1番苦手なことはお掃除。
1番得意なのは、食べる事。
ようするにナマケモノ。
今日は大晦日で、いくら何でも許しがたいほど汚れている階段部分のお掃除をすることにした。
我が家は小さな貸しアパートで、3階に店子さんが2所帯入っている。
先日貸し部屋のことで不動産屋さんが来た時に、ヒクヒクと鼻をうごめかせながら「ここは埃っぽいですね、1度清掃業者を入れたらどうですか」と言われた。
私だって決して手を拱いているワケではない。
「雪雀連」にビル管理会社の役員をやっている人がいて、その人にもう何年も前からお掃除その他のことをお願いしているのに「わかったわかった」と言うかけ声だけで、ちっとも来てくれない。
そのくせ飲み会になると、いそいそと出かけてくる。
「雪雀連」のメンバーに頼んだ私が悪い。
「わかったわかった」は「かんぱーい」という位の意味しかないことを痛感した。
このグループに、まともな人がいると考えた私が甘かった。
今日は暖かくお掃除にはうってつけの日和りだから、運動不足解消も兼ねて、久し振りに自分で掃除してみることにした。
まず長靴を履く。
デッキブラシとバケツを取り出して、1番上の階の踊り場に水を撒く。
そして、上からゴシゴシしながら一段ずつ降りてゆく。
これが易しそうに見えて、案外に難しい。
階段の折れ曲がった部分に溜っている埃が、取りにくい。
「君たち、ちょっとどいてくれたまえ」と言うと「ココは居心地が良くて、外はさむいし~」なんて、しぶとく居座る。
やっと下の段まで降りて、元来た道を振り返ると、お掃除の効果は目に見えて、汚い水が白い壁に飛び散って張り付いている。
ある人からスーパー・おっちょこちょいと毎度言われているから、この位のことは驚くことはない。
がっかりして、もう一度同じ作業を繰り返す。
又振り返って見ると、さっきよりも白壁のまだらは増えている。
乾けばポトリと落ちてくることを期待して、諦めた。
後で刷毛でサッサと落としていこう。
いくら水を下に流しても階段はビショビショ。
自然乾燥するには半日くらいかかりそうだけれど、もう精も根も尽きた。
管理会社の役員を当てにするのはやめた。
友人は選ばないといけない。
友人と言えば面白い話し。
ユージン・オーマンディーという指揮者がいた。
私の友人がその「ユージン」と言う名前をずっと友人だと思っていたらしい。
よくロシアなどで、同志ペトロ二コフとか言うでしょう。
それで、友人オーマンディーだと、長いこと思っていたと告白された。
これが今年最後のくだらない話し。
失礼しました。
皆さん良いお年をお迎え下さい。
2015年12月30日水曜日
晴れのち晴れ
今日は本当にストレスのない1日だった。
年賀状もやっと出し終わった。
演奏に携わってきた身としては、こんなにノンビリしたのは学生時代以来だと思う。
学生時代はそれでも試験や学内コンサート、発表会などでかなり緊張はあったから、子供の頃以来と言ったほうが良いかもしれない。
来年の予定にハラハラするような仕事は無く、決った日に出かけることも無くなって、つかの間の休暇を味わっている。
つかの間というのは、今までの仕事をやめただけであって、ヴァイオリンの演奏は勿論続けていくから。
なにか一つの区切りのような波が来て、それでどういうふうになるかは分からないけれど、変化が始まる予感がする。
今までの自分を振り返ると、ある期間毎に時々こうして変化の時期があった。
それは自分で決めるのではなく、自然にそういう風に流れが来るので、それに任せて行動すると、大抵のことが上手く行くようだ。
流れに逆らわず、無理に努力はしない。
私は吹いてきた風にまかせて、ふんわりと流されていくのがいつものスタイル。
今回もそんな時期が来たと思ったので、生活を切り替えることにした。
切り替えてもそれほど変りはないと思うけれど、なにか始めるというのはいつでもワクワクして楽しい。
なにをするという明確なプランはないので、今の所、ヒーコラ楽器を鳴らしているしかなく、好きな曲を片っ端から弾いて楽しもうと思っている。
毎年、年末から新年にかけて、送られてきた楽譜を必死で練習していたので、これはもう天国かと思える。
それでも、こんな状態が続くのを退屈だと思っている自分もいる。
多少のストレスは有った方が良いし、ストレスの元がなくなった時の爽快感も捨てがたい。
というわけで、まだ色々騒ぎは起こしかねない。
今日は所用があって、某さんと某ショッピングセンターへぼーっと出かけた。
気持ちの良い明るい日差しで、風もなく気分も良く、うーん、最高!
