2010年6月9日水曜日

病気その2

ステージに乗ってしまうと不思議に吐き気もおさまってしまう。だが、終わると首筋から大量の汗が滴り落ちる。一人で心細く帰路についたものの釜石から一気に帰ることができない。仙台に一泊して次の日帰宅。すぐ、ホームドクターの診察を受けると「これは大変。すぐ入院しなさい」近くの総合病院へ回された。でも、私は1週間後に、カルテットの結成後初のコンサートを控えている。「入院するわけにはいきません。コンサートが終わってからにしてください。」「だめ、命がなくなるよ。」 やむなく手を尽くして探した結果、大ベテランが代わりをつとめてくださることになった。これで安心となったとたん、急に本当の病気になってしまった。激しい黄疸が出て、手も目もまっ黄色。点滴を引きずってトイレに行くと、おお、なんと。外に待機している看護婦に「わあ、カナリア色の・・がでた。きれいよ」というと、看護婦が泣きそうになって、「そんなこと・・・・」と絶句している。まだ、事の重大さに気付いていないから、のんきに本をよんだり、オペラを聞いたり、気楽に過ごしていた。そのうちにまわりの患者の様子から、大変な病気と知るけれど、やはり子供の頃からの(病気はお友達)感が役に立つ。肝炎の治療法は寝ているだけ。主治医はとにかく安静と言うだけ。退屈だから看護婦を脅して卓球をしに行ったり,ヴァイオリンを弾いたり。しばらくすると,ホームドクターがお見舞いに来て下さった。なぜ、寝ていなくてはいけないのか。それは、横になったときと立っている時の血流が違うから。より多くの血液を肝臓に届けることが大切なのだ、と説明される。主治医はそんなこと一度もいわなかった。それからの私は模範生。理由さえわかればちゃんとしたのに。空いている6人部屋を独占させてもらい沢山の花で飾っておくと、看護婦さんのたまり場となり、見舞いの友人や他の患者さんも来て、賑やかな闘病生活を楽しんで1ヶ月後、完璧に病気は消えた。ウィルス性だったけれど、キャリアでもなくなった。本当に嘘のように完治。主治医はなぜ、治ったのだろうと首をかしげていた。GOTが2000もあったのに。この数字、とんでもない数字らしい。

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