2015年4月14日火曜日

気が散る

今年も以前と同じように、色々弾かせてもらえる予定が入っている。
自分の予定としては、もう10年前に引退して今頃は遊び狂っているはずなのに、不本意なのか僥倖なのかわからないけれど、未だにヴァイオリンを弾いている。
来年の春までの予定は決っているけれど、だんだん頭がおかしくなってきているから、一体どうやって優先順位をつけていこうか、中々決められない。

難しい曲は練習に長い時間がかかるから、毎日コツコツ。
楽譜が見たところ易しい曲は、コンサート間際でいいかというと、そうはいかない。
結局どんな曲であっても、十分な準備がないと悲惨な結果が待っている。
いつまで経っても本番は怖い。
年と共に恐怖感は強くなっていく。
恐怖は身体能力や反射神経、記憶力の衰えと共に増大する。

本番の決った曲はファイルして、積んである。
次の本番のための練習をしていると、時々急に・・・そういえば
あの曲のあそこはどうなっていたっけ・・・などと別の曲を思い出すことがある。
それは9月に弾く予定だったり12月に弾く予定だったりのもの。
そんなことは今考えないで、次の本番のことだけ考えていれば良い物を、気になり出すとどうにもならない。

そしてずっと先に弾くものを練習し始めたり、まだ来年のことなのに急に資料を調べたり、要は今の曲に集中していない。

フォーレを練習していると急にイザイが弾きたくなったりするのと同じで、ベートーヴェンを一寸弾いて、急にシューマンを引っ張り出す。
トレッリは来年の曲、その次はエルガーのスコアを眺め、という具合に全く集中出来ないのには困った。

最後にモーツァルトまで出てきて、頭の中はグチャグチャ。
なんでこんなに集中出来ないのか。
単なる老化現象なのか、精神状態が悪いのか良くわからない。

一時期、瞑想をしていた頃、非常に状態が良かった。
集中力も気分もすごく良くて、本当に役に立っていた。
多忙を極めたある時期から、すっかりご無沙汰となってしまった。
時々思い出して、ちょっと瞑想状態に入ってみる。
気持ちがいい。
ヒマになって来たから、又瞑想をちゃんとしようかと思ったけれど、だんだんそれも必要ではなくなるかもしれない。

そのうちずっと瞑想状態でいられる時期になる。
なにも今しなくてもと、これが又無精者の屁理屈。












4 件のコメント:

  1. nekotama様
    気の向くままなのは、やっぱり猫型なんですね。 年齢関係ないですね。いつまでも若くいられるのが芸術家のうらやましいところです。それに比べてこちらは、会社と家の往復と、犬の散歩だけの毎日・・・うえーん。 (つД`)・゚・

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  2. 猫といえどもノラはつらい。
    私はフリーというノラ猫ですから、ちゃんと拠り所がある人が羨ましいです。犬の散歩だって、出来る日と出来ない日があって、犬を飼っている人達は苦労しています。仕事の空き時間に家に飛んで帰って・・・みたいに。お互い無い物ねだりですなあ。

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  3. 確かに、ノラはノラで大変ですね。 長く外資系にいて日本企業に移ると、安定しててもやっぱり少し周りから浮いていて、気分は社内ノラです。 
    nekotama様は、血統書付きの由緒正しいノラさんですね。 
    ヽ(=^‥^=)丿

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  4. 社内ノラですか。少し浮いているのはとても良いことで、みんな同じようにしないといけない日本の方が変だと思います。貧しかった戦後の動乱期にはそれが異常に効果を発揮しましたが、安定期(停滞期)に入った今社内ノラが少しいる方が、文化的にはプラスでしょう。

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