2010年9月11日土曜日

ヒコベエ  藤原正彦著 講談社

藤原正彦氏は数学者、お茶の水大学名誉教授。エッセイストである彼が初めて書いた自伝小説。
私は病床で本を読みふける癖があって、子供の頃体が弱く寝ていると、父がよく本を買ってきてくれた。それが経済を預かる母との、喧嘩の種になっていたようだ。その頃はまだ日本中が貧しく、6人も子供のいる我が家で本などおいそれと買えない時代なのに、食べ物よりも本など買う父に母はいつも文句を言っていた。そんな時代を過ごしてきた著者に共鳴するものが多々あって、風邪でうつらうつら寝たり起きたりしているうちに読んでしまった。藤原氏の両親は作家。しかし、彼は数学者となるが、やはり血は争えない。38度線を超えて生き抜いてきた家族の姿がいきいきと描かれている。今の家庭なら極貧といえるかもしれない。でも、当時はみんなそんなものだから、だれも貧しさで嘆いたりしなかった。主人公のヒコベエは知恵と勇気のある子供。いまの子供からしたら乱暴といえるが卑怯を憎み、父親(新田次郎)から武士の心得を聞かされ育っていく。弱いものいじめをするな、見て見ぬふりをするな。今の教育に欠けているものが、ここにある。母(藤原てい)は身を呈して3人の子供を守り、満州から引き上げてきた。淡々と書いてはいるが、気迫に満ちた描写に圧倒される。著者のことば。「世界が金銭崇拝に走っても、日本だけはそういうものに一線を画せる国になってほしい」そのために文化をまもり、芸術、学問をいかに学ぶかが民族の自信になる・・と。ヒコベエが美術の先生と出会う。ユニークでユーモアのある素晴らしい先生。それが安野光雅氏だったとは。

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