あらかたの人口は田舎へ移ってしまって、師走の買い物客もあまりいない状態。
最近はお正月でもコンビニも開いているから、それほど困りはしない。
次に生協に寄ってお正月用食品をゲット、そして大型スーパーへ行くと、こちらはかなりの人出。
ここでたらふく昼ご飯を食べて、狸のお腹になって帰って来た。
夕飯の時間になっても、まだお腹が空かない。
それではせっかくだから、冬眠させてもらおう。
とりあえず来年はほんの少しダイエット、毎日の基礎練習を欠かさないことを義務付けようと思っている。
さあて、いつまで保つか、この決心。
年賀状もやっと出し終わった。
演奏に携わってきた身としては、こんなにノンビリしたのは学生時代以来だと思う。
学生時代はそれでも試験や学内コンサート、発表会などでかなり緊張はあったから、子供の頃以来と言ったほうが良いかもしれない。
来年の予定にハラハラするような仕事は無く、決った日に出かけることも無くなって、つかの間の休暇を味わっている。
つかの間というのは、今までの仕事をやめただけであって、ヴァイオリンの演奏は勿論続けていくから。
なにか一つの区切りのような波が来て、それでどういうふうになるかは分からないけれど、変化が始まる予感がする。
今までの自分を振り返ると、ある期間毎に時々こうして変化の時期があった。
それは自分で決めるのではなく、自然にそういう風に流れが来るので、それに任せて行動すると、大抵のことが上手く行くようだ。
流れに逆らわず、無理に努力はしない。
私は吹いてきた風にまかせて、ふんわりと流されていくのがいつものスタイル。
今回もそんな時期が来たと思ったので、生活を切り替えることにした。
切り替えてもそれほど変りはないと思うけれど、なにか始めるというのはいつでもワクワクして楽しい。
なにをするという明確なプランはないので、今の所、ヒーコラ楽器を鳴らしているしかなく、好きな曲を片っ端から弾いて楽しもうと思っている。
毎年、年末から新年にかけて、送られてきた楽譜を必死で練習していたので、これはもう天国かと思える。
それでも、こんな状態が続くのを退屈だと思っている自分もいる。
多少のストレスは有った方が良いし、ストレスの元がなくなった時の爽快感も捨てがたい。
というわけで、まだ色々騒ぎは起こしかねない。
今日は所用があって、某さんと某ショッピングセンターへぼーっと出かけた。
気持ちの良い明るい日差しで、風もなく気分も良く、うーん、最高!
あらかたの人口は田舎へ移ってしまって、師走の買い物客もあまりいない状態。
最近はお正月でもコンビニも開いているから、それほど困りはしない。
次に生協に寄ってお正月用食品をゲット、そして大型スーパーへ行くと、こちらはかなりの人出。
ここでたらふく昼ご飯を食べて、狸のお腹になって帰って来た。
夕飯の時間になっても、まだお腹が空かない。
それではせっかくだから、冬眠させてもらおう。
とりあえず来年はほんの少しダイエット、毎日の基礎練習を欠かさないことを義務付けようと思っている。
さあて、いつまで保つか、この決心。
2015年12月29日火曜日
年賀状
もう半世紀に亘って毎年年賀状は250枚。
そろそろやめようかと思っていても、頂けば嬉しいからこちらも出した方がいいかなと、どうしてもやめられない。
中には頂いた分だけ出すという、合理的な人もいる。
それである年、思い切って100枚程度に抑えてみたけれど、結局返事を出すと毎年同じ数になる。
あわててハガキを買いにでかけたので、諦めて最初から250枚そろえることにした。
今年は気が抜けないことが沢山あって、ようやく年賀状に思い至ったのが先週の土曜日。
郵便局に行ったらお休み。
コンビニを覗いたら、おでんの鍋の下あたりに年賀ハガキが積んであった。
250枚と言ったら店員さんが困惑して、これは5枚セットなので、そんなにあるかどうかと言う。
5枚をセロファンでキッチリ束ねて売っている。
とにかく250枚なくてもあるだけちょうだい、と言って数えてもらうと、なんとか調達できた。
それでやおら書き始めた。
ここ数年ラクスルというところで印刷してもらっていたけれど、それも注文するのが遅れて、今から申し込みでは間に合わない。
それで手書きとなってしまった。
コンビニの5枚セットの年賀ハガキは、セロファンの包装があまりにもぴっちりしていて、剥がすのに苦労する。
その手間だけでも大変。
いつもの年は最後の最後まで忙しくて、書き殴るようにして間に合わせたけれど、今年は余裕があって落ち着いているから、書き損じが少ない。
でも、まだナ行の入り口にたどり着いたばかりで、こんな事しているヒマは無いけれど、nekotamaもご無沙汰するといけないので、投稿しているしだい。
友人に転居した人の住所を問い合わせているうちにお喋りが始まって長話。
挙げ句の果て、その人が教えてくれた住所の郵便番号が、その友人自身の番号で、書いてからはてな?と思って調べたら、やはり違っていた。
さて、来年はどんな年になるのか、良い年でありますようにと思いを込めて、年賀状の続きにとりかかろうと・・・
その前にコーヒーを一杯!
