2015年3月30日月曜日

願わくば花のもとにて

かつての同僚が亡くなって、今日はお通夜。
窓から見える桜は昨日にもまして咲き誇っている。
木によって咲く早さが違うので、我が家の目の前の桜は8分咲き。
明日、明後日には満開となりそう。
他の木はすでに満開のものもある。

亡くなった方の奥さんと私は、とても仲が良かった。
私は早々にオーケストラをやめてしまったけれど、彼女は頑張って勤めていた。
私たちはよくデュエットをしたり、カルテットのコンサートをしたり、ずっと一緒に弾いていた。
私がオーケストラをやめてもしばらくは、時々共演していたけれど、お互い違う道を進んでいったから段々疎遠になってしまった。
それでも何年か前、彼女がオーケストラを退職した直後に、一緒に食事とお喋りを楽しんだ。
彼女のお祝い事にも呼んでもらった。

彼とはあまり話しをした記憶もないけれど、新婚時代のお宅にお邪魔した記憶がある。
ご馳走になったのは牡蠣ごはん。
つまらない事はちゃんと覚えている。
亡くなったご主人は寡黙で、日本の城を愛するような人だったから、若くてもク*ジジイ(これは奥さんもそう言っていたのですよ)などと、あだ名で呼ばれていた。

祭壇の写真はビールのジョッキを片手に、クソ真面目で、それでも楽しげなお顔。
どこか外国で撮ったものらしい。
まさかこんなに早く逝ってしまうなんて・・・

心の底に花冷えの様な澱がよどんでいて、桜の色も心なしか薄くなったような気がする。

たまさぶろうも逝ってしまった。
すごく寂しい。

愛猫の 手向けとなりて 桜咲く   ねこたま






2 件のコメント:

  1. たまさぶろうちゃんも、お友達も、桜の花びら降るなかで見送られるのはいいかもしれませんねえ。桜を見ると思いだしてもらえそうで。
    でも見送る側は寂しいですよね。

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  2. そうですね。
    日本人の美意識って、桜の散ることと人の散り際と重ね合わせていますね。
    これはとても美しい・・・と私は思います。

    たまはまだいるようですよ。
    他の猫が、最後にたまの居た場所に決して近づかないから。
    これはなにを感じているのでしょうか、不思議です。

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