても結果は同じことになるのが残念なところ。自分でもしっかりしているのかしていないのか、よくわからない。むしろ私より忙しかったのはパソコンの師匠のHさん。現地での電話のかけかた、日本から安く国際電話をかけるやりかた、レンタカーの調査等々、毎度お騒がせのクライアントのために様々な調査をしていただいた。以前持っていたGALAXYが少し私には大きいので最新の小さい物にして、これ一つで写真撮影からメール、スカイプなど全部網羅できる。その操作方法を動画にしてもらっても、送ってこられたことにも気が付かない。そのたびに彼は砂漠に柄杓で水撒いているようなものだと無力感に襲われるそうだ。すみません、できの悪い生徒で。ざるで出来た脳みその持ち主ですから。パスポートと国際免許証さえあればあとは野となれ山となれ、ヒースロー空港に迎えに来てくれるはずのリチャードと、ちゃんと出会えることを祈るのみ。
2012年8月17日金曜日
日本ならでは
子供の時からひどいウッカリヤだったけれど、年齢を重ねるうちにいよいよ磨きがかかってきた。メガネをかけていながらメガネを探すなんてのは序の口。2.3歩歩けばスッポリ記憶が抜け落ち、いったい何をするつもりだったか少しも思い出せない。よくこのブログに投稿しようとしていてもテーマを忘れるなんてことは日常茶飯事。さて、この数日やったウッカリは、もし日本以外の国だったら、おそらく無事ではなかったと思う。10日ほど前、仕事から帰って来て駅の駐輪場で料金を払った。財布を出して支払いを済ませ、前かごに財布を置いてゲートを出る前にチラッと思ったのは、財布をちゃんとバッグにしまわないとなくすぞと言うことだった。それもゲートを通った途端忘れてしまった。家に着いて自転車を所定の場所においた。そこは自宅車庫の一番端の人通りの多い道に面したところで、自転車は常に人目にさらされている。前かごのバッグを取り出し、家に入って寝てしまった。次の日は暑いから買い置きの食料で食事を済ませ、一切買い物をしなかったし、自転車も使わなかった。そしてまた一夜明けて、今日は買い物に・・・と思ってバッグを開けると財布が無い。さてどこへ置いたかしら。捜しても見当たらない。その時ふと記憶がよみがえってきた。自転車の前かごに財布を置いた時ちらっと考えたことを。思わず真っ青になった。最近カードで買い物をすると大そう気軽になんでも買ってしまう。それでなるべく現金で買うようにすれば、目の前でお金が消えて行くからあまり無駄遣いをしなくなると考えて、月初めにひと月分の生活費をまとめて財布に入れ、その範囲で買い物をしようと考えた。だから結構大枚のお札が入っていたのだった。ちまちまと銀行から下ろしているとやはり使った感じがせずに、思いがけず沢山使ってしまうこともあるので、この方法にした。それ以後その金額の範囲で買い物をするようになった。それは良かったのだけれど、失くした時は大損害。3日も経っているし、人目に付きやすい所だからもうとっくになくなっているに違いない。前かごを覗くと、あった。緑色の古びた財布がひっそりと籠の底にへばりついていた。単に人目が届かなかったのかもしれないが、もし、日本以外だったらおそらく財布は無事ではなかったと思う。かつてボリショイバレー団のツアーに同行していた時、道端のバス停付近でバレエダンサーの荷物がなくなったことがあって、彼女はオーケストラのヴァイオリン奏者が盗ったと言い張ったことがあった。結局その荷物は彼女の思い違いでホテルのロビーで保管されていた。彼女はあらぬ疑いをかけた人に謝ろうともしなかった。みな嫌な気分になったが、お国柄ということであきらめた。そんなことを思い出した。もし日本人だったら、傍にいたと言うだけで人を疑ったりしないでしょう。財布が目に入っても持っていこうとする人は少ないと思う。良い国だなあ、日本って。
2012年8月14日火曜日
同窓音楽会。
毎年8月14日、国立音楽大学の弦楽科有志の同窓会があって、それぞれ楽器を持ち寄って自分の好きな曲、アンサンブルなどを演奏してから飲み会に移る。国立駅の傍の小さなホールを借りて、今年もいつものメンバーが集まった。発起人は滝沢さん。毎年演奏とあいさつをしていたのが今年は姿が見えない。少し具合が悪いようなのでお宅で休養中と訊いて、ショックを受けた。彼を中心に集まった会だから、彼がいないとさびしい。それでも皆意欲的にプログラムを発表していく。初めはささやかで、いくぶんくだけたというか、ふざけた会だったのが、回を重ねて行くうちにだんだん真剣になっていって、いまや立派なプログラムがずらりと並ぶようになった。私も初めのうちは楽器を持ってぶらりと出かけ、だれか余った人がいたら組んでアンサンブルをぶっつけ本番で弾いたりしていた。そのうちピアノの芝さんとよくアンサンブルをするようになったので、彼女とデュエットを弾くようになった。この人は超真面目で練習をきちんとするから、練習嫌いの私もいやいやするようになった。面白いことに一度きちんと練習して出すと、次からは練習しないでは出せなくなる。今年は「クロイツェルソナタ」の予定だった。しかし、松原湖のコンサートが思いのほか内容が濃いものだったので、プロコフィエフの「ソナタ2番」に変更。それもだんだん縮小されて1楽章のみとなってしまった。参加者が増えて時間が制限されるのと、疲れがたまっていて全楽章は無理となった。演奏が終わると場所を「天政」という料理屋さんに変えて宴会が始まる。これがやはり演奏会の続きとなって、飲みながら食べながら、楽器を弾いて楽しむ。ほとんどみな病気のように音楽が好きなんだと、いつも思う。「天政」は先代の頃から音大生を応援して可愛がってくれた大恩のあるお店で、貧乏な学生たちに快く安くお酒を飲ませてくれた。いまでも2代目が私たちを毎年迎えて、お店を開けてくれる。ホールでは時間の都合で弾けなかった曲などを、ここでメンバーをつのって即興的にアンサンブルを楽しむ。私もモーツァルトの「狩り」を弾いて楽しんだ。又来年は何を弾こうかなあ。