そろそろやめようかと思っていても、頂けば嬉しいからこちらも出した方がいいかなと、どうしてもやめられない。
中には頂いた分だけ出すという、合理的な人もいる。
それである年、思い切って100枚程度に抑えてみたけれど、結局返事を出すと毎年同じ数になる。
あわててハガキを買いにでかけたので、諦めて最初から250枚そろえることにした。
今年は気が抜けないことが沢山あって、ようやく年賀状に思い至ったのが先週の土曜日。
郵便局に行ったらお休み。
コンビニを覗いたら、おでんの鍋の下あたりに年賀ハガキが積んであった。
250枚と言ったら店員さんが困惑して、これは5枚セットなので、そんなにあるかどうかと言う。
5枚をセロファンでキッチリ束ねて売っている。
とにかく250枚なくてもあるだけちょうだい、と言って数えてもらうと、なんとか調達できた。
それでやおら書き始めた。
ここ数年ラクスルというところで印刷してもらっていたけれど、それも注文するのが遅れて、今から申し込みでは間に合わない。
それで手書きとなってしまった。
コンビニの5枚セットの年賀ハガキは、セロファンの包装があまりにもぴっちりしていて、剥がすのに苦労する。
その手間だけでも大変。
いつもの年は最後の最後まで忙しくて、書き殴るようにして間に合わせたけれど、今年は余裕があって落ち着いているから、書き損じが少ない。
でも、まだナ行の入り口にたどり着いたばかりで、こんな事しているヒマは無いけれど、nekotamaもご無沙汰するといけないので、投稿しているしだい。
友人に転居した人の住所を問い合わせているうちにお喋りが始まって長話。
挙げ句の果て、その人が教えてくれた住所の郵便番号が、その友人自身の番号で、書いてからはてな?と思って調べたら、やはり違っていた。
さて、来年はどんな年になるのか、良い年でありますようにと思いを込めて、年賀状の続きにとりかかろうと・・・
その前にコーヒーを一杯!
2015年12月26日土曜日
忘年会コンサート
今年最後のドキドキは忘年会コンサートで、歌のピアノ伴奏をすること。
ピアノは大好きで、高校時代はヴァイオリンとどちらが好きかというほど、ピアノもよく弾いていた。
なにが良いのかというと、蓋を開けるとすぐに弾けること。
ヴァイオリンのように、楽器を出すとまず調弦、それから楽器のゴキゲンを伺う。
湿気がこもっていないか、乾燥しすぎていないか、弦は傷んでいないか、弓の毛はまだ保つかしら、どこかヒビがはいっていないだろうか・・・様々な心配事が、のしかかってくる。
気むずかしくてお天気や、それが魅力でもあるけれど。
それでも選んだのはヴァイオリン。
子供の頃にレコードで聴いたハイフェッツの音に魅了されたから。
それはもう魔術のような演奏だった。
長年眠っていたピアノを練習すると、若い頃夢中になってショパンやモーツアルトを弾いたことが嘘のような気がする。
指はあちらこちらをさまよい、ミスタッチの連続。
ショパンのノクターンやマズルカなども、夢のように遠い過去になってしまった。
本当に弾いていたのかどうか。
それでもトチトチと音を拾っていくうちに、和音の魅力に取り憑かれていく。
ヴァイオリンの重音はバッハやイザイの無伴奏では当たり前に出てくるけれど、普段は単音でメロディーを弾くほうが多い。
ピアノは自分で伴奏までしてしまうので、独立できる楽器だけれど、ヴァイオリンはほとんどの場合、伴奏をつけてもらわなければならない。
そこが不自由なのだ。
歌の人なら両手が空いているから、弾き語りができる。
ヴァイオリンは腕が4本ないと、自分で伴奏までは手がまわらない。
子供の頃から音が重なって響くことに魅力を感じていたから、むしろピアノの道を選んでも良かったかもしれない。
それでも弦楽四重奏を聞くと、完璧なハーモニーには本当に感動させられる。
だから、やはりヴァイオリンを選んだのは正解かとも。
欲張りなんだなあ。
我らの「雪雀連」ようするにスキーと麻雀を楽しむ会は、会長がピアノ調律師だけあって、会員はステージ関係、音楽家も多い。
中には化学者なのに歌を歌う女史がいて、最近はますます歌の道に励んでいる。
肝心の仕事は放り出そうとしたので、まだやめないほうがいいよ、と忠告しておいた。
自分はさっさと引退宣言したくせに、なにを言うかと叱られそうだけれど。
そしてもうひとりは、この人はピアニストだから音楽家ではあるけれど、やはり畑違いの声楽に顔を突っ込んでいる。
この二人がいるから、わたしはモーツアルト「フィガロの結婚」からスザンナと伯爵夫人のロジーナが歌う「手紙の歌」が聞きたいと思った。
この曲ははじめのうちは一人ずつ交互に歌うけれど、最後のところで二重唱になる。
そこの音が重なる部分が好きでたまらない。
それでわたしが二人にリクエストをした。
ところがピアニストが歌ってしまうと、伴奏はだれが?
