2015年8月12日水曜日

パラドックス

知れば知るほど知らないことが増えるというのが、最近の実感。

音大附属高校から音大へ、そのままオーケストラへ。
殆ど一般教養を身につけないで社会人となってしまった。
音大を卒業する頃、まさか自分の技術が世の中に通用するとは考えていなかったので、もう一つ普通の大学に行くことに決めて、色々探していた。
母にそのことを話したら、激怒された。
「一つの事もちゃんと出来ないで、あちこちやってもしょうがないでしょう!」
6人もの子供に十分な教育を受けさせ、やっと最後の子が大学を卒業してやれやれ、これでやっと楽が出来ると思った矢先、もう一つ大学とは。
親の心子知らずとはこのこと。

しかも私の専攻は専門職になるしかないので、その上一般の学科を受けても無意味であると考えたと思う。
これが音楽で海外留学とでも言うなら、無理してでも行かせてくれたかも知れない。
ところが、教育大とか、早稲田とかとか言い出したから、なにをかいわんや。
これは兄嫁の影響。
次兄のお嫁さんは物理学の修士号を取った後、他大学で国文学、更に別の大学で心理学、という勉強大好きな人。
私にも色々情報を教えてくるから、私もおっちょこちょいにも、それに乗ってしまった。
それでも私がどうしてもと言えば、母はいつも協力してくれたと思うけれど、あまりにその時の怒り方が激しかったので、2度と言い出す勇気は無くなった。
幸い、音大在学中から進路は決っていたので、他の大学の夢は捨てて無事にオーケストラに入れた。

ところがその後、放送大学という通信制の大学が創設された。

その頃、私は少し健康を害していた。
仕事が忙し過ぎるので、ストレスと免疫力の低下から、様々な問題が出てくるようになった。
それでヨガの体操を始め、その関係から瞑想の訓練を受け、やっと自分自身に戻ったような気がした。
そして、ずっと以前からの一般教養を身につけたいという考えが、頭をもたげてきた。
そして知ったのが放送大学。
さっそく入学した。
このことはもう何回も書いているけれど・・・

通信制だから、ビデオやラジオ放送で授業が受けられる。
好きな時間に勉強が出来る。
一部はスクーリングを受けないと単位がもらえないこともあったけれど、なんとかなるだろう。
ただし、仕事優先。
仕事が入ったら学校は後回し。
それで試験もスクーリングもうけられず、度々単位を落としたことも。

物理学の実験授業で、毎回受講申し込みをしているのに現れない私は、先生の疑問の対象だったらしい。
「また、先生が貴女のことを言ってましたよ」と他の受講生から聞くこともあった。
先生は「この**さんはどうして来ないのでしょうね、一体どんな方なんでしょうね」と不思議がっていたそうで、私が初めて受講出来たとき、私の周りをグルグルまわっては「やっと来てくれましたね」とたいそう嬉しそうだった。

それですぐ名前も覚えてもらって、とても親切に教えてもらえたのは怪我の功名だった。

しかし、入学当初は読み慣れない教科書、知らないことだらけで先に進むことも出来ない。
初めてのテストを受けたとき、あまりにも回答が出来なくて涙がこぼれた。
白紙に近い解答用紙を目の前にして、書けないから時間が余って、それでも30分経たないと外へは出られない。
見事に単位を落とした。 
大学で数学を専攻した人が、私の教科書を見て驚いていた。
「なんでこんなに難しい事を」
私は一般の教養の知識がないから、こんなものだと思っていたけれど。
放送大学は入学するのは簡単、卒業はたいへん。

家にいて勉強しようとしても、電話や雑用で集中出来ない。
それで漸く一念発起して、時間が空くと学芸大学にある教室に通い、勉強した。
諏訪にある大学まで宇宙時間に関する集中講義を受けに行ったら、大歓迎を受けたことも。
一つ自慢させて貰っていいかな。
相対性理論と力学で、満点を取ったことを。
それまで新聞の科学欄など、全く読めなかったにしては、上出来でしょう?

