2015年12月16日水曜日

お別れ

ロンドンアンサンブルのレギュラーメンバーは、14日の横浜公演が最後。
ヴァイオリンのタマーシュとヴィオラのジェ二ファは、次の室内楽公演のために、イギリスに帰国した。
そして、小田原でのコンサートのために残った、チェリストのトーマスは明日、日本を離れてしまう。
彼はイギリスでのエルガー「エニグマ変奏曲」のオーケストラの指揮を控えていて、大きなスコアを演奏会の合間に覗いては絶えず勉強をしている。
大きな身体と人懐こい笑顔の陰には、とてつもない努力が隠されている。
陽気で大食漢で楽天的と思われがちだが、私たちは人一倍気をつかう繊細な彼を見て、ああでなければここまでは来られなかったと思う。
演奏会で少しのミスでもあれば、演奏会後にその箇所を納得のいくまで練習し直す。

世界の名だたる音楽家との親交がありながら、飾らない人柄が私の様な無名の音楽家とも気さくに交流してくれる。
それもこれも、美智子さんやリチャードとの友情のため。
練習の時の彼は厳しく、おそろしく耳が良く隅々までスコアが頭に入っているので、どこをどう間違えてもすぐにわかってしまう。

来日して以来、千葉や九州などで地方公演。
東京文化会館小ホール、横浜美術館まではロンドンアンサンブルの正規のメンバー、小田原では私たちも同じプログラムで演奏。
だから、練習も二重になる。

これがどれほど大変な事か。
連日のコンサートでは、いくらタフな彼らでも消耗する。

本当に疲れると思うので、彼らがいる間はなんとか快適に過ごして欲しいと思う。
どこへ行っても大歓迎されるのも、嬉しい反面、楽ではないはず。
その間は疲れていても愛想良く振る舞い、練習したくてジリジリしても、我慢する。
だから我が家に来たときには、なるべくほったらかし。
神経質にイライラしても気がつかないフリをする。

小田原公演の翌日にはトーマスはイギリスに帰る予定だったのに、毎年行く箱根の温泉に行きたくて1日滞在を延ばした。
今日の箱根は少し風が強かったものの、暖かい日差しが心地よい絶好のドライブ日和りだった。

芦ノ湖の湖畔を散歩するのは毎年のこと。
その後は仙石原に行って、お土産屋さんの二階にある喫茶店で、昼食をとらせてもらった。
前日の夜、箱根到着が遅くなるので、夜食用に買い込んであった食料が余っていた。
かなりの量なので、それを今日の昼食にあてることにしたけれど、いくら良いお天気でも湖水が波立つほどの風では、外は寒い。
試しに喫茶店で、持ち込みをしても良いかと訊ねたら、快く承知してくれたのだった。
なにか一品ずつとってくれれば構わないと言うので、コーヒーなどを頼んで、ほっと一息ついた。

日が傾き始めた頃、山路を御殿場に向かう。
車がカーブを曲がったとたん、目の前に大きな富士山が急に姿を現わした。
思わずブレーキを踏んで、車を道路脇に停めて、その雄大な姿に見とれてしまった。

今回のロンドンアンサンブルの公演はどこでも大成功で、東京文化会館小ホールの席はほぼ満席。
小田原も日にちの変更などで会場がとれず、市民会館の小ホールになったけれど、古くて申し訳ないと言う主宰者の言葉に反して、古いながら音響の良い弾き易い、しかも地の利も良いホールだった。
結果としては、客入りも良くなかなか楽しいコンサートになった。

しかも思いがけないことに、私のオーケストラ時代の先輩が顔を見せてくれた。
「え、どうして?」と言うと「小田原中にnekotamaさんの顔写真があったから、こない訳にはいかないでしょう」と言う。
そうか、手配書が回っていたか。
そう言えば買い物に入ったお店にも、チラシが置いてあった。
感謝感激だった。

コンサートが終ってから箱根までひとっ走り。
去年は霧の中を走って怖い思いをしたけれど、今年はむやみに暖かい。
それは助かるけれど、やはり山では身の引き締まるような寒さがふさわしい。
帰りの高速道路では疲れの出た男性達は眠ってしまい、心配性の美智子さんだけが起きていて私に話しかける。
私が居眠り運転をしないようにという配慮らしい。

最近の私の運転はいよいよ怪しくなってきたけれど、自覚しているだけに以前より慎重になってきた。
今回はタマーシュが「ブレーキを解除した?」「ライトをつけなくていいの?」とか脇から言う。
来年も果して無事に彼らを乗せられるかどうか、怪しいなと思う。
たぶん、来年は他のヴィオラ弾きと他のドライバーにお任せすることになると思う。
そして私は高みの見物。

もう一つ嬉しかったのは、今回はヴィオラの活躍する曲が多くて、皆さんがそのことに気がついて「ヴィオラって素敵な楽器なんですねえ」と言ってくれたこと。
「そうなんですよ、私もヴィオラが大好きなんです」と我が意を得たり。
ヴィオラも市民権を主張しないとね。

エニグマは本当に素晴らしい曲だが、初めて楽譜を見たときには絶望的な気分だった。
これを指揮者なしで?
出来るかどうか怪しかったけれど、きちんと分析してみればすごく合理的に描かれているのがわかる。
この曲を弾かせてくれたロンドンアンサンブルに感謝したい。































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