それでわたしが、ウン十年ぶりに人前でピアノを弾くことになった。
当日、リハーサルはうまくいったのに、本番になったらペダルは踏み間違えるは、ミスタッチはするはで、「雪雀連」の忘年会コンサートの会則を忠実に実行してしまった。
曰く
決して上手に演奏してはならない。
必ず一回は間違えるべし・・・等など。
そう、わたしは規則に忠実なのだ。
さんざん歌って飲んで、お開きとなってゴキゲンで5人ほど、東急線に乗ったら、いきなり車内放送。
この電車の前の電車が人身事故のため止まっているという。
この年の瀬、酔っ払ってかそれとも深い事情があってか、事故にあった人も、その電車の運転手も、気の毒でならない。
約1時間半ほど電車は動かず、その間本を読んだりうとうとしたり。
やっと帰ったらすっかり午前様。
そろそろこういう生活もやめないと。
嬉しかったのはネット上で知り合った人が馳せ参じてくれたこと。
ネットでは畑違いでも様々な人に出会える。
「チロリン村から来たジュニア」を覗いてみてください。
わたしのお気に入りのサイトです。
ピアノは大好きで、高校時代はヴァイオリンとどちらが好きかというほど、ピアノもよく弾いていた。
なにが良いのかというと、蓋を開けるとすぐに弾けること。
ヴァイオリンのように、楽器を出すとまず調弦、それから楽器のゴキゲンを伺う。
湿気がこもっていないか、乾燥しすぎていないか、弦は傷んでいないか、弓の毛はまだ保つかしら、どこかヒビがはいっていないだろうか・・・様々な心配事が、のしかかってくる。
気むずかしくてお天気や、それが魅力でもあるけれど。
それでも選んだのはヴァイオリン。
子供の頃にレコードで聴いたハイフェッツの音に魅了されたから。
それはもう魔術のような演奏だった。
長年眠っていたピアノを練習すると、若い頃夢中になってショパンやモーツアルトを弾いたことが嘘のような気がする。
指はあちらこちらをさまよい、ミスタッチの連続。
ショパンのノクターンやマズルカなども、夢のように遠い過去になってしまった。
本当に弾いていたのかどうか。
それでもトチトチと音を拾っていくうちに、和音の魅力に取り憑かれていく。
ヴァイオリンの重音はバッハやイザイの無伴奏では当たり前に出てくるけれど、普段は単音でメロディーを弾くほうが多い。
ピアノは自分で伴奏までしてしまうので、独立できる楽器だけれど、ヴァイオリンはほとんどの場合、伴奏をつけてもらわなければならない。
そこが不自由なのだ。
歌の人なら両手が空いているから、弾き語りができる。
ヴァイオリンは腕が4本ないと、自分で伴奏までは手がまわらない。
子供の頃から音が重なって響くことに魅力を感じていたから、むしろピアノの道を選んでも良かったかもしれない。
それでも弦楽四重奏を聞くと、完璧なハーモニーには本当に感動させられる。
だから、やはりヴァイオリンを選んだのは正解かとも。
欲張りなんだなあ。
我らの「雪雀連」ようするにスキーと麻雀を楽しむ会は、会長がピアノ調律師だけあって、会員はステージ関係、音楽家も多い。
中には化学者なのに歌を歌う女史がいて、最近はますます歌の道に励んでいる。
肝心の仕事は放り出そうとしたので、まだやめないほうがいいよ、と忠告しておいた。
自分はさっさと引退宣言したくせに、なにを言うかと叱られそうだけれど。
そしてもうひとりは、この人はピアニストだから音楽家ではあるけれど、やはり畑違いの声楽に顔を突っ込んでいる。
この二人がいるから、わたしはモーツアルト「フィガロの結婚」からスザンナと伯爵夫人のロジーナが歌う「手紙の歌」が聞きたいと思った。
この曲ははじめのうちは一人ずつ交互に歌うけれど、最後のところで二重唱になる。
そこの音が重なる部分が好きでたまらない。
それでわたしが二人にリクエストをした。
ところがピアニストが歌ってしまうと、伴奏はだれが?