2012年8月13日月曜日
松原湖名曲コンサート
毎日の練習を終えてやっと本番を迎えると言う日は、前日の雨も上がってきれいに晴れた。朝11時からゲネプロが始まった。30分ずつの持ち時間で、「鱒」にはすこし短いので要所要所をあたってお終い。でも中々よく仕上がっていると言う感触はある。初めて会ったメンバーもいる中で、まあまあではないだろうか。この曲は非常に難曲で、今まで何回も弾いているのに上手くいったと言えることは少ない。それに長いので体力もいる。今回のプログラムで4曲中3曲が私の出番になってしまった。ヴァイオリンが3人もいるのに、なぜか私の出番が多すぎる。弾くのは嬉しいけれど、負担は大きい。本番前にどのくらい聴きに来てくれる人がいるか心配だったけれど、ふたをあけると80人を超えたらしい。毎年会を重ねていると言うこのシリーズも最初は一列しかお客さんがいないこともあったそうで、それから比べたら今回は大盛況と言える。北杜市に住む私の友人や、軽井沢から、東京からと教室の生徒さんがきてくれた。本当にうれしい。休憩時間にお客様の応対をしていたら、品のあるご婦人が私に話しかけてきた。「私、角道の姉でございます」角道さんは古典音楽協会のコンサートマスター。何十年も私は角道さんのお隣で弾いている。こんなところでお姉さまにお目にかかるなんて、ビックリしたなー。聞けば佐久にお住まいだとか。東京に出られた時に「古典」のコンサートを聞いてくださったことがあるそうで、私の事も覚えていらしたようだ。演奏会は成功裡に終わって盛大な拍手とブラボーを頂いて、苦労した甲斐があったというもの。そして打ち上げで判明したのは、今回の出演者全員がすべてどこかでつながりがあって、友人が共通だったり、親御さんが知り合いだったり、それはもう大変なご縁でつながっていたことが判明した。音楽の世界は限られていて狭いと言っても、これほど網の目のようにつながっていようとは。驚きと喜びのうちにそれぞれお別れを言って解散した。少しワインを飲んだので、まだコテージに泊まると言うFUMIKOさんと高木さんのご厚意で、出発前に仮眠を取らせてもらうことにした。初めてジュリちゃんとご対面。私は犬から好かれるから、初対面に興奮して吠えられても平気。すぐに仲良しになってまあ、可愛いこと。首や背中を掻くとトロンとした目をして満足げ。猫もいいけどワンちゃん飼いたいなあ。渋滞も解消した夜道を順調に走って家に帰れば、たまさぶろうが狂喜乱舞。一晩中べったりとそばを離れない。うーん、世界でいちばんはたまさぶろうだね、やっぱり。
松原湖二日目
リハーサルを本番会場であるヤルヴィホールでやっていいと言う嬉しい小海町の計らいで、朝から会場に出かけた。主要道路から会場までのほんの少しの距離ではあるけれど、農道のように車一台がやっとという狭い道を登る。明日の本番を聴きに私の友人や生徒がかなり来てくれるのに、こんな道をどうやってくるのだろうか。少し心配していると、生徒からメールが来た。小海町が電車に合わせて車を出してくれるらしい。少し安心した。ヤルヴィホールは山間の小さな湖のほとりにぽつんと立っている。この湖は松原湖ではないという。中は木をふんだんに使った、こじんまりとしてはいるけれどステキな空間。そこに椅子を並べると100人くらいは入れる小ホール。響きがとても良くて、館野泉さんが毎年来て演奏する。館野さんはフィンランドの国民的ピアニスト。日本人だから国民的と言うのはおかしいかもしれないけれど、フィンランドで圧倒的な人気と尊敬を受けていたのが、あるとき病気で右手がマヒすると言う悲劇が起こった。それでも彼は残された左手だけで、演奏活動を続けている。音を出してみると本当に気持ちがいい。客席が空の時はすこし響き過ぎるようだが、客席が満杯になるとちょうど良くなると思う。だから本番の時には沢山聴衆がきてほしい。昨日響きすぎてよく聞こえなかった「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」も今日はお互いに聴きやすく、テンポも落ち着いてきた。これならいける。でも、この超有名な曲は実はとても演奏が難しい。私が一番緊張する曲でもある。楽しく明るい曲の陰には、大変な緊張が隠れている。今回のプログラムで最初の曲目であり、まだ体がほぐれていないときに弾くのは中々難しい。だからと言ってあとの方で出す曲でもない。大抵は初っ端に弾く。それでも曲が易しいわけではないのがジレンマになる。全部の練習が終わって夕食の後も会場練習をすると言うから、怠け者の私が猛反対。そんなことしたら明日の本番は疲れ果ててしまう。本番に向かって体調を整えないと、いざと言うときの力がでない。私の反対で夜の練習は取りやめとなって康子さんはすこし不満顔。彼女は練習したいらしい。でも、力の配分を間違えると本番で疲れ果てて弾けなくなってしまう。それを調整するのも演奏者の役目なのだ。夜はまたコテージの5人で酒盛りをしても、明日の本番に備えて早目に切り上げて眠りについた。
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