宇宙像の変遷の単位は、テスト4回目にやっと受かった。
3回続けて落ちて4回目、もうダメかと諦めてリラックスして受けたら合格!
必死で勉強した成果がやっと現れたのか、又はリラックス効果だったのか、その辺がはっきりしない。

仕事優先だから、仕事が試験日にぶつかったら仕事をとる。
それで他の人の倍くらい、時間と授業料をムダにしたと思う。
最初から卒業は10年目と決めていたけれど、最後の1単位の不足が期限ギリギリの10年目。
これで落ちたらもう一回やり直さないといけない。
それで、絶対安全圏である(はず)の音楽で試験を受けることにした。
バッハのマタイ受難曲を受講。

放送大学は普通の学生とは違う、毛色の変わった人も受けにくる。
それが専門家だったりすることもあって、講師も油断できない。
私はどうも胡散臭かったようだ。
講師が訝しげに質問してくる。
楽譜を熱心に見てもいないのに、質問すると即座に正解する。
これはあやしい。
近くの席にいた男性が、他の人に言っている。
「ヴァイオリンを弾く人は首に痕がつくんだよね」
シッ、余計な事を。

問題なく単位ゲット。
卒業式は仕事と重なって欠席した。

この大学で学んだことは常識程度の事かも知れないが、私にはなにもかも新鮮で、本当に行って良かったと思う。
今まで自分がどれほど常識がなかったか、いやというほど思い知らされた。
それまで新聞で絶対に読まなかった科学欄なども、読めるようになった。
井の中の蛙で非常に生意気だった私が、すっかり謙虚になったことが最高の収穫。
読書量が多かったので雑学の知識は豊富だったけれど、基礎的な知識が欠けている。

初めて天文学の教科書を開いたとき、最初から単語がわからない。
日本語で書いてあるのに外国語の、しかも全然知らない国の言葉の様だったのを、鮮烈に思い出す。
あの時の衝撃は、大人のはずの自分が全くの子供だったことを思い知らされた瞬間だった。

それ以後は知れば知るほど、知らないことが多くなっていく。
音楽のことだって、まだ何にも分かっちゃ居ない。
永久に続くパラドックスの林に、迷い込んでしまったようだ。




















































2 件のコメント:

  1. 相対性理論と力学で、満点とったなんて、すごい! おみそれしました。m( _ _ )m   宇宙像の変遷、なんて、想像もつきません。専門からほど遠い天文学のクラスをとろうという、nekotama様の意欲に脱帽です。
    はて自分は仕事以外で何やってきたのかなあ、というと、語学系ばっかり。外国人に日本語を教える教師になるため、通信教育で勉強したことあります。(これは自分には合わないとすぐわかりました) 最近会社で同僚に、日本語の言葉には発音しない音がある、「~です(desu)」の最後の「u」の音を私たちは発音していない、と説明したら、「へー」と微妙に感心されました。 人生いろいろ寄り道や回り道しながら、そのとき無駄だったと思ったことでも、他の人とは違う何かを持っているように見えることになるのだと思います。

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  2. あはは、私もドイツ語習いに行って、発音しない音で苦労しました。
    ich 発音はイッヒですが、イッヒのヒをあまり明瞭に発音すると出稼ぎの外国人みたいに品がないと思われるからと言って、イッヒ、イッヒと何回言わされたことか。ドイツ旅行に出かけるので間に合わせの日常語が出来るようになればと思ったのですが、結局イッヒで終ってしまいました。もう笑うっきゃ無い、イッヒッヒ。日本語でも「す」を発音しないという事は今初めての認識です。そう言えばそうですね。
    相対性理論は興味があって、一橋大学の天文学の先生からいただいた子供向けの本を読んでいたので、辛うじてです。

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