それでわたしが、ウン十年ぶりに人前でピアノを弾くことになった。
当日、リハーサルはうまくいったのに、本番になったらペダルは踏み間違えるは、ミスタッチはするはで、「雪雀連」の忘年会コンサートの会則を忠実に実行してしまった。
曰く
決して上手に演奏してはならない。
必ず一回は間違えるべし・・・等など。
そう、わたしは規則に忠実なのだ。
さんざん歌って飲んで、お開きとなってゴキゲンで5人ほど、東急線に乗ったら、いきなり車内放送。
この電車の前の電車が人身事故のため止まっているという。
この年の瀬、酔っ払ってかそれとも深い事情があってか、事故にあった人も、その電車の運転手も、気の毒でならない。
約1時間半ほど電車は動かず、その間本を読んだりうとうとしたり。
やっと帰ったらすっかり午前様。
そろそろこういう生活もやめないと。
嬉しかったのはネット上で知り合った人が馳せ参じてくれたこと。
ネットでは畑違いでも様々な人に出会える。
「チロリン村から来たジュニア」を覗いてみてください。
わたしのお気に入りのサイトです。
卒業
音楽教室「ルフォスタ」は私の謂わば第二の家庭みたいなものだった。
故 小田部ひろのさんが理想の教室を目指して「おじさんたちのオアシス」を作りたいという趣旨に賛同して、仲間入りさせてもらった。
その時は講師が5人くらい?だったかしら。
生徒はほんの数人。
小田部先生の不安をよそに、教室はあっと言う間に大勢の生徒数を抱えることとなった。
勢いのあるときには、私のヴァイオリンクラスは途中で食事を摂る間も無いくらいの、盛況ぶりだった。
ヘトヘトになってレッスンを終ると、自宅にも生徒が待っていて、大急ぎで帰ってレッスンを終ると、寝る時間も短くて大変だったことを思い出す。
生徒数が増えるに従って、私はあくまでも最初の理想に拘り、緩く甘く、ゆったりとしたオアシスを目指していたけれど、教室としてはそうもいかない。
規律が厳しくなり、最初の頃のいい加減な事務処理では、様々な問題に対応できない。
そんな中で、私は絶対に生徒側に立ってしまうので、その辺が経営陣との摩擦をよんでしまう。
小田部さんとの確執も多々あって角突き合わせている中でも、私たちは結局お互いに必要としていたから、訣別することはなかった。
そんな中でも、彼女は私との信頼関係を取り戻そうと近寄ってくれて、私たちはそれからも一緒に旅行したり、新しいアマチュアオーケストラを立ち上げたりと共同作業は続いた。
そして、小田部さんは一足先に天国へ行ってしまった。
臨終のベッドの傍らで彼女の手を握って、私は号泣した。
今でもそのことを思うと、涙がこぼれる。
力が抜けてしまって、生徒は友人に託し私はやめるつもりでいたけれど、他の講師が体調を崩して、回復するまでの代講を頼まれた。
休養期間だけという約束だったけれど、復帰のめどが立たないからと言って、その後は私に任された。
ほんの数人の生徒達。
その人達は優秀で熱心で、濃いレッスンとなったのは、私の生涯の宝物となった。
この人達を半端な講師に委ねるわけにはいかないので、熟慮していたけれど、とても優秀で経験豊富で、人柄も申し分ない先生にお願いできることとなった。
そして昨日のクリスマスイブは最後のレッスン。
生徒2人とこの教室創立以来、長年に亘って通ってくれた、Tさんと4人でお別れ会をした。
まだ全部教室をやめた訳ではなく、時々他に指導する人が見付からないときだけ、アンサンブルの指導をする予定。
1月もその予定が入っているけれど、決った曜日に出かけることは無くなった。
これで、私の日時に対する勘は益々鈍ってくるかもしれない。
教室はいつも居心地良く、言いたい放題やりたい放題にさせてもらったけれど、ここいらへんでそろそろひきこもりを始めたい。
オーケストラの仕事も殆ど引き受けなくなった、というより来ないし。
長い間読めないで積んであった本を読む。
猫に寂しい思いをさせない。
お掃除も・・・あ、これは言わない方がいいかな。
ヴァイオリンをちゃんと練習する・・これも言わない方が?
故 小田部ひろのさんが理想の教室を目指して「おじさんたちのオアシス」を作りたいという趣旨に賛同して、仲間入りさせてもらった。
その時は講師が5人くらい?だったかしら。
生徒はほんの数人。
小田部先生の不安をよそに、教室はあっと言う間に大勢の生徒数を抱えることとなった。
勢いのあるときには、私のヴァイオリンクラスは途中で食事を摂る間も無いくらいの、盛況ぶりだった。
ヘトヘトになってレッスンを終ると、自宅にも生徒が待っていて、大急ぎで帰ってレッスンを終ると、寝る時間も短くて大変だったことを思い出す。
生徒数が増えるに従って、私はあくまでも最初の理想に拘り、緩く甘く、ゆったりとしたオアシスを目指していたけれど、教室としてはそうもいかない。
規律が厳しくなり、最初の頃のいい加減な事務処理では、様々な問題に対応できない。
そんな中で、私は絶対に生徒側に立ってしまうので、その辺が経営陣との摩擦をよんでしまう。
小田部さんとの確執も多々あって角突き合わせている中でも、私たちは結局お互いに必要としていたから、訣別することはなかった。
そんな中でも、彼女は私との信頼関係を取り戻そうと近寄ってくれて、私たちはそれからも一緒に旅行したり、新しいアマチュアオーケストラを立ち上げたりと共同作業は続いた。
そして、小田部さんは一足先に天国へ行ってしまった。
臨終のベッドの傍らで彼女の手を握って、私は号泣した。
今でもそのことを思うと、涙がこぼれる。
力が抜けてしまって、生徒は友人に託し私はやめるつもりでいたけれど、他の講師が体調を崩して、回復するまでの代講を頼まれた。
休養期間だけという約束だったけれど、復帰のめどが立たないからと言って、その後は私に任された。
ほんの数人の生徒達。
その人達は優秀で熱心で、濃いレッスンとなったのは、私の生涯の宝物となった。
この人達を半端な講師に委ねるわけにはいかないので、熟慮していたけれど、とても優秀で経験豊富で、人柄も申し分ない先生にお願いできることとなった。
そして昨日のクリスマスイブは最後のレッスン。
生徒2人とこの教室創立以来、長年に亘って通ってくれた、Tさんと4人でお別れ会をした。
まだ全部教室をやめた訳ではなく、時々他に指導する人が見付からないときだけ、アンサンブルの指導をする予定。
1月もその予定が入っているけれど、決った曜日に出かけることは無くなった。
これで、私の日時に対する勘は益々鈍ってくるかもしれない。
教室はいつも居心地良く、言いたい放題やりたい放題にさせてもらったけれど、ここいらへんでそろそろひきこもりを始めたい。
オーケストラの仕事も殆ど引き受けなくなった、というより来ないし。
長い間読めないで積んであった本を読む。
猫に寂しい思いをさせない。
お掃除も・・・あ、これは言わない方がいいかな。
ヴァイオリンをちゃんと練習する・・これも言わない方が?
2015年12月22日火曜日
ヴァイオリンの感覚
12月に入ってからはずっとヴィオラを弾いていた。
そしてロンドアンサンブルの小田原公演が終ってからは、ずっとピアノを弾いていた。
その間、私のヴァイオリンはケースにしまわれ、出番がなかった。
今度の忘年会コンサートで、3月の「古典」定期演奏会で弾くトレッリ「2つのヴァイオリンの協奏曲」を弾くことにした。
幸い一緒に弾くIさんも「雪雀連」のメンバーでスキーの達人。
忘年会に出るというから、それでは練習させてもらおうよ、というわけでの出場。
この夏に北軽井沢のコンサートでも弾かせてもらったし、何回でも人前で弾くのはすごく練習効果がある。
それでピアノばかり弾いてはいられないから、ようやくヴァイオリンを取り出して音をだしたら、なにやら様子が変。
ヴァイオリンはすっかり拗ねてしまって、涙声。
鼻の詰まったような音しか出ない。
1日弾いても出ない。
2日弾いても出ない。
3日目に漸く少しずつ鳴り始めた。
それは楽器のせいでもあるけれど、自分の手がすっかりヴィオラ仕様になってしまったのだ。
弦楽器の弓の使い方は本当に難しい。
ほんの僅かの圧力の変化や、指の力加減、身体の柔軟性などに微妙に反応するのだから。
昨日は素敵な音が出たのに、今日はもうその音が出ないなんていうことは、しょっちゅうある。
緊張して弦を強くこすってしまうと、とたんに響きがなくなる。
傍で大きな音がしても、広い会場で遠くにとどかないとか。
なんでも運動というのはそうだけど、力んだらお終い。
ヴィオラとヴァイオリンの弓の使い方は全く同じではあるけれど、ヴィオラの方が多少弓に重みがいる。
それは1番低い音の弦が少し太いのと、楽器の大きさが違うから。
楽器自体が大きいので、当然弓を置くポイントが遠くなる。
指板と駒の間の1番良く鳴る場所を探して弾くのだから、ヴィオラの方が奏者からは少し遠くなる。
その感覚が身についてしまったらしく、ヴァイオリンを弾いても、いつもの場所からほんの僅かずれているなと感じた。
