毎年川岸に桜が咲き、お花見で目を楽しませてもらっているけれど、いつもは水量の少ない家の前の川の水位がどんどん上がる。
これまでに経験したことのないような災害が迫っているという。
私の住まいは2階だけれど、車庫は下の階。
前の川が氾濫したら、せっかく買ったばかりの私のアマデウス・ノートは水に浸かってしまう。
保険の契約のときに日産マンに言われた。
今まで車両保険はかけた事が無いので今回もかけないと言ったら、今までの常識で考えられないような災害が起こりうる可能性があるからつけたほうが良いですよと。
なんだか実際にそんな感じになってきて、今すごく後悔している。
つけていれば心配も少ないけれど、今はドキドキなのだ。
こういう心配のために保険会社は儲かっているのだ。
もし、車が水に浸かってしまったらすべておじゃんになる。
古今亭志ん生の「火焔太鼓」の落ち「おまえさん、半鐘はいけないよ、おじゃんになるから」じゃないけど。
今テレビで見ていたら、群馬県の嬬恋村まで大雨特別警報が出ているそうなのだ。
嬬恋村と言えばノンちゃんの家のすぐ近く。
結局北軽井沢から帰ってきてもあちらに居ても、同じだったようだ。
今回あちらには楽器を持参しなかった。
あちらに居て自宅にある楽器のことを心配するより、自宅でヴァイオリンを弾いていたほうが良い。
それだけは良かった。
しかし、よく報道されるのは、近所を見に行って転んで病院へ搬送とか、田んぼの様子を見に行って用水路に落ちて死亡したとか聞くけれど、なぜそんなときに外へ出るのかわからない。
見ると被害が少なくなるなら一生懸命見に行くけれど、そうでなければ絶対外には出ない。
特に高齢者に被害者が多い。
家族は高齢者を外に出さないように注意しないといけない。
今朝野良猫に餌を持っていったら、彼らは賢い。
いつもの待機場所には人っ子一人、猫っ子いっぴきの姿もなかった。
うちの猫は朝からずっと押入れに引きこもって出てこない。
テレビも見ないのに、なんで状況がわかるのか。
もし川が氾濫したら、彼らは当分餌にありつけない。
今頃お腹をすかせていると思うと、可哀想になる。
渋谷の友人から電話がきた。
大丈夫?というから大丈夫じゃない、怖いと言ってしばらく話していた。
北海道の姪が、家の前の川は氾濫しない?と言うから、気にせずお酒飲んで寝るっきゃないと答えておいた。
私が止められるわけではない。
北海道には台風がこれから行くのだから、そちらこそ気をつけて。
メールが届く。
心配してくれる人たちは私の頼りなさを知っている。
特に最近体も心も弱っているから慰めてくれる。
しかし、優しくされるより、こういうときに積年の恨みを晴らそうといじめてくる人がいるほうが、私は元気になるのだ。
相模川ダムの放水が始まるらしい。
これで又二次災害になる可能性も。
スマホがけたたましく警戒音を出している。
避難所には行く必要はないのでヴァイオリンを弾いたりしているけれど、心中は穏やかではない。
傍から見たらこんなときに呑気に音楽なんてと言われそうだけれど、こういう時にこそ音楽なのだ。
子供の頃は雷が怖くて、遠くで雷鳴がすると、いつも練習を始めたものだった。
ヴァイオリンを弾いていれば雷も怖くはない。
精神安定剤の代わりに練習をするので一石二鳥。
猫もまた、心配事があるときに毛を撫でると、動悸が収まる。
猫とヴァイオリンは私にとって、強力な癒やしのグッズ。
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