その修正は音を聴いてするのだけれど、手がしばらく覚えてしまっているので、ほんの数ミリ単位でずれていたようだ。
それがやっと元に戻ったらしい。
若いうちならなんでも馬力でこなせたけれど、省エネの奏法をしないと私の年齢ではもたない。
その省エネが今のところ上手くいっているので、まだ弾いていられる。
それでも身体はどんどん柔軟さを失っていくので、手首などが硬いと感じたら、他のところで・・例えば腕全体を使う方法で補ったり。
いやはや大変です。
お正月は例年のとおり、スキー場で過ごすことになっている。
スキーは年に数回行くけれど、毎年力をどうやって抜くかが課題になっている。
正しい姿勢で正しいポイントに乗ること、これが難しい。
楽器もスポーツも究極はそれ。
私がレッスンで生徒に文句を言うけれど、スキーの先生から同じことを毎年言われているのが、腹立たしい。
スキーの先生に、今度お返しにヴァイオリンを教えましょうと言ったら、きっぱりと断られた。
身の危険を感じたらしい。
そしてロンドアンサンブルの小田原公演が終ってからは、ずっとピアノを弾いていた。
その間、私のヴァイオリンはケースにしまわれ、出番がなかった。
今度の忘年会コンサートで、3月の「古典」定期演奏会で弾くトレッリ「2つのヴァイオリンの協奏曲」を弾くことにした。
幸い一緒に弾くIさんも「雪雀連」のメンバーでスキーの達人。
忘年会に出るというから、それでは練習させてもらおうよ、というわけでの出場。
この夏に北軽井沢のコンサートでも弾かせてもらったし、何回でも人前で弾くのはすごく練習効果がある。
それでピアノばかり弾いてはいられないから、ようやくヴァイオリンを取り出して音をだしたら、なにやら様子が変。
ヴァイオリンはすっかり拗ねてしまって、涙声。
鼻の詰まったような音しか出ない。
1日弾いても出ない。
2日弾いても出ない。
3日目に漸く少しずつ鳴り始めた。
それは楽器のせいでもあるけれど、自分の手がすっかりヴィオラ仕様になってしまったのだ。
弦楽器の弓の使い方は本当に難しい。
ほんの僅かの圧力の変化や、指の力加減、身体の柔軟性などに微妙に反応するのだから。
昨日は素敵な音が出たのに、今日はもうその音が出ないなんていうことは、しょっちゅうある。
緊張して弦を強くこすってしまうと、とたんに響きがなくなる。
傍で大きな音がしても、広い会場で遠くにとどかないとか。
なんでも運動というのはそうだけど、力んだらお終い。
ヴィオラとヴァイオリンの弓の使い方は全く同じではあるけれど、ヴィオラの方が多少弓に重みがいる。
それは1番低い音の弦が少し太いのと、楽器の大きさが違うから。
楽器自体が大きいので、当然弓を置くポイントが遠くなる。
指板と駒の間の1番良く鳴る場所を探して弾くのだから、ヴィオラの方が奏者からは少し遠くなる。
その感覚が身についてしまったらしく、ヴァイオリンを弾いても、いつもの場所からほんの僅かずれているなと感じた。
その修正は音を聴いてするのだけれど、手がしばらく覚えてしまっているので、ほんの数ミリ単位でずれていたようだ。
それがやっと元に戻ったらしい。
若いうちならなんでも馬力でこなせたけれど、省エネの奏法をしないと私の年齢ではもたない。
その省エネが今のところ上手くいっているので、まだ弾いていられる。
それでも身体はどんどん柔軟さを失っていくので、手首などが硬いと感じたら、他のところで・・例えば腕全体を使う方法で補ったり。
いやはや大変です。
お正月は例年のとおり、スキー場で過ごすことになっている。
スキーは年に数回行くけれど、毎年力をどうやって抜くかが課題になっている。
正しい姿勢で正しいポイントに乗ること、これが難しい。
楽器もスポーツも究極はそれ。
私がレッスンで生徒に文句を言うけれど、スキーの先生から同じことを毎年言われているのが、腹立たしい。
スキーの先生に、今度お返しにヴァイオリンを教えましょうと言ったら、きっぱりと断られた。
身の危険を感じたらしい。
2015年12月19日土曜日
ピアニストは挫折しそう
忘年会コンサートのための、オペラアリアの伴奏を引き受けた。
数十年ぶりのピアノ。
時々うちで生徒のために伴奏することはあっても、伴奏していると言うよりも邪魔をしているというか。
相手が先生だから生徒の方は文句も言えず、じっと耐えている。
うるさいなあ、私で練習しないでよね、とか思っているかもしれない。
アリアの伴奏は、何回練習してもミスタッチが多くて、自分の出した音にビックリして、先に進めなくなる。
これはもう諦めるべきかと思うけれど、まあ、最後まで頑張ってみよう。
本番の3日前に練習の約束をした。
伯爵夫人(もちろん役の上の)からメールが来て、練習日を指定されてOKを出しておいたのに、皆に伝わっていなかったらしい。
練習日に使わせてもらうはずのスタジオの持ち主から、ビックリ仰天したらしいメールが届いた。
私お約束していました?とかなんとか。
それにはこちらがビックリして、どうなってるの?
しばらくしたらメールが来て、私のOKを取り付けた人が、全員にそのことを伝えるのを忘れていたらしい。
私はその日、練習時間に合わせて美容院の予約をしていたので、一つスケジュールが狂うと全部ちぐはぐになってしまう。
結局予定を変更してもらったりして、全員が都合をあわせたけれど。
この先こういうことが、多くなっていくと思う。
皆危うくなってきた。
これから先はこんな事ばかり続くと思う。
私の所属している「古典音楽協会」というバロック演奏団体の平均年齢はずいぶん高いので、そのうち、まだ弾いていないのに「私はもうこの曲は弾きましたよ」とか「繰り返しはしましたっけ?」とか言い出しかねないと、皆で笑い合っている。
仲が良くて誰もやめないので一緒に歳をとってしまうから、平均年齢が若くなるという希望は持てない。
そろそろ危ないと言い始めてから、もう数十年。
今のところ、まだ大丈夫・・・だと当人達は思っている。
本当は間違えているのに、自分たちで気がつかないだけだったりするかも。
先日我が家で、ロンドンアンサンブルのヴァイオリンのタマーシュが、私の生徒にレッスンをしてくれた。
その時ヒマだったチェロのトーマスが、サンサーンス「ヴァイオリン協奏曲」のピアノ伴奏をしてくれて、あまりの上手さに皆びっくりした。
私のピアノとは雲泥の差!
初見?それでいて、生徒がニュアンスを出して少し緩めたり早めたり、そんな時にも完璧につけていく。
伴奏が全く煩くない。
生徒はこんな大物に伴奏をしてもらって、本当に幸せそうだった。
彼はヨーロッパで指揮者としても活躍中。
しかし指揮をすると、あの素晴らしいチェロの演奏がその分減ってしまうのは、惜しい。
もう1人クローン人間を作って、共演してくれれば嬉しい。
数十年ぶりのピアノ。
時々うちで生徒のために伴奏することはあっても、伴奏していると言うよりも邪魔をしているというか。
相手が先生だから生徒の方は文句も言えず、じっと耐えている。
うるさいなあ、私で練習しないでよね、とか思っているかもしれない。
アリアの伴奏は、何回練習してもミスタッチが多くて、自分の出した音にビックリして、先に進めなくなる。
これはもう諦めるべきかと思うけれど、まあ、最後まで頑張ってみよう。
本番の3日前に練習の約束をした。
伯爵夫人(もちろん役の上の)からメールが来て、練習日を指定されてOKを出しておいたのに、皆に伝わっていなかったらしい。
練習日に使わせてもらうはずのスタジオの持ち主から、ビックリ仰天したらしいメールが届いた。
私お約束していました?とかなんとか。
それにはこちらがビックリして、どうなってるの?
しばらくしたらメールが来て、私のOKを取り付けた人が、全員にそのことを伝えるのを忘れていたらしい。
私はその日、練習時間に合わせて美容院の予約をしていたので、一つスケジュールが狂うと全部ちぐはぐになってしまう。
結局予定を変更してもらったりして、全員が都合をあわせたけれど。
この先こういうことが、多くなっていくと思う。
皆危うくなってきた。
これから先はこんな事ばかり続くと思う。
私の所属している「古典音楽協会」というバロック演奏団体の平均年齢はずいぶん高いので、そのうち、まだ弾いていないのに「私はもうこの曲は弾きましたよ」とか「繰り返しはしましたっけ?」とか言い出しかねないと、皆で笑い合っている。
仲が良くて誰もやめないので一緒に歳をとってしまうから、平均年齢が若くなるという希望は持てない。
そろそろ危ないと言い始めてから、もう数十年。
今のところ、まだ大丈夫・・・だと当人達は思っている。
本当は間違えているのに、自分たちで気がつかないだけだったりするかも。
先日我が家で、ロンドンアンサンブルのヴァイオリンのタマーシュが、私の生徒にレッスンをしてくれた。
その時ヒマだったチェロのトーマスが、サンサーンス「ヴァイオリン協奏曲」のピアノ伴奏をしてくれて、あまりの上手さに皆びっくりした。
私のピアノとは雲泥の差!
初見?それでいて、生徒がニュアンスを出して少し緩めたり早めたり、そんな時にも完璧につけていく。
伴奏が全く煩くない。
生徒はこんな大物に伴奏をしてもらって、本当に幸せそうだった。
彼はヨーロッパで指揮者としても活躍中。
しかし指揮をすると、あの素晴らしいチェロの演奏がその分減ってしまうのは、惜しい。
もう1人クローン人間を作って、共演してくれれば嬉